1月の終わり娘A号に
可愛いフワフワのベッドを買ってもらったよ



プリンもそうだったけど
リビングの椅子で寝るのが
一番落ち着くらしいく
お気に入りの場所で寝ているんだけど
足腰が弱くなって落ちそうなので
椅子にすっぽり入る
スクエアタイプのベッド買ってくれたの
バニラもこれなら安心だね〜って。。。
ちょっと食欲が落ちてきた事と
子宮からの出血
1月30日月曜日は通院だったので
病院で注射して帰ってきたら
食欲も出てきてくれて
いつものようにギャンギャン騒いでいた
2月3日金曜は、また食欲がなくなり
土曜日の朝は、フラフラだった
立っているのがやっと
トイレも行けなくなったみたいで
ベッドから出て前でチッチしてしまってた
実は・・・
7月の15歳の誕生日が過ぎ
子宮蓄膿症になって治療していたけど
その後、腎臓も悪くなり
お薬飲んだり注射したりで
なんとか過ごしてましたが
12月になって
ガンになってしまってました。
弟のショコラがお空へ旅立つ
数日前に知りました
頑張ってご飯を食べていたけど
ガンに栄養取られてしまい
体重は落ちるばかりのバニラ
レントゲンやエコーをしてもらいましたが
はっきりした事はお腹を開けてみないと
難しいところで
硬くなった腹部
ガンが内臓に癒着してる可能性もあり
先生と色々と相談し
手術をすることは辞めました
まだバニラは
痛みあまり感じて無かったようで
ガンのせいと子宮蓄膿症のせいで
かなり貧血があるのに
それでも私が家に居ると
ラムネやムースを押しのけても
散歩へ行きたがるバニラ
散歩もフラフラしながらでも
バニラなりに楽しんでいました
いつもの公園で、
マーキングしてくるのが何よりの楽しみ
時々少し失敗するけど
家のトイレも頑張っていて
フラフラしながらもトイレに駆け込んでました
フラフラした足取りなのに
ソファへも登れのでドキドキする
病気になっても
いつもの様に過ごしているなら
最後の時まで
いつもと変わらない時間を
過ごさせてあげる事にしました。
本当は、手術をして
もしかしたら手術から帰ってこないかもしれない
すごく怖くって
手術をして元気になって帰ってくる
バニラの事を想像する事が出来なかったから
手術する勇気が無かった私なのです。
先生が・・・
「色々な選択はあるけど
バニラの体調や歳の事を考えると
今おくれている
普段の生活をして過ごさせてあげるほうが
いいのかもしれないよ」って言ってくれて
手術するのが怖い私には
少し・・・
ホッとしたのが・・・本音だと思う
2月4日土曜の朝
フラフラのバニラを見て
病院へ行っても
何もしてあげる事ないのを知っていたけど
何かしてあげないと
私の気持ちが落ち着かなかったんだと思います
病院へ行き先生に診てもらい
酸素室に入れてもらい付き添っていると
何度も転びながら立ちあがり
私の方へと頑張るバニラ
「もう少し酸素吸ったら帰ろうね」って
バニラを励ますことしかできなかった
酸素を吸って少し楽そうになったバニラ
「お家で見てあげてね」と先生言われ
そうだよね・・・
病院へ来る前にちゃんと解っていました
バニラといられる時間が後少しになってしまった事
でも、判断できる人に言ってもらわないと
心のどこかで納得できない気持ちがあったんだよね。
先生に「15年間ありがとうございました」と
バニラと挨拶して
家で、家族でバニラを見守りました
私がバニラにしてあげる最後の事
辛いけど、バニラとの約束だから
バニラが安心できるように
お母さんは泣かずに笑顔で見守るからね
5日、日曜日の朝
大好きな苺の絞り汁を飲み
苺の香りに包まれて
お空へと旅立ちました。
皆が居る日曜日を選んだのは
甘えん坊のバニラからメッセージ
家族全員で送ってあげる事にしました

その日から初七日が過ぎました
いつもバニラに怒られていたムース
それでも〜バニラの事が大好きだったからね
私に抱かれて怒らなくなったバニラの側にきて
凄く寂しそうでした
ベッドからバニラの姿が見えなくなり
お骨になった日は
ベッドの匂いを嗅いで
ベッドの中で寝ていました。
ブログも放置したまま
ご報告が遅くなりました。
欲張りな私は5ヶ月後の
16歳の誕生日を迎えさせてあげたかったけど
15年と213日
バニラ最後まで頑張りました
今まで
バニラの事を心配してくださった皆様
可愛がってくださった皆様
ありがとうございました。
可愛いフワフワのベッドを買ってもらったよ



プリンもそうだったけど
リビングの椅子で寝るのが
一番落ち着くらしいく
お気に入りの場所で寝ているんだけど
足腰が弱くなって落ちそうなので
椅子にすっぽり入る
スクエアタイプのベッド買ってくれたの
バニラもこれなら安心だね〜って。。。
ちょっと食欲が落ちてきた事と
子宮からの出血
1月30日月曜日は通院だったので
病院で注射して帰ってきたら
食欲も出てきてくれて
いつものようにギャンギャン騒いでいた
2月3日金曜は、また食欲がなくなり
土曜日の朝は、フラフラだった
立っているのがやっと
トイレも行けなくなったみたいで
ベッドから出て前でチッチしてしまってた
実は・・・
7月の15歳の誕生日が過ぎ
子宮蓄膿症になって治療していたけど
その後、腎臓も悪くなり
お薬飲んだり注射したりで
なんとか過ごしてましたが
12月になって
ガンになってしまってました。
弟のショコラがお空へ旅立つ
数日前に知りました
頑張ってご飯を食べていたけど
ガンに栄養取られてしまい
体重は落ちるばかりのバニラ
レントゲンやエコーをしてもらいましたが
はっきりした事はお腹を開けてみないと
難しいところで
硬くなった腹部
ガンが内臓に癒着してる可能性もあり
先生と色々と相談し
手術をすることは辞めました
まだバニラは
痛みあまり感じて無かったようで
ガンのせいと子宮蓄膿症のせいで
かなり貧血があるのに
それでも私が家に居ると
ラムネやムースを押しのけても
散歩へ行きたがるバニラ
散歩もフラフラしながらでも
バニラなりに楽しんでいました
いつもの公園で、
マーキングしてくるのが何よりの楽しみ
時々少し失敗するけど
家のトイレも頑張っていて
フラフラしながらもトイレに駆け込んでました
フラフラした足取りなのに
ソファへも登れのでドキドキする
病気になっても
いつもの様に過ごしているなら
最後の時まで
いつもと変わらない時間を
過ごさせてあげる事にしました。
本当は、手術をして
もしかしたら手術から帰ってこないかもしれない
すごく怖くって
手術をして元気になって帰ってくる
バニラの事を想像する事が出来なかったから
手術する勇気が無かった私なのです。
先生が・・・
「色々な選択はあるけど
バニラの体調や歳の事を考えると
今おくれている
普段の生活をして過ごさせてあげるほうが
いいのかもしれないよ」って言ってくれて
手術するのが怖い私には
少し・・・
ホッとしたのが・・・本音だと思う
2月4日土曜の朝
フラフラのバニラを見て
病院へ行っても
何もしてあげる事ないのを知っていたけど
何かしてあげないと
私の気持ちが落ち着かなかったんだと思います
病院へ行き先生に診てもらい
酸素室に入れてもらい付き添っていると
何度も転びながら立ちあがり
私の方へと頑張るバニラ
「もう少し酸素吸ったら帰ろうね」って
バニラを励ますことしかできなかった
酸素を吸って少し楽そうになったバニラ
「お家で見てあげてね」と先生言われ
そうだよね・・・
病院へ来る前にちゃんと解っていました
バニラといられる時間が後少しになってしまった事
でも、判断できる人に言ってもらわないと
心のどこかで納得できない気持ちがあったんだよね。
先生に「15年間ありがとうございました」と
バニラと挨拶して
家で、家族でバニラを見守りました
私がバニラにしてあげる最後の事
辛いけど、バニラとの約束だから
バニラが安心できるように
お母さんは泣かずに笑顔で見守るからね
5日、日曜日の朝
大好きな苺の絞り汁を飲み
苺の香りに包まれて
お空へと旅立ちました。
皆が居る日曜日を選んだのは
甘えん坊のバニラからメッセージ
家族全員で送ってあげる事にしました

その日から初七日が過ぎました
いつもバニラに怒られていたムース
それでも〜バニラの事が大好きだったからね
私に抱かれて怒らなくなったバニラの側にきて
凄く寂しそうでした
ベッドからバニラの姿が見えなくなり
お骨になった日は
ベッドの匂いを嗅いで
ベッドの中で寝ていました。
ブログも放置したまま
ご報告が遅くなりました。
欲張りな私は5ヶ月後の
16歳の誕生日を迎えさせてあげたかったけど
15年と213日
バニラ最後まで頑張りました
今まで
バニラの事を心配してくださった皆様
可愛がってくださった皆様
ありがとうございました。
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いってんさん、ありがとうごさいます。


ミルク16歳84日(父さん)
プリン14歳323日(母さん)




