iraira 

April 21 [Wed], 2010, 10:08
帰国までの日にちをこっそり数えてみた。
あと2カ月と一週間…[m:80]
少ししか時間がないってわかってるのに
今ものすごく自分にいらいらして
なにもする気が起きない。
冷静という名の沈黙。
沈黙の中の苛立ち。
…どうしちゃったんだろう私。

最近「いい意味で」日本に帰りたい
ってずっと思ってた。
久しぶりに心の許せる友達と話したり
近況報告しあったり
日本に帰ったあとのこと一緒に想像してみたり。
今は離ればなれでも
あと少しで会えると思ったら
どんなことでも乗り越えられる。
こんなに大切に思える友達や
こんなに大切に思ってくれる友達がいるってゆーのは
当り前じゃない、
そして本当に本当にありがたい
ってつくづく感じさせられてた今日この頃。

サラマンカに来てからは
いろんな人、いろんなものに触れて
たくさん考えたり
たくさん悩んだり
たくさん泣いたり笑ったり。
語学だけじゃない。
たくさんのことを学んだ。
新しい環境に入っていくってゆうことは
「柔軟性」
これが大事。

私は基本頑固な性格だから
いろんな人とケンカしたりもした。
譲れないものがあったから。
でもそのたびに感じていたのは
私って本当に頭固いなあーってこと。
嫌いだから嫌いで終わることほど悲しいことはない。
だってちっちゃいころ嫌いだったピーマンは今では大好物だもん。
人の味覚が変化するように
努力次第で自分と違う考え方を受け入れられるようにはなれる。
たとえばいっぱい話してみればいい。
たとえばいっぱい悩んでみればいい。
否定から入った関係は
認めるのに時間はかかってしまうかもしれない。
でもそこで諦めたら何も始まらないのも事実。

新聞にも保守派と革新派があるってゆうけど、
どの道をいくのが正しいのかな。
今の私に出せる答えは「正解がない」になる。
たしかにどっちかに偏りすぎは良くないけれど、
それを除いて
自分が必ずしもいつも同じ立ち位置にいれるかって言われたら
それは違う。
その時の状況観察とそれに対応した柔軟性。
でもそれは日本で作られた柔軟性の幅に収まりきる場合は少ない。
はみ出し方に限度はあるし、
間違えることだってあるかもしれない。

留学生活が終わりに近づいてるいま、
今まで自分がやってきたことの
どれが正しくてどれが間違っていたのかが
自分の中で曖昧で
まるでほうきで飛べなくなったキキの気分。
どんなできごとを取っても
その一つ一つがなかったら今の生活はないし
でもそれらがなかったとしても今の生活ができていたのかもしれない。

日本のスーパーにはなかった材料たちをかき集めて
日本料理を無理やり作ってみるときって
もしかしたらこれを使ってたらおいしかったかもしれない。
あーこれをいれたからまずかったのかあー、
なんだあーこれ日本のにんじんとかわらないじゃあーんとか、
じゃあもう入れないぞおーとかの繰り返し。

外国に住むってそうゆうことなのかなって思ってた。
自分が生まれ育った時間が一番長いのは日本。
自分の考え方の基準になってるのは大部分が日本。
アメリカという場所で得たのは塩とか胡椒とかのちょっとしたスパイス。
スペインでは何の物々交換ができるのかなあ。
それは帰って自分の留学生活を消化した後じゃないとわからないものだってわかってる。

アメリカの時もそうだった。
日本に帰ってから感じたのは
自分がズレてるのかおごってただけなのか
多少感じた周りとのギャップ。
前はみんなとおんなじことで笑えたのになぜか笑えないとか、
尊敬はするけどなんでこんなことにみんな一生懸命なんだとか。
とりあえず自分が変わってしまったのか、
それとも日本が変なのかとかいろいろ考えたけど全然わからなかった。

でもそのとき動いたのは自分の基本部分の「日本人な心。」
日本という社会は「協調性」が本当に大事だなあと。
だからといって周りに全部合わせるのは間違ってる。
築き上げた自分を多少壊すことはできるかもしれない。
けれど本当の自分を隠すのはなかなかの技。
どうしたらいいのかなあーってずっと考えた時に出会ったのが
当時はやっていた「空気を読む」という言葉。

この言葉、意外と深いぞ。

空気読めよーとかってよく聞くけどさ、
空気読むのって結構な労力使うと思うんだよね。
たとえば1対1だったら相手の顔をよくみて、
話方とか目とか表情をじーっと観察する。
「この人今これやりたくないんだけどやるしかないから無理やりいいよってゆってんだな」
などの予測を立てる。
そしてそれを考慮したうえでの発言とか行動を考える。
1対1ならまだそこまででもないけど
相手が集合体になった時には相当の労力必要としますよね??
話し合いとかでみんながみんな納得する答えを出すのって難しいことだけど、
リーダーシップのある人ってゆうのは
空気を読む力が人一倍すぐれてる人なんじゃないかなあと思う。

「空気を読む」
という作業は、アメリカでもスペインでもいつも大事なことだった。
言語という壁がある以上、
残されたコミュニケーションツールはジェスチャーとか顔の表情とかしかない。
相手の顔をじっくり見て、多分いまこれを考えてるんじゃないかなあーー的な予想をする。
これをやったら喜んでくれるんじゃないかなー笑ってくれるんじゃないかなーと予想をする。
だから掃除当番じゃないでもゴミ出しに行ってみたり
全然会話の内容なんかわかんなくてもとりあえず大爆笑してみる。
少し空気を読むってゆう努力をしてみるだけで、
少なくとも可能性が0から1には変わる。
英語もスペイン語もほぼ0な状況から始めたわけだったし、
やっぱり最初は空気を読んでみることから始まった。
てゆってもアメリカ行った時なんて16の子供だったし
それが大事って気付いたのは帰ってきてからだったかな。
多分あのときはただのあんま笑わないつまんなそうにしてる日本人としか見られてなかったからねー。
もったいなーいw
幸せなことに2回目の留学をさせてもらえて、
それでやっとアメリカの留学を消化しきれた自分もいるけれど。
それでやっとできあがってきた私の中のセオリー。
まあさっきから自分は読める的な発言してますけど
そんなことははっきりいってわかりません。w
ただ読んでみようと努力することが大事なんだなあーって思っただけ。

なんか回り道をしてしまったけど。
今自分に自信をなくしてしまってるのは
多分自分が今まで築き上げてきたセオリーを自分でぶち壊しそうになっていたことに気付いたからなのかな。
いままで新しいことに挑戦する時は
ちゃんとしっかり考えてからやってきたつもりだった。
簡単なことも難しいこともある程度の見通しがないものは手を出さない。
(まあ趣味とかは別ね。)
その判断能力は親に感謝、
ない方ではないと思う。
間違ったことをしてまうこともあるよ、そりゃ人間だもの。
でもそこから学んだことだっていーっぱいある。
後悔することもいーっぱいあるけど、
後悔はこれからの人生の質をより上にしていくものだって思ってる。
だから落ち込んでみる時間も悪くない。

ってゆうのがいつもの考え方なんだけど、
今の自分にはどうしてもそうゆう考え方の方向転換ができなくなっている気がするんだあ。
何を考えても
何を言ってみても
何をやってみても
今はすべてが薄っぺらく感じられる。
そうなってしまったのも全部自分のせいってわかってる。
だからつらいんだ。
でももっとつらい思いをしてる人がいるって思うとさらにつらい。
うまく言葉にするのはとても難しいけれど
ども言葉も薄っぺらく聞こえてしまうのかもしれないけれど
私はもう頭がパンクしそうです。
P R
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