帰ってきた 

June 13 [Wed], 2007, 0:50
帰り際に気持ち悪くなって、電車で寝てたら2駅ばかり寝過ごす。
元気なら歩いたけど、気持ち悪いからタクシー使った。
学生の分際で。
1350円でした。
電車代が200円くらいなのを考えるといたすぐる
やばいなんだこれ食中り…??

だんだん 

June 12 [Tue], 2007, 16:16
何もしたくなくなってきた。
でも19時に約束あるから17時くらいになったらいい加減風呂に入って準備しなきゃいかん。。。
ああ、めんどくさい。

不幸自慢 

June 12 [Tue], 2007, 15:19
いつか本当に心を開ける人に出会えたら言おうと思っていた不幸自慢。
でも、多分このままじゃ一生誰にも言わずに終わりそうなんで言ってしまおう。
大した話じゃないし、もっとしんどい思いをしてる人はいっぱいいると思う、そんなの大した話じゃないなと思うなら、そう言って欲しい。

だいたいことのおこりは小学校のとき苛めてきたMちゃんだった。
どうもMちゃんの家は上手く行ってない感じで、Mちゃんのお兄さんはグレてたし、お母さんもきつそうな感じの人だった。
私はMちゃんに「3時にうちにきてピンポンして、『Mちゃん居ますか?』って言え」と言われ、その通りにした。どうも家の外に出るのに、友達が誘いに来たからという口実が要るみたいだった。

そのころ私はMちゃんがとても嫌いで、彼女が居ないところでは散々悪く言っていたが、本人に向かってはとても言えなかった。
今思うともしかして彼女も色々辛いことがあったのかもしれないし、話せば友達になれたのかもしれない。

とにかくMちゃんはそれで自分の家から脱出して、うちに遊びにくると言い出した。
私は人のうちにきて勝手に冷蔵庫を開けてジュースを飲んだり、遊ぶときも色々命令してくる彼女を家にあげたくなかったけど、いつもうまく断れなかった。


その日もMちゃんが強引にうちに遊びに来て、おままごとをしだした。
彼女は2人きりになると、おもちゃの包丁を持って、なんでか知らないがパンツを脱ぐよう要求してきた。
いつもいいなりだった私だが、さすがにそれは嫌だと思って断った。
しかし彼女はしつこく要求を続け、スカートは脱がなくていいからとにかくパンツだけでも脱げと言われ、結局パンツを下ろされてしまった。
私はわけがわからなかったが、女同士だしスカートは履いていたしそんなに恥ずかしくなかった。

私が「もういい?」と言うと、
Mちゃんはそこからさらにおもちゃの包丁を私の股の割れ目に差し込んできて、なんどかそこを往復させたあと、その包丁を私の顔に近づけ、「これがお前のしっこの匂いだ!」とか言って来た。

そこからはあまり記憶が定かでないので、多分すぐMちゃんは帰ったんだと思う。

今日の話 

June 12 [Tue], 2007, 14:54
とまあ生い立ちとか書いてみたけど、

このブログで何したいって、鬱な話が書きたいんだわ、正直最近自分が壊れてて怖いし、自分で言うのもなんだけどノイローゼだと思う。
昨日も3時間くらい泣いてぼーっとしてたし、コンビニで泣き出したり、だいぶ制御できなくなってる。
でもここをはけ口にできれば、なんとかなるんじゃないかと思ってこんなん書いてる。

mixiとかやってるけど、あれ全然本音書けないし、誰かを傷つけたり、嫌われたりするかもって内容なんて絶対発信できない。

このネットのつながりの中に、もしかして全然知らない優しい人がいて、この日記読んで心配したり、こいつ面白いって思ってコメントしてくんないかなとか、ちょっと夢見てる。

大学 

June 12 [Tue], 2007, 14:18
某国立大学理学部に無事入学。

理学部の女子とか暗い奴ばっかりだろうから気が合うだろうと思ってたのに、同じ学科の子は背が高くて可愛くておしゃれな子ばかりでドン引きする。普通にテニサーとか入ってて彼氏持ちでほんと無理。一応頑張って話してみたし、(高学歴なのもあって)基本いい人たちなのは分かったがどうしても友達になれない。
おかげでいまだに部活以外の友達は数人しかいない。


さらに何を思ったか、今までなんの運動もしてこなかったのに少林寺拳法部に入部してみる。
これが人生の転機だったかもしれない。

「体力なくても大丈夫だよ〜」とか言われて入ったが大嘘だった。
合宿で生まれて初めて筋トレして死ぬかと思った。
辞めようと思ったが、入部前におとんに「絶対きついからやめておけ」といわれたのを押し切って入ったのに、ここで辞めたら「やっぱりな」と言われるだろうと思われるのが悔しくて続ける。

そして意外と人間は耐えられることを知った。

監督・OBは神扱い、仕事は全て1回生、入部案内に書いていないかった練習、無駄に長い拘束時間、明らかに邪魔な団体行動、無理やり飲ませて吐く飲み会などなど、文化系コース(科学部、美術部、イラスト部など)をひた走ってきた自分にはきついものも多かったが、体育会系のノリはだいたいどこ行ってもこんなもんで、もっと酷いところはいくらでもあるというのが最近理解できるようになった。

もともとMだったので体育会系が合っていたのかもしれない。


そんなこんなで部活をするうちに体重が10キロほど減り、ついでにメガネが邪魔だったのでコンタクトにしたところ、結構見れる見た目になる。

もはやこれまでの自分は黒歴史。
部活動が忙しすぎてオタ活動からも遠ざかっているし、真人間になろうとちょっとがむばってみる。

それまで手に取るのも恥ずかしかったファッション雑誌を購入、熟読。

2年生になるころには一瞬見た感じはオタクとわからないくらいになりました。

浪人 

June 12 [Tue], 2007, 13:54
とても中途半端な浪人だった。

中途半端に勉強して、
中途半端にオタクで、
中途半端に遊んだ

予備校のクラスは医学部志望の多浪生が多くて、全然仲良くなれなくて浮く。
中学が一緒だった子と一緒に予備校に通ったけど、その子はあんま勉強しなくて、しかも他に友達がたくさんいるのに、都合のいい時だけ映画とかカラオケとか服選びとかに付き合わされた。
断ればいいんだが、他に友達はいないし、勉強はしたくないしでつい付き合う。
おかげで洋服屋とかに入れるようになったんで実は結構感謝しているけど、やっぱ浪人のときはもっと勉強するべきだったと思う。


結局浪人してもあまり頭良くはならなかったが、たまたま問題が簡単だった第2希望の国立大へ進めた。

高校 

June 12 [Tue], 2007, 13:28
中3のとき勉強したおかげで県下3番くらいの公立高校に入学。

先生にやれと言われた宿題を全部やったら1日5時間くらい家で勉強する羽目になる。
そしたら初めての中間テストで5位/360人を獲得。
こんなに勉強しなくても良かったんじゃんと思い、そこから堕落開始。
今思うとあのころそれを続けていれば、今ごろかなり頭良かったのにと後悔してる。

高校に入っても相変わらずのオタク生活を続け、おしゃれとか青春とか恋とかと縁遠い生活を送る。
結構面白い人が多かったのにもったいないことしたと思ってる。

自身は相変わらず社交性のない暗いオタだったが、真面目な良い子ばかりの学校だったので特にいじめられたりせず幸福に過ごす。


文理選択の時期がくると明らかに成績が文型向きだったのに、小中学校のころ数学ができて賢い賢い言われたのが忘れられず理系を選択。数VCについていけず死亡。でもほとんどの人が死亡してたのであまり気にせず過ごす。
高3で国立に入れるくらいの成績はゲットするが高望みして浪人。

中学校 

June 12 [Tue], 2007, 13:00
封神演義をきっかけにマンガにはまる。

おとんがもともとオタクで、この頃には家にPCエンジン、PS1、SS、ファミコンのちっちゃいやつなどが完備。なぜかSFCはなかった。
放送されてるアニメも全話録画されているという夢のような状況。このころは一週間のアニメスケジュールがそらで言えた。

さらに封神と幻水を友人にすすめたところ、それをきっかけに友人たちもオタクに。
勝手に又貸しされて、知らないところで盛り上がられ、ペーパーとか作りはじめててちょっと引いた。
最初に薦めたのは自分なのにとかいじけつつ、乗り遅れないように自分も絵とか描いてみる。

周囲のオタク化は止まらず、やがてコミケとか言い出すように。友人はどんどん腐っていき、ペーパー発行、学校のパソコンでやおい本作家のサイトにコメント、やおい本通販、商業やおい本購入、地方イベントにコピー本で参加などオタクライフを謳歌。そんなに行動力のなかった自分はこそこそ絵を描いたり、一緒にイベントに行って本を買うくらいのことしかできなかった。

オタクで暗くてメガネでデブで運動できなくてどうしようもない奴だったが、家にゲームがたくさんあったのと成績が良かったのでなんとかはぶられずにうまいこと中学を乗り切る。

小学校 

June 12 [Tue], 2007, 12:40
小学校のときは全然勉強しなくても100点取れた。
工作と本が好きで、だいぶ暗い子だったと思う。
あんまり他人に興味が湧かなかったのか、小1のころの記憶はほとんどない。

小2くらいから軽く女の子にイジメられて、班とか決めるときにあぶれたり、水着が変とからかわれたり、名前を呼ばれて振り向くと笑われたりとかした。

でも家に帰ったらお母さんが愚痴を聞いてくれたし、結局小3のときにお母さんが先生に伝えてくれたら、イジメてた子らも謝ってきてあっさり収まった。
小4からは友達もできて、ますます楽しくなる。
あのころの自分は真面目に性格悪くて、いつも上から目線でしゃべってた。あの2人はよく友達で居てくれたもんだと思う。
いつかなんて友達がお祭りで当てたガラス細工を「遠心力の勝利ー」とか言いながら振り回して壊して、あげく「形あるものはいつか壊れるんだよ」とか言って謝らなかった。我ながら最低だった。
そのあと5年くらいそのことを思い出すたび死にたくなったけど、流石にそろそろ時効かなと思ってる。

幸福自慢 

June 12 [Tue], 2007, 12:01
5人兄弟の一番上に生まれる。

親は高学歴で、多分そこそこ高収入だったろうけど、別に小さい頃は社宅住まいで、そんなに裕福だと思ってなかった。

親はお小遣いとかくれなくて、スーパーに買い物について行くとお菓子を買ってくれたけど、それも100円までとか限定つきで、妹と協力しないと高いお菓子は買ってもらえなかった。

だいたいの家庭でそうだろうけど、おじいちゃんおばあちゃんは目に入れても痛くないくらい可愛がってくれて、「かしこいかしこい」とか「将来はべっぴんさんにならはるで〜」とか、会う度やたらほめてくれた。
なんで自分でも自分のこと賢いと思ってたし、今もちょっと思ってる。
調子に乗って勉強して、小学校の間は頭いい人扱いされてた。


親が研究職なんで実家の回りは研究所とかたくさんある学園都市だった。
計画都市だったんで適度に緑もあったし、まわりの子も割と頭良いかんじだった。
小学校も中学校も公立だったけど、授業レベルも高かったんだろうと思う。
すごく自由な校風で、あの当時にしてはかなり髪染めてるのとか居たと思うけど、放置されてた。
その割に荒れてなくて、もともと良い子ちゃんばっかの土地なんだな〜って思ってた。

お父さんはオタクで話が面白かったし、お母さんは専業主婦でいつも家にいて、兄弟もいっぱいいたからあんまり寂しいとかなかった。家族は仲良いと思うし、みんな好き。

我ながら生まれは幸せだと思う。
P R
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:mikan
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:1986年2月6日
  • アイコン画像 血液型:O型
  • アイコン画像 職業:大学生・大学院生
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もしかしてオフでこいつ知ってるかもと思った人は、
決してそのことは本人に告げず、生暖かい目で見守ってあげて下さい。
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