「向田邦子」
January 21 [Mon], 2008, 17:05
大好きな作家が二人います。
そのうちの一人、向田邦子女史について。。
向田邦子(むこうだ・くにこ)<1929-1981>
脚本家、小説家、随筆家。放送作家、シナリオライター。
はじめて向田作品を読んだ日がいつ頃だったのか全く記憶にありません。ただその文章から素敵な女性だなぁ・・と。
のめり込むほど読むようになったのは14〜15年前からだと思います。亡くなられてから10年以上経っていました。そして向田邦子の作品のみならず、彼女に関して書いてあるものなら何でも読みたいと思いましたね。
そのうちの一人、向田邦子女史について。。
向田邦子(むこうだ・くにこ)<1929-1981>
脚本家、小説家、随筆家。放送作家、シナリオライター。
はじめて向田作品を読んだ日がいつ頃だったのか全く記憶にありません。ただその文章から素敵な女性だなぁ・・と。
のめり込むほど読むようになったのは14〜15年前からだと思います。亡くなられてから10年以上経っていました。そして向田邦子の作品のみならず、彼女に関して書いてあるものなら何でも読みたいと思いましたね。
1981年8月22日 台湾での飛行機事故で向田邦子は散ってしまいました。51歳でした。
私がもうその年令を超えてしまったのが不思議に思います。いつまでも憧れの女性でしたから・・。
向田邦子の書く小説はもちろんですが、エッセイが実にいい。
『霊長類ヒト科動物図鑑』の中の「ヒコーキ」というエッセイでこんなことが書かれています。
私はいまでも離着陸のときは平静ではいられない。まわりを見回すと、みなさん平気な顔で座っているが、あれもウサン臭い。本当に平気なのか、こんなものはタクシーと同じに乗りなれておりますというよそゆきの顔なのか。
このところ出たり入ったりが多く、一週間に一度は飛行機のお世話になっていながら、まだ気を許してはいない。散らかった部屋や抽斗のなかを片づけてから乗ろうかと思うのだが、いやいやあまり綺麗にすると、万一のことがあったとき、「やっぱりムシが知らせたんだね」などと言われそうで、ここは縁起をかついでそのままにしておこうと、わざと汚いままで旅行に出たりしている。
ただこの事故が起きたとき、向田邦子はいつもは乱雑な部屋を綺麗に片付けていたと『向田邦子ふたたび』の本の中で知りました。
そういえば、『向田邦子ふたたび』の中で今回偶然にも軍歌「戦友」のくだりを見つけました。通夜の席で作家の山口瞳が歌ったとあります。以前に読んでたときにはさほど気にとめなかったのでびっくりしました。
「芳章院釈清邦大姉」向田邦子女史の戒名です。
そして向田邦子のお墓には森重久弥さんのこの挽歌が刻まれているそうです。
「花ひらき はな香る 花こぼれ なほ薫る」
何年か前、お正月の特番で「冬の運動会」「向田邦子の恋文」が放映されました。素晴らしかったですね。こんな企画ならこれからも大いに歓迎します。
向田邦子女史 本当に美しい人でした。
http://image-search.yahoo.co.jp/detail?p=%e5%90%91%e7%94%b0%e9%82%a6%e5%ad%90&cop=&ib=-1
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%FE%C5%C4%CB%AE%BB%D2
追記:
向田女史との共通点がありました(笑)
ひとつは「スグミル種」 向田家の血統?父親譲りらしい(笑)
私の場合、母は「ミナイ種」なのになぁ。。 私は間違いなく「スグミル種」です
向田女史曰く 「スグミル種」とは人さまから何か頂戴したとき、すぐに見る人間のこと。
もうひとつは「黒ちゃん」 彼女は黒い服を着ることが多かったのでそう呼ばれていたとのこと。私も黒い服が好き。(好みが似ている!というか勝手に近づきたいのです。だってファンですから^^;)
私がもうその年令を超えてしまったのが不思議に思います。いつまでも憧れの女性でしたから・・。
向田邦子の書く小説はもちろんですが、エッセイが実にいい。
『霊長類ヒト科動物図鑑』の中の「ヒコーキ」というエッセイでこんなことが書かれています。
私はいまでも離着陸のときは平静ではいられない。まわりを見回すと、みなさん平気な顔で座っているが、あれもウサン臭い。本当に平気なのか、こんなものはタクシーと同じに乗りなれておりますというよそゆきの顔なのか。
このところ出たり入ったりが多く、一週間に一度は飛行機のお世話になっていながら、まだ気を許してはいない。散らかった部屋や抽斗のなかを片づけてから乗ろうかと思うのだが、いやいやあまり綺麗にすると、万一のことがあったとき、「やっぱりムシが知らせたんだね」などと言われそうで、ここは縁起をかついでそのままにしておこうと、わざと汚いままで旅行に出たりしている。
ただこの事故が起きたとき、向田邦子はいつもは乱雑な部屋を綺麗に片付けていたと『向田邦子ふたたび』の本の中で知りました。
そういえば、『向田邦子ふたたび』の中で今回偶然にも軍歌「戦友」のくだりを見つけました。通夜の席で作家の山口瞳が歌ったとあります。以前に読んでたときにはさほど気にとめなかったのでびっくりしました。
「芳章院釈清邦大姉」向田邦子女史の戒名です。
そして向田邦子のお墓には森重久弥さんのこの挽歌が刻まれているそうです。
「花ひらき はな香る 花こぼれ なほ薫る」
何年か前、お正月の特番で「冬の運動会」「向田邦子の恋文」が放映されました。素晴らしかったですね。こんな企画ならこれからも大いに歓迎します。
向田邦子女史 本当に美しい人でした。
http://image-search.yahoo.co.jp/detail?p=%e5%90%91%e7%94%b0%e9%82%a6%e5%ad%90&cop=&ib=-1
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%FE%C5%C4%CB%AE%BB%D2
追記:
向田女史との共通点がありました(笑)
ひとつは「スグミル種」 向田家の血統?父親譲りらしい(笑)
私の場合、母は「ミナイ種」なのになぁ。。 私は間違いなく「スグミル種」です

向田女史曰く 「スグミル種」とは人さまから何か頂戴したとき、すぐに見る人間のこと。
もうひとつは「黒ちゃん」 彼女は黒い服を着ることが多かったのでそう呼ばれていたとのこと。私も黒い服が好き。(好みが似ている!というか勝手に近づきたいのです。だってファンですから^^;)
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