大貫杏里とダイアモンドドッグスの中塚皓平、森新吾両君

July 13 [Sun], 2008, 21:09
との『苦情の手紙』を観た。

台本を戴いた時に面白さといかようにも判断できる

出演者のキャラクターとで、ひそかにとても楽しみにした舞台だった。

ダンスを中心に活動していると聞く男子お二人が、何でも引き受けてしまう

サラリーマンを品良く、そして底辺の仕事にもぐっていきながら、

全て自分の都合に持っていく若者の変化を面白く、演じている。

そのサラリーマンの下の部屋に住む、苦情の手紙を書き続ける

娘を大貫が時にはヒステリックに時にはお宅っぽく、

人の行動に煩く関与し続ける事で、神経症的になる様を

魅力的に演じていた。

K’ステージの難波さんはこの10年、舞台を原点から積み上げ、

若手にチャンスを作ってくれている。

その気持ちに応えてチケットを売るのは勿論の事だが、

採算をとれることだけですまない努力に皆で感謝しなければと思う。

お陰で大貫も素敵な女優に育ってきた。

努力の繰り返しで収入面でもそれに報いられる人は一握り。

でもここまでこれた事に感謝したい。

大貫杏里も良くやったね。
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曲直瀬道枝プロフィール
  • ニックネーム:曲直瀬道枝
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1943年5月4日 神奈川県横浜市生まれ
都立九段高校卒
青山学院大学第二文学部英米文科卒
神奈川県横浜市出身、宮城県登米郡登米町に疎開。自然と親しむ。
両親の仕事の関係で上京。母親の死去後1973年六本木ゴトウ花店に入社。
2年間の修行後、Kフローリストでアルバイト経験を経て、1976年潟tルールはなはなを千駄ヶ谷で開店。池袋サンシャインアルタ店、麻布十番店そして、渇「花として西武百貨店・渋谷店ロフト館(現在の(株)ロフト渋谷店)に出店。千駄ヶ谷店を神宮前に移転後池袋店、麻布十番店を閉店。再び千駄ヶ谷に本店を移転。現在に至る。

潟}ナセプロダクション
 父正雄と母花子が1948年に設立し、四女信子と共に水原弘・山下敬二郎・ダニー飯田とパラダイスキング・ジェリー藤尾・坂本九・森山加代子・九重佑三子等を輩出した。又バトントワラーを日本で始めて育成。
正雄が病を得、事業を続けることが困難と当時所属の坂本九よりの要請で、花屋経営のかたわら1982年社長就任。
 1985年8月、日航機事故により、坂本九死去。以降、坂本九の日本で唯一ゴールデンレコードをいただいた歌手としての功績とその人柄を後世に伝える事を目標の一つとして家業を続ける。
 1985年9月、西田ひかるに出会い、マナセプロダクションを再建。
現在は、坂本九・西田ひかる他、系列会社潟Gフ・スピリットで真琴つばさ他のマネージメントと各々新人育成を手がけている。
 亡き先代社長の口ぐせであった「Simple,Light,Clean」を社訓として、事業及びタレント・アーティストの高品位、高品質を目標に業界のみにとどまらず、より高きをめざして、精進していくつもりです。