青葉区民まつりに見るすずめ踊りの横暴 

October 26 [Mon], 2015, 7:43
11月3日に開催されている青葉区民まつり(主催:いきいき青葉区推進協議会(会長:山口哲夫氏。協同組合連合会 日専連理事長)、仙台市青葉区)ではすずめ踊りが30団体弱ほど参加している。
区民まつりではステージが「市民広場」「勾当台公園」「野外音楽堂」の3つある。

すずめ踊りは、もともとは仙台市役所のロータリー付近に専用ステージがあり、そこで演技をしていた。

しかし、この数年は、昨年まではメインステージがある市民広場で優先的に演技していた(理由は後述)。

2015年度のステージプログラム編成の際、
青葉区役所に勤務していた関係でステージ企画を担当していた筆者は3会場に均等に分散する案を出した。
ところが菅原幹夫実行委員(すずめ踊り連盟副会長・天晴赤鞘組代表)は
「区民まつりはすずめ踊り晴れ舞台なのだから、市民広場で優先的に踊れて当然だ」
と主張し、すずめ踊りの演技会場を分散させることに激しく抵抗した。

以前3会場に分割した際に野外音楽堂で演技したすずめ踊り団体からは
「なんで客のいないところで踊らせるんだ」
とクレームが来たことがあり、筆者が所属していた表小路10に至っては筆者と目を合わせることすら憚ったことがあった。

他の出演団体からは野外音楽堂で毎年演技している団体を含めて
「なんで客がいない場所で踊らせるんだ」というクレームは聞いたことがない。
すずめ踊りの世界には
「自分たちは整えられた環境で演技するのが当然」
という傲慢極まりない考えが一般的なのだろうか。あまりにも愚かな考えだ。

また2015年度は「パフォーマンス広場」という
「ステージ出演に出れないような団体にも区民まつりに参加してもらおう」
という企画の運営をする団体を筆者が実行委員会に紹介したところ、菅原委員が
「わけのわからない団体が参加する必要があるのか」
「その団体が参加しなくてもいいのではないか」
「そんな団体とは一緒になんかやりたくない」
「もともとこの広場は『すずめ踊り広場』だ。自分たちが今まで踊っていた場所だ」
※昨年まで3年間のみ設置されていたすずめ踊り専用の2つ目のステージ。
「すずめ踊りの参加予定団体には『例年どおり』と既に話してある」

などの一方的な言い方で、筆者が依頼していた団体の運営役の辞退、区民まつりの不参加を強要してきた。

すずめ踊りだけ検討段階の情報を実行委員自らすずめ踊り連盟内の参加予定団体に教え、しかも参加予定団体から意向を伺うなどという行為は、通常の感覚ならば「不正行為」というべきではないだろうか。

しかも区民まつりの事務局で主担当を自称する青葉区まちづくり推進課(樋口千恵課長)地域活動係の小田原主事からは
「数の多いすずめ踊りには逆らえない」
「そちら(筆者側)が大人の対応をしてほしい」
「対立している状態で一緒にするのは無理だろうから、パフォーマンス広場はすずめ踊り連盟に譲ってもらえないか」
「代わりに市役所本庁舎前の国際交流コーナーのステージに仕切る人がいないからそちらをしてほしい」

と筆者に譲歩を求めてきた。

すずめ踊り側が理不尽な要求をしていることは明らかなのに、
すずめ踊り側の主張を優先させる青葉区まちづくり推進課のやり方は、
税金によって生活を保障されている公務員にあるまじき行動ではないか。

そもそも、青葉区民まつりのステージ演技は各団体1回のみである。
すずめ踊りは演技時間が他団体より短いという理由で参加費も一般団体より低く抑えている。
それだけではない。
すずめ踊りはパレードにも参加しており、ステージプログラムにも両方で演技できるよう毎年配慮されている。
その上にすずめ踊りを他団体よりも優先的に扱うと言うのは、
青葉区まちづくり推進課とすずめ踊り連盟との間に癒着があるという疑いを強く抱くものではないか。

まちづくり推進課の小田原主事が
「まちづくり推進課の高橋智也地域活動係長がすずめ踊りの関係者だったからすずめ踊りが他団体よりも優先的にメインに置かれていたのだろう」
(高橋氏は表小路10元代表・すずめ踊り連盟元副代表幹事。筆者の前任の副代表幹事である)
と話していたことからもすずめ踊り連盟と青葉区との癒着は疑いないところである。

事実、すずめ踊りの演技場所が仙台市役所からメインステージである市民広場になったのは、高橋係長がまちづくり推進課に配属になってからのことだ。

筆者が青葉区まちづくり推進課に勤務していた2014年にも、筆者はすずめ踊りの演技場所を分割する案を提出したが、高橋係長はその案を無視して市民広場にすずめ踊りを集中させた事実もここで明らかにしておく。

高橋係長は明らかにすずめ踊りへの利益誘導を目的とする職権濫用を行っているのである。

青葉区民まつりは毎年仙台市の予算(つまり税金)から300万円の補助を受けて開催している。
税金の補助を受けて開催している仙台市主催の催事に、担当職員に直接利害関係がある参加団体の利益誘導を恒常化させている事実を仙台市当局はどう考えているのだろうか。

菅原委員は「自分たち(すずめ踊り)の方がその場での経験があるのだから自分たちにさせろ」
と、もっともな風な言い方もしていたが、昨年もその前の年も、パフォーマンス広場に該当する現場は、すずめ踊りの待機団体がその周辺に無秩序にたむろしてたため、通行スペースに大きな障害が起きていたのを筆者は記録写真や現場などで確認している。
いったいどういう経験があると言うのだろうか。

すずめ踊り側の主張は、単純に自分たちの要求を押し通すためだけの暴論であり、
「例年通りと参加団体に言っている」「昨年手伝ったものにも依頼済みだ」という主張も
「自分たちが例年踊っている場所を何が何でも確保するための勝手な言い分」
としか言いようがない。

議論の積み重ねを完全に無視する菅原委員・すずめ踊り連盟の主張は
「区民の区民による区民のためのまつり」
という区民まつりの理念を明らかに無視している行為である。

区民まつりの理念よりも自分たち(すずめ踊り)の既得権を守る目的で
参加団体への名誉を公然と傷つける横暴な行為が平然と黙認されている異常な空気が
青葉区民まつりには存在する。

また、菅原氏は区民まつり主催団体のいきいき青葉区推進協議会(会長:山口哲夫氏。協同組合連合会 日専連理事長。事務局は青葉区役所まちづくり推進課地域活動係)から2015年に表彰されたと協議会のある役員から聞いたことがある。
協議会のfacebookには「周りの人と協力しながら、まちづくり活動を長年頑張っている方を表彰する」と書かれているが区民まつりのことよりも自分たちの既得権を最優先に考えて他の団体を誹謗するような人物が果たして表彰に値するのか、また、このような人物を表彰する団体が青葉区役所が運営すべき公正な団体なのかと強い疑念の念を持たざるを得ないのである。

企画グループのチーフである千葉冨士男副実行委員長(みやぎ連携復興センター事務局長)
「企画会議で議論するのではなく、ステージ部会で議論をしてほしい」
と言っていたが、ステージ部会では議題に出すこともなく、部会終了後に菅原委員が筆者に詰め寄り暴言を吐いてきたのが実際である。

まちづくり推進課の小田原主事は「当事者同士で協議すべきこと」と話していたが、なぜ会議での議題に上げておきながら、その会議の場で議論させなかったのか。
しかも部会終了後に菅原委員が繰り返し暴言を吐いた際に筆者が反駁したら、まちづくり推進課の小田原主事は「まあまあ」とニヤニヤしながら筆者の肩に手を置いたり千葉冨士男副実行委員長はその場を無視して通り過ぎたのは、最初から協議する意思がなかったという事なのだろうか。

話し合いの積み重ねを完全に無視した上に侮辱的な言動を繰り返しているのは菅原委員であり、すずめ踊り側であるのに、なぜ主催者たるまちづくり推進課や千葉副実行委員長らはそれを無視して菅原委員のやりたい放題にさせるのだろうか。

千葉冨士男副実行委員長やまちづくり推進課の小田原主事による卑怯なやり方ひとつ挙げても
青葉区民まつりのすずめ踊りに何ひとつ意見を言えない空気が存在することを示している。

出演時間や会場については、実行委員会内の企画グループで事前にすずめ踊り連盟の意向を伺っているという悪習も続いている。

すずめ踊り側の意見を最優先して他団体の演技の出番を自由に左右していることは
他の出演団体に対しても明らかに不公平だ。
実際、菅原委員は
「このプログラムだとすずめ踊りの一部の団体が閉会式の総踊りに出れなくなるではないか。しかしその一部の団体が総踊りに出るかどうかはわからない。」
とまったく意味不明な主張をしている。

このような横暴な態度に出るすずめ踊りの団体に青葉区民まつりへの参加資格が無条件に保障され、しかも他団体よりも優先的に扱われているのは大きな問題である。

ただでさえ青葉区に拠点がないすずめ踊り団体でも公然と参加できているのに
それ以上にすずめ踊りを特別扱いするのでは、もはや「区民まつり」ではないのではないか。

青葉区民まつりでは、すずめ踊りのみ、活動地域を問わず(青葉区で活動していなくとも)無条件に申し込んでくる。そしてその全てが参加を承認されるという特例が長年続いている反面、一般団体の場合は「この団体はパフォーマンス的に問題はないのか(菅原幹夫実行委員)」などの発言が当たり前のように出ているのである。

すずめ踊りに私物化されている青葉区民まつりステージ部門の1日も早い正常化のためには、他の参加団体との公正を保つためにも、すずめ踊り関係者を企画の場から排除すべきではないだろうか。

山鉾の話 

March 24 [Tue], 2015, 13:35
「(青葉まつりの)起源は、江戸時代・仙台藩最大の祭りの仙台祭まで遡ります」
と青葉まつりのホームページに書いている。

青葉まつりのお家芸である「嘘」「歴史の捏造」はここにも表れている。

青葉まつりは平成バブル期に仙台市が広告代理店「電通」に依頼して作った観光イベントであり、
かつて行われていた「青葉まつり」の看板を横取りしたイベントであることを知っている市民は少なくない。

そもそも今の青葉まつりに、藩政時代に行われていた仙台祭と歴史的につながりを持っているものは全くなく
昔の祭礼の名前だけをまねて中身は全く違うものを作っておきながら「今によみがえった」と高言している。

青葉まつりで曳かれている「山鉾」についても、仙台祭の山鉾を再現したものでもなく
大企業に金を出させて新しく作った山車に「山鉾」と名付けているだけだ。

青葉まつりでは、嘘でもいいから歴史的な背景を取り繕うことで
(それに騙されて来場する)観光客の数を増やそうとする心理が常に働いているので、
無理やり藩政時代のまつりとの関連性をこじつけて強調しようとしているのである。


全国にも歴史をテーマとした観光イベントは多くあると思うが、
さも歴史が長いように嘘のイメージを並べて誇張している観光イベントは青葉まつりくらいではないだろうか。


青葉まつり協賛会には「山鉾の会」なる部局があるらしい。
この会はさも青葉まつりでの山鉾の運営に関係しているかいと解釈されがちであるが、それは事実と違う。
活動の実態は、「視察」の名のもとに、山鉾の会のメンバーが青葉まつりの予算で毎年県外の曳山祭りを観光しているだけである。
その証拠に、青葉まつり事務局嘱託の川名ひろみ氏のFacebookには、旅館の料理やら観光客の中で山車を背景に笑顔で写っている写真が多数掲載されている。
こういう視察まがいの観光を、税金や協賛金でしているのだから、いくら回数を重ねても青葉まつりでは運行の不具合が生じるのも当然だ。

青葉まつりは毎年仙台市の税金で3000万以上補助されていながらこのような観光旅行をしていることを
市議会議員は誰も指摘しないのがまったく不思議でならない。

すずめ踊り連盟副代表幹事の渡辺広幸氏(柳生祭連代表)はかつて筆者に
渡辺氏の知り合いである青葉まつり協賛会の関係者の話として
「青葉まつり協賛会の会計を外部監査させたら瞬く間にずさんな会計管理が露わになる」
という話を教えてくれたことがある。
青葉まつり協賛会には監査役の役員がいるはずだが、
この話は「青葉まつり協賛会は事務局と監査役員が癒着して不正を隠している」
ということではないだろうか。

青葉まつりで引き回す山鉾は、普段は仙台市宮城野区日の出町にある
「仙台市計量検査所」に隣接する仙台市営バス車検場跡に保管されている。

山鉾の保管場所はこちら
http://www.mapion.co.jp/m2/38.2634564400379,140.93569902603974,19

山鉾はそもそも青葉まつりのために大企業などが1基で数千万円の資金を出して制作されたと聞いている。
そして青葉まつり事務局が毎年各企業から『保管料』を集めていると事務局の職員から聞いたことがある。

筆者は、青葉まつり事務局長の鹿野政利氏(元青葉区副区長)から
「山鉾の保管管理を各協賛企業で行わせたい」
という話を聞いたことがあるがそれは到底無理な話だと思う。

筆者も山鉾の清掃を何度か手伝ったことがあるが、山鉾の清掃は年に2回程度だったと思う。
筆者が山鉾清掃をして思ったことは
山鉾は遠くから見れば綺麗に見えるが間近に見ると非常に汚い。ということだ。

いずれの山鉾も年に2回程度しか雑巾がけ程度の手入れしかしていないから、
長期間ほこりまみれで傷だらけ。しかも数字を書いたガムテープが貼られたりしていたりと
本来の輝きはもう見る影もなくなっている。
山鉾は遠くから見ることできらびやかに見せかけているだけなのだ。

山鉾の保管場所からの移動はもちろん
山鉾飾り付けさえも運送業者任せにして山鉾への愛着が皆無である山鉾協賛企業と、
協賛会事務局とその関係者で私物化している青葉まつりは市民不在のまつりであるのは仙台市民の間では既に当然視されているであろう。

山鉾は青葉まつりの終了後はその日のうちに運送会社のトレーラーで日の出町の倉庫に戻されるのだが
その際、付属する備品一つ一つまで丁寧に整理された状態で戻る山鉾が多い中、
いろいろな備品やゴミなどが山鉾内に無造作に散乱していたり、
すずめ踊りの扇子や草履が山鉾の中に転がっている状態で倉庫に戻ってくる山鉾もあり、
仙台市役所職員が運行する「政宗公山鉾」をはじめとする一部の山鉾がそれにあたる。
そして翌年の清掃の時に筆者などの清掃した者がその惨状を目撃したりしている。

筆者は2014年の青葉まつりで青葉神社の神輿を担ぐ経験をしたが、定禅寺通りで山鉾行列を追い越した際に
多くの山鉾の引き手・随行するすずめ踊りの踊り手などが整列して起立低頭して政宗公への敬意を示したのを記憶しているが
仙台市長の乗った政宗公山鉾は、引き手にしても、随行している市役所職員のすずめ踊りチーム(表小路10)の連中も地べたに座って仲間うちの会話に没頭して神輿に目を向ける者は皆無だった。
山鉾内の整頓状態と政宗公に対する態度とは正比例するといったところだろう。

そもそも、山鉾運行に直接関わる側が山鉾への愛着が皆無な上に、普段のメンテナンスを全くしていない状況で
今更「各自で保管して」と青葉まつり事務局に言われても、その身勝手さにつきあう企業は皆無だと思う。

青葉まつりでは、当初は山鉾にすずめ踊りを随行させる山鉾は少なかった。
過去の青葉まつりでは市内の小学校などが山鉾に乗ってお囃子の演奏などをしていたが
それが現在ではすずめ踊りをしない山鉾は1基のみになってしまった。

山鉾を出す企業ですずめ踊りの愛好者団体も持っているのは3団体のみであるが、
その他の山鉾は、広告代理店などを通じて外部のすずめ踊り愛好者の団体を外注して随行させている。
現在の山鉾巡行は「山鉾かすずめ踊り」になってしまい「市民のまつり」を自ら否定してしまった。

安直にすずめ踊りを外注する山鉾企業には祭りに対する思い入れもその程度と言えばそれまでだろうが
自分たちの露出のことだけを考えてホイホイと山鉾についていくすずめ踊りも哀れなるかな。

最近、青葉まつりの宵祭りで行うようになった「復興祈願山鉾」にしても中身の薄い悪質なものである。
この企画は青葉まつり事務局長の鹿野政利氏(元青葉区副区長)が
山鉾の夜間運行を行いたい!
と言い出したのがきっかけで始めれたものであり、「復興の名前を利用した」非常に悪質なものだ。
一般参加を募ったところで所詮は「人足集め程度としか考えていない」ことを多くの市民は気づいているので
毎回の復興山鉾を曳く人の大部分は山鉾企業の社員である。

復興祈願山鉾の運行計画は、本来作るべき専任委員が仕事を放棄したことで最終的に筆者が作ったものであるが
遠藤瑞友という担当専任委員が自分の職務を放棄しておいて今もなお専任委員を続けているのは
青葉まつりが長年にわたり事務局等の一部の人間で私物化されている証拠に他ならない。
渡部ギュウ統括専任委員は「専任委員は金をもらっているのに、なぜみんな責任を持ってやれないんだ」
と筆者に漏らしたことがある。自分にではなく実行委員会の席で発表して仕事をしない専任委員をクビにすべきではないか。

青葉まつりの本まつりでの山鉾巡行では、最優秀山鉾に「協賛会長賞」という奇妙な賞が贈られているが
山鉾への愛着もないのに何を審査するのやら。
また、山鉾審査は「事前に事務局で決めている」という話を事務局職員から聞いたことがある。
その上音響装置を山鉾に載せて過剰なボリュームを流しながら引き回すなどして
「時代絵巻巡行」とはあまりにも品がないと思う。

渡部ギュウ統括専任委員は
山鉾に音響装置を載せるのを禁止にしたい
と言っているのを聞いたことがある。
すぐにでもそうした方が「ただの騒音」と言われなくなるのではないだろうか。

すずめ踊り同様に山鉾企業には政宗公を崇敬する意識が全くないから
持ち回りのトロフィーをかざしてはしゃいだりすることにしか達成感を感じることができなくなっているのだろうか。

青葉まつりの一番根本は政宗公への奉納にこそあり、1年かけてモノとヒトとココロの準備を進めて祭りの場で政宗公にお見せするところにあると思うのは筆者だけだろうか。

政宗公の名前を自分たちの商売を正当化させるために都合よく利用している青葉まつりは、
もはやまつりではなく単なるお祭り騒ぎを伴う催しと言えよう。

【追記】
2016年5月4日の河北新報に「仙台木遣り」という記事を見つけた。
記事には「残存していた楽譜を協賛会が復元し」2014年から始められたものとある。
しかし筆者はまた青葉まつり事務局がウソの歴史を捏造し始めたとみている。

筆者は青葉まつり事務局の臨時職員をしていた2013年4月頃に
渡部ギュウ統括専任委員に「山鉾巡行に木遣を入れてみては?」と提案したことがある。
その翌年に楽譜が見つかるなんて、ずいぶんタイミングが合うものだなあ。また捏造したな、と思ったものだ。

写真付きの記事には「市民12名が参加」と書いているが
映っている10人のうち顔が出ている5名以上は事務局職員(川名・青山)や専任委員(黒田・板垣)や学生スタッフなどであることを指摘しておく。

「新しく作ってみた」と発表することを異常なまでに嫌がって、
「楽譜が残っていた」というウソの歴史を宣伝する方が数倍罪深いと思うのだが。


同時期にすずめ踊りの有志が東京の江戸木遣を習って立ち上げた団体で「伊達木遣り会」というグループがある。
※何でもかんでも「伊達」の名前を入れればいいものではないと思うが、深くは触れない。
青葉まつりも「仙台木遣り復活」なんて捏造をしないで、この(江戸木遣り)グループに木遣を一任すればいい話だと思うのだが、
伊達木遣り会から「祭り当日はすずめ踊りの方で出るメンバーがほとんどだから、木遣りはやらない」
という声が出たから事務局が仕方なく「仙台木遣り」を作ったという裏話があった・・・と最初は想像したのだが、もしかしたら江戸木遣りを習っているすずめ踊り有志が「伊達木遣り会」というグループを立ち上げ、青葉まつり事務局に「グループ作ったから青葉まつりに出させてくれ」と迫り(この話は事実らしい)、出させてやるかわりに青葉まつり事務局が嘘の歴史を付加して「仙台木遣り復活」と名付けて、いかにも青葉まつり事務局が木遣りを復元した上で伊達木遣り会のグループを作ったかのように思わせているのが事実かも知れない…と言うのは筆者の想像である。

見栄・独占・既得権に汚された「徳島市へのすずめ踊り派遣」 

December 01 [Mon], 2014, 17:11
平成26年10月に行われた仙台市議会第3回定例会の本会議において小野寺健議員(民主党)が
仙台市と観光姉妹都市である徳島市の阿波踊りへの親善団派遣について質問した。趣旨は下記の通り。

・今年徳島阿波踊りへの派遣団に同行したが「今年はすずめ踊りは少ないね」と現地で言われた
・例年は議員、市役所職員、すずめ踊り団の合計50名程度で(伊丹空港から徳島までの貸切)大型バス2台の派遣であるが、今年は40名程度、大型バス1台での派遣だった
・今年の予算では、消費増税や貸切バス費用の高騰を想定せず積算した予算のためやむなく縮小したと聞く
・旅行代理店への入札でもここ数年は入札不調のケースが多く1回の入札では決まりにくい
・来年以降は例年並みの派遣を求めるとともに現状に合わせた予算措置をすべき

小野寺議員の質問には大きな間違いがある。
小野寺議員の質問は「すずめ踊りの派遣人数は40名程度」という事が前提だが、
「阿波踊り派遣のすずめ踊りの定員はもともと20名」と言うことを小野寺議員は知らない。

もともと20名参加前提だったものを、すずめ踊り側が
「自腹を出してもいいから大勢で行きたい」ということで
20名分の予算を参加者全員で分け合って残りを自己負担する
ことを承知の上で40名規模で毎年徳島に行っているのである。

かつては青葉まつりのコンテストの最高賞を取った祭連が派遣されたこともあり、グループ全員で徳島に行きたい感情が優先されたために、このような要望が強く、
本人たちも承知の上で負担金を出したうけたもーうで定員よりも多い人数で徳島に行った経緯があることをここで明確にしておく。

しかし、派遣が単独祭連から青葉まつりでのコンテスト入賞祭連内での選抜に変わり、
山口俊一郎氏(六軒丁睦)からの「ご褒美感覚で行く連中が多すぎて踊りの質が低い」
との「指摘」があって、
「伊達の舞」というすずめ踊りを騙る創作パフォーマンス集団が
徳島派遣を「独占」するようになった。

それからは青葉まつり副実行委員長の辻真弓氏(バレエ教室 パリエ・クラス・ドゥバレエ主宰)を
はじめとする青葉まつり事務局の職員などが
「40名以上でなければ見栄えしない」
という一方的な基準を設けて
「40人規模で参加しますが仙台市からは20人分しか予算が出ません」
仙台市側が予算をケチって不当に市民に負担を強要しているという悪いイメージをすずめ踊りの参加者たちに植え付けている。
しかし、仙台市からの要請で現在の派遣人数になっているのではないということをはっきり指摘したい。

青葉まつり事務局職員側は、自分達に都合のよい基準を満たしてくれない仙台市役所に責任があると言わんばかりだが、前提を崩して自分達の都合に合わせているだけである。

青葉まつり事務局の鹿野政利氏(元青葉区副区長)にいたっては
「すずめ踊り参加者全員分の旅費を市の予算で確保できるように働きかけたい」
と筆者に話していたことがあった。
※筆者は「ふざけるのもいい加減にしろ」と思ったが。

そこに都合よく小野寺議員の質問がされたわけであると推測されるが、
「現状の人数に合わせて予算を上げろ」
などと言うのは全く正当性が全くないのではないか。

「予算の範囲内の20名で徳島に行くべきだ。
それ以上の人数で行きたいのならば自腹を切るのが筋ではないか」

と毅然として青葉まつり事務局を指弾するのが市議会議員の役目であると思う。

それなのに小野寺議員は
「例年並みの派遣を」と本会議の場で言い放ってしまうのはそもそもの経緯すらも知らない調査不足の上に
まるで青葉まつり事務局の用意したシナリオをを読んでいるだけ
と言う大変お粗末な質問である。
役所が自分達の都合に合わせて用意したシナリオ通りに質問する市議会議員の資質を疑う。

平成23年から「伊達の舞」という「すずめ踊りを騙る創作パフォーマンス集団」のみが
徳島派遣を独占するようになって以降、徳島に行った伊達の舞メンバーの中には
参加負担金が5万円以上かかることに対して
「なんで5万円以上も払うんだ。会計報告もないし、青葉まつり事務局は怠慢だ」
という批判を筆者に直接訴えたメンバーさえいた。

「市民から資金を徴収したのに会計報告をしない」というのは
青葉まつり事務局の完全な怠慢であり、事務局職員は一刻も早く公の場で糾弾され、厳重なる処分を受けるべきであると思う。


それ以上に、伊達の舞ができてから徳島派遣をほぼ同じメンバーで独占している現状で
「見栄え」を基準に青葉まつりが一方的に行っている「踊りお囃子で40名規模」を既成事実化させ、
「自分たち(伊達の舞)の旅費のために税金を出せ」などと
市議会議意を利用して臆面もなく要求させるとは
すずめ踊りの名誉を貶める暴挙と言わざるを得ない。
このような暴挙がまかり通る青葉まつり協賛会という組織自体、
税金を使ってまで維持することは税金の無駄遣いであるから即刻解散させるべきと強く思う。

青葉まつり事務局は完全な自己都合で
「徳島には40名規模で行くのが当然」という状態を作り上げてしまっている。

しかし、仙台市交流政策課が「姉妹都市同士の市民交流」を目的として実施した
海外姉妹都市などへののすずめ踊り派遣では、他の例に則り
・人数は15〜20名規模
・派遣にかかる交通費などの費用は市役所と参加者で折半

という現状でも立派に役割を果たしている事実を見逃してはならない。

※なお、こちらの派遣いついては過去の派遣例に従って予算を計上し
派遣団体も伊達の舞のような固定メンバーでなく参加を希望する祭連が派遣されることも指摘しておく。


同じ姉妹都市交流なのに、なぜ徳島阿波踊り派遣だけ人数も多く固定メンバーだけしか行けないのだろうか?
前青葉まつり実行委員長の松尾信仁氏は
「多くの祭連を徳島派遣に参加させることで、多くの人に徳島の雰囲気を知ってほしい」
とよく語っていたが
青葉まつり事務局の職員は完全に無視している。

阿波踊り派遣が「伊達の舞の既得権」に化していることは大いに糾弾されるべきだ。

青葉まつり事務局の自己中心的な「見栄」で
仙台市の税金を使わせることは決して許されることではない。

徳島にももともとの20名規模を前提に派遣するのが筋というものであろう。
それ以上の人数で行きたければ今まで通り費用を参加者全員で出し合って行くべきだ。

同じく伊達の舞のみが参加する権利を独占した「堺まつり派遣」にしても
毎年堺市から100万円を頂くことを当然と思っている連中も多い。
思い上がりも甚だしいとしか言いようがない。

自分もかつてはそう思っていたことだが、
「すずめ踊りは仙台市に貢献している」
「自分達が東北の元気を発信している」

等という自己正当化丸出しの言辞はすずめ踊りの関係者の間でよく聞く。

そもそも、
「自分たちの趣味」に過ぎなかったものを「仙台市に貢献している」と自己正当化し、
県外に行く交通費に税金を使わせることを当たり前と思っていること自体

すずめ踊り全体が「ただの税金泥棒」のそしりを受けることにつながるという事を
すずめ踊りの愛好者は誰も自覚できないのだろうか。


自分たちのやりたいことだけに終始して、好き勝手なことを続けながら
交通費にまで税金に甘えることを当然とするほど
すずめ踊りは多くの市民に浸透しているのか
すずめ踊りは多くの市民に支持されているのか

と強く問いたい。

「(自分たちが好きでやっている)すずめ踊り(を自分達が満足できるように演じること)で仙台市に貢献している
と本気で思っている人は、その勘違いを大きく反省すべきである。

仙台市観光交流課や青葉まつり事務局の連中が使う
「すずめ踊りの皆さんは仙台市に貢献していますぅ」なんて甘い言葉は
すずめ踊りを自分たちの都合のいい道具として、愛好者を見下しながら使い続けたいという
本心を隠すための言葉に過ぎないことにすずめ踊り愛好者は早く気付くべきである。

税金はすずめ踊りをやってみたいと思う人々の支援にこそ使われるべきで、
すずめ踊りで既得権を得ている連中の交通費のために税金を使うことなど絶対に許されることではない。

衣装の話 

June 13 [Fri], 2014, 23:00
すずめ踊りの衣装は「石工の服装をイメージ」している。
と言われている。

基本的に頭部から下にかけて
「手ぬぐい・半纏・腹掛け・鯉口・帯・股引き・草履か地下足袋」
が一般的であると思う。
しかし、最近は「腹掛け」を見ることが少なくなったように思う。
腹掛けは石工の被服には必需品だったと思うのだが?

その意図するところには、柄物の鯉口を意図的に見せる風潮があるようだが
それで腹掛けをしなくなったのだろうか。その様なのはお洒落でもなんでもなく、全くの本末転倒ではないか。
股引きや鯉口の柄を競っているような連中は、
単なる自分の踊りに全く自信がないから、衣装で自らの粗をごまかしているだけだと思う。

また一部の連中は晒を腹に巻いて素肌をさらし、その上に半纏を着ている者もいる。
自分の肉体をそんなに見せたいのか知らないが、それはどんと祭の裸参りでどうぞ。すずめ踊りで行う意味が分からない。
また一時期は「ふんどし」にはまる連中もいた。ふんどし自体は否定しないが、それを公衆の場で見せ合うな。

半纏の袖口を片方脱ぐ連中も愚かにも少なくなく、初心者にそのように着るよう教える悪習まで起きている。
手古舞か何かの真似だか知らないが、まず半纏の着方ではない。
半纏は両袖を腕に通してパリッと着るのが半纏の正しい着方ではないだろうか。
片袖を出すのは若気に走った連中のおふざけレベルであり、決してその着方が褒められるものではないと思う。
片袖を脱ぐのが「正しい着方の一つ」と思ってる方はその間違いに気づきましょう。

すずめ踊り連盟の役員の中にもぶかぶかのズボンのようなものをはいて半纏を羽織ったり
意固地にも帯を決してしない者がいるが、そのみっともなさに気づく日は来るのだろうか。

今まで何度も指摘しているが、
最近のすずめ踊りは、着こなしできるか否かと関係なく見た目の華美に走り過ぎている。
踊り手なら踊りで、お囃子なら音で自らの心意気を示してほしいものだし、それが「粋」だと思う。

そもそも「粋」と言うのは目に触れない部分に自らの心意気を示すことであると思う。
見た目は地味でもそこからにじみ出るところに粋の醍醐味があるのではないかと思う。

半纏の背中に「粋」の字を載せる祭連などは、もはや野暮の真骨頂であり、
「身の程知らずの田舎者」と言うそしりを免れないだろう。
粋の本義を知らないで自分たちだけで「自分は粋だ」とはしゃいでいる大変可哀そうな人たちである。

また、半纏には「役半纏」と言うものがあり、すずめ踊りで言うと連盟役員の黒半纏がそれに当たるであろう。
(役半纏のみの略装もあるのだが)役半纏の正式な着方は、所属の半纏の上に羽織るのが正しい着方である。

しかし、自分の所属祭連(当時)では「連盟と表小路のどちらに所属しているんだ」
なんていう悪態を満場の場で言われる始末。連中が役半纏の意味を知らない以前に
自分は祭連の代表で連盟に行ってつもりが、送り出した祭連のメンバー達はそう思っていなかったというのがつくづく残念である。
特にメンバーの大部分が仙台市役所の現役職員ということもあり、
筆者にとっては更に大きなショックであった。

また、すずめ踊りでは「帯をしない者」があまりにも多すぎる。
それこそヨサコイ(ソーラン系)のまねではないか。

和服で帯をしないのはまず、だらしない。野暮である。
全国の著名な祭りを見ても「半纏を着ている幅広い年齢層が帯をしない」光景を見るのはそうないのではないか。

お囃子(特に太鼓系)の中には半纏の袖を腰に巻いて半纏をエプロンのようにしている者もいるが
これは本当にひどい
もはや半纏の意味すらなさない。しかし、愚かなことにそれを真似ている祭連が実在する。
しかもそれを堺の人に教えた者までいる恥知らずな現状。
そういう独創的な着方はヨサコイの世界でどうぞ。
太鼓の撥を振るのに邪魔だとか、暑いとか言うのなら最初から半纏を着るな!
「有名なあの人が着ているから」なんていうのは全く理由にならない。

自分の常識で考えて善し悪しを判断して日本の服装の構造にかなった着方を
さりげなくすることが一番「粋」に見える着方なのではないだろうか。

すずめ踊り愛好者の中の一部有志が集まって活動を続けている、
すずめ踊りではない創作舞踊集団「伊達の舞」の衣装・・・。
全くの「雑な素人仕事」の一言に尽きる。
「仙台笹」「蟹牡丹」(いずれも仙台伊達家の家紋)を腰文字の位置に置く段階で半纏意匠のルールを無視している。

伊達家の御紋を尻の位置にあしらう時点で青葉まつりで祀る対象である政宗公や
伊達家に対する尊崇の念が全くないという「本性」がわかるというものだ。
青葉まつり事務局はすずめ踊りだけでなく伊達家まで道具と思っているようだ。

2014年の青葉まつりのポスターにあしらっている雀の形状が「仙台笹」の雀であったが、
何度もコピーにコピーを重ねた結果、劣化コピーの如くアウトラインが崩れた形状になっていたことから見ても
青葉まつり事務局には「常識が存在しない」ことがうかがわれる。
※「伊達家に使用許可を得ている」と事務局の職員は言うが扱いが非常に雑ではないのかと思う。

半纏の背文字も襟文字もTV番組でよく見るようなフォント(書体)を使いまくった挙句に
文字間が空きすぎて見た目の時点でまったく締まらない。
襟にも「仙台笹」を使い、もう何でもありの状態。半纏をTシャツかなんかと混同しているようだ。

どこの素人がこのような恥知らずな意匠を作ったのだろうか。

公務中に自らのfacebookの更新や友達記事へのコメントなどに明け暮れながら
更にその片手間で本来デザイナー向けのレタッチソフト「イラストレーター」(定価10数万円)の操作の仕方も
ろくに知らないくせに、画面上の半纏ひな形の上に文字・画像を置いた程度の酷すぎる素人仕事である。

青葉まつり事務局の職員は専門外の作業にも関わらず、
わざわざ使い方もわからない専門家用ソフトで仕事をする程、お暇なんですねぇ。
その前に、イラストレーターの様な高額ソフトを仙台市の外郭団体の予算からどのルートで入手したんですかねぇ。

まさか青葉まつり専任委員の入れ知恵で一円もかけずに不正入手するような、事実であれば職を追われるような手段なんかとっていませんよねぇ。

※青葉まつり事務局嘱託職員の川名ひろみさん、あなたのことを言っています。

半纏の文字色も男女で色違い。半纏をバレエの衣装とかと同じようにしか思っていない意図の
表れだろうが何をしたいのかわからない。まさに「雑な素人仕事」である。

伊達の舞は、普段から徳島の阿波踊りを異常なまでに意識しているのだから、
徳島の様に「所属連ごとの衣装のまま」で出演するべきで、それに見合う人数と演出を考えることができるはずだ。
現在の伊達の舞は「衣装を統一しないと演出ができない程度の低レベル」と言っているのと同じだ。
それとも指導者の辻真弓氏(バレエ教室 パリエ・クラス・ドゥ・バレエ主宰)が
あえて祭連の衣装を着させないことで己の影響力の強さを誇示しているのではないか??
伊達の舞は徹頭徹尾「虚栄心の塊」だ。

堺のすずめ踊りの一部の人は伊達の舞の半纏を意識したのかしないのか、
半纏の色を伊達の舞の半纏と同系統にしているようだが、
伊達の舞はすずめ踊りの見本としての価値は全くないので
堺組・伊達の舞から刷り込まれた幻想を一日も早く脱ぎ捨てることが堺すずめ踊りの未来のためになると思う。
【補遺】後日、記事を見た「堺の関係者」を語る人から「伊達の舞を意識したものではない」との指摘を受けたが事実かは不明。

過去にすずめ踊りが参加した「函館みなと祭り(ちなみに交通宿泊費は参加者負担ゼロ)」では、
青葉まつり事務局の川名ひろみ職員が参加する祭連に
「半纏に仙台の名前がない。それでは仙台をアピールできない」と言う意味不明な理由から
参加祭連の半纏着用を禁じたことがあったらしい(川名氏が筆者に直接語っている)。
まったく言語道断である。すずめ踊りは川名氏の思い通りに動く道具ではない。

※ちなみに自分が当時所属していた祭連(表小路10)は、仙台の名前が書いてあったからなのか、祭連の半纏で参加している。

他にも2012年に姉妹都市交流の関係でフランス・韓国・台湾にすずめ踊りが訪問した際にも
青葉まつり事務局の川名ひろみ職員は祭連の半纏では行かせないと筆者に語っていた。
いったい川名氏はどこまですずめ踊りに介入しようとするのか。税金で生活を保障されている人間のすることではない。

しかし、この場合はすずめ踊り連盟が市役所との窓口になっていたこともあり、
代表幹事の菊池相友氏(松陵め組)は「了解したフリをして無視しろ」
と断言し、結果3か国ともにそれぞれの祭連の半纏で訪問している。

青葉まつり事務局が祭連の半纏を着るなと強制力を行使しようとするのは
仙台市の外郭団体の中にある機関が、市民で構成する団体に対する要求としては不当と言わざるを得ない。

※ちなみに、姉妹都市交流のすずめ踊り訪問にあたっては、
「何で青葉まつり事務局ではなくすずめ踊り連盟に依頼したんだ」
と青葉まつり協賛会の事務局長(元青葉区副区長)と職員が仙台市交流政策課に乗り込んで抗議したそうだ。
(交流政策課は「あくまで市民交流が目的なので」と相手にしなかったとのこと)

10月に東京で行われている「大江戸活粋パレード」にすずめ踊りが参加しているが、
青葉まつりの前実行委員長の松尾信仁氏(稲荷小路のまるさんかくしかく社長)は
各祭連の衣装で踊ったことがたいそう不満だったようで、筆者に対して
あれはまるでチンドン屋だと言い捨てた。
伊達の舞の様な「統一した衣装」でなければいけないという
見識不足の浅知恵がこういった暴言を導いたのであろう。
これは青葉まつり協賛会の連中がすずめ踊りを市民の踊りではなく自分たちの道具と常日頃考えている証拠ともいえる。

六魂祭とすずめ踊り 

May 19 [Mon], 2014, 19:34
2011年 仙台
六魂祭になぜすずめ踊りが参加するようになったのか
第1回仙台での開催の際、当初はすずめ踊りは参加しない方向だったが
仙台商工会議所の女性部会長である「平賀ノブ」氏が
「すずめ踊りも参加させろ」と迫ったために急きょ実現したと、
一部の祭連に参加するよう声掛けした青葉まつり事務局の職員から聞いたことがある。
前座扱いでの参加だが、青葉まつり事務局が依頼した11祭連・一般募集の合計389名が参加した。
その際、被災地域の六郷地区にある「六郷すずめっこ」は、地元新聞などでも
「メンバーの衣装や楽器が津波で流されたが復興に向けて頑張っている」
と大きく紹介され、六魂祭のオープニングを飾った。

その後、被災したメンバー、祭連の頭である阿部文連盟副代表幹事が複数回にわたり
河北新報などの記事に特集されることになる。

しかし、筆者が六郷すずめっこのメンバーから直接聞いた話では
「実際は六郷すずめっこで直接津波に被災したメンバーは非常にごく限られた
一部のメンバーだけなのに、自分たちの祭連がこんなに持ち上げられていいのだろうか?」

との多くのメンバーが疑問に思っていたが、祭連頭の阿部文氏(すずめ踊り連盟副代表幹事)は
「そんなこと考える必要ない!!」と一喝したとか。

筆者が知る限り、六郷すずめっこのメンバーで直接被災したのは一家族のみと聞いている。
六郷すずめっこは、あたかも多くのメンバーが被災したかの如くのイメージが広くあるようだが、
それは事実と大きく異なることをここで明確にしておく。

筆者は、仙台港近隣を拠点に活動していた祭連から
「複数メンバーが自宅を被災した。その上9月の大雨で二度も浸水被害を受け、もうすずめ踊りどころではない」
と解散に追い込まれた祭連を知っているし、メンバーが津波の犠牲になった祭連も知っている。
電話の先で泣きながら解散せざるを得ない無念さを訴えていた代表者の方の声を筆者は今でも忘れられない。

はたして、六郷すずめっこは、六魂祭で有名になって以降も、
横浜をはじめ、各地からの震災被災地支援に関係するイベントへの出演が優先的に増えるようになる。

しかし実際には祭連メンバーの意思ではなく、「元気発信 ともに前へ」の美名を大上段に掲げて
阿部氏の独りよがりに祭連のメンバーが無理矢理引きずり回されているのが実情のようだ。
阿部氏の独善と虚栄にも似た暴走はいつまで続くのだろうか。

しかし「復興」の言葉を自分たちの知名度アップのために悪用しているのは六郷だけではなく
青葉まつりやすずめ踊りの多くの関係者にも当てはまるのである。

また、伊達の舞メンバーである男性の踊り手は、
「六郷すずめっこは被災地域にある祭連という理由だけで優遇されている」
と伊達の舞メンバーに吹聴しているのを筆者は直接聞いている。
そうとも知らず阿部氏の言われるがままに伊達の舞のメンバーにさせられた阿部氏の娘や
他の六郷すずめっこのメンバーが少し気の毒に思えてくる。

第1回の六魂祭は会場内が大混雑して全国的に報じられたのは周知のとおり。
公式発表で2日間で37万人が観覧に来たという。

開催期間が同じ2日間の青葉まつりは90万人規模の観客動員というが、
青葉まつりでは六魂祭はおろか、楽天や羽生選手の凱旋パレード以上に路上を観客が埋めたという話を聞いたことはない。逆に定禅寺通りに至っては年々観客が確実に減っているのに。
こう言う悪質な誇張に青葉まつりの悪意を感じる。

「観客動員数の減少を公式に認めると翌年以降は警察からの道路使用許可を得にくくなる」
というのは自分が関わっていた「夏まつり仙台すずめ踊り」(仙台市宮城野区役所も後援)の実行委員会で聞いた話。
(この催事の観客動員数も、実数より大幅に水増しして発表していると実行委員から直接聞いている)

2012年 盛岡
2011年は前座ということで青葉まつりの名前で出演したのだが、
翌年の盛岡で開催された際は「仙台七夕まつり」としての参加になった。

すずめ踊りは150名の参加(交通費宿泊費は全額主催者負担)ということで
前年から始まった「伊達の舞」が参加することになり、人数が足りない分を一般参加で補う形になった。
伊達の舞は衣装は統一。かたや一般参加は各所属祭連の衣装、踊りの内容も伊達の舞と別々。
統一感に乏しい内容だった(今もそうだが)。

伊達の舞のメンバーの一人は「参加者全員同じ衣装で同じ踊りを踊るべきだ」と筆者に語っていた。
伊達の舞には辻氏本人や青葉まつり事務局に言いたいことも直接言えない雰囲気があるようだ。
青葉まつり事務局に「近いうちに六魂祭は一般参加を締め出して、(OBをかき集めてでも)伊達の舞だけで参加させる」意図があるから伊達の舞と一般とで統一感のないやり方をしているのではないか。

行くバスの車中では伊達の舞を含むすずめ踊りのメンバーはビールを飲み始めバスの後部座席でドンチャン騒ぎをした上に、ビールのせいでトイレが近くなり何度もバスを止める始末。
「鎮魂と復興を祈願する」趣旨は参加者にとっては単なる方便でしかないようだ。

「すずめ踊りは七夕とは関係ないだろう」という当然の声に対して苦肉の策として取り入れられたのが「七夕おどり」
これは島倉千代子の歌で、仙台市民にはなじみ深い歌だったが最近はする機会が失われていたもので、
すずめ踊りは六魂祭の参加する理由としたのかどうか、
「(理由は言わないが)とにかく六魂祭に参加することが大事」
と語った青葉まつり副実行委員長の辻真弓氏(バレエ教室 パリエ・クラス・ドゥバレエ主宰)の振り付けで
七夕おどりのメロディーラインを笛で演奏した創作踊りを作った(実際は本来の振付と全く違う)。
その上、辻氏は踊り手に七夕おどりの歌を大声で歌いながら踊れと命令する始末。
すいぶん無理難題を押し付けるものだ。

そもそも、七夕おどりを踊るから(実際は本来の振付と全く違う)
仙台七夕としてすずめ踊りが参加する
というのは姑息過ぎるし全く筋違いも甚だしく、参加する理由になっていないと思うが。


この年は踊り手から2名熱中症が発生。すずめ踊り連盟スタッフが患者介助などで大活躍。
しかし青葉まつり事務局の川名ひろみ氏は体調を崩して座り込んだ女性踊り手の腕を強引に引いて無理矢理どこかへ連れて行ってしまった。
そもそも大声で歌いながら踊らせたりするから熱中症になるのだ。
終了後、仙台七夕まつり協賛会(事務局:仙台商工会議所)から青葉まつり事務局に
「すずめ踊り連盟の旗を前面に出すのはやめろ」
とのクレームが青葉まつり事務局に来たとのこと(川名氏の発言による)。

2013年 福島
もはやすずめ踊りの参加が身内で「当然視」された3回目の六魂祭。
前年の商工会議所からの苦情もあってか、
福島での六魂祭では伊達武将隊が持つ「仙台七夕まつり」の文字が入った旗が先頭を飾った。
しかし、強風によりパレード途中で柄(市販ののぼり旗用のポール)が折れた。
そして七夕まつり協賛会の会長がパレードに遅刻する。

また、観覧に来ていたという伊達の舞に参加している祭連のメンバーが
飛び入りでお囃子の中に潜り込むというルール違反を犯す。
(しかも「大和雀翔」と書かれた半纏、衣装一式、楽器持参のいわゆる「確信犯」)

お囃子を仕切っていた伊達の舞メンバーの中で「飛び入りしてもいいじゃん」という声があったのは安易に想像がつく。

青葉まつり副実行委員長の辻真弓氏(バレエ教室 パリエ・クラス・ドゥバレエ主宰)が
福島のわらじ祭りのおどり「ダンシングそーだナイト」の踊りを「あれはひどい」と批判して
「自分が福島に通って教えてもいいくらいだ」と筆者を含む周囲に語ったのもこの年。

他にもすずめ踊りによる「フ!ク!シ!マ!」のコールがヤフーニュースを飾ったり、
宿泊先(土湯温泉)のホテルでは伊達の舞メンバーの宴会2次会部屋とするためにその部屋に割り振られた
伊達の舞でないメンバーを別な部屋に追いやる事件があったのもこの年。
※部屋を追われた人の所属祭連の頭である阿部文連盟副代表幹事は
「来年はうちの祭連からはだれも六魂祭には参加させない」と筆者に語り憤っていた。

ところが阿部氏は連盟役員会の場などで伊達の舞を批判する反面
自分の娘をはじめ祭連のメンバーを積極的に伊達の舞に入れたりしている。
この阿部文という人物はいったいどういうつもりですずめ踊りをしているのだろうか。

青葉まつり事務局職員の川名氏は筆者に
「自由時間の最中に(伊達の舞の常連メンバーである)「まつり・・・」というチームあの男と、同じく常連メンバーである別な祭連のあの女が、手をつないで歩いていたのを見たんだけど、私(川名氏)を見つけたらお互いサッと手を放した。お互いに結婚しているのにね」
と話している。
伊達の舞って不倫を誘発するような倫理観のカケラもないふしだらなグループなんですね。

2014年 山形
すずめ踊りを踊ってきてください。期待はできないけど。

「青葉まつりは市民が作る市民のまつり」という大嘘 

May 13 [Tue], 2014, 22:29
青葉まつりの関係者は
「青葉まつりは市民が作る市民のまつりでぇす」
と言っている。

しかし、多くの仙台市民はそう思っていない。


「市民がつくる市民のまつり」なんて、主催者が一番そう思っていないし、実際にそうなっては困ると思っているのに、よくそのような虚言を弄することができるものだ。

青葉まつり事務局の青山真由美職員は以前
「すずめの人たちは文句は言うけど、それだけ青葉まつりに金を出してる訳じゃないじゃない!」
と筆者に言い放ったが、この言葉が主催者の本音を如実に表している。

仙台市議会では、過去に仙台青葉まつり事務局の運営の異常さについて質問されたことがある。
詳しくはこちら
http://yaplog.jp/mimann/archive/81

それもそのはず。実際は
・仙台青年会議所などの経済団体の先輩後輩関係
・30年以上事務局に居座っている電通アルバイト出身の川名ひろみ職員の「奴隷(川名氏談)」として青葉まつりの現場をかつて支えた「東北学院大広告研究会(現在は廃止)」のOBの一部
・青葉まつりに利権があるイベント業者

が作る関係者・参加者・観光客のためだけのイベントである。

そもそも
政宗公の名前を利用しても政宗公への敬意は皆無
一番の目的が観光客目当て
かつ地元の人間の参加が少ない
このような観光イベントを「まつり」と呼ぶ事自体がおこがましい。


政宗公のお祭りなのに、祭り当日に参加者が政宗公を祀った青葉神社にお参りに行くことがない
ことが、それを如実に表している(青葉神社を出発する神輿渡御参加者は除く)。

青葉まつりの関係者は
・観光客からの評価だけを常に最優先に考える
・観客動員数の「数字」を上げることにだけに必死になっている
※昨年の動員数は公式発表で92万人2011年の仙台での東北六魂祭(動員数:2日で37万人)の2倍以上という、異常なまでに数字が誇張されている。
・市民の理解を向上させることに関しては関心なし

なのが多い。
それでいて2014年の青葉まつりでは「参加者史上最高!仙台すずめ踊り!!」と発表しているが、
2013年度の参加数が「125祭連・3400名」なのに今年は「130祭連・4000人」??。
参加団体数が5団体しか増えていないのに参加人数は前年度から600名増えたと言うのか。
「史上最高」と嘘を発表しているのは誇張であり明らかな『嘘』である。

また、過去には青葉まつり協賛会の役員が、
気に入らないグループに、その場で「お前の祭連は演舞禁止だ!」と言う事件も起きている。
実際、過去に仙台駅で「伊達雀」という祭連が一升瓶を持って仙台駅構内にいたことを
渡辺博之副実行委員長(鳳月ビル代表取締役)が見とがめて出演禁止を命じたという。
それ以来、すずめ踊りの参加者に限って「飲酒厳禁」というルールができることとなる。

伊達雀は「まつりで酒を飲んで何が悪い」
と不満を積もらせて、青葉まつり協賛会に「詰問状」を出したが、すずめ踊り連盟副 会長の菅原幹夫は
「一升瓶丸見えの状態で抱えながら歩いている伊達雀が悪い」と筆者に語っている。
しかし、この菅原幹夫副会長も竹筒に入れた清酒を仙台駅構内で不特定多数に振舞っているのを筆者は確認している。

また、筆者はかつて市民広場ステージで音響テント(運営本部の目の前)にいた
黒田という専任委員(有償スタッフ)が鏡開きで使われた日本酒を飲みながら
マイクを使って「おら!すずめ踊り、さっさと踊れ!」と煽っているのを目撃している。
しかしこのことに関する渡辺博之副実行委員長の見解は未だ聞いたことがない。

渡辺博之副実行委員長による、専任委員(身内スタッフ)の業務中の飲酒は黙認して、
まつり参加者のすずめ踊りには禁酒を命じる感覚は、一般常識では理解できないのではないだろうか。
なおこの専任委員は、現在も青葉まつりで勾当台公園の催事を仕切っている。

青葉まつりでは
・愛好者とはいえ、市民で構成しているすずめ踊り祭連や連盟を見下して自分たち(実行委員会)の道具に使う。
・企業からの参加者に対しては完全にお客様扱い。ルール違反をしても文句は直接言わない。
・ボランティアの取りまとめは専任委員(有償スタッフ)同士で責任の押し付け合い。
というのが毎年のように起こる。

青葉まつり事務局の嘱託職員川名ひろみ氏から直接聞いた話では、
青葉まつり事務局は、電通のアルバイトから青葉まつり事務局の職員になった川名ひろみ氏が
東北学院大の広告研究会の学生を自らの子分として使い、青葉まつりの計画・企画・当日の運営・警察や行政との交渉を行せていたという。
いわゆる「みちのくYOSAKOI」と同じような方法だったようだ。

そのうち青葉まつりに演劇関係者も参画するようになる。
青葉まつりが毎年内容を変えて行うのは演劇関係者が手掛けているイベントだから
「前年と同じ内容で行うことは観客に失礼」という見当違いな考えに基づくものと考えられる。

その大学生のOBや演劇関係者たちの一部は現在も「事務局の専任委員」(有償スタッフ)という立場で川名職員の忠良なる子分として動いている。

その専任委員の大部分は、イベント業者や舞台関係(劇団員、音響業者など)の業者であるが、
専任委員は後継不足で年を経て減少し、運営のずさんさに拍車をかけている。
しかし事務局は抜本的な改善を図ろうという意思すら持っていない。
※中には事務局の川名氏が追い出した専任委員もいるらしい。

仙台市議会では、青葉まつりの運営について質疑された際、
・事務局人件費(800万円以上)のほかに
・青葉まつりの各企画の責任者である有償スタッフ「専任委員」の報酬に500万円以上
もの経費を青葉まつりの予算を使っていることがわかっている。

しかし、この専任委員というのも一人当たりいくらの報酬が出ているかは不明だが
渡部ギュウ統括専任委員が「専任委員たちは報酬を得ているのに、多くの専任委員は無責任すぎる!」
と嘆いているのを筆者は直接聞いたことがある。
これは事実で、筆者自身も本来専任委員がすべき企画作りを肩代わりしたことがある。
報酬の原資は税金であるが、専任委員の仕事の評価をする人間は誰もいないということを
仙台市民はどう思うのだろうか。

また、平成24年の仙台市議会では事務局の異常さについて下記のように指摘されている。

同じ職員(川名ひろみ氏・青山真由美氏)が28年間もここで事務局を専従でやっておられる。
こういうことは、私は異常だと思います。
そして、実際にお祭りをやっている方々も、
この28年間も同じ個人がずっと仕切っている(高橋清博氏・辻真弓氏をはじめとする青葉まつりを自分の仕事に利用しているイベント業者や専任委員のこと)ということはいかがなものかと。
お祭りというのは、みんなでやっていくのです。そういうものではないでしょうか。

お祭りというのは、民間人が実行委員会をやって、そしてみんなで力を合わせ、
官も予算をつけて補助金を出して、みんなでやって、終わったら三三七拍子の手締めで、
来年またみんなで頑張りましょうと、これがお祭りです。

地域のいろいろな組織で人もいなくて困っているところがいっぱいあるんです。
1年間もずっと、何で2人も一つのお祭りでいなくてはいけないのですか。
私はこれは理解ができません。

※いずれも出典は仙台市議会議事録による

青葉まつりの実態は「市民が作る市民のまつり」とは到底呼べず、
「事務局職員の川名氏に従う身内で盛り上がり、それに市民を従わせているイベント」の表現の方が正確と言える。

しかも、川名職員は業務時間中にFacebookの書き込みを常習的に行ったり
(Facebook上では「川名ぴろみ」と名乗っている)、
青山職員は机に韓国語のテキストを置き、業務時間中に韓国語の勉強をしているのを筆者はみたことがある。
税金で収入を得ている職員にあるまじき職務怠慢であるのに、
未だにこの二人の職員が処分されたと言う話を聞いたことがない。

また、筆者は本人の要請により川名職員を何度か自宅まで送迎したことがあるが、
最初は市内中心部から離れている地域に居住しているかと思ったら、
川名職員の自宅は仙台市役所から徒歩5分圏内で地下鉄駅も近い一等地にあるマンションであった。

仙台市は嘱託職員でもマンションに住めるほど昇給する程予算が潤沢なのだろうか?
それとも川名職員だけが特別扱いされているのだろうか?
筆者も仙台市の非正規職員であったことがあるので、
川名氏の職務身分と収入の関係についてはまったく理解に苦しむところである。
(そもそも30年もしている嘱託職員と言う時点で異常すぎる)

青葉まつりで協賛提灯が掲出された初年、
定禅寺通りのメインゲートには事務局職員と専任委員の提灯で占められた。
その中心にあったのは「ぴ」の一文字だけ書かれた事務局職員の川名ひろみ氏の提灯であった。
これに対して当時の実行委員長である松尾信仁氏が激怒したという事件があった。
松尾氏は「協賛してくれた人たちを愚弄しているのか」と言いたかったのだろう。
これは青葉まつり事務局の連中の本性を如実に表した事件である。

青葉まつりは30年前から行政が作った観光イベントを広告代理店の電通に丸投げして、
その後は「役所の手を離れた」とと行政側が自己都合よく解釈して、その後の事務局の組織管理を放置し続けていた。

だから青葉まつり事務局の職員連中も自分たちを監督する人間がいないことをいいことに、
長年にわたり加速度的に市民に対して傲慢な態度をとるようになっていった

と考えるのが自然ではないだろうか。

また、青葉まつり事務局及び職員への監督責任を放置し続けた仙台観光コンベンション協会、
そして主管課である仙台市観光交流課による長年の職務怠慢は厳しく断罪されるべきである


なにより事務局の職員が「学生を扱うような態度」で市民に対して傲慢不遜に接しているのは
過去の習慣をいまだに引きずっている決定的な証明である。


青葉まつりが「市民のまつり」になる日は来るのだろうか。
その前に、市民のまつりにしようとする意思が主催者にも参加者にもあるのだろうか。

平成バブル時代、仙台市が広告代理店「電通」に丸投げして作らせた観光客目当てのイベントに無理やねつ造した歴史をこじつけて、今やまつり当日にはすずめ踊りや山鉾やらで太鼓・スピーカーの大音響の騒音を近隣にまき散らす見世物で観光客に宣伝し、参加者だけが喜ぶイベントと化した。
関係者だけではしゃぐだけのイベントへの仙台市からの補助は税金の悪用に他ならない。

まつり関係者は、その後ろめたさを隠すために
「市民が作る市民のまつり」などと事実と大きくかけ離れた嘘のキャッチコピー
今なお、自らをごまかし続けているのである。

青葉城でのすずめ踊りをするようになるまでの経緯 

April 29 [Tue], 2014, 22:30
青葉城ですずめ踊りをするようになったきっかけは6年前の仙台宮城DCまで遡る。

当時の普及拡大部会長の山口哲男氏(現日専連理事長)が「DCで仙台に来る観光客にすずめ踊りで歓迎しよう」ということで
山口氏の要請に応えた仙台駅の協力のもと3か月間の土日実施したが、
観覧客で歩行者の通路が妨害されたとか
太鼓の大音量で構内放送が聞こえない等の利用客からのクレームが多く発生した。

DC終了後、山口氏の案で「まちかど演舞」として市内の商店街に場所を移して継続実施することになり、
山口氏の尽力で藤崎前で行うことになったが、
藤崎側は「踊り手が入口をふさいで買い物客に迷惑だ」
ということで1か月ほどであっさりと打ち切りに。
その後サンモール一番町商店街に場所を移すことになる。

ところが、仙台中央署の窓口で筆者が道路使用許可の申請書を提出したら道路課の窓口で
「1回だけではないのか、継続なんて聞いてない」
「あそこは道路なのだから道路を塞ぐような行為は認められない」
「すずめ踊りの練習のために道路を使わせたくない」

など見下す態度ではっきり言われ、
指摘を受ける度に筆者が実施計画を書き直し、多い時には週に3度も仙台中央署に赴いたり、
実施当日には私服警官が来て写真を撮影したりなどの嫌がらせかと思うような行動をされた。

サンモール一番町での実施はあまりにも負担が大きいため、場所の変更を連盟内で検討し、青葉城址で行う案が決まる。
※しかしその2か月後、「マルシェジャポン」によるアーケード街の「道路上」の大部分の占有が認められ、その後も継続実施している。
すずめ踊りとアーケード全体にテントを広げるのには警察的にはどのような違いがあるのだろうか。

青葉城公園の使用のため青葉区役所公園課に使用許可申請をした際、
「(同じ敷地にある)護国神社にも計画について話をした方がいい」とのアドヴァイスを頂き護国神社にも挨拶。
護国神社は好意的に受け入れてくれ、「急病時の社務所の使用」「関係機材の保管」などの協力を得て、
名称も「まちかど演舞」から「青葉城址演舞」に変えて正式に実施の運びとなった。

しかし、公園敷地内への車両駐車については仙台市からは認められなかった。
それでも現在に至るまで参加者は「20台まで」と連盟側で一方的な基準を設け参加者の車両を駐車している。
2012年には、演舞の終了後に公園エリア部分に駐車していた青葉城本丸会館の職員の車両が傷つけられたのが発見され、同エリアを駐車位置として使用していたすずめ踊り連盟に容疑が向けられた。
最終的には連盟から被害者に「見舞金」として修理額の全額(8万円)が支払われている。
連盟代表幹事の菊池相友氏(松陵め組)はこのことを納得できずに後々の会議の場などでたびたび怒りを表している。

また、護国神社で結婚式をする際に
「すずめ踊りの太鼓がうるさい」と本丸会館スタッフから演舞の中止を求められたこともある。
神社側は「止める必要はないのでは」という認識だったが、
トラブル回避のために毎回の演舞の際には神社側の神事や結婚式の有無を確認するようにしている。

2013年になると、青葉まつりの鹿野政利事務局長(元青葉区副区長)が護国神社への毎回の奉納を「特定の宗教に深入りするな」と批判し、
谷徳行連盟副会長(国見雀雀元頭)は連盟役員会で「青葉城址演舞なんて、する意味がない。すぐやめろ」と言い出し、
菊池相友代表幹事(松陵め組)は「戦没者のための国立追悼施設を作るべきなんだ」と筆者に語り、護国神社の存在意義自体を否定したりしている。


これらの連中は城址演舞の期間中、必要機材を保管してもらったり、急病人が出たときに社務所を貸してくれたり、
祭礼時にはおいしい食事を提供してくれたりした護国神社のご好意など実際には気にも留めていないようだ。
もう一度城址演舞の目的を再認識すべきなのではないのか。

「青葉城でのすずめ踊りはボランティアでやっているのか?仙台市からは何の補助も出ないのか?」
とたまに言われる時があるが
仙台市も青葉まつり事務局同様に、文句は言うが支援する気は全くない。

青葉城址演舞は「観光客にすずめ踊りを見せる」という目的のみ大きくされるが、
参加祭連に「自分たちで現場を仕切る」経験を積ませることで
「すずめ踊りの各行事でイレギュラーが生じたときにも対応できるスキルを身に着けてもらう」
という大きな目的もあると筆者は考えながら現場を運営していた。

現場運営のスキルアップは、自らの意識向上に直接的につながるし運営負担の分担をする場合にも、
能力を持っているものだけへ偏って負担が集中することを避けることもできる。

昨年までは毎回連盟役員が現場に立ち、運営負担も集中していたが、
1年でも早くどの参加祭連でも自ら現場を運営できるようになるほどのスキルを身に着けてほしい。

青葉城址演舞はすずめ踊りにとってただのピクニックの延長ではなく、
現場運営のスキルアップの場所と認識して継続的に取り組むべきであるし、
将来的には組織的ではなく自発的に、
城址以外の各地でも自然な形で行われるようになればいいと夢見るものであるが、
現実には「やらされ感」で踊っているだけと聞く。
青葉城のすずめ踊りは恐らくあと5年も続かないだろう。

泥酔・酩酊しながら人を「奴隷」と呼ぶ青葉まつり事務局職員 

April 11 [Fri], 2014, 19:15
筆者が青葉まつり事務局の臨時職員をしていたころ(2013年まで)、青葉まつり当日の夜に、
青葉まつり事務局(仙台市役所錦町庁舎内の観光交流課分室)の室内で行われた
直会という名の飲酒つき宴会(山鉾巡行のお祓いで奉納されたビール・日本酒・オードブルなどが食べ放題、飲み放題。実行委員長やすずめ踊り関係者も出席)の席で、
酩酊状態になった青葉まつり協賛会事務局常勤職員の川名ひろみ氏(仙台観光コンベンション協会嘱託職員)から
「お前は奴隷から丁稚に昇格だ」
と他の青葉まつりスタッフの居並ぶ中で宣言されたことがある。
仙台市役所では、いまだに庁舎を使用している職員による庁舎内での飲酒つきの宴会が公然と認められている。
しかも、川名氏は宴会後に酩酊したまま業務(山鉾の撤収作業の立ち合い)に戻る。これは毎年の事である。
青葉まつり協賛会の事務局員は公的機関の職員でありながら、業務の合間の飲酒が公然と行われているのである。

第1回の青葉まつりから30年間も事務局に勤めている川名氏本人から以前聞いた話によると、
青葉まつりは当初は大学生(東北学院大学広告研究会)が青葉まつりの企画運営の実働的な役割を担い、
警察との交渉から資材の準備などのまつり準備全般に関わっていたという。

第1回の青葉まつりは広告代理店の「電通」が企画運営していたと聞いているが、
なぜその後の青葉まつりでは大学生が先頭に立って実働しなければならない状態になったのだろう?

「奴隷」という呼び方は大学生が企画運営の中心だったころの名残なのだろうか。
広告研究会のOBからは「早い昇格だな」と言われた。

自分は面食らった。
人を「奴隷」と呼び、それに誰一人異議を言わない青葉まつり協賛会と言うのはいったいどういう会なのだろうか。
これが毎年仙台市の税金である3200万円を補助されている公的機関なのだろうか。

川名氏の「奴隷」発言には、少なくとも「公職者と市民の関係」という観念は完全に欠如しているのは明確だ。
筆者は「すずめ踊り連盟の役員」として連盟を代表して青葉まつりの運営に関わっていたのだ。

青葉まつり事務局は
仙台市役所の錦町分庁舎内の「観光交流課分室」に事務所を設置し、
仙台観光コンベンション協会の内部組織として存在している。
もちろん職員も青葉まつり事務局を「市役所」として認識しているのは当然である。
だからこそ職員には公務員と同様の振る舞いが求められて当然であると思うのだが。

何年か前に学院大広告研究会が解散し、まつりの企画を仕切る専任委員も減少の一途をたどっている現在、
川名氏や青葉まつり事務局にとっては、すずめ踊りの祭連こそが
「大学生の代わりに自分の手足となって動く奴隷」と言ったところだろうか。
そんなことが今後も許されると本気で思っているのだろうか?

すずめ踊り連盟の役員以外にも「青葉まつり事務局は一般と別な次元なんだ」
という認識を持っている人は多いが、
こういう環境こそ、青葉まつりの職員が祭りを支える現場の人を下僕扱いすることを当然視する大きな原因である

また、青葉まつり事務局がすずめ踊りの普及に全く関心がないということは以前指摘したが、
仙台市の市政だよりでも告知される、青葉まつり主催の「市民対象すずめ踊り講習会」の際、
講習会会場の設営に向かうアルバイト職員に対して
「講習会の立ち合いをする時間があるなら事務局で作業しろ」
と青葉まつり事務局職員の川名ひろみ氏が言ったということ(筆者が該当職員から直接聞いている)
からも窺われる。これは
「青葉まつり事務局は受講者の安全には関心はない」
「講習会の際に事故が起こってもは知ったことではない。責任を取るつもりもない」

という態度の表れである。
すずめ踊り連盟でも「事故発生の際の対応や責任問題はどう考えているのか」と問題視され、
青葉まつり事務局にも改善要請をしたが現在に至るまで改善はされていない。

昨年、東京の深川祭り(富岡八幡宮例大祭。江戸三大祭で有名)の「深浜睦」という神輿連合会から
青葉まつり事務局に『「震災復興の応援旗」を祭り会場に飾ってもらえないでしょうか』との要望が来た。
旗の画像はこちら
http://blogs.yahoo.co.jp/akotamax/36887499.html

この時、青葉まつり事務局職員の川名氏は
「(青葉まつりは)大漁祭りではないんだから、大漁旗を飾るなんてありえない」
と自分に放言し、まったくの邪魔者扱いをしていた。
郵送された応援旗は、事務局内に無造作に放置された結果、せんだいメディアテークに掲揚されることになった。

青葉まつりは他県からの好意を邪魔者扱いにしかできない不幸な祭りに成り下がってしまったのだろうか。
「元気発信 ともに前へ」は方便だったのだろうか?

今年で青葉まつりは30回目。
市民で構成されているすずめ踊りの祭連を愚弄し続け、
講習会での市民の安全すらも軽視し、
県外からの応援お気持ちさえも踏みにじる青葉まつり事務局を
仙台市は今後も放置し続けるのだろうか。


「青葉まつり」とはいったいどういうイベントなのだろうか?

筆者も同行した2013年の堺まつりの際、派遣団(伊達の舞)に同行していた川名氏が、
現地で合流した連盟の阿部文副代表幹事(六郷すずめっこ)に対して
「あいつ(筆者)は今までめんこがっていたのに云々」
と、筆者に対する不満を語ったらしい。
公職の立場にある川名氏の言動は「めんこがり」と「奴隷」を同じ意味で使っているとしか思えない。
その上、川名氏は堺まつりの後日には菊池相友代表幹事(松陵め組)に
「もうあいつ(筆者)とは一緒に仕事をしたくない。あいつを連盟から外せ」
と圧力をかけたらしい。

その翌月の連盟役員会で阿部氏は
「(筆者に対して)このような人格の持ち主とは一緒にやりたくない」
と言い始め、菊池氏も
「お前(筆者)は連盟と青葉まつりの信頼関係を壊した。お前は連盟を辞めろ」
と辞任を強要し、他役員も菊池氏の右に倣えで、筆者は辞任に追い込まれてた。
筆者以上に青葉まつり事務局のやり方を批判していた連中が、
どういう理由でこのような言動を発するまでに変節したのだろうか。
伊達の舞に祭連メンバーを送っているからだろうか。
自分たちの祭連に県外出演などを優先的に紹介してもらっている利権を確保したいからだろうか。

「青葉まつり事務局と連盟との信頼関係」というのは
青葉まつり事務局の道具として都合よく、いい加減に扱われ続けることなのだろうか。
青葉まつり事務局が直接批判されるべきことまで自分たちが身代わりに批判されることなのだろうか。

団体の上部役員と思えない無責任極まりない発言である。

堺まつりでの筆者の行動のどこに川名氏が不満を持ったか知らないが、
筆者は精一杯団体行動の円滑化に努めたし、他行事に際しても全力で支援を続けた。
川名氏がすずめ踊り関係者の結婚式に出るために放棄した県外への出張業務までも筆者が肩代わりしている。

しかし川名氏は、堺ツアー中は随所で準備不足や打ち合わせ不足による不手際により
ツアーメンバーを混乱させただけでなく、空港では手荷物検査の待機列への割り込みを平然と行ったり、
宿泊先の従業員を恫喝し「泣かせてやった」と筆者に嘯いたりしている。
このような行動には、もはや公職者のモラルなどはどこにもないと言わざるを得ない。
川名氏を嘱託として雇用している仙台観光コンベンション協会には
川名氏を指導監督する者は誰もいないのであろうか。それとも川名氏と関わることを避けているのだろうか。


※ちなみに筆者を役員会で非難した阿部文連盟副代表幹事(六郷すずめっこ)は、
堺まつりでは渡辺広幸副代表幹事(柳生祭連・連盟の堺担当)と共に本隊と別行動をとっており、
飛行機も別便で堺に入り、その上、本隊が帰路についた後は堺連盟の役員に大阪市内の繁華街を案内させて
渡辺氏と共に遊び興じていた(と本人が連盟役員会で報告していた)ことも付け加える。

まつりは民主主義である 

April 06 [Sun], 2014, 21:33
自分がすずめ踊り連盟にいたころ、副会長の谷徳行氏(無所属)が
「すずめ踊りは民主主義なのが気にいらねぇ」
と良く放言していた。

また「伊達の舞」のお囃子頭である山口俊一郎氏(六軒丁睦)は
「すずめ踊り連盟の祭連の設立年数に関わらず立場が平等である現状はおかしい」
「すずめ踊りの経験に関係なく弁論が上手いほうが有利になる」

「連盟は祭連の経験年数に関わらず1祭連につき1議決権しかないから、
口上手の意見に流されやすい。これは改めるべき」

という考えを記した文書を筆者に渡した。

谷氏の主張は
立場の高い者には鶴の一声の権利が確保されるべきだ
山口氏の主張は
歴史の長い祭連には相応の高い立場と発言権を求める
である。

また、山口氏はかつて
「自分を連盟に迎えるなら副会長ポストを要求する」
と(当時副代表幹事であった)筆者に語っている。

しかし、谷氏、山口氏両氏の意見とも自分勝手甚だしいとしか言えない。

この人たちは今まですずめ踊り連盟をリードしてきた実績があるのか?
口上手なだけで、実際は自分のやりたいことだけに終始して
すずめ踊りの先達としての責任を真っ向から回避し続けてきたのは、
それこそ経験の長いこういう人たちではないのか。


まつりというものは古来、参加する単位団体(各町々など)は、それぞれ立場も責任も平等であり、
意思決定には協議を経なければ成立しなかった。これこそ民主主義・自治の原型である。
日本はまつりの場で長年の間、民主主義を実践し続けてきたのである。

まつりの場では経験の差による指導する側と指導される側がいるのは当然としても、
それぞれの祭連の立場は年数・技術の差に関係なく平等であるべきである。
神様の前では平等な立場で祭りを作り、共に願い・感謝し・楽しむのが日本古来からのまつりの姿である。

権力の強いものによる「上意下達」ではまつりの歴史は積み重ねることはできないと断言できる。

まつりの場には「この人の言うことには逆らえない」という存在は確かに存在するが、
それはそれまでの実績の積み重ねを周囲が認めることで存在価値があるのであって
これも民主主義と言わずして何というのか。

偉そうな態度だけでは誰も言うことを聞かないし、評価してくれるわけもない。
「なんでそんなに威張っているんだ」と言われるのが関の山。
谷氏は「まつりは親分が子分に命令することで成立する」とでも思っているのだろうか。

両氏の考えに共通することは
「すずめ踊りの世界では祭連の先輩後輩の秩序を明確にせよ」
であるが、
そもそも谷氏・山口氏両氏は「堺組」「伊達の舞」によってすずめ踊りの祭連の秩序を破壊している。
この者たちにこのようなことを言う資格はない。

特に谷氏はすずめ踊りの世界では言いたい放題の我が物顔を今なお続けているが、
(谷氏の「あの所業」で谷氏の家庭がどうなったかなどここで書く気はないが)
人の道を踏み外し、家族に一生残る心の傷をつける行為をしながら
すずめ踊りの世界でも好き勝手行うような者は
即刻追放されるべきである。

「連盟では責任を負う立場にはなりたくはないが、伊達の舞では好き勝手なことをする」
ではあまりにも身勝手すぎるのではないか。

すずめ踊りの世界での先輩後輩の関係はあくまで祭連単位で形成されるべきであり、
祭連の歴史以上に各祭連のすずめ踊りや祭りへの貢献度こそが重視されるべきである。

「市民のすずめ踊り」を放棄し「愛好者の独善」が支配している現実 

April 03 [Thu], 2014, 19:36
すずめ踊りの踊り・お囃子の内容、構成は年を増すごとに自己満足による複雑化をますます加速している。

「基本のお囃子を繰り返し、その中で踊りの構成を作る」
という観念はすずめ踊りには今や皆無になったと言っていい。
基本のお囃子よりも、祭連で作曲したオリジナル曲やすずめ踊りと関係ない「太鼓の乱れ打ち」に
多く時間を割いている祭連も少なくない。
そして、伊達の舞の踊りを真似たりしてさらに複雑化に輪をかける祭連もいる。

そうしている祭連の多くは
「同じものを10分も20分もできないし、見る側もそれでは飽きるだろうから」
と勝手に思っているだろうし、そのように指導されたことがある場合も多いだろう。

しかし、それは演ずる側も指導する側も
「構成ごとに曲も変わって当然だし、その方がクオリティも上がるはず」という認識、いわゆる
「バレエなどの西洋舞踊、現在舞踊や演劇と同じ感覚」でしかすずめ踊りを見ていないから、愚かにもそのような考えしかできないのであろう。

すずめ踊り愛好者自らがすずめ踊りを劇団の類と感違いしているのだろうか。
お囃子は踊りのBGM程度とでも思っているのだろうか。
そこまで自らの踊りとお囃子に自信と誇りを持てないのだろうか。


すずめ踊り愛好者の多くの人が少なからず意識する「阿波踊り」を例にとると、
基本のメロディー(ぞめき)を繰り返す中で踊りの構成を組み立てているのが基本のようだ。
阿波踊りには基本のお囃子である「ぞめき」以外には、
徳島の民謡3曲(「阿波よしこの」「祖谷の木挽き歌」「阿波の麦打ち唄」)、
寺内タケシ氏作曲の「吉野川」の計4曲が一般的に使用されるが、
阿波踊りの基本として構成の大部分を占めるお囃子は「ぞめき」であるようだ。

筆者は伊達の舞のメンバーとして徳島の阿波踊りに行ったことがある。
平成23年の前夜祭では1ステージ90分の中「ぞめき」中心の演舞構成で、
筆者自身が「阿波踊りに酔いしれた時間」だった。
しかし翌年以降の前夜祭はユーチューブで見た限りでは、
太鼓の演奏や歌謡ものなどの阿波踊り以外の構成が部分的に入ったりして若干残念な印象がある。
必要以上に観客を意識せず、歴史に裏打ちされた本場の真の阿波踊りをこれからも見せてほしいと筆者は願う。

閑話休題。
すずめ踊りも、阿波踊りのように基本のお囃子中心でも、テンポや曲調を変えることによって
基本のお囃子のメロディーを豊富に色づけ、見ごたえのある構成を作ることが出来ると筆者は考える。


しかし、その可能性に背を向け続け、安易にすずめ踊りと関連がない別な曲を作曲し、すずめ踊りの動きと関連がない創作ダンスではしゃぎ回り、
「これが仙台すずめ踊りだー!」と得意気に演技してしまっているが、それは単純に自己陶酔の世界である。
すずめ踊りが仙台市民からは伝統芸能はおろか郷土芸能とすら思われていない所以であろう。

すずめ踊りの世界には、仙台だけではなく、仙台の愛好者の自己陶酔に感化された県外の地域も含めて「レベルアップ」だとか「洗練」という言葉を使う連中も多いようだが、青葉まつりでのコンテストで評価されたい為だけに、変化に富む振付を考える事に没頭するあまり、自らの踊り・お囃子の「精度を高める」ことを放棄しておいてレベルアップもあったものではない。
全祭連がそうだとは言わないが、比較的活動期間が長かったり、有名な祭連が特に陥っている。

踊りにしても即興性の高い「自由踊り」の精度を高めようという発想はすずめ踊りの世界では今や皆無に近い。

中には六軒丁睦のように、自由踊りの時に扇子を上下するタイミングまでも統一させている祭連まであるが、その時点で自由踊りではないことに気がつかないという愚かな例と言える。
それと同時に、過剰なまでに振付に依存したことにより、いかに基本である自由踊りを蔑ろにしているかを解りやすく示している例でもある。

すずめ踊りの踊り手にとって「レベルアップ」「洗練」の定義は「集団演技の精度を高めること」としか考えない。
この発想はすずめ踊りの本来の姿である「自由踊り」を否定している。まったく本末転倒である。

演じ手にとっては「毎年同じ内容では物足りない」と思うかもしれないが、
筆者は「すずめ踊りのお囃子を完璧に演奏できる人や自由踊りを難なく踊れる人は少ない」と思っている。
実はそれだけ難しい踊りであることに気付いている人は少ないのだろうか。

各楽器同士の音の調和を念頭に自分の音量を調整しながら演奏するように心がけている演奏者はどれだけいるだろうか。
即興性が豊かでお囃子と調和のとれた自由踊りをできる人がどれだけいるだろうか。


6割7割程度できたところで「完璧にできている」と自己評価するのは自分に甘いだけの中途半端な考えだ。
芸道の追及は基本の精度をより高く上げることにあるのではないだろうか。

すずめ踊りを見るのを楽しみにしている人にとっても、「すずめ踊りを見たい」のであるから、
流行感覚で新しい曲に逃げるのではなく「基本のお囃子の演奏」による世界を広げることにこそこだわってほしいと思うし、
基本のお囃子に乗りながら即興性の豊かに踊る自由踊りの完成度にこそこだわってほしいと思う。

地道に基本のお囃子を延々と年々と続け、基本のお囃子に乗った自由踊りを続けることにこだわることこそ、
市民の意識に「すずめ踊り」が根付く一番の近道なのではないか。


すずめ踊りが現状の「愛好者のための踊り」から「市民の踊り」へと発展させるには、
市民の意識に「すずめ踊りは自分たち市民の踊りなんだ」という意識が定着することが大きな前提である。

いつまでも
「すずめ踊り以外の曲によって踊る集団演技の精度を上げることがすずめ踊りの洗練になり、すずめ踊り全体のレベルアップになるのだ」
なんていう妄想を追いかけ続けていると、すずめ踊りが市民に根付くのを遅らせるばかりか
「すずめ踊りという名前は知っているけどお囃子の曲は祭連ごとでバラバラだし、踊りはマスゲームみたいで、何がすずめ踊りなんだかわからない」
と見なされ、永遠に愛好者の踊りの世界から脱することはできないのではないかという危機感を感じる。
時すでに遅く、すでに現状がそうなっているのだろうが。

そもそも「市民の踊り」として作られ、市民に親しまれることを目指していたはずのすずめ踊りは、
今や「シティセールス」という耳触りのいい美名のもとに、実際は市民を置き去りにした
「一部愛好者による市外・県外の観光客向けの見世物」
としてのすずめ踊りの立場を甘んじて享受しながら、
「被災地復興」「元気発信」という言葉を都合よく悪用して
自分たちの自己顕示欲を満たす道具になっている。

すずめ踊り愛好者の自己陶酔・自己顕示欲の発露のためにしか存在できないすずめ踊りは存在自体が仙台の汚点である。


よくお祭りと言うと「県外に引っ越してもお祭りのときには帰省する」という話はよく聞く。
すずめ踊り関係者にも「すずめ踊りがそういうものになってほしい」と思っている者もいるかも知れないが、
愛好者の独善で1年ごとに踊りやお囃子の中身がどんどん変わるったり
自分が所属していた表小路10(メンバーの大部分が仙台市職員)のように
「祭りのときだけ参加する奴と一緒に踊りたくない」とか
すずめ踊りを騙る「伊達の舞」のように
「長い練習を耐え抜いたものだけが祭りに参加する資格がある」
という身勝手極まりない論理が通用している現状で
かつてすずめ踊りをしていた人が現代のすずめ踊りを見ても「懐かしい」と思うわけがなく
「自分がやっていた頃のすずめ踊りではない・・・」
と思い二度とすずめ踊りをすることがなくなる。
しかもそれは堺組ができてから続いている。

今のすずめ踊りは愛好者の独善によって加速度的に自らの敷居を高くすることに余念がない
のが現実なのである。

そんなこともわからないすずめ踊り愛好者や仙台市観光交流課や青葉まつり事務局が
「すずめ踊りは仙台市を代表する郷土芸能ですぅ」と県内外に嘘デタラメを言いふらすのは
あまりにもおこがましいのである。


また、伊達の舞が阿波踊りやすずめ踊りの基本のお囃子ではない創作曲で踊ったり、
2013年の青葉まつりの復興祈願山鉾巡行の際に阿波踊りで演奏している「吉野川」を演奏しながら踊っても、
見る人からは違和感なく「伊達の舞のすずめ踊りはカッコイイ」と誤った認識をされる現状こそ
「お囃子はよくわからないけど、とりあえず扇子を持って踊っているからすずめ踊りなんでしょ」
としか仙台市民からは認識されていないことを証明している。
同時にそれが「伊達の舞を続けるためなら嘘も詭弁もなんでもあり」
との姿勢を変えない青葉まつり事務局の職員による横暴傲慢が横行している背景でもある。
(伊達の舞は鳴子を扇子に持ち替えた「よさこいもどき」であることを改めて指摘する)

歴史を捏造してでも自己正当化に執着し、基本理念の一貫性を完全に欠如している青葉まつり事務局とその職員にすずめ踊りの主導権を握られ続けられているのも大きな問題である。
しかし、青葉まつり事務局を批判するのは口だけで、実際は青葉まつり事務局が胴元となり利権化した観光目的のステージ出演に目が眩み、自分たちのパフォーマンスを楽しむことだけに全力を傾け、自分達ですずめ踊りを市民の踊りとして盛り上げようとする気持ちが皆無である愛好者自身の意識が変わらないうちはこの流れを変えることは不可能だろうし、それが市民を更にすずめ踊りから遠のかせている大きな原因でもあろう。

最後に過去の拙BBSへのコメントを一部抜粋して紹介する。

「すずめ踊りは、「クオリティを上げる」というと統制の取れた演舞構成で凝ったものを作る、と考えるのです。
基本動作のクオリティを高めることによって見せるとは誰も発想しないのです。無理だと考えているんでしょうかね?
一市民として言わせていただけば、「金の取れる」どころか
仙台で「すずめ踊りは魅力的」「すずめ踊りを見たい」と思っている人ってどれだけいるんでしょうか?
すずめ踊り愛好者の独りよがりに走っているように思えます。
P R
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