NO.41 ご無沙汰しておりました。

May 14 [Sat], 2011, 11:22
ネットが途絶え、しばし疎遠になっていました。

自分自身も、ちょっと元気の無い日々でした。
震災のことを考えると・・・。

でも。

今更だけど、落ち込んでも仕方ない!

被災したわけじゃないんだし。


・・・ほんっと、今更なんですけど!



お守り?っていうか、急に無性に「本水晶」が欲しくなり、購入。
なかなかお高い・・・。
直径3cmくらいの。

水晶の意味もわからないまま購〜入〜。

なんだか元気になれた

やっと、何か吹っ切れた感。

坊やは相変わらずおバカです

ちょっと頭がグチャグチャしてて、変な記事も書くかもしれません!
イチオウ、警告です。

そんな時は、あっさりスルーでお願いします!!

さてさて、今日はやっとネットが繋がったので、しばし世界を旅してきます

NO.40 大槌のおじちゃん。

April 16 [Sat], 2011, 16:59
3月の末頃、大槌に行って来ました。
親戚のおじちゃんのお見舞いに。
おじちゃんは、家族も家も無事、奇跡の人です。

震災のとき、釜石で足場を組み、3階の外壁のペンキ塗りをしていたそうです。
ビルから命綱が5メートルくらい離れ、テラスに飛び乗ろうと何度か試すものの、なかなか出来ず、揺れが小さくなってからやっと屋内に入り、無事に逃げたそうです。

「ビルからどんどん体が離れ、おっかねがった〜(怖かった)」T、話してくれました。

その後、すぐに高台へ避難し、山から山を5時間歩き、自宅へ着きました。

「下はもう火の海でよぉ」
と、おじちゃんは話していました。

震災直後、被災地は即停電。

おじちゃんは、仕事で使っていたヘルメットとヘッドライトを付けていた。
「俺ぁ、このライトがあったから救われた」と言っていた。

ライトが無ければ暗い山道を登って降りるのは無理だったと思う。
3時から逃げたとして、8時まで山道を歩いていたのだから。

大槌で、津波がひどかった地区と火災がひどかった地区とあり、どちらも見てきましたが、テレビより残酷な感じがしました。
実際に、壊れないであろう防波堤が陸地にあったり、水門が破壊されていたり、どうしてこんなものが?というものが簡単に壊れていました。

皆さんの家や職場も車も道路わきに綺麗に片付けられています。

「ひょっこりひょうたん島」で有名な蓬莱島のあたりまで車を走らせました。

土埃がものすごかったけど、一度車を降り、黙祷しました。


この日はとてもとても穏やかな海でした。

足元のすぐ側には静かな海がありました。

少し傾きかけた太陽が波を照らし、綺麗なひし形の模様になっていました。

とても穏やかな海でした。


火災が激しかった地区は、建物が黒く焦げていました。
ポツンと、赤い鳥居が目に入りました。

「大槌に2箇所ある神社は全部無事だったんだ。周りは大火事で、よく火が移らなかったね、とみんなで話してる。やっぱり神様はいるんだな」

おじちゃんの話。


本当に、周りが真っ黒になっていても、ポツンと神社だけ残っていた。

実際に見れば、神様の存在を信じざるをえない光景。


神様、どうか。。。



道がいつも通りではないので、地理に疎い我々を釜石に繋がる道まで案内してくれたおじちゃん。

もっともっといっぱい話したかったなー。

チビ助を一緒に連れていったからあまりゆっくりできなかったなー。

おじちゃんは、ビー玉みたいにキラキラした目をしていた。
前からこんなに綺麗な目だったんだろうか・・・

黒目が葡萄みたい。


最後、車の窓をあけ、振り返るとまだこちらを見ていたおじちゃん。

手を振ると、遠目からでもわかる満面の笑みで手を振ってきてくれた。


あの顔を私は一生忘れないと思う。


NO.39 思わず・・・涙。

April 01 [Fri], 2011, 0:23
今日、寒くて暗いイオンに行きました。イオンも半分は営業休止。物流が滞っているらしー。
・・・そのお陰で目的の子供長靴は買えませんでした。
変わりに酸素ボンベを買ってみた(笑)

理由はなんとなく・・・。

朝から胸騒ぎがしていて、買い物終わってから「あ!嫌な予感がする。ショッピングモールに居てはいけない気がする!」と思い出す。が、しかーし。寄り道しながらダラダラ帰る。息子はヘトヘト。

家に着き、数時間後「余震」発生!
結構揺れましたよ・・・。震度4くらいかな。未確認ですが。

胸騒ぎの理由はこれかなー。
知合いの事故とかでは無かったみたいで良かった・・・・カナ?

夜、放置していた避難用リュックの中身を整理。
やはり、チョコは溶けていた!
床暖の側に置いていたから。あははー。
整理ついでに、息子のリュックに名札を入れてみた。

息子の名前・生年月日・住所・電話番号・血液型・母親の名前・連絡先・祖母と父親の名前と連絡先。

・・・書いていて涙が出ました。

万が一にも一緒に逃げられないような時、そんな時の事を考えては無駄な涙を落とした夜でした。

明日もあさっても、普通でいいから元気に過ごせますように・・・☆


2011年03月28日のつぶやき

March 29 [Tue], 2011, 0:00
  • 今日の余震、震度3なのに体がこわばって動けなかった…(i_i) 揺れが終わった時、心臓が高鳴って胸が痛かった?。。。ちょっとトラウマかも。 Posted at 01:05 AM
  • 地震の時、小さい子には「隠れて」とか「早く」とかではなく、抱き締めて「大丈夫」と言ってください♪子供も自分も落ち着ける。 Posted at 01:10 AM
  • http://twitter.com/oshirinikki

NO.38 見えない敵

March 27 [Sun], 2011, 16:10
放射性物質、何が恐ろしいって
見えない・分からないという2点。
日本の基準は厳しいという意見もあれば、もっと厳しく警告するべきという相反する意見もあり、混乱を極めている。

個人的に、福島をはじめとする基準値を超える農作物を育てている農家の皆さんが本当に心配です。
そして、基準値越えの地域がますます増え、風評被害が出れば、食料不足になります。
色々と心配なことが多いです。

お水もそう。
あの報道が出てからこちらの地域も水不足。
嘘みたいにスーパーからペットボトルの水が消えた・・・。早!!!

こっちの人は、水道水やスーパーのイオン水をがぶがぶ飲んでいるので、ペットボトルの水は殆ど買わないのですが・・・
おそらくスーパーで水を買ったのは、遠くにいる孫たちに送ったのでしょう。


昨日、母の友人宅にて60歳を越えた人たち5名、私(30代)と子供2名で飲んでいました。

オーバー60の人たちの意見
A 「わたし、ほうれん草勝って食べてもいいよ!」
B 「捨てるなんてもったいない。」
C 「どうせ、他の持病であの世へ逝くさ」
D 「年寄り向けに販売してはどうか」
E 「Aさんは、いくらでも食べても倒れないだろ」

がはは(笑)

酔っ払っていましたが、皆様まじめに買ってもいいよ!可愛そうに、とおっしゃっていました。
少し、ほっとしました。


氾濫する情報から何を信じ、選ぶかは、最終的に自分の勘だと思います。

※ちなみに海藻類は消化が悪いので離乳食にはオススメできません。

NO.37 不要な物など無い

March 24 [Thu], 2011, 13:59
常々、物がありあまる国だな〜と、思ってはいました。
家の中にも不要なものの山。

ご飯も残すし、時に服も捨てたり・・・。

欲しい人は世界にたくさんいるんだろう、と思いつつゴミにしてしまう。


だけど、あの大地震の日から、簡単にものを捨てられなくなった。
家の不用品は、いつか誰かの役に立つであろうと確信しました。
そして、その連絡はすばやく入ってきました。

同じ職場のMさん。
ご実家が気仙沼。
幸い、家族はみな無事だと震災後3日で安否がわかりました。みなバラバラの避難所にいるらしいです。
しかし、大きな豪邸が家ごと壊れることもなくスススーっと流されたようです。
Mさんは、盛岡に住んでいますので、家はあります。
先日Mさんは避難所で大変な目にあっているお祖母ちゃんを助けにいったようです。
前もって聞いていれば色んなものあげられましたが、事後報告だけ受けました。
Mさん、職場では明るいのですが、気が気でなりません。

近いうちMさん一家は家を借りるようです。6人一緒に住むのでしょうか、詳しくは聞いていませんが、何も無く、部屋があるだけの所らしいです。
家族の唯一の頼みはMさん。
「生活できるもの全て送って」と頼まれたようです。

被災地は店もコンビにも何もありません。あっても買いにいけません。


なので、タオルや食器など、うちに余っているものをお譲りすることにしました。
探してみると結構あるある!
新品も出てくる!

皿 大1 中6 小10 
箸6
お茶碗6 汁椀6 
急須1 湯のみ6
スプーン6 タッパ大2
弁当箱1 おひつ2
ボール大1 中1 
しゃもじ1
粗品のタオル10
バスタオル1
スリッパ3

これをMさんにあげる予定です。綺麗に磨いて包装して運んでみます。

まだまだ汚い不用品もありますが、状態がまぁまぁよいものを人数分選びました。

家を失くした方が多く、避難所を出た後、生活必需品が必要になります。以下のものは配給されるのでしょうか??
エアコン、洗濯機、ガスコンロ、レンジ、冷蔵庫、炊飯ジャー(土鍋でも可)、夏は扇風機(赤ちゃん・お年よりはクーラー苦手でしょうから)、椅子、ドライヤー、洗面器、布団、照明器具、カーテン、、、

食器など一般家庭での不用品も、これから仮設住宅・一時的な住居に入られる方にとっては必要なものになります。


とりあえず、自分の周りで見聞きできたこと、お手伝いできることからはじめてみます。

困っているときはお互い様、といって私の隣の家の奥さんからもタオルやお鍋の差し入れがありました。

東北のあたりでは、大部分が隣近所でお醤油を借りられる間柄です。
こんな時、欲を張り合うのではなく、余ったら分ける・あげる。

分けたからといって減るもんではないです。
良き「ご縁」が生まれます。

それだけで充分ではないでしょうか。
要らないものが誰かの役にたって、新しい「ご縁」で繋がる。

私はお釣りがでるほど嬉しいと思います。




NO.36 誰にでもできるボランティア

March 21 [Mon], 2011, 16:32
東日本が大きく揺れてから10日。

ここ数日、色んな思いが駆け巡る。

自分でもどうにかなったの?というくらい、普段考えもしないことまで考える。

おそらく被災地が身近だったからかな〜。

子を持ってこその感性なのかな〜。

地震で躁状態になったかな〜。

買出しに駆けずり回っている方はお元気な方ですよ。
私は時間さえあればぼーーーーーーーーっと、魂が抜けたような状態・・・。

たまにツイート見たり、書いたり。

そして、余震が来るたび心臓が止まる。


アメリカの子供たちが日本の「TSUNAMI」の映像を見ただけでPTSDになったという。

は!

ここ数日、子供放ったらかしにしていた!
余震のたびに険しい表情浮かべてた!

しんちゃん、大丈夫??

やっと我に返る。

私 「しんちゃーーん!」
しん「ママ!」

てけてけてけてけ(駆け寄ってくる)
私 「しんちゃん、お利口さんね」
しん「ママは?」
私 「ママはなんだろ?」
しん「おバカちんこ!」
ケラケラと笑い転げる息子。


・・・・・・。


私の心配って・・・。


さきほど、台所でひとりふけっていた時。

てけてけ。
息子、小走りで近づいてきた。

甘えたくなったのかなー?と思って声をかけた

「しんちゃん!」

「ブ!」

尻をこちらに向け、屁を1発。

ちきしょう。これで発電できないかなーーー。

バカ話はこの辺にして、子供はすっかり元気でした。やれやれ。

知恵がないので、PTSDには縁遠いです。
津波をやっつける〜!などと言い新聞紙の剣で戦っております。。


被災地での感動的な話、レスキュー隊、日本国内、海外からの応援。本当にありがたい、感動です。
日本人って素晴らしい!
・・・と思う反面、私は不条理がどうしても許せないタイプの人間です。とても嫌になります、こんな自分。
自分自身、まったくの被害には遭っていないけど、不条理がはびこっています。他人事ですが、とても胸が痛いです。ぶっとんだ話になりますが、この国は試されているのだろうか?とすら思えます。どうして、力を貸せない人がいるんだろうか、どうして自分さえよければいいという考えになれるのか、、、。日本とは、人類とは、そんな飛躍した考えばかりにとらわれています。
ところで一般のボランティアを募集している地域はあるのでしょうか。明日をもわからない!という非常事態で、人間に「モラル」という言葉は消えます。正常(心も体も健全な)我々ですら、モラルの低下が著しいです。もし、参加される方は、ちょっと心得ておいたほうが良いかと思います。「無償で何かをしたい!役に立ちたい!」というかけがえの無い志で志願したと思います。そんな心清き人は、感性が豊かなので落胆しやすい人も多いかと思いますので、余計なお世話ですが一言。どうか現場で何を見ても落胆しない強い心を忘れないでください。一喜一憂、自分の心が風見鶏では多くの人を救うことは難しいと思います。壮絶で長い戦いになる。時に機械のように淡々と仕事をこなさなければいけない。涙を拭く暇があるなら仕事!という覚悟がなければいけないような気がします。一般募集が始まるころは、現状も落ち着いているのかもしれません。でも、ふるさとを失い、家を失い、思い出の品を失い、家族を失い、友人を失い、恋人を失い、学校を失い、職場を失い、歩く気力をも失い、本当に命1っこの方だってたくさんいます。一瞬で過酷すぎる状況になってしまった方を元気にさせるという事は、思っている以上に難しいことだと思います。私も被災地のため、被災者のため、微力ながら出来ることをしています。ボランティアに長期で行きたいとも思いますが、私が赴けば子供に迷惑がかかる現実もあります。こんなこと言いたくないですが、残念ながら情熱だけではどうにもならない事、たくさんあります。そんな悔しい思いをしている方、たくさんいらっしゃると思います。ここへ来て、ようやく一呼吸おける自分になれました。あれこれ考え、今はまず、このおバカな息子との日々を楽しむのが良いと思いました。この10日間、ホントにろくに笑っていませんでしたから。家と家族と温かいご飯。最高の幸せです。いつまでも忘れてはいけないと強く強く思います。元々私は、激情型の人間ですが、年を経てわかりました。感情に溺れて足元がゆるくなっているとき。そのときは動くべきではない。不安の伝播は恐ろしいほど早く伝わるようですね。何がデマで何が真実か、マスコミや評論家の言うことを鵜呑みにするのも?ですが、真相のない情報を鵜呑みにするのも浅はかです。ただ1つ、確かに言えることは「大震災、或いは大災害は、来るまでわからない」という事実のみです。不安の伝播だけが瞬く間に伝わるのが残念です。幸せの伝播もそうであれば良いのに。今後ますます不況になると思われます。元気がある人は元気を出す!誰にでもできるボランティアだと思います。まずは身近な家庭を、そして町内、やがて各都道府県へ。家族団らん、地域の祭り、イベント、そして友人の結婚式、旅行、買い物、結構、けっこう!金があれば金を出し、力があれば物を運ぶ、何もなければ元気を出す。悩んでいる人に「元気出せよ」と肩を寄せ合える人がたくさん増える未来になってほしいです。







2010.5.3   宮古市浄土ヶ浜にて。








必要とされたらいつでも駆けつけられる準備はできている!
あの三陸の美しい海!
ウミネコがまた戻ってきてくれるその日まで。
情熱は「時」がくるまでそっと宝箱にしまっておこう。




2011年03月19日のつぶやき

March 20 [Sun], 2011, 0:00
  • さっき、定型外で荷物送ったよ。集荷に来てくれた。燃料不足だから有難い有難い。親戚宅に避難した、お世話になったおじちゃん一家へ。わずかながらも食料少々送ります。ド田舎だから商店も一件だし、品薄みたいで、ある意味被災地。速達で出したら6000円。これを高いとは今は思えない。 Posted at 03:57 PM
  • 私のおじちゃんは、壊滅した町、大槌の職人。津波の後5時間山を歩いた。無くなった町の中、山火事から逃れながらけもの道を歩いた。妊娠した娘の元へ向かい歩いた。そして今は宮古市小国にて避難中。炊き出しをして避難所に配っている。#jishin Posted at 05:02 PM
  • 被災者が被災者を助けている。米と醤油しかないおじちゃん宅。何も心配するなと言われた。でも私の家に余っていた缶詰めやカレーのルーなどを送った。どうして家も家族もすぐそばにある人が、買いだめするのか私にはわからない。#jishin Posted at 05:08 PM
  • 今日、お彼岸だったので貴重なガソリン使って墓参りに行きました。岩山の大きな墓地です。お墓はガランと静かでした。お花もあがっていない、人はいない。あーあ。なんか、虚しい。凄く虚しい。 Posted at 05:32 PM
  • 霊感とか無いけど、不思議な体験をした。父親のお墓の前で「早くたくさんの人が助かりますように」と、手を合わせた。すると父親の匂いがした。家に帰るまでずっと。泣いた。震災後、初めて本気で泣く事ができた。少しスッキリした。ありがとう、父さん! Posted at 05:36 PM
  • http://twitter.com/oshirinikki

2011年03月18日のつぶやき

March 19 [Sat], 2011, 0:00

2011年03月17日のつぶやき

March 18 [Fri], 2011, 0:00
  • 今日は仕事休み。ガソリンや食料などの調達にあててくださいと、指示があった。現実を知らないお坊ちゃん歯科医師の元で働いております。被災地の方を思うと本とにやりきれない。買いだめ、絶対にしないで!悲しいよ。 Posted at 09:33 AM
  • RT @makirincolon: @nhk_kabun 「被災者の方々へ■愛着ある地元を離れるのは勇気がいることだと思いますが、西日本各地で受け入れる準備ができてきています。どうぞ甘えて下さい。いらしてください。」と避難されてる方々に伝えて頂けますか。 Posted at 09:41 AM
  • RT @t_ishin: 被災地へ人・モノを送ることには限界が出てきます。被災者を正常な自治体、特に受け入れ能力の高い都市部に疎開させるべき。被災者を分散させて、被災地でのサポート、疎開先でのサポートを分けるべきです。大阪はお迎えします。着の身着のままでお越し下さい。詳細 ... Posted at 09:42 AM
  • RT @romiinny: みんなで分け合えば、できること。買い占め止めよう運動! http://twitpic.com/49zcwy #jishin Posted at 12:35 PM
  • 「池水に かげは さやかに うつれども 手にとりがたき 冬の 夜の月」 今の心境。思いはたくさん溢れるが、悔しいけど万事控えめにするのが何よりかな…岩手県の内陸部より。 Posted at 12:58 PM
  • http://twitter.com/oshirinikki
P R
プロフィール
  • ニックネーム:   ミモザ & しん
  • 性別:女性
  • 誕生日:1978年
  • 現住所:岩手県
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1978 5月生まれ 午年

2006 4月  結婚

2006 12月 長男 出産
         名前  しん 
         あだ名 『ぷり男』
             『ぽこちゃん』
             『おちょもさん』他。

2009 7月 離婚
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