お久しぶりでーす。
もう、さすがに皆さんは当ブログをお忘れになったかと思いますが、
そのタイミングを狙って、記事投下してやるぜ。えいっ!
ってのもさ、わたくしちょっくら前に転職しちゃいまして。
前はモバイルの公式サイトやってるところやってんけども、
そこを7月末に退社しまして、
また8月からも新しいところでモバイルについて何やかんややってます。
こうやってブログ放置期間も、本当にいろいろあって、
このブログを更新することも、
そもそもそんな気さえ失せていたけども、
この心境の変化の中でちょっと書きたいような気が起こってしまったから
さらさらっと、残すことにしておきます。
でもまぁ、前の更新から、
ほんまにかなーり更新をしてなかったから、
もうコツも何にも抜け放題。腑抜けてしまったね。
前書いたのを読み返してみたけどさ、
ほんま、アホな人やねぇ。てのが第一印象で。
でも、今の自分がそんなアホかというと、
別にそうなわけでもない。
まぁ、もちろん、賢くなったとかそんなわけでもない。
ってか、きっと、とらえようによっては
『アホ』の反対言葉ってさ、『おもんない』とか『つまらん』とか
そういう風にもできると思うんやわ。
ほんまに、ある一側面を見た場合なんやけど。
んで、たぶん今回は内容的にアホなことではないのが
とても自分勝手で申し訳ないのですが、
なんというか、やっぱり急激な環境の変化上、
いろいろと考えなければいけないことも満載なわけっす。
あのさ、人ってさ、
ある環境の変化で、まったく別人のようになったりとか
それまでの根幹を簡単に変えて順応できると思います?
オレは、それはおそらくそれが無理な人間なんやな、
とすごく感じることがとても多い。
ってのも、「生きる」ってのはきっと積み上げ式なもんで、
こう、過去と今ってのが何かしら、
リンクして続いてくるようなものやと考えていまして。
今の自分をかえりみたときに、はたしてそういう風につなげられてきているのかどうか。
この一か月てのをちょいと思い返してみると。
今までの積み上げ的な過去が
すべて見えなくなってしまって、
そんな真っ暗な中で今の現状だけがぐあっと乗っかって、
そこに沈みそうな自分に気づいて
慌てて何かしら対応しようとするけども
うまくいかない気しかせずに後手後手。
一歩外せば、前こうやった、とか
いろいろ見えそうな気もするのに。
まぁ要するに。
結構この環境の変化にあたふたしてるわけですよ。
でも、これもきっといい経験なんやろうなぁ。
オレは、前の会社を辞めた本心は、
どこかやっぱり、何をしてても甘えがあって
とはいえ新卒入社やから・・・とかで片づけたり、
テンションで乗り切ったりとか、
ごまかしごまかしでやってきた気がするんやけど、
今回やってる仕事ってのはそうもいかない。
いろんなことが自分の責任となって降りかかってきて、
過去の体制の至らないところも変えていかなければいけない。
過去複数人体制でやっていたことも、
自分ひとりでこなしていかなければならない。
よくよく考えてみると、
こんな風に「責任」が乗っかることに対して
そういう風な重圧を感じてしまうってことは
これまでいかに全部がいい加減やったってことがよくわかる。
うちの人事部長に言われた一言に
「評価ばかりを気にしすぎて自分らしい動きができていないのではないか」
というものがあった。
さすが人事部長。よく見ていらっしゃる。
その通りですよ。
評価ばかりを気にしすぎているわりに
もともと評価される行動なんかできていない。
それはもちろん、これまでもなんやけど。
でもさ、前できてた自分のいいところとか
そういうところがなりを潜めてしまっていたとしたら、
自分に新しくとってつけたものなんてないわけで、
いわば土台ゆるゆるのすっかすかのものにとってつけた
それこそ、「うわべだけ」ってものになってしまうのではないか。
「何もない」ってのは2つの意味があると思う。
1つは、既存のものをぶっ壊したから「何もない」。
もう1つは、ふたをしてしまったり、なかったことにするから「何もない」。
既存のものをぶっ壊すには、これはいつも思うことだが、
従来の自分の概念と照らし合わせたうえで、
その上で、納得して新しいものを受け入れる「理由」を自分の中で
しっかり見出さなければならない。
あくまで自分の人生を、一本の線だと考えてみると、
線ってのは細かーく見てみれば点の集合体であり、
点と点が並ぶことなくいきなりどこぞにワープしちゃいけないのだ。
しかし、今の自分がその考えのもとで
動くことができているのかといえば
おそらくできていないに違いない。
あまりにも違いすぎる環境の中で
今までできていたことすら忘れてしまっている。
良いことも、悪いことも。
でも、それって過去がまったく活かせてないってことやもんなぁ。
それじゃあ、伸びやんよなぁ。うん。
やはり、漠然としたことでも、文章に起こすと整理されるな。
過去の、そうやってちょくちょくブログを書いてた頃のオレが
今より物事を考えられとって、
今がその頃と比較して考えられていないと思うのは、
案外こういうところが影響しているのかもしれない。
ツイッターでへんにょりしたことをさらっと書いて終わり。
即時性命では、瞬発力はできても
考えをまとめるということには何ら向かないことに
改めて気づいてしまう。
だから、考査しない。身にならない。
まったく、下痢みたいなものですね。
やっぱりたまにはこうして書こうかな。
何たって、このブログの名称は
回送録
やからねぇ。
この思いもちょっくら車庫にしまっておこう。
さぁ、残りの休日、どうしよかねー。
どっとはらい。
もう、さすがに皆さんは当ブログをお忘れになったかと思いますが、
そのタイミングを狙って、記事投下してやるぜ。えいっ!
ってのもさ、わたくしちょっくら前に転職しちゃいまして。
前はモバイルの公式サイトやってるところやってんけども、
そこを7月末に退社しまして、
また8月からも新しいところでモバイルについて何やかんややってます。
こうやってブログ放置期間も、本当にいろいろあって、
このブログを更新することも、
そもそもそんな気さえ失せていたけども、
この心境の変化の中でちょっと書きたいような気が起こってしまったから
さらさらっと、残すことにしておきます。
でもまぁ、前の更新から、
ほんまにかなーり更新をしてなかったから、
もうコツも何にも抜け放題。腑抜けてしまったね。
前書いたのを読み返してみたけどさ、
ほんま、アホな人やねぇ。てのが第一印象で。
でも、今の自分がそんなアホかというと、
別にそうなわけでもない。
まぁ、もちろん、賢くなったとかそんなわけでもない。
ってか、きっと、とらえようによっては
『アホ』の反対言葉ってさ、『おもんない』とか『つまらん』とか
そういう風にもできると思うんやわ。
ほんまに、ある一側面を見た場合なんやけど。
んで、たぶん今回は内容的にアホなことではないのが
とても自分勝手で申し訳ないのですが、
なんというか、やっぱり急激な環境の変化上、
いろいろと考えなければいけないことも満載なわけっす。
あのさ、人ってさ、
ある環境の変化で、まったく別人のようになったりとか
それまでの根幹を簡単に変えて順応できると思います?
オレは、それはおそらくそれが無理な人間なんやな、
とすごく感じることがとても多い。
ってのも、「生きる」ってのはきっと積み上げ式なもんで、
こう、過去と今ってのが何かしら、
リンクして続いてくるようなものやと考えていまして。
今の自分をかえりみたときに、はたしてそういう風につなげられてきているのかどうか。
この一か月てのをちょいと思い返してみると。
今までの積み上げ的な過去が
すべて見えなくなってしまって、
そんな真っ暗な中で今の現状だけがぐあっと乗っかって、
そこに沈みそうな自分に気づいて
慌てて何かしら対応しようとするけども
うまくいかない気しかせずに後手後手。
一歩外せば、前こうやった、とか
いろいろ見えそうな気もするのに。
まぁ要するに。
結構この環境の変化にあたふたしてるわけですよ。
でも、これもきっといい経験なんやろうなぁ。
オレは、前の会社を辞めた本心は、
どこかやっぱり、何をしてても甘えがあって
とはいえ新卒入社やから・・・とかで片づけたり、
テンションで乗り切ったりとか、
ごまかしごまかしでやってきた気がするんやけど、
今回やってる仕事ってのはそうもいかない。
いろんなことが自分の責任となって降りかかってきて、
過去の体制の至らないところも変えていかなければいけない。
過去複数人体制でやっていたことも、
自分ひとりでこなしていかなければならない。
よくよく考えてみると、
こんな風に「責任」が乗っかることに対して
そういう風な重圧を感じてしまうってことは
これまでいかに全部がいい加減やったってことがよくわかる。
うちの人事部長に言われた一言に
「評価ばかりを気にしすぎて自分らしい動きができていないのではないか」
というものがあった。
さすが人事部長。よく見ていらっしゃる。
その通りですよ。
評価ばかりを気にしすぎているわりに
もともと評価される行動なんかできていない。
それはもちろん、これまでもなんやけど。
でもさ、前できてた自分のいいところとか
そういうところがなりを潜めてしまっていたとしたら、
自分に新しくとってつけたものなんてないわけで、
いわば土台ゆるゆるのすっかすかのものにとってつけた
それこそ、「うわべだけ」ってものになってしまうのではないか。
「何もない」ってのは2つの意味があると思う。
1つは、既存のものをぶっ壊したから「何もない」。
もう1つは、ふたをしてしまったり、なかったことにするから「何もない」。
既存のものをぶっ壊すには、これはいつも思うことだが、
従来の自分の概念と照らし合わせたうえで、
その上で、納得して新しいものを受け入れる「理由」を自分の中で
しっかり見出さなければならない。
あくまで自分の人生を、一本の線だと考えてみると、
線ってのは細かーく見てみれば点の集合体であり、
点と点が並ぶことなくいきなりどこぞにワープしちゃいけないのだ。
しかし、今の自分がその考えのもとで
動くことができているのかといえば
おそらくできていないに違いない。
あまりにも違いすぎる環境の中で
今までできていたことすら忘れてしまっている。
良いことも、悪いことも。
でも、それって過去がまったく活かせてないってことやもんなぁ。
それじゃあ、伸びやんよなぁ。うん。
やはり、漠然としたことでも、文章に起こすと整理されるな。
過去の、そうやってちょくちょくブログを書いてた頃のオレが
今より物事を考えられとって、
今がその頃と比較して考えられていないと思うのは、
案外こういうところが影響しているのかもしれない。
ツイッターでへんにょりしたことをさらっと書いて終わり。
即時性命では、瞬発力はできても
考えをまとめるということには何ら向かないことに
改めて気づいてしまう。
だから、考査しない。身にならない。
まったく、下痢みたいなものですね。
やっぱりたまにはこうして書こうかな。
何たって、このブログの名称は
回送録
やからねぇ。
この思いもちょっくら車庫にしまっておこう。
さぁ、残りの休日、どうしよかねー。
どっとはらい。
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