【1】I was born... 

September 01 [Mon], 2008, 21:25
私はいまから30年近くの前の真夏に、この世に産声をあげた。
それは、父と母にとっては大きな決断と奇跡の結果の至福の瞬間であった。
母は、私を安全に出産するために何の妥協もしなかった。


私は7月終わり・・・ちょうど本州が梅雨明けして間もないある日・・・
母のお腹の中で「この世に出たい」というサインを送った。
そのサインと同時に母のお腹は痛み始め・・・母は病院へと向かった。


それは私の叔父の誕生日でもあった。
私の会ったことのない16歳年上の亡くなった兄の恩人である叔父の・・・。


結局
意外と小心者の私は、その日にこの世へ飛び出す勇気がなく
次の日の夜9時過ぎになって、やっと飛び出す覚悟を決めた。


私の母は
私の生まれる16年前、兄を妊娠し出産した。
しかし、兄は・・・仮死状態で誕生し、その結果・・・脳性マヒという障害を負った。
それは、正直・・・分娩ミス(医療ミス)であった。


兄の出産時の主治医は私の父の学友だった。
当時はまだ・・・研修医のような立場の若い産科医であった。
母は・・・私の出産時と同じく夜になってから陣痛が始まっていた。
それなのに、その医者は「明日にならないと生まれません」と言い残し去った。
そして、当直のはずのに・・・その夜、母が何度コールをしても担当医は現れなかった。
母は、ただただ・・・今にもこの世へ飛び出しそうな兄を我慢していた。
そのせいで・・・兄の頭部(脳)は圧迫され・・・その結果・・・障害を負ってしまった。


兄はその後、
私の両親はじめ親戚や周囲の方々の温かい愛情に囲まれて
7年間という短い人生を楽しく幸せに笑顔で泳ぎきった・・・。


そのような目を覆いたくなるようなトラウマが母にはあるので、
私の出産時に、母はとりわけ神経質になったらしい。
午後9時少し前に「産まれそう!」な陣痛を感じた母は、
人目も何もはばからずに父に「先生を呼んできて!!」と強くお願いしたらしい。
父も同じキモチで必死になって先生を呼びに、自分の足で直接先生を探して見つけ出した。
先生は、外出先から戻り、お風呂から上がってくつろいでいらっしゃったという。


父は「産まれそうなんです! お願いします!!」と、先生に必死で訴えたらしい。


そして
先生が分娩室に到着し、これから・・・というところで・・・
「おぎゃーー」私は突然・・・この世に飛び出した。
なんとも産まれた時から慌てん坊である。


先生「この子は自分から飛び出してきちゃったねー」と第一声・・・


そんな周囲の温かい努力の下、
私は無事にこの世に産まれ出ることができた。


そして、
ここからミキティとしての私の人生が幕をあけるのだ。


誰が今のミキティの人生を予測しただろうか・・・


そう・・・
この産まれた日の天気のように
晴れたり曇ったり夕立がきたりと波瀾万丈な人生になるとは・・・
P R
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