サロン・ド・ショコラ 

2006年01月25日(水) 22時42分
新宿伊勢丹に
開店20分前に到着したときには、
「セミナーはキャンセル待ちです」との
声が聞こえた。
今日は待ちに待った
Salon du chocolat」の初日。
その会場は6階。
開店直後に入ったのに、お目当てのアンリ・ル・ルーの前には
もう既に何人もの人が並んでいた。
20分ほど並んで買い終えると、階段まで列がのびていて、
誰かの話ではそれが3階まで続いているようだった。
もう一つの長い列。それはメゾン・フェルベール
フェルベールさんご本人もいらっしゃって、
にこやかにサインや撮影に応じられていた。

立ち見で参加したジャン=ポール・エヴァンのセミナーは
とても興味深いものだった。
チーズとチョコレート、この意外とも思われる組み合わせについてのお話。
熟成24ヶ月のミモレットに、少量のカイエンペッパーを混ぜた
カカオパウダーをまぶす。
熟成12ヶ月のオッソ・イラティの上に、
はちみつで苦味を抑えた85%カカオとヘーゼルナッツ。
それからもう一種類のチーズ(不明)に、
お湯で溶いたショコラショー「パリジャン」をのせる。
それらを白ワインで。
赤ワインとの組み合わせを考えたときには、ガトー・ショコラだけれど、
その際は組み合わせを楽しむというよりもショコラで甘くなった口の中を
赤ワインで洗い流すのが目的だそう。
それは印象的なお話だった。

「新宿は遠いから行かない」が口癖の私だけれど、
大好きな友達に会うのとSalon du chocolatだけは例外にしようと思った。
そんな楽しい一日。

PUISSANCE=POWER 

2006年01月24日(火) 14時39分
「扉を開けた瞬間、
フランスの薫りが漂うようなお店です」
HPに書かれている言葉そのままの
お店だった。

車で簡単に行ける距離でありながら、
なかなか訪れる機会のなかったお店。
フランス語で力強さを意味する「Puissance」。
念願叶って、このパティスリーにやっと行くことができた。

こじんまりとした店内には、所狭しと焼き菓子やヴィエノワズリーや
ジャムなどが並べられている。
その他ショーケースには、おいしそうなチョコレートやケーキ。
店内に広がる甘い匂いと、流れてくるフランス語のラジオが、
パリの朝を思い出させる。
持ち帰って食べたクロワッサン・オ・ザマンドは絶品だった。

周辺に魅力的なお店がたくさんある中で、キラリと光る「Puissance」。
またあの雰囲気を味わいに出掛けよう。

かわいいお友達 

2006年01月23日(月) 16時03分
彼女たちは、
もうすぐ3歳になる
双子ちゃん。
そして私のかわいいお友達。
一緒に公園に行ったり、
テレビを観て歌って踊ったり
とっても仲良し。

今月、家族総勢7名で東京タワーに行った。
行きの車中で彼女たちは言う。
「ともちゃんは、とーきょーたわーにいくの、こわい?」
「(本当は怖くないけれど)うん、怖いよ。
だからお留守番していようかな」
「わたしたちがおててをつないであげるから、だいじょうぶだよー。
こわくないからねー」

この家族の女性陣では私が一番彼女たちの年齢に近いので、
どうやら「年の離れた友達感覚」らしい。
私が東京タワーを怖がるはずだと考えた彼女たちは、
どうすれば私が安心してタワーの展望台まで行けるか、
前夜からずっと二人で相談していたのだそう。
試しに高所恐怖症の彼が「僕も怖いなー」と言ったら、
「あなたはおとこのこでしょ!」と叱られていた。

大展望台には、足元がガラス張りになっていて
150m下まで見下ろせるところがある。
怖がる家族を尻目に、私たちはその上でおどけながら
何枚も写真を撮った。
このはしゃぎっぷり!
一番強いのは、やっぱり「女の子」なのかもしれない。

雪とアサリの夜 

2006年01月22日(日) 19時06分
近所にスーパーがないので、まとめて週末に買出しに行く我が家。
でも昨日は雪で車を出せなかったので、食糧難に陥ってしまった。
急遽、夕食は近所に唯一あるファミレスで食べることに。

ファミレスまで行く間、あちこちの家で雪かきをしているのを見掛ける。
隣家との境界線をどうするかとか、集めた雪をどう処理するかとか、
それはそれは千差万別で、住む人の個性が出ている気がした。
雪国育ちの私は、雪かきなどしたことのない彼を相手に、
それぞれの家を批評した。
そして「どの家よりも上手に雪かきをする自信がある」と宣言した。
彼は静かに笑った。

ファーストフードやファミレスのないところで育ったせいか、
そういうところに行くとちょっぴりワクワクしてしまう。
ドリンクバイキングだとか、なんでも揃っているメニューだとか。

昨日はメニューの中に「アサリの青菜炒め 580円」というのを見つけた。
だけどその上に小さなシールが貼ってあって
「ただいまアサリ抜きの480円でご提供させていただいています」との
ことだった。
アサリ抜きならばそれはただの「青菜炒め」であり、
アサリの値段はその差額から単純に考えて100円ということになる。
私たちの隣に座ったグループの間でも
そのアサリ抜きの「アサリの青菜炒め」が話題になり、
やはり大笑いになっていた。

ちょっと奇妙な雪の夜だった。

温度差 

2006年01月21日(土) 10時12分
昨夜、
夕食を食べ終わって
のんびりしていたら、
無性にどこかでゆっくり
コーヒーを飲みたくなった。
考え出したら止まらない私。
でも近所にはお店がない。
彼と相談して、
コメダ珈琲に車を走らせることに。

コメダは名古屋を中心に展開している喫茶店。
モーニングが有名なのだけど、私たちのお目当てはいつもシロノワール。
デニッシュパンケーキの上にソフトクリームがのっていて、
メープルシロップをたっぷりとかけて食べる、それはそれは幸せな食べ物。
その名前の由来も意外と奥が深くて、
「ソフトクリームとデニッシュ」「冷たさと温かさ」という
対照的な組み合わせにちなんで「白と黒(ノワール)」と
命名したのだとか。
ネスカフェゴールドブレンドが一番おいしいコーヒーだと
信じて疑わない私も、ここのコーヒーは飲みやすくて好き。
そしてなにより、このロゴがかわいいのだ。
朝は行列ができるほど混雑するこの広い店内も、
夜は全然お客さんがいなくて、ひっそりとした雰囲気の中で
雑誌や新聞をめくりながらゆったりとした時間を過ごすことができた。
寒いけれど、暖かくて幸せな夜。

そして今朝。一夜にして広がった銀世界。
ずっとずっと心待ちにしていた、
インテリアショップのセールも泣く泣くキャンセル。
まだまだ降り積もる雪を眺めながら、お家でのんびりすることを決めた。

想起 

2006年01月20日(金) 7時04分
彼女がこの世の中で最も愛している文章は、
小沢健二の「犬」のライナーノーツだという。
そして二番目に愛しているのが、
レイモンド・カーヴァーがパートナーのテスに書いた詩。
どちらも彼女らしいと思う。

私が一番好きな文章は・・・?
しばらく考えてみる。
そしてあるアルバムのライナーノーツを思い出す。

その人は、スーパーで買い物をしているとき、
喫茶店で友達と話をしているとき、一人で本を読んでいるとき、
ガソリンスタンドで窓を開けたとき。
そんなときにふと耳に入ってくる歌がとても好きなのだそうだ。
そしてこう綴る。
「それらは毎日の日々のところどころで私たちをかすめて
ハッとさせて行ってしまう。
それを思う気持ちは、
はっきりしないまま別れ別れになってしまった恋人や、
好きだったのにうまく話せなくて、今度会ったら絶対話しかけようと
思っていながら、今度がやってこなかった人のことを思うのに似ている。
それから、次はきっとこんなふうにしようと心に決める希望に似てる」と。

この「今度がやってこなかった人」の部分が、私の胸をいつも締めつける。
まさに私、だから。
一瞬触れた手の感触、
たった一度だけ言葉を交わした日に買ったスウィーティーの味、
そしていつの間にか見掛けなくなってしまった彼。
抱いていた小さな恋心のかけらを思い出すからだ。

文章の好き嫌いというのは、きっと、
そこに自分をどれだけ重ねられるかによっても違ってくるはず。
私はそう思っている。

ピラカンサ 

2006年01月19日(木) 15時58分
ピラカンサと南天。
私にはいつも区別がつかない。
たわわに実るのがピラカンサならば、
きっとこれもそう。
青空に朱色がよく映える。

髪を、切ってみた 

2006年01月17日(火) 18時41分
「スキーとかスノーボードはしますか?」と聞かれたので、
「ううん、しない。雪国育ちだけど、一度もしたことがないの」と答えた。
彼は「えっ?!そんなことって!」とひどく驚いていたけれど、
しばらくしてから「まぁ、そんなもんですよね・・・」と
まるで自分自身に言い聞かせるかのようにつぶやいた。
きっと、彼にしかわからない何かと重なったに違いない。
私はそのことをしばらく心の中で考えていた。

美容室で交わす、探り合うような会話はいつも苦痛だ。
だけど今日は、会話らしい会話はこれだけだった。
それがとても居心地よかった。

シルエット 

2006年01月16日(月) 13時10分
冬は、シルエットが美しい。

茶色の芝生と、私。

夕暮れの空と、
葉の落ちた木々。

余韻 

2006年01月15日(日) 20時40分
積み上げたものが一瞬にして崩れ去った
その直後に広がる無音の世界。
その静寂の心地よさは何者にも変え難い。

学生時代に師事していた先生は、
レッスンの時に私の演奏が終わってもいつもしばらく黙っていた。
おそらく5秒くらい。
その時に私は余韻を味わうことの大切さを知った。
もちろん、音楽だけではない。
食事や会話の余韻を楽しむことも。
演奏会などで最後の一音が響くと同時に拍手をする聴衆。
これには心底がっかりする。
そんな拍手を嫌って、わざと楽器から手を離さない演奏者や、
タクトを下ろさない指揮者もたくさんいると聞いた。

拍手をすること、呼吸をすること。全てを何もかも忘れさせる、
それが素晴らしい演奏なのではないかと思う。
そして私はそんな演奏を今までしたことがあったかと自分に問うてみる。