望みどおりの試験に受かる人とは…?


この手紙は以前の私のように「超凡人」でありながらも絶対に合格しなければならない「超難関試験」に挑もうとするあなたへ向けて書いた手紙です。

偏差値41でありながら東大を目指し合格した私の秘密を全てありのまま公開しています。もしあなたの目指している試験が「越えられそうにもない壁」に見えるなら、今すぐこの手紙を一語一句漏らさずに読んでください。

あなたの関心があろうとなかろうと全て読み終える頃には日本の学習スタイルに嫌悪感を抱いてしまう可能性がありますが…

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根性型勉強法から一刻も早く卒業したいあなたへ…

根性型勉強法から一刻も早く卒業したいあなたへ…

はじめまして。 記憶術ドットコムの宮口です。

突然ですが、今から1年後に控えている、ある難関試験に合格しなければ大切な家族・恋人と一生会えなくなるとしたらあなたはどうしますか?

当然必死になるとは思いますが
あなたの現在の学力は1年やそこらで合格水準には到底及ばないと仮定して考えてください。


体に鞭打ち、栄養ドリンク片手に一日20時間勉強しますか?

評判の良い講師が在籍する、某有名予備校(資格学校)の短期集中コースを
 申し込みますか?

親御さんにお願いしてトップクラスの家庭教師を雇い、マンツーマン体制で
 効率良い受験生活を目指しますか?

一般的な受験対策としては上記の3つが「王道」といわれています。

どれもが一見良さそうに見えますが蓋を開けると結局は同じです。

何が同じなのかというと・・・「脳の使い方」です。

どんな良い勉強法を他人から学んでもそれを学習するのはあなた自身の「脳」です。

「病は気から」と同じようなもので、いくら素晴らしい勉強法を見つけても
脳の正しい使い方をしなければ良い結果を出すことはできないでしょう。

私ならこうします。

毎日の睡眠時間を5分だけ削り、その5分を記憶術のイメージトレーニングに使います。 

それを3週間続け、その後覚えるべき知識を常人の11倍以上のスピードで記憶し
常人の30倍以上の問題集を解き短期間で圧倒的な知識を得ます。

私は現在48歳ですが、今から1年後に全く経験の無い難関な試験に合格しなければならなければ死ぬと言われたら、迷わずこの方法を使います。

そして急病や交通事故など思わぬアクシデントに見舞われない限り
確実に合格する自信があります。

今からこの手紙であなたにお話していく内容は、一見うさんくさそうな、そんなお話です。

ですが、読んでいくうちにそれは魔法でも何でもなく、極めてシンプルなのに
ほとんどの人間が使っていない(というか知らない)脳の使い方を知っている人
なら誰でも習得できる(当然あなたも)ものだということに気が付くでしょう。

ちなみに記憶術と言っても、インターネットで検索し有象無象に出てくる記憶術とは
全く違います。

私が、高校3年の時から30年かけて完成させた宮口公寿オリジナルの記憶術ですから。

この手紙以外で目にすることはできません。

それにあなたに向けて書いた一度きりの手紙ですから集中して読んでほしいと思います。

記憶術をマスターした後の圧倒的なスピードで知識を吸収している自分を
疑似体験できるはずです・・・

まずは、私が記憶術をマスターするまでに至った経緯をあなたにお話させてください。

記憶術をマスターした後の圧倒的なスピードで知識を吸収している自分を
疑似体験できるはずです・・・

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骨董品を修復する(刀鍛冶)は時代に取り残された家業…


私の実家は江戸時代から代々伝わる骨董品を修復する(刀鍛冶)を営んでいました。

100年以上の歴史を持ち、繁栄期もそれなりにありました。

私の生活する環境には常に本物の日本刀が横にあり、怖くもありましたが
幼少期から父親の仕事を傍で見続け、そしてそれを誇りに思っていたのです。

中学生までは絶対に家業を継ぐ、と心に決めて生きていたほどです。

しかし、その思いは私が高校で出会った同じクラスの友人Tの一言で
破砕され、奈落の底に突き落とされることになるのです・・・

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刀鍛冶屋の家業を守ることは浮世離れ…?


Tは医者の息子でした。

彼は地域でも普通以下の高校に入学しながらも、将来は父親の病院のオーナー
という地位が約束されていたのです。

決して悪気がないのは分かっていましたが、そんなTから言われた言葉で私は自分
の人生を変えるほどの衝撃を受けてしまいました・・・

「俺の人生の目標は家業を守ることだ!」

本当にそう思っていたし、それしか考えていなかったため世の中の流れや
自らの家の事情を客観的に見る目が全く無かったのです。

Tの言葉は良くも悪くも私にそのことを気づかせ、見つめ直す機会を
与えてくれました。

その日、学校の帰り道・・・

私は不安と恐れで、心音がすれ違う人に聞こえてしまうのではないかと思うくらい
高鳴っていました。

父親にはじめて、家業の未来について聞こうと決意していたからです・・・


・・・・・

・・・・・・・・家に着きました。父親の作業場にそのまま向かいます。

 

私:ただいま。

父:おう、公寿。おかえり。

私:お父さん、あ、あのさ・・・

父:ん?

私:お、俺さ・・・いずれこの仕事継ぐからさ!
高校卒業するまで待っててね!

父:・・・・・

私:・・・・・・お、お父さん・・・?

父:公寿、ちょっと居間に行こうか?

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家業が火の車…


居間に戻ると父は私に家の状況をゆっくりと説明し始めました。

ここ数年、家業が思わしくないこと。

そして、私が高校を卒業する頃(3年後)にはさらに悪くなるばかりか
続いているかどうかもわからないと・・・

父は。

私が家業を引き継ぐのを目標に、高校生活を送るのには絶対反対だと言いました。
(父の息子に対する愛情とは理解していましたが・・・)

「公寿、ごめんな・・・」

父があの時最後に言った一言は30年経った今でも忘れることはできません。

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安泰だと思っていた就職先(家業)の道が閉ざされた…


父と話した翌日から私は無理やり気持ちを切り替えました。

正確に言うと切り替えるしかなかったのです・・・

あまりのショックで家を飛び出したいとも思いましたし、
未来への恐怖に押しつぶされそうになったからです。

完全に安泰だと思っていた就職先(家業)の道が閉ざされた今、
私に残された道は大学進学以外ありませんでした・・・

現代のように当時は高卒ですぐに高待遇な仕事に出会える時代では
ありません。

誰がなんと言おうと「学歴」が世を支配していた時代です。

親が大手企業の経営者・医者などであれば、子がどんなに駄目人間でも社会に認められた
地位につける。

逆にどんなに才能があっても学歴がなければ社会のゴミ扱い。

今のようなベンチャー起業家という風習など全くない不条理な時代だったのです・・・

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社会的にも認められ就職も安泰な大学


果てしなく険しい道のりに感じていました。

高校が私立のため友人の中には父親の社会的地位が高く、将来を約束された人も
何人かいましたが私は2〜3年後続いているかどうかもわからない刀鍛冶屋の息子です。

その上、卒業後家業を継ぐと決めていたため、勉強なんてほとんどしてませんでしたし
どの大学のレベルが高いとか一流とかいう情報も一切わからなかったのです。

信じられないかもしれませんが、まず私は本屋に立ち寄り有名な大学を探すことから
始めました。

結果、当時の段階で社会的にも認められ就職も安泰な大学は東京都内で3つ。

慶応・早稲田そして・・・東京大学でした・・・

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高校一年11月時点。偏差値41の私が東大に


これら3校について私の高校が毎年どのくらいの合格者を輩出しているかを、担任の先生
へ聞きに行きました。

現実は絶望的でした。

慶応・早稲田ともに、学年400人+浪人生合わせて合格者は毎年2人が最高(合格者0の年もある)。

東京大学に至っては過去20年間、誰一人として合格者がいないということでした…

愕然としながらも担任から一つ上の学年で最も優秀といわれている先輩を紹介してもらい
話を聞きました、しかし・・・

彼からは私の有名大学進学の夢を断念させるには
十分すぎる程の言葉を浴びせられました。

「1学年に400人もいて、しかも浪人含めてですら慶応・早稲田
 に2人しか入れない高校だということを本当に分かってる?」

「ハッキリ言うけど、この高校に入学したこと自体が大きな誤算。」

「断言するけど、君が東大に行くのは100%無理。学年トップの
 僕ですら早慶すら目指してないんだから、現実みないと後悔するよ…

先輩の言葉でさらに自信を喪失しました。

途方も無い道のりでも根拠の無い自信は幾分かあったのですが
これで完全にその自信も踏み潰された感覚でした。

しかし。

どんなに可能性が低くても、周りから0%と言われても他に道は無い。
大学に行く以外、何も考えられなかったのです。

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テレビに映っていた「記憶の天才」


しかし、気がつけば高校3年になり
私は焦りに焦っていました。

自分の学力と東大の間にある現実を誰よりも理解してしまったからです。

普通の勉強をしていたのでは、どう頑張っても合格することなんてできるわけがない・・・

そう感じて日々過ごしていたある日。

たまたま見ていたテレビ番組に「記憶の天才」と呼ばれる人が
映っていました・・・

「記憶の天才」は1〜50枚のカードをお客さんに渡し、
何か書いてもらっています。

司会進行がランダムに数字を言うと彼は数字の裏に書いてある物の名前を
当てていくのです。

これだけだと、単なる暗記です。

ちょっと暗記が得意な人なら50枚くらいは覚えられるかもしれません。

それに書いてある物が「りんご」・「ボール」・「にんじん」と言った様な
簡単なものであれば私もそこまで驚きはしません。

しかし、「記憶の天才」に対して私が驚嘆どころか、あまりの凄さに
寒気すら覚えた理由は・・・

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記憶力を脳の限界まであげる方法


「りんご」ではなく「青森県津軽に住む松本桂三さんが作ったりんご。大量生産せず
品質にこだわった直径12.7cmのまん丸なりんご。」

「ボール」ではなく「1974年ドイツワールドカップの決勝戦で西ドイツが開催国優勝を果たした時に使われたボール」

「にんじん」ではなく「冬場はマイナス20度。黒っぽく砂まじりで水はけの良い韓国錦山の土でとれた朝鮮人参」

といったようにお客さんが長文で具体的に書いた物を「記憶の天才」は一語一句
間違うことなく50個全て言い当てたのです。

 

これだ・・・

私のような凡人が短期間で難関な試験をクリアするには
記憶力を脳の限界まであげることが唯一の方法だと悟りました。

私はすぐに本屋へ駆け込み、「記憶の天才」の著書を購入し、記憶力アップのトレーニング
を開始しました。

東大合格の全てを記憶術にかけることにしたのです。

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プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:宮口公寿
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最終学歴は東京大学、大学院卒。一般的に言えば高学歴と言われますが、私は高校生当時、偏差値41の「超凡人」でした。

しかし私は独自に編み出した、ある「超難関試験対策メソッド」
により高校1年11月時点で偏差値41だったにも関わらず
在籍していた高校で20年ぶりの東京大学合格者となることができたのです。

あなたが読むこのブログにはその秘密が書かれています。

そしてそれを知れば「今のあなたにとって」は大きな壁に思えるだろう試験が
簡単に乗り越えられる問題に見えてしまうでしょう。

さあ、桜咲く合格の花道を進む自分を想像しながら読み進めてください…