Cold play 

June 10 [Wed], 2015, 14:40
「寒いの…」
彼女は僕の腕の中で小声でそう言った。
「俺が君を温めてやる、ずっと」
ふるえる彼女の身体を強く抱きしめた…

「はい!OKでーす!」
監督の声でハッと我にかえる。そうだ、これは映画の撮影だった。
主演女優の身体は僕から離れ、
「監督!イイ画撮れてますー?」とモニターの方へ向かっていった。

映画といっても、大学の映画研究会の短編作品。
僕はその映画のスポンサーであり、主演男優でもある。
そう!これは僕と彼女のためのラブストーリー!
はっきり言う!下心に満ちみちた計画だ!

父親は有名なアパレル関連の会社を経営していて裕福。
母親は元モデルで、今は親父の会社でファッションブランドを立ち上げている。
僕は街でモデルにスカウトされたくらい顔もスタイルもセンスもイイ。
小学生の頃から女の子に不自由した事は一度もない。
だって向こうの方から寄ってくるのだ。
振った事はあっても、振られた事は一度もない!

そんな僕が初めて好きになったのが、主演女優の彼女。
派手ではないが人目をひく雰囲気を持った女性。
演劇に打ち込んでいて、舞台女優を目指している彼女に一目惚れをした。
何とか近づこうとデートや合コンに誘ったりしたが、
「忙しい」の一点張りでなかなか仲良くなれない。

それで今回の作戦を思い付いた。
脚本は僕主導で書き、僕と彼女を主役にする事を条件に
映画撮影に関する費用を全部出すと研究会の奴らに提案した。
脚本は監督からの手直しはあったものの、
僕と彼女が“密着する”シーンが多かったので気に入った。
そして今日のクランクアップまでこぎついたのだ。
あとはこの流れで、本当の“彼女”にするまでだ!

「はい」
目の前に彼女の開いた手が見えた。
「今回のギャラは?クランクアップにもらえるって話だったけど?」
「ああ、それはこれから打ち上げがあるからその時に渡す…」
僕の言葉を最後まで聞かずに、彼女は言った。
「ごめん。打ち上げには行けないからここで渡して」
さっきまでの愛情のこもった声と違う、ビジネス的な口調。
「打ち上げに行けなきゃギャラが出ないわけじゃないわよね?」
映画に出る条件でお金を出すとしか言ってなかった。これは失策だ!
開いたその手にギャラの入った封筒を渡すと、それじゃ…と彼女は帰ろうとした。
ヤバい!

「あ、あのさ。これからも時々映画に出てくれないかなぁ…」
「それは無理。劇団に入って本格的なレッスンに入るから」
「じゃあ、あのっ!あのっ!…」次の言葉が出てこない。
「わたし急いでるの。彼が待ってるのよ」…へ?
「このお金でこれからデート。早く撮影終わらしたかったー」
え?え?…えーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?
そう言って彼女は風のように去っていった。僕のアホ面を見る事もなく。

「知らなかったのか?将来を約束した男がいるって」と肩を叩かれた。
結構学内で有名な話だぜ、と監督である男が言った。
知らなかった。誰も教えてくれなかった。
「高校からの付き合いで、彼女の方がベタぼれなんだと」
何でそんなに彼が好きなの?と友人に聞かれた時に
「わたしを一番に想ってくれてる気持ちがわかるから、
わたしも彼に何かしてあげたいの。これって愛よね」
空いてる時間を全て彼に捧げるほどの惚れっぷりなんだそうだ。

「顔が良いとかお金持ちとかなんて興味ない。
言っておくけど今回の相手役には何の魅力も感じないわ」と撮影前に監督に言ったそうだ。
「おまえの下心は見透かされてたみたいだな。
ま、おかげで映画を撮れたんで俺らはありがたかったけど」
もう一度肩を叩いて、監督はスタッフの方へ歩いていった。

僕はこの時、初めて人の怖さを知った。同時に自分の幼さも。

「寒い…」季節は春だが、背中にかすかな寒気。
それは全身に広がり、しばらくの間動けずにいた。

プレゼントを配るのがイヤになったサンタ(前編) 

January 16 [Fri], 2015, 17:47
「もうサンタやめます。探さないでください」

クリスマスまであと一ヶ月。
サンタランドに衝撃が走った。
サンタクロースが失踪してしまったのだ。

一番仲の良かったドワーフが言った。
サンタが「最近の子供はわしらを信じなくなった。それが悲しい」と言ってたと。
二番目に仲の良かったドワーフが言った。
「そんなものよりゲーム機か金をくれという子供が増えた」と。
三番目に仲の良かったドワーフが言った。
「プレゼントなんて配る意味なんてない」と辛そうだったと。

サンタが配るプレゼントの、本来の意味を知る者がそれだけ少なくなった。
確かにサンタからのプレゼントは木のおもちゃで一見子供だましのようだが、
それは“才能”や“幸運”を物質化して人にわかりやすくするため。
だから頑張った者や良い子にしかプレゼントは配られないのだ。

サンタがプレゼントを配らなくなるとどうなるか?
君たちは考えた事があるか?
いくら良い子でも頑張っても“プレゼント”が配られないのだから、
その行為は報われないし才能は伸びない。
そうすると「良い子しても頑張っても無駄無駄!」と、誰もが怠け者になってしまう。
夢も希望もなくなった世界を、君たちは想像できるかい…?

サンタランドの住民にとっても死活問題である。
プレゼントを配るサンタがいるからこそ、サンタランドの存在に意味がある。
サンタがプレゼントを配らなければ、全てが無と同じなのだ。
最初彼らがやった事は、もちろんサンタの捜索。
しかし見つかったとしてもサンタがプレゼントを配る意思がなければ
どうしようもない。

さて、どうしたものだろう?

どうやって“サンタにプレゼントをもう一度配らせる気にさせるか?”
世界中の妖精に捜索を続けさせながら、サンタランドの首脳陣は頭をかかえていた。
サンタの代役を立ててプレゼントを配る事も考えた。
しかしサンタクロースは今や世界共通のアイコンとなっている。
サンタらしくない者が家に行ったら、それこそ大事件になる。
いなくなったサンタは初代からすでに100年以上のベテランで、
彼=サンタのイメージがこのサンタランドを支えているくらい重要人物。
代役や跡継ぎになれるほどの逸材は今もいないのだ。

どうしたらサンタにやる気を起こさせる事ができるんだろう?

クリスマスまであとわずか。
どうしようもなく、時間だけが過ぎていく…

プレゼントを配るのがイヤになったサンタ(後編) 

January 16 [Fri], 2015, 17:41
クリスマス当日。

時間ギリギリにサンタクロースはサンタランドに戻ってきた。
そして無事にプレゼントを配り終えたのだ。
サンタランドのみんなはホッと胸をなでおろした。

ようやく落ち着いた頃、一番仲のいいドワーフがサンタに聞いた。
「戻って来てくれてうれしいけど、どうして気が変わったの?」と。
ホットワインを飲みながら暖かい暖炉の前で、
木製のリクライニングチェアに座るサンタは話を始めた…

サンタランドから逃走した私は徐々に痩せていった。
だんだんサンタらしくなくなっていき、
ある国にたどり着いた時にはもうガリガリ。
ただの痩せこけたおじいさんにしか見えなかった。
その国はサンタランドとは違い、暖かくて食べ物も豊富。
貧富の差はあってもそんな事は関係なくて、みんな幸せそうだった。
何にも持ってない私に着る物や食物を与え、
しばらくここにいると答えると空いてる部屋をタダで貸してくれた。
何てここはいいところなのだろう!と感激した。

話を聞いていたドワーフは、
「そんな素敵なところにいてなぜ帰ってきたの?
僕だったらずっといるのに?」と聞いた。
「私もそう思ったさ」サンタは先を続ける。

ある日町を歩いていると、
肌の浅黒い銀髪の男の子が目に飛び込んできた。
明らかに周りの人々とは違う雰囲気を持ち、
着ているものは同じランニングシャツに短パンだが
どこかしら自分に似ている気がした。
声をかけて聞いてみると、お父さんが北欧の人で
お母さんと結婚してこっちに来たのだと教えてくれた。
北欧と聞いて、ふと懐かしさにかられ聞いてみた。

君はサンタクロースを知っているかい?

すると子供の顔がぱあっと満面の笑顔に変わった。
おじさん、サンタクロースを知っているの!?と逆に質問された。
ここでは困っている人に手助けするのは当たり前だったので、
プレゼントを配るサンタの存在は誰も知らないのだ。
彼が知っていたのは、父親に話を聞いていたからだった。
「ああ、ちょっとした知り合いでね」と言葉を濁した。

今までは「サンタにプレゼントがもらえるよう伝えて」とか、
「何でプレゼントくれないんだよー!」という子供ばかりだった。
その度うんざりしてきたが、彼の答えは違った。

「いいなぁ、僕もサンタになってみんなにプレゼントを配りたいよ」
どうして?と、今度は私が聞いてみた。
「だって、みんなが喜んでくれるでしょ?そういうサンタが羨ましいんだ」

彼は現実を知らない。そういう子供は少ないのだと教えてあげたかった。
と同時に「サンタを信じている子供」の存在を忘れている事に気づいた。
その子達を無視して、ただ逃げてるだけの自分に。

「君はそんなにサンタになりたいのかい?」と聞いてみた。
「うん!もちろんさ!」と、彼は元気に答えた。
それを聞いた私は、これからやるべき事を知った。
いや、前々からそうするしかないとわかっていたのだ。
それでも彼の言葉で、目の前に道ができたような気がしたのさ…

「それで戻ってきたの?」ドワーフは言った。
サンタの私が次にやれるのは“彼のためにサンタを続ける事”だ。
もしかしたら途中でサンタになりたくなくなるかもしれないが、
それでも今はそれくらいしか私にはできないのだよ。
もし彼がサンタになりたいのに、席がなかったら悲しむだろう?と。
そう答えるサンタの顔は、ランドを逃げ出す前の顔とは違い
満面の笑みをたたえていた。
ドワーフはその子供を知らないけれど、
今の彼みたいな笑顔をしていたんだろうと思った。

その後サンタは毎年笑顔を浮かべてプレゼントを配るようになった。
サンタを信じている、また信じない子供や大人にも区別なく。
実は時々、彼に会いに行ってる。
その後決まってキラキラした笑顔で戻ってくるのだ。
まるでサンタがサンタに会いに行ってるみたいに。

その子供がサンタクロースになって、そりに乗ってトナカイと空を駆け抜ける。
そして誇らしげにプレゼントを配る姿。
想像するだけでサンタも、ランドのみんなも幸せな気持ちになった。

もしサンタにならなかったとしても、それはそれでいいのだ。
“サンタになりたい”という彼の気持ちが、今のサンタの原動力になっている。
いつか誰もが“サンタになりたい”と願うようになればいいなぁと
サンタと一番仲の良いドワーフは思うのだった。

One Thousand Song 

September 22 [Mon], 2014, 13:41
「私と付き合おうなんて、1000年早いのよ!」
中一の頃から片想いしていた女の子に告白し、高二の秋にふられた。

勉強もファッションも彼女のために頑張ったのに。
その結果がこれだ。あまりにも残酷な響き。
1000年後なんて確実に死んでる。
吸血鬼かゾンビにでもならなきゃ無理な相談だ。
他の女の子には目もくれず、彼女だけを見てたのに。

それでも諦めきれず、彼女が他の男と結婚しても
僕自身は一生独身をつらぬいた。

死後の世界に着いた時、自分だけ別な場所に案内された。
2畳ほどの白い部屋。真ん中には背もたれのない白い丸椅子。
椅子に座ると、上の方から“声”が聞こえてきた。

[おまえの望む人生を与えてやろう]

最近滅多にいない
“一人をずっと想い続けた”僕に対する“ご褒美”らしかった。

金持ちでも偉い人でも、思いのままの人生。
だけど望みはたった1つ。

彼女にふさわしい人に生まれ変わりたい。

死んでもなお、僕にはそれしか思い浮かばない。
“彼女”は僕にとって特別な人だから。
その“声”の主は、願いを聞き入れてくれ、
僕は“告白する日”まで何度も生まれ変わり
“彼女”を待ち続けた…

1000年後。
ようやく彼女と同じ魂を持った女の子に告白した。

「私と付き合うなんて、10000年早いっつーの!」



      一ケタ増えてる…


ああ、僕はいつになったら彼女と一緒になれるんだろう?

それともこれがいつまでも続くのが僕の運命なんだろうか?

WISH〜月見る猫と月が嫌いな私の物語 

September 06 [Sat], 2014, 11:50
月にウサギが住んでいると昔の人は言ってたけど、
私にとっての“ウサギ”は猫のガリレオ。

会社から家に向かう道すがら、
いつも同じ塀の上で月を見ていた猫。
それがガリレオとの最初の出会い。

「私んちからはもっとよく見えるわよ」と声をかけてみた。
その猫は私の顔をじっと見て、
塀の上から降りてそのまま家までついてきた。
そんなに月が好きなのか…この猫は。
私、月なんて大嫌い。

どうしてかは忘れてしまったけど、
月は私を不安な気持ちにさせる。
それなのに仕事は月旅行のツアーコンダクター。

今は誰でも気軽に宇宙旅行に行ける。
ワープ航法が安全確実なレベルに上がってからは、
火星でも木星でもほぼどこへでも行けるようになった。
しかし、月旅行の人気は高い。
“月から地球を見たがる”人達はなぜか絶えないのだ…

私の家は丘の上にあり、
周りには高いビル1つない場所に建てられていた。
今時木造の平屋で、花壇も何もない殺風景な広い庭がついている。
猫はその庭の真ん中でじっと月を見ていた。
何だか悔しいので、猫の名前をガリレオにした。
それに母の名が“月子”だから。
その猫に母の名を冠するような真似はしたくなかった。

大きな瞳と耳のグレーの短毛で、赤い首輪をしていた。
一緒にいてわかったのは、猫らしくない猫という事。
一度教えた事はすぐに理解し、粗相もいたずらもしない。
何日か留守にする時は餌を置いておくのだが、
計画的に食べるのかニャアニャア鳴きわめく様子もない。
まるで聞き分けのいい人間のようだった。

今まで一人で寂しいと思った事はないが、
ガリレオを飼い始めて日常が少し賑やかになった気がした。
両親は私が高校を卒業する年に事故で亡くなったから。

年に1度、会社からの誕生日プレゼントとして
宇宙旅行が贈られる。
この時だけは担当地区以外の星へ行けるのだ。
しかし今年は月を選んだ。
担当地区なら自分の他に誰か…ガリレオを連れて行ける。
いつも淋しい思いをさせているし、
好きな月に行けたら嬉しいだろうと思ったから。
ガリレオに一緒に月に行くよと言うと、
ビックリしたような表情で私を見た。
その後一段高い声でニャアオと鳴いた。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

27才の誕生日。
私はガリレオを腕に抱き、月の展望台に立っていた。
ツアコンとして来る時とは違い、ここから観る地球はとても遠く感じた。

ふと思い出した。

母は月で生まれた人だった。
祖父母が月への移住計画で試験的に住む事になり、その間に生まれたのだ。
その計画は失敗し地球へ戻るのだが、彼女にとっては出生地であり故郷。
時々月を眺める母の顔は、まるでかぐや姫のように儚く思えた。

子供の頃「どうして月を見ているの?」と聞いた事がある。
「月にね、お友だちがいたの。とても楽しかったわ」
幸せそうに笑う母を見て、いつか月に帰っちゃうのかも!
一人で月に帰っちゃうんだ!と思った。
ああ、だから私は月が嫌いになったのだ。母を月に取られるという不安。

その時ガリレオが展望台から外に出ていった…感じがした。
実際はガリレオは私の元にいたし、
展望台のドアが自然に開くわけがなかったのに。
でも…ここにいるガリレオは、出会った時のガリレオではなくなった。
“じゃあね”という声が聞こえた気がしたが、私と猫以外誰もいない。

その後、ガリレオは普通の猫になった。
利口な猫には変わりはないが、それでも前のガリレオではないと感じた。
月を見つめる事がなくなったから。

月に行った時に感じた“あれ”は何だったのか?
もしかしたら母に会いにきた“月のお友だち”だったかもしれない。
それとも地球に落ちてきたエイリアンが月に戻りたかったのかもと
いろいろと考えてみたものの、その証明はできないのだ。

代わりに私が月を眺めるようになり、少しだけ月を好きになった。
ねぇガリレオ。月の様子はどう?仲間はそこにいるの?
もしひとりだったなら、淋しくはない?
また地球に来てもいいんだからね。

短い時間だったが、私の日常も少しは変わったのだろうか?
心に少しだけできた隙間に一抹の淋しさをかかえて、
同時にもうここにはいない“相棒”を携えて
ちょっとだけ大人になれた気がした。

ありがとう。私の“月のお友だち”

サポート〜この素晴らしき便利な世界〜 

July 23 [Wed], 2014, 19:15
こんな時、昔の人はどうしたんだろう?

携帯端末“サポート”の所有率が一人に一台の時代。
持ってる事が当たり前だし、むしろ持ってない方が珍しい。

勉強もしつけも“サポート”のアプリ。
学校も行きたくなければ、“サポート”で衛星電波経由の自宅授業。
友人とも学校専用のSNSで会話し、
それ以外では自分の好きなコミュニティを選んで
都合のいい“友達”と付き合っていた。

全てが便利で自由で、それが当たり前だった。

“友達”と直に会うため、街に出る事に。
何週間かぶりにワンピースを着て、メイクもコーディネートもばっちり決めた。
マップで待ち合わせ場所を確認し、そこへ向かう途中だった。
右手にナイフを持った男が、歩道をうろうろしていた。
長い髪の毛は落武者のようにざんばらで、
薄汚れたTシャツとチノパンは不潔な臭いを撒き散らしている。
唾を飛ばしながら発する言葉は意味不明で、その目は虚ろで生気がなかった。
私の方を見て、ゆっくりとした歩みで近づいてくる。

今まで平和で何事もなかった日常。
目の前の状況が今も信じられない。

こんな時、昔の人はどうしたんだろう?

そうだ!
SNSの一斉送信で助けを求めよう!
私は“サポート”を取りだし、緊急用のアプリで助けを求めるメッセージを送った。
位置はGPSでわかるし、きっと誰かが助けてくれる。
一人くらいはメッセージを見てくれるはずだ。

私がやれた事はそれだけ。
それしか思い付かなかった…

**********************************

「何で…」
人通りの多い街中の歩道の一角に横たわる
若い女性の死体を見下ろして、管轄の刑事はつぶやいた。

人の多い繁華街で起こった無差別殺人。
亡くなったのは彼女を含め3人、他に数名軽傷者が出た。
犯人は20代の男性で、連絡を受けた警官に捕り押さえられた。

「便利なものだよな」
先輩刑事が死体の手に握られている“サポート”を指差した。
「しかしこいつは人間じゃあないし、頼れる相棒でもない。単なる道具だ。
あまりに便利なもんだから、何でも解決してくれると勘違いしちまうのさ」
「けど、誰だって叫ぶくらいできるでしょう?」
「最後の利用記録を見てみろ。緊急時アプリからのSOS一斉送信だ」
「まさか…それしか思い付かなかったって事ですか…?」
「そのまさかだよ。俺には信じられないけどな」

最近じゃ声に出すなんて滅多にない。
近くにいるのに、端末を介しての“声のない会話”が
見えない電波に乗せてあちこちに飛び交っている。
どんなに親しい友人でも、ましてや親子間でもそうなのだ。
それが普通の世の中になってしまった。
僕たちは“声を出す行為”を忘れてしまったのだろうか?

周りをふと見渡せば、各々の端末画面を凝視している人の群れ。
すぐそばに事件現場があるのに素通り。
たぶんネット上に流れるニュースを介して“知っている”のだろう。
殺されてしまった彼女達も、数時間前まではその“仲間”だった。

“立ち入り禁止”のテープを境にして、人の心はこんなにも遠く隔たる。

死体はすでに運ばれて、白い人形(ひとがた)だけが残った。
それもやがては消えていくだろう。
この人形が今の人の在り様に見えて、彼はその儚さに一人身震いした。

梅雨時奇譚 

July 05 [Sat], 2014, 19:31
それは梅雨時には珍しく晴れた夕方の事。
大通りから少しそれた裏路地に、紳士用の黒く大きな傘を持つ男。
明治か大正時代のモダンボーイのような出で立ちで、
空いてる手に懐中時計を持って急ぎ足でどこかを探している風だった。
困っているようだったので、これから仕事ではあったが
興味もあったので声をかけてみた。
「なにかお困りですか?」
男は一瞬ギョッとした顔を見せたが
「〇〇町の一丁目の公園へ行きたいのです」と言った。
私も近くに用事があるので、よかったら一緒に行きましょうと促すと
「それはとても助かります」と男は軽く会釈した。

道中、男の持ってる傘がどうしても気になり
思いきって尋ねてみた。
「その傘がとても気になるのですが、それは何なのです?」
「この傘の持ち主に返しに行く」という答えなら、
こうして語る事もなかっただろう。男は言った。
「これから“夜”を開放しにいくので、そのための道具です」

こんな話を誰が信じる?
その上で男は話をしているようだった。
ある一定の時間になると夜の開放時間とその場所が伝えられ、
男はその役割を担っているのだという。
今日のその場所がこの一丁目の公園。
傘の中に“夜”が閉じ込められていて、時間になったら“開放”するのだ。

私は思わず「それは面白い仕事ですね」と言った。
しかし楽しいばかりの仕事ではないらしい。
どこに行くかは当日でないとわからないのでどこにも行けないし、
開放の時間や場所が狂えば上からの叱責が一晩中続く。
男の苦虫を噛み潰したような表情でわかった。
少なくとも一回はそれを受けたのだなと。

「そろそろ時間です」
男は傘を開く準備を始めた。
懐中時計を柄の部分にひっかけ、秒針をながめながら
時間になれば自動的に開く仕掛けです。と説明を始めた。

あなたが案内してくれなかったら、私は叱られていたでしょう。
そのお礼に夜を開放する瞬間をみせてあげます。

カチッと世界全部の時計の秒針が鳴ったような気がした。
傘が開き、その中から暗い“夜の闇”が霧のように空気中に漂い始めた。
それは一瞬の事か、それとも時間をかけての事なのか?
まだ明るい陽の光と融け合い、闇が辺りを侵食していった。
その様子に見惚れてどれくらいの時間が経っただろうか?
気がつくと公園の1つしかない外灯が煌々と光を放っていた。

こんなきれいなものを見せていただいて…
と男のいる方向に顔を向けると、そこには誰もいなかった。
まるで闇に溶けてしまったかのように忽然と。

…さて、私も“仕事”をしなければ。
懐から黒い折り畳み傘を取りだし、パッと広げた。
それまで晴れていた空が曇り、瞬く間に雨が落ちてきた。

私は“雨男”
上からの指示で“雨”を降らせる仕事だ。
外灯やアジサイの花に雨粒が落ち、地面には水溜まり。
雨で靄がかかったように、辺りがぼやけている。
この風景が好きで、私はこれを続けている。

さっき“夜”を開放した瞬間の彼の顔には、うっすらと笑みがこぼれていた。
彼もまた自分の仕事を愛しているのだろう。
そうやって“世界”は私達のような者の手によって、
誰彼の知らぬ間につくられているのだ。

最後の晩餐 

June 06 [Fri], 2014, 12:40

地下の“レストラン”に、一人の男が入っていった。

マンションの一室に一人分のテーブルと椅子があるだけの部屋。
オープンカウンターの奥にキッチンがある、
普通の家庭のリビングのような雰囲気の場所だった。

違うのは、余計な装飾がされていない事だけ。
絵も花も何も飾られていない部屋。
白い壁のみが異様な雰囲気をかもし出していた。

男は黙って椅子に座る。
年老いた男が、彼と向かい合うようにに立っている。
その男は全てを知っているかの如く、彼に話しかけた。

「ご予約の際にも確認いたしましたが、本当にこれでよろしいのですか?」
「はい」
「この後の手続きに関しましても、こちらの申し込み用紙に書かれた処理で?」
「はい。宜しくお願いいたします」

彼がここを知ったのは数か月前。
単調な仕事と変わりのない生活に飽きていた。
パートナーはいるが、ただ一緒にいるだけ。
“愛情”とか、そういうものとは無縁の関係だ。

先の戦争の影響で人口が激減。
それから後、人口増とその維持のための政策で
国が個人の“人生のレール”を決定する事になった。
環境も激変してしまい、戦前の自由な生活はできなくなった。
衣食住も学校も仕事もパートナーも、全て国からの指示。
その方が楽だし生活は安定していたが、ただ“それだけ”だ。

時々彼は祖父の事を思い出した。
戦争で大切なものを喪失し傷ついた人なのに、
亡くなる寸前の言葉が「幸せだった」。

彼は祖父の話を聞くのがとても好きだった。
戦争以前の生活が別の世界の事のように、
どんな作り話よりも彼の心をワクワクさせた。
特に祖父はうまいものに目がなく、
“ニク”や“ヤサイ”がどんなに美味しかったかを延々と話し続けた。
今では簡単には手に入らないものとなった今の境遇が、
男に憧れを抱かせた。
“そんなにいいものなら食べてみたい”と。

この“レストラン”を知ったのは偶然だった。
自分と同じ考えを持つ男と仕事場で一緒になり、ここを教えてもらったのだ。
彼が来る前に、男は先にここを利用していた。
“ニク”や“ヤサイ”を、どう味わったのだろう?
今どうなっているかもわからない男に、聞くすべはなかった。

ぼんやりと考えている間に、彼の前にいろいろな“リョウリ”が並べられた。
祖父から教えてもらった“ゴハン”と“ミソシル”、“タマゴヤキ”に“ヤキノリ”
そして“シオジャケ”からしてくる香りが、鼻腔をくすぐった。
生まれて初めての体験にたまらなく興奮していた。

初めて彼は言った。
祖父に聞いた通りに
「いただきます」と胸の位置に両の手を合わせて…

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「彼はこれで幸せなんでしょうか?」
“レストラン”の若い男性役人が、いつものように上司に尋ねる。
「さあね。わからんよ」先程の年老いた男が判で押すように答える。

戦後に激変したのは食物もだった。
植物も動物も、全て毒物に変化してしまった。
今人類の命を繋げているのは、一日一粒の“Cフード”と呼ばれる栄養剤。
これで一日分の栄養補給と満腹感は得られる。
しかしそれで満足できるのだろうか?
見た目の色や香りと質感。
口に入れた時の芳香、食感、様々な味を感じて
人は生きる幸せを身に沁みるのではないだろうか?
この上司も戦前の“リョウリ”を知っている一人だった。

今日来た男も“リョウリ”を食べる方を選んだ。
ただそれだけの事なのだ。
目の前のテーブルにうつ伏せに倒れ、こと切れた彼を哀れとは思わない。
「最初で最後の“リョウリ”の味はどうだった?」と聞いてみたかった。
少し羨ましい気持ちを押さえて、初老の男は部下に後の処理を任せた。

ここは“レストラン”
上の世代に上がれない人々のために造られた国家施設。
次の世代まで残れる者は国で決定し、後の者は“処理”される。

初老の男は生き残り組に入れたが、それが幸せかどうなのか。
いまだに答えは出ていない。
その答えが出るまで男は今日も明日も、“彼ら”に最後の晩餐を与え続けるのだ。

この世の果てに〜The World End〜 

April 07 [Mon], 2014, 22:12

彼らにとって、それは遅すぎた知らせ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私たちはある辺境の、丘の上の小さな喫茶店にいた。
昔流行ったログハウス風で、2,3人が座れるカウンターと
窓際に四人掛けテーブルがひとつある小さな店だった。

カウンターの椅子に座って、私とパートナーは黙っていた。
都会から逃げて逃げて、この片田舎にたどり着いた。
世の中によくあるだろう、それぞれの両親に結婚を反対されたカップル。
どうしても別れられない二人の逃避行というわけだ。

「幸せになりたいだけなのに…」と隣にいるパートナーが呟く。
僕だってそうだ、と言いたかった。
しかし声にはならず、風で窓のきしむ音が店に響くだけだった。
外は昨夜降った雪が足首ほどの高さに積もり、
風がその表面をすべるように吹いていた。
周りには建物がなく、ただ大きなけやきの木が1本
植えられているだけの殺風景な場所。
私たちの今の心境にピッタリだと、相手もそう思っているに違いなく。

目の前にいる店主であろう初老の男が、
コーヒーを淹れながらそばに置いてあったレイディオをつけた。
「イヤなら消すよ」と言われたが、消すつもりもないらしいし
音があった方が鬱々とした気分も少しはまぎれる。
しかし聴こえてきたのは陰鬱としたクラシック音楽で、
ますます私たちの心を暗くしただけだった…

突然音楽が途切れ、臨時ニュースが始まった。
「先ほど臨時国会で、“同性婚”を正式な婚姻とする法案が可決されました」
そのニュースを聞いた途端、パートナーの顔色が変わる。
それまでの暗い表情が、雪解けの春が来たかのようにふぅわりと明るくなった。
それは私もそうなのかもしれなかった。
「やっと、やっと…」彼のその後の言葉が続かない。

私たちはこの知らせを待っていたのだ。
彼と出会って恋に落ちて、いつか一緒になろうと願っていた。
誰に反対されても離れられず、
いっそどこかで死んでしまおうかと考えた時期もあった。
思い止まったのはこの同姓婚の法案が提出されたという知らせ。
それまでは…と二人で逃げながら待っていたのだ。

しばらくは一般的に容認はされないだろう。
人の目がそう簡単に変わるとも思っていない。
でも私たちにとっては、決定するかどうかが重要だった。
やっと幸せになれる…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なんだ!これは!」
また先生に怒られた。
「おまえはこんな簡単な星もつくれないのか?」
だって…そうなっちゃうんだから…しょうがないじゃないか。
「“あらゆる生命の仕組みと、種の安定化”が今回のテーマだったよな?」
わかってるよ、知ってるよ。
「それなのに、何でこうなる?」
それを知ってたら、うまく出来てるさ。
「突然殺しあいをしたり、同性が交配し始めてどんどん少なくなってるじゃないか」
だからぁ〜何でこうなるかわかんない。勝手にそうなるんだもん。

「もういい。この課題はやり直しだ、ゼウス」
ちぇーっ、また育て直しかよ。青くて真ん丸で結構気に入ってたのにな。

2014 干支小説 〜馬の彼と私の恋愛小説〜 

January 01 [Wed], 2014, 20:01
私の彼は馬です。

競争馬が大好き!とか、親が馬主をしてて馬が好き!とかじゃなくて。



馬なんです、マジで。



あ、でもまんま馬ってわけじゃなくて、頭のところだけ。
言葉は通じるし、学校だって行ってます。
日常生活は私たちと同じ。でも頭部だけ馬なんです。

転校してきた時は私を含めてみんなビックリして。
だって馬なんですもの、驚かないなんて言った人は嘘つきです。
しばらくすると慣れちゃいましたけどね(笑)
スポーツ万能で人当たりのイイ彼は、たちまち学校の人気者。


そんな彼にいきなり
「好きです、つきあってください」と告白されて驚きました!
私ビックリして、「は、はいっ!」って言ってしまった。
だって、彼に一目惚れしてたから。
でも家族や友達は猛反対。
普通に付き合うならいいけど、恋愛や結婚は反対だと。
結婚はちょっと先走りすぎてるけど、お互いに好きな気持ちは止まらない!
彼も両親に反対されて。
「おまえと彼女じゃ、どう見たってつりあわない」とまで言われたって。
それを聞いてショックだったけど、その後の彼の言葉にもショック!

「…好きだけど、付き合うのやめとく?」

なんでなんで!?どうしてそんな事を言うの?私の事好きだって言ったじゃん!

「だって、おまえ…だってさぁ…」

今まで好きだった彼の優柔不断に失望し、腹立たしささえ感じ…
次の彼の言葉が出る前にこう叫んでしまった。

「もういい!バカーっ!」

「…だって、おまえ鹿だし…」










(注)これが「馬鹿」という言葉の起源ではございません、念のため…