いとこの結婚式 

2007年01月08日(月) 0時11分
今日はいとこの結婚式において、密着カメラマンの仕事をした。
楽しかった。一日が、結婚式という人生で大きなイベントであるのに、本当にあっという間に終わった。
帰りながら、なぜか涙が出た。
なんの涙なんだろう?と考えるくらい、分からない涙だった。感傷的になっているのか、自分が独りもんで寂しいのか、確かなのは、この間の恋をひきずっている、幸せになれなかった自分に対してのものがあるなぁと思った。私もふつうにやさしいパートナーと家庭というものを築いてみたいと思う。愛し愛される優しさが欲しいなぁと思う。切望する。
式の途中で、父が手招きで席から呼ぶので行ってみると、
「おなかすいてないか?パン食べぇ。」
と、お皿に最後一つ残ったパンを指差す。
「今、いらんいらん。」
とそのまま踵をかえした。この場で何を言うのかと思った。親戚の人がふふっと笑うのが聞こえた。
今考えると、あのお皿に一つ残ったパンは、父が、何も食べないでカメラを構えている私を心配して残してくれたものなのかもしれない。年をとって周りの事が見えなくなり、自分の事しかみえなくなる傾向が人間あるとしたら、父は式の事より私の事ばかり見て心配していたのかもしれない。みっともないなんて、露にも思わず、只ただ、私がお腹へってないだろうかと心配していたのかもしれない。自分の娘の事ばかり見ていたのかもしれない。親というものはそんなものなのだと思う。私は父に可愛がられていなかったとずっと思っていた。父は姉が好きなのだと思っていた。そうではなかった。父はただ不器用で、本当に不器用で、素直に自分のやさしさを愛を表現する術を知らなかった。
今日結婚した、いとこの家族がずっとうらやましかった。
とても素直で楽しげな家族だったから。
私もそれを学ぶ事はできると思う。今日の父の事を思うと涙が出る。父も年をとった。おじも年をとった。自分も年をとったのだろう。年を重ねると、いろんなそんな事が積もってセンチメンタルになるなぁと思う。叔父も今日泣いた。いつも笑って笑いとばす叔父だから、泣くなんて思っていなかった。
人はみんな笑って泣き、泣いて笑うのだと思う。

一年を振り返る 

2006年12月31日(日) 16時30分
2006年
1,2 ,3 月
2005まで前の会社で働く。いろいろ我慢している事が我慢しきれなくなり、退社。独立し、NYに行き友人の元で少し手伝う。やらなくていい事をやってしまい後悔。
運の良い事に、ハワイでの仕事をもらいハワイに行く。いろんな意味で良い経験となった。プロとしての自覚を
もっと持たなくてはいけないと思う。
4月
桜を撮る仕事がまたくる。いっぱいいっぱいで、どうもうまくいかなかった気がする。
友人の紹介から、洋服屋さんのクライアントから仕事がくる。
5月
けっこう暇に過ごしている。
6月
お寿司屋さんの写真を撮る。時間があまりなく難しい撮影だった。今までアシスタントでこういう撮影はたくさん経験していたが、実際自分が撮る立場になると、全く余裕がなく、自分からどうしたいのか、指示することもできなかったと反省しきりだった。現場できちんと撮っておかないと、後で苦労するという事も知る。自分がテンパっていては仕様がない。
7月
人に教えるということをやり始める。いろんな人と一日知り合うのがとても面白い。
バイクのローンが終わって嬉しい。
好きな人と別れる。
8月
アシスタント仕事の方が多い。ボイストレーニングを受けてみる。
9月
つきあっていた人からごはんのお誘いがあって受ける。期待していた自分がいて、結局またつらい思いをくり返すだけだった。今度こそもう二度と会わない、自分の為に会わないと思う。自分の無価値感がぶり返し、夜はぽろぽろと涙がでる。
仕事をしてお金を稼げるようになりたいと切に思う。自分で自分の欲しいものを手に入れたいと思う。幸せになりたいと思う。やさしいパートナーが欲しいと思う。
10月
愛猫のがん宣告を受ける。ショックでなにもできない日が何日か続いた。
それでも愛猫はまだ元気そうに見えるし、側で生きており、最後まで一生懸命可愛がろうと思う。
愛猫の為に、あんまり仕事を入れたくないと思う。側にいてやりたいと思う。
新しい学校に通い始める。
11月
初めてグループワークなるものを受ける。いろんな人がいろんな思いを抱えて生きているなぁと思う。
がんばって参加してみたが、どうもやっぱり苦手である。わかったような顔をしている先輩受講生にむかつきをどうしても覚えてしまう。
12月
愛猫が逝く。
あの獣医さんに知り合えて本当に良かった。処置をしているとだんだん落ち着いてきている自分がいた。
寂しい、とても寂しいが人間は死を避けては生きてゆけない。きっと向こうで元気でやってるだろうと思う。
部屋の中にいつまでも毛がある。でも少しづつ減っていて、いつかはほとんどなくなるのかとぼんやり思う。
あいつはいないけど、とても良い時間を過ごさせてもらった。本当にかわいいやつだった。きっと向こうでも愛されてると思う。かわいいやつだから。
さびしいから、早くなにか飼いたい。
おじさんが危篤状態。死がいつも身近にさいきんある。

今年は去年より好きな事ができるようになって、いろんな面で楽になっている。
来年もより良い年になるよう、精進です。
自分に厳しく、人に優しくできる様、いろんなことを許せるようになるよう、良いものをつくれる様、がんばります。素敵な人に出会えるように。

おじさんの危篤 

2006年12月31日(日) 0時56分
ずっと危篤状態だったおじさんの脈が下がってきているという連絡が、母からあった。家族が集まっているらしい。おじさんはこの1ヶ月、とてもがんばってきたと思う。もうそろそろいく時がきたのかもしれない。
私がとても冷静だ。姉は動揺している。
どうしてこんなに冷静なのかと考えてみると、私は、死に慣れてきているのかもしれないし、死んでもあの世が有って、みんなそこに戻るというか行くのだ、と漠然と思っているからかもしれない。
今月、愛猫が死んだ。とても寂しいけど、たくさん泣いたけど、私は動物の死に慣れてきている気がする。
しばらく経てば、自分が立ち直るという事が分かっている。
だから、このおじさんの死は、悪い言葉で言えば、両親の死の時に対する免疫力になるのかもしれないと思ったりする。みんないつかは死ぬ。小さい頃に、死というものが非常に怖かった時があるのを鮮明に覚えている。おじいちゃんのお葬式の時には、怖くて顔を見る事ができなかった。全く死が理解できなかった。
今は、仕方のない事で、だれにも起こりうる事で、自分の両親にもで、だから、血のつながりを意識するようになった気がする。私たちは受け継ぎ、受け渡す。大きな流れの中でつながっている事を、最近思うようになった。壮大だなぁと思う。
私のにゃんこは、元気でやっているのだろうか。逢いたいなぁ。

夢日記 

2006年12月30日(土) 9時21分
いろんな料理が、長机の上に大皿で山と盛られていて、「おー、すごい!何から食べようかな。」と幸せな気持ちの夢を見た。その中にりっぱな鯛の煮物があったので、それを取った。
好きなアーティストに料理を作った。
今日は、料理が気になった。
調べてみると、
食べ物:愛、心の糧、思考の種、アイデアの糧、経験、人の性質、性的快楽、社会的満足
料理:愛や慰め、達成すべき目標、表現されたもの、心の状態
魚:神秘、無意識のエネルギー、英知、瞑想、幸運、発展、慈悲、男性、
立派な煮魚:物事の成果を得られる
鯛:発展、希望、幸運、喜び事
とあった。鯛はそういう意味かぁ、ととても良いのでにんまりしているのと、何故鯛が出てきたのだろうと不思議さを考えたりしています。

海の向こうの友人と会う 

2006年12月29日(金) 22時04分
今日は久しぶりの友人と会った。なかなか会えない海の向こうの相手だ。
色々と海の向こうの話が聞きたくなる。海の向こうにいた自分も思い出される。
急にいろんな話を聞くと、みんながどんどんすごくなっていて、自分がいつまでたっても小さく思えたりするが、私は最近少し楽になっている気がする。通っている学校の話も、前は隠していたけれど、どんどん人に自信をもって話せるようになっている自分がいる。自分で自分の人生を生きている感じがする。少しは心を開けるようになったということだろうか。
人と仲良くなるという事は、相手に自分と似ている部分を見ている事が要因になる事が多いという。
私の友達を私の鏡とする。
自己肯定感が低いなぁと思う。みんなかわいくてがんばりやさんなのにね。

失恋のあとのおいしい水。 

2005年08月25日(木) 0時08分
今日は、自分の写真をADの方に見てもらいました。
最近、久しぶりに恋をし勝手に夢を見て、そしてその想いは叶わなかったので、自分に全く絶望していて、独りぼっちで寂しいままなんだなと、将来に希望なんて持てなかったのです。今日その方と話をしていると、私の写真は’はかなげで淡い’という形容をもらい、それは私の色であるかもね、と。あと、自分の撮りたいものを明確にしないと、何を言いたいのかわからないと。だから夜道を歩きながら考えてみたのだけど、そんながつがつとした欲求は何もなくて、普通にくらせて、そしてお金に困らなくて、大切な人が家族が欲しいなぁと考えていると、普通のお母さんになりたいのかなぁと思いました。自分の欲しいものがわからないというところを治したいなぁとも。優しい人に会って優しい言葉をもらうと、枯れていた植物が生き返る様に、人間も生き返ってまた歩けるようになるんだな、と思いました。

のどの奥がつまる。 

2004年10月22日(金) 0時03分
のどの奥が苦しい。のどの奥が重い。こういう時はどういう時か自分で分かってる。
自分が愛されてないと感じる時だ。世界中で独りぼっちに感じる時だ。
好きな人が冷たく感じる。それでも私はあの人が好きで、でももうたまんないですな。女はどうしてこんなに恋の事が世界の中心になるのでしょうか。絶望を感じるのだ。これ以上入ってくるなという意志を感じる。私は近くに寄りたいのに寄ってくるなという事は決定的に良くないこと。私は感じやすいほうだから、そう感じるのはあんまり間違ってない。どうせがんばってもどうにもならない恋だった。ただ自分の気持ちに正直になろうと思ってた。そして少しでもあの人の力になれたらいいと思っていた。そして少しでも私の事を想ってくれたらなと思ってた。人の気持ちはわからない。女は守ってもらいたくなる。頭のどっかがそう思う。いくら強くみえても仕事ができてもなんとかなっても守ってもらいたくなる。守ってもらえる強い男だった。でも世の中に資格というものがあるのならば、私にはその資格がない。私はどこかが間違っている。物心着いた時からそう思っていた。よく気のつく子だったから人が何を求めているのかわかる。だから母の愚痴を聞き、父を嫌った。その結果父にきらわれた。今はアダルトチルドレンという病名がつくが、そんなものどうでもいい。落ち着いて愛されてるというあったかい愛情が私にはあってると思うしそれが家庭につながりひとつの落ち着いた家族になるのだと思う。心があったまるような愛情はどうやって手に入れたらいいんでようか。よく自分を愛せよという。でも愛されない自分をみている自分がいて、そんな自分をどうやって愛するのだ。自分は自分を冷静にみていたりする。人から愛される事の実感で人は自分を愛する事ができるようになるのではないだろうか。子供の頃うまくいかなかった人はどうすればいいんだろう。人を愛しても愛されない時はどうすればいいのか。

パラリンピック。 

2004年10月10日(日) 1時23分
パラリンピックの特集のテレビを見ました。がんばって生きている人をみると涙がでます。その人のつらい部分を思って涙が出ます。
自分に勝つ事です、と水泳の選手の方が言っていました。その人の今までの軌跡のつらさを感じさせる言葉でした。
ハンデを持って生活しながらパラリンピックに出場し、そこで成果を出すということは、とても大変な事なのだと思います。想像が及びません。
目の見えない人が本当に嬉しそうな笑顔、顔をくしゃくしゃにして嬉しいと言っていました。目は普通に正面を向いてなくて何かおかしい感じはしますが、本当の笑顔ってこういう顔なのかなと思いました。私達健常者といわれる人々は鏡を見ます。自分の笑顔に自信がもてなくなりました。作った笑顔で生きているのかと思いました。
「自分自身に勝つ事」そうだよな、と思いました。

熊谷守一を知る。 

2004年10月06日(水) 0時14分
真摯に自分を生きた人の本を読みました。お世話になっている人が、読んでみたら、と貸してくれました。熊谷守一「へたも絵のうち」です。
その中でとても身にしみた言葉があります。
「どうしたらいい絵がかけるか」と聞かれた時など、私は
「自分を生かす自然な絵を描けばいい」と答えていました。
下品な人は下品な絵を描きなさい、ばかな人はばかな絵を描きなさい、下手な人は下手な絵をかきなさい、とそういっていました。結局、絵などは自分を出して自分を生かすしかないのだと思います。自分にないものを無理になんとかしようとしても、ロクなことにはなりません。だから私はよく二科の仲間に、下手な絵も認めよといっていました。
自分を出すより手はないのです。
何故なら自分は生まれ変われない限り自分の中にいるのだから。
自分というものについて考え、自然に生きた人で、その語り口を読んでいると凝り凝りの心がゆるんでくるのを感じます。何かになろうとすることも大切かもしれません。しかし、自分の中にいる自分を見つけ、それを引っぱり出して生きるしか本当はないのだと思いました。言葉なのに、空気間がとても澄んでいるように、本当の事のように思われます。

今日のちょっと良いお話。 

2004年09月15日(水) 21時32分
今日は、仕事で行った郊外の、小さな夫婦だけでやっている本屋さんに、電車待ちの時間つぶしに入って本を買いました。お客は私だけだったのですが、そういう場合、立ち読みというものはなにか心がざわついて被害妄想にかられるものですが、とても居心地が良くて、いつも買わないハードカバーの本を買いました。レジにはスキンヘッドでひげをはやした山男風のおじさんです。カバーをつけますか?と問われたのでお願いしました。そうしたら、本本体のカバーをまずはずして、それをカバーに丁寧に折り込み、丁寧に丁寧に作ってくれました。かわいいブックマークを普通に入れてくれました。私はそれを見ているととても心がぎゅっとなって、お礼を心から言いました。人の為に、人の気持ちを考えた本屋さんだな、あんまりないな、と心あったかくなって電車に乗りました。
この間もこの事に共通するような話を友人から聞きました。
一流のフォトグラファーといわれている人が、トンカツ屋さんで「君、感謝しなくちゃいけないよ。」
「あ、僕は紹介していただいた方にはもちろんとても感謝しています!」「ちがうよ。このトンカツ屋さんにだよ。僕のようなやくざな商売をしている人間に、こんなおいしいごはんを作ってくださるトンカツ屋さんに感謝しなくちゃいけないよ。そういう事を忘れちゃだめだよ。」と。その人はとても相手の気持ちを思いやれる人です。誰を撮る時でも、その人をどうすれば美しく見せてあげられるかという事を考えて撮るそうです。我ではないのだと、その言葉を聞いて私は驚きました。相手の気持ちをとても思いやれる人は、ちょっと悲しい目をする時があると思います。
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