日田街道(筑前町〜甘木)その2 篠隈保育所〜長者町

January 20 [Sat], 2018, 20:00


篠隈保育所を過ぎてふと左を見ると何か石碑のようなものが見えるじゃありませんか。



ダッシュで確認しに行ったら三角地の先に猿田彦がありました。
予定外の収穫に小躍りしながら一枚パチリ。



その近くにあるやまびこという店は朝なので素通り。
ルート上の全てを欲張れるスケジュールはなかなか組めないものです。



農地が広がる中、長者町を目指します。
写ってるのはおそらく長者町北方の集落と夜須高原や目配山辺りでしょうか。



長者町までもうすぐです。
背後の小山の裏がたぶん仙道古墳で甘木はさらにその向こうなのでしょう。

日田街道(筑前町〜甘木)その1(曽根田川〜篠隈保育所)

January 15 [Mon], 2018, 20:16


おととしの秋に日田街道を歩いた時の記録です。
最初は朝倉街道から甘木までつっきる予定だったのですが、あちこち寄り道する計画を立ててるうちに無理だと気付いたのでだいたい半分くらいの地点からスタートする事にしました。
ちなみにこの日は朝の9時頃スタートで甘木に着いたのが13時、そこから駅周辺での買い物や観光に2時間かけて15時半ぐらいのレールバスに乗って帰宅してます。



さっきのは横を向いての一枚で、こっちが今回歩くルートです。
基本的に普通の生活道路がずっと続いていきます。



スタート地点から南東に向かい近くにある曽根田川を横断。
地図を見た所、津古駅の東の方で宝満川と合流する川で、細かい事は忘れてしまいましたが上流には神功皇后ゆかりの場所もあるようです。



曽根田川を渡った先で北を向いての一枚。
おそらくこれが砥上岳でその左が宝満山、さらに左で見切れてるのが朝倉街道の東にある宮地岳でしょうか。



少し進んで篠隈保育所の駐車場に朝倉高等学校夜須分校の記念碑がありました。
この奥に埋蔵文化財調査室という施設があるのですが、あまり見学に向いた場所ではありませんでした。

上大利老松神社

January 10 [Wed], 2018, 20:29


上大利公民館のそばに老松神社があります。
その前に、これまた神社の手前にある大日如来の祠をパチリ。



立派な高台にドーンと構えてるのが上大利老松神社。
祭神は菅原道真公で届けられてますが、島田忠臣の霊ともいうと縁起には記されています。

島田忠臣は道真公の学問の師であり義理の父でもある人物で、太宰府天満宮本殿裏の摂社群にも祀られています。
神様としては、植林と林業の神にあたるのだそうです。



盃状穴というのが開いた石が置いてありました。
古くは旧石器時代のヨーロッパから、日本では弥生時代から古墳時代にかけて見られ、江戸時代以降も手洗い石などに彫られているのが発見されているのですが、具体的なことについては解明されてないとの事です。



裏のさらなる高台から。この日は天気が微妙で日も落ちかけた時間帯だったのですが、撮ってみると思ったよりはるかにちゃんと撮れてました。
最近のデジカメすげえ。

バニラの実 上大利店

January 06 [Sat], 2018, 20:36


おととしの夏に上大利地区に行った時にお菓子屋さんに立ち寄りました。
場所はダイエー下大利店から南下し上大利公民館付近をさらに南下した先のセブンイレブンまで行って奥の大きな道の方を右折、次の信号を左折した辺りです。
入る前に庭の小物がかわいかったので一枚。店内もかわいらしいレイアウトでした。



和の実 抹茶(220円)
生地に抹茶を練りこんでるのでしょうか。少し高めですが、甘さ控えめで上品な雰囲気の味でした。

サクサクひとくちパイ コーヒー(200円)
名前の通りにサクサクで、粉糖の甘みの後からコーヒーの香りがしてきて、なかなかおいしかったです。

おさつクッキー(120円)
乾燥サツマイモの輪切りではなく、サツマイモに似せたクッキーです。
皮の部分は紫芋パウダーでしょうか。味は甘さ控えめ系の普通のクッキーでした。

天拝湖(山口調整池)

December 30 [Sat], 2017, 19:38


天拝湖は1990年代の福岡県の渇水をきっかけに比較的近年作られた人工の貯水池です。
巨大な池には福岡都市圏の三週間分もの水が蓄えられており、太宰府市もその恩恵にあずかっています。
かつては兎ヶ原という集落があったそうで、撮影地点の近くにそれを記した石碑があるみたいなのですが、そっちは気がつかなかったので撮り損ねてしまいました。



なんか工事してる、何だろ。
導水がなかなかダイナミックでして、はるばる久留米の方から筑後川の水を引いております。
久留米は平野なので適した土地が無いのと送水管の故障に備えるのとでこの土地が選ばれたようです。
ここから牛頸浄水場を経由して福岡市などの広範囲に水が送られる仕組みになってるのだそうです。



近すぎてわかりにくいですけれど左の小山は博多見城という山城でした。
筑紫氏の支城で、昔はそこから博多まで見渡せたのだとか。
高橋紹運が戦死した一連の戦いの際に島津に攻められ、近年は地域の神社になっていたそうです。
画像正面の曲がり角の辺りが登り口でしょうか、有志の方が整備されてますが荒れてて登りにくい道となっているようです。