日本人の誇り 

March 19 [Wed], 2008, 11:54
新年会でちょっとした論争があった。
戦争中沖縄で起きた住民の集団自殺問題を教科書でどう扱うかについてだった。
ある人は、「事実は事実として教科書にのせるのはどうか。日本に愛国心を持てなくなる」と心配し、あるひとは「命の問題だから真実をこどもに語るべき」という。私は「歴史として語り継ぐしか無い年月が経った以上、重要なことなので教科書に入れておくべき」だと思っている。

戦争中に日本軍が数々の残虐行為を行ったというのは、日本軍だけの問題ではないと思う。しかし、戦争なんだからどこもやっていると言う論理ではなく、やったことはやったことで知っておく必要がある。なぜなら戦争は人間を日常の常識とは違う判断をさせる事でそれが戦争の真実だからだ。
現代の民主主義社会だから、戦争を選択する人も、ぜったいに良くないと思う人も過去の真実の上に判断することが必要で、真実とは沖縄の人々の証言もその当時の指揮官の証言も両方からそれぞれが判断すべきだと思う。

さらに、その真実で日本に誇りを持てなくなるとは全く思えない。
私は20年以上前にある住宅建材メーカーの仕事で社長に話を聞いた。その会社は戦後に復興するため、海外から技術を導入しなければ良い製品は作れないと考えて、アメリカに技術提携先を探した。しかし、なかなか見つからない。さんざん探した末にあるメーカーが提携に応じてくれることになった。話を聞くとその会社の社長はユダヤ人で、家族が日本人に命を助けられたという。
社長の家族とは、その当時はほんど知られることのなかった「いのちのパスポート」の杉原千畝が助けた5000人とも言われるユダヤ人の1人だったのだ。

これこそ日本人として誇りを感じる事なのではないだろうか。
戦争での犯罪がいろいろあったとしても、日本には誇るべき事はいくらでもある。

(8)子供たちの歓声の理由! 

February 07 [Thu], 2008, 20:12

「流山小学校でのお話し会ー子供たちの歓声の理由!ー」

2月5日(火)ホーリーと一緒に流山小学校に行き、4年生にお話しをしてきました。先生から、授業で点字を習い、目の見えない人の生活について勉強しているとお聞きしていたので、その日は盲導犬についてではなく、見えることの素晴らしさについてお話しました。

みんなで考えながら話を進められたらと、いろいろ工夫したつもりでしたが、自分が同じ立場にならなければ、大人にだって、本当の大変さは判らないものです。まして4年生の子供たちに素人の私が伝えようなんて、何十年も早い!。いつもながら、話すことの難しさを思い知りました。

子供たちからの質問時間です。「自動販売機で買うときはどうしますか?」「ご飯はどうしているんですか?」と、見えることと見えないことの違いについて話していたからでしょうか、最初のいくつかの質問は、日々の生活についてでした。




その頃から、左に伏せているホーリーが、私の靴ひもをいたずらし始めました。結んである紐を口にくわえ、何やらモゾモゾしています。{まずいなぁ!}と思った私は、左手でホーリーの顔を押し、靴から離しました。

質問時間でリラックスしていた子供たち。何か始めたホーリーを注目している様子。その時、足元が緩くなった気がしました。手で触って見ると、よだれで濡れた紐は見事にほどけていました!ホーリー靴ひも解きに成功!!(涙)

「こらっ!」と小さい声で叱り、紐を結び直しましたが、その動作に子供たちの視線が、かえってホーリーに集中してしまいました。私が顔を上げると、ホーリーはまたも紐で遊び始めます。しばらくして子供たちから「オーッ!」と言う感歎の声。二度目の紐解き成功!(号泣)

介助犬には、靴ひもをほどいたり、靴下を脱がせる犬もいます。でも、私にはそれらは不要。ホーリーが、いつどうしてそんな特技を身につけたのか不思議ですが、子供たちは、それも盲導犬の仕事と思ったでしょうか?とにかく、その日、一番子供たちの反応が大きかったのは、ホーリーが靴ひもをほどいて見せた時でした。(号泣)

言論の自由かマンション販売か 

January 14 [Mon], 2008, 10:27
日本の憲法はアメリカから押し付けられたという人もいるけれど、私は悲惨な戦争を乗り越えたからこそ求めた人間としての自由と平和がいかに大切かを国が国民に約束した大切なものだと思う。
どんな場所でも政府や企業など様々な事柄を批判できることは大切だ。

ところが最近、北九州でこれを否定する裁判が起こされた。
泰平建設というマンションディベロッパーがマンションの反対運動ののぼりや看板がマンションの完成後も出ているため、マンションが2割程度しか売れていない。だからのぼりや看板を撤去し、ブログも抹消するようにというものだ。

■批判を受けるマンションだから看板が存在する
街は本来政治家が作るものでもなく、市役所が作るものでもない。地域の住民の発意でそれぞれの生活に魅力があるから人が住み、街が作られる。長年かかって地域として形作られているのに、その地域に土足でずかずかと入って、地域にまったくなじまない建物を建てる。とうぜん今までの生活に影響がある。これを批判する権利は当然憲法で保証されたてる。マンションを建設する前から地域と摩擦があることはわかっていたことで、それを解消する努力を十分しないまま建設したことが紛争が長引いているのではないだろうか。利益のために地域の生活やコミュニティを顧みないことが原因ではないのか。

■マンションが売れないのを人のせいにするな
馬橋あたりでも、完成後一年もたっているのにいまだに半分ほどしか売れていないマンションもある。流山市内でも竣工時点で二割程度しか売れず、竣工後半年経ってもまだ売れ残って値引き攻勢をかけているマンションもある。どちらも反対運動は見かけないから泰平建設が売れない理由を反対運動のせいにするのは乱暴ではないのかと思う。

■住民への牽制か
日本の一般の市民は、だれでも裁判を起こされれば驚く。心配で食事さえのどを通らない人、眠れない人だっている。周囲の目もある。
住民組織をなんとかバラバラにしたい、そんな企業側の思惑だろうか。
言論の自由を企業の利益のために封じる。そんなことがあってはならない。
日本の憲法を守るためにも。

泰平建設にはぜひ反省して、周囲の住環境と調和するため手ものを建ててほしい。

飛び入り防犯パトロール 

January 07 [Mon], 2008, 16:08

私の住む鰭ヶ崎自治会では常時パトロール等はありませんが、毎年暮れには自主参加でパトロールを行います。仕事がたまたま早く終わった日に飛び入り参加してみました。

参加者はほとんどが自治会の役員さん。呼びかけてもなかなか参加される方は少ないそうですが、当日は約15人。集まった人は和気あいあい。のど飴を配ったり、行きたいコースも「昨日はこっちだったから今日はこっちに行ってもいい?」なんていいながら二手にわかれて出発。
先導は古くから地元に住んでいる方。

先導役「ここのお寺もね、あっちのお墓とひとつの山だった。急な坂をのぼったもんだ。お寺の鐘も今は除夜の鐘しかつかないけど、昔は毎日鐘の音がきこえたもんだ」
一同「いい音だよね。毎日つけばいいのにね」
先導役「鐘の音がうるさいからつくのをやめろ。そうでないと火をつけるぞと脅迫があったそうだ」
一同「え〜びっくり」
先導役「だから除夜の鐘だけになったんだ」

先導役「ここはね、昔は見上げるほど高い丘だったんだ。でも隣の宮園の住宅地を作るときに土を運んでね、それでこんなに平になったんだよ」
一同「え〜ほんとう知らなかった」
先導役「あっちの公園に碑がのこっているよ。今残っている丘も区画整理でなくなるからね」
一同「え〜この丘がなくなるの? 全然かわっちゃうね。どこだかわからないね。西平井も売れないって聞いているけどもっと区画整理して売れるの?心配だね」

先導役「この辺はも狐も狸もいたんだ」
一同「え〜信じられない」
先導役「向こうの方はずっと田んぼだったし、蛍がすごかった。こっちの林はカブトムシがいっぱいだった」
一同「へ〜」


ということであっという間。
意外なところでおもしろい話が聞けるものです。
楽しかった!!

業者の横暴 

January 03 [Thu], 2008, 16:56
随分乱暴な裁判が起こされた。
北九州のマンション反対運動をしている人たちが、マンション販売業者泰平建設株式会社からのぼりや看板を撤去するよう裁判を起こされたのだ。さらに、マンションが未だに2割程度しか売れていないのはこの反対運動のせいだとして、なんと1億3000万円の損害賠償を請求している。
http://news.rkb.ne.jp/rkb_news/archives/008280.html
まず看板の内容はホームページで見る限り、ごく普通の看板だし、特に過激ともいえない。
http://plaza.rakuten.co.jp/mamipon/
反対看板が無くても売れていないマンションはいくらでもあるし、逆に反対看板があっても売れているマンションだってある。マンション販売の不振の原因は住民だというのは、随分勝手な言い分のように感じる。

もともとマンション反対運動があるのは、周辺の環境がマンション建設で何かしら悪くなるか、悪くなることが心配されているからで、それはマンションに住む人たちにも影響がないとは言えない。
全体の住環境が悪くならならないよう配慮された計画なら反対運動はないし、それはマンションに取っても悪いはずがない。もともと地域全体がハッピーになれる計画を目指すべきだ。何かを犠牲にして利益を追求するのなら、程度の差はあってもミドリ十字の企業姿勢と変わらない。

環境というのは周辺のみんなの財産で、地域環境に適合しないと思われる中高層マンションの建設に際して、周辺の住民がビラを配布したり、看板・垂れ幕などを掲示したり、ホームページなどインターネット環境を 利用して社会に情報を提供することは、自らの街を愛し、よりよい住環 境を求める市民としてやむにやまれずとる行動で、財産権や人格権を守 る行為として憲法で保障されている。
社会的な紛争に至っていることを住民の不当な活動の所為にし、自らの計画の乱暴さや住民対応のまずさを棚上げにし、損害が住民の活動の結果であると決めつけている。

あるいはこの裁判で住民をビビらせようとしているのか。
それなら九州のデベロッパー泰平建設は、全国の住民運動を敵に回すことになるのかもしれない。

こんな会社でもマンションを建設できる今の制度。
これでいいのか?

商売の下手な不動産屋さん 

December 19 [Wed], 2007, 16:51
わが家の近所の家に新しい家族が引っ越してきました。
とてもここもおうちも気に入られたそうです。

丘の上の素敵なおうちですが、まわりにはもっと素敵なことがあるんです。
その家の北側は市に緑地として寄付された林だし、そこにウグイスが来るし、夏はヒグラシが鳴いて、幻想的。
冬は小鳥の遊び場で、春は水仙がいっぱい咲く。

丘を登れば古いお寺の墓地ですが、大きな木々に囲まれて本当に静か、墓地のまん中に立って上を見ると空だけがぽっかり見えます。

向かいの丘は1000年以上の歴史を持つ古いお寺。春には桜の薄いピンクが古い寺の黒い建物に映えてすばらしく美しい。
大晦日には除夜の鐘をつきに行けば、幸せな気分になれる。

ところが、不動産屋さんはこんなことを何も説明しなかったんだって。
駅から何分、何坪で日当たりと眺めが良くて
住宅も高性能・・・なんて話だろう。

この不動産の値打ちが全然わからない人たちだな〜
自分は売買する目だけで見ている。
本当に「家に住んで暮らす」ということを知らない。ここで過ごす時間の豊かさ。
自然の恵み。生活空間の豊かさも知らない。

こんな人たちが土地を売買しているからだめなんだな。
いいところを売り込めない、知らない、見えない。
その最低のセールスマンたちが、となりにマンションを建てるといっている。

こんな人たちだからやっぱりそれなりにしかならない。


日本という国のおかしさ 

December 14 [Fri], 2007, 18:53


私の友人にC型肝炎にかかっている人がいます。
お子さんを出産するときに、止血のためフェブリノゲンという薬を投与されて感染しました。肝炎を経て、今は肝癌です。
感染は単純な事故でも不注意でもありません。
国が製薬会社のために危険に、人が死ぬ危険に目をつぶっていたことの結果です。
それも10年以上のあいだ。
そしてその薬は効果さえもなかった。
役割はふたつ
日本人を死の病気にすること。ミドリ十字と官僚に利益をもたらすこと。


■必要のない薬
出産のときに出血して危険だったから、薬剤の投与は仕方なかったのかと言えば全然必要ありませんでした。フェブリノゲンはもともと先天性の疾患以外には効果がなかったのです。日本では1964年にフェブリノゲンが承認され、厚生省が過去に承認した薬の再評価をはじめても、その点を見直したのは1998年でした。
多くのC型肝炎の患者は必要のない薬を投与され病気になったのです。

■危険なのに放置していた
1960年代には血液中に未知のウィルスが潜んでいること。フェブリノゲンのように1000人以上の人の血を混ぜる方式では、その1人にでもウィルスがあると薬全てが汚染されてしまうことが研究者の間では知られていたと言います。
しかも早くから危険性が指摘され、当時既に売血による輸血は禁止されていたのにこの薬には海外の売血が使われていました。

■アメリカで承認取り消しになっても使い続けた
1977年にフェブリノゲンはアメリカの承認を取り消されました。肝炎感染の危険性と代替え治療が存在したからです。その後海外の製薬会社が加熱処理の同様の薬剤を開発しても1986年まで出荷が続きました。翌年の1987年には青森で肝炎の集団感染が発生しています。それでも既に出荷された薬は回収されることなく使われ続けました。厚生省から緊急安全性情報がだされて返品要請されたのは1989年でした。

■厚生省とミドリ十字
この薬を開発、製造していたのはミドリ十字。1977年にアメリカで承認が取り消されたことを知った直後の1978年3月に厚生省薬務局長がミドリ十字の副社長になっています。
当時ミドリ十字の稼ぎ頭はフェブリノゲンだったのです。


普通に暮らしている人が、普通に病院で薬を処方されて感染する。しかも何の効果も無い薬で、既に外国では「危険だから使わない」と決められていた薬。

厚生省の今の厚生労働省はエイズもC型肝炎ももっと少ない被害で回避できたのに製薬会社のお金に目がくらんだとしか見えない処置で、患者を増やし、早く治療すれば助かる人まで見殺して、裁判になると時間をかけて患者が減るのを待ち、しかも救済を待ち望む人たちに「裁判を起こしている一部の人とは和解するけど、みんなを助けるとお金がかかりすぎるから、あなた達だけ早く解決しましょう」と言っています。

これは国家の犯罪です。厚労省のこの問題の責任者を処罰しなければ、私たちも犯罪に手を貸したのと同じです。
将来同じことが起こらないように、きちんと原因も責任も明確にして、罪を償うべき人には罪を償って貰わなければならない。

厚労省自身が今、病気です。
国民みんなが声を出して直さなければ、私たちも私たちの友人も、子ども達もこれから犠牲になるかも知れません。

だから、国民の声を厚労省に届けてください。メールで手紙で電話でそれぞれの方法で。

友人は毎月莫大な治療費を年金暮らしの生活費から支出しています。
今、国はそれを値切ろうとしています。切り捨てようとしています。

日本という国は、国民を守らない、国民から奪い取る国なのでしょうか。

(7)こーちゃんの笑顔 

December 03 [Mon], 2007, 23:46
12月1日、同4日から始まる人権週間に先立ち、南流山センターで、盲導犬について話をしました。
盲導犬ユーザーと言っても、私とホーリーは歩き始めてまだ二年半。その歩行はまだまだ危なげで、日々、悪戦苦闘。日常生活で思うことを話して来ました。




その日、会場には私同様、障害者手帳を交付された人たちが数名来て下さっていたそうで、5歳のこーちゃんもその中の一人でした。
こーちゃんの、「舐められちゃった!」の声に謝ったのが会話のきっかけでした。ホーリーは排泄時間で、ハーネスを外したリラックスタイム。子供好きの彼は、車椅子で近づいてきたコーちゃんの顔をペロペロしたらしいのです。


写真:市「ぐるっと流山」から



お母さん、お姉さんと来ていたこーちゃん。握手させてもらった手はプクプクしていてとても可愛く、「小学生かな」と思っていた私は、その小さな手に驚き、思わず年を聞いてしまったのです。

その日の話は盲導犬についてでしたが、こーちゃんたちの来場を知っていたら、盲導犬候補から介助犬になった、ビートとそのユーザーである知人の話を盛り込めたのにと、少し残念に思いました。

私の障害は、自身の責任に寄るところ大ですが、世の多くの障害者はそうではありません。特に小さい子の障害を知ると、{どうして?なんで?}と、持って行き所のない怒りと、無力さを感じてしまいます。

自分の目でコーちゃんの状態を知り得ない今の私では、何の励ましもできず、力にもなれませんでした。
フッと思いだし、いつもお世話になった方々にお渡ししている品、ビーズで作った骨型の根付けを探しましたが、あいにく鞄には別の骨の根付けが。一度はそれを渡したものの、何となく違和感が…。
その時、ハーネスをし、伏せしている姿のラブラドールのキーホルダーを、携帯につけていたことを思い出しました。犬の色はホーリーと同じイエローです。
コーちゃんに聞くと、やっぱり骨より犬!お母さんに記念として受け取ってもらい、キーホルダーはコーちゃんの手に!!

確かに盲導犬は、視覚障害者の歩行の助けとなっています。でも、いつも思うのは、自分ではその場にいる人の存在さえ知り得ない私たちに代わり、こうして人と人との間に入り話すきっかけを作ってくれている。彼らは、パイプ役にもなっている。私はそう思うのです。





立ち去る私たちの背に、コーちゃんの大きな声が届きました。「ありがとうございました」。とても元気な声!私も振り向き、「こちらこそありがとう!」と。

「今日の最大の成果は、キーホルダーを受け取った時のコーちゃんの笑顔ですね。」市の職員の言葉に、全く同感の私でした。こーちゃん、また会いたいね。

(6)東深井小学校でのお話から 

November 27 [Tue], 2007, 0:01
前回の東深井小学校でのお話からアッという間に9ヶ月が過ぎました。
前回の続きです。

今年の5年生に盲導犬のお話をして来ました。本当は、子供たちにアイマスクをつけてもらい、教室でも廊下でも、ホーリーと一緒に歩いて欲しかったのですが、それには盲導犬を扱える人が必要で、昨年の江戸川台小学校とときと同様、今回も体験歩行は夢に終わりました。


写真は江戸川台小学校  

でも、質問の時間に、「盲導犬は、どこにでも連れて行ってくれるんですか?」
と聞かれ、ちょうど良いチャンスなので、一緒に、江戸川台を歩くイメージシュミレーションをしてみました。
それは、見えない人が歩くとき、頭の中に地図を描き、盲導犬に合図を出していることを知ってもらうためでした。

その場に座ったまま、子供たちに目をつぶってもらい、東口商店街の入り口にある文房具店、トモエヤの前に全員集合!これから右側歩道を歩き、郵便局まで歩きます。
「トモエヤの隣のお店は何ですか?」と私。いろいろな声が飛び交いますが、正解がありません。一軒隣のお店を言ったり、中にはその通りにはないお店の名を言う子もいます。
「カーテンや敷物などを売っているお店で、関口商店です。みんな、まだ数メートルも歩いていませんよ。」私の声に「あっ、そうだ!」と、思い出した子供達の声がします。
次は靴屋さん。そしてマキノ用品店です。目が見えると、そんなことは覚えていなくても大丈夫。でも、見えないとなるとそうは行きません。

さて、そこからが盲導犬の出番です。マキノのお店が終わると、そこには段差があります。「盲導犬が止まります。何で?段差があるからです。」子供達のため息が聞こえます。だって、そのまま盲導犬の合図が判らなくて一歩踏み出してしまえば、段差で転んでしまうかも知れませんし、車が来ていればぶつかってしまいます。
耳をすまし車の音を聞き、盲導犬にゴーと合図。

また犬が止まりました。今度はハーネスが少し上に上がりました。車道から歩道に上がります。ここでも注意しないと、段差につまずいてしまいます。
さて、次のお店は?こんな調子で子供たちとお店の名前を言いながら進んで行きました。
あと一歩の郵便局前の交差点。「渡って良い合図の音は?」の質問に、以外にみんなは気にとめておらず、「ピヨピヨじゃない?」なんて声。「それじゃ一生渡れませんよ。カッコウです。」と私。
どうにかこうにか郵便局の前まで来ましたが、「到着です。」と言って目を開いてもらうと、子供たちはため息をついていました。

子供たちだけでなく、大人にお店の名前を言って道を尋ねても、名前を知らない人は多く、すぐに答えが返って来ないことがしばしばです。
社会生活を送る上で、目からの情報量は80%と言われています。逆に言えば、覚えていなくても目が見えれば充分情報は得られるのです。盲人にはそれがありません。少ない情報量で安全に歩くためには、皆さんの善意のまなざしが不可欠です。

犬は色が判りません。右見て左見て…、みたいに安全確認してくれる訳でもありません。恥ずかしがり屋の日本人が、例え良いことをするにもためらって、恥ずかしがってしまうのを、クッションとして仲立ちしてくれるのも盲導犬の役割。私はそう思っています。
見えることのすばらしさを知って欲しい。そして、些細な助言「今、渡れますよ」。そんな一言が、私たちにはとても嬉しいのです。

流山の野菜をもっともっと 

November 17 [Sat], 2007, 0:51
焼却場のおとなりの公衆浴場には地元産品の販売所がありますが、行ってみて野菜などがほとんど無いのでがっかり。考えてみればあまり人も多くないあの施設では生鮮野菜はリスクが多くておけません。置いてあるのは、ジャガイモなどと漬け物、お菓子、食品以外のもの。

流山には美味しい野菜も果物もいろいろあるのに、まとめて変えるところが少ない。
平和台にはいろいろ屋があります。ここはかなりいろいろな種類の野菜があるので便利。旬の野菜を求めて来る人でけっこうにぎわっていますが、日曜は休み。営業時間も短いのでなかなか頻繁に買い物できません。
実は私は新松戸のスーパーによく買い物に行きます。
ここは、敷地内に地元野菜の直売所があって種類も豊富。直売所は特に人気で開店時間には20人くらいの行列ができるほど。土日も営業していますが、営業時間は4時まで。でも残った野菜はスーパーの売り場に移動して売られているので、残っていれば買えます。
直売所は新鮮な野菜が安く買えるのが利点ですが、欠点はどうしても種類が限られること。期待してもスーパーのように品物が揃うことはありません。だからスーパーがとなりにあるのはともかく便利。ここの駐車場にいれれば食品の買い物がすべて揃うんです。

さて、でも私は流山市民ですから、できれば流山の野菜が食べたい。
それに忙しい世代にこそ、安くて美味しい流山の野菜を知って欲しい。それに子ども達も小さいときに美味しい野菜に親しむことで、野菜を好きになって欲しい。
だからおおたかの森の目立つところに常設の産直野菜売り場が欲しい。ここで野菜を買って、イトーヨーカ堂やフードメゾンで他の買い物ができたらすごく便利。
朝取りのトウモロコシ、シャンとした小松菜、完熟で中まで赤いイチゴ、都会ではなかなか手に入らない、贅沢な流山の味を知って農業が近くで行われていることの価値を若いお母さん達に知って欲しい。

市長!!
おおたかの森に野菜の直売所を作れませんか?
ぜひ一度奥様といっしょに新松戸のクランデールに午前11時30分に行って、ここの買い物の便利さを体験してください。そして採れたて野菜のおいしさを味わって、「そうだ直売所だ」っていう気になってほしい・・・

石油エネルギーを最小限しか使わない地産地消こそ、現代の農業の理想型かも
農業って、環境を保全しながら食料を供給するなんてうまくできてます。