年の初めには 

January 03 [Tue], 2017, 22:44
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


カキ食えば
神楽鳴るなり
伊勢神宮




あ、カキ違いでしたか。
2日になって「明日伊勢に行こう」ということになり、その場でスマホで近鉄特急のネット予約。残席はほとんどありませんでしたが、早朝の便で行ってきました。そして夕方には帰宅。
日帰りでお伊勢詣りが出来ることに感謝ですねえ。


もちろん猿田彦神社にある佐瑠女神社にも。芸事の神様です。いい歌歌えますように!



伊勢神宮では個人の願い事などはせず、五穀豊穣であるとか、国家安寧を祈るところ、と聞きます。


なので「世界の平和」を強く強く祈ってきました。そんな2017年の幕開けです。



中也の街を歩いた 

December 29 [Thu], 2016, 8:51
つい先日、3月3日のリサイタル「詩人はつらい」の合わせのために東京に行ってました。プログラム後半のメインは中原中也の詩による歌曲。



新幹線の中で、そういえば中也は東京ではどこに住んでいたのだろう、と調べてみたら、なんとそれはスタジオからほど近いところ。これは何かの縁でしょう。雨が酷くなければブラブラ歩いてみようと決めました。


合わせが終わりちょいとワインをひっかけていい気分で歩き出します。雨はちょうど止んでいました。


目指すはスタジオから駅を越えて行くところ。駅からスタジオまでの往復くらいしか知らない私は、駅の向こうに行くのは初めて。そこはなかなか賑やかな場所で、そして昔ながらの細い道が入り組んだ街でした。


なんでしょうかねえ、この高揚感。まるで海外旅行に来たときみたいな。大阪にもありそうな下町の風景なのに、街の匂いというのはやはり違うんですねえ。すっかり旅人の気分です。


目指すは繁華街を過ぎた住宅街。途中、古い橋の跡を見つけます。川は埋め立てられて遊歩道になっているけれど、この橋は中也も渡ったに違いないと思うとさらに気持ちは昂ります。もう鼻息も荒かったに違いない。


この気持ち、以前にも経験したような。そう、3月にベネチアでゲーテの逗留先を訪ね歩いた時のあの気持ち。ゲーテは「ヨハン」なんてとても呼べなくて「ゲーテ様」。私には神様みたいな人ですが、中原中也のことは皆「中也」と親しみを込めてファーストネームで呼び捨てるのはなぜだろう。


いよいよ中也が住んでいた一角に。その建物が残っているわけでも看板があるわけでもなく、そこに住む人たちもここにかつて中也が住んでいたなどと知る人はいないかもしれません。ただ、やはり区画整理などされていない細い道がかろうじて当時の面影をしのばせてくれます。


強い、季節外れの温かい風に飛ばされそうになり、


雨が、あがつて、風が吹く。
雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
なまあつたかい、風が吹く


中也の「春宵感懐」という詩がふと口をついて出ます。いや、冬の午後やし!と苦笑。


ダジャレで英語を 

December 15 [Thu], 2016, 0:15
英語学習に目覚めた私だが、英単語が覚えられない。覚えてもすぐ忘れる。これが加齢というやつか。高校までの遺産でなんとかやってることが自分でもよく分かる。


先日レッスンでargue(議論する)という言葉が出てきた時


「あー、ぎゅーというまで議論する」


というダジャレが突如思い出された。
そうだ、私は高校の時、ダジャレで覚える英単語、みたいな本を愛読していたのだ(笑)


普通の英単語本ではなく、ああいうのを買おう。と、語学書コーナーではなく、高校生の参考書コーナーに行ってみた。あった。


その名もダジャ単。


初版が2004年であるから私が高校生の時に読んだものとは違うはず。でももしかしたら同じ著者かもしれない。「あー、ぎゅー」もあったし、他にも覚えのあるダジャレが。



なにげに下ネタも多い(笑)






高校生向けなのに?!高校生向けだから?!


これは私の救世主になるのだろうか。いや、今の私ならダジャレだけを覚えて、肝心の単語は覚えられないかも。