はじまりのことば 

2006年06月13日(火) 9時55分
可能涼介・著
理論社     2001年1月刊


タイトルに一目惚れして手にとった本。

裏側の帯にある、本文からの抜粋文を読んで、
「青い色がふさわしいのは、空と海だけだ。
 ぼくは、ずっとそう思ってきた。
         ☆
 青い色がふさわしいものは、地上の上には、ないはずだ。
 空と海だけが、青い色を持っていていい。
 だけど、何もわかっちゃいないのは、ぼくの方だった。」

とにかく、これは読んで見なきゃと思いました。



「空の色が青いのは、
 青い絵の具を溶いたから」

これは、いつか詩人になろうと思っている小学生の男の子…唯一(ただいち)君の
“はじまりのことば”です。

そして、この物語は、唯一君の日記です。

何だか奇妙で…だけど、何だか綺麗で…
何だかよくわからないんんだけれど、何だか妙に惹き付けられる言葉の羅列。

詩を描く人に…詩人を夢見る人に…とにかく一度手にとって頂きたい物語です。

うさぎ、うさぎ、どこいくの? 

2006年01月30日(月) 23時31分
ピーター・マッカーティ 作・絵      多賀京子 訳
徳間書店      2000年3月刊


素朴で、とにかく、かわいいお話。
ちいさなうさぎが、とことことことこ歩いて行きます。
「うさぎ、うさぎ、どこいくの?」って、
歩いて行くうさぎに、わくわくしながら付いて行く感じで読めるお話です。
ちょっとした冒険気分を味わえるかも?!
このうさぎ、どこに行ったと思いますか?
タネあかししちゃうとね・・・
このうさぎ、おうちに帰ったんです。それだけです。
本当に本当に、素朴で単純な物語。
けれど、結末を知っていても、何度でも何度でも、わくわくしながら読める物語。
それだけのチカラが、この絵にはあります。
これこそ絵本の醍醐味!って思います。

児童文学の基本…「行きて帰りし物語」…つまり、どんな大冒険をしてもね、児童文学の基本は、最後に、居るべき場所、落ち着ける場所に帰ってくること。そうでなければ、ちいさい子供は不安になります。この基本に肉付けするでもなく…ただただ基本に忠実に…静かに静かに語られる物語。穏やか過ぎるくらいに、穏やかに進む物語。

それほどメジャーな絵本ではないですが、
わたしは、この絵本と出逢った時、すごい本に出逢ったと思いました!!!!!

イルカの歌 

2006年01月25日(水) 22時26分
カレン・ヘス 著       金原瑞人 訳
白水社       2000年10月刊


確かにいつか、わたしは…人間は…こんな風にして“人間”になったんだ。そんなことを思いました。
これは、イルカに育てられた少女が、人間に発見されて、人間の世界にもどるための教育をされる物語。ミラと名付けられたその少女の、少しずつ覚えて行く人間の言葉で語られる物語。イルカに育てられた少女が、人間に戻って行く物語。
けれど、これは、人間が人間に成って行く物語。

「ベックせんせいがいう。みみはどれ?
あたしは、みみのえをゆびさす。
ベックせんせいがいう。よくできたわね、ミラ。めはどれ?
あたしは、めのえをゆびさす。
ベックせんせいがいう。よくできたわね、ミラ。はなはどれ?
 …(中略)…
ベックせんせいがいう。よくできたわね、いいわよ、ミラ。
あたしは、よくできたわねがすき。」

「サンディがいう。このプレゼントはたべるものよ。いいさかななの。いいさかなをたべたいでしょ、ミラ?

あたしはいう。いや。
このさかなは、よくない。このさかなは、しんでいる。

サンディはうれしくない。あたしは、サンディがうれしいのがすき。」

「サンディがゆびさしてほしいのは、ほんのなかのえ。
あたしは、ほんのなかのえをゆびさす。あたしは、サンディをうれしくする。」


人間は生まれた時から“人間”だったわけじゃない。
子供はみんな、褒められるのが好きで、ほんの少し納得のいかないことでも、誰かが褒めてくれるなら、それを“正しいこと”として覚える…そうして、人間らしく生きることができるようになる。周りに合わせて。わたしもいつか、こうやって人間に成った。そんな風に思いました。
“人間”であるということ。いつか、わたしが“わたし”に成ったこと。想いながら読んでいました。

きらきら 

2006年01月25日(水) 11時12分
シンシア・カドハタ 著       代田亜香子 訳
白水社       2004年10月刊


作者も、主人公も、日系のアメリカ人“帰米”。
「きらきら」は、主人公ケイティが、姉のリンに教わった、最初の言葉。
日本語で「ぴかぴか光っている」という意味だ。

この物語は、切ないくらいに現実臭い…作者の実体験も含まれた、醜いくらいに哀しくて傷みも伴う物語。涙なくしては、読めなかったのに…。
それなのに、読後感はというと、ただただ「きらきら」なのでした。
日本語の美しさに、改めて気付かされたという感じでしょうか?
人種差別とか、貧富の差とか、裏切ったり裏切られたりとか、死とか…。
この物語には、たぶん、綺麗じゃないモノの方がたくさん描かれているのに。
ただただ、ふたりの少女の繰り返す言葉だけが、最後に残る。
「きらきら、きらきら」

もうこれは、最初に書店で見つけた時、「きらきら」と…ただ、このタイトルに惹かれて手にとったのだけれど、読み終えても…その中身が、どんなに哀しい物語でも…「きらきら、きらきら」このタイトルだけで、完結されている物語。綺麗な綺麗な記憶、ひとつ、もらいました♪

星の王子さま 

2006年01月14日(土) 16時50分
サン=テグジュペリ 作     内藤濯 訳
岩波書店    1962年刊

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この本を開くと、最初に出逢うのは印象的な献辞です。
作者の親友…おとなであるレオン・ウェルトに捧げられた、その献辞は、
「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。
 (しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)」

という忘れられない一文と共に、「子どもだったころのレオン・ウェルトに」と改められる。

この物語は、哀しみからはじまります。それぞれの孤独の哀しみから。
作者のサンテックス自身でもある、飛行士の「ぼく」は、子どもの頃からひとりぼっちでした。ほんとうにモノのわかる人に、出逢ったことがなかったから。
六年前、飛行機がサハラ砂漠でパンクした時も、「ぼく」はひとりぼっちでした。
その時、砂漠の真ん中で、「ぼく」は不思議な男の子(王子さま)と出逢いました。王子さまもやっぱり、ひとりぼっちで旅をしていました。
王子さまが、旅の途中で出逢ったおとなたちは、みんな何だかおかしな人たちでした。
けれど、地球で、王子さまが「ぼく」と出逢う前に出逢ったキツネは、王子さまに“仲良くなる”ってことを教えてくれました。キツネは、王子さまの“特別なキツネ”になりました。
「かんじんなことは、目に見えない」 この物語でいちばん有名な一文かもしれません。
キツネが教えてくれたことでした。

「みんなは、特急列車に乗りこむけど、今ではもう、何をさがしているのか、わからなくなってる」
「おなじ一つの庭で、バラの花を五千も作ってるけど、……じぶんたちがなにがほしいのか、わからずにいるんだ」「だけど、さがしてるものは、たった一つのバラの花のなかにだって、すこしの水にだって、あるんだがなあ……」


王子さまの“死”を感じさせる哀しい最後に、
けれど、王子さまは“希望”を残していなくなります。
「笑い上戸の星」を…「五億の鈴」を残して…。

1000の風 1000のチェロ 

2005年02月19日(土) 12時00分
いせひでこ 作
偕成社   2000年11月刊


ぼくの通うチェロ教室に来た女の子は、
ぼくよりずっと上手にチェロを弾いた。
とても上手だけれど、何だか怒っているみたいな弾き方だった。
その子は僕のチェロの音を、犬の声みたいだと言った。
嫌な気はしなかった。
ぼくは、大好きだった犬のグレイを想いながらチェロを弾いていたから。
その子は神戸から来たらしい。
ぼくたちは、神戸で開かれる大震災の復興支援コンサートに
参加することになった。
ぼくの音が何かの応援になるのかどうか、
ぼくにはわからなかったけれど、
それでも、支援コンサートに向かって、ぼくはチェロを弾いた。
コンサート当日、
「1000のチェロが、1000のものがたりをかたっている。
 それでいて、ちゃんとひとつのきょくになっている。
 1000のおとが、ひとつのこころになったんだ。」

『1000の風 1000のチェロ』
ただ、タイトルに惹かれて手にとったのだけれど、
この絵本を読んで、いせ先生は、音楽を描ける画家だと思った。

「忘れられない風景がある
 青いビニールシートとテントでいっぱいの雨の公園
 ひとりのゆうびんやさんが ずぶぬれになって歩いていた
 家がなくなった人たちのひとりひとりをさがしていた

 1995年3月 大地震から2ヶ月後の神戸
 建物も道路も生活もこわれ 犬もねこもいない街を
 パズルをつなぎあわせるように私は歩いた
 風景は断片になって 描かれることを拒否しているようだった
 はじめてスケッチ帖を白紙のままで帰った旅だった

 忘れてはいけない風景は 描けないのではなくて
 描いてはいけないのかもしれない
 描くことで 安心してしまうから
 目と手が記憶してしまったあと
 どこかにしまい忘れることもあるから」   あとがきより

絵描き 

2005年02月19日(土) 10時03分
いせひでこ 作
理論社   2004年11月刊


この絵本は、旅人のスケッチブックそのものだ。
旅好きの画家、いせひでこ先生のスケッチブックを盗み見るみたいな
わくわく感。
一枚一枚の絵に繋がりなんかなくて…けれど、それでいい時もある。
当てのない旅に出る。特別なものなんかなくても。
「いつのまにか、ねむってしまった。」うん、それもアリかな?
「スケッチブックを わすれてきちゃった。  
 きょうは 一日、風がはこぶ くものものがたりを みる。」
うん、それもアリ。
「うごかないほうが いいときもあるんだ」きっと…。
「ちいさな みしらぬ町の 美術館。おなじにおいの ひとがいる。」
わたし、いせ先生の絵に…言葉に…自分と「おなじにおい」感じてしまう。
はじめて出会った時から。
「描きすぎて わからなくなることがある。
 だいすきな うたを うたうときのように 描ければいいんだけどなあ。
 音を きくように、色を きこう、自由に たのしんで。」
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