楽しみを作る☆ 

2006年05月19日(金) 8時49分
日ごろ毎日同じことばかりだとすぐ飽きる私。
毎日同じように平和であることは、ありがたいのだけど、
ついつい変化というか、一味違うことをしたくなるのだ。
ある意味わがままなんだけど、でもやっぱり人生楽しくなくちゃ。

私の趣味は旅行。
なんといっても、どこか遠くへ行くことは大好き。
日々の生活とは違った空間がそこにはあって、
見るもの何にしても新鮮に見えて、心が楽しくなる。
あー、きたな!違うとこに、きたな♪
そういう楽しみが生まれる。

人間が子供から大人へと年をとっていくのは、
ある意味変化をつけてその年年思うこと、感じることに、
変化をつけさせていくっていう趣旨もあるのかしら?
なんて、へんなことを考えてしまうなぁ。

お金の心配なんて一切しないで、
(なんとかなる♪って考えて)
これからどこへ行くか考えて、楽しみを作り出してゆきたい。

縁は変化する。 

2006年04月11日(火) 16時30分
人と人の「縁」というのは、面白みがあると思う。
不思議と人と人との間に「縁」は存在していて、
ときどきイタズラみたいに誰かと誰かを引き合わせていく。

恋愛もそう。
ふいに恋に落ちるけれど、その人と出会うことがなければ、
恋にも落ちるはずもないのだ。

昔この人と出会ってはいたが、大した関わりも無く過ごし、
ひょんなときに再会して仲良くなったりすることがある。
これは、縁が変化して引き合わせた出会いのような気がする。
昔出逢っていたときには小さな縁だったものが、
月日が流れて形を変えていった縁のように思える。

出会いは大切だ。
新たな出会いは、自分にとって今必要なことを教えてくれる。
それに気づくか気づかないか、本人の取り方次第だけれど、
きっと必ず何かを自分に教えてくれることを忘れないでいたい。
無意味なことに見えても、何かがあるということを。
小さなことかも知れないけれど、『何か』を教えてくれる。

出会いの季節の4月、新たな出会いの中に隠れて潜んでいる『縁』。
その中から、何か探してみるのも、ひとつの楽しみかも知れない。

お嫁さんはスゴイ。 

2006年04月03日(月) 22時51分
「結婚」というものは、漠然とイイものだと思っていた。
いいところしかないものだと、思っていた。
だって、大好きな人と永遠に愛を誓い合えるから。
大好きな人と、ずっと一緒にいられると思っていたから。

『理想と現実は違う』
そんな言葉を知り、理想は現実どおりになかなかうまくは
いかないということを知り、それがオトナになったからなのか
よくわからないけれど、その通りだと感じる。
だからと言ってそれが不幸だとは思っていないけれど、
いいこと尽くしではないことは、わかった。

昔から女性は嫁いでいった。
今までとは全然違う暮らしになるということに、耐えていった。
すごいことなんだなぁ…と、もうすぐ嫁ぐ私は思う。
今、好きなときに友達と遊びにでかけることができる。
明日のことはどうにかなるサなんて考えながら、若さゆえに、
思うがまま好きなことをしている。
が…。
それが、嫁いだら断然しにくくなることがわかっている。
それでも一緒にいたから結婚するんじゃないの?って、
そういわれそうだけど、なんだかそういうわけじゃない。
そういう波に流されている自分がいる。
別にそういうもんだろう、と思っている自分がいる。
嫁いだら、早朝に起きて毎日ダンナの為に弁当を作り、
洗濯・掃除の家事をこなしうつ仕事に出る自分がいるだろう。
果たして自分にそれが耐えられるかといったら微妙極まりない。

けど、それをやりこなして生活している奥様がたくさんいる。
これから結婚する私には、非常に尊敬する人たちだ。
みな、やってきた。
みな、できるように、なるようになるものなのか…。
これからの自分が、どんなもんなのかちょびっと楽しみ?笑

儚い時間。 

2006年03月28日(火) 17時20分
私にとって、高校時代は儚き短い時間だったと感じる。
地元ではなく、他県にある学校を目指して進学。
見慣れた風景が立ち並ぶことはなく、真新しい景色ばかり。
海辺に近かったせいもあり、潮の香りが漂う街は、とても新鮮で、
少し高台にある立地の学校は、窓から絶景を私たちに見せた。

思い出は、それぐらい。
景色が鮮明に残っている。
あとは大事な友達ができたこと。
何故か儚い時間がそこには流れていて、3年間は驚くほど早かった。
勉強したことなんて、ほんの少しの記憶しか残っていない。

確かにその街に自分はいたのだろうけれど…
時間が毎年流れていくたび、本当にそこに自分がいたのか、
不思議な感覚におそわれてしまう。

だから思ったんだ。
振り返るほど儚くなるなら、今の時間も…??
これからどういう風に『今』このときに流れている時間を思うのだろう?
大事に過ごさなくちゃいけないんじゃないかって、思った。

『私は今、この時間、生きている』

そう心に刻みながら、毎日生きてゆけたら…
って思う。

私は高校時代、毎日大事に生きていたわけじゃなかったのかも知れない。
適当に、毎日の時間を過ごしてしまった。
でも、それはそれで。今は、今で。

過去のイジメ。(2) 

2006年03月28日(火) 11時14分
私は、もう、弱い自分でいたくなかった。
ガマンして文句を受け入れたり、黙っていることをやめた。
高校に入ってから、それができた。
嬉しかった。
たとえどう思われても、自分の中にガマンして溜めることよりずっと、
よかった。こういうふうになれたのは、ある意味「えばな」のおかげ。
ずいぶんとさっぱりとした性格の自分が今はいるから。

彼女とは全然会っていないけれど、今はどうしているのか。
私にはわからないけれど、彼女との出会いは私には大きかった。
心の中で、きっと私はずっと「ありがとう」って言い続けるかな。

過去のイジメ。(1) 

2006年03月28日(火) 10時56分
私は中学校2年のとき、いじめられてた。
いつもある彼女の様子を伺いながら、ビビりながら、
毎日を過ごしてたときがあった。
私だけでなく、私以外の彼女に関わる子みんなが。
彼女の名前は「えばなちゃん」。

えばなちゃんに、やめてと言いたかったけれど、
最後の最後まで結局何にも言えなかった。
私には言える強さがなかったし、ただただ弱かった。
争いをしたくなくて、ガマンするだけしかできなかった。
私が大好きな友達のことを文句言うえばなをとめることが
できなかったし、いじめられて無視される友達をかばうこと
すらできずにいた。

最後の最後、えばなはみんなからムシされた。
はっきり言って、散々みんなの文句を言いふらしていじめる、
彼女への罰とも言える姿だった。
きっかけは単純。あまりにも調子に乗りすぎた彼女への不振が
皆一気に爆発をしたのだった。
誰もえばなと一緒にいてかばってあげる人がいなかった。
えばなは一人ぽつんと静かに机に座っているだけになった。
上辺の付き合いだけが、彼女と私とを結んでいたんだ。

中学も3年になって彼女とクラスが離れた。
それから、全然かかわりがなくなり、私の生活は一気に、
平和と明るさを取り戻して毎日が楽しく過ごせた。
えばなは、数人のグループになり、相変わらず静かにいた。

でも、私は彼女と仲良くなろうと思えなかった。
友達のお母さんが「えばなと遊んでやりなさい」
そう言っても、私にはそれをするという気持ちにはなれなかった。
今までされた散々な嫌がらせ、無視、悪口を言われたことが、
私を臆病にもしたし、子供だったし、できなかったんだ。

その後も彼女へ、ある意味ずっと私は執着していった。
高校も別々に進学していったが、風の噂で流れてくるえばなの話。
高校デビューをして、彼女の本性が復活。悪質な文句・友達の彼を
寝取ってしまったりと、結局変わらずに繰り返していたようだった。

もうすぐ桜のきせつ。 

2006年03月24日(金) 11時23分
だんだん、桜の開花が始まってまいりました。

桜を見ると、何故か懐かしい気持ちが胸をキュンとさせる。
それも、毎年毎年切なさを胸に覚える。
ほんの少ない時間、精一杯きれいに咲かせて見せる桜は、
本当に美しく綺麗なお花。
いつか、日本中の桜の名所をめぐりたい。
いるになるのかわからないけれど、それを一生かけて回る
という価値が、ある気がする。
「あぁ、美しいなぁ…」
見事にそう思わせる桜の花々を、見て回りたい。

昼と夜、それぞれにみせる顔が違うというところも魅力的。
そういう魅力の持ち方を、見習いたいところ

今年も、じっくりと短き時間精一杯花咲かせる桜を、
お花見しにいきたいものです。
一生の課題となる、その切なさの正体を探しに。
「また今年も来ましたよっ」なんて言葉を添えて。

ご先祖さまたちに感謝。 

2006年03月23日(木) 17時01分
先日、江原さんと美輪さんの某TV番組を見ていて、
その日のゲストがベッキーでした。
ベッキーは、毎日忘れずに全ての身の回りの人に、
感謝のお祈りを毎日欠かさずにしているそうです。
ご先祖さまをはじめ、守護霊さま、家族、兄弟、
そして友人、恩師、先輩、、、、、、などなど。

そういう気持ちって、大事だなぁって思った。
すごく感心して、お話を聞いていました。
人間は一人で生まれて一人で死ぬけれど、でも、
それまでにたくさんの人たちと出会い、様々な経験を
周りの人たちの助けや、支えなどでしてゆく。
間には必ず、多くの人との出会いがある。

守護霊を信じているかというと、それはなかなか微妙で、
目に見えないものを信じるというのは結構たやすくない。
でも、世の中には目に見えるものだけが真実でないことが、
結構多かったりする。
多くの偶然もそう。
それは必然だったのではないかと、錯覚することもある。
何度か、そういう目に見えないものを信じる機会はあった。
ある日、階段を走りながらのぼっていると、
『そんなに早くいったら、危ないよ』
そんな声が聞こえた。
確かに転びそうで、危なかった。その声を聞いて、止まった。
あたりをみても、誰もいるはずもなかった。
でも、確かに聞こえた。確かに、教えてくれた。

きっと、きっと、守護霊さまはいるのだと思う。
目に見えはしないかもしれないけど、きっと見守っていてくれてる。
そう思うと、「ありがとう」と毎日思うことの大事さが身にしみる。
もちろん、両親や友達、身の回りの方々にも言えること。
人は一人では生きてゆけないのだから、
毎日食べ物を口に入れられる幸せも、誰かが作物を作ってくれてる
そういうことにも、感謝していかないとなぁ…と思わせてくれる。

忘れがちなんだけれど、ふとしたときに、
思い出して。「ありがとう」を。

過去から未来へ。 

2006年03月17日(金) 9時36分
過去は、もう過ぎてしまったもの。
過去は、もう戻らないもの。
過去は、振り返ることしかできないもの。
過去は、時に寂しさを呼び起こす。
過去は、存在していた。

時間が次から次へと流れていくなかで、
着々と過去に過ごしてきた自分の時間ができてゆく。
それはもう、決して戻れるものではなくて、
ただ自分の中で思い出となって胸の中で生きる。

戻りたい、戻れたら…

そう思っても、それは永遠に戻ることのできないところ。
ただ、前へしか歩くことができない、現実のせかい。
自分のものさしを持って、生きて、そして、
今自分はどこまで進んで歩いてきたのだろう??

一度しかないこの人生、走ってみることも大事。
でも、ゆっくり進むことも大事なんだ。
いき急ぐことはないから、大事に進んでくこと。
過去は、時に未来を歩く大切な糧となるもの。
経験は、過去があったから作られる。

もう戻れることは決してなくても、
思い出はずっとこの胸に生きている。

感謝しよう。 

2006年03月09日(木) 9時10分
今日も朝を迎えられたことに、感謝しよう。
自分の身の回りにいる人全てに、感謝しよう。

ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。

自分にとって、何らかの気持ちを教えてくれる。
いいことも、悪いことも、そういう気持ちがあるんだって、
そう教えてくれたことに、感謝しよう。
いいことをしてくれた人には、自分もそうしようって、
いい気持ちをまた誰かに送る。
悪いことをされた人には、自分は誰にもやっちゃいけないって、
そう胸に刻んでいこう。

全てが自分の思う通りに運ばないけれど、それもまた、
自分はまだそういう時期じゃないんだって思うことにしよう。
いつか花咲いてくれる日は、きっとかならず来るから。


ありがとう。
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