August 13 [Mon], 2007, 13:53
堺市文化館にあるアルフォンス・ミュシャ館と同じように、与謝野晶子文芸館というのもありました。
与謝野晶子は存在こそ知っていましたが、それまであまり注目したことがなく、自分でミュシャを調べていくうちに興味がわいてきた作家でした。与謝野晶子の一生を作品と一緒に紹介していて、藤島武二が描いた「みだれ髪」の表紙も見れました

与謝野晶子とミュシャの関わりは「明星」とミュシャの関わりを知る上でも重要なはずなので、これからいろいろ調べていかなければならないと思っています。

与謝野晶子(文化学院蔵)
August 12 [Sun], 2007, 17:29
以前行った、
堺市立文化館のアルフォンス・ミュシャ館について書きたいと思います。
それまで私は、ミュシャの作品を実際には、即売会のようなところでしか見たことがありませんでした。なので、美術館のようなかたちで多くの作品を一度に見れたことはとても良かったです

特に即売会ではポスター作品がほとんどですが、ミュシャ館では晩年の油絵が多数見れてうれしかったです

このミュシャ館には、様々な角度からミュシャについて記述されたチラシのようなものが無料で置かれていました。ミュシャのことをよく知ってもらいたいという感じがすごく伝わってきました。
敷地面積はそこまで広いものではありませんが、最初から最後までミュシャ一色で私はとても満足できました

《連作<四つの星>》
1902年 カラーリトグラフ (左から「明けの明星」「北極星」「宵の明星」「月」)
August 09 [Thu], 2007, 15:49
昨日は博物館実習の最終日でしたが、私にとってはまだ三日目でした・・・

昨日行った作業は、
@県美展の手伝い(立体作品のガード)A豆腐のブロック作りB県美展展示の手伝い
でした。前半は立体作品のガードを行ったあと、大賞などの賞を決める審査会の見学をしていました。作品の批評を聞いたり、質問会で審査員の先生方のお話を聞いたり、初体験がたくさんありました。県美展は、ただ作品を見ることもいいけど、こうやって深く参加してみるとおもしろいと思いました
後半はモルタルでのブロック作りでした。私にとってはこのとき初めての作業だったので戸惑いました

みんなせっせと行っていて作業自体はとても順調に行えたと思います(暑くてたいへんだったけど)その後は、県美展の本格的な展示の作業を手伝いました。作品と作品の間の距離をメジャーで測って調整したり、作品の雰囲気を考えて配置を変えたり、自分は指示に従って作品を運んでいただけだったけど、一般的にイメージする「学芸員の仕事」って感じでした
August 07 [Tue], 2007, 19:29
ほとんどの人は今日はもう後半ですが、私にとっては二日目でした

今日は県美展の手伝いということで、大きく分ければ2つの作業を行いました。
@立体作品をガードするA審査のために平面作品を運ぶ
です。立体作品のガードは、一般の方に注意を向けておくことが精神的に疲れましたが、それよりずっと立ち続けることがつらかったような気がしました。(単に自分の運動不足のせいかな・・・

)
平面作品を運ぶ作業は、とにかく作品を傷つけることなく、スムーズに運ぶことに全神経と体力を注ぎました。最初はぎこちなかった作業も後半にはだいぶ慣れ、少々重い作品も大丈夫〜とか思っていたら、書道の作品が重かったっっ


二人で持っていたけど、持ち上げているのがつらくて、手には汗をかいて滑るし、万が一落としたら・・・

と冷や汗をかきました。
そもそも県美展の審査や裏側の風景を見たことが初めてで、特に審査方法には驚きました。あんな○×の札で、あんな短時間で行われているとは露知らず・・・でした
August 05 [Sun], 2007, 23:14
前回の発表の補足Aです。
今回は雑誌「明星」でミュシャの影響をうけたと思われる絵を、与謝野晶子の「みだれ髪」にアールヌーヴォー風の挿絵を描いた藤島武二についてです。調べてはあったんですが、発表のときあまり詳しく発言しなかったので、改めてメモしておくことにしました。今回もWikipedia抜粋です。
●1867年 - 1943年の、明治末から昭和期にかけて活躍した洋画家。日本の洋画壇において指導 的役割を果たす。浪漫主義的な作風の作品を多く残す。黒田清輝の推薦で東京美術学校助教授 に、以後没するまで後進の指導にあたる。
●1905年渡欧。仏、伊で学ぶ。
●白馬会に参加。
●与謝野鉄幹・晶子が刊行した雑誌「明星」や、晶子の歌集「みだれ髪」の表紙では流行のアール・ヌーヴォーを取り入れている。
August 04 [Sat], 2007, 22:55
前回の発表で足りないと思っていたこと、または指摘されたことを補足する@です。
今日は白馬会について。おぼろげには知っていたつもりが、いざちゃんと発言するとなるとよくわからなかったことが判明

以下Wikipediaよりわかったことをメモ

●明治29年に黒田清輝を中心に発足した洋画団体。
●日本最初の洋画団体「明治美術会」に仏留学から帰国した黒田が入会し、感覚的に明るい印象派 の技法を伝えた。黒田の画風は新派として、従来の写実的な画風(旧派)と対比されるようになった。
●1896年黒田や久米桂一郎らは明治美術会を脱退、白馬会を結成。
●同年第一回展覧会、1897年第二回展覧会をおこなう。1899年白馬会研究所を開設。
●主要なメンバーは黒田清輝、久米桂一郎、岩村透、藤島武二など。
August 02 [Thu], 2007, 23:45
今日は博物館実習の初日でした

と言っても私は明日から4日間は実家に帰って面接があるので、次に参加できるのは7日からですが・・・
いったい何をするのか緊張ぎみでしたが、今日はオリエンテーションと作品の扱い方の指導で、実際何かを行う、といったものではありませんでした。扱い方の指導の中では、巨大なパネルを動かすのが一番大変でした。作品の表側には当然べたべた触るわけにもいかないし・・・県美展の手伝いのときとか自分大丈夫かなぁと不安になりました

お話のなかに、「学芸員の仕事にはパフォーマンスも大事」というのがあって、作家さんなどに、自分の作品を任せても大丈夫だ、と思ってもらえるような作業の仕方は確かに重要なことだな、と感じました。
次に参加できるのは4日後ですが、一生懸命頑張りたいです