たのかんさん 

2006年01月11日(水) 17時12分

篠山盆地を下ってきて、難波の駅裏にあるとある民藝館へ。
まちなかにあるので工夫されてて、
半屋外の廊下は軒先を低くすることで外の喧騒からの配慮をしたり、
屋上も有効利用してずらりと国内各地の壷や甕を展示してて、
そこに雨水が溜まってたり。

いちばん気になったのが田の神様、という九州の道祖神で。
たのかんさん、と読むらしい。
みんなにっこり笑ってて手にはしゃもじと茶碗をもってる。
むかし農民がやつあたりするものがない時に、
この地蔵さんを叩いたりしてたらしい。しかも火山土でできてて
もろいときているので、顔はされるがまま、ところどころはげている。
青森にもこんな地蔵さんがおしろい塗られたりして、かわいがられてたっけ。

そしていよいよ、ごごからぎふ方面へ戻る決意。
今回の大雪でどうなってるのか、考えるだけでもおそろしや〜

12月21日

ささやま学 

2006年01月11日(水) 16時22分

お堀の蓮の花も凍る、篠山の冬景色。凍ってないぎりぎりの水辺で、
鴨の親子がやわらかい陽を浴びて氷の溶けるのを待っている。
その篠山の街から20分ほど北にいくと、山と山の谷間に数軒の家がある。
雪におおわれなくてもさぞかしいい風景だろうこの土地を、
30年前気に入られて柴田さんは移り住まれたそうだ。
薪で囲まれた平屋のご自宅の奥までいくと、みたことのない形の登り窯。
瀬戸式といって、なんとわが地元の窯の形らしい。う〜ん、灯台もと暗し。
あのむすめさんの品のよさからどんなお人か、と極度にきんちょうしてた
のだけど、笑うととてもやさしい農家のおじさん、という感じの方。
数時間、ここでも岩茶をいただきながらすっかり話し込んでしまった。

柴田さんの大学時代は学生運動まっただなかの頃。
そんなときに暴力でなく、ほかの方向から世のなかに提案できないか、
と思ったら焼き物作りだったらしい。
その時代に宗教や人類学を統合して民藝という分野をうち立てた
柳宗悦らの考えはいまだに超えるものが現れないけど、
「そろそろ世代交代なんだよ〜」と柴田さんはいわれる。

人は子孫を残して、それだけで使命を果たしている。
この土地に腰をすえて地元のひとに農作業を教えてもらったりしながら
30年生活した甲斐があったのは、むすめさんは食の分野に、
息子さんは自然学の分野にて地元に働きかけようとされてる。
そうゆうふうに、一世代ではひとつの分野も成せないものを、
世代を超えてさまざまな分野で先を見据えることもひとつの手だ。
本質さえわかり合えてたら、という言葉が深く心にのこる。
ご夫婦で英国の農村地帯を訪れたとき、スリップウェアの在り方に惹かれる。
そこに、自分を主張した身勝手なものなんて、何もなかったという。
受け継ぐ、ということの意味。じっくり考えさせられました。

12月20日 ごごその2

ことり 

2006年01月11日(水) 16時08分

いっぽん裏筋の商店街に、「ことり」というかわいい名前の喫茶店あり。
商家を買いとった町医者によって最近まで大切に使われてて、
今年11月にそのお医者さんの趣味の絵をおく画廊兼喫茶店になったよう。
じつはことりの店主は、篠山に陶芸の工房をもつ柴田さんのむすめさんで。
柴田さんは大阪万博公園内の日本民藝館の監修もされている。

このお店では柴田さんのまな娘さんが岩茶という、
中国福建省のかつては皇室御用達だった手に入りにくいお茶を提供している。
たっくさんの種類のお茶からわたしは
「老水仙、古木の優しさあります」
という説明ぶんに惹かれる。柴田さんの岩茶器で数回にわけてお湯を
注いでいただいてみる。う〜ん、深い味??
それにしてもわたしよりだいぶ若そうなのに、
ことばを丁寧に丁寧に話される近年稀にみる品のあるおじょうさん。
開店当時は地元新聞にも載って、篠山の街に新風、のごとく、
町内外からたくさんのお客さんが訪れたようだけど、
そんな中に1日ひとりでも、近くに住むお年よりが中国の高級茶を
健康のためにと飲みにきてくれることは、
この場所にお店を構えたむすめさんのよろこびのよう。
画廊にはショーケース2つ分だけ、お父さんの重厚な器がさりげなく在った。

12月20日 ごご



ささやま界隈 

2006年01月11日(水) 13時21分

丹波からほど近いところに篠山という小さな城下町があって、
お城のお堀沿いに、どくとくの妻入り商家群が軒を連ねている。
むかしはそれぞれの家の奥行きが八間分もあったそう。

昨夜は猛吹雪でさすがに避難、ということで、
がらにもなくビジネスホテルに泊まってしまった。
街に、大きな雪だるま。こんな田舎のささやかな町にも、
親に手をひかれて集団登校するこどもたちの姿を見かける。
まったく、物騒な世のなかになったものだなぁ。

界隈に1件、ちょっと値がはりそうな、上品なかんじの箱寿司のお店発見。
きょう1日の大ぜいたくのつもりで、旬の能登黒とあなごの押し寿司を注文。
山椒がきいててさいっこうにおいしい、忘れられないこの地の味。

12月20日 あさ



窯のちがい 

2006年01月10日(火) 1時29分

その丹波立杭を窯場とする丹波焼は、
平安時代に穴窯による焼きしめにはじまって現在に至っている。
はじめてみる、穴窯ふうけい。丹波に10か所はあるそう。
それと、腰をそうとう曲げないと入れなさそうな、低くなが〜い登り窯。
釉薬を使わないものが多く、棚を高くつまなくてもよいのでこの高さらしい。

それでも近年は釉薬を使ったものも多く作られてて。
丹窓窯さんはバーナードリーチから直接スリップウェアを学ばれたようで、
丹波でゆいいつのスリップを作り続けられている。
全体にたっぷりとかけられた飴釉があたたかい。
こんなお皿で、英国ではオーブン製法のお料理を家庭にだしてるのだろう。
スリップは湯町窯さんと決めてたのに、ごめんなさい浮気してしまいました。

12月19日 午後に

丹波・雪ふうけい 

2006年01月09日(月) 3時26分

丹波は、住居と蔵と柿の木1本、の組み合わせがひとつの家の単位のよう。
建物はごくささやかなサイズで、焼き杉の板張りと妻側は漆喰塗り、
屋根は瓦葺きでこれだけはおおげさな棟換気あり、が典型的なパターン。
そうゆうのが山々を背景にぽつり、ぽつりと点在して、
どくとくの閉ざされた風景をかもし出してる。
そして、今朝からのもうれつな雪。
その雪にデコレーションされた田んぼや家々がかわいらしい。
学生の頃につくった石膏の模型によく似てる。木は針金、みたいな。
神戸、京都、大阪にそれぞれ1時間という場所にあって、
ふだんはカラリとした気候で、雪もさほど降らないよう。
それにしてもなんて雪が似合うのだろう。

12月19日 午後いち




はんこやモーニング 

2006年01月05日(木) 15時18分

そんなおやよと朝アパートにてモーニングコーヒー。
ぶあついめがねは湯気で曇ってしまう。

そのあと、ルーシーのお店に置かせてもらった自転車をとりにいって、
ふたりでお互いを記念さつえい。
てぶくろ、先っぽが守られてないよ〜大事な手なのに。

12月19日 朝



板を板す 

2006年01月05日(木) 14時59分

ちょうど1年前に神戸にきたとき、たまたま入った服やさんに教わった
おいしいカレーやさんルーシーというお店があって、
今回も帰りしなちょっとだけ顔をだしてみる。
とてもアットホームなお店で、前回も単独できたわたしに
特性ピラミッド型カリーを仕込んでくれたり、お客さんを紹介してくれたり。
誰かが前ラジオで、「居酒屋文化」というのがあって、
西の人は人情味、居酒屋で知り合って数分話しただけで仲良くなれる、
東の人は郷土料理、食材の豊富さで人をもてなす、といってたけど、
神戸はどののみ屋さんに入ってもほんとうにすぐにうちとけて、数時間で
昔からの知り合いのように話ができてしまったりするのだ。

そうやって知り合って仲よくなったおやよ(26、女)は、
前回消しゴムでハンコをつくるという荒業をみせてくれた。
今回も、親切な親切な店長さんが忙しい中おやよのケイタイに
「おとうさんやで〜ぎふからともだちきてるで〜」と留守電に連絡して
くれて、再会することができて。
さっそく今夜のわたしのお風呂の心配をしだした店長さんの
はからいもあって、おやよのアパートに泊めさせてもらうことに。

前回はおやよが初めて作ったルーシーのお店用スタンプを
わたしの旅手帳に記念すべき第1号として押させてもらったのだけど、
そのご元町界隈のいろんなお店やさんからオファーがきてるみたいで。
「はんこ屋おやよ」と改め、日々せわしなく消しゴムを彫ってるよう。
布団とその枕元に彫刻刀しかなかった部屋にも、小型の彫刻用机が
増えていて、1年間の成果が手にとるようにわかって、うれしいなぁ。

そういえば、青森で知った棟方志功という版画家は、
戦後商業として一般化した版画をはじめて芸術として知らしめたひとだ。
ド近眼の棟方さんは、板に顔をくっつけるようにして板と会話しながら
彫ることで有名だけど、そんな話をあはは〜とふたりで話してた直後、
『板を板す』がごとく、机にへばりついてハンコを押し出すおやよ。
このこも、神戸の棟方さんとして、有望の作家さんなのであります。

12月18日 夜

橋をのぞむ 

2006年01月05日(木) 4時49分

大澤さんのおうちのある北区は震災の被害の激しかった長田地区にほど
近く、震災以降は復興のための数々の活動をされてきたよう。
きょうも付近のお年よりを集めての食事会。大澤さんの奥さんもそうだけど、
神戸では震災以来、福祉関係に転向されてるひとがとても多い。
わたしも今日は少しだけお手伝いさせてもらって、久々の体を使った
しごとにきもちのよい労働感、身がピリリとひきしまる思いがした。

夕方、長田から南下して明石海峡大橋をのぞむ。
きょうは風が強くて海もごうごう、と波を荒だてている。
そのまま近くの山に上がっていくと、西日をあびた街はきらきらとしてて、
しばらくぼーーっとみてしまった。
大澤さんとはここでお別れして。ほんとうにお世話になって、
神戸という街がまたいちだんと好きになったなぁ。

12月18日

選ぶ文化 

2006年01月05日(木) 3時59分

大澤さんちにはねこが2匹いて、かたっぽはひとなっつこくて訪れた
ときすぐ近づいてきたのだけど、もうかたわれはわたしの車の音を
聴いたとたん押入に逃げ込んでしまったくらい用心深い。
数日大澤さんのおうちでお世話になってる間中、どこかに息をひそめて
かくれてるのだけど、たまたま出くわした2日目の今日、
しっぽをたぬきのようにして2階まで逃げてしまった。わたしは鬼か〜!
埼玉のビビといい、悲しいことに最近動物にはめっきりきらわれている。

朝方までのカラオケで寝坊したきょうの遅めのお昼は、
近くのパンやさん兼レストランへ。
神戸の街にたくさんあるパンやさんの話題は、
まるでイギリス人の天気の話のように、女のひとだけでなく男のひとの
中でも共通の話題だ、と虫類のおばさんもいってた。
パンをみながらどれにしよう〜っていうような「選ぶ」文化も
神戸ではほかの街以上に発達してるように思う。
わたしも神戸にきたときは必ず、というほどパンやさんに行く。
ここのパンやさんも焼きたてがとってもおいしくて、2度ほどおかわり。

12月17日

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