たとえばリンゴが手に落ちるように

December 30 [Mon], 2013, 10:58

 「じゃあねー月子。気をつけて帰んなさいよ」
 「うん、真琴もね」
 「あたしは大丈夫よ」
 短く切りそろえた黒髪、切れ長な目、背筋が伸びて凛とした印象を持たせる友人は、男勝りな口調でそう答える。
 「真琴だって女の子なんだよ?」
 「月子には負けるわよ」真琴は軽快にかっかっかと笑う。「それより本当に送っていかなくていいの?」
 「いいよ、だって反対方向だし」
 月子が向かう駅と、真琴が向かう駅は、今居る地点から全く真逆を向いていた。そもそも女が女に夜道を送ってもらうことに意味があるのだろうか。
 「何かあったらすぐに連絡しなさいよ?あんたはかわいいんだから」
 「もう、過保護だってば。それに真琴の方がずっとかわいいよ」自分の事を顧みない友人の様子を見て、月子は膨れてみせる。
 「はいはい。ってかわたし呼ぶ前に犬飼くんがいたか」
 「も、もうその話はいいでしょ!ほら、そろそろ遅くなっちゃうから」
 真琴はくすくすと笑うと念を押すように「はい、じゃあね。気をつけて」と手を振って横断歩道を渡りはじめた。それに、はいはい、と軽くため息をついて手を振り返し、月子もくるりと背を向けて家路へ一歩踏み出した。
 十代から二十代への垣根を越え、晴れて飲酒できるようになって数ヶ月。今日は念願叶って大学の同級生達との女子会を開いていた。それぞれ健全な大学生として、お酒を飲むのは初めてではなかったため、羽目を外して酔いつぶれるようなこともなく、飲み放題の時間が過ぎると会計を済ませ、二次会と称して今度はファミレスでガールズトークに花を咲かせた。時間も時間になってきたつい先ほど、その場で散り散りに解散し、親友の真琴だけは途中まで帰る方向が一緒だったため「ギリギリまで月子送って帰るわ」という謎の宣言によりこの交差点まで来て、そして今に至る。
 青信号を渡って歩いていく真琴の背中を見送って、自分が渡る方の横断歩道の赤信号を見上げた。時刻は午後十時半近く。それでも駅に近いこの辺りは、信号を無視して渡ってしまえる程、車通りは少なくない。
 立ち止まり、ふと空を見上げた。
 「あ。」
 小さく声を上げた瞬間、口から白い息がふわっと舞い上がった。
 夜空は限りなく澄んでいて、オリオンの三つ星が天の中央あたりで輝いていた。
 そうか、この時間には、この位置に。季節はもうこんなにも足を進めていたのか。冷えた指先をこすり合わせて、息を吹きかける。寒くもなるわけだ。
 信号が青になった。月子はそのまま夜空を見上げながら横断歩道を渡ろうとして、はたと自分のドジっぷりを思い出した。十代の頃は周りの人間に甘え、頼りきってきたが、さすがにもう成人。自分のことは自分で責任を取らないといけない。…故にドジをかますわけにはいかない。しっかりしないと、と周りや足元に目を配りつつ慎重に渡りきると、広い歩道に出て、月子はまた夜空を見上げて駅への道を歩き始めた。
 三つ星があるということは、とオリオンを目で結ぶと、今度はベテルギウスを中心に冬の大三角を結ぶ。もうその点の集まりが三角形にしか見えなくなったところで、今度は双子座を探す。
 あ、いた。カストルさん、ポルックスさん。
 双子が並んでいる様子を見て、そういえば、と月子はくすりと笑みを浮かべた。
 昨年の冬のこと。高校から同じ学校の同じ部活に所属していて、今でも仲良くしている犬飼、宮地、白鳥、他校ではあったが練習試合で交流があり、今では親友の真琴、それから幼馴染の錫也の六人で星見会を開いていた時のことだ。
 『双子座なのにさー、ポルックスは一等星でカストルは二等星ってどうよ』
 犬飼がぽつりと言ったのだ。『なんかポルックスずるくね?』と。
 それが発端となり、星見会は一気に双子座論議会へと変わってしまった。
 「犬飼くん覚えてるかなあー」
 ほろ酔いの気持ち良さで、月子は笑い声を上げる。――とそこに急に
『で、犬飼とはどうなのよ』
女子会で聞かれた言葉が唐突に頭に蘇ってきた。
 ほろ酔いで火照った頬が、より一層熱くなる。
 どうって…どうなのよ。そんなもの、こっちが聞きたい。
 犬飼とは高校生の頃から、どっちつかずの関係でやってきた。『友達以上、恋人未満』の名を体にした様なその関係は、端から見れば相当にもどかしかったに違いない。何せ本人の月子自身でさえもどかしかったのだから。
 自分は犬飼のことが好き?好きじゃない?
 犬飼は月子のことが好き?好きじゃない?
 どちらにしろ、今の関係が居心地の良いことはわかりきっていた。
 友達だけど、限りなく恋人に近くて、でもやっぱり友達。気の置けない異性の友人。
 考えてみればそんな存在、今まで幼なじみの哉太と錫也以外にはいなかった。冗談を交わして、軽口を叩きあえて、性別を越えて仲良くできる存在。それは他人に言われるまでもなく特別だ。
 そして、特別だからこそ好きか好きじゃないかという以前に、失いたくない。それは事実だ。
 だから…だからといってどうなのだろう。その先はわからない。ただわかることは――
「犬飼くんも見てるかなあ」
この星空を犬飼と見たいと思っている自分が、確かにここに存在すること。
 その時コートのポケットの中で携帯電話が着信を知らせていることに気付き、取り出して画面の表記を見る。
 「わっ!」
 その表示の名前を見て、驚きのあまり電話を取り落としそうになったはずみに通話ボタンを押してしまったらしく、もれ聞こえる声に慌てて電話を耳に押し当てた。
 「も、もしもし!」
 『大丈夫か、今度は何やらかした』
 頭の中に響く声に、耳が熱くなってゆく。
 「やらかしてないよ!ちょっとケータイ取り落としそうになっただけ」
 『やらかしてんじゃねえか』
 からからと軽快に笑う犬飼の声にくちびるを尖らせて「う、うるさいなあ…」と苦し紛れに呟くことしか出来ない。まったく、何てタイミングなのだろう。
 そりゃあ頭の中で思い描いていた人から丁度良く電話がかかってきたら、あわてるに決まっているじゃないか。…とは思ったものの到底口に出来ない文言に、月子は更にくちびるを尖らせる。
 『うるさいなあ、じゃねえだろ、気をつけろよ?』
 お節介で、しかも小バカにしたような口調に少しイラついて、「それより、どうしたの?」とわざとこちらから話題を変えてやると、何故か今度はあちらが「お、ああ…」と言葉を濁らせた。
 急に電話をしてきてこちらを驚かせておいて――これは月子の勝手だが――その態度は何だ、と多少憤慨し「な・に?」と弥が上にも語気が強まる。
 思えば犬飼とはこんなやり取りがしょっちゅうあった。
 例えば月子が転ぶと「お前はドジだなあ」と笑われ、月子が泣くと「ブスがもっとブスになんぞ」と言われ、手料理を披露すれば「お前はオレを殺す気か」と罵倒され、その度に月子は言い返し、口ゲンカのようになった。そしてその度周りが「お前ら本当に仲良いな」などとひやかしてくるのに対し、必ず犬飼が先に「誰がこんなヤツと!」と言い返して、また口論になるのだ。
 そうして毎度毎度不快な思いをしているのに、どうしてこうもずっと犬飼と一緒にいるのだろう。
 何故、星を一緒に見たいと真っ先に思うのは犬飼なのだろう。
 『いや…お前今、電話大丈夫だったか?
 変な沈黙の後、犬飼がおずおずといった感じで切り出す。
 「え?・・・別に」
 「…そうか」
 何が“そうか”なのか。また少し黙る犬飼に「何かあったの?」と先ほどの語気をそのままに、半ば強引に問い詰める。
 「いや、大したことじゃねえんだけど…今、星見えるか?」
 突然の犬飼の言葉に不思議に思いながら、頭上に広がる夜空に目を向けた。「…うん。見えるけど」
 「なんかさあ、さっきまでレポートやってて。んで、煮詰まってきたから気分転換でもすっかーって、ほら、あそこにコンビニあんじゃん」
 「ああ、うん」
 確かに犬飼の住んでいるアパートの近くにはコンビニがある。あまりに近くて便利なので、いいなぁー、ずるぅーい、と仲間内で不平を漏らすことがあった。
 「で、行く途中で空見たら、今日めちゃくちゃ澄んでんのな」
 電話から聞こえてくる声に、ああ、と曖昧に相槌をして、月子はポカンと口を開いて夜空を見上げる
 そうか、犬飼も見ているのか。
 さっきまで胸にたまっていた不満の淀みがすっと溶け出して、開いた口から冷たい空気中に出ていくように、白い息がほうっと夜空に舞い上がった。
 見ているんだ、同じ空を。
 『“ああ”じゃねえよ、ちゃんと見てんのか?空。』そう言うと犬飼は『ったく、これじゃ何のために電話したんだか』と小さくぼやいた。
 「何のために電話したの?」
 「え?」
 「だから、何のために電話したの?今犬飼くんが言ったんじゃない」
 「い、言ったか?」何故かうろたえる犬飼に、戻っていたくちびるがまた尖って「言った!」とまた非難がましい声が出る。ああ、可愛げが無い、と自覚して後悔しながらも引くに引けず「もう、気になるじゃん!早く」と尖ったくちびるは余計なことを続ける。
かわいくない。
 そうだ、毎度、そう。犬飼に何か言われる度、憎まれ口を叩いて状況を悪化させる。そこで月子が可愛らしく、しおらしくしていればその後口ゲンカになることなどないのに。
 ああ、本当に自分はかわいくない。
 「うるせえな、そんなに急かすことねえだろ」
 ほら、また。月子の憎まれ口が事態を悪化させる。
 星を一緒に見たいと思っていたのに。そしたら奇跡みたいに犬飼が電話をかけてきてくれたのに。
 「だって…」
 本当は嬉しかったくせに。だから理由が知りたかっただけのくせに。それなのに、まるで相手の墓穴を掘るような言い草。尖ったくちびるから突き出す、尖った言葉。
 かわいくない。かわいくない。かわいくない。
 電話の向こうで『はぁ…』というため息が聞こえて心臓がドクンと大きく響く。やっぱり今の言い方は嫌だっただろうか。気を悪くしただろうか。突如訪れる罪悪感と焦燥感に喉を塞がれた様になって、上手く呼吸すら出来ずに居ると「大したことじゃねえんだよ、別に」と犬飼がため息交じりでそう切り出してきた。
 『だから別に言わなくてもいい、と、思ったんだけど…』
 犬飼は少しだけ間を空けると『だから、その』とまた言葉を切り出した。
 『ただ、お前と星見てえなあ、と思った、つうか…な』
 ぽかん。
 まさにそんな表現が合う、そんな表情で月子は口を開いて、足を止めて、携帯電話を耳に押し当て、そして夜空を見上げ続けた。今度は喉を塞いでいたもやもやとしたものが白い息になって夜空に溶けていく。
 何が“な”なのか。
 …何なのよ、“な”って。
 「…ぷっ…ふふふっ」
 「あ、お前笑うなよ!」
 こみ上げてくる笑いを堪えて、笑ってない、笑ってない、と繰り返すと犬飼は「だから言いたくなかったんだ」とぼやいた。
 ああ、そうだった。いつもそう。
 例えば月子が転んだら、泣いたら、料理を作ったら。犬飼は決まって、笑いながら人をバカにする様なことを言う。そして決まって月子はそれに対して、かわいげのない憎まれ口を叩く。そして口論の様になる。
 しかし決まって犬飼はその後に、手を引いて起き上がらせてくれるのだ。涙を拭いて励ましてくれるのだ。月子の作った下手な料理を平らげてくれるのだ。
 そして周りからの野次に「だれがこんなヤツと!」と言って口論になれば、決まって周りに、月子に、こう言うのだ。
 こいつにはもっと良いヤツがいるよ、と。
 いつだって一緒にいるのが当たり前で、ずっと一緒にいた幼なじみよりも側にいて。誰よりも思いやりたくて、誰よりも相手のことがわかって、誰と居るよりも居心地が良くて。そして何かあったら真っ先に教えたくて、分かち合いたくて。
 “どうなの?”と言われても、どうなのかはわからなかった。何故ならこの関係性には名前が無くて、そして名前をつけてしまいたくなかった。“友達”と言っておけば、この距離を保ち合えた。何よりもこの距離で、この関係でいられなくなることが怖かった。
 本当は“どうなの?”という問いに答えるべき言葉はもう、ここにあったのだ。
 ただ一言、“そうだよ”と。
 そして、そんな簡単な答えなど、もうとっくにお互いわかっているはずだった。
 ただ、わからないフリをしてきただけ。
 「わたしも同じこと考えてた」
 「え?」
 間の抜けた応答にくすりと笑う。「ねえ犬飼くん、覚えてる?去年の――」
 「ああ、カストルとポルックスか?」
 その言葉に思わず目を丸くする。その瞬間、呼んだかい?とでも言うようにカストルとポルックスが瞬いた気がして、また笑いがこみ上げてきた。思わず足をぷらぷらと上げて、ぽん、ぽん、と大きく跳ねる様に歩く。きゃらきゃらとわらう月子に「何がおかしいんだよ」とつられて少し笑いながら、犬飼の声が電話越しに聞こえた。
 「だって…はははっ」
 だって、全く同じことを考えていたなんて。そんなのおもしろくない訳がないじゃないか。笑っちゃえるに決まっているじゃないか。
月子は息を落ち着かせるように、ふぅと息を吐いた。さっきまであんなに悩んでいたのに、今はこんなにも答えが明瞭としている。目の前が、明るい。
 「犬飼くん」
 『ん?何だよ』
 「今から…会いたいなあ」
 一息置いて『は、はぁ!?』と返ってきた言葉に急に我に返る。
 「い、今のなし!今のなし!」
 ぴょんぴょん飛び跳ねて、手をバタバタ振って、そんな動作が見えない相手に向かって慌てて否定する。あまりにも嬉しくて、つい浮かれすぎてしまった。三段の跳び箱が飛べるようになったからと言って、いきなり十段の跳び箱にチャレンジするようなものだ。気が早すぎる。
 「もしかしてお前、酔ってんのか?」
 犬飼の、あのバカにしたような口調に、失礼な!と返そうと思ったが、いや待てよと口を閉じる。会いたいと言った言葉は事実で、冗談や、酔った勢いだと受け止められるのは甚だ心外だが、ほろ酔いであることもまた、全くの事実だ。
 「…少し」
 「やっぱりな。どうりで変なわけだ」
 「変って!…何よ」
 またかわいげの無い返しをしてしまった、と思い少し口をつぐむ。その時目の端に何か光ったのが見えて、夜空を向いていた顔を正面に戻すと、向かいからバイクが近づいて来ていた。夜空を見上げているうちに、いつの間にか随分車道に寄ったところを歩いていたらしい。月子は「おっと」とバイクを避けるように歩道の奥に戻った。
 『大丈夫か?今の…』
 「あ、大丈夫。それにそんなに飲んでないし」
 『なら良かったけど…お前今どこにいんだよ』
 どうやらバイクの音で、月子が外に居るとわかったらしい。「大学近くのファミレスから、駅に向かって歩いてるところ」と何気なく言うと犬飼は「こんな時間に、そんなとこにいんのかよ」と小さく舌打ちをした。
 『わかった、駅で待ってろ』
 「え?」
 『…会いたいっつったのはお!前だろ?』
 えっ、えっ?、えっ!?と心の中で思う度に、心臓の音がひとつ、またひとつと大きくなる。
 「い、いいい、いいよ!いいよ!なし、って言ったじゃん!」
 『バ、バカ、勘違いすんな!危なっかしいから家まで送ってやるっつってんだよ!』
 慌てて返した言葉に、あちらもまた慌てて返答してくる。
 自分からなし、とは言ったものの、会いたいと思って来てくれる訳じゃないのか、と少し落胆していると『電話したのは俺だからな。そのせいでケガでもされたらたまったもんじゃねえよ』というなんだかぎこちない言葉が聞こえてきて、落ちていった心がほんの少しフワリとまた浮き上がる。
 本当に?本当にそれだけ?
 ううん、そうじゃない。わからないフリをやめたら、当たり前の様に答えが目の前に浮かんできた。
 『電話じゃなくて、会って一緒に星見たほうが、よっぽどこっちも安心だ』
 あ、本音。そう思って、でも今度は犬飼のご機嫌を損ねないように、心の中だけでくすりと笑う。
 つまり会いたいと思ったんでしょう?犬飼くんも。
 「わたしそんなに危なっかしくないもん」
 『うるせえ、酔っ払い』
 その言葉には言い返せなくて、うぐ、と言葉を詰まらせる。
 『大体こんな時間に、女ひとりで歩いてるのが危ないっつうんだよ』
 ぶっきらぼうに放たれたその言葉に「女扱いしてくれるんだ」と、くちびるを尖らせてぼそりと返す。
 『生物学上、一応お前も女だからな』
 「何よそれ」
 『だから、俺にはそうじゃなくても、他の男からしたらお前はちゃんと女の子だってことだよ』犬飼は更に一層愛想悪く『世の中、俺みたいなのばっかだと思うなよ』と投げ捨てるように返してきた。
 何よ、それ。そんなこと言って、一番女の子扱いしてくれるのは犬飼くんじゃない――とは思うけれど、言わない。ただ、こうも思う。
 早く自分で気付いてよ。
 「わかった、じゃあホームで待ってる」
 『おう、待ってろ。…あ、電話切るなよ?』
 それじゃあ、と電話を終わらせようとしていたところでそう言われ、「なんで?」と聞き返す。
 『駅までの道、一人で歩いていくなんて危ねえだろうが。電話してりゃ変なヤツに声かけられにくくなんだろ』
 そのくらい分かれ、とでも言うように返された言葉に、思わず足が止まる。
 「犬飼くんさ」
 『あ?何だよ』
 どうしてそこまで自分ではっきり言っておいて、気付いてくれないんだろう。そんなの全部『お前が心配で心配で仕方が無い』と言っているようなものじゃないか。
 そこまで考えて、気がついた。
 もしかしたら犬飼は、月子が気付くよりもずっと前からもう、この関係に、この感情に気付いていたのかも知れない。とっくにわかりきっていたのかも知れない。そしてわからないフリをする月子と一緒に、もしかしたら月子以上に懸命に、わからないフリをしてきたのかもしれない。
 なんだ、そっか。
 「ううん、何でもない」
 『何だよ、変なヤツだな』
 答えはもうそこにある。ただ、当たり前すぎてそれを答えだとは思いもしなかった。しなかったし、できなかった。
 そして、多分犬飼はその答えを受け入れるのを渋っている。何せ、月子にはもっと良いヤツがいる、と言っているのだから。
 でも、もうわかりきっている。
 たとえば、木に実っているリンゴを切り離したら、そのリンゴは真っ直ぐ手の中に落ちてくるだろう。そんなわかりきった当たり前のことに、まさか地球に吸い寄せられているなんて答えがあるなんて、誰も思いもしなかった。
 この冬が終われば春が来る。今見ている双子座はこれから西へ動いて、そして朝が来る。晴れた空は青いし、夕焼けは赤い。そしてまた夜が来て、星は瞬く。今日も地球は回っている。
 どれも当たり前にわかりきったこと。
 それと同じくらいに、月子にもまた犬飼しかいないことも、もうわかりきっている。犬飼の言う“もっと良いヤツ”なんて居ない。
 犬飼がどうしてそう思っているかはわからない…でも。
 ねえ、犬飼くん。たとえば楽しいことがあった時、おもしろいテレビを見た時、白鳥くんや宮地くんとケンカした時、弓道の試合で勝った時。そんな時最初に教えたいと思う人は、誰?
 一緒に星を見たいと思う人は誰?
 「犬飼くん」
 『だから何だよ』
 呆れたような物言いに、月子はふふ、と笑う。
 「早く一緒に星見たいな」
 なおもふふふ、と笑い続ける月子の声を聞いて、ふうーとため息をつくと『わかったよ』と犬飼は何か諦めたように呟いた。
 『めちゃくちゃ急いでそっち行ってやるから、前見て歩いて、変なヤツについていくなよ?わかったな?』
 そうやって語気を強める犬飼に「はーい」と能天気に返事して、またため息をつかれてしまった。仕方ないじゃないか、だってそんな言い方をしたって、優しいものは優しいんだから。
 双子座じゃなくたって、こんなに空が澄んでいなくたって、何なら星を見る時だけじゃなくても。
 隣にいて欲しいのは誰?
 わたしは犬飼くんなんだけれど・
 犬飼が何を思って、月子にはもっと良いヤツがいると考えているのかはわからない。だけど、そういう難しいことは抜きにして。いろんな事情はとりあえず無しにして。
 犬飼くん、わたしたちの“恋”はもう始まっていると、わたしは思うのだけれど。
 犬飼くん自身は?
 君はどう思う?
P R
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  • アイコン画像 ニックネーム:初音*未悠
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otkです。しかも乙女ゲとかすきなタイプのあれです。
二次創作小説とは名ばかりの、日々の妄想を形にして、初音が勝手に萌えるだけのブログです。誰得でもない俺得です。
主にstsk、初音の旦那がみやりゅーなので宮地話多目です、悪しからず。
ついったも貼ってあるので、フォロリムブロご自由に´`*
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