「花」は何の花?

March 16 [Wed], 2011, 11:28
空寒み花にまがへて散る雪に少し春ある心地こそすれ枕草子百二段二月ごもりごろに藤原公任が詠んだ少し春ある心地こそすれという下の句に、清少納言が上の句をけた歌である。公任の少し春ある心地こそす茨城 出会いれは、三時雲冷多飛雪二月山寒少有春白居易南秦雪の二月山寒少有春が出典となっており、清少納言はこの出典を理解し三時雲冷多飛雪を空寒み花にまがえて散る雪にと詠んだ。公任が少有春をそのまま少し春ある心地こそすれと詠んだのに対して、清少納言は雲冷多飛雪をふまえ、花にまがえてと独自の見解を加味して雲寒み花にまがへて散る雪にと詠んだ。なかなかの才媛である。同章段では、上の句を催促され震えながら書いて上の句を持たせたと述懐しているが、これは彼女独特の謙遜阜サで、実は自信満々の上の句であったのかもしれない。さて、この歌では雪を花にまがへた花の散るように見たとあるのだが、何の花に見立てたのだろうか。古典文学において花は、桜の花の代名詞と使われることが多いが、桜の意味だけに使われるのは、中古の拾遺集のころであり、それ以前の古今集後撰集では梅を指す場合もある。考証によればこの章段が書かれたのは長保元999年の頃。拾遺集の成立は寛弘二四10051007年ごろ成立であり、この花が梅なのか桜なのか、特定するのは難しい。章段の冒頭に二月ごもりごろとあり、これを現在の暦に対応させると三月下旬暦日原典よると3月19日となり、こうしたことから考えると、この花は桜と考えるのが適当であり、多くの注釈書も桜と説明しているのだが、空寒み空が寒いのでと雪にまがへてとある一節だけを考えると、今日のような天気の日に降る雪を梅と見立ててもよいのではと思ってしまう。雪古今和歌集巻第六冬歌には、梅の花を詠んだ歌が続く334題しらずよみ人しらず梅花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれればこの歌、ある人のいはくかきのもとのひとまろが歌也335むめの花にゆきのふれるをよめる小野篁朝臣花の色は雪にまじりてみえずとも香をだににほへ人のしるべく336雪のうちの梅の花をよめる紀貫之梅のかのふりおける雪にまがひせばたれかことごとわきておらまし337ゆきのふりけるをみてよめる紀友則雪ふれば木ごとに花ぞさきにけるいづれを梅とわきてをらまし
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