メイド喫茶のカフカ 

March 08 [Tue], 2005, 11:28
 海辺のカフカ、文庫版を読み終わった。
なんか、初出版の時の事を考えればレディオヘッドも違和感を感じないんだろうけど、今読むとプリンスにレディオヘッドって組み合わせが微妙。自分がレディオヘッド好きじゃないからって言うのは置いておいても、そう感じる。まあ、個人の嗜好だからしかたないけど。一体、どの時期のアルバムなんだろう。僕が15歳で家出するならスマパンと、ニルヴァーナとモーニング娘。のCDを持っていったろうか。当時持ってたものの中からなら。
 50歳近くの春樹がホシノにセックス・マシーンの説明するカーネル・サンダースを書いたと思うと面白い。ピンボールの双子といい、この人の小説ってシチュエーションがエロゲーみたいだ。今回もそう。割に簡単な事なんだよ、女と寝るってことはって声が聞こえる。
 アフターダークでもスガシカオがでてきたり、小道具の音楽もそうだけど、状況も少しずつ変わってく、より現代的に。ねじまき鳥では「テレホン・セックス」っぽい描写があったっけ。
 この調子で行けば、そのうちにメイド喫茶とかも出てくるんじゃないかなーと思ったり。
メイド喫茶で働く19歳が高級コール・ガールの組織から派遣されてきて、一晩を共にする。その時はまたなんかメタファーがどうとか言う会話を交わして、それっぽい場面を描いて、後日そのメイド喫茶を訪れると、別人のような彼女を見る事になる・・・そこで・・・ああ、なんか一連の物語の中の1部としてなら本当に書いてしまいそうで怖い。流石、春樹。最後のほうできっとメイド服のまま交わるんだろうなあ。
 カフカの感想。アフターダークの後にこれが出てたら少しがっかりしたかもしれない。でも、アフターダーク以前の村上春樹小説としては面白い。ダンスと、ハードボイルドが一緒になった感じ。勿論話の骨子は違うけれど。最後のほうは羊みたいな現実感の崩壊が加速して楽しめた。もし、まだ読んでなくてアフターダークで物足りない(内容的にはともかく、僕はボリュームの面で物足りなかった。話が転がりだしそうなのに止めたみたいな感じで。)と思った人にはお勧めです☆

Sad machine 

February 21 [Mon], 2005, 1:34
 悲しみを持ったモノに惹かれやすい性質がある。単に悲しいだけのモノは嫌だけれど。
曲とか、小説とか、映画とか。そういったもの。日本人って悲劇が好きらしいけれど、僕も典型的な日本人なのかなあと思ったり。どうしてだろう。
 色で言うのなら青みがかった乳白色の光。或いは黄色に近いオレンジ。淡い感情。不確かな、でもそこにある悲しみを湛えた空気の中で僕は息をしていたいと思う、いつも。
幸せは願うべきもので、笑顔も等しく僕にとって大切なものであっても。悲観的なのかなと思う。ネガティブ。過剰な期待をしないというだけ。リアリスト?そんなに考えているわけでもない。なんだろう。有限性の元に成り立つ生だということを自覚しているからなのだろうか。どんな幸せだって終わる。結婚しようって朝の戯れに言った事だってもう、後ろに捨ててきた恋の中に紛れてしまっているし。長く生きたからかなあ。子供の頃は悲しいのなんて絶対嫌だったし。皆が笑っていて、幸せであって欲しいと思っていたはず。バカな子供だったけど、そういう所は良かったなあと思える。でも今は。
 笑っている人の中に幾つかの作り笑いがあったり、妥協の産物の幸せだってあるって知ってしまった。目に見えるものって大事だけど、あんまり信じていいものじゃ無いって事を。
 悲しみってそこかしこに溢れているけれど、自分に関しない限りはあんまり気付けない。それは興味の無い、或いは知らない所で起こっている戦争だったり。目を背けて、楽しい気分になるためだけに作られたモノってなんだかイミテーションっぽくて嫌いだ。子供だまし。わかりやすい悲しみを誘うシチュエーションも同じ。
 悲しみをその世界の中に、当たり前に表現できる人の作品が好きだって事をこんなにも長ったらしく綴っただけ。それだけ。中身がスカスカでも別に悲しくなんて無いし!

気付いた事。 

February 21 [Mon], 2005, 1:09
 1月の中旬に書き出したから、一ヶ月ちょっと位。結構経った割に記事はこれ含め9個。
というのも、誰も見てないからいいやーって感じだったので。
変な序文。今日、初めてマイ・ページで閲覧者の数見れる事に気付きちょっと驚きました。
ずっと携帯から見てたんで、コメント無いから、誰も見てないんだー→落ち込み→好きな事かけーって開き直りで書いてきたんだけど、コメント無い=誰も読んでいないと言うわけじゃないという事を知りませんでした。あー、恥ずかしい。恥ずかしいなら書くなって言われても書くけれど。羞恥プレイ?なんか違うけど(汗)

 で、お願いしてもいいですかto見てくれている方。色々とテーマ変えて書き散らかしてきたけど、もし気に入った記事あれば何かコメントを頂けると嬉しいです。下品!とかバカらしいのはお前だ!とか・・・超ネガティブ・シンキング。ではなくて、テーマ与えて貰えたらそれについて書けたらいいなーと思いまして。ブログって何書けばいいのか良くわからないんです。たあ日記つけるのもなんだかなー、と。よろしければ、是非お願いいたします☆

絶望みたいなモノ 

February 19 [Sat], 2005, 1:29
 息してる。生きるために。それだけ?って聞かれてなんて答えようか。
誰かを愛するために・誰かに愛されるために・夢のため・食べるため・煙草を吸う為・酒を飲むため・音楽を聴くため・笑うため・泣くため・誰かと繋がっているために・誰でもいいわけじゃないけれど・性交のために・愛の無い性交のために・その後に自己嫌悪を・それさえもエゴだって事の確認・ただ君に笑って欲しい・君の顔も名前もわからないんだ・今は。
 夢だってあるし、きっと誰かを愛したいと思う。愛されたいとも。願い。願いだけ連ねても崩れていくさ、夢だって。形にしなきゃ全部、崩れて無くなる。それが今かもしれないし、もっと後なのかもしれないし、もしかしたら僕はもう崩れてしまった後の瓦礫に立っているのかもしれない。そんな事さえ不確かで。追い込まれた袋小路をどれだけ引き伸ばしても辿りつく先は行き止まりなのだろう。理解していても、現実には伴わない。あるいは歩かなければ、進まなければこのままでいられるのだろうか。行き止まりなんて見ないで。変わらない景色に辟易しても生きていける。それこそ理由なんて無い。ただ、生きるために。絶望は死に至るって的を射ていると思った。行き止まりにあるものなんて絶望以外になにがあるんだろうか。
 逃げ出したいと思うけれど、何もかも捨てる勇気も無い。逃げ出した先に美しい、素晴らしい世界がある保証も無い。確かなのは生きる事から逃げた先には等しく死が待ち構えているという事だけ。息だってしなくていいし、理由だって考えなくたっていい。それって幸せなんだろうか?バカみたい。そんなわけ無いだろうな。だってそこに君はいないんだから。
君は、或いは彼らは僕じゃ無いし、僕も君や、彼らじゃ無い。だから違うんだって。何もかも解りあえるわけじゃないけれど、そんな風に完璧を求めさえしなければきっと愛し合える位には理解出来るんだ。希釈された理想をそこに描いて。いつか君に出会ったら、言おうって思ってる。「君に出会えるまで生きていて良かった。」
 それは現在への絶望と未来への希望。両方が僕の中にあって、そして今、僕は確かに生きている。考えすぎてこんがらがって、ダメにして、悲しくて、でもまた考えて、その繰り返しでも生きていけるんだ。考え続ける限りには。それはつまり君の事を考える事が、いつも最期に僕を救ってくれているって事。

eyes 

February 19 [Sat], 2005, 0:51
Bright eyes
eyesってことはやっぱり右目と左目と、両目が揃ってるのかなあ、とバカみたいな事を考える。本当にバカみたい。
だけど、そんなバカみたいな事が現実に現れたみたいな2枚の新譜。
どっちが右で、どっちが左かなんてどうでもいい話?或いはとても意味のある事かもしれないけれど。
アコースティックと、デジタルと2つのアプローチで構築されるアルバム。右利きの右目はきっと左目よりも大切なんだろうか。両目で物を見る僕が今片目を瞑ってもわからない。
けれど、仮にそうで、そしてコナーが右利きだとしたら、やっぱり右目はアコースティックのアレンジなんだろうなと思う。今まで彼が奏でた音楽に近いスタイル。勿論Bright eyes名義でという話。彼の別プロジェクトバンドは置いておいて。
本当に力を持った歌。シンプルな構成の音、けれど音が足りないとは思わないし、寧ろ十分すぎる位に鳴っている。その上に乗せるメロディーが美しすぎて悲しくなる。彼の詞が前向きな物だとしても。
デジタルの方もメロディーは変わらず美しい。構築された音の響きが変わるだけで、根本的な物は何も変わっていない。けれど、体が動く音。ドラムとベースってグルーブ感を出すには大切な物だという事を再確認させられた。もしかしたら右目はこちらの方なのかもしれないし、両方ともが左目なのかもしれない。eyesだからって両目ともに揃っている必要は無いんだから。
右目が二つ。それもeyes。バカみたいだけど、自分の持つ固定概念を当たり前だと思い込む事の愚かさに気付いた。
だってこんなに2枚の美しいアルバムがどっちが左目だとか右目だとか、そんな事本当にどうでもいいと思ってしまうから。実際に右目2つの人なんて存在しないんだけど、存在し得ないような事さえも曲の中には当たり前に存在するような世界を持っている音楽だと感じる。
それはまるで現実を詩的な世界に溶かしたみたいだ。

Train under waterを聴きながら。

Lost in the air 

February 10 [Thu], 2005, 0:08
 2月9日。相変わらず定期券で行けるタワレコは改装中。そして今日発売のArt−schoolの新譜はタワレコ限定発売!どうしろと?

 仕方なく県をまたがり買に行く。あー、1600円のミニ・アルバムなのに普通に2500円近くなった;

 でも!とても素晴らしい、ひりひりするようなアルバムだと表題曲を聴いて満足出来た。
とても、とても切迫感を感じられる「lost in the air」
相変わらず美メロかと言われれば首を傾げてしまうものだが、アレンジが素晴らしい。
スカーレットの時はメンバーチェンジが裏目かなと思ったけれど、とんでもない。少なくとも戸高君に関しては。ピアノがとても繊細の色彩を添えている。そして相変わらずギターは無防備に、けれど鋭く響く。
歌詞の内容に関してはもう好みでしかないけれど、繰り返し叫ぶ木下君の声はとても切なく、痛い。愛なんて…なんて思っていても、愛してしまう。それが失われる物だって思っていても、変わらず。失われても変わらず続く世界の中で、それでも生きていたいと思う。失恋で死にたくなる事なんて何回あったんだろう。でも僕は今生きてる。そういう事なんだろう。また誰かを愛すために生きているんだ。そして失って。いつになれば永遠は手に入るのだろう?
そんなもの初めから信じて無くても戯れに語る言葉は嘘は無かった。
「いつまでも一緒にいたいね」
そう言って。

Flowers。なんかsyrup16gの「ソドシラソ」を思い出した。まあ、いいや。
羽根。シャーベッツの曲に似たイントロがあったような。まあ、いいや。
刺青。とても、とてもキレイな世界があった。けれどもう失われたしまったもの。思い出さなければなんて下らない事なんだろう。残ったん物なんだ、それは。1995っぽいなと思ったけど。まあ、いいや。
I can't touch you。この曲で歌えそうな歌がスワンソングにあったような・・・?まあ、いいや。
perfect。歌詞はDIVAの4曲目みたいな気がした。それを、今自分の言葉で歌う事に意味があるのだろう。とても、とても美しく、そして悲しい。

個人的感想を書き綴ったけれど、総体としてはスゴくいいと思った。
後は宇野君が日向君並に暴れてくれればいいなあと思いながらLIVEに期待出来る。

では、今夜のナンバーを「lost int he air」 「perfect」2曲続けて。

20-22s 

February 09 [Wed], 2005, 23:49
 定期券で行ける範囲にあるタワレコが改装中で入れなくてふらふらとHMVへ。
買うつもりなんて無かった。セール中で、そして最後の一枚。
「20−22s」
名前は知ってたし、雑誌のインタヴューを見ていたら相当に興味深いバンドだった。
どーしよーかなーと思いつつ取り合えず店内物色して、自分の中で購入のプライオリティー
が高いCD(といってもブライトアイズかキラーかだったけど)を探したが無かったので、
買ったのだが、これが予想以上にツボだった!

何か自分的に興味を持ったポイントを挙げると、とても偉そうな発言(レディオヘッド?政治的なバンドじゃねーだろーとか。)、メンバーがクソ若い(フレイムバインを出した時のBUMPと同じ位)。他にも色々とあるけれどキリが無いのでこれ位で。
1790円のこのCDには歌詞すら付いていなかったけれど、とてもシンプルで、でも捻じ伏せるようなボーカルと荒削りの楽器隊に圧倒される。物凄い当たりを引いた気分だった。

ブルースなんて聴いた事が無かったけれど、そもそもR&Rが黒人のブルースを白人のキッズが演奏する事に抵抗を覚えたDJが作り出した言葉だという事を考えれば、R&R好きな自分にとって嫌いな音であるはずが無い。

リフや、曲はまだ引きだし少なく感じるけれど飽きないし、気持ちいい。もし興味を持たれたら
一度聴かれる事をお勧めする。今号のスヌーザーにもインタヴューあるしそちらも是非。

では、今夜のナンバーを 20−22’s 「Devil in me」

天使が轢かれた日 

January 18 [Tue], 2005, 22:58
純粋に願う姿は狂気にも似るのかもしれない。
少なくとも理解しえない者には。
上澄みの激しさを掬って愛でて、彼は狂っていると信じるように。
そんな姿が好きだって、馬鹿みたいな事をのたまわれる。

解り易い方がいいのなら、彼にももっと賢いやり方はあるのに。

ロックスターは狂ったフリをする。その方がカッコいいから?
時代は移ろい、脱力系、メガネ、雑誌ロックが氾濫。
フォーマットが出来上がったから、コピーはお好きなように。
少し色変えてオリジナティーを出したつもりで歌う。
騙されても感動出来る。知ってるさ、それが誰の曲だったかなんて。

その歌を彼がどんな気持ちで歌っていたかを知っているんだろうか?
カラオケで感情込めて歌うと点数出ないんだっけ。
狂ったような声の持ち主は子供のように純粋な声も持ち合わせてた。
メロディー真似ても、リフを真似ても届きはしないのなら、
それしか出来ない彼は一体どこに行くつもりなのか。向上心の欠如。
子供じみた事は止めた方がいい。好きな物を持ってくるだけなら、
アイドルにだって出来るんだからさ。一山幾らに成り下がる。

それでもどうしてか好きなんだよな。
どこかで聴いたメロディーにのせた下手糞な歌。
借り物の言葉で作られたパッチワークの出来具合は上々。
まあ、いつか彼の音楽を鳴らすと信じようか。裏切られそうだけど。
寝ゲロで死ぬ事も、頭を打ち抜く事もカッコいいとは思わないから。

「BOYS DON'T CRY」を聴きながら。

苺チョコ 

January 18 [Tue], 2005, 22:44
苺のチョコレートがお菓子の新製品で並んでいる。

苺って春の果物じゃなかったっけって思うのは何でだろうか。
一年中スーパーで買えるし、
冬にだけショートケーキの上から苺が消える事なんてないのに。
小学校の頃に苺狩りにいったのが春だったから。
多分理由なんてその位。

あんまり苺味の物というのは好きじゃなかった。メロン味は今も嫌い。
果物は好きなのに。人工的な味っていうのが受け付けなかったのかも。
或いは巡り合わせ。栗とか芋の味は好きなのに。

それでも今並ぶ苺味のお菓子は大好きだ。大体美味しいし。
今日は苺のポルテを、昨日は季節のデザートショコラを食べた。
美味しかった、普通に。

甘酸っぱい味は好きではないので果物の方にも練乳かけたりするのは内緒だ。
だからチョコレートの中の苺フレーバーは今では好きなもののうちの一つ。

でも今は未だ冬で苺の季節だなんて思えない。
馬鹿みたいだ、何か。どうでもいいけどさ。

とにかく苺のチョコレートは冬の商品らしい。

村上春樹的… 

January 14 [Fri], 2005, 23:12
 別にタイトルに意味は無かったりする。村上春樹が好きだって事以上の情報なんて無い。
家にテレビが無かったり、キュウリのサンドイッチが好きだったり、オムレツの美味しいバーを探すわけでも無い。でも読み終わるとパスタを食べたくなるくらい。ぺペロンチーノ。
村上春樹はロシアや中国、アメリカなど国外でも人気のある作家だ。じゃあ、彼の小説に感動する心があれば海外にいるファンと感動を等しく出来るのだろうか?
わからないけれど。そもそもが村上春樹を好きな人間って言うのがあまり好きではない。自分も含めて、鼻につくナルシズムの匂いを感じるから。まあ、それは個人を評価する公正な基準にはなりえないものだけど。村上春樹が好きだって事は。
でも、実際に村上春樹を好きな知人たちからはそんな匂いを感じやしない、不思議なことに。
「村上春樹が好き」だという字面から漂ってきているのかもね。そしてそれは自分からのフィードバック。そういう事って割に多かったりする。

どうにかして前に進もうとする意思に欠けた人達が僕の前に寝転んでいる、それも数多く。
手招きする姿は醜悪で、もうそんなものを見たいとは思わない。けれど彼らは自分たちの数が増える程安心できるから手招きを止めない。僕はそんな世界の中では孤立してしまう。
そんなときには無性に…彼らの話を読みたくなる。「このままじゃどこにも行けない」と知ってなし崩しに、でも確実に袋小路を抜けようとする主人公達の話を。

冷蔵庫からビールとポテト・サラダの残りを取り出して、読もうか。
今日は「ねじまき鳥クロニクル」を。
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