勿忘菫(わすれなすみれ) 

2006年12月02日(土) 13時46分



小雪の中で、小さな紫色が揺れているのが目に入り、思わず足を止めた。
近づいて、膝を折り、それにそっと手に取った。

「あ、隊長」

立ち上がって手の中のそれを見ていると、嶋本が声をかけてきた。まるで子犬のように駆け寄ってくる姿を目にすれば、つい微笑んでしまう。

「何持ってるんですか?」

「菫だ」

「へー、こんな時期に咲くなんて、勿忘菫ですね」

「わすれなすみれ?」

「こんな時期に咲いて、「忘れないで」って言ってるんですよ」

「嶋は物知りだな」

「たまたま聞いたことがあるだけです」

(忘れないで、か)

そんなこと、言えるはずもないから。

「可愛いですね。って、わ、何するんですか!?」

手にしていた小さな花を、嶋本の耳元にかけてやった。柔らかな茶色の髪に、濃い紫色が映える。

「女の子やないんですから……」

そんなことを言いながら、寒さで赤い頬をなおさら赤くする。

「似合う」

「似合いませんて」

二人でじゃれあうように微笑みあいながら、心の中でそっと祈った。

可愛い人、どうか忘れないで――。









(おわり)

年満月(としみづき) 

2006年12月01日(金) 0時32分




「うー、緊張する」

寒い風が吹く中で、けれど栄口の頭はかっかと熱い。

(ベタに校舎裏に呼び出しちゃったけど、良かったかな)

まさか果し合いと勘違いされることはないだろうけど。

(来てくれるかな)

ただ「校舎裏で待ってるから」と、俯いたまま小さな声で告げると逃げるように教室を後にしてしまった。あの時、きっと自分の顔は茹蛸みたいに真っ赤だったに違いない。

(変だと思われたかな)

一人で待っていると頭の中で様々な思いが錯綜する。

早く来て欲しい。
でも。
来て欲しくないような。

「栄口?」

いつの間に着いていたのか、後ろから声をかけられ、栄口の心臓はどきりと大きく跳ね上がった。

「み、水谷」
「どしたの?何か話?」

告白、だなんて、一欠片も思いついてなさそうな水谷になんだか拍子抜けする栄口。

(ま、普通そうだよな)

でも、ちょっとがっかり。

「栄口?」

緊張した面持ちだったかと思えば急に落胆したり。そんな栄口の様子を不思議そうに見つめる水谷。

(うー、でも)

君と出会った年の最後の月に、君との思い出をもっとたくさん作りたいから。

「水谷、あのさ!」

思い切って気持ちを伝えよう。

「俺、水谷のこと――」









(おわり)

大器晩成(たいきばんせい) 

2006年11月29日(水) 1時39分



「太子、太子―!」
「何だ妹子、枕にツナでもつまってたのか?」
「それはアンタが作り出した妄想だよ!つまっててたまるか!そうじゃないんです、太子が仕事しなさすぎで仕事が溜まりに溜まって大変なことになってるんですよ!」
「えー、昨日隋の使者と面会しただろ?」
「アンタさきっちょ見せただけだろ!このワイセツ太子がっ!」
「……妹子」
「な、なんです急に真剣な顔して」
「大きな器というものは作るのに時間がかかるものだ」
「なるほど……ってそんなの今関係ないじゃないですかっ!何か!?自分が大器だとでも言いたいのかこのバカ男!」
「うるへー!もう今日はブランコ乗って過ごすって決めてあるんだ!邪魔するな!」
「脳に蛆か何か湧いてしまったんですか!?ってああ!!言ってるそばから逃げていきやがったあのアホ太子!!」

奥歯をギリギリさせながら持ってきていた書類の束を机に置くと、深いため息と共に太子の仕事を代わりに始める妹子。

「まったく、何で僕がこんなことを……」

そんなことをブツブツ呟いていると外からキャンキャンと犬の鳴き声がした。

「あはは、ソロモン!こっちだソロモン!」
「あ、あのボケ太子!人に仕事任せて犬と遊び呆けてやがる!」

首根っこひっつかまえて連れ戻してやろうか!
でも――。

「あぁ……でも良い笑顔してるよな」

いい大人のくせして。
そんなことをまたブツブツ言いながら、また机に戻る妹子なのだった。









(おわり)

健気(けなげ) 

2006年11月28日(火) 1時47分



暖かな日差しが差し込む教室で、阿部と三橋は並んで弁当を食べている。

「三橋、肉ばっか食ってないで野菜も食えよ」
「う、うん!」
「三橋、ほら口の端ついてる」
「あ、ご、ごめ。ありが、とっ!」
「あ、襟曲がってんじゃん。ちょっと動くなよ」
「ご、ごめん。ありがと…」
「よしっ、大丈夫。もう時間あんまないからさっさと弁当食っちゃえよ」
「う、うん!」

そんな二人と共に机を囲みながら、栄口と水谷は顔を引きつらせる。

「ここ教室なのによくあんな完璧に二人だけの世界になれるよな」
「だよなー」
「阿部世話焼きすぎ」
「だよなー」
「てか、ほんと健気だよな」
「ほんとほんと、あんなに尽くしてさ」
「ばっか、違うよ。三橋がだよ」
「え、何で?」
「あんなに暑苦しい愛情を健気に一つ一つ受け止めてんだから」
「なるほど」

なんか言ったかとこちらを見る阿部には、もちろん「いえいえ」と首を振った。









(おわり)

天晴れ(あっぱれ) 

2006年11月27日(月) 2時32分



「ん?」

ポケットから伝わる振動。

「あ、ユリちゃんだ」

ケータイの画面には女の子らしい可愛い顔文字が添えられたメールの文章。

「へー、また遊びに来れるんだー」

楽しみだな、などと思って兵悟はふとケータイから顔をあげる。

「うわっ」
「なんや人の顔みて奇声上げんなや」

そこには不気味なほどにっこりと微笑む自分の上司がいた。

「お、おはようございます!」

まるで条件反射のごとく腰から直角にまげて朝の礼をする。
目の前の上司はにこにこと微笑んだままだ。

「神林」

優しい声だ。表面上は。

「今日は天気ええなぁ」
「はい……」
「天が晴れるって書いて天晴れやけど、ほんま天晴れするほどのアホっぷりやな。なぁ、神林?」
にっこりと微笑む顔に背筋が凍る。
「うぅ……、それって褒めてませんよね」
「当たり前や!ボケ!」

そう怒鳴ると嶋本は兵悟の頭をすぱんっと叩いた。

「痛いです!」
「彼女のこと考えてでれでれ鼻の下伸ばしとる暇あんならさっさと着替えて仕事せんかい!」

頭をさすりながら恨みがましく涙目で嶋本を見る兵悟に、そう言いながら今度は背中に蹴りを入れる。

「か、彼女じゃないですよ!ていうか本当に痛いです!」
「うっさいわ!さっさと準備せえや!」

横暴だなどと小さく呟きながら基地にそさくさと消えていく兵悟を見送りながら(帰ってきたらもう一発殴ったろ)などと不穏なことを考える嶋本。

「良かったですね」

突然背後から声をかけられビクリと振り返る。高嶺だ。

「何がや」
「分かってるくせに」

ふふ、と笑うと高嶺も基地に入っていった。

一人残された嶋本はふーっと息を吐きながら空を見上げた。
本当に今日は清清しいほどの良い天気だ。

「一番アホなんは俺か?」

年下で、部下で、しかも男を好きになるなんて。










(おわり)

掌(たなごころ) 

2006年11月26日(日) 1時55分



暗闇の中でうっすらと白く見える手のひらをぼんやりと眺める。
冷たい風が吹いても、もう指先まで悴んで冷たさを感じない。

「西田、何をしてる」
「あ、先輩」

突然後ろから声をかけられ振り返れば、新城中尉殿がいた。

「冷えるぞ、早く戻れ」

そう言いながら、怪訝そうに固まったままの僕の手のひらを見つめた。

「手がどうかしたのか?」
「いえ」

じっと視線を注がれるのが照れくさくて少しはにかむ。

「寒さでどんなに白く染まったとしても、この手は赤く血塗られているんだなって」

そう思って。
そう言って微笑んだら、先輩が奥歯を噛みしめるのが分かった。

あ、失敗した。
違うのに。

「早く戻れ」

それだけ言うと先輩は寝床に戻っていく。
その背中をぼんやりと見つめていたら、気遣うように隕鉄が身を寄せてきた。
べろりと顔を舐められれば、温かさと共に自分がどれだけ冷たくなっていたのか気がついた。

脳みそまで凍らせてたか。

あの人に、これ以上何を背負わせようというのか。

「ほんと、失敗しちゃったな」

明日から挽回しなきゃ。そう隕鉄に囁いて、先輩の足跡を辿った。





(おわり)

機嫌(きげん) 

2006年11月25日(土) 21時20分



「曾良君」
「……」
「曾良君」
「……」
「おーい、曾良君ってば!待ってよ!」
「……」
「カチ無視かよ!私師匠だよ!この弟子男っ!ってずぼらっ!」
「……」
「ヒィ、人の腹に強烈なチョップをお見舞いしてまた無言で歩き出したよこの弟子は本当にもう…」

そんなことをぶつぶつ言いながら、芭蕉さんは僕の後ろをついてくる。

「ねぇ、曾良君。何か清風君の家出てから機嫌悪くない?」
「……」
「またダンマリかよっ!ってすみません!殴らんといて!ってずべしっ!」
「……」
「ヒィ、また師匠の腹に強烈なブローをかましておいてスタスタ歩いていくし…。あんなのが弟子だなんてもういっそ生まれてこなきゃ良かった…」

でも、それでもやっぱり後ろからは芭蕉さんの足音は途切れず聞こえてくる。

「なんでこんなの弟子にしちゃったんだろ!もうちょっと清風君の優しさとか見習ってほしいよ!」
「……」

ぴたっと足を止めた。くるりと振り返れば、反射的に怯えた顔になる芭蕉さん。

「な、何?」
「僕もなんで貴方なんかを、と思いまして」
「ひ、酷っ!弟子のくせに師匠に向かってなんて口きくのっ!?」

じゃあ、こんな弟子と旅するのなんてやめればいい。
お気に入りの清風さんと一緒に旅すればいい。

なんて、もちろん口にすることはない。
馬鹿馬鹿しいほど子供じみた嫉妬にまた苛苛が募る。

「本当になんで貴方なんかを」

好きになってしまったのだろう。

台詞の続きは胸の中に留め、また一つ鋭い突きを芭蕉さんの腹に放った。










(終わり)

時雨心地(しぐれごこち) 

2006年11月24日(金) 2時37分



「おや、時雨ですね」

高嶺の言葉に窓の外を見遣れば、窓を雨がしきりに濡らしていた。

「さっきから降ったり止んだりですね」

そう言うと、さして相槌を求めてはいないのか、「シマ、お茶は?」と訊ねた。
嶋本が礼を言い湯のみを渡すと、高嶺は穏やかな微笑を浮かべ席を立った。

(全然気付かんかったな)

ぼんやりと外を見つめながら嶋本はそんなことを思う。

(ずっとパソコンとにらめっこしとって、外の景色を眺める余裕なんてなかったわ)

ぼんやりと濡れる景色を眺め続ける。ふと気付けばいつの間にか戻ってきた高嶺が温かいお茶を差し出していた。

「どうぞ」
「どうも」

それだけ短く会話すると、高嶺はまた自分の仕事に戻った。嶋本も一服するとまたパソコンと向かい合った。しかし意識し出すと今まで気にならなかった雨音がやけに気になる。

(向こうも、雨降っとるかな……)

そんなことを考え、急に胸が苦しくなった。

(あぁ……)

嶋本は苦笑する。

(こんな気持ちにならんように、気付かん内に何でもええから他のことに没頭しようとしてたんやな)

真田がこの地を離れて、もう半年ほどだろうか。
真田の居ない日々にはもう慣れ初めていたはずなのに。
いや、違う。真田の居ない日々を意識しないようにすることには、慣れてきていたはずなのに……。

どうしようもなく、泣きそうだった。

しかし胸に降り注いだ切なさは通り雨のように一時のものだと、嶋本は強く思い込もうとする。愛しい人が帰ってきたとき、胸をはれるような自分でいられるように、強くあらねばいけないから。

「あ、晴れましたね」

そんな嶋本のこころを知ってか知らずか、高嶺が優しく声をかけてきた。
暖かな日差しが、室内に注がれる。

「ほんまですね」

遠くない未来に、晴れ上がった青空のような笑顔であの人に会うことを想像し、嶋本は明るく返事をした。

「あ!真田さんからメール来てます!」

突然、隊員の一人が声を上げた。
インドネシアまで、この想いが届いたのだろうかなんて馬鹿な考えが一瞬嶋本の頭を過ぎる。嶋本は他の隊員に遅れを取らないようにすばやくパソコン前に駆けつけた。











(おわり)
P R
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:miwako109
読者になる
2006年12月
« 前の月  |  次の月 »
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
最新コメント
Yapme!一覧
読者になる