不安 

November 15 [Thu], 2007, 0:56
言いようのない不安が自分の中で大きくなる。
息も出来ないくらいに膨らんで苦しい。
人を信じることは、とてつもなく難しいこと。
言葉の裏を読もうとしたり、本心を読み取ろうとしたり、もう疲れた。
早く、今の環境から抜け出したい。
今の学校に私の居場所なんてない。
居場所をほしいとは思わないけど。
壁を作って人を跳ね除けて、一人で生きていく。
この場所を出れば、私は一人じゃないから。
私には、私のことを想ってくれる友達がいるから。
そう自分に言い聞かせながら毎日生きる。
正直、つらい。

学校での自分は恐ろしく饒舌。
黙ってしまうとそのまま何もしゃべれなくなるような気がして。
それはそれで別に構わないけど、与えられた環境でうまくやっていくためには多少の我慢も必要。
沈黙を恐れて饒舌になる。
気を遣って口を開く。
もう疲れた。
心地いい沈黙は、本当に信頼し合える人としか共有し合えない。
それを毎日痛感する。
情緒不安定だ。
浮いたり沈んだり。
沈むことの方が多いけど、頑張って生きてる。
面倒臭い。人間関係とか。煩わしい。
だけど今はまだ学生。
煩わしい人間関係の中には入り込んでいかなければいい。
どうせ社会人になったら付き合いで嫌な人とも関わりを持っていかなければならないんだから。
だから今は、無理することはない。
嫌なものは嫌。
たとえ付き合いが悪いといわれようとも関係ない。
卒業してしまえばもう二度と関わりを持つことはない。
あと1年ちょっとの辛抱だから。
そう言ってくれた友達がいる。
その言葉に、救われた。
私は頑張れるよ。
あと1年とちょっと。
頑張ろう。
あと少しで解放される。

穏やかな毎日 

July 20 [Fri], 2007, 3:28
学校がないと本当に楽。精神的にすごく落ち着いてる。
余計なこと考えずにすむし、誰かに気を遣う必要もない。
小学生じゃないけど一生夏休みだったら良いのにと思う。
学校がないからこのブログに書き込むこともない。
学校が鬱の根源だという証明だ。
合わない友人に無理して合わせるのがツライ。
ツライと思っていなくても身体は分かってる。
身体はすごく正直に反応して自身を蝕んでゆく。
早く夏休みになってほしいと思う。
ゼミ合宿がないのがせめてもの救い。
夏休みくらいは会わずにいたいもんだ。
あと2日学校に行って、飲み会を乗り越えれば・・・
夏休みだ。

薄氷を踏む思い 

July 15 [Sun], 2007, 1:51
時々、死んだ方が楽なんじゃないかとか、最低なことを考える。
頑張らなくたっていいし、頑張れないことを気に病むこともない。
それ以上に、この煩わしい人間関係から開放される。
何も考えなくてすむんだ。
誰かに気に入られようとか考えなくていいし、
無理して笑う必要もない。
だけど自ら死を選ぶことなんて出来ない。
やっぱり死ぬのは怖いし、それに、煩わしい人間関係の中にも
私を救ってくれる人がいるから。
ものすごく少数ではあるけれど、私はこの人達がいなければ
きっと死んでいたかもしれない。
つらい毎日の中でも、“私には帰る場所がある”そう思うだけで
救われた。心が軽くなった。

だけど、逆に裏切られた時には、私は生きることをやめてしまうと思う。
私を支えるものは不確かで、ひどくぼやけたもの。
それが永遠に続き、確実なものであれば、私はきっと、
その大切さに気付けない。きっと当たり前に思ってしまう。
そしたら目の前にあるそれは跡形もなく消え去ってしまうはず。
不確かなものであるからこそ、消えないように大切にしていけるんだ。
それをずっと、失わないように。
大切なものを見失わないように。

私を救うものは、私が救うものでもあるのだから。

よく分からなくなる 

July 14 [Sat], 2007, 1:14
果たして心を開いていいのだろうか・・・
頼られるとつい、油断してしまう。

もしまた裏切られたら・・・
そう思うと、どうしたらいいのか分からない。
あの人が本当に自分を欲しているのか、
自分を信じてくれているのか、
口でなら何とでも言える。
真実は本人にしか分からない・・・

嘘をつけない子だ、と思っても実際には分からない。
信じて裏切られるのだけは嫌だよ。
傷付くのは一回でいい。

こうやって私は見えない壁を作っていく。
知らず知らずのうちにどんどん壁が厚くなる。

信じるということ 

July 13 [Fri], 2007, 1:55
よく『人を信じられない』という人がいる。
私自身も、そうなのかも知れない。
なかなか他人に心を開くことができないし、
なるべく他人と関わらないように生きている。
それは『裏切られたくない』『傷付きたくない』という
気持ちの表れなのかも知れない。

だけど、誰も信じられないのか?というと、そんなことはない。
やっぱり家族には全幅の信頼をおいているし、
親友と呼べるくらい大切な友達もいる。

今、学校では一緒にいる友達はいる。
授業中もお昼のときも一緒に過ごしている。
それなのに、自分は学校でいつも一人のような気がする。
それはきっと、この子を信じていないからだ。

私は、友達の輪は狭く深いものでいいと思っている。
気の置けない友達が一人でもいれば、私はそれでいいと思っている。
だから無駄に友達の輪は広げない。
だけど、今一緒にいる子は私とは全く逆の考え方なんだと思う。
みんなで仲良く楽しく。そういう考え方。
だからどんどん自分で友達の輪を広げてゆく。
ハッキリ言ってそんなのを見ているのが不快でたまらない。
ニコニコ笑って八方美人で、誰からも好かれようとする人間が嫌い。
嫌なものは嫌、といえない人間が嫌いだ。
協調性を乱すことは良くないことかもしれないけど、
やっぱり嫌なものは嫌なんだ。
信じてもいいかな?って思って心を開きかけていたけど、萎えた。
すーっと熱が引いてくように、自分の中で何かが終わった気がした。

でも、よくよく考えてみると、自分もやっぱりその輪に入りたいのかな。
みんなで仲良くするという対人スキルを持っているその子を、
心のどこかで羨んでいるのかも知れない。
あるいは、自分から離れていく寂しさを、感じているのかも知れない。
だけど、そんなことを心の中で思っていても、行動には絶対移せない。
大人数の中に飛び込んで笑っていられるほど、私は強い人間じゃないし、
それが大きなストレスとなって自分に降りかかってくる。
みんなの輪の中にいても、結局は一人なんだ。
自分から進んで会話に入っていこうとしないで、薄ら笑いを浮かべるだけ。
どうしたらいいのか分からない。
1対1でいる時は、話し相手がその人しかいないわけだから難しくはないけど、
大人数いたら何を話せば良いのか、どんな反応したら良いのか分からなくなる。
自分の殻を破るのが恐くて、結局私は一歩離れた所から、
冷めた目でその集団を見ていることしかできない。

小学生の頃は、私はみんなの輪に進んで入っていけるような人間だった。
分け隔てなく、みんなと仲良くできるような、そんな人間。
だけど中学に入ってから自分のポジション、自分の考えが変わってきた。
その頃の自分が今の自分に繋がっているのだと思う。
社会に出てからは今よりもっと“協調性”を要求されるはず。
自分を変えたいとは思うけど、結局は変われないまま。
輪に入っていきたいと思う自分。
でもそれを出来ない自分。
そして、私が出来ないことをいとも簡単にやってのける友人を妬む自分。
多分きっとこれからも、私は変われないんだと思う。
周りから間違っていると言われても、きっと私は変われない。
自分の気持ちに気付かないフリをして、私は八方美人ではない、
嫌なことは嫌だとハッキリ言う、と自分の信念を持ったフリをして生きてくんだ。

みんなに合わせることが大事、という人もいれば、
嫌なことは嫌とハッキリ言え、という人もいる。
一体どっちが正しいんだろう。
どっちが正しいかなんてないのかな。
TPOを弁えることが出来れば良いんじゃないかと、私は思う。
みんなに合わすべき時は合わせて、
ハッキリ言うべき時は、ハッキリと言う。
私はそうやって生きていく。
というより、それが私の信念だと信じていないと、
縋るものがなくなってしまう。
そしたら私はどうなってしまうんだろう。
不安定な自分。うまく生きれない自分。
悲しいけど、これが現実。これが私なんだ。

日々鬱鬱。 

July 13 [Fri], 2007, 1:44
素の自分を出すことができないストレスフルな毎日。
日々刻々と積もり積もっていくマイナス感情をこの場で吐き出していきます。

はっきり言ってものすごく自己満日記です。
矛盾したことは書くし、間違ったことも書く。
私という人間の根底にあるものを綴っていきたい。

ストレス軽減を目指して、少しでも生きやすい毎日になりますように・・・



そんな私の鬱日記。
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