[0030] 24 : season5 

2006年11月13日(月) 23時04分
□ 24 season5

いやむりやり本数を稼いでいるわけではなく!season1からちゃんと見ておるのだよ。

おそらく、ある程度パターンが読めているにもかかわらず、そしてシリーズ5作目にもかかわらず、「24」を「24」たるものに仕上げるための質へのこだわりが失われていない。そこは評価に値する。というのが大方の意見だと思うのですがどうでしょう。

vol.1からvol.12までちょっとずつ借りては秋の夜長を楽しんでいたのですが、人気なだけあって、途中vol.10が抜けてたのね、ちょうど。借りにいったとき。でもその頃って佳境じゃない?もうあと6時間でジャックバウアー!がどうにかなってしまうわけじゃない?バウアー!が。(なんか、このマークをつけずにはいられない。彼の名を呼ぶときに)

なんで、「いいかもう、24時間のうちの2時間くらい抜けたところで。」と、先がみたいあまりのファン心理なのですが、途中はどうでもいいのかよう。とつっこみの入りそうな決断を下しました。あの2時間にいったい何が起こっていたのだろうか。ヘレンがブキャナンの味方になっていたくらいの差しかわからなかった・・・。青山真治の映画のようだ。途中で席をはずしても何も変わっていない状況・・・。

それにしても、死ぬわ死ぬわ。「24」なのにもう10年分くらいの殺生を目にした感じです。アメリカに敵対する人間の命って軽いのな。あと、バウアー!の身内以外の命も。

これまでのシリーズにはなかった終わり方だったので、気になります。なんでもそうだけど、中毒性というのがキーワードなんだね。こないだ、イベントでサイバーエージェントの藤田社長もいってたけど、いかにユーザー(クライアント)を製品(サービス)に依存させるかが、ビジネスのポイントなんだろうなあ。

[0000] 100人100曲プロジェクト つづき 

2006年11月12日(日) 20時52分
渋谷メトロプラザ m/13 cafe にてイベントの打合せ。はっきり言って私、ぜんぜん部外者なんだけど(なんにもできないし)、そこは優しいIくんが仲間に入れてくれました。

いいなー、休みの日に友達と会って、イベントの打合せとかって。気分的にすごく似ているのが、小さい頃に近所の友達みんなでこっそり相談して作った「秘密基地」みたいなね。

食べ物とかマンガとか毛布、懐中電灯なんかを持ち込んで、仲間うちで合言葉とか決めて、いっこの世界を作ってた。そこから私たちは冒険に出かけたんだよね。海にもぐる潜水艦にもなったし、空を飛ぶ飛行機にもなったあの秘密基地。

きっと今若い子たちの間で起業が流行っているのって、ああいう楽しさが実は原動力になっているんじゃないかな。

そして私はまじで当日VJやるですよ。ソフトの操作方法をさくさくと習ったです。ちょっと見ただけだけど、面白そうだった。

matryoshkaのリーダーさんとかおちゃんと私の3人で打合せ終わったあとは渋谷でレコ屋めぐり。なんだけど、J-POP一辺倒の私とベースが洋楽の彼らは見るフロアがぜんぜん違くて別行動。ぐすん。さみしさのあまりCDを大人買いしてしまう。どかっと。

フィッシュマンズ全書 / 小野島大:編
bonobos や、おん 〜Live at 日比谷野音〜[DVD]
COMPUTER HOUSE OF MODE / SPANK HAPPY
Vandome, la sick KAISEKI / SPANK HAPPY
野生の思考 / 菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール
エレジー / 南博


はっ。気づけば佐藤伸治と菊地成孔からまったく離れていない。

以前、音楽ライター講座でお世話になった小野島先生の本なのですごく楽しみにしてたくせに異様な金欠のせいでやっと購入。欣ちゃんのまえがきと、小野島さんのあとがきを帰りの電車で読んだだけでもう涙がこぼれそうになってしまった。フィッシュマンズの音楽がなかったら、私は今頃どうなっていたかわからないもんなあ。

ああ、なんだか。好きなものがたくさんある。好きな人がたくさんいる。今の季節ってどうしてこんなに空が高くて青いんだろう。空気が冷たくてきりっとしてるんだろう。景色がくっきりしているんだろう。あたたかそうなマフラーを巻いて笑う女の子はあんなにかわいいんだろう。街は近くでみると汚いのに遠くからみるときらきらしているんだろう。ああ、どうして。


と、わけもなく胸がいっぱいになりながら、CDと本を抱えて家路についた今日であったよ。

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音楽の力で元気玉を作ろう ● 2006.11.26 SUN 100人100曲プロジェクト

 自分のお気に入りの曲を1曲ずつ持ち寄って、リレー方式でどんどんかけつなげていくイベント、「100人100曲プロジェクト」を、11月26日に渋谷のラウンジスペース「PLUG」で行います。

参加は完全予約制です。

■開催概要

日時:2006年11月26日 Open 18:00 Start 18:30-22:30(予定)
チケット:2000円(完全予約制)

Opening & Closing Live : matryoshka(http://matryoshka.hp.infoseek.co.jp/)

■100人100曲プロジェクトとは

誰しも、とっておきの1曲、マイブームの1曲、思い出の1曲を持っているはず。

そんな1曲を、みんなで持ち寄って、かけつなげてみたら、とっても楽しいイベントになるんじゃないか。

そんな思いで、この「100人100曲プロジェクト」はスタートしました。

当日は、VJによる曲情報やメッセージの表示も行いますので、「いい曲だな」と思ったら、チェックすることができます。

■持ち込んで頂く曲のメディアについて

・メディア
 持ち込みはCD、アナログレコードのいずれかでお願いします。


■チケット予約方法

コラボレーションコンプレックス事務局( info@collacom.net )
まで、メール件名に「チケット予約」、本文に予約者のお名前、メールアドレスを記載して送信してください。

折り返し、当日のインフォメーション、チケット引き換えNoをお送りします。
なお、チケットのお手渡し、お支払いは当日となります。

複数名分のチケットを希望の方は、代表者名、メールアドレスと人数を記載してください。

ご不明な点は info@collacom.net までお気軽にお問い合わせ願います。

http://collacom.exblog.jp/


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[0000] 今日のひとこと 

2006年11月11日(土) 21時34分
今日のひとこと。それは、「やっぱり日記を書くのが好きだ」と声を大にして叫びたい。小1時間叫びたい(え?)。ということでござる。だって日記暦長いもん!小4からだもん!もう、日記暦20年。なんだかだめな人生のにおいがぷんぷんします。

でもここ最近は本当に体調が悪くて、おそらく10月20日前後から11月3日くらいにかけてずっと身体的にきつい時期だったので、文章を書くという行為が非常に精神衛生上ヘルシーだということはわかっていつつも困難だった。それは別にプロじゃないから誰が困るというわけでもないんだけれど、私自身が生きていく上できつかった。

それで何をしていたのかというと、絵を描いていました。うそ。色を塗っていました。つまりはぬり絵。本屋でふと「曼荼羅ぬりえ」という本を手にとり購入し、家にあった24色カラーペンでさまざまな曼荼羅をきゅきゅきゅとぬりつぶしていた。おお、これが絵画療法というものか!と、半ば精神病だった私は実体験をともないつつ納得。

曼荼羅やライフシンボルをつかった絵画療法をもう20年以上続けている松村先生は、「絵にはその人のすべてが出る」と言っていたけど、本当にそうだ。あの時期に選んだ図柄も、選んだ色も、塗ったあとに出来上がった絵も、そのときの私自身が外に現れたものだった。そして不思議なことに、外に出たものを客体視することで、確実に癒しの効果があるのだ。

河合先生が日本に広めた「箱庭療法」もまさにそれなんだろうなあ。この分野もずっとずっと、勉強していきたいところ。

文章をかくこと。絵をかくこと。あと、ジャンルは違うけどタロットでのリーディングとか。そういうことがなぜ人の心を健康にするのか。というか、荒廃した感受性に活力をチャージするのかについて、一番納得がいく説明があったので、以下に記載します。


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気持ちの中にありつつ、それが言葉に出されなかった場合、つまり感情には存在するが、言葉や形の上には出てこない場合、それは不全感を作り出します。こうした感情の中にとどまりつつ、言葉や形になっていないものは、その人に行動を促します。(中略)言葉にしてしまったものは完了形となり、霊は肉体に、力は形に収まって、行動衝動になりにくいのです。
 タロット占いは健康によいことが多いのですが、なぜかと言えば、あいまいな心の中に残留するものを占いによって明文化するからです。絵を描くことも、日記を書くことも健康によいのです。こんにちの社会での基本的な人間像のあり方としては、持っている願望や欲求は形になることではじめて完了となりますから、このルールに基づいて公式化することで、その人は落ち着くことができるのです。




[0029] イヌの日 

2006年11月10日(金) 20時55分
□ 阿佐ヶ谷スパイダース「イヌの日」@本多劇場

ここ数年きちんと追いかけている劇団って実は数えるほどしかない。大人計画、ナイロン100℃、劇団本谷有希子、シベリア少女鉄道、劇団アーノルドシュワルツェネッガー、そしてこの阿佐ヶ谷スパイダースだ。

その中で最も作品のクオリティにぶれがなく、常に「ぐおお。すげえ」と思わせてくれるのが阿佐スパなんだよなあ。がっかりしたことないんですね。それって非常に珍しい。そんなわけで今回の「イヌの日」も相当期待して観に来て、相当期待どおりの面白さでした。

あらすじはすこし「キレイ」に似ているかも。まだ公演中なので詳細は避けますが、だめさ爆発の母親カズコに育てられて予想通りだめさ爆発に育ったナカツ。もちろんつるんでる友達も人間としてどうか。というやつら。

ある日ナカツはだめ男らしくバカな儲け話のために1ヶ月ほど家を留守にすることになり、ヒロセにあることを頼んでいく。「うちの裏にさ、防空壕があんのよ。そこにね、人、いるのよ。ちょっとさあ、面倒みといてくんねえかなあ。100万やるからさあ」

薄暗い防空壕の中で生きる奇妙な男女4人と、ナカツ不在のナカツ家に訪れる人間たち。さてそこで起こったことは。そもそもこの防空壕ってなんなんだ?


というわけで、今回も長塚圭史の描く業のふかーい男女の話だったわけなんだけれど、すごい胸の痛さなのね、観ていて。あとで一緒に観てた人と話したけど、「あまりにもつらいんで、あんまり見ないでおこうと思って」という理由で意識的に気をそらしていたそうな。私は彼のそういうとこがわりに好きなので、本当に男の人にとっては刺さる物語だったんだなって思った。

つまりは、女性(母親)のいつまでもどこまでも決して満たされることのない真っ黒な空洞(子宮ね)と、その空洞から生まれる果てしない要求を埋めるために、それを埋めれば愛されるはずだと願って、その叶わない願いに死ぬまで振り回されている男の話で、これはもう神話の世界から繰り返されてきた物語なんだよね。

空洞を埋めてほしい女と、そのために何もかもを投げ出す男は、決してたどりつくことのないハッピーエンドを夢見て狂っていく。母親も息子も。

ちょっと、「ふくすけ」にも似てるね。といったら、「ああ、それは思った」といわれたけれど、物語の原型なんだから当たり前なんだな。

救いはどこにあったのだろうか、と考えて、あったなと。息子の罪をかぶるために母親が出したたったひとつの条件。


「ねえ、言ってよ。嘘でもいいから」


嘘でもいいから言ってほしかったたったひとつの言葉。嘘だと言わなければ伝えられなかったであろうたったひとつの本当。そのためにナカツは防空壕を守り、カズコは虫けらみたいな男たちと寝続けた。その代償は大きかったけれど、たぶん人が人を好きになるということは、つまりはそういうことなのだ。

大人計画の松尾スズキの物語も、阿佐スパの長塚圭史の物語も、アーノルドの武沢宏の物語も、私にとっては胸に何か重くて硬いものをねじこまれるような気がする。それは男の人の生まれてから死ぬまでの痛みであり、女の人の虚無であり、人間の業の深さなのだろう。

そういうのに私はいつも触れていたいと思う。そういう本当を見せてくれる数少ない芸術が、お芝居なんだと思う。


[0028] 100人100曲プロジェクト 

2006年11月09日(木) 23時23分
わあ。ものすごく暗い内容で終わってるじゃないの前の日記ったら。そのまま死んでるんじゃないかと思われてたり思われてなかったり。たぶん思われてないに1票。

だいじょうぶ。私の内側はだいじょうぶ。というおまじないを唱えていたのでだいじょうぶ。

で、なにこの「100人100曲プロジェクト」って。という話なんですが、私のお仕事トモダチのIくんが開く音楽イベントのタイトルです。11月26日に渋谷のPLUGというとこで。詳細は以下。

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音楽の力で元気玉を作ろう ● 2006.11.26 SUN 100人100曲プロジェクト

 自分のお気に入りの曲を1曲ずつ持ち寄って、リレー方式でどんどんかけつなげていくイベント、「100人100曲プロジェクト」を、11月26日に渋谷のラウンジスペース「PLUG」で行います。

参加は完全予約制です。

■開催概要

日時:2006年11月26日 Open 18:00 Start 18:30-22:30(予定)
チケット:2000円(完全予約制)

Opening & Closing Live : matryoshka

■100人100曲プロジェクトとは

誰しも、とっておきの1曲、マイブームの1曲、思い出の1曲を持っているはず。

そんな1曲を、みんなで持ち寄って、かけつなげてみたら、とっても楽しいイベントになるんじゃないか。

そんな思いで、この「100人100曲プロジェクト」はスタートしました。

当日は、VJによる曲情報やメッセージの表示も行いますので、「いい曲だな」と思ったら、チェックすることができます。

■持ち込んで頂く曲のメディアについて
 
・メディア
 持ち込みはCD、アナログレコードのいずれかでお願いします。


■チケット予約方法

コラボレーションコンプレックス事務局( info@collacom.net )
まで、メール件名に「チケット予約」、本文に予約者のお名前、メールアドレスを記載して送信してください。

折り返し、当日のインフォメーション、チケット引き換えNoをお送りします。
なお、チケットのお手渡し、お支払いは当日となります。

複数名分のチケットを希望の方は、代表者名、メールアドレスと人数を記載してください。

ご不明な点は info@collacom.net までお気軽にお問い合わせ願います。

http://collacom.exblog.jp/


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でねでねでね、私このイベントで、ななななんとVJを!やるのですよ!(あと受付ね 笑)
なにVJって。やったことないんですけど「大丈夫っすよー」とか言われて今週末にレクチャーを受けて当日やっちゃいます。人集まるのかな。とりあえず私ともだちいないから期待されてないと思うんだけど。てへ。

あと、オープニング&エンディングでLIVEをするのは、この秋にレーベル契約が決まったmatryoshka
というバンドなんだけど、なんだか不思議な縁なのですが、vocalのかおちゃんは私の高校時代からの親友なんだよね。うーん、なぜ私の職場の友人Iくんとかおちゃんが。しかもかおちゃんの初音源は、今の会社で広告とかの制作物を作っていただいていたプロダクションだし(これは偶然)。

そのプロダクションってベンチャーなんだけど、社長(若者だ)がIくんの知り合いだし。世界ってせまいの?広いの?

まあとにかく面白そうって思った方は遊びにきてくださいな。詳しく知りたいって方はメールくださいな。


[0000] あの家に帰ろう 

2006年10月14日(土) 22時12分
南米旅行は主にペルーのリマを拠点として各地をまわった。そこでお世話になったのが、江田INNという宿で、宏子さんはそこのオーナー夫人。「パパ」と呼ばれる超やさしい日系ペルー人の旦那さんとふたりで宿をきりもりしている。

アキラくん(父)宛に、宏子さんから届いたメールはいろんな意味でとても私の胸を打った。ので、載せる。

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Sent: Tuesday, October 10, 2006 11:52 AM
Subject: Re: ありがとうございました


○○様(←うちの名字)

 大分春の様子になり、毎日さわやかな天気が続くリマです。

こちらこそ、リマでは大変お世話になり、江田インのご利用、
ありがとうございました。

もう2週間経つんですね。今でも○○さんご一家が、南米のど
こかにいて、リマに戻ってくるような、そんな感じです。

ゆきこさん(※1)もいよいよ、明日イカに戻ることになり、ますます
寂しくなる私です。
ゆきこさんの様に、長期でいるお客様は、家族のようになって
しまうので、別れは本当に寂しい。

この仕事は、出会いと別れの連続です。寂しいけど、皆さんが
ペル−を楽しんで、いい時間を過ごして、日本に帰ることは、
私にとっても嬉しいことです。

ペコは大分世間を知ったようで(※2)、少し謙虚になりました。
みけちゃんは相変わらずで、今もお客様の部屋に入り込んで、
遊んでもらっています。

クロちゃんは、やっぱり水にぬれています(※3)。
あなちゃんはひょうひょうとしています。

パパは、いつもと同じ変なおじさんです。

という具合に、平和な日々です。
先月末、私はニュ−ヨ−クに行ってきました。
買い物三昧の楽しい日々でしたが、やっぱり朝晩とリマに電話
して、みんな元気か心配です。
たった5日間なのに、ゆきこさんもパパも、長いよ−−−、宏
子さんがいないと、ペコも猫もパパも元気ないよ−−−と言わ
れ、これじゃあ日本に1ヶ月も帰るなんて、できやしない!と 。

でも私の家はもうここです。リマのパパのいるところが私の家
です。
時々一人で旅に出ると、本当にそう思います。

そういうわけで、これからも元気でパパとがんばります。

明るくて楽しい奥様、きれいでしっかり者のお嬢さん(※4)、○○様
も本当に幸せですね。
どうぞ、皆様お元気で!またペル−にいらして下さいね。
猫ちゃんたちが元気と聞いて、安心しました。

本当にありがとうございました。
これから寒くなる日本。どうぞご自愛されてお過ごし下さい。


LIMA-江田イン 
CARMELO MIRAFLORES HOTEL CUSCO-TUPAC YUPANQUI HOTEL
江田インHP- http://edainn.hp.infoseek.co.jp/
TUPAC HP- www.hoteltupacyupanqui.com

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(※1)同じ時期に江田INNに長く滞在してた女性。
(※2)ふらりと遊びに出かけたら、迷子になったわんこ。戻ってきた。
(※3)水道水を蛇口から飲むにゃんこ。
(※4)俺俺!俺のこと!


「私の家はもうここです。リマのパパがいるところが私の家です。」

宏子さんは、しあわせなんだな、と思った。私の家はどこなんだろう。誰がいるところが家なんだろう。と考えて本当に悲しくなってしまった。私には家なんてどこにもないし、私がいなくなって困る人も誰もいない。電車にゆられて家に帰る途中でよく考える。「この人たちには家族がいて、誰かがまつおうちに帰るんだな。すごいな。」って。

ひとりで生きていく気なんてなかったのにな。この先誰かと生きていけるときがきたら、あなたに会うまで本当にさみしかったって言おう。それで、どこにいてもあなたがいるところが私の家だよって。いつか、そんな日がきたらいおう。

[0000] 今日のひとこと。 

2006年10月13日(金) 21時39分
別にちょこっと南米あたりを旅行したくらいで人生が変わるわけでもないし、だいたい「アフリカの大自然に触れて人生が180度変わったよ!」みたいなことを言う人をとんと信用していない私なので、けっこう「どうだった?人生変わった?」とか聞かれたんだけど「いやー、変わらないっすよ人生なんて〜(当たり前だ。変わらなくていいんだもん今の人生がわりと気に入っているから。ちょっと、誇りだとすら 笑)」と答えていた。

でも2週間ふっつりとそれまでの生活や人間関係から離れて、あとは外国独特の肩に力の入らない自由な感じに触れて、影響を受けた部分はあった。

それは言葉にするとすごく簡単で、伝わりづらいことなんだけれど、「私は私の好きに生きていい」ということ。正しいことや人に好かれたり褒められたりするために生きるんじゃなくて、人からみたら正しくないと批判されるようなことでも、自分がいいと思った道を選んでいいんだよ、という許可。

いかに人の目を気にしないで生きるか。親や世間やこれまでの微々たる経験からプログラミングされたくっだらない既成概念から自由になれるか。

あと、なんのために生きているのかということも。たぶん私、働くことは(内容によって)好きだし、いとわないけれど、いわゆる仕事での成功という目的で動かない。人からの評価のために動かない。お金も、ふつうに生きていくだけなら困るわけないって思ってるし、本当に困ったら「本当に困ってる」といえば、助けてくれるともだちがいるからなんにも怖くない。

お金のこと大好きだけど、お金があるといいことって、お金のことを考えなくてすむようになることだから。今べつに考えてない。たぶんこれからも考えない。マンション買っておかないと、とか老後の年金、とか。考えたほうがいいよって言う人もいる けど、うーん。なんか、私は考えなくていい気がする。

その、何かをはじめる動機が「恐怖心」っていうのがいやなんだよね。重い。マンション欲しい〜☆買いたいからがんばっちゃお☆みたいなノリだったら楽しそうなんだけどなあ。

虚栄心で動かない。あと、恐怖心で動かない。たぶん基本的には楽しみとか、喜びとかがモチベーションになって動くんだけど、私がここで言わんとする“JOY”というのは、せつな的ににぎやかで楽しいのとはちょっと違って、内側からふつふつと湧き出るような、すごく静かな感情なんだよね。よどみなく、迷いがなく、冬の湖みたいにしんとしていて、透き通っている感情。

私は、自分の信念や自分をどこまで高められるか、といった目的で動く。それは目には見えないし、数字(年収とか?)にも表せないし、言葉(職業とか肩書き?)にもできない。勝ったり負けたりもしない。強いていえば、自分の中でこつこつと戦っているんだけれど、誰にも気づかれず、褒められない。

ただ、同じ道を歩いている人たちがいるから、その人たちに会えば「あ、仲間だ」ってわかって、だからといって徒党を組んだりもせず、並んで歩ければ歩くし、目があってにっこりするだけかもしれないけど、そんなふうな出会いがある。それが宝だと思う。

そのために私は日々いろんな出来事に出会い、人に出会い、モノに出会う。朝は気分よく早起きして散歩なんてしちゃったけど、夜はなかなか終わらない仕事でへこんだりもする。気の合う女の子とおいしいご飯を食べて、男の子にはどきどきしたりさせたり、触ったり触られたりする。これだ、と思った時計(タグ・ホイヤー)。これだ、と思ったカメラ(リコーGX&GR)。これだ、と思ったワンピース(ピエスモンテ)。

ぜんぶ、一つのもれなく、それらの細部までもが自分なんだということ。私の周りに、私じゃないものはひとつもない。

[0000] 今日のひとこと。 

2006年10月12日(木) 21時25分
きのうの夜、ふと「人って顔がすべてだよなあ」と思った。これってよく思うことなんだけど、いざ人に伝えるとなると誤解されやすいからあまり言わないだけで、実はつねづね思っていた。私、人を顔で選んでるって。

それは造形の問題じゃなくて、たとえば今の美醜の判断はきっと基本的には西洋の・・・いや、ハリウッドとか?そっちの商業的なすりこみが強すぎて、「顔がいい」というとすぐに今メディアで活躍しているような規格の顔がすきなんです、というふうに取られるけれど、そうじゃないんだなあ。

たぶん、眼のつよさと深さと(思慮深さや知性・野生)、肌の感じ(生命力みたいなもの)と、顔のまわり全体から発せられる何か(自分や自分の人生を肯定的にとらえている感じ、明るいいいものがあるかどうか、品があるかどうか)を判断して、私は無意識に「この顔がすきだ」と思っているんだと思う。

とか考えていたら、最近毎日かかさず聴いているラジオ(j-waveで夜11:45からやってる、三谷幸喜と清水ミチ子の・・・むだ話・・・)で、ふたりが「結局ね、人は顔ですよね〜」「顔。顔です。これ誤解されやすいけど。」というトピックスで盛り上がっていたので楽しかった。

三谷幸喜が「妻が僕を選んだポイントはビジュアルだっていってましたよ」というの、わかる〜。三谷幸喜みたいな顔が好き、とかじゃなくて、その人の良さや今までやってきたこと、選んだもの、発した言葉、孤独な時間なんかが全部出ちゃうのが、顔なんだよね!と。

だから、会社にいてどんなに他の女子が「あの人かっこいいよね」と一般的に美形と呼ばれる男子に騒ごうとも、私の心のドアはちっともノックされないということが起こるわけだ。

あとは出会いについても。縁か。縁という言葉好きだなあ。子供が生まれたら「ゆかり」とつけたいくらいだ。出会い自体が人生におけるプレゼントだとしたら、私は24 時間365日ずうーっと、プレゼントもらいっぱなしってこと。新しいことがどんどん起こるから。

たいくつしてるひまなんてないってわかる程度には、物事の機微や深みや人生の短さ、はかなさなんかが見えるようになってきつつあるということか。

その三谷幸喜と清水ミチ子のラジオが超おもしろいんだよー!と教えてくれた人がいて、ちょうど寝る前の15分間なのでベッドの中でつらつら聞いてて、ほんと面白いの。ほんとに!だから最近は、夜寝る前にげらげらと声を出して笑ってて、はー。おっかしーなー。もー。とくすくす笑いながらすとんと眠っている。

この時間がプレゼントだし、教えてくれた人との出会いもプレゼントだし、私も「面白いね〜」とか「こういうのもいいよ」とかあげられるものはあげて、プレゼント交換をしているみたいじゃんか。毎日、お祝いのように。

[0027] FEEDER @ SHIBUYA-AX 

2006年10月07日(土) 21時22分
□ FEEDER @ SHIBUYA-AX

研修(としておこう・・・)のあとに渋谷に向かったので、AXについたのが20時ちょっとすぎくらい。まだまだあと1時間半はあるだろう。せっかくの来日公演だし!と思っていたら甘かった。20時半には終わってしまったよ。

つうわけで私が聴けた彼らの曲ときたらアンコールも含めてわずか4曲なのである。がっくし。レビューどころじゃない。

おもしろかったこととして、客席の人たちをわーっとステージに上げて(たぶん去年も来たぜ!FEEDERラヴ!という熱い人たちを対象にしたと思われる)、その人たちに囲まれながらアンコールは演奏してて、なんかいいなあと思った。こういうライブに誘ってくれるマイコちゃんが若いっていうのもあるけど、やっぱりファン層が若いので、若いっていいなあ、と。

ライブ後、ふらりと入った中華料理屋さんが思いのほかおいしく、マイコつんとふたりでもりもり食べた。いつみてもほそっこい子なので、よく食べているところを見るときゅんとしてしまう。「おいしいー。あーしあわせだー」とかいうし。

女友達といるときって恋する少年の気持ちに非常に近いんだけれど、彼女の場合はとくにそうで、別れ際にいつも何か言い忘れたような、心細いような気持ちになってしまうのが面白い。もう、なんだかんだ長いつきあいなんだけど。

[0026] irony 

2006年09月28日(木) 9時51分
□ irony / ACO

「初日の出って見たことないの。生まれてから今まで、一度も。」
「じゃあ見に行こうか。」

そんなふうにして、たいして仲良くもなかった私たちは大晦日からお正月にかけて一緒にすごし、地元の小さな川にかかる橋の上で、さむさ対策でぐるぐるに着込んだせいでもこもこした体と体をくっつけて、朝日が昇ってくるのを待った。

黄金という言葉がぴったりな色がぴしっと川に一筋の線を作ったと思ったら、ゆらゆらと不透明な輪郭をもった金色のたまごのような太陽が現れて、私はびっくりした。その金色ぐあいと、大きさ。みるみる球体を形づくっていくそのスピード。私たちを乗せた地球が回転していく速さに。

「すごくきれい。でももう水平線からぜんぶ出てしまって、つまらない。」
「けっこう早いんだよね。色は、出てくる瞬間がいいね。」
「うん。夕日とはぜんぜん違うんだね。本当の金色をはじめてみた。」

その感想のあと心の中で、こんなにきれいなものを私に見せてくれてありがとう。この先もう会えなくても、憎しみあって別れても、この感謝の気持ちを忘れないから。とつけたした。

ほとんど徹夜だったので、家に戻るなりAは「寝る」といってぱたりと寝てしまった。床にぺたりと座った私のひざの上に頭を乗せて眠っているので、重い。動けない。足がつりそう。ひまだな。と思いながらヘッドフォンで音楽を聴いていた。

どうして愛しいものというのはいつでも熱くて重いんだろう。それとも逆で、熱くて重いから愛しいのかな。そんなことを思いながら、くりかえしくりかえし聴いていたのはACOの“kitchen”という曲だった。

ひとつの曲だけをエンドレスで真剣に聴くという行為はどこか祈りに似ているような気がする。私はあのとき、あの部屋で、雑誌やマンガがちらかって飲みかけのお茶が入ったグラスが床にだらしなく置かれている、日に焼けたカーテンのかかったなんの秩序も整合性もないようなあの部屋で、そのうたを聴き続けた。ときどき小さな声でハミングをした。

未来のためでも過去のためでもなくただその瞬間の、私の体にゆだねられた熱さと重みと、目の裏に焼きついている金色の朝日のために。


--
ねえ うそ笑いはもういらないよ
絵本にかいてあった奇跡は起きそうだ

すごくちいさなことだよ 笑っていようよ
ある日夢がかなう

そう 鼻歌には陽気なうたをうたう
食卓にはとてもすてきな花をかざる
おままごとみたいにずっと 大人になっても

心は満たされた?

こんなわたしたちに自由があるのなら
それはとてもなんだかばかげたことだな
2006年11月
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