うれしいこと 

May 26 [Thu], 2011, 2:00
むかしから大好きで いまでも大好きだけど
心地よい距離感を保つことが 実は結構むずかしくて
やってはみたけど その後何年かは苦い記憶になった。
「ごめん」と言わせたくなくって 泣いてしまいそうなのを
必死でこらえて つくり笑顔して はなればなれになった。

もう一度 もう一度と思ってみたけれど
少しでも近づいたらパリンと割れそうな何かに
お互い怯えて はなればなれのまま時間だけ過ぎた。

今日、ほんの小さなことだけど

今でもがんばってることを 知ったことと
私もちょうど いつもより少しがんばれた日だったこと

たったそれだけのことが なんだかとてもうれしいのです。
おなじ空の下 ものすごく小さい偶然の一致。


こんなふうに思うのは ちょっとおかしいのかも知れないけど
私が元気でいることが 今まで出会った誰かにとっての

「うれしい」

の片割れでいられたらいいなぁ。


今でもすこし淋しくなるけれど 悲しくはないよ。
おこってないし ましてや憎んでなんかいないし
思い出のかけらを見つけると クスッとさえしてしまう。

あと何回くらい この感じを 味わうことができるのかな。

誰も知らない 

May 10 [Tue], 2011, 18:05
季節が何回か過ぎて 色褪せたものは自分でもわからない。

就職して それなりに仕事に打ち込んで 諦められるものはいくつか諦めて
背負わなきゃいけないものからはできるだけ逃げて ここまできた。

少しばかりのやりがいと お給料日を待って過ごす毎日。
ちょっとずつ何かを落として いつのまにか空っぽになってしまったことに
気付いたときには もう遅かった。


“ほほえんで lunchをして 五年分の話をしたら きっとまたすきになる”


―そんなことしなくても今でもすきな人のことを たまに思い出す。
今はとてもじゃないけど 逢えないけど 逢いたいね。

所要時間、5分。 

July 23 [Thu], 2009, 20:48
「人生なんて暇つぶし。

 いかに面白く楽しく潰せたもん勝ち。

 そんなやつ、ほっとけほっとけ。」


自分の周り全てを大切にすることが
器用で、頭よくって、美しいことなんだ、と
まだ勘違いしている小娘なんだと気付く。

たった5分でもうずっと我慢していた何かを
ぽろぽろこぼさせてしまうような。


今でも私は彼のそんなところに、新鮮に驚いてしまう。

そんなソウルメイト 

July 17 [Fri], 2009, 0:10
「心配なの。帰ってくるってわかってるのに。落ち着かなくて。どうにかなりそう。」

「それで電話してきたってわけ?」

「うん」

「それで早く帰ってくるわけじゃないのに?」

「そうなんだよね」

「知ってる、そういうとこ。」


そんなソウルメイト。
理想の元彼。

このくらいの時間になると 

March 23 [Mon], 2009, 0:57
やっぱり文章が書きたくなってくる。

雨の連休最終日は家で。
部屋がふたつあるということ。住人が2人いること。
広い分の掃除が時間がかかるということ。

爽快感が2倍以上だってことまでは
一緒に住むまで気付かなかったなぁ。

想定外でガラスが割れたときの
驚きとある種の苛立ちも新鮮だ。

これがこれから日常になっていく。
この新鮮さは覚えておこう。

後ろ歩き 

March 15 [Sun], 2009, 23:15
後ろ歩きをやめてみたら
どんな景色が広がるのだろう。

今まで一度も考えたことがなかった。

まだ寒いよく晴れた河原の向こう岸には
もう早咲きの桜が満開になっていた。

“満開の桜の下でまた会いましょう”

そんな約束めいた台詞を思い出しながら。

大嫌い 大嫌い 大嫌い 大好き 

March 05 [Thu], 2009, 0:05
そんな歌があったことと
そんな歌に共感した。

何を今更。

時間の味 

February 28 [Sat], 2009, 0:22
たったひとりでいる時に限って“降りてくる”感情がある。
その感情は決まってひとりでいる時に降りてくる。
場所は問わない。家。渋谷。電車。旅先の夜明け前。

梅干を見て唾が湧くように
その時間の味みたいなものが
よみがえってくる。

多分、自分の奥深く、コアの部分が記憶している
忘れたくても忘れられないことや
記憶に門みたいなものがあるとしたら
番人が「忘れるな」と言ってくる記憶が
次々降ってくる。

懐かしくて、時々痛くて、大体がいとおしい。

でもその感情がいつのものなのかは
はっきり思い出すことができない。


そのもやが少しでも薄らげば。


子供のように敏感だった味覚も
この3年の中ですっかり味音痴になった。

悲しい理由は探らない。
怒りの原因も追わない。
楽しいも嬉しいも朝が来ればまたいつもの日々。

思えば、もう3年くらい感じていない。

「おいしい時間をすごしたな」と。

今の私は、もう4年近く
味のなくなったガムを
吐き出す時機もわからずに
噛みつづけているような感じだ。


その味のないぐにゃぐにゃした物体に
たまにふっと、うっすらと「味」が戻る。


それはいつ食べた 何味の料理なんだろう。

何で今なのかは自分でも 

February 28 [Sat], 2009, 0:09
よくわからない。
来るべき時が来ただけだ。

自分の意思で一旦ピリオドを打ったこの雑記の場。
でもどうしても消すことができなくて残しておいた。

きっとこの日のために眠っていたんだ。

もう誰も見ていない(と思う)この場所に
また文章を残していきたいと思った。

あの頃ほどありのままでないかも知れないし
また眠らせてしまうかも知れないけど
それでもいいのだ。

成長してなくても、いいのだ。

今でもそこに 

December 20 [Tue], 2005, 2:49
あの時間が蘇るようで
今でも訪れては
すこし近くなった空を仰ぐ。