雲南レポート
2011年02月24日(木) 13時33分
雲南から帰ってきて二日、ようやく北京の寒さにも体がなじんできましたが暖かい気候にすっかり体がゆるんでいたので、この厳しい寒さは体にこたえます。
北京のように夏は猛暑、冬は厳冬という厳しい気候と、雲南のように一年中暖かで穏やかな気候と比較すると、そこで暮らす人間の性格形成や人生に大いに影響するんじゃないかなーと思います。
さて、今回の旅の目的は雲南の染織を訪ねることでした。
目的はあっても、情報もツテもないので見つからなかったら、家族旅行を楽しむというアバウトな感じでの出立でした。目的ありきで行動すると、一人ならすべて自分で責任を取ればいいのですが、家族があると家族を巻き込む形になるので、物事はそうは簡単に行きません。
大理も10年前は道端で、白族のお姉さんがみやげ物を売りながら、片手間に白布に絞りの加工をしている姿がそこここで見かけられましたが今や、ゼロ!ここ数年の旅行ブームで地価はうなぎのぼり、古い町並みはすっかりきれいにされて、往年のしっとりした空気はほぼ消滅していました。
しかも残念なことに、中国の無形文化財に指定されている大理の藍染めといえど、今や染色が出来る人は限られてしまったそうです。藍染めの本場大理の、そのまた本場の周城でも藍瓶を持っている家も出来る人も限られるとか。
99年に暇を持て余して、仲良くなったおばさんから当時はまだ特に興味の無かった絞りを教えてもらったのが、今となっては貴重な体験となりました。
文化というのはそこに暮らす人の生活と共にあってこそ生きるのだと思うので、保護という形で残しても結局は過去の遺産や生きた博物的な知識に留まってしまうのかもしれません。それでも、先ずは残すことに意義があると思いますが。
ちなみに白族はかなり昔から漢族との交流が盛んで、ライフスタイルは漢族的。とはいえども大理周辺の村で偶然やっていた白族伝統のお祭りを見るとやっぱり漢族とは異質です。
麗江は、世界遺産で唯一遺跡ではない生きた街が最大の特徴だったのですが、今や漢族が旅行や一攫千金を狙って押し寄せてディズニーランドと化しています。がっかりしつつも、世界遺産に指定されている古城内に泊まり、酸素不足と紫外線、朝晩の寒暖差が応えたものの近郊の村を訪ねたり。現実に対しての落胆も含めて、色々発見があってやっぱり旅はいいもんです。
泊まったホテルは客桟(ke4zhan4)と呼ばれる民宿みたいなところで(ブルース・リーの映画にもこんなタイトルがありましたね)白族や納西族の伝統家屋を客室に改造しているので星付きホテルのような快適さはもちろん望めませんが、清潔でシャワーや場所によってはバスタブもあり快適でした。
特に、しっとりとした中庭でぼんやりとブーゲンビリアや春蘭が咲き乱れるのを眺めたり、外で取る朝食、濡れ縁のような場所で朝飲んだコーヒーは例え質素といえども最高でした!
これぞアジアの醍醐味。余分なことですが、ホーチミンシティで、日ごろから憧れていてぜひにと泊まったコンチネンタル・ホテルも中庭を囲むようにしてゆったりと作られており、往年の老ボーイがきりっと白い制服を着こなしていて最高でした。ここはフランス人女流作家マルグリット・デュラスが作中で世界で一番美しいホテルと絶賛していまして、フランス植民地時代の優雅な気分に浸れるのでお勧めです。
とまあ、アジアのホテルに共通したゆったりとした時間の流れる中で思索したり、心と体を休めたり、恋人が愛を語るには最高です。ちなみに麗江は新婚旅行先として人気のようで、新婚とおぼしき若い男女をたくさん見かけました。
昆明はハノイの雰囲気とそっくりで、車の増加で大気汚染と渋滞が深刻化しているそうですが、まだまだ青空がきれいで過ごしやすそうな街でした。大理からなぜか8時間強もかかって昆明駅に到着。雲南では急ぎの旅に列車はいけません。
ここではダンナの友人が黒塗りのセダンでお迎えしてくれて、さらにさらに
清代の状元の邸宅を修復したレストランへ連れて行ってくれました。
ここは料理もさることながら、修復状態が中国では本当に希少なほぼ完全な状態であちこりなでまわしたり、突いたりしてただでさえ薄汚れた格好なのに更に怪しさを増していました。写真撮影不可だったので、目に焼き付けておきました。
ここすごいです。建築好きならぜひ一度行ってみて欲しいです。
文人好みの一見質素な作りなんですが、使っている素材が最高のものなんです。南方なだけに木をふんだんに使っていまして、その木の使い方がハンパじゃない。ここに紫檀を使いますか?!とか、このさりげなくしつらえてあるこの窓枠のクスノキの彫りもいいし、えっ床はチーク?!など各地から集められた建材は建材好きにとって見所満載です。梁や柱に塗られた紅がらもきっと丁寧な仕事なのでしょう。だから数百年の風雪にも耐えているのでしょうね。
今や高層ビルに囲まれてしまっていますが、翠湖のほとりにたたずむその建物は、恐らく風水的にも絶好のポイントで当時は辺りを睥睨する建物だったのでしょう。なんてったってあの科挙制度の難関を、トップの成績でくぐりぬけた状元ですからね!きっと当時は神様に等しいあつかいですよ。まさに蒼穹の昴の世界です。
ここの個室がまた良くて(涙)
私たちじゃ絶対行けません。ありがとうございました!!
その後、なぜか夜中の翠湖でボートをひたすら漕ぐはめになったりしましたが無事に北京到着。
飛行機で乗り合わせたチベット系爺さんと若者の二人連れ、北京では滅多に見かけないハニ族(タイではアカ族)のおばさんがそれぞれ正装した上に何か只者ではない風格を漂わせていたので、きっと何かの会議に参加するのだろうと想像していたらドンピシャ。
(ちなみに、民族衣装というはその人をあらわす名刺みたいなもんでして、かつての日本もそうでしたが身に着けているものやアクセサリー、布地や刺繍、その色使いからどこぞの何々村の氏族の系譜、女性なら既婚者か未婚者、経産婦かそうでないか、果ては寡婦まで全部分かるようになっています。)
27日から北京で两会(政治協商会議と党大会)が開催されるのです!うーん、もうそんな季節か。民族の各代表と乗り合わせたのも何かの縁、彼らの精神の誇りに心がじーんと熱くなりました。彼らは怪しい人間にじろじろ見られて嫌だったでしょうが。
北京に帰ってきて、まだ自分の軸がぶれてしまっていて定まっていない状態ですが、いずれ消化・吸収して私の血と肉に出来ればいいなと思います。
以上、あっちゃこっちゃ飛んで収拾ついていませんが今回の雲南旅行ダイジェストでした。98年と2007年に訪れた内モンゴルの変化にも驚きましたが、今回も、右肩上がりで成長しつづける中国のパワーを直に感じた旅でした。
中国の変わるものと変わらないもの、どちらも今この現実のこの瞬間にしか体験できないものでした。中国が変わったと嘆くのも、変わったからこれからも良くなると期待してそれに乗っかっていこうと思うのも私たちの勝手な思い。
そんな私たち日本人の勝手な思いなんてよそに、中国はこれからも変化し続けていくのでしょう。以上、とっても個人的な雲南レポートでした。
北京のように夏は猛暑、冬は厳冬という厳しい気候と、雲南のように一年中暖かで穏やかな気候と比較すると、そこで暮らす人間の性格形成や人生に大いに影響するんじゃないかなーと思います。
さて、今回の旅の目的は雲南の染織を訪ねることでした。
目的はあっても、情報もツテもないので見つからなかったら、家族旅行を楽しむというアバウトな感じでの出立でした。目的ありきで行動すると、一人ならすべて自分で責任を取ればいいのですが、家族があると家族を巻き込む形になるので、物事はそうは簡単に行きません。
大理も10年前は道端で、白族のお姉さんがみやげ物を売りながら、片手間に白布に絞りの加工をしている姿がそこここで見かけられましたが今や、ゼロ!ここ数年の旅行ブームで地価はうなぎのぼり、古い町並みはすっかりきれいにされて、往年のしっとりした空気はほぼ消滅していました。
しかも残念なことに、中国の無形文化財に指定されている大理の藍染めといえど、今や染色が出来る人は限られてしまったそうです。藍染めの本場大理の、そのまた本場の周城でも藍瓶を持っている家も出来る人も限られるとか。
99年に暇を持て余して、仲良くなったおばさんから当時はまだ特に興味の無かった絞りを教えてもらったのが、今となっては貴重な体験となりました。
文化というのはそこに暮らす人の生活と共にあってこそ生きるのだと思うので、保護という形で残しても結局は過去の遺産や生きた博物的な知識に留まってしまうのかもしれません。それでも、先ずは残すことに意義があると思いますが。
ちなみに白族はかなり昔から漢族との交流が盛んで、ライフスタイルは漢族的。とはいえども大理周辺の村で偶然やっていた白族伝統のお祭りを見るとやっぱり漢族とは異質です。
麗江は、世界遺産で唯一遺跡ではない生きた街が最大の特徴だったのですが、今や漢族が旅行や一攫千金を狙って押し寄せてディズニーランドと化しています。がっかりしつつも、世界遺産に指定されている古城内に泊まり、酸素不足と紫外線、朝晩の寒暖差が応えたものの近郊の村を訪ねたり。現実に対しての落胆も含めて、色々発見があってやっぱり旅はいいもんです。
泊まったホテルは客桟(ke4zhan4)と呼ばれる民宿みたいなところで(ブルース・リーの映画にもこんなタイトルがありましたね)白族や納西族の伝統家屋を客室に改造しているので星付きホテルのような快適さはもちろん望めませんが、清潔でシャワーや場所によってはバスタブもあり快適でした。
特に、しっとりとした中庭でぼんやりとブーゲンビリアや春蘭が咲き乱れるのを眺めたり、外で取る朝食、濡れ縁のような場所で朝飲んだコーヒーは例え質素といえども最高でした!
これぞアジアの醍醐味。余分なことですが、ホーチミンシティで、日ごろから憧れていてぜひにと泊まったコンチネンタル・ホテルも中庭を囲むようにしてゆったりと作られており、往年の老ボーイがきりっと白い制服を着こなしていて最高でした。ここはフランス人女流作家マルグリット・デュラスが作中で世界で一番美しいホテルと絶賛していまして、フランス植民地時代の優雅な気分に浸れるのでお勧めです。
とまあ、アジアのホテルに共通したゆったりとした時間の流れる中で思索したり、心と体を休めたり、恋人が愛を語るには最高です。ちなみに麗江は新婚旅行先として人気のようで、新婚とおぼしき若い男女をたくさん見かけました。
昆明はハノイの雰囲気とそっくりで、車の増加で大気汚染と渋滞が深刻化しているそうですが、まだまだ青空がきれいで過ごしやすそうな街でした。大理からなぜか8時間強もかかって昆明駅に到着。雲南では急ぎの旅に列車はいけません。
ここではダンナの友人が黒塗りのセダンでお迎えしてくれて、さらにさらに
清代の状元の邸宅を修復したレストランへ連れて行ってくれました。
ここは料理もさることながら、修復状態が中国では本当に希少なほぼ完全な状態であちこりなでまわしたり、突いたりしてただでさえ薄汚れた格好なのに更に怪しさを増していました。写真撮影不可だったので、目に焼き付けておきました。
ここすごいです。建築好きならぜひ一度行ってみて欲しいです。
文人好みの一見質素な作りなんですが、使っている素材が最高のものなんです。南方なだけに木をふんだんに使っていまして、その木の使い方がハンパじゃない。ここに紫檀を使いますか?!とか、このさりげなくしつらえてあるこの窓枠のクスノキの彫りもいいし、えっ床はチーク?!など各地から集められた建材は建材好きにとって見所満載です。梁や柱に塗られた紅がらもきっと丁寧な仕事なのでしょう。だから数百年の風雪にも耐えているのでしょうね。
今や高層ビルに囲まれてしまっていますが、翠湖のほとりにたたずむその建物は、恐らく風水的にも絶好のポイントで当時は辺りを睥睨する建物だったのでしょう。なんてったってあの科挙制度の難関を、トップの成績でくぐりぬけた状元ですからね!きっと当時は神様に等しいあつかいですよ。まさに蒼穹の昴の世界です。
ここの個室がまた良くて(涙)
私たちじゃ絶対行けません。ありがとうございました!!
その後、なぜか夜中の翠湖でボートをひたすら漕ぐはめになったりしましたが無事に北京到着。
飛行機で乗り合わせたチベット系爺さんと若者の二人連れ、北京では滅多に見かけないハニ族(タイではアカ族)のおばさんがそれぞれ正装した上に何か只者ではない風格を漂わせていたので、きっと何かの会議に参加するのだろうと想像していたらドンピシャ。
(ちなみに、民族衣装というはその人をあらわす名刺みたいなもんでして、かつての日本もそうでしたが身に着けているものやアクセサリー、布地や刺繍、その色使いからどこぞの何々村の氏族の系譜、女性なら既婚者か未婚者、経産婦かそうでないか、果ては寡婦まで全部分かるようになっています。)
27日から北京で两会(政治協商会議と党大会)が開催されるのです!うーん、もうそんな季節か。民族の各代表と乗り合わせたのも何かの縁、彼らの精神の誇りに心がじーんと熱くなりました。彼らは怪しい人間にじろじろ見られて嫌だったでしょうが。
北京に帰ってきて、まだ自分の軸がぶれてしまっていて定まっていない状態ですが、いずれ消化・吸収して私の血と肉に出来ればいいなと思います。
以上、あっちゃこっちゃ飛んで収拾ついていませんが今回の雲南旅行ダイジェストでした。98年と2007年に訪れた内モンゴルの変化にも驚きましたが、今回も、右肩上がりで成長しつづける中国のパワーを直に感じた旅でした。
中国の変わるものと変わらないもの、どちらも今この現実のこの瞬間にしか体験できないものでした。中国が変わったと嘆くのも、変わったからこれからも良くなると期待してそれに乗っかっていこうと思うのも私たちの勝手な思い。
そんな私たち日本人の勝手な思いなんてよそに、中国はこれからも変化し続けていくのでしょう。以上、とっても個人的な雲南レポートでした。


