麺屋 吉左右(きっそう)@木場・旧洲崎パラダイス
創業2006年、つけ麺の人気行列店
いきなり、”洲崎パラダイス”とか、”洲崎遊郭”って言っても、いまの若い人たちや、ラーメン屋に並ぶヲタクたちには、ピンと来ないだろうなぁ〜。まぁ、自分も、正直、昔を知ってるわけではないのだけれど、木場と言えば、かつての深川洲崎弁天町、永井荷風や芝木好子の小説に必ず出てくる地名だったわけッス。
もとは根津にあった遊郭が、東京帝国大学が創設されるのにあたって、風紀上宜しくないとの絡みから、どこぞへ強制移転の憂き目に会い、その白羽の矢が立ったのが、粋な深川洲崎弁天町。その都合上、わざわざ、この木場の地を埋め立て造成して作り上げたのが、”洲崎の遊郭”でありんす。地図を見ると、いまでも分かるように正面玄関であった大門通りというのが、花魁が練り歩くイメージな、所謂目抜き通り、その両側が碁盤の目のようになっておりまして、その矩形のなかが遊郭だったわけッス。
洲崎遊郭は、花のお江戸=大都会東京にあった数ある岡場所でも、有数の規模で、明治21年に開業してから大正時代には吉原と並ぶまでの大所帯に膨れ上がり、、、、いったんは、戦火で灰燼に帰すものの、畢竟、男の楽園ゆえなのか、戦後すぐさま、遊郭は復興、以後、カフェー街(赤線)などと名称は変わるものの、昭和33年の長きに渉るまで、ここは、世の男たちにとって、洲崎パラダイスって言われていたそうな。いまや、しだいに、その負の遺産としての側面が剥ぎ取られて、ふつうの住宅街に収まって、その面影はなくなっていますけどもね。そんな、かつて遊郭があった地帯のほぼ真ん中辺、洲崎川があった暗墟が、洲崎川緑道になっております。
前置きが長くなってしまいましたが、かつて栄華を極めし遊郭の正面玄関があったであろう、旧洲崎橋詰、大門跡、その緑道の傍らに、ひとしきり、長い行列ができておりまして、それが、いま、都内で、もっとも行列が長いであろう、つけ麺の人気店=麺屋 吉左右(きっそう)さんであります。遊郭があったことと、ラーメン屋の賑わいを重ねてみたところで、なんら直截的なつながりは無いんすけどもね。ただ、書いてみたかっただけ。
* 江東区東陽1−11−3 日&水曜休
11:30〜15:00(スープか麺切れ仕舞い)
隣町の門前仲町、”こうかいぼう"さんと並んで、ラーメン屋のランキングでは、はやくから、上位を占めてきた、その勢いは、2010年に至っても、健在である。平日、正午前にも関わらず、既に30人強の並びにビックリする。店内は、カウンター10席、非常に低姿勢な接客が好評な若い御夫婦が、二人三脚で頑張っておられる。その真摯な姿に、心打たれるファンも多いことだろう、そのあたりが、”こうかいぼう”さんと並んで、長きに渉って人気獲得を維持し、ランクインされている、大きな理由と思われる。決して、味ばかりが要因ではないらしいことは、食べれば一目瞭然である。
地元の昼食難民と越境物見遊山客とが、メディアの力もあって、連日の参戦に付き、ウマいこと、踊らされた感あり。しかし、トータルで、勘案、近頃ハヤリのつけ麺レベルからすれば、実際問題、ふつうの下ぐらいのポジションではなかろうか?新宿の風雲児さんとかのほうが、コンスタントに旨いように自分は思える。まぁ、好みは、ひとそれぞれであるから、支持する人間が多いことは、店の潜在能力さえ発揮させる好要因、そのものの味とはデキバエとは無関係の要因もあるので、なんとも言えまい。しかし場末の地ながら、佳いお店のひとつであることは、変わりなく、そのラーメン屋稼業として日々、頑張っている姿には、心打たれる何かがあるが、寡聞にして、何かがある個性的なラーメン店では、、必ずしもない。
つけ麺 : 並盛=300g 800円(ちょっと高いかなぁ?)
☆☆ (← たとえ接客が満身創痍としても、味評価は、ふつうかと)
入店までに並んだ時間、優に1時間、食した時間、僅かに、5分(笑)。待ちスペースとして店前に座席が、10席ほど確保され、ほぼ5〜6人ペースで、テンポよく店内へと案内され、待っている時間は、割と快適であった。実際、食べてみれば、ふつうに美味しいとは思うケド、ただ、そこ留まりで、いまどき流行りな、つけ麺店レベルからすれば、さほどでもなく、もちろん、わざわざ、遠方から炎天下に並んで食べるほどでもない。むしろ、遠方だからこそ、何かがあるように思ってしまうのかもしれないのだが、そんな(個人的)感想である。
麺は、自家製麺を謳っているが、これは、まるで、細いうどんのような、ふにゃふにゃ〜っとした、かなり多加水な麺。個人的には、美味しいとは思えないが、柔らかくって、喉越しがよいため、するっといくらでもイケてしまう。茹で過ぎた、五島うどんみたいな食感、もっとも、胃腸には、負担がかからなくっていいだろうとは思うが、まったくのところ面白みがない。つけ汁は、イマ流行りのテイストだが、コレと言った強い個性は無く、バランスは、程よい。
”松戸 兎に角(とにかく)”、”柏 とみ田”、”池尻 和利道(わりと)、”北綾瀬 わた井”、”大崎 六厘舎”などのトップランカ―な面々と比べると、どうしても非力と言うのか、味的な達成感は、かなり落ちると思うが、いかがだろう。自分に、興味があったのは、吉左右のラーメンではなく、落とし所は、むしろ木場の街であり、その歴史的な背景、バックボーンであった。
創業2006年、つけ麺の人気行列店
いきなり、”洲崎パラダイス”とか、”洲崎遊郭”って言っても、いまの若い人たちや、ラーメン屋に並ぶヲタクたちには、ピンと来ないだろうなぁ〜。まぁ、自分も、正直、昔を知ってるわけではないのだけれど、木場と言えば、かつての深川洲崎弁天町、永井荷風や芝木好子の小説に必ず出てくる地名だったわけッス。もとは根津にあった遊郭が、東京帝国大学が創設されるのにあたって、風紀上宜しくないとの絡みから、どこぞへ強制移転の憂き目に会い、その白羽の矢が立ったのが、粋な深川洲崎弁天町。その都合上、わざわざ、この木場の地を埋め立て造成して作り上げたのが、”洲崎の遊郭”でありんす。地図を見ると、いまでも分かるように正面玄関であった大門通りというのが、花魁が練り歩くイメージな、所謂目抜き通り、その両側が碁盤の目のようになっておりまして、その矩形のなかが遊郭だったわけッス。
洲崎遊郭は、花のお江戸=大都会東京にあった数ある岡場所でも、有数の規模で、明治21年に開業してから大正時代には吉原と並ぶまでの大所帯に膨れ上がり、、、、いったんは、戦火で灰燼に帰すものの、畢竟、男の楽園ゆえなのか、戦後すぐさま、遊郭は復興、以後、カフェー街(赤線)などと名称は変わるものの、昭和33年の長きに渉るまで、ここは、世の男たちにとって、洲崎パラダイスって言われていたそうな。いまや、しだいに、その負の遺産としての側面が剥ぎ取られて、ふつうの住宅街に収まって、その面影はなくなっていますけどもね。そんな、かつて遊郭があった地帯のほぼ真ん中辺、洲崎川があった暗墟が、洲崎川緑道になっております。
前置きが長くなってしまいましたが、かつて栄華を極めし遊郭の正面玄関があったであろう、旧洲崎橋詰、大門跡、その緑道の傍らに、ひとしきり、長い行列ができておりまして、それが、いま、都内で、もっとも行列が長いであろう、つけ麺の人気店=麺屋 吉左右(きっそう)さんであります。遊郭があったことと、ラーメン屋の賑わいを重ねてみたところで、なんら直截的なつながりは無いんすけどもね。ただ、書いてみたかっただけ。
* 江東区東陽1−11−3 日&水曜休
11:30〜15:00(スープか麺切れ仕舞い)
隣町の門前仲町、”こうかいぼう"さんと並んで、ラーメン屋のランキングでは、はやくから、上位を占めてきた、その勢いは、2010年に至っても、健在である。平日、正午前にも関わらず、既に30人強の並びにビックリする。店内は、カウンター10席、非常に低姿勢な接客が好評な若い御夫婦が、二人三脚で頑張っておられる。その真摯な姿に、心打たれるファンも多いことだろう、そのあたりが、”こうかいぼう”さんと並んで、長きに渉って人気獲得を維持し、ランクインされている、大きな理由と思われる。決して、味ばかりが要因ではないらしいことは、食べれば一目瞭然である。地元の昼食難民と越境物見遊山客とが、メディアの力もあって、連日の参戦に付き、ウマいこと、踊らされた感あり。しかし、トータルで、勘案、近頃ハヤリのつけ麺レベルからすれば、実際問題、ふつうの下ぐらいのポジションではなかろうか?新宿の風雲児さんとかのほうが、コンスタントに旨いように自分は思える。まぁ、好みは、ひとそれぞれであるから、支持する人間が多いことは、店の潜在能力さえ発揮させる好要因、そのものの味とはデキバエとは無関係の要因もあるので、なんとも言えまい。しかし場末の地ながら、佳いお店のひとつであることは、変わりなく、そのラーメン屋稼業として日々、頑張っている姿には、心打たれる何かがあるが、寡聞にして、何かがある個性的なラーメン店では、、必ずしもない。
つけ麺 : 並盛=300g 800円(ちょっと高いかなぁ?)☆☆ (← たとえ接客が満身創痍としても、味評価は、ふつうかと)
入店までに並んだ時間、優に1時間、食した時間、僅かに、5分(笑)。待ちスペースとして店前に座席が、10席ほど確保され、ほぼ5〜6人ペースで、テンポよく店内へと案内され、待っている時間は、割と快適であった。実際、食べてみれば、ふつうに美味しいとは思うケド、ただ、そこ留まりで、いまどき流行りな、つけ麺店レベルからすれば、さほどでもなく、もちろん、わざわざ、遠方から炎天下に並んで食べるほどでもない。むしろ、遠方だからこそ、何かがあるように思ってしまうのかもしれないのだが、そんな(個人的)感想である。
麺は、自家製麺を謳っているが、これは、まるで、細いうどんのような、ふにゃふにゃ〜っとした、かなり多加水な麺。個人的には、美味しいとは思えないが、柔らかくって、喉越しがよいため、するっといくらでもイケてしまう。茹で過ぎた、五島うどんみたいな食感、もっとも、胃腸には、負担がかからなくっていいだろうとは思うが、まったくのところ面白みがない。つけ汁は、イマ流行りのテイストだが、コレと言った強い個性は無く、バランスは、程よい。
”松戸 兎に角(とにかく)”、”柏 とみ田”、”池尻 和利道(わりと)、”北綾瀬 わた井”、”大崎 六厘舎”などのトップランカ―な面々と比べると、どうしても非力と言うのか、味的な達成感は、かなり落ちると思うが、いかがだろう。自分に、興味があったのは、吉左右のラーメンではなく、落とし所は、むしろ木場の街であり、その歴史的な背景、バックボーンであった。
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