rest in peace 

October 28 [Wed], 2009, 0:19
このひとつ前の記事を書いた日

BUMPの新曲の発売の告知がされた


腐れ縁みたいな 運命みたいな

そんなことがこのバンドとはよくある

葬式には天体観測を流してほしいって言ってるくらいだし


で、本日ラジオにて解禁


第一印象としては映画を見ているような曲だった

優しく語り掛けるように始まって

過去今未来を駆け巡っていくような疾走感

ふと綺麗に鳴るギターリフと 間奏の重厚なアンサンブル


移り変わる世界に身を委ねて

目を閉じて聞いて

あー2年間でこういうバンドになったんだなと思った

期待以上でも以下でもなく

邦楽ロックの中心的存在にまで成長を遂げた

彼らの音が当たり前に其処で鳴っていた


昔のBUMPがいいっていう人もたくさんいる

それも分かる 昔はいい意味で分かりやすい

直球で飛んでくる歌詞は

物語や絵本を読んでいる感覚で 感情移入が容易い


だけど 歌ってることは今も昔も何一つ変わってなくて

藤原基央っていうひとりの人間が 今を生きるために曲を作って

メンバーが その中心に想いを重ねて音を鳴らしている


いつまでも子供ではいられないけど

これからもBUMPと共に年をとっていく

今を生きていく

好きな音楽が増えていくと思うと

大人になるのも少しいいかな

なんてね

さよならセプテンバー 

October 01 [Thu], 2009, 2:08
たまにはさ、こんないい夜があってもいいと思うんだ。


特別な何かがあったわけでもなければ、酔っ払ってるわけでもない。

昼間 彼がとてもご機嫌だったからでもなければ、

憧れている優しいバイトの先輩と いつもより長く喋れたからでもない。


ただ なんとなくいつもよりポジティブに物事を考えられて、

夢だとか目標だとか そうゆう未来を明確に考えられて、

新しい入浴剤で ゆっくりと半身浴しながらBUMPの音楽を聴けて。


雨が降った後の 良い夜なのだ。



私はBUMPの音楽にものすごい思い入れがある。

だから、半端な気持ちでは聞けない。

いつからだろう。なんとなく 聴くことから逃げてきた。


自分が死にたいくらいに落ちてるときには 救われたいがために聞いたこともあるけど、

なんというか、情けない自分でその音楽を聞くのが申し訳ないのだ。

こんな自分では顔向けできない、と思ってしまう。


ここ1週間、やっと聞けるようになってきた。

自分が自分であれるようになってきた のだと思う。


新しい一歩が近づいてきたからかな。

馬鹿な願いではあるんだけど、人生一度きりだから願いでは終わらせまいと思う。


自分の夢を叶えたその先で あなたに逢いたい。

人生の中で一度きりで良いから 話してみたい。

だから、今日も私は前を向いて がんばろう。

紡ぐ時間 

September 25 [Fri], 2009, 5:11
秋。

もうすぐ長い夜が明ける。

オリオンを見上げて。

如何に小さいかを知る。

日々の悩みや、己の存在。


どこかで命が産まれ、どこがで命が終わる。

どこかで朝が来て、どこかで陽が落ちる。


この瞬間。


見上げる星空の光は幾年も前のものだという。

私がこの世に存在しないころの光を、今この瞳に映す。


想いを馳せる。

幸せであるようにと。

あなたが、あのひとが、あのひとが、あなたたちが。


会いたいな。

繋がる遥か彼方 

August 28 [Fri], 2009, 7:11
I can't reach well
Is this another next anxiety?
A disruption and blinder
There is nowhere to go


いつも私がたまった洗濯物を、気合を入れて片付けると雨が降る。

夏の終わりはいつも決まって寂しい。

いつからか続けていることがある。

日記は3日坊主というより、2日書けば飽きる私が、毎年8月31日だけにはノートに思いを書き記す。

その日が近づくと、ノートの存在を思い出す。


私は昔から夏という季節が好きだ。

暑さによる独特の活気があって、夜の風も心地が良いし、雨に打たれるのでさえ不快じゃない。

夏の想い出はどこか懐かしさを伴い、刹那的で、儚い。

だからこそ、その季節が終わるときの気持ちを遺してゆきたいのだと思う。



立ち止まってちゃいけないんだと。

変わり行く季節を目の前に思う。

だけど、勇気が無い。

確信も無い。


繰り返しの日々に、朝が勝手にやってきて、早い夕暮れが来る。

何者なんだ。私は一体。


いきるって何なんだ。


答えの出無い自問自答を繰り返す中でも、過ぎた人生はやり直せないし、この先も今も一度しかない。

私は刹那主義の人間で、計画性なんて持ち合わせていないけれど、だからその一瞬に賭けようとも思えて、それは青春の青臭さにも似て、幼稚で浅墓な考えでもあるのだけれど、それが自身の生き方なのだろうと思う。

天使と悪魔 

June 30 [Tue], 2009, 23:37
無償の愛なんか何処に在るんだ。
神様じゃあないんだから。
人間は汚いです。
エゴの塊です。

あるひとが言う。
私は間違った愛し方なんかしてないと。

私は密かに思う。
私は間違っていると自覚していても、そういう愛し方しかできないんだと。


仕事が忙しいためのすれ違い生活と、言葉で攻撃と理解を計るのもあって、
うちでは喧嘩は主にメールで行われる。

言い争ううちに、何故か元カノを好きだったころの自分の話。
結局忘れてないんじゃんよ。

ループ。
信じられない。おかしい。調べる。隠そうか迷う。結局無理。キレる。修羅の如くキレる。疲れる。結局なあなあ。

その間に罪悪感がチラっと顔を出したりするけど、もうね。向こうが罪の意識が無いって分かってるから、やることがなくなって来た。


浮気は確かにしなくなった。
でも本気で愛されてないことに気づいた。

私は本物の愛が欲しい。
じゃあ他の奴に求めるか、ってそうなれないのが私。

こっちが捨てて、去っていく奴ならそれまででいいんだ。痛いのはそのときだけ。
こっちが捨てようとして、去っていかなかったくせに、愛してくれないから困ってるんだ。

もがいてもがいて苦しんで。

無償の愛を与え続けろって?
馬鹿じゃないの?
そんなの身を滅ぼす。
神様だってそうだったじゃないか。

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だけどさ。汚い言葉を吐ける私でも、敵わなかったりするんだ。
ただいまも言わず帰ってきて、着替え始める彼に後ろからそっと近づいて、その背中におでこくっつけてたら、なんか泣けてきた。

そのまま額をくっつけて、普通に移動する彼にすとすと付いていって。
彼は無言のまま寝ようとして、仕方ないとどっかいこうとしたら、何かよくわからない声で手招きされて。

抱かれてすごい嬉しかったりしたんだ。
涙が出た。


それでも愛って何だか分からない。今日からは私に対する想いが変わるの?

今までみたいに放っておかないでくれるの?

あたしの居場所、ちゃんとあるの?


久しぶりに見慣れた彼が愛しく思えた、そんな7月最初の朝。

人生 続き 

June 15 [Mon], 2009, 0:45
高校を卒業した年の4月。父親は仕事のため、大阪に行くと言い出した。
付いていこうとは思わなかった。おばあちゃんと一緒に住めるなら住んでもいいと言っていたから。
だけど、一人暮らしがしたいと思った。もう誰かに振り回されるのは嫌だった。
そう相談すると、おばあちゃんは引越しの手配など全て進めてくれた。今の私の家、生活があるのは偏におばあちゃんのおかげ。


5月から一人暮らしを始めた。大好きな大事な猫と一緒に。
辛いときや寂しいときは、絶えず傍にいるミントが、私の唯一の心の慰めだった。

6月。人生初のバイトを始めた。
駅の近くの寂れたカフェレストラン。私にとってはリハビリのような日々だった。

そこで人と毎日のように触れ合って、気に入らないおばちゃんとかはいたけど、私が心を保つにはちょうどいい場所だったのだ。ひどいときは35連勤だったかな。それでも、私は生きる力を着実に取り戻して行っていた。


ふと。音楽をしよう、と思った。中学生のときからバンドがしたかった。
歌うことが好きだった。家の中で大声で歌っていた。

いくつか組んだ後、本気でやれたバンドがあった。そこでは、私は 私に なれた。
失ったはずの思いや人間らしい感情、それらをぶつける場所、全てがうまく機能して歯車が合わさった。
ああ、私の居場所なんだと思った。

まぁみんな18や19やそこらで、ずっとうまくいくわけもなく、結局解散しちゃったんだけど、私にとっては人生を変えてくれたんじゃないかと思う。


両親からは連絡が途絶えていた。

たまには寂しくて泣いた。


20のころかな。恋愛がどうでもよくなっていた。好きとか衝動的・一時的な感情のみで、私の心の奥底の暗い場所は、そんなものじゃ満たせなかった。
高3のときに好きだったひとを捨てて、そのあと後悔し続けたのも原因だし、母親のこともあると思うし、だけど、一番の要因は。
人を傷つけることがどうでもよくなってたんだと思う。

幼馴染の男の子を二人傷つけた。今思えばセフレだな・・・って奴もいた。

正直どうでも良かった。たまに優しくしてくれて、たまに好きだとか愛してるだとか、そうゆう思い上がりに似た感情があって。それで擬似恋愛を楽しんでいた。
それでも人並みに泣くし、傷つくから余計厄介だった。

完全に悪人にはなりきれないよね。どっかであったかいものが流れててさ、罪悪感に駆られて。
私は 私を 捨ててしまいたかった。


出会ったり、別れたり、バイトを幾度も変えたり、恋をして付き合ったり別れたり、音楽やってたり、さぼったり、病気になったり、徹夜したり、眠り続けたり、遊んだり、友達と会ったり、笑ったり、泣いたり、死にたくなったり、嘘ついたり、傷つけたり、傷ついたり、自分を隠したり、夢を捨てたり、愛していた猫が死んだり、東京行ったり、夢を見つけたり、夢を追いかけたり、そうやって日々は確実に止まることなく流れた。



気づいたら4年。

私は。

今は自分に信念を持って生きてます。頑固なくらい。時に人生を変えてしまうほどに。時にひとに迷惑をかけるほどに。

今は隣に大事なひとがいます。初めて本当に愛せたひと。結婚をちゃんと意識してるひと。ただ、うちの家庭問題が将来大きな障害になるだろうな。私自身、ど田舎で暮らせるのか疑問だし。

今は叶えたい夢があります。いろんなものをたくさん見ました。他の仕事に就こうと諦めそうになったこともありました。でも、無理でした。だから、もう、人生かけちゃおうと思います。

大好きな友達は、それぞれ就職したり、まだ学生だったり、遠くにいても近くにいても、やっぱり友達って変わらなくて、みんなが頑張っていると思うと、自分も頑張ろうと思えるわけで。

裏切った幼馴染の男の子には、やっとこの前謝れました。何故かその子を含む幼馴染たちとバンドすることになりました。

それとは別に、私が自身を取り戻せたバンドのメンバーとも、また活動を始めます。残りの広島での日々を意義あるものにするために。

初めてのバイトで恋心を抱かせてくれた男の子は、なぜか宗教にはまったみたいです。若干ワタシ引いてますが。

このブログに昔散々書いていた、4年間もの間引き摺ったひとは、今は遠い空の下でしょうか、元気に仕事をがんばっているようです。


お父さんからは未だ何も連絡がありません。生きてはいるんでしょう。いつか、この時だと思ったときに会いたい。それまでどうか死なないでほしいな。


お母さんは半年ほど前に再婚しました。それ以降妙に母親面し始め。
今日、縁を切りました。どうせ、向こうからまた連絡があるんだろうけど。
怒ったらヒステリックになるのは死ぬまで直らないようです。


こんな長い日記を書こうと思ったのも、母親のせいです。

かけもちバイトの店長が、おばあちゃんと母親の知り合いで。それで手伝ってるんだけども。
向こうがシフト勘違いして、今日私が出勤だと思いこんでたらしく、何故か私が無断欠勤の悪者になり、母親がヒステリックにメールを送ってくるは、おばあちゃんが電話してくるわ、電話繋がらないから彼氏にかけるわ、彼氏が仕方なく職場にかけてくるわ。

どうなってんだよお前らwwwwと。こっちは朝から働いてるんですわ。おばあちゃんからは電話繋がらないってキレられ、母親からはバイトやめるなら自分で店長に謝れだの。
どこの親が、いい年した子供に否があるものと食ってかかるんですか。

私はそんな親には絶対ならない。子供を信じる親になる。死ねなんて、間違っても言わない。
母方は3代に渡って離婚暦があると最近知ったので、私がそれを断ち切る。

ま、こんなことで悲しい気持ちになったり、母親に反論してブチ切れされ、彼氏のことまで散々悪く言われ、挙句の果てに縁切られるとか、私もまだまだ子供だな、って感じですね。

あんな奴、うまく利用すりゃーいいのにさ。出来ないの。
嫌いなんだわ。世界で一番。でも、あたしを産んでくれたひとなんだわ。奴が死んだら、あたしは涙流すんだ。


私は要領が悪い。と最近よく思う。
不器用だし、方向音痴だし、人見知り激しいし、苦手なタイプの女の子多すぎるし、どっか抜けてて馬鹿な割にプライド高いし、失敗するとどこまでも気分が落ちるし、今日も仕事でミスして落ち込んでたら、こんなことあるし、それじゃなくても機嫌悪いときに言われて、言い返せば絶縁宣言くらうし。


あーでも、それでもこれ書き終えて、あたしは生きてて良かった と思えるんだ。

妙な爽快感。達成感。

あたしは何にも変えられない。



死ぬまで生きよう。辛くても。死にたくなっても。

みんちゃんの分も。

子供は何があっても幸せにしてあげよう。

私の分も。

で、いつか私も、幸せだったと思って死のう。


如何なる世界が広がっていても、自分の望んだ世界だと頷ける様に。

人生。 

June 14 [Sun], 2009, 23:15
これを読むひとは少ないだろうと思う。私の友達の中でも数人。
今日さ、嫌なことあってね、ちゃんと残しておきたいと思ったんだ。
それだけだから、どうか、読んだとしても気にしないで。
あ、見ちゃったな、くらいに思って。
こんな人生もあったんだな、でもこれよりももっとひどい人生送ってるひともいるんだな、程度に思って。
今の私はちゃんと生きるからさ。

長いし結構ひどい部類の話だから、読まない方がいいよ、とだけ言っておくよ。


***********************************************

私 わたし ワタシ。

産んでもらって、育ててもらって、捨ててもらって、再婚してから何やら母親面してもらって。

で。私は、自分に深く関わってきた人の中で、そのひとがいちばん嫌いです。


彼女は怒るとすぐヒステリックになる。

小4のとき、たまたまピアノのレッスンを忘れてて、珍しく夕方5時まで友達と小学校で遊んでたら、小学校にまで電話されて大騒ぎになってた。知らずに帰った途端、大丈夫だったの?の前に、玄関でビンタされた。

中学生になって反抗も口答えもするようになって、喧嘩もよくした。彼女は激怒したとき、こう言った。
「死ね」「お前なんか死ね」と。その度、少しだけ傷ついた。

高校生になって、母親と父親の仲が悪くなった。
父親の弟が、父親の名義で莫大な金を借りてた。
父親は自分の仕事でのポジションがなくなったために辞職して、自分で会社を立ち上げようとした。
2度失敗して、ますます借金まみれになった。
母親は、父親の反対を押し切って、おばあちゃんの店でも働くようになった。繁華街の飲み屋。


私が高2のころ、彼女はそこで出会った男と不倫し始めた。

仕事と偽ってのデート。
夜の私がいる時間にさえ、気づかれないとでも思ってるのか、堂々と甲高い声で電話。
高校生のカップルかと思う程、吐きそうなくらい気持ち悪いメール。

相手は妻子持ちだった。1週間に数回、相手の奥さんからうちに留守番電話が入るようになった。
迷惑だと、別れてくれと、非常識だと。まさにその通り。
母親がそれを知ってたのかは分からないが、父親が仕事から戻ってくる前にそれを消すのが、私の日課になった。

私がたまたま学校から早く帰った日に、母親が不倫相手を家に上げていたこともあった。見た瞬間、初対面にも関わらずこいつだ、と思った。
私は、帰ってくれと叫んだ。ここは私と父の家でもあるんだと。
彼は、そのときの私に何を言っても無駄だと悟ったんだろう。それに従った。
居座るつもりなら殺す、と本気でそう思っていた。

彼がいなくなったあと、母親は彼をかばった。
その瞬間、私の中で何かが切れた。

財布だけ取り出した鞄を投げ捨てて、制服のまま家を飛び出した。

ああ、死のう、と思った。よく晴れた美しい午後だった。
当てもなく電車に乗って、JRの駅まで行って、降りて、ここで飛び込んだらひとに迷惑がかかるな、と思って、私は別の方法を探そうと思った。

歩いていると、涙が出た。

ふと、ある人に連絡をした。当時、私が恋心に似た憧れを寄せていたひと。
私をなだめる薬のような、私がずっと欲しいと思っていた兄のような優しい人だった。
ことばは覚えていないけど、ものすごく救われて。死んだらだめだって思えた。

私は家に帰った。涙は枯れていた。

だけどきっと、あの日が私にとって、今までの人生で一番哀しい日。本気で死のうと思った日。




そんな状態が半年程続いたある日、何を思ったか、私は不倫相手の奥さんからの留守番電話を消し忘れた。
そんな日々に疲れ果てていたのかもしれない。かかってきていてもいいや、と思ったのかもしれない。
それを、家に帰ってきた父親が聞いた。薄々は気づいていたとしても、消えようのない証拠があると違うよね。

激怒した父親は、暴力が大嫌いな私の目の前では、振るわなくなっていた暴力を母親に振るった。
止めようとした私までも振るいのけられて、どこかを強く打った。
私には目もくれず、父は母を殴り続けた。そんなことは初めてだった。

人間って汚いな。って思った。

ああ、私のいないところではこうやって家庭内暴力がふるわれてたんだろうな、と思いながら、階段を上がって自分の部屋に行った。おばあちゃんに、「助けて」 と電話をした。
「お母さんが悪いから仕方がない」と言われた。おばあちゃんは、お母さんの母親なのに助けには来てくれなかった。

一晩中、1階からお母さんの泣き叫ぶ声が聞こえた。
私は泣きながら部屋の隅っこで耳を塞いでしゃがんでいた。

消えたいと思った。明日になったら、何もかも  自分も両親も世界も終わってたらいいと思った。



私はそれからの日々をあまり覚えていない。記憶から消したかった日々なんだと思う。
きっと、相変わらず留守番電話を消して、たまに泣き叫ぶ声を聞いて、母親と父親は何も話さなくなって、ご飯は3人別々に食べて、家の空気はどす黒く淀んでいて、父は帰りが遅くなって、母も家を空けるようになったんだろうと思う。

離婚の話もされた。父親に付いていこうと決めていた。
私の中で、支えられていた何かが崩れ落ちていくのを感じた。



高3の8月のある日。少しずつまとめられて、縁側に置かれていた母親の荷物が忽然と消えた。

私が夏期講習か何かでどこかに行っていた日。その日も馬鹿みたいに暑くて、空はいつもみたいに青くて、日差しが窓から降り注いでいた。
何の置手紙も伝言もなく、彼女は消えた。

ああ、出て行ったんだな。あの男のもとに行ったんだな。そう思った。
その後、2日間は父親にばれないように、いつも母親がやっているのを真似て、完璧に家事をこなしたつもりだった。

3日目。父親も気づいたようだった。

半年に渡る、父親との初めてのふたりでの生活が始まった。


毎日、洗濯をして、慣れない料理をして、掃除機をかけた。
今だからこそ普通にできるけど、家事なんかほぼやったことのない一人っ子が、当時やるには十分時間のかかる作業だった。

新学期が始まって。私は徐々に学校に行くのが嫌になっていた。一番辛いのが昼食の時間。
お弁当が羨ましかった。ほかのひとのそれを見ると、なんだか泣いてしまいそうだった。

不眠症になって、夜眠れないから朝だって起きれないし、授業中だって居眠りばかり。
高2のころはAだった第一志望校の判定も、いつの間にかEまで落っことしていた。
体調もずっと悪くて、保健室通いをするようになった。

ある日保健室の先生に全部話した。人間不信に陥り始めた私の心に、何故かすっと入ってきて気持ちを楽にしてくれる、不思議な先生だった。うまく伝わったかはわからないけど、話したら担任に言ってもいいかと聞かれた。少し迷った後、承諾した。


なんとか不登校にならない程度に学校に行ってたら、いつの間にか受験が目の前だった。
自主通学になったので、私は有難く引きこもりと化した。
受験は、駄目元で受けにいくだけ受けにいこうと思っていた。今思えば、父親がきっとどっかから苦労して借りてきたお金で払ってくれた受験料。

当日。雪が降っていた。積もっていた。真っ白く染まった世界を見た。
久しぶりに家の門を開けて、数歩歩いた。そして気づいた。

人が怖い。 世界が怖い。 何か変に歪んで見えるのだ。
私が止まっていた間にも、世界は絶えず動いていた。
吐きそうになりつつ、何故か、そんな自分と世界の関係性が滑稽に思えた。
恐怖に耐え切れず、私はすぐに道を引き返した。


結局、受験は全部受けなかった。

その後3ヶ月程はあまり外にも出ず、引きこもった。

卒業式は辛うじて出た。友達のことは大好きだった。
担任が父親に言ったらしく、それまで中高のどんな行事も仕事だからこなかった父親が、最初で最後に遠くから見てくれた卒業式だった。


卒業と同時に転落人生の始まり。

人間不信。自己嫌悪。猜疑心。

拭いようのない闇が心の中に出来た。


ただ、それでも音楽だけは好きだった。どんな深く暗い場所にいても、それは一筋の光のように見えたんだ。

夢を見た 

March 25 [Wed], 2009, 7:04
絶対的な距離。

わたしは あなたを はなせない。

0っていう距離が必要だから。


断続的に続く想い。

わたしは それを あきらめきれない。

歳月とそれに伴う 経験と努力と環境と。


天秤には何度も架けた。


ドラマみたいなさ

運命だの奇跡だの

そんなのは現実には滅多になくて。


ひとの想いに絶対なんてあるの?

わたしに信じる力がないだけなの?


此処でできることを探しては諦めて。

また探して。

日々はその繰り返し。

相対性理論 

January 25 [Sun], 2009, 5:15
絶対的な関係 だなんて思ってる。

ひとりと ひとり。
独りと 独り。

繋いで ふたり。


繋いで・・・?

間に在るのは 云わば妄想の産物。


だけど、あたしはその得体の知れないものを何度も切ろうとする。

水を切るように。

途切れないんだって信じてるの。


だから。


違うと云われたら、興醒めするの。

心は少し哀しいって言うけど。


そこに意味は在るのかしらね。



最近可笑しい。


そんなの私が一番解ってる。

散文 

January 22 [Thu], 2009, 2:08
2年半ぶりに、昔のブログを見つけて。

懐かしいけど、なんだか気恥ずかしいような、そんな気持ち。



あの瞬間。恋をしていました。


私にとって、それは唄う原動力のようなもので、

届かない人だからこそ、必死に叫び続けていた。



今は、どうだろう。


あの時思っていた、つまらない人間にはなっていないつもりだけど。

実際どうだろう?


22って大人なんだろうか?

世間的にはそうなのか?



いろんなものの狭間で、

闇に飲み込まれないように

若しくは ぬくぬくとした場所に浸からないように。


生きていた。

生きて来た。


死にたかった私が何やら、此処まで。



最近唄が書けないんです。

大人になったからか?


つまらない。くだらない。



本当は 世間体だの、常識だの、理性だの、

邪魔なものでしか無くて。


本能。


それが、この生活の中で失われてるものなのか。




愛したいです。本当は。

愛されたい人間なんです。本当は。
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