晩ご飯 

2008年06月21日(土) 22時21分
今日こそは短い日記ですぜ!

なんだか重いご飯続きで、きのうは2時過ぎまで
いろいろ食べながら飲んじゃったりして、
たくさん食べているのに出る方は調子が悪くて、
もう三日も出ていないので
お腹が重くて重くてしょうがない。気持ち悪いのです。

昨日飲んだせいもあるけど、なんかフラフラして眩暈がする。
と、思って某イベントをお休みしてしまった。スミマセン…。
拘束時間長すぎ。でも最初から休むつもりじゃなくて、
行く寸前まで準備して、持ち物も全部用意した瞬間に、
なんか行く気なくした…今日休んじゃおっかな…
とか思い出して。典型的なパターンです。
ニートの。

と、いうことで自己嫌悪という最悪な副作用はあるものの、
これから夜までの長い拘束時間が全部オフになった!
体調をみつつも、いろいろできる!と、前向きに捉え、
今日の晩ご飯のレシピなど考えておる次第です。
んでもってお腹が激重く、イベント用の衣装を着てみたら
完璧に妊婦体型だったので、今晩は最大限に軽メニューで
いこうかと。おそばなんかどうかね。
タケノコと卵と万能ネギ、七味をかけて。

と、これをメモするための投稿です(笑
最近とみに、ニョキニョキと、ゴハン作りたいモードなので、
ネットのレシピサイトをみてはあれこれ妄想しております。
んで、一人用を作れないのでいつも食べ過ぎる…と
これが最近のお腹の重さの原因でございます。
ダイエットは一体どこへ。

宵闇 

2008年06月17日(火) 8時24分
久しぶりにワインをちょこっと飲んだら、
耳もかゆいし、ピ穴もごろごろしだした。
こりゃ厄介。
ホント弱くなったなー。
全然飲んでないせいか、年のせいか。
ま、両方だろ。(爆

さて、今日ふと思ったのだが、
日本に帰ったら携帯二つ持ちたいなーと。
というのも、某A氏のblogを読んだからなのだが、
iPhoneは欲しいのだけれどもメインにするには
ちと頼りない。
やっぱり日本にいるからには日本的な
携帯の無駄なまでに充実した機能アレコレを使いたい。
というわけで、せっかく最近安いプランも出てきていることだし、
メインを他社携帯の日本的多機能のものにし、
もう一個をサクっとiPhoneにしてみようかと。
まあ当分先の話になるんですけどぉー。

なんてったってしょっちゅうタクっていたような、
セールじゃなくても洋服をちょくちょく買っていたような、
あんな感じの生活に
戻りたいと私はもくろんでいるのだ。
だからそれには結構な時間と努力が必要になるだろうし、
仮に経済力があの基準に達したとしても、
余暇の時間があの基準に戻ることはもはや決してないだろう。
そういうことだ。

まあ自由になる時間は持て余すほど享受したわけで。
資金がもっとあれば持て余すことはなかっただろうけど。
日本にいたら自分の自由になる時間を持て余すなんて
あり得ないしね。
それを勿体ないと感じるほど。
私は人生における自由になる時間を
無駄に使ってしまったのではないか、と。

まあ、そういう反動でもあります。
なんか以前の記事でも何かの文脈でこんなことを
言っていた気がするが。
拘束時間長い?別にいいじゃん。上等じゃ。
とか今は思っていたりする。
怖い物知らずってやつですな。
年中拘束されてみて初めて、ヒマがほすぃ〜とか
言い出すわけです。

でも忙しいのは基本的に嫌いじゃない。
恐ろしいのは、その生活の中で考えること、
そして感じることをやめてしまうことだ。
一見予定が詰まっていて、やりたいこともたくさんあって、
チャレンジすることもできて、会いたい人にも会って、
とやっているとすごく充実している気分になるけれど、
その中で思考停止していることは実に多い。
新しいものに出会い、新しいものを追っているだけで、
それが自分自身であるという錯覚に陥るのだ。
私はそういった生活の中にあっては、
それに最後まで気づくことができなかった。
休みもなく仕事に肉体を拘束されることは構わないが、
それはすなわち心までその仕事のみに特化された
人間になってしまうことを意味するのではないか。

そういう意味でやはり余暇は、リセットの時間として
大切なものなのだと思う。
自分自身の、オリジナルな思考・趣向でもって
あれをしたい、ここに行きたい、と思っているようでも、
なかなか日本においては新しいものに流されず
本当の自分と深く静かに向き合うことは難しい。
よほどそのこと自体に努力をしないと、
特に私のような人間は、自分の感性すら
大衆の指向性(ある特定のジャンルの、ではあるが)を
べったりと塗りたくられたものになる。
そうすることが、うまく生きていく術の一つでもあることは
確かだけれど、必要以上に流されていいとも思わない。
人の好きなものや、評価するものより、
自分の好きなもの、評価したいと思うものを。
それはひどく不安で、足場のない感覚だけれど。
そう、今まさにこの場所で、強く感じているこの感覚。
本当の自分ひとりと向き合うこと、
それはどんな時もすなわち孤独を自覚することである。

めがねめがね 

2008年06月15日(日) 10時56分
なんか無性に眼鏡がほすぃ。
過去何度かダテ眼鏡やサングラスにトライしたことはあるが、
顔に立体感がないせいかイマイチぱっとせず、
結局放っておくことになったりしていた。

今回日本再デビュー(爆)にあたり
オサレ熱のあるうちに、いろいろなテイストを試したいと
思っているのだが、その一つが眼鏡。
って、さっき思いついたんですけど。(ぉ

なんかやっぱり状態が安定してくると、
オサレも冒険しなくなるというか、あまり工夫しなくなって、
気づいたらすげーダサイ格好してる時とかあるんですよね。
まあこちらの生活なんかは論外なのでおいとくとして。
なので、こういう環境が変わるタイミングはオサレもかなり
やる気がムラムラな状態ということで、初めのうちだけでも、
頑張っちゃおうと。まあ7割くらいは妄想で終わりそうですが。
予算ないもん。オサレにばっかりかけられないもん。

でですね、眼鏡に関するいろいろをwebで読んでいて、
仕入れた情報や考えたことなどをメモっておこうかなと。
思ったわけですよ。
とりあえず、自分に似合う眼鏡とは。
・他の洋服やなんかでもそうだが、黒より茶系が似合う。
どうしても雰囲気や肌の色とかと合わせても、シャープな黒より
茶系、あるいはカラーものでも暖色系や白っぽいものなんかが
自分には合う気がする。

・通販なんかもあるけど、顔の幅のせいで、調節せずに着けられる
眼鏡はないと思った方がよい。あと、耳の高さも多分違う。
左耳の方が下がっている。これらの調整は必須。特に幅。
鼻のところの押さえの高さも調整してもらえるらしいので、
高くしてもらうとよい。

・サングラスはどうしても似合う服等のテイストを選ぶ。
でもやっぱり目が光に弱いので、それに合う服装をするか、
タウンユースが可能なオサレサングラスを探すか…。
似合う格好って、ギャル系とか、マダム系とかそんなんしか
今のとこ思いつかないのだが。難しいなぁ。
私は鼻が低いので、眼鏡の位置が低いと更に顔がショボく
見えてしまうのだが、そういうのも調整できるんだろうか…。
ちょっと眉毛が隠れるくらい上が良いのだが。
全体的に柔らかいテイストの顔だが、特に目がそういう印象なので
目を隠してしまうとなんか童顔ぽいけどサングラスでキツそうな人、
というちぐはぐな感じにもなりかねない。。
普通の眼鏡でも、紫外線カットや眩しさカットのレンズを入れられる
ものもあるようなので、それを使うテもある。
あと、やっぱりブランドサングラスはそれなりにデザインも可愛い。

・上記の顔幅の問題で、どうしてもたいがいのデザインは
内側に入り込んで(眼鏡の幅の方が小さく)見える。
更に顔がでかく見えるので、最近流行の全体的に大きめのものや
縦の長さは細めで幅は広いもの、また左右が丸くカーブして
回り込んでいるものが似合いそうな気がする。

と、とりあえずこんなところか。
またなにか思いついたら書き足せばいいやっ。
今、にわかに眼鏡をしたくて、だいぶ昔に買った、
幅も何も全く調整していないサングラスをかけてみていたら、
もう既にこめかみのあたりがじんじん痛んできた。
なんていうか、ホントにねー、顔の幅広すぎるんですよ!
耳のちょい手前くらいが最も広い感じ。
やっぱあれだね、それなりにお金もかけないといかんね。
ディスカウントストアとかじゃなくて、
デザインなんかについてもそうだし、
調整もきちんとやってくれる眼鏡屋さんじゃないと
私は買ってはいけないんじゃないかと。

普通の眼鏡でも紫外線カットレンズが入れられるということと、
初めて見たパソコン用眼鏡が意外と使えそうというのが
結構な収穫でした。

ということで、本日はもう寝ます〜。4時半過ぎ。(あほですな。

たまってるんですないろいろ 

2008年05月30日(金) 7時08分
最近長文多いなー。
一個一個の日記がナガス。
とかいってこれも結局長文にw

某所とかは相変わらずほとんど全く書いてなかったりするんですが。
窮屈なのよねー。いろいろお知らせしたい人もたくさんいるんだけどさ。
もはや人数もいちいち設定するには非現実的な数ですし。
ほんとは日本向けでいろいろ書きたいのだー。
旅行記とかさ。日本で会おう!とかさ。w

なんか人と会いたい欲もたまってますな。
基本私はいろんな人と会って話をしてるのが好きなんだ。
それにようやく気がついた。
確かにクソどうでもいい世間話とか無駄話とかは嫌いなんだけど。
無駄に長い電話とかも嫌いなんです。非生産的な会話が。
話してる間に手動かせよ、とか仕事しろよ、とか、
私帰っていいですか?とか思ってしまう。
でも気の合う人とか趣味や考えてることが通じる人達とは
毎日でも会って、一緒に話してたいんだなぁ。
お酒の席が好きなのも、お酒が飲みたいっていうよりは
話がしたい、聞きたいっていう気持ちがはるかに大きいし。
まあ、前から思ってたことだろうけど、改めて気づいた。
こちらにはそういう人自体少ないから、
一緒に飲みに行きたい、話をしたいと思うことも少なくて、
でも話をしたい、人と会いたいという欲求はたまってて…
というジレンマ。
でもあんまり通じる部分が深くないけど、まあ話してて楽しいな、
くらいの人と少し話すだけでも気分が紛れるというか、
テンションが上がって、明るくなるもんだなーと思って。
それぐらいじっくり人と話す機会が減ってるんだろうな。
今日とかも、日本の誰かに電話でもしちゃおうかな〜と
思うくらい、夜に誰かと話したくて。でも向こう早朝だったり(笑。

やっぱり私は人と関わっていたい。
たくさん話をしたい。できれば、気の合う人達と。

なんかいろいろあって、エネルギーも若干枯れ気味だけど、w
また日本で少しずついろんな人達と話して、
元気になりたいなぁ。夜遊びして、飲み歩きたいなぁ。w
と、考えていたら、日本でよく一緒に飲んでて
すごく楽しかった人達の顔が次々思い浮かんだ。
皆とても個性的で、ウィットに富んだ会話をする人達。
興味深い情報もたくさん飛び交って。エネルギーと情熱を持ってて。
話してるだけで、楽しくなる。無駄に酔っぱらったりしなくても。
こちらに来て無理矢理飲んで酔っぱらってたのもそのせいかな。w
何話したらいいのか分かんなくて、とりあえず飲んでた。
自分の足場を模索してたけど、結局どうでもいい人間関係で。
そういえばそうだな。こっちではとどまりたい人間関係の輪なんて、
見つからなかった。それなりに楽しくて、
いい人たちにもたくさん出会えたけど。
もう少し長くいれば、急激に人の輪が広がることも
あったかもしれないけど。なんだかんだ言って短かったもんね。
言葉の壁もあったし。これからもしかしたら、
出会いが広がっていったのかもしれない。
それはそれで興味深いだろうけど。
でももうすぐ私は、ここから消える。
ちょっと、そう思うと淋しいな。


まあ帰っても、まだ私の立場は定まらなくて、
前の私みたいにキラキラ輝いてはいないかもしれないけど。
それでも皆から少しずつまた元気をもらおう。
日本語の会話の流れなんかも、少しずつ取り戻そう。w
「日本での私」を、取り戻そう。
実際気持ちが日本に向き始めて、準備なんかもしだしてから
急激に気分も上がってきた気がするし。
帰りたかったんだなー。私。
頑張ったね。
まだもう少しあるけど。
でももう、日本に向かう力があるから、大丈夫。
ここにいなきゃいけない理由は、もうすぐ終わる。
きっと、大丈夫。私なら。

また走りだそう。

小さな贅沢 

2008年05月30日(金) 5時39分
大きな出費(笑)。

いや、今の私に足りないものは、
小さな贅沢ができてないことなんじゃないかと。
結局のところ。

別に超いいとこに住みたいわけでもないし、
いい車がほしいとか、ブランド品で身を固めたいとか、
そういう欲求はほとんどない。
この間バブル期をかけぬけてきたと思われる女性に会ったけど、
(半分冗談で)安物はアレルギー出ちゃうからぁー、と
何にでも言っていて、うっわこんな人種ホントにいるんだーと
しみじみ、面白半分で眺めてしまった。
結構そういう人種がこの街にはごろごろしてたりする。
10代からバリに通ってたのー。とか。
ねー三つ星レストラン連れてってよーとか。
まあ、ことごとく30代後半以上なんですが(笑。
見た目もそんな感じで。
あぁ、こういう所に生き残ってたんだー、みたいなね。
ちょっとバブル人種とは感覚合いそうもないなー。

話がそれてしまったけど、
私はそういう人間とは相当かけ離れているし、
そういう贅沢と縁があったわけでもない。
ただ、毎日ちょっと外で飲むとか、おいしいゴハンを食べに
行くとか、気に入ったカバンや靴、CDなんかをたまに
衝動買いしたりとか、たまーに遠出したりとか、
そういうささやかな贅沢のはなしなのです。
日本だったら、切りつめて99円ショップじゃなくて、
コンビニ使うことあってもいいじゃん!ぐらいの。
コンビニで使う金額も月で考えたら3万円くらいになるから、
この分も節約できます、みたいな、家計のアドバイスを
たまに見かけるけど、そこを切りつめずに生活したいの♪
とか思ってしまう。

まぁ実際の今の生活は、それどころではなく
わりと自分としては、精神的にしんどくなるくらい
切りつめてガマンして暮らしていると思う。
だから若干反動もあって、あー(そういうささやかな)贅沢が
したい!とか思ってしまうのだろうけど。
服ももう1年半以上(!)何も新しいものを
買ってないんじゃないかな。今考えてみて自分でもびっくりw
靴とカバンはここ1年で一個ずつくらい新しいのを買った。
それだけ。靴はバーゲンで、しかも実用的なスニーカーっぽい
ぺたんこ靴、色は黒。
すごいなー。服は1年半買わなくても生きられるんですね(笑
かなり衝撃です。笑えます。今まで何着てたんだろ。

そりゃ女子力も下がるわ…。
かろうじて美容には、無いお金から頑張って多少つぎ込んで
極力ババアになってしまわないように
努力を注いでいるつもりですが、肌だけキラキラしてても。
どんだけ不格好なんですか私。
まあ、この街では派手な格好があまり必要でないというか、
時には危険だったりもするので、
自衛手段という意味もあるんですが。
派手にしてると浮くしね。たまに日本から来た観光客を見かけて、
ものすごい鮮やかな色のセンスでびっくりするし(笑

でもホントそういうことも気にせずに思いっきり派手に、
自分の好きな格好したい!
露出とかは別にしなくていいんだけど(ぉ)、
髪も染めたり、キラキラのバッグ持ったり、
派手色の靴にバッグ合わせたりとかしたい!
オサレしたいよおー!!

心の叫びが炸裂しました。(笑
いやー、でも多分オサレしてたら内面にも絶対に
影響あるというか、輝きが今の100倍くらい出ると
思うんだよね。少なくとも。
それぐらいオサレは重要なのだ。
内面の自信とか、輝きとか、人と対面する時にも
絶対自信を持って接することができるようになるし。
逆に言えば今はそういうことを自重しすぎて、
内面までひからびちゃってるんですな。
こんなのアタシじゃない!と。
ここにいるあたしはほんとのあたしじゃない!
もっときらきらして、余裕があるはずなのに。。

いろんな点で、自分を抑圧しすぎて限界が来てるように思う。
こちらで生活していくには強くならないといけないけど、
こんなにとげとげしい自分は自分じゃない。
もっといつもどんな時も落ち着いて、笑顔でいたいのに。
文句とか、ネガティブな言葉も極力吐きたくない。
でも文句もはっきり言わないと生きていけなくて。
それがツライ。私はもっと余裕を持って生きたい。
日本でだって辛いこと、文句を言いたくなることはたくさんある。
でも皆言いたいこと全部吐いちゃうわけじゃない。
皆我慢して社会が回ってる部分もたくさんある。
まあ、だからこそため込みすぎて自殺したくなっちゃうのかも
しれないけど…orz

まーなんだ、ここまで言っておいて何だけど、
得たものもたくさんあるんで。
フォローになってないですが。w
とりあえずアレだ、日本に帰ってもお金ないことには
変わりないので、まずはしまむらでも行っとくか(爆
こちらの安物服に慣れた目にはしまむらもそれなりの
クオリティーに映りそうだなwてか実際そうだろうし。
こちらの、縫製もボロボロなのに結構いい値段とる服とか、
日本じゃありえん。
H&Mなんかもようやく日本上陸するらしいですが、
その辺大丈夫なんでしょうかね。デザインとかはともかく、
結構な勢いですぐほつれてきたりするよ。
日本の消費者はなかなか厳しいよ。w

ところで、蛇足ですが。
こちらに来て経験したことの中でも、
特にもうどうでもいいというか、記憶から消えちゃっておk
ぐらいのことがあるのですが、それが最近ふとしたタイミングで
本当に記憶から消えていっていることに驚いた。
何て言うか、そんなに前のことでもないんですよ。
なのにもう既にかなり思い出せなかったり、
過去のことを思い出す時にもカウントに入ってなくて
あ!そういや忘れてた!みたいなことが結構ありまして。
いやあ、人って忘れたいというかどうでもいいことって
ほんっとにキレイに忘れるもんだなぁと、しみじみ思ったり。
便利なもんですな。記憶って。
多分日本に帰ってまた新しいことが上書きされ始めたら、
もう完全消去な勢いですよ。面白すぎw

耳。 

2008年05月19日(月) 8時53分
はい、連投ですお。
気づいたら1月以来全然書いてませんでした。
ネトの日記や文章自体あまり書くことをしていなくて、
他のいろんなところもだいぶ滞っている感じ。
まぁ、いんじゃないですか。
また変化の時ですもの。
これから、またどんどん違う自分がやってくるんだもの。
にんげんだもの。(ちょww

さて、今から約2ヶ月前、人生初のピアスを開けちゃいました。
何を思ったんだか…って感じですね。w
もっと早く開けてもよかったのですが。
何かためらいがあったのか、それとも別にピアスをつけたいという
欲求がそれほど強くなかったのか。
こっちに来たての頃とかはおそらくそうでしょうね。
着飾ることをとことん抑制していたというか、
その感覚を深く自分の中に封じ込めようとしていましたから。
で、今再びその感覚を取り戻していかないといけない状況に
なったわけですが(変な言い方。。(笑))、
なんか以前よりそういう自分の感情やスタンスのコントロールに、
無駄にエネルギーを使うようになったというか、
難しくなったような気がしています。
それとも今は他に精神的エネルギーを削られることばかりだからかな。
また自分が自分でいられる環境に戻ったら、
自分を思うようにちゃんとコントロールできるのかな。

耳も、最初に開けた穴がまだ全然安定しないのです。
(ちなみに2個目は3週間経過。。)
調子がいいと分泌液も少なめというかほとんどなく、
できてきたかなーと思うのですが、
ちょっと疲れが溜まっていたり、夜更かししたり無理をすると
すぐぐずぐずになってしまう。。
2個目の方はまだ一ヶ月も経っていないし、仕方がないのだけど
1個目もまだまだですなぁ。。
私は治癒にすごく時間のかかるタイプなのかも。
で、私は今まで自分は結構丈夫な方だと思っていて、
あんまり細かい体の変化とかに目を向けていなかったのですが、
ピ穴がそんな風にぐずぐずになるおかげで、w
すぐにあぁ、無理してるなーとか、
確かにあんま寝てないしなーとか
調子が悪いことに気がつくようになりました。
更には精神的な不調も、やはり体の調子に影響するようで、
そしてしっかりピ穴の調子にも表れてしまうわけです。
まるでピ穴が今無理してるよ、負担がかかっているよ、と
自分に訴えているかのよう。

ということで、ここ2日くらいめっちゃ調子が悪いです。
おかげさまで。ハイ。
これから試験終了までの一ヶ月と1週間、
ずっとこんな感じなのでしょうか。
ツライなー。
ピ穴だけじゃなくて、頭皮とか外耳道のかゆみもひどい。
バイト先でのコミュニケーションもかなりキツイです。
もうなんかマトモな精神状態が保てない。
私ぶっ壊れるんでしょうか?
そのうち人としてやってはいけないこととかやってしまいそうです。
なんとか、あと1ヶ月と1週間。もってほしいけど。
ほんの少しの期間なんだけど。あっという間に過ぎていくんだけど。
そう、何もしなければあっという間に過ぎていくんだけど、
その間ずっとこの苦しみを抱えながら、
その苦しみが強くなる方向にずっとずっと努力し続けなればいけない。
まあ、でもここ1年はラクしてきたからな。
1年分の苦しみを背負って、あがいて、壊れるなら壊れてしまえ。
ダメな時はダメになるもんだ。
でも、乗り切れるなら、乗り切れてしまうもんだ。
答えはあっさりしている。
とりあえず結果を考えずに、ひたすら無我になろう。
無我になって、音楽を自分の体に切り刻み付けるように。
消えない傷が残るように。

やっぱり私とことん追いつめられるとそういう方面にいくんですかね。
そして今はやっぱり病んでいるんですかね。
顔ピとかもしたいんですけど、後で精神が健康な時に
後悔しちゃったりするんでしょうかね。
(ちなみにわりとふぁっそんとして好きなので、多分後になって
後悔ということはまずないと思われる。穴はふさがっちゃうし)
私はどうも破壊衝動がどこか常にあるようで、
全てを壊してしまいたいんですが、借り家のブツを壊すと
後が面倒ですし、公共物を破壊するのもちゃんと理性が
ブレーキになるようでできません。
ということで、自分に全部向かうのかな。
まだまだ自傷とかそういうレベルには程遠いんだけど。
ということはまだ全然大丈夫なのか?
大丈夫なのか?私?
あー。ダメだ。考えれば考えるほどワカラン。

と、書いて自問自答してみたら、ほんのちょっとだけすっきりした気が。
上で自分が自分でいられる、と書いたけれど、
思えば日本でも私はずっと自分が自分でいられる場所を
探していたような気がする。
高校以降の数年間で、ようやく少し見つけられたような気がしていた。
そう、私はコミュニケーションが決して初めから
上手なんかじゃなかったのだ。
自分の苦手な人達の中に置かれたら、
やっぱりコミュニケーションて難しいんだと、
そして自分の居場所と思えるようなコミュニティ、人のジャンルを
選べる環境に自分の身を置くことって本当に大事なんだと、
こちらに来てみて改めて実感した。
私は決して、どこでも生きていける人間なんかじゃない。
私が苦手に、不快に思う人達って意外にたくさんいるんだ。
自ら壁を作ってしまう自分を、
マイノリティとして生きる自分を、自覚し認識すること。
ここ最近強く思う。
そして、そこに戻ろうと。私の生きる場所へ。

決して色褪せないもの 

2008年05月18日(日) 8時22分
最近ようつべで、昔(90年代前半以前)の洋楽をいろいろ聴いてます。
ホントはCDとか買ってしまいたい勢いだけど、
荷物が増えるので今のところはぐっとガマンしときます。

きっかけというか、最初にコレ聞きたい!と思ったのが
more than wordsで、一番早く音源にたどり着けるのは
ようつべだろうということで。
いやー、ホントに色あせないです。
extreme。ぬーの。げいりーしぇろーん。
兄から呪文のように洗脳された洋楽たち。(笑
続いてmr.big。これは自分でかなり好んで聞いていたなぁ。
で、これもまた色褪せない名曲達に涙。
リンクにエリック・マーティンの現在の動画なんかもあったりして、
これはまた別の意味で泣けるが。(爆
でも結構wowowのライブ中継とか、リアルタイムとか
それに近い感じで見ていた気がする。
まぁ、3rdアルバムまでしか聴いてないわけですが、
4人のテクの安定感がハンパないね。
やはりバンドはこうあるべきだね。

そして今日もmr.bigの好きな歌たちを一通り聞いてから、
続いて60年代へ。じみへん!神!
ジョーコッカーもwoodstockの時ものすごいおじいちゃんな
イメージがあったのだけど(というか多分あの変な動きだと思う)
全然若々しくて普通に歌っている。くねくねしてるけど。(笑
なんか今聞いても本当に名曲だな。
映画は具体性があって、どうしても時代が完全に反映されてしまう、
という話を先日某フェットでしていたけれど、
その点音楽は大きな意味で普遍性を持っているような気がしてならない。
もちろん技術の進歩とか、変化はたくさんあるだろうけども、
よい声を持った人はいつの時代も生まれてくるし、
かっこいいコード進行はいつになってもかっこいいままで、
私たちの心に響いてくる。
音楽に時代を与えるのは、聞く側の心なのかもしれない。
リアルタイムで何度も何度も聞き込んだ昔の曲を、
今再び聞いた時、当時の空気や気持ちまで蘇ってきたような
感じを覚えて、ふとそう思った。
そして、そんな曲達をこれからもたくさん増やして、心に抱いて、
年を取っていくのだろうか。
すごくいい。それってすごくいいなぁ。
年を経れば経るほど、スピーカーに耳を傾けて、
その音にたくさんの思いを馳せる。

そう思うと、年をとるってなんて素敵なことなんだろうと思ってしまう。
大事なものがたくさん、増えていくのだ。
心の歌が、大切な音楽が。

あけおめ 

2008年01月18日(金) 9時47分
あけおめ、一応ここにも書いとくかぁ。
って、おっそ(笑

なんかさ〜、去年の夏〜秋頃すんごい病んでるね。
大丈夫かなぁ。よく精神のバランス崩さなかったよねぇ。
崩さないようにあれこれいろんな所に発散してたのか。
大変だねあたしも。

年が明けて、モデムも無事届いて、
ネットに復帰し(笑、
それからはっきりと帰国を現実として具体的に計画し始めてから、
回復したのかな。
今はおかげで、音楽方面のモチベーションは全然、
ひどいもんですが(汗)、精神状態が奇妙に安定しておる。
まあ、冬だし。好きな季節なのだ。
とかいいつつ、太陽が恋しかったりもする。
私の部屋、ずーっとNO暖房(爆。

やっぱり張り詰めていたよねぇ。
大変だったよね。
もう私の頭はすっかり先を見ているので、
こんなに気分が楽なのかも。
音楽のやる気がないのは非常に問題なんだけど。
ま、いんじゃない。
いつの瞬間も、私が選択し続ける人生です。
多分もうちょっと、あと1年とか後には、
やっぱり自分の生き方好きかも、とか思えているといいな。
とりあえず、今の私は強い信念も、強烈な言葉も
必要としていません。
それって心が安定してるってことでもあるのかもしれない。
いつも強いものを求めて生きてきた気がするから。
前向きに強く向かっていく時はいいんだけど、
悪い方のエネルギーが溜まっていくとしんどいよね。

まあ、元々私はそういう風にならないよう心がけて生きてきたけど、
外国生活は想像を絶する苦労で満ちていました。
大変な経験をしました。
ってことで。(?

今年もよろしく、自分。
昨日紅白をビデオで見たので、ようやく年が明けた気分(笑。

突如として 

2007年11月14日(水) 10時50分
「慣れ親しむことは、生の刃先を鈍らせる。
おそらくこの世界において永遠のよそ者であること、
他の惑星からの訪問者であることが芸術家の証なのであろう」。
エリック・ホッファー

--

この頃時折、何もかもから隔絶されてたった独りになりたくなる。
他の誰が触ってもその手が切れてしまうような、
ナイフになって、誰も寄せ付けず、話もせず、
ただ世界を極限まで敏感に感じ、
そしてそれを自分の表現手段で、血を吐くような思いで、
苦しみと共に産み出す。
一人のノイズミュージシャンを見て、
芸術家は、人の輪の中に馴染まないものなのだと、ふと思い。
社会の中で生きようとしてきた、馴染もうとしてきた方向とは、
真逆なのだ。
同級生達が、社会に出ようとしていた時、
感じた違和感はこれだったのかもしれない。
とは言っても、わざわざそういう風に作るものではない。
そうしようと思ってできるものではない。
芸術家は生まれた時から独りぼっちでこの世界に生きている。

そう、私も。
生まれた時から、死ぬまで独りぼっちだ。

それを認識した時、私の中の芸術家が萌芽するのかもしれない。
この刃を鈍らせたくない。
人の輪から完全に離れて生きることは不可能だけれど、
人と同じ顔で、同じ言葉しか持たずに生きることは無意味だ。
私というナイフが世界を切り裂くか、
世界が私を飲み込んで粉々に噛み砕くのか、
0か1か、生か死か。

むかしのあたし 

2007年10月23日(火) 21時29分
こちらに来たての頃の、PCに残ってた日記をうpしてみた〜。
ここはタイトルの通り、ほぼ過去ログ置き場みたいになってますが(笑。
でもまぁここの前身が自分の書いてるweb日記でも一番古いからなあ。
そういう意味で、歴史のあるblogでございます。

前にもこんなこと書いたけど、なかなか昔の自分を見るのは楽しい。
こんなことで新鮮に驚いていたんだな〜ということとか、
こんな細かいことまで日記に書くほど目新しいことだったんだな〜とか。
あとやっぱりこっちに慣れていなくて、スレてないので(爆、
文面がなんだか暖かい。
前のあたしってこういう人だったんだな。
友達もいっぱいいて。ほわほわしてて、柔らかくて。
今の私はだいぶ違ってしまった。
またあの場所に戻ったら、私も元に戻れるだろうか。

懐かしい。懐かしいな。
たった2年だけど、全然違う所にいて、
全然違うあたしがいる。
私はどこに来てしまったのだろう?
少なくとも人間としては、前のあたしの方が好きだ。
やっていることは大変なことで、
何かを為そうとしているのはすごい事なのかもしれないけれど。

それとも以前のあたしの雰囲気は、
何も知らない、ただ恵まれた環境でモラトリアムを
楽しんでいた子供だったからこそ、あんな風に
いられたのだろうか。
あのまままっすぐ進んで、社会に出ていても、
あのままではいられなかったのかもしれない。
子供のままでは。


結局どこにいても、
立ち止まってはいられなかったんだもんね。
社会に出た人達の話を聞いても、
ハッピーな雰囲気はそんなにたくさんは感じられない。
それなりに休日を楽しんで、消費生活を楽しんでいるけど。
精神生活が豊かな感じは、こちらほどはしないものね。

その分今のあたしは、どビンボーだけど(泣
たくさんのものを吸収して、
心は生き生きと知的好奇心の海を泳いでいる。
こういう環境に自分を置いたら、
こんな風に育っていくんだ、という発見。
時間に追われず、情報に追われず、
周囲には美的・知的センスに満ちたものたちが溢れている。
そういう中では私はやはりそういうものに惹かれ、導かれる。
日本に帰ったらまた以前と同じような生活をし、
そういう感覚を忘れてしまうかもしれない。
それでも、残るものはある。
確かに私は変わった。

もしかしたら日本に戻っても、以前のような休日は過ごさず、
美術館に足を運び、写真を撮り、英語の本を読んで
という生活をするかもしれない。
前の生き方は楽しさに満ちていたけれど、
ある意味ひどく受動的だった。
ただやってくる情報を受けていればよかった。
でも、そうではなくて。
変わった私は、自分の足で、
自分の見たいものを、見に行きたい。

まぁ、相変わらず腰は重いだろうけどね(笑。
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ネットの海を漂う
深海魚になりたい。
深く深く。
光のないところへ。
2008年06月
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