♪あの日々はもう帰らない幻に染まる♪ 

March 23 [Thu], 2006, 16:13
今日は、朝7時前に起きてLong Beachにある病院 のカンファレンスに出席。一体私はここで毎日何をしていたんだ?知らない場所、道、景色、お店、人…多過ぎるぅ。ああ、もっといろんな所に行きたかったぁ。

1週間後には、長い間住み慣れた町に居る。肌の色も気にせず、言葉の壁もなく、生まれ育った街で今までしてたように自然に呼吸をする?それとも、苦しくて呼吸困難に陥る?うっ、駄目だぁ。考えただけで、酸素マスクが要りそう・…。

何処にも行ってない私のために、Supervisorが帰り道いろんな所を通ってくれた。マンハッタン、レドンド、ベニスビーチ…。外は真っ暗、海は濃紺…。いつもはスピードガンガン、イケイケの彼女が、ゆっくりゆっくりドライフ ゙ してくれてるのに気付いた時、泣けて来た。

携帯電話の電話番号を整理してた彼女が帰り際に一言、“あなたの電話番号はおいて置くからね。”“えっ?電話を解約して私が居なくなっても?”と聞き返す私はもう限界…。“そうよ、私はSentimentalなのよぉ〜”と彼女が涙ぐんだ頃には文字通り号泣

私は、日本に辿り着くまでに後何回泣くのだろう?

今日のカンファレンスは、Art Activity付。
時間が足りず未完成。
テーマは“Faithfulness”
帰ったらまずこれを完成させよう。

これもいつか思い出に変わる。これを書いている時点でもう過去の事、思い出になったのだ・・・。この思い出がどんな色に染まって行くかは、全部私の手の内にあるのよぉーーん。

ふぅ。
今日の私はなんかかっこいいぞ

♪涙の数だけ強くなれるよ♪ 

March 19 [Sun], 2006, 17:50
本当に泣けば泣くほど強くなる?皆は、あなたは思ってるよりずっとずっと強いんだよって教えてくれる。私は自分は、思ってたよりもっともっと弱いと再認識する。

インターンを始めて間もない頃、決して泣いてはいけない所で、決して慰められてはいけない人にHugされ涙を零した。私と遊んでた女の子の所にナースが注射器を持ちやって来た。狂ったように泣き出した女の子、“いやー。来ないで!私のベッドから降りてぇ…”ナース一人では太刀打ち不可能。5人のナースが助太刀に入り、半狂乱の彼女を両サイドから押さえつける。何とかしないと・・と、病院中を駆けずり回り、先輩を見つけ来てもらった。先輩が宥めても駄目。“出てって!ベッドから降りて!”と泣き叫ぶばかり。少し離れて見てた私は、子供が泣き叫ぶ姿に耐えがたく、ふと目をそらす。と、彼女のお婆さんと目があった。私が毎日孫を訪ねるのを、嬉しく思ってくれているお婆さん。いつか絶対一緒に食事しましょうとインフォメーションをくれた。

皆に抑え付けられ、処置終了。と、お婆さんが立ち竦む私に歩みより、Hugして言った、”あなたの気持ちはわかるよぉ。毎日来てくれて、(孫を)大事に大事にしてくれてるんだものねぇ。でも、もう終わったからね。よく頑張ったよね”その瞬間、凍りついた全身が溶け、涙が零れた。

その後は散々。何をやらかしたのかボス達から次々に事情徴収を受ける。“子供や家族の不安を和らげる為に訓練を受けている私が、逆に慰められてどうする”“お婆さんが心配してるからと、ナースがあの子は一体どうしたの?と聞きに来た”“今後どうするか考えて来なさい。そんな感情的ならこの仕事は出来ない”はい・…としか言えなかった。今まで何度も同じ様な場面に直面した。見るも無残な処置を受け泣き喚く子供達。”ごめんね、私だって本当はこんな事したくないの、でも、先生の指示だから…”涙ながら処置するナースの背中を撫でてたこともある。今までは大丈夫だった。泣かなかったのに…。

何が違うかわかってる。私は抱きしめてもらった。それが、私に涙を零れさせた。私は、愛に、優しさに飢えているのか?一人で張り詰めて頑張っているつもりでも優しくされたら、すぐ溶けてゆく甘ったれのへたれなのだ。今後何があっても泣かぬよう、私はあの日ある決断をした。それから随分時間が経ってしまったが、今日はその決断との決戦の日だった。

♪あっと言う間の夢のTonight♪ 

March 17 [Fri], 2006, 16:32
眠い

いっぱい書きたいことがあるのに、眠い
片付けも掃除も出来てないのに、眠い
しなければいけない事がいっぱいあるのに、眠い
もう時間があまりないのに、眠い
誰かと朝まで話していたいのに、眠い
借りた映画がいっぱいあるのに、眠い
毎日、大して何もしてないのに、眠い
お腹がすいてるのに、眠い


もう限界

いい夢、見れますように・・・。
獏、私の夢を食べないでくだしゃい。

読み返して思った。これは私のキャラじゃない。
いい夢見れますように…ってあんた・・と自分で突っ込んでもたがな。さぶっ
よっぽど眠いとみた。 
駄目だ、こりゃ。今日はもう寝るとしますぅ。
明日また私の凹へたれ凹ぶりを晒すことにしますぅ

♪罪なやつさ アーパシフィック♪ 

March 16 [Thu], 2006, 16:56
毎日があっという間に過ぎてく。げー。
浦島太郎みたく毎日遊んでたら・・・。

ふと気が付いた。後2週間だっ・・・た。
2週間後の今頃、私は機上のヒト もうすぐ日本へ到着って頃かぁ。
うそぉーーーーー。

あーー。こわっ!帰るの怖ひ。

♪時間よ 止まれ♪

うげっ。

しゃよなら。アメリカ…
             
               

♪めがねぇは顔のいちぶぅですぅ だからぁ〜〜♪ 

March 13 [Mon], 2006, 17:55
若い衆とカラオケへ。そこで大物女優さんの結婚記者会見如く、フラッシュピカピカの撮影大会へ突入。私の子供と言ってもおかしくない彼女達と撮った写真の私の汚い事。スッピンが更に拍車をかける。言ってよぉ〜今日は皆で写真撮るってぇ。出掛ける1時間位前に…。エグイ、醜い、おぞましい ああ、私は蕾のまま咲かずに朽ち果てていくのか??

ゆきんこに眼鏡を借り撮影に挑む。おっ、コリャいい 隠れる フレームで目の下のくまも、しみもしわも少し誤魔化せる。ブラボー眼鏡ちゃん
  
ずっとずっと眼鏡をかけてた。眼鏡をかけた自分がおばはんくさくて嫌だった。かけないほうが可愛く見えるのにぃ・…と若い頃は悩んださ。必要最低限以外、眼鏡をかけない。“あんたよぅほんな目で、眼鏡かけんと自転車乗れるなぁ!”と友達から尊敬(!?)されながら、不自由より危険より見かけをとった。デートで映画へ、水中で目を開けてるみたい、でも、眼鏡は駄目駄目。

目の中に自ら物を入れるなんぞとてつもなく恐ろしい。が、何年か後、あまりの不便に耐えかねず一大決心してコンタクトを購入。が、レンズを異物と見なしてしまう私の目は、入れた途端に蛋白が出て真っ白に曇る。装着前に免疫反応抑制の目薬を入れても一瞬で濁る。すり硝子越しに見てるみたい。♪くもり硝子の向こうは風の街♪レンズを入れる度、この歌が条件反射に頭の中に流れ出す。レンズは小さくすぐいろんな所に行っちゃう。目の中に指を突っ込み、瞼をめくり…怖いのなんのって。そんでもって一週間で断念。

それから更に何年か後、使い捨てレンズが発売。既に着用済みの友達に聞くとレンズが薄く、したがって空気がよく通り、大きいので目の中でコロコロ動かない優れものらしい。“あんた、これで人生変わるじょ”とまで言われちゃ、試さない手はない!眼科直行!先手必勝!ここまで来て以前着用のトラウマで慄く私を先生が激怒。“あんた、世の中には本当に目が不自由な人が沢山いて…ウンタラカンタラ…あんたみたいに格好でコンタクトをする人は…グチャグチャ…もうしなくてもいい”

そこまでして入れたコンタクト。ようやく全部出せた顔。それをまた隠す事に価値を見つけるなんて…皮肉だでも、眼鏡欲しい 年ばっかりとって中身が伴わない私の顔が少しでも賢く見えそうなのがいいなぁ これで、また人生変わるかも?ってわけない…か凹

♪それが答えだ!そーです そーなんです♪ 

March 12 [Sun], 2006, 3:39
結局、職探しレストラン巡りの旅も、幼稚園へApplyも出来なかった・…。選択肢がいっぱいある場合、優柔不断な私は決断・行動にものすごく時間がかかる。その上、究極のめんどくさがりなのだ。ウエイトレスでも何でも、何かしなくてはここに残る道はないと分かっていても動けない、でも、これが答えだ。最後の最後に何も出来なかった・しなかった帰国。これが答え!この決断が正しいか否か、分からないけど・…

1つだけ分かっているのは、あのペンダントをくれたボスの気持ち、私が試験に受かった時に一緒に泣いてくれた皆の思いに答えたいという事。

もし、S.Sを決める籤引きでボスが、私じゃなく、別の人を引いていたら・…。あのペンダントが私の手元に来たことに何かを感じる。その何かを信じてみよう。



うん、少し凹へたれ凹から脱出したか・・な?
うん、うん、した!した!
これって自己満足?

♪Ah,ah,ah,ah,staying alive♪ 

March 09 [Thu], 2006, 6:19
先日書いたボス宅でのParty。その日は、土曜日。行きの車のラジオから懐かしのDisco Songが流れ、ダンスあり(あの、ちゃんと運転してください)、歌ありの異様な盛り上がり。車の窓が熱気で曇り、酸素が薄くなる。車を持っていない私は、車にのせてもらう時は外の景色を楽しむ。二度と通る事の無いだろう道、街の明かり、次々と通り過ぎていくお店のShow window。特に私はもうすぐここを去るんだと思うと柄にも無くおセンチになる。そこにSupervisorから突っ込みが・・・“一緒に歌え!踊れ!”

いやいや、一緒に英語で歌を歌えるくらいなら、ここでの生活こんなに苦労してないって・・・・。 

ボス宅に着いた時、彼女の子供達が寄って来て“窓を見た?”と聞く。“ん?何があるの?”と窓を見上げた瞬間、感激の涙が 昨年11月に資格試験を受けた。試験前、皆が口々に忠告をする。“今回受けるのをやめて次回にしなさい”“ほんとに受ける気?250$も払って?勉強したの?私なら受けない”“あの試験は本当にTrickyで、アメリカ人でも何人も落ちてるんだから・・・もう少し勉強してからにしたら”全員一致で大反対され、私は試験前、かなりの不安とプレッシャーを抱えていた。(ここだけの話だが禿げた) 150問、4時間の試験、辞書禁止。その上、毎日10時半に帰宅する私には、勉強する時間が無い。合格率は63%、でもなんとかギリギリの点数で合格した。

見てこの窓。

こんなことされたら
私もう・・・ああっ…








で、皆で私に乾杯
まさに、Saturday Night Fever。
楽しくて、嬉しくて、幸せで、このまま時間が止まって欲しいとさえ思った。同時に、ここに居る素敵な人達とずっと一緒には居れない悲しい現実を受け入れる。

無断で皆の写真載せちゃったけど、まっいいか。

♪昔 となりのおしゃれなおねえさんは♪ 

March 07 [Tue], 2006, 13:00
去年のクリスマス、インターン先のデパートメントでシークレットサンタと言う遊び?をした。一人ずつ誰かの名前の書かれた小さい紙引く。Thanksgiving Dayが終わった次の週から毎週、各自が引いた紙に書かれた相手に5$程度のgiftを贈る。クリスマスには20$。誰にプレゼントをあげているか、誰にも知られたら駄目、まさにシークレット、ドキドキOfficeに誰も居ない時に、相手の机の上にプレゼントを置く。鈍臭い私はいつもプレゼントを置くタイミングが分らず、毎日持ち歩く羽目になったり、挙動不審になったり・・・。

さて、今年の1月7日、遅ればせながら上司の家でクリスマスパーティがあった。それぞれ最終プレゼントを持参。一人ずつプレゼントを開けながら、誰がその人のシークレットサンタ(略してS.S)を当てて行く。

“誰が私のS.Sかもう分かっている”と自身満々で、公言していた私の予想は見事に外れる。私のS.Sはデパートメントのボスだった。インターン先が無く自信を完全に消失し、意気消沈し、自分の夢と留学の目標達成を諦めかけた私にチャンスを与えてくれた人。



私のサンタからのプレゼントは、お揃いのペンダント。ボスの胸元には、毎日2つのペンダントがぶら下がっている。1つは毎日変わる、気分によって、服の色によって、季節によって、イベントによって・・・・ボスはとてもお洒落なのだ。もう1つがこれ、何があっても一年中している。

プレゼントを開けた私にボスは語り出した。このペンダントには深い思い入れがあると言う。“以前、16歳のアフリカン・アメリカンの女の子を担当したの。その娘は、妊娠してたのだけど赤ちゃんを諦めなければならなかったの。赤ちゃんは、HIV(+)だったから・・・。彼女は毎日、私のペンダントを握り締めながら、深い悲しみを克服しようとしてた。あなたの宗教は?と聞かれるけど、私は無宗教。敢えて言うなら‘Love、Hope、Faith’が私の信仰かな.” 

どんな思いで私にこのプレゼントを選んでくれたんだろうと、感激の涙を流す私に、”Merry Christmas”と優しくHugしてくれた素敵なボス。私がこの仕事を始める日につけようと心に決めた。

ううっ、美しい話やなぁ〜〜

♪何もできないままで 時間だけが過ぎてゆく♪ 

March 06 [Mon], 2006, 15:36
此処で何が出来る?それより一体何がしたいの?はい、そこのあんた、今こそ真剣に考えなさい。

 近所のレストラン、マーケット1軒、1軒、今すぐに仕事が要ります、雇ってもらえませんか?と訊いてまわれ。

 幼稚園か保育園にApplyし、先生として働きながら、英語と共に色んな文化や仕来たりをもっと学べ。

 アルバイトをしながら語学学校に行き、Statusを保ち、病院でボランティアをしながらチャンスを待て。

 一度、カナダかメキシコに出て、時間を稼いでみては?

 いい仕事があれば、アラスカでもテキサスでも行く覚悟はある?

 立ち止まったら終わりだよ!

私が迷いの渦の中に溺れかかって何も出来ないのを見兼ねて、もとインターン先のスーパーバイザーがJob SearchのWebsiteを立ち上げ、私の情報をどんどん入力して行く。選ばなければ何か仕事はありそう。

様々な意見、アドバイスが飛び交う中、私は立ち竦む。そんな折、母から電話が入る。まだ仕事を探していないと言うと、後に“だめだなー”と言うTitleのMailが届く。“もうアメリカに未練はないの?ちゃんと納得出来るだけのことはしたの?尻尾を巻いて帰るの?あなたの事だから再挑戦していると思うけど何だかあっけなすぎて残念です。お母さんが居てもいって言ったら、喜んで仕事を探すと思っていました。諦めたの?それとも仕事がないの?あなたの気持ち痛いほどわかっているつもりです。あなたももお母さんの気持ちわかっていると思います。本音も建前も。”

一旦帰ってしまったら、また来るのは難しい、帰ってから後悔するのではと恐れ、レストランでバイトをし、食繋ぎながらチャンスを待つには、私は年を取り過ぎている、と守りにはいる。また、私は一体此処に何しに来たの?何をしているの?と自己嫌悪に陥るだろう。此処に残れば、母に罪悪感を抱き続けるだろう。母のMailは建前だと分ってるから・・・・

何だ、この究極の選択?帰れば後悔と未練、残れば罪悪感に苛まれ、残っても帰っても、Negativeな将来ってか?

何も出来ないまま時間だけが過ぎてゆく。考え、悩んでも答えが出ない。
誰か私に決断力を授けて下さい。

おっと、また暗いぞ。
やれやれ、脱凹へたれ凹の日は、いつになることやら・・・
って言うか、私はいつからこんなへたれで、暗い人間になったのだ?

どうする、私?頑張れ!私

♪BATMAN BATMAN♪ 

March 05 [Sun], 2006, 11:44
?がぐるぐる巡る。何故帰りたくないの?じゃぁ、何故此処に居たい?何が出来る?それより一体何がしたいの?何かしないと!動かないと!あっ、その前に頭の中を整理しなくちゃダワ。

帰りたくない訳:梅雨、蒸し暑い夏、寒い冬の洗濯物干し、蚊・ゴキブリ・蝿・蛙、煩わしい近所、自分の年、閉鎖された世界。まだまだあるが、一言で言えば「窮屈」かな? 

居たい訳:柔軟剤の匂い、一年中カラッとして気持ちいい気候、実にひどかった花粉症が完治、年齢を気にしなくていい社会。その他諸々。一言で言えば「何でもあり、自由だ、Yeah」(あっ、一言でなかったか・・・)

日本人の祖父母、両親、旦那、そして彼との間に子供が生まれる。やがて孫が生まれる。今まで私が居た所は、過去も現在も未来も一本の線上に存在するように感じる。

一方、ここは、色んな歴史、文化、伝統、言葉が絡み合い、過去、現在、未来さえも自由自在に姿を変える。以前、授業中、教授が“私の父はIrish、母はJewish.あなたは?”と一人ずつ訊ねていったことがある。“私の父はItalianで、母はAmericanです”“父はGerman.母はAmerican.”皆、ここの国民だから事実上“アメリカ人”なのだが、Originは違う。30人程のClassmatesの中で、“両親ともAmerican”と答えたのは誰一人としていなかった。

Wow!面白い。じゃぁ、真のアメリカ人って一体誰?この大きな国の何処に居るかによって違うが、私の居る所はまさに“Melting Pot.”私はここの人達に魅せられたのだ。肌や髪の色、目や鼻の形、睫毛の長さ、唇の厚さ、頬骨の高さ・・・皆違うのに、見事溶け合い、融合して・・・あー上手く書けない。数少ない読者様、私の云わんとする所、ご理解頂けたでしょうか?

ここで子供達ともっと接してみたい。彼らを知る事で私を知る、今までと全く違った角度から私を観る、新たな発見、未知の経験。日本では無理であろう。帰りたくない訳は、蚊・蝿まで持ち出し、情けないものになったが、居たい訳はどうだ。立派()であろう。

さて残りの質問は、何ができ、何がしたいか?頭痛い。蝙蝠みたく逆さにぶら下がってみれば、頭の中の霧は一掃されるか今、此処に伝説の"BATWOMAN"が誕生する。ぬははははは・・・よっしゃ、逆立ちしてみよっ。はぁ、気付けばまたこんな馬鹿やって遊んでる私って・・・凹
2006年03月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
最新コメント
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:memoirsofpi
読者になる
Yapme!一覧
読者になる