芝浜スピンオフ小説〜こまもの草紙 

April 15 [Sat], 2017, 1:50
ここはある大店の奥の部屋。
朝早くに呉服屋の主と、その前で息子が土下座をしている。
父親は微動だにせず、息子の背を見ている。
朝帰りの息子は、父親から出るであろう“一言”を待っているが如く
顔を上げられないでいる。
彼は父親とある女のために頭を下げていた。

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前夜、若旦那は懐に四十二両の金を入れて、芝の浜を走っていた。
品川遊廓の遊女を身請けするためだ。
その金は店からくすねてきたものだった。
悪い事だとはわかっている。
しかし今はそうするのが最善の策だと思ったのだ。
おとっつぁんだってわかってくれる。
だって身請けするのは、あのお千代なんだから。

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お千代というのは、子供の頃に出会った元武家の娘。
同じ大店の柏屋へ女中奉公していた。
柏屋のところは小さい跡取り息子はいたが娘はいなかったので
柏屋の夫婦は実の娘のように思っていたし、
女中の仕事もきっちりやっていたのでいじめられる事もなかった。
元武家の娘にしては高慢なところがなく、
長屋に父親と住んでいたがそこの住人からも好かれていた。

「お千代は武家の娘らしくないなぁ…」つい口を滑らせてしまった。
するとお千代が「私もそう思います」と笑顔で答える。
話を聞くと母親が元々町人で
何かにつけ「武家の娘とはいえ、肩書きで人を見下すのは恥ずる事」と教えられてきた。
父親も「女人も勉学に勤しむべし」という考えの人であり、
若旦那より頭がいいのも筆がたつのも頷けた。
「父が城下に出た時に母を見初めて、婚儀の約束をされたと言ってました」
その話をするお千代の頬がうっすらと赤く染まる。
母親はずいぶん前に亡くなっていた。
「とても仲のいい家族だったんだね」と言うと、
「ええ、本当に」と遠い目をして呟いた。
その寂しげな横顔に、不意に抱きしめたい衝動がわき上がる。
若旦那がお千代に惚れた瞬間だった。

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しばらくして、江戸に流行り病が起こった。
その犠牲者の中にはお千代の父親も入っていた。
そして可愛がってくれた柏屋の夫婦とその子供も。
親切だった長屋の住人は手のひらを返したように、お千代から離れていった。
簡単に葬式を済ませた後、お千代はいつの間にか長屋からいなくなっていた。

流行り病の騒ぎが収まった後に長屋へ行ってみると更地になっており、
お千代の痕跡さえ残ってなかった。
若旦那は知人にお千代を見かけたら知らせてほしいと頼み、
あらゆる方法で探していたが結局みつからなかった。
若旦那が十六、お千代が十五の歳。
出会って三年目の冬の事だった。

再びお千代と会ったのはそれから五年後。
同じ大店の友人二人に誘われて、品川に遊びに行った。
「吉原の太夫も真っ青になるような別嬪さんの遊女がいるんだってよ」
若旦那はそちらの方には興味がなかった。
というより、お千代以外の女に目がいかないのだ。
まさかお千代が遊女になっているなんて思ってもみなかったから。

無理矢理連れていかれた遊廓の部屋に入ってきたのは、あのお千代だった。
化粧をして大人びてはいたが、キリッとした物腰と眼差しは変わっていなかった。
友人を追い払い、若旦那は彼女のお客になった。
抱きたかったわけじゃ…いや、少しはあったかもしれない。
しかしまた会えるとは思ってなかった女が目の前にいる。
それだけで良かったのだ。

それからというもの、若旦那は品川へ顔を出すようになった。
大半は町の様子や芝居の話、たまにかんざしや帯を贈ってもみた。
あっという間に夜が明けて、お千代と別れるのが辛くなってくる。
自分がいない時は他の男と…
それが仕事とはいえ言い様のない辛さが胸を突いた。

若旦那がお千代を身請けしようと思い始めたのは自然の流れだ。
でも自分はまだ商売を勉強している身。
持ち合わせている金子で、彼女を請け出すなんて不可能だった。
だがもう…我慢の限界だった。

ある夜、店から持ち出した四十二両を財布に押し込み、
若旦那は品川へ向かって走り出した。
小雨の降る中、芝の浜を走る。
辺りは暗く、波の音しかしない。
夜目がきくとはいえ、お千代を身請けする事しか考えてなかった
若旦那の注意は疎かになっていた。
砂に隠れていた岩につまづき、若旦那の身体は砂まみれになった。
しかし前しか向いていない若旦那は走り出す。
財布を落としてしまった事も知らずに…

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そして今、父親の前で土下座をしている。
四十二両を無くしてしまい、お千代を請け出す事も叶わぬ
自分の間抜け面を上げられないでいる。
勘当されてもしかたがないと若旦那は思った。

しばらくの沈黙の後に、父親が呟いた。
「そうか…お千代ちゃんがなぁ…そうだったか」
柏屋の夫婦と同じく、若旦那の父親も彼女を娘のように思っていた。
「で、おまえはこれからどうするんだい?」
また金を持ち出してしまうのではないか?と父親が問い詰める。
いいえ!滅相もございません!
お金を持ち出した挙げ句それを無くしてしまう。
こんな間抜けな男じゃ、お千代に顔向けができません。
「ではお千代の事は諦めるのか?」
若旦那は答えに詰まる。
もちろん諦めるなんてできない。
しかし、中途半端な自分が彼女を迎えに行けるわけがない。
どうすればいいのか、その道筋さえ見つけられずにいる…

「それじゃあ…」父親はある提案をした。
これから無くした四十二両分働いてもらう。
それには今まで以上に商売に身を入れてもらわねばならない。
おまえの仕事ぶりに四十二両の価値があると判断したら…
「この店を任せよう。後はおまえの好きにしろ」

それからというもの、若旦那は必死に働いた。
友人の誘いも断り、仕事を早く覚えるために雇いの者と一緒に過ごした。
その中で商売の面白さを知り、ますますのめり込んだ。
お千代を忘れたわけではない。逢いたくてたまらない時もある。
だが再び彼女の前に立つには、今までの自分じゃダメだと感じていた。
それとお千代と一緒にこの店をやれたらという夢もできた。
一人前の男になりたくて、あっという間に三年が経った。

奉公人からも慕われ、仕事を任せてもいいくらい商売上手になった。
元々顔はイイ方だったが、自信がついてきたせいか益々イイ男になり
町の旦那衆の中では一番の人気っぷり。
真面目で優しいし頭も切れる。
で、大店の若旦那とくれば今も昔も変わらずモテるのだ。
しかし彼はお千代以外の女には興味がなかった。
彼女を取り戻すために頑張ってきたのだ。
風の便りじゃ、太夫になれるかどうかの瀬戸際だそうだ。
あるいはどこぞのお大尽が身請けするのか?その噂で持ちきりだった。
彼女が幸せであるならそれでいい。若旦那は思った。
負け惜しみでなく、真からそう思えるようになった。
どういう風になろうが、この三年は決して無駄ではなかった。

仕事が一段落した頃に、父親に奥の座敷にくるよう言われた。
三年前、父親の前で土下座をしたあの部屋だ。
あの時とは違い、惨めだった自分はここにはもういない。
「実はな、店の事なんだが…」と父親が切り出した。
おまえが商売に身を入れてくれて本当に嬉しく思ってる。
うちの奉公人だけでなく、同業者や町の人の誰もがおまえを認めてくれている。
「だがな、まだおまえにこの店を任せるわけにはいかん」
てっきり店を継ぐ話かと期待したが、そんなものだろうと思った。
父親はまだまだ元気だし、教えてもらいたい事もたくさんある。

「でだ、おまえに新しく店をやってもらいたいのだ」
若旦那はビックリした。それは予想外の展開だった。
「私は何の店をするので?」「小間物屋だ」
うちは呉服屋。関連する品々もあるが…
「でも、私はそちらの方には詳しくはありませんが」
「ああ、だから一緒にやってほしいのだよ」「どなたと?」
父親が手を二度打ち、障子が開く。そこにいたのは…お千代!
「お千代がおまえと一緒に小間物屋をやりたいんだそうだ。どうする?」

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三年前、若旦那から話を聞いた後、父親はこっそりお千代を訪ねていた。
息子の言い分はどうあれ、武家の娘から遊女に堕ちてしまった身。
本心は幼かった頃と変わってしまっているかもしれない。
息子を思っての行動だった。
だが息子が言っていたとおり、お千代は昔のお千代のままだった。
そこで父親は昨晩の話をお千代に伝えた上で、
うちの息子が一人前になったら一緒になってくれないか?と聞いた。
お千代は若旦那には言わなかったが、
いつも親切にしてくれて昔から好きだったと。
しかし遊女の身でそれを口にするのは憚られた。
商売が商売だから、ここで逢ってる時は言いたくなかったのだ。

こうなったら話は早い…と思いきや、楼主の首が縦に振れない。
何せ売れっ子の遊女だ。ゆくゆくは太夫にとも思っていた。
いくら町で有名な大店の旦那の頼みとはいえ、金づるを手放す話に乗るはずがなかった。
そこで父親はある条件を出す。
もしまだ未熟なうちに息子がこちらに一歩でも足を踏み入れたら
この話はなかったものでいい。
ただし、息子が一人前になって店を継いでもいい男になったら、
その時は太夫を身請けする金額でお千代をもらいたいと。
今は小さい遊廓の主。太夫を請け出すには最低でも千両だ…
どちらに転んでも俺の懐は痛まない…楼主はうなずいた。

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お千代を請け出す金子を父親が出してくれた。
若旦那とお千代の目から涙がボロボロとこぼれる。
「泣くのは早いぞ、お前たち」と父親。
その小間物屋の儲けで、今回の身請けで払った分の金子を返すのだ。
「お前たちにその覚悟はできているか?」
小間物屋で千両、いやそれ以上かもしれない金額を返す。
それは途方もない額で、無理だと誰もが思うだろう。
だが、二人の気持ちは固まっていた。「はい、きっとお返しいたします」

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さて、二人の小間物屋が開店するとひっきりなしに客が訪れた。
何てったって『品川の売れっ子遊女が町で一番人気の若旦那と夫婦になった』のだから。
最初は野次馬根性で覗きにくる客ばかりだったが、
それまでの経緯を人伝で知るとなると、人情話が好きな江戸っ子気質。
おーし!力になってやろうじゃねぇかと男女いりまじりの人だかりが店にできた。
一つ一つの単価も儲けも少ないが、評判が評判を呼んで噂は大阪まで伝わり
店の行列は品川どころか小田原まで…というのは大袈裟だが
店が閉まるまで途絶える事はなかった。
江戸中の女性はその夢物語に憧れ幸運にあやかろうと小間物を買い、
男性は女性への贈り物にするために小間物を買う。
次第に夫婦の絵草紙や芝居ができたりして、ますます店は繁盛した。
千両返すなんて叶わないと思ったが、どうやらそれも夢ではなくなってきたようで。

…若旦那はお千代に聞いてみた。
「どうして小間物屋をやりたいと思ったんだい?」
すると髪に挿したかんざしと、帯を指差した。
「これがあったから、若旦那を待ち続けていられたんです」
それは前に若旦那が贈った品だった…

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江戸中が幸せな空気に包まれている中で、品川の遊廓の楼主だけは面白くなかった。
お千代を手離さずにいたら、もっと儲かっていたかもしれないのに!
小間物屋が繁盛している噂を聞く度に悔しくてならなかった。
彼女がいなくなってから店の売り上げはそれまでの半分以下。
楼主は朝から晩まで酒を飲む事が多くなった。
「あんれぇ〜どうなすっただ?」店の遊女が楼主に尋ねた。
「どうもこうも面白くねぇ!」
「お千代の事だか?」「ああ、そうだ」
「なんでぇ?よかことじゃないですかぁ?」
「こっちはよかねぇ!あんな店、潰れちまえばいいんだ!」

「ああ、そういうわけだか?」「何がだ?」
「楼主さまが朝から小間物屋開いてんのは」

サクラサク 

April 03 [Mon], 2017, 21:39
その知らせが届いたのはついさっきの事。
テストも自分なりに頑張ったし、これでダメならもう諦めよう。
この数年、テストのために寝るヒマもなかった。
親も私がいつ倒れてしまうか、気が気でなかったらしい。
知らせを聞くまで、一緒に頑張ってきた仲間と酒を飲んでいた。

『サクラサク』

まさか!
今日はエイプリルフールではないが冗談だと思った。
すぐに事務局に確認したら事実だった。
自分のこれまでの苦労が報われた瞬間。
全身の力が抜けた。
残念会のつもりが一気に祝賀会へ変わる。
そこにいた仲間と祝杯をあげる。

最初は無謀だと思っていたが、
今はこのプロジェクトに参加できた事が誇りになった。

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戦争により、地球が放射能に汚染されて一世紀。
地底のコロニーに暮らしていた人々は
“ラサク”の花が咲いたというニュースに狂喜乱舞した。
“ラサク”は放射能を取り込んで、無害化する特性を持っていた。
しかし本数は少なく、また人の手で増やす事も不可能で
これまでは“幻のラサク”と言われていた。
しかし先人たちは諦めずに、
わずかに残っていた“ラサク”の苗を増やす研究を続けていた。

再び地上に戻れるように。

そして今日、それが叶ったのだ。
今回のテストの成功で植栽が可能となり、
ゆくゆくは地上に移植していく予定だ。

“ラサク”は昔、人々の心を沸き立たせ、
見ているだけで幸せな気分になったそうだ。
私の目の前にあるこの“ラサク”
淡いピンクの五枚の花弁を持つ小さな花が、
全ての人の心をつかむのはまだ先の話。

今は私と、今まで実験に参加してくれた研究者仲間の数名の心に
希望の温かい光を灯すように可憐に咲いていた。
わずか1メートル四方のガラスの部屋の中で。

身勝手な約束 

February 19 [Sun], 2017, 21:15
雪の降る街。
ここ数年はあまり降らなかったのに、
今週に入ってからずっと降り続いている。
今日も止みそうもなく、除雪車が行きつ戻りつ
道路の雪を端に追いやっている。
その雪をかり出された役人や市民が
不平不満を言いながら側溝に落としていく。

その様子を見つつ、駅前に立っているバイト帰りの私。
今日はバレンタインデー。
左手に傘、右手にはチョコの入ったピンクの紙袋を持っている。
女でよかったと思った。
男だったら絶対他人にジロジロ見られるし、
恥ずかしいくらいショッキングピンクな袋なのだ。

しかし、このチョコの持ち主は私ではない。

時は昨夜に戻る。
コンビニのバイトを終えてアパートに帰ると、
幼馴染みの書いたメモが郵便受けに入っていた。
“直接カレシに会えないから、代わりに渡してきて〜”と書いてある。
ドアノブにはこのピンクの紙袋がぶら下がっていた。

彼はいつもそうだ。
普段から調子のいい事ばっかり言って、人を巻き込む。
幼馴染みじゃなかったらぶっとばしている。
勘違いしないでほしい。
あいつに対しての恋愛感情は皆無。
私には高校からの彼氏がいるし、彼はゲイだ。

確かに男に渡すが、それは彼のカレシに渡すもの。
何でおまえのカレシに渡さなきゃいけないんだっつーの!
と思ったが、今の彼氏と付き合えるようになったのは彼のおかげ。
手元に届ける物もあるし、行くしかないのだ。
ああ、どう言って渡そうか...

バレンタインデーといっても、
彼氏と記念日的な何かをする約束もなかった。
高校生の時はチョコを渡していたが、
彼氏が就職して遠距離の勤務地になってからは。
時々メールや電話で“会話”するけど、最近はネタ切れになり
特別な用事がなければ連絡する事もない。いわゆる倦怠期。
好きな気持ちは今も変わってない。でも...

“私は本当に彼女なのか?”と思う時がある。
彼は社会人で、バリバリ働く会社員だ。
私は大学生で、まだ親の世話になってる身。
高校生の頃は共通の話題があって、お互いをわかっていた。
でも。今はわからなくなっている。
本当にこれでいいのか?
私が彼女でいいのか?
釣り合いのとれる女性が他にいるのではないか?
それならそれでいい。でも自分からは聞けなかった。
終わりになるのが怖いから。

そんな事をぼんやり考えていると、あいつのカレシがやってきた。
“目印は赤いバラの花束だから”とメモに書いてあったのを思い出す。
確かに顔が隠れるくらいのバラの花束だ。
その派手な物体が徐々に近づいてくる。
やっと同じような派手チョコをやっと渡せる。

でも来たのは、私の彼氏だった。
何で?今日は仕事じゃないの?どうして?
口を開けて驚いた私を見て彼氏が言った。
「僕と結婚してください」
感激より、何で急に!?という疑念の方が先に立ってた。
「君の友人って女の子から手紙をもらってさ。早く結婚しないと誰かに持ってかれるって」
「え?」
「でもそれだからプロポーズしたんじゃないよ。いつ言おうか迷ってて…」
プロポーズは嬉しかったが、それよりも早く確かめたかった。
手紙を書いたのは何者かという事を。

「...その手紙、今持ってる?」「あ、これだけど…」
私は彼氏がコートのポケットから出したものをひったくった。
その手紙の筆跡。間違いなくあいつのものだ!

これを書いた幼馴染みは1年前から行方不明。

彼が突然いなくなって、しばらくは信じられずにいた。
アパートに遊びにきては、カレシの話で勝手に盛り上がって勝手に帰るあいつ。
時々私が彼氏の話をすると、「いーわねー」と弱音を吐く。
喧嘩しても、言うだけ言ったらあとはケロッとしている。
彼がゲイだと知っても、私達は何も変わらずにいた。
昔から何でも相談して、お互いに勇気づけられた。

そんなあいつが誰にも知られずいなくなるなんてありえない。
だが警察に失踪届けを出して、
あらゆる手段を使って探したが見つからなかった。
彼の両親は諦め切れずに、未だに捜索を続けている。
彼のカレシはさんざん泣いた後、今でもあいつを待ち続けてる。

失踪して1ヶ月位経った頃、部屋の勉強机にメモが置いてあった。
女子が書くような丸くてクセのある、それでいて読みやすい文字。
それは彼の筆跡そのものだった。
“アタシがいなくなったからって泣くんじゃない!バカ!元気出せ!”と書いてある。
泣いてなんかないもん!今日も大学に行ったしバイトもしたし…
メモを読みながら、目から涙が溢れてきた。全然止まんない。
バカはおまえだ!早く顔を見せろ!
しかし彼は出てこない。

何かしらの事情があって出てこれないのかもしれないと思い、
この事は誰にも話さなかった。
あいつの両親にもカレシにも。話したらかえって心配するだろう。
どこから知るのか、落ち込んだりすると決まってメモが届く。
自分の事は書かないし、試しにメモを書いて机に置いてみたが返事はない。
しかしこのメモの存在だけが、
いつかあいつが戻ってくると信じられる唯一の物だった。
私だけに届くのは、やっぱり幼馴染みだから。
他人だけど何でも話せて、互いを肉親よりも知ってるただ一人。

あれから1年経っていたんだ...

私は彼氏の前で大声で泣いた。
彼氏は訳がわからず、
プロポーズの返事がOKなのかそうでないのかうろたえていた。
やっぱりあいつはお節介焼きで心配性で。
それでいてどうしようもない時に力を貸してくれる大事な他人だ。
早く姿を見せろ!どこかで見ているんだろ?
だがこの後、彼は“現れ”なくなった。

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この後結婚して、私は一児の母となった。
それなりに大変であいつのメモが欲しくなる時もあるが、
来ないのは“アンタ!頑張んなさいよ!”って事なのだろう。
そんな時は「この薄情者!」と呟く。

未だ行方知れずなあいつだが、絶対どこかで生きていると信じてる。

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僕には『あしながおじさん』がいる。
いつも困った時助けてくれる。
といっても、直接何かをしてくれるわけじゃなく
メモや手紙が届くのだ。
最初は誰かのイタズラかと思った。
ストーカーか何かとも思ってたけど、それならもう姿を現してもいいはず。
初めてのメモをもらったのが小学生3年。
僕はこの春中学生になる。
その間脅迫めいたものはないし、お礼を強要する事もない。
本当に困った時だけメモで現われる。

そのアドバイス通りにすると問題が解決して、
まるで魔法のようなメモなのだ。

おじさんと書いてるけど、本当はおばさんなのかもしれない。
時々女の人みたいだなって感じるし。
昔のママをよく知ってる人のような気もする。
性別はわからないけど、そういう題名の物語があって
ピッタリだと思ったからそう呼んでいる。

『おじさん』にはこの事は内緒にと言われてる。
両親にヘンな心配かけたくないし、
友達に言っても『怪しい人』で片づけられるだろう。
それで『おじさん』との縁が切れてしまう事の方が怖い。

僕が大人になって『おじさんメモ』が必要でなくなった時。
その時初めて『おじさん』に会えるのかもしれない。

絶対会えると僕は信じてる。

節分の朝、突然に 

February 05 [Sun], 2017, 15:40
「今年の鬼はあなたに決まりました」

喫茶店でぼんやりとコーヒーを飲んでた昼下がり。
店に入ってきた男にこう言われた。

「今年の鬼はあなたです。明日一日頑張ってください」

歳は20代後半か、短髪で茶色く染めていて
白のダッフルコートにデニムのスリムジーンズ。赤のスニーカー。
見知らぬ年下の男に言われて呆然とした。

「…な、何?鬼?何の事だ?」

男は店のマガジンラックに差してあった今日の新聞を取り上げて
ある箇所の記事を指差した。

『節分条例。議員の多数承認を受けて可決』

『節分条例』とは一年間で役所が受けた苦情件数の多かった人を鬼にして、
節分の日に豆を投げつけてもいいという内容だ。
何でこんな条例をつくるんだ?と思っていたが、それが本当になるとは…

「で、さっそくテストケースとしてあなたが選ばれたんです。鬼に」
「どうして?ワシは犯罪なんぞ起こしてない!」
「犯罪は警察や司法の方の管轄です。言ったでしょ?苦情の多い人だって」

男はコートのポケットから折り畳まれた紙を取り出した。
そこにはワシに対する苦情の数々が書かれていた。
それは本当に些細な事だった。
行列に割り込んだ。電車の席を譲った人に暴言を吐いた。
幼稚園の子供がうるさいと怒鳴る等々…

「それとあなた、SNSで近所の人の悪口書いたでしょ?」
「それがどうした!愚痴くらい書いたっていいじゃねぇか!」
「近所の方はもう知ってますよ。あなたが自分達の事を書いてるって」
「それと事実に悪意を盛って書いてる。これが致命傷でしたねぇ」
と他人事のように言った。

「ま、決まった事なんで頑張って逃げてください。じゃ」
その紙を渡して、男は店から出ていった。

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家に帰ると誰もいない。
明日の巻き添えをくいたくないのか、
それとも鬼のワシを嫌って出ていったのか。
ここにきて、条例に対してせいいっぱいの抵抗。
ブログやSNS、あらゆるサイトに文句を書き続けた。
そしてベランダから、近所のやつらに大声で罵声を浴びせつづけた。

どうせ明日は皆から豆をぶつけられる身の上だ。

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2月3日、午前0時。
それはいきなり始まる。

寝ていたら布団を剥ぎ取られ、豆をぶつけられた。
誰かと思ったら、娘婿だった。
「いつもいつもつまらん事でぶちきれやがって!」
鬼のような形相で豆を投げつける。
どっちが鬼なのかわからんではないか!
ああ、痛い痛い!

パジャマのまま、財布だけ持って家から逃げた。
すると夜遊びから帰ってきた近所の大学生が、
手に持っていた豆を投げつけてきた。
「顔を見たら、セクハラ話ばかり!気持ち悪いんだよ!」
何だ?あんなのちょっとした冗談じゃねぇか!
反論したかったが豆の痛さに勝てず、タクシーに乗ってその場を去った。

そうだ。このまま他の町へ行こう。
明日になったら戻ってくればいいのだ。
そう思った瞬間、タクシーが止まった。
運転手がいきなり豆をワシに投げつけてきた。
顔を見ると中学時代の同級生だった。
「よくもあの時はいじめてくれたな!その恨み思いしれ!」
何の事だ?全く覚えてないぞ!
宿題を見せてくれたり、昼食を買ってきてくれただろ?
「バカか!あれはお前が俺にむりやりさせてた事じゃないか!」
タクシーから降りて、一心不乱に逃げ続けた。

他にもワシと同じような“鬼”がいた。
子供もいたし、二十歳そこそこの女性も。
何でかはわからないが、同じような理由なんだろうと想像はついた。

豆をぶつけられながらも、何とか町境にきた。
しかし警察官がびっしり町境を封鎖。
他に仕事があるだろう?とも思ったが今日だけの事だし、
よく見るととても楽しそうな雰囲気だった。
いつものストレス発散ができる好都合な任務。
町から出ようとする者がいたら“阻止”すればいいのだ。
どんな手を使っても。

「おい!おまえ、町から出ようとしてるな?」
一人の警官がワシを指差して怒鳴った。
その他の警官もこっちを見てじりじりと近づいてきた。
ヤバい!ワシは逃げ出した。
すると大勢の警官が追いかけてきた。豆をぶつけようとする者もいた。
文字通りの一生懸命でワシは走った。
でももう若くはない。自分の思ってる以上のスピードは出なかった。
うっかり袋小路に入ってしまい、警官と豆を持つ人々がこちらに迫りつつある。

もうダメだ!

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目が覚めた。
ああ、あれは夢だったのか…
冷や汗びっしょりで、心臓が早鐘を打っている。
布団から体を起こし、ふぅとため息をつく。
夢で良かった。現実だったら死んでしまっていたかも。
死因が豆とかくだらなすぎる!

台所で妻と嫁に行った娘が朝食をつくっている。
ああ、節分で一緒に豆まきしましょうと
孫と遊びにきてたんだっけ。
「おじいちゃーん!」
ワシを起こしにきたのか。かわいい孫だ…

ギャーッ!

ワシの心臓は止まってしまった。

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「急に亡くなったんですって、あそこのおじいさん」
「今まで大病した事なかったと自慢されてたのにねぇ」
「ここ数日寒い日が続いてたから。心臓発作ですって」

「そういえば亡くなった時、顔がすごかったんですって?」
「奥さんに聞いたら何かに驚いたような形相で倒れていたって」
「あらやだ。幽霊でも見たのかしら?」

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「では、旦那さんが起きるまで何もなかったんですね?」
「はい刑事さん」
「何か薬を飲んでいたとか、持病があったとかは?」
「いいえ。健康が取り柄の人でしたから」
「他に何か変わった事はありませんでしたか?」
「娘が孫をつれて遊びに来た事くらいです」
「そうですか…さぞ嬉しかったでしょうな」
「ええ、昨夜は孫の相手をして喜んでいました」
「それなのに…御愁傷様でございます」

妻は涙をぬぐいながらこう言った。
「本当に…孫が朝から鬼の面をかぶって楽しみにしていましたのに」

The beginning 

January 09 [Mon], 2017, 15:21
それは毎年の恒例行事でした。

1年が始まる日。
人々はソワソワします。
私のところに来ないかなぁ〜どうかなぁ〜?って。

“それ”はいろんなところから出てきます。
枕元だったり、カバンの中だったり。
変わったところだと自分の髪の毛に絡んでいたり、
飲んでるスープの中から突然出てきたりします。

“それ”は小さくてキレイに光る宝石。
受け取った人はその1年、とても幸せになれるそうです。
誰かが仕掛けたのでもありません。
どこからともなく、突然出てくるのです。

全員がもらえるわけではありませんが、
もらえた人の幸せを願えば自分も幸せになれる気がしました。
だから“それ”をもらえてももらえなくても
皆が1年中幸せだったのです。

しかしだんだん人々の様子がおかしくなってきました。
「何で私がもらえないのだ!」
「卑怯な手を使ってるのではないか?」
誰もズルい事はしていないし、例えるならこれは『神のなせる技』
人が介在してどうにかなるものではありません。

でも考えてしまうんです。
“あいつは何かうまい事やっているのだ”と。
何ももらえなくても幸せに感じられた人々はいなくなり、
“それ”を奪い取ろうとしたりイヤなウワサを流すようになりました。
“それ”を受け取った人も喜びを分かち合えなくなって、
もらった事を内緒にしたり“それ”を捨ててしまうようになりました。

するとある年から“それ”が届かなくなりました。
誰の家にも、どこにも。
最初はわかりませんでした。
“言わないだけで受け取ってる奴がいるに違いない”と疑ってました。
でもそれが本当だとわかった時はもう手遅れ。

次の年の最初の日。
空に大きな“それ”が浮かんでました。
光り輝く宝石ではなく、自分達の住んでる星より大きく
グロテスクで黒くゴツゴツした球体です。
見つけた時は豆粒ほどの大きさだったのに、
半日も経つと視界に入り切らないくらいこちらに迫ってきました。

あわてても騒いでもどうにもなりませんでした。

“ぐしゃっ!ぱりっ!”

あっという間に星は潰されて壊れてしまいました。

星は無くなってしまったけれど、何とか脱出して生き残ったものがいました。
そしてある星にたどり着きました。
外見は自分達とほぼ同じでしたが、知能はまだ未熟。
彼らは一緒に生活し、その星の住民にあらゆる事を教えました。
一生懸命働いて、その分休んでの繰り返しでしたが
違う星の住人同士が仲良く暮らせる事にお互いが幸せを感じてました。

そこで思いました。
一年の区切りで、お互いに贈り物をしようと。
それはねぎらいの意味もあるし、一年頑張れた感謝の気持ちを込めて。
最初はその年収穫したものからつくった団子でした。
それが年を重ねるごとに変化していって…

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「…それが『お年玉』の起源なのさ。わかったか?」
おじいさんは目の前の孫に向かってこう話した。
「うるせぇよ。さっさとお年玉出せ」
孫は退屈そうに言い放つ。

「何じゃと!?」
「正月につまんねー話聞かせんじゃねぇよ。お年玉出せ」
「可愛げのないお前にはやらん!」
「何だよー!ケチくせージジイ!」

…まぁ、そんなもんです。現実は。
きちんと伝えられた話であっても、
時間が経てばホコリをかぶり信じる人は少なくなります。
話している人でさえ本気で信じていません。
それが2000年以上経ってれば当たり前。

でもね、気がつくと青空にぽっかり浮かぶ黒い球体が…

「…何じゃありゃ?」
「隕石?」

“ぐしゃっ!ぱりっ!”

想像の範囲外の時の長さで歴史は繰り返される。

ぺちゃんこ 

December 31 [Sat], 2016, 23:54
「ぺちゃんこ」
この言葉がしっくりくる。

とあるアパートの一室の事件。
一人の青年が死んでいた。
それ自体は不思議でも何でもない。
ただその遺体が、ぺちゃんこ。
大阪で食べたいか焼きを思い出した。
それくらい平べったく伸されている。

「何なんでしょうね?これ」「死体」
「いや、そういうんじゃねぇですよ」
「わかる。俺も初めてだから、こんなの」
発見者は母親。食事を届けに来たらこうなってたらしい。
「第一発見者=怪しい」という可能性は、真っ先に外された。
動機は持ってるかもしれないが、60近い年齢でか細い身体。
腕なんてゴボウのようだ。
どんな道具を使っても彼女には無理だ。
というより、どんな人間でも無理。
もし、ドでかいいか焼き器があったとしても
その重さにアパートの床は耐えられない。まず部屋に入らない。
死体が動かされた形跡もないが、ここで殺された証拠もないのだ。

「全く何なんだ?これ…」

---------------------------------------------

近所の寺の除夜の鐘が、この年末から取り止めになった。
日本で最後の除夜の鐘をオレが止めてやった!
オレ自身は鐘の音が騒音とは思ってないし、どうでもいい。
しかし!日本中で次々と除夜の鐘が廃止され、
近所の寺だけになった時思いついた。

オレがこの除夜の鐘を止めたら英雄!ネットで目立つ!
40近くの独身ニートのオレがヒーロー!

パソコンを使って、近所の鐘がいかにうるさいかを述べ
SNS等を使って『除夜の鐘の無駄と、心神喪失の関係性』という
無理矢理なこじつけをばらまいた。
ヒマをもて余している一般人が食いつき、
自称ネットの知識人達が尾ひれをつけてくれた。
ネットニュースでは『日本最後の除夜の鐘がどうなるか』
騒ぎまくってくれたおかげで、いつもオレをバカにしている
近所のやつらが『除夜の鐘廃止運動』なんぞやってくれた。
ざまあみろだ。まさかオレが始めたのだとは思ってないだろう。

今年は静かな夜。
オレは幸福感に満たされていた。久しぶりにイイ気分だ。

テレビの年越し番組を見ながら、祝杯がわりのビールを飲む。
何かつまみになるものはないかとキッチンへ行くと…何かいる。
オレの背丈ほどの白い円柱形のものが立っていた。
さわってみると、つきたてのお餅のようにスベスベしている。

「除夜の鐘を終わらせたのはお前か?」
いきなり“もち”がしゃべり出したのでビックリした。
ああそうだと返事をすると、“もち”が襲ってきた。
咄嗟にかわすと、“もち”が話し始めた。
「お前は除夜の鐘にどんな意味があるのか知ってるか?」
「108の煩悩をなくすためだろ?昔の迷信だ」
“もち”は“お前はわかってない”風に頭を振った。
円柱形だから頭と胴の区別はつかないのだけど。
「現代人の欲深さは108個なんて生易しいもんじゃない」
「正直、鐘をついただけじゃ間に合わんのだ」
「その上“鐘がうるさい”と中止するから、いまや煩悩は世界に満ち満ちている」

「...今夜から除夜の鐘が全て鳴らなくなった。おまえはどうなると思う?」
そんなの知らないと言ったが、イヤな予感しかしなかった。

「大晦日に我々が襲いに来る。私はお前の煩悩だ」
この“もち”がオレの煩悩?
「お前は何もしないくせに強欲だ。それは即ち…死に値する!」
何でだ!?そしてなぜセリフをためて言う!

「母親に依存して働きもせずに、つまらんプライドしか持ち合わせておらん」
「そのくだらない欲で除夜の鐘を終わらせた!これが1番の大罪!」
そんな...そんな、鐘をつかないだけで死ぬなんて!
「迷信だと最近はバカにする風潮だが、それには意味があって続いておるのだ」
それっ!と“もち”はオレに再び襲いかかってきた。
いつの間にかオレの足を餅でしっかり止めやがった。
ああ。見かけどおり、あいつは“もち”だったか!
背中に体当りし、倒れ込んだオレを上から押しつぶそうとしている。
“もち”の仕返しなのか、餅つきの杵みたいに
飛び上がっては潰すを繰り返す。
身体がどんどんひらべったくなってきているのがわかる。
オレの意識もだんだん遠のいていった...

-----------------------------------------------

元旦の朝、彼と同じようにぺちゃんこの死体が次々と出てきた。
ある会社社長の別荘だったり、某大学の教授の寝室だったり。
彼らを繋ぐ共通点は全くなかった。同じなのは死因だけ。
警察も大がかりな捜査本部を立ち上げ
マスコミも大々的に取り上げたが、半年も経つと誰も見向きもしなくなった。
犯人さえ見当もつかない、殺害方法さえわからない迷宮入り確実な事件を
長々と扱うほど現代人は気持ちの余裕がないのだ。
まさか『除夜の鐘が鳴らなくなったから』だなんておとぎ話みたいな理由。
真実だとしても、誰も信じやしない。

また来年の元旦の朝に、同じような死体が出てくるまでに
人は真実を知る事ができるだろうか?

クリスマスの落とし物 

December 26 [Mon], 2016, 16:20
公園にトートバッグが落ちていた。

大学生の頃、クリスマスイブの夜に彼女に振られ、
公園のブランコに乗ってヤケ酒をあおっていた。
100均で売っているような、ペラペラの布でつくられた袋。
オレは持っていたビールの空き缶を入れようと、
そのトートバッグを拾った。

すると予想外の重みで、前によろけて転びそうになった。
30cm×30cmのトートバッグにしては重すぎる。
袋の中をのぞいてみた。何もない。
それなのに鉄のおもりが入っているかのような手応えだ。

「それは私のだよ」
目の前にサンタが立っていた。
「うっかり落としてしまってね。プレゼントを配れなくなるところだった」
するとこれはサンタの持ってるプレゼント袋...?
なぜトートバッグなんだ?
「いつも使ってる袋が破けてしまって、この機会に新調したんだ」
「これなら取っ手も付いてるし持ちやすいしね」
オレの思ってる疑問にサラリと答えやがる!喋ってないのに!
そうか...これは夢、夢なんだ。

「で、何かお礼がしたいのだけどね」
何!?サンタの世界にも、落とし物の何割返しってのがあるのか?
じゃあそのトートバッグをくれ!
「君じゃこの袋は扱えない。サンタじゃないから」
いや、もしかしてと思って言ってみただけなんだ。
それじゃあ...

「わかった、あとで配達するから待ってておくれ」
そう言い残して、サンタクロースは去っていった…

瞬間ブランコから落ちそうになった。
なんだ、やっぱり夢だったか…
左手にブランコの鎖を持ち、右手にはビールの空き缶。
いつの間にかウトウトしていたようだ。
外で寝てしまわないよう、家に帰らないと。
彼女に振られたのはショックだったが、
さっき見た夢で救われたような気がした…

-------------------------------------------

そんなオレが、今サンタになっている。

翌日配達されてきたのは、あるプレゼント。
新しい彼女?いいや、そうじゃない。
あのトートバッグでもない。

トナカイだ。動物のトナカイ。
何かの間違いだと思った。
アパート一階の、オレの部屋のドアノブにつながれていた。
まだ子供で、角で誰かを突いてしまうような迷惑な事にはならな…

いやっ!オレが迷惑!
誰がこんなイタズラを…と、ふと思い出した。
昨夜のサンタの夢で話した事を。
「彼女がほしい!元カノよりイイ女!」
「それはできない。自分が頑張らなきゃ。それ以前に人はダメ」
「金!それならいいだろう?」
「確かにそれは物ではあるが、今の君にあげてもしょうがない」
「案外ダメなものが多いんだな」
「基本子供にプレゼントを贈るからね、ワシは」
「欲を満たすようなものはダメって事か…」

夢の中で一生懸命考えた。ようやく答えたその品物が…
「トナカイ!トナカイがほしい!」「なぜ?」
「サンタからトナカイをもらう。なんか面白くね?」
その時は酔いも手伝って、うまい冗談を思い付いたと思った。
今考えたら…ぜんっぜん面白くねぇ!
どうしてサンタはそれを間に受けた!?

動物園かどこかの施設に引き取ってもらおうとも思った。
犬や猫じゃない、トナカイだ。飼育方法もわからない。
でもどこからそれを連れてきたのか、必ず聞かれるだろう。
“サンタクロースからの贈り物でーす”なんて言ったら、病院か警察送りだ。
仕方がないので育てる事にした。
幸いにも実家は酪農家。
それが彼女にフラれる原因だったが。
「牛まみれの生活って、ダセぇ!」…オレは何であんな女が好きだった?

目がさめたオレは都会生活から足を洗い実家に帰った。
彼女でなくトナカイを連れてきたオレを、何も言わず受け入れてくれた両親。
聞きたい事はたくさんあっただろうに…ビバ両親!

オレは牛と一緒にトナカイを育て始めた。
「それ、食うんでしょ?」と言われても、
「いくらで売ってくれる?それ」と買われそうになっても頑張って育てた。
売り物ではないのだ、このトナカイは!

一年後、このトナカイなしに家の安泰はありえなかった。
両親は“うちのトナちゃん”と可愛がってくれたし、
トナカイ見たさに遠方からも客が来るようになった。
物は試しにといろんなグッズや乳製品をつくったら、それが大当り!
彼女もできて、その彼女が生涯の連れ合いになり子供も3人。
洒落のわからないサンタのおかげで、とても幸せな日々を送れた。

あのトナカイに立派な角が生え、大きなソリもひけるようになった頃。
「長生きで元気なのは、サンタクロースからもらったトナカイだからさ」と
孫に説明していた時だった。
「おじいちゃん、サンタになったら?」
仕事を引退して、髭をたくわえ太った私を見て思ったのだろう。
何気ない子供の思い付きだったが、それに乗っかってみようと思った。
どうせヒマなのだ。
不思議な事に家族は誰も反対しなかった。
妻は「それ、いいかも」と大喜びだし、
3人の子供は「老後の楽しみだね」と言ってくれた。

今、オレはトナカイと一緒にプレゼントを配りに行くサンタになった。
近隣の子供達にささやかなプレゼントを、ソリに乗って行く。
クリスマスくらいは、みんな幸せになっていい。

Merry X'mas !!

ブラックなお仕事 

December 02 [Fri], 2016, 14:51
いつも居間のソファで老眼鏡をかけ、
編み物をしていた姿を思い出した。
今日は母の誕生日。

すっかり忘れていた。
高校を卒業してから独り暮らし。
一度も家に帰っていない。
毎日仕事に追われ、実家を思う余裕もなかった。
両親の様子は妹から聞いていた。

母が亡くなったのは昨日。
突然倒れ、そのまま逝ってしまった。
布団に横たわる彼女の顔はとてもやさしい表情をしていた。

「お兄ちゃん…」葬儀は妹が一切を取りしきっていた。
「いつもすまない。おまえばかりに…」
「ううん、大事なお仕事なんだもの。しょうがないわ」
最後に母の顔だけでも見ておきたかった。

偉い、立派だと世間から言われているが、
兄のくせに身内に苦労かけっぱなしのダメな男。
それが本当の僕なのだ。

腕時計型通信機のアラームが鳴った。
「超人スカイハイヤー!街に怪人が現れた!すぐ来てくれ!」
「今日は後輩のトリプルファイター達に頼んでおいたんだけど…」
「あいつらはまだ力不足だ。あっという間に倒された」
「他のスーパーヒーローはどうしたんだ?」
「…君だけなんだ。地球を守れるのは」

「お兄ちゃん、行って。街のみんなを守って」
妹はいつもそう言って、僕を送り出してくれた。

全ての人が世界平和を願っている。
でもそれを一番欲しているのは、僕たちスーパーヒーローだ。
家族のためだけに働きたい。
休日には子供と遊びたい。
奥さんと喧嘩しながらずっと仲良くしていたい。
思ってる事は同じなんだ。

これからまた、戦いの場に赴く。
今日で任務が最後になるようにと願って。

あなたの好きな色は? 

October 17 [Mon], 2016, 12:13
「一番好きな色は何ですか?」

はぁ?何だよ、その質問。
外見もバカっぽいけど、中身もそれだな。

「はぁ...しいて言うなら青...かな?」
「そうなんですか?私も好きなんですよぉ、青」
「海とか、眺めるの好きなんで」
「あー、アタシイルカ好きなんですよねー」

大金出して婚活パーティーに来たけど、来てる女はカスばかり。
まぁ、女はチケット代タダだしな。
知り合いの会社に頼まれて来てやったが、何の得にもならなかったな…



金だけは持ってるスネかじりニートが偉そうに思った。
------------------------------------------------------------

うっとおしげにトイレに入る女性3名。

「やっと化粧直しできるゥ」
「マジやる気なしなんだけど!今日もハズレの回ー!」
「ホント!1人イケメンいたけどさ、あれってサクラっぽいよね?」
「あとはお金払わないと入れてもらえなさげなー」

「さっきもさ、しょうがないから話してあげたわけよ、仕事だし」
「“あなたの好きな色は〜”って言うやつっしょ?マジウケ!」
「そしたらさ、ウンザリした顔するのよ。フツメンレベルで」
「おまえに興味無いっつーの!話してあげただけ喜べよって」

「もう少しガマンすっか」
「バイト代出ないもんねー」
「いい物件に出会えると思って入ったけどさ。もう辞めるわ」

化粧直しと愚痴りを済ませ、
バイト代欲しさにトイレから出ていく3人であった...



いや、どの顔で言ってんだ!てめぇらも十分フツーじゃねーか!
小説でわかんないからって好き勝手言いやがって !
一度眼科で検査してもらってこい!

-------------------------------------------------------------

「あのー、お話してもイイですかぁ?」
この婚活パーティーの中で一番のイケメン。
2人はサクラとか言ってたけど、物件としては文句ナシだもん。
マジモでゲットする!

「ああ、さっきはごめんね。友人と話してて」
どんくさい女。
わざとガン無視したの、わかんねぇのかよ?
顔目当ての女しか寄ってこないし、パーティ嫌いなんだよ。
こんなとこより、今日のライブに行きたかったわー!
めんどくせぇからとっとと切り上げるか…

「そう言えばさ...聞きたかった事があったんだよね」

「ええ〜!何ですかぁ〜?」
え?え?もしかしてシンデレラ的な、もしくは少女マンガな展開〜!?

「君の一番好きな色って何?」

「え?」

「一番好きな色。
オレ、アイドルのウィング・フェアリーズのあやかのピンクがスキなんだよね〜」

「...」



さて?この後、彼女はどうしたと思う...?

Cold play 

June 10 [Wed], 2015, 14:40
「寒いの…」
彼女は僕の腕の中で小声でそう言った。
「俺が君を温めてやる、ずっと」
ふるえる彼女の身体を強く抱きしめた…

「はい!OKでーす!」
監督の声でハッと我にかえる。そうだ、これは映画の撮影だった。
主演女優の身体は僕から離れ、
「監督!イイ画撮れてますー?」とモニターの方へ向かっていった。

映画といっても、大学の映画研究会の短編作品。
僕はその映画のスポンサーであり、主演男優でもある。
そう!これは僕と彼女のためのラブストーリー!
はっきり言う!下心に満ちみちた計画だ!

父親は有名なアパレル関連の会社を経営していて裕福。
母親は元モデルで、今は親父の会社でファッションブランドを立ち上げている。
僕は街でモデルにスカウトされたくらい顔もスタイルもセンスもイイ。
小学生の頃から女の子に不自由した事は一度もない。
だって向こうの方から寄ってくるのだ。
振った事はあっても、振られた事は一度もない!

そんな僕が初めて好きになったのが、主演女優の彼女。
派手ではないが人目をひく雰囲気を持った女性。
演劇に打ち込んでいて、舞台女優を目指している彼女に一目惚れをした。
何とか近づこうとデートや合コンに誘ったりしたが、
「忙しい」の一点張りでなかなか仲良くなれない。

それで今回の作戦を思い付いた。
脚本は僕主導で書き、僕と彼女を主役にする事を条件に
映画撮影に関する費用を全部出すと研究会の奴らに提案した。
脚本は監督からの手直しはあったものの、
僕と彼女が“密着する”シーンが多かったので気に入った。
そして今日のクランクアップまでこぎついたのだ。
あとはこの流れで、本当の“彼女”にするまでだ!

「はい」
目の前に彼女の開いた手が見えた。
「今回のギャラは?クランクアップにもらえるって話だったけど?」
「ああ、それはこれから打ち上げがあるからその時に渡す…」
僕の言葉を最後まで聞かずに、彼女は言った。
「ごめん。打ち上げには行けないからここで渡して」
さっきまでの愛情のこもった声と違う、ビジネス的な口調。
「打ち上げに行けなきゃギャラが出ないわけじゃないわよね?」
映画に出る条件でお金を出すとしか言ってなかった。これは失策だ!
開いたその手にギャラの入った封筒を渡すと、それじゃ…と彼女は帰ろうとした。
ヤバい!

「あ、あのさ。これからも時々映画に出てくれないかなぁ…」
「それは無理。劇団に入って本格的なレッスンに入るから」
「じゃあ、あのっ!あのっ!…」次の言葉が出てこない。
「わたし急いでるの。彼が待ってるのよ」…へ?
「このお金でこれからデート。早く撮影終わらしたかったー」
え?え?…えーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?
そう言って彼女は風のように去っていった。僕のアホ面を見る事もなく。

「知らなかったのか?将来を約束した男がいるって」と肩を叩かれた。
結構学内で有名な話だぜ、と監督である男が言った。
知らなかった。誰も教えてくれなかった。
「高校からの付き合いで、彼女の方がベタぼれなんだと」
何でそんなに彼が好きなの?と友人に聞かれた時に
「わたしを一番に想ってくれてる気持ちがわかるから、
わたしも彼に何かしてあげたいの。これって愛よね」
空いてる時間を全て彼に捧げるほどの惚れっぷりなんだそうだ。

「顔が良いとかお金持ちとかなんて興味ない。
言っておくけど今回の相手役には何の魅力も感じないわ」と撮影前に監督に言ったそうだ。
「おまえの下心は見透かされてたみたいだな。
ま、おかげで映画を撮れたんで俺らはありがたかったけど」
もう一度肩を叩いて、監督はスタッフの方へ歩いていった。

僕はこの時、初めて人の怖さを知った。同時に自分の幼さも。

「寒い…」季節は春だが、背中にかすかな寒気。
それは全身に広がり、しばらくの間動けずにいた。
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