人生を変えたオウム 

2017年03月31日(金) 23時25分
唐突に、ああ、私は私でいいんだ、今までは私らしく在ろうとムリをしていた。
と、何かの栓がスッコーンと抜けるように何かが抜けた。

まあ、色々あるんですが、うちのオウムさん、卵を産み落とされてすぐに親から離されて、孵卵器ってものでふ化させられて、人の手で育ったら、今度はシンガポールからはるばる来日してきたんですよ。

人間で例えるならば、”親の顔も知らず、兄弟とも離ればなれ、たらい回しにされ、週末のみとはいえ、見世物になり家族も選べないまま金銭で取引されてやって来たという壮絶な人生を送って来た”わけで。

うちのオウムだけじゃないんですが、あまりにも人間臭いオウムなので、感情が入っちゃうんです。


それを真剣に考えたら、スッコーンと何かが抜けていきました。


被害者意識ってやつ、かなあと思います。


うちの親、かなり被害者意識の強いたち人で、日常の隅々にまで行き渡らせているんです。

損な生き方だと思います。

反面教師で、やたら自立心が強くなっちゃって、生来の感受性で背負わなくていいものまで背負ってました。

そうそう、出産後は、日とに頼らなきゃアカン!!と、ムリして親に預けたり。なんだそりゃ?!ですが。




抜ければ、あーこういうことだったのね、心屋さんの言うコントってこういうことだったのね。拗らせんでいいとこ、捻ってねじ伏せて、力ずくでこじらせていたけど、元に戻れば良いだけってこういうことなのねって思います。

そうすると、感謝しかない!!って、ホントー!!

めちゃめちゃ楽しかった手作りマーケットin岡崎むらさきかん 

2017年03月07日(火) 14時18分
さっきまで、末っ子を出産した吉村医院という産院のOG有志による「チャリティー手作りマーケット」なるものに参加していまして

参加条件は「手作り」ってことで、手紡ぎ手織りのふきんとか、紡いだ糸とか、染めた靴下なんか持っていって売りました。

最初は売れんの?大丈夫か??私!!!

と不安でいっぱいでした。

机広ーっやばーっっ(汗)

てなってましたが、オリンピック精神で楽しんでいたら、ぼぼ無事に旅立って行ってくれました。特に心を込めたふきんと靴下は完売だったのでホッとしています。

画像は余裕なくてありませんが、チャリティーってことで寄付もできたし。良かった良かった!!


で、売り上げは…めちゃめちゃかわいいモンゴルのフェルトを売る「空飛ぶ羊」さん、京都の原毛屋さんのスピナッツさん主催のイベントにも出品されていた…がセールをされていて、もーもーめちゃめちゃかわいいフェルトのスカートを有り金はたいて、でも足りなくて、残りは得意の?物々交換(笑)でゲット!!!

久しぶりに、かわいいっ!ほしいっ!となった洋服でした。


で、お隣で天然ローズオイル買って、手作りマスク買って、お向かいでシュシュ買って、チャリティー募金してすっからかんです。

あははー、でも楽しかったです。






なぜ実家に居続けるのか? 

2017年03月02日(木) 13時15分
家族の事をつらつらと書いて来ましたが、では何で実家に居続けているのか?って話です。

20で実家脱出を決意し、やっとの思いで実家を出て、10年ほど実家には帰っていませんでした。仮病で半分騙し討ちで帰国し、二年後に長男出産を期に実家に戻ったものの、離婚再婚で再び実家を出ました。

では何でまた実家にいるのか?


最初はお金でしたが、今では安定収入もあっていつでも出ようと本気で思えば出られるのですが。

実際何度か出ようとすると、謎の体調不良だとか、出産の里帰りからの一家揃って帰国ででぐずぐずしているうちに父の持病が悪化。

母が、毎日「はやくしね」ってブツブツ言いながら料理を作ったり、買ってきた惣菜をテーブルに投げたり、ケンカというか、嫌がらせをして父に怒鳴らせる(怒ると早死にすると聞いたらしい)場面はしょっちゅう目撃していましてね。

うわ〜っと思いましたが、自分とは別問題って捉えていました。


それが、言うと笑われるか頭がおかしいって言われそうですが、なんか、会ったことの無い先祖の霊が入れ替わり立ち替わり、あと、すでに故人の(ってみんな故人ですが)祖父母が夢でお願いに来るんです。

会ったこともない、祖母のお兄さんが軍人の姿で説得に来るとか、会ったこともない祖母のお姉さんとか、紬の和装の人とか。

なんだこりゃ?ですよ。

で、夢を無視していたら、先祖の霊が昼間も見えるようになって、なんか言ってきたり。とうとうあったまイカれたなと思っていたら

父本人からも「助けてくれ」と。

それからは、「はやくしね」と言いながら作らない、しかもバランスの良い食事を昼晩提供し、母の暴走を抑えているので父の体調は劇的に改善しました。

じゃ、そろそろ出ようかな。と思うと例の先祖が来るのです。

そんな、先祖なんて罪悪感からの妄想だから無視すれば…とも思いますが、どーもしっくり来ない。

で、思い出したんですが、ほんの小さい頃に、カルマなんて知らない頃、「私でこの家系の負の遺産を終わらせる」って心に誓ってたんですよ。

まー、気が済むまでって思いつつ3年目。

昨日、じーさん(父)が天に召されるまでの契約と決めましたんで。じーさんが肉体を脱いだら家を出るつもりです。そのときはすんなり行く気がしています。



なので楽したかったら、バーさん、せいぜい長生きしろよって思っています。

最近、私をいじめてもスルーされるので、娘に矛先が向いていて、朝からベッタリくっついて嫌がらせしたり、泣かせていまして。。

残念な人です。







心に網戸を 

2017年03月01日(水) 23時15分
母の事について、腑に落ちたことがありまして

とてもじゃないけど、この人とはやっていけない。無理。って子供心にも思うときがあるわけです。

で、距離をとる、取ろうとすると、時々すごく優しくなるんです。まるで聖母のようで、こっちが不満を伝えると泣きながら「ごめんね、もうそんなひどいことしないから」と言って、「美味しいものでも食べに行こっか」と言ってレストランや喫茶店など、どこでも連れていってくれて、洋服なんかも買ってくれる訳です。


ま、しょうがないか…というより罪悪感でいっぱい。


それで、優しいお母さんから突然変身して「あんなにやってやったのに、まだ甘えるか!!」と怒鳴り散らし、暴力を振るうので怯えるというパターンでした。夫婦喧嘩もしょっちゅうだったし。

特に働きだしてから給料日はご機嫌で、(父は悋気で神経質なので抜き)デパートに繰り出していーっぱい洋服(母の趣味)やら雑貨やら買ってもらって、自分も上質なスーツやパンプスを買っていたのを思い出します。

楽しかったです。おいしいお寿司や、洋食やステーキの店や、しゃれた喫茶店を知っている母は誇らしかったです。

だけど、それ以外は手のひらを返したように邪険にされるか、怒鳴られるか、「あんたたちを生まなきゃ…」と、極めつけは「どこかの駅に置いていく夢を見た」で、通奏低音に「父がいかにダメかという愚痴」がビートを刻みます。

他にも、売り場から早足で遠ざかって、買い物に夢中になってしまうので迷子の常連とか。


つらつらと長くなりましたが、本題に入ります。


はい、これってDV被害者とか、バタードワイフ(殴られ妻)とかモラハラ被害者が抜け出せないのとおんなじ構造。


だってとっても優しい時もあるんです!!!


以上。

よくあるパターンですね。

これに気づくまでに30年と9歳年を重ねました。


母は、特にお金のない時は酷かったので、収入を得るようになってからは

母にお金あげなきゃ!!でないと大変な事になる!!(特に大学卒業後)

と信じて疑わなかったです。

(まー、父は父で某宗教にはまってて超〜厳格で、超〜うっとおしく、ネチネチ暑苦しい存在でしたが。今はすっかり好好爺です。)


これねー、孫にもやるんで天然です。孫にもやるのは気がついていたのに、自分の事はすっかり忘れていたのです。

やーっと思い出しました。


そして、心にガラス窓を設置し、時にはシャッターを下ろしています。

お陰で、網戸も設置しました。

これまで、「嫌われたくない」「見捨てられたくない(私の最初の記憶は、私が女の子でがっかり落胆した母の顔)」がために、自分の気持ちが嫌とか、善悪とか、出来なくて(境界がなくて)人の受け売りですが”網戸のない窓“状態でした。


だからガキンチョにバカにされるというね。

そもそもそーいうガキは嫌いだし、子供もあまり好きではないので(4人の子育ては真冬の滝行レベル!!)

我慢は無用。

他人も子もうちの子〜なんて、たぶん一生分からない、かも…そう言える人は菩薩かゴッドかって思う!!

というわけで、心に網戸を!


境界が無いって恐いですね〜。





古い自分を 

2017年02月27日(月) 22時49分
さっき、ちょっとしたきっかけ…

私は数字をしょっちゅう取り違えるのですが、時に大変不快に思せてしまうのですが。ま、常識人ではあり得ない、はい、この性質をバカだとずっと思っています。気を付けていますが、ほんとうにうっかりやらかします。

昔、『裸の大将』ってドラマが好きだったんですが、主人公は知的障がいだけど、天才的な絵の才能を持つ画家、山下清をモデルにしているそうで、私も山下清みたいにきっと才能があるはず、私もバカだけど…って思って励まされていました。

話は戻って、数字の取違いを、見ず知らずの人にやってしまい、指摘されたのがきっかけで、忘れていた感情がドバアアっと出てきてしまい、気がついたら大泣きしていました。その人は単にスイッチで、悪いわけではないんです。

私はバカだ、私は気を付けていても人様に迷惑をかける、私はすぐ感情的になる、私はすぐ泣く、泣けば何でも解決すると思っている、私は生きている価値もない、生かされているだけ幸せと思いなさい

はい、全部母親から言われ続けた言葉です。

それをベースに「私は何をやってもダメ」「母は完璧」「私以外のすべての存在は私よりも大きい」が培われて、15年ぶりにぶり返しましたよ。

15年前の、ちょうど今頃、北京の大学を卒業間近に控え、そのまま北京で就職希望だったので必死で良い成績を修めた所だったんです。

ビザ取得に必要な二年の職歴もクリアしていたため、どっかは取ってもらえるだろうと考えていたら…どーっこも採用してもらえませんでした。

当時は人材斡旋の会社もなく、全てクチコミだけで探すか、コネ採用しかなかったのです。

それでも、「ダメなら帰国すればいいし」と親をアテにしてたかをくくっていたら

「お金ない、中国で働いて」

以上。

後日、実はお金はあり、お灸を据えれば大人しくなる(コントロールしやすくなる)と思っていたと本人から聞きました。

落ち込みました。絶望しました。

大陸に一人残され、あと一週間で寮を出なくては行けないのに、航空券はなく、お金もない、住むばしょもないんですから。

まあ、友人の家にでも転がり込むって手はありましたけど、その時抑えていた感情が巨大波となって押し寄せてきて飲み込まれました。

私は、とても感情に左右されやすいのと、後先考えず、その場しのぎの考えしか出来ないのがコンプレックスで、バランスを取りたくて理系、語学の世界へ進みました。そのコンプレックスを忘れるほどバランスを取れるようになっていたんですが、その時は見事に飲まれました。

その時に掛かってきた一本の電話で救われて、首を吊らなくて済んだんですが、一本の電話が生死を分けました。

お陰で、人から人へ私というちっぽけな存在を繋いでもらって、広東省の台湾系アメリカ企業に居場所が出来て今に至ります。通訳のスキルを身につけられたのはここのお陰でした。

感情のバランスを取れなかった小学生のある日も、本当に死のうかと絶望が襲ってきて、高い建物から落ちることばかり考えていたら、その晩の夢か、白昼夢か、生まれる前に空の上から当時住んでいた家を上から見下ろして、生まれる家を選んだこと、年長者のような人に

「この人生は大変だけどいいのだね?」

と念を押され、私は強い覚悟ではいと答えたことを思い出して死ぬのを踏みとどまり、自分の人生がマイナスからの出発だと受け入れたのでした。それまでは、うまくいかないことを全部人のせい、環境のせいにして拗ねていました。

雲の上から見ていたのは、当時の実家だけではなくて、さきに川の向こうにうまれた会いたい人が近くだったというのが一番の理由でしたが。

それで、どうして生まれ、生きることが大変な覚悟がいるのか、先程の感情の大波…15年ぶりの大波で気がつきました。

母は、私が生まれるまで、赤ちゃんは男の子だと信じて疑わなかったので、私が生まれたときに相当なショックを受けた上に、また父も男の子だと信じて疑わなかったので、落胆し、母は責められたと感じたそうです。

これは、事ある毎に両親や祖母から聞かされたので耳にタコでして、男だと信じていたのがひっくり返って、心から喜んでくれたのは祖父だけだったのでした。

小さな頃から耳にタコなので、当たり前だと思ってこれまで生きてきたつもりが、一番根っこに刺さったトゲだとは驚きでした。

私がバカだからいけないのも、要領が悪いのも、人様にご迷惑をおかけするのも、友達がいないのも、孤独なのもここが出発点。

母のがっかりした顔でした。

もう、いいやあ。

ついでに、大学に行って、スキルを身に付けて専門職につくのが夢で一生懸命語学を身につけたけど、今日で手放します。

一度、死んで生まれ変わりました。

孤独でも、バカでも、嫌なババアでも、グータラ専業主婦でも、どーでも良いやあ。

私は私。孤独と言いつつ、優しい人たちはいて、私がどんなバカ真面目にズレてる人間でも、温かく何事もなかったように接してくれて、フォローしてくれる人がいるし。かつて、暖かい気持ちを共有した人もいて、私の一部なんだから孤独じゃないって知っている。

あーどでもいい事をまた書きなぐったけどスッキリした。

うん、一度死んで生まれ変わったんだから、今からまた生きよう。


かわいいと言われたい 

2017年02月15日(水) 14時01分


つい最近まで、「幸せ」っちゅーまだ見たことのないモノを追いかけていたんですが…

幸せはすぐそこにありました。




というわけで、すでに幸せでした。


あと、望みはダンナに「かわいい」と言われたい、それだけでした。以前に、次男から「お母さんかわいいー」と何の前触れもなく突然言われたことがありまして、すっごく動揺したんですよ。

私、自分でもよっくわかりますがかわいい性格、生き方とは無縁でして…

あと、文鳥やオカメインコと暮らすまではかわいいは封印して暮らして来ました。子供のころ、母親にまとわりつくのはご法度で、かわいいーっというキャーキャーした感情を出すのも叱られていました。

なので、自分の事をかわいいと思ったことは自虐以外でほとんどなく39まで来ちゃいましてね。


なので、「ダンナにかわいいと言われたい」、元は「母親にかわいいと言われたかった」が望みでした。

はい、これで全部解決です。

買っても買ってもまだ買う、足りないお金の使い方は母親譲りですが、今となっては、そうして迷惑を掛ければダンナが気にしてくれるとゆー。。どんだけ好きやん。

分かっちゃえば、かわいいもんです。



「そんな私、かわいいっ」ですから。



とかなんとか考えつつ、ヘンプコットンふとんわたを紡ぐため、篠をせっせと巻いておりました。
これから、糸にしていきまーす。

本当の望み 

2017年02月14日(火) 13時59分
つい先日、本当に望んでいることがわかってしまいました。

ダンナともっともっと一緒にいたい。

これだけー。

見た目オッサンだし加齢臭はするし、口臭もするけどって、それまんま私もだけど!

優しいし、今でも一緒にいる時間長いと思うけど、でも、もっと一緒にいたーい。

のです。

去年は真逆の方に向かっていまして、どうもうまくいかないなあともやっとしとりました。

そりゃそーだ。

自立してなくてもいーもん、いっつも一緒で一人でなんにもできなさそーでもいーんだもーん。

エストニアスパイラル編み 

2017年01月27日(金) 10時19分


ダンナは片道一時かけて自転車通勤をしているので、足首が寒い。

フィット感の良いレッグウォーマーをと頼まれたので、色々考えて、斜めに編み模様が現れるエストニアスパイラルに挑戦してみました!


表目、かけ目、表目、左上二目一度(2目を一度に編む)を延々と繰り返していると…あら不思議、斜めに模様が現れます。

コツは、糸にたいして、細い編み針できつめに編むときれいな編み目になるようです。あと、編んだ目数を間違えるとズレるので注意です。

太い糸でサクサク編んでいますが、ギッチギチで手が痛いのよー。

整える 

2017年01月22日(日) 14時16分

今年の編み初めは、京都の金の羊さんで買った、手紡ぎヤク単糸でショールを編んでいます。苦心したリーフ模様、ようやく100センチは編めた頃に、やっとモノにできた手応えがあります。40センチと幅広です。

縄編み始めざっくりしたアラン模様ばかり編んできて、初めてのレース編みだったので、めちゃめちゃ大変でしたが、出来るようになったー!

手編みの、空気も一緒に編む感じ、手織りもですが、それを心がけています。昔は、きっちりしていないと嫌で、編みも織りもギッチギチだったんですが、なんか、違うと感じてだんだんユルくなってきました。

それにしても、何でもそうなんですが、このモノにした手応え、これがあるからやめられません。



そんでもって、今日は冷えるから夕飯にビーフシチューを作りたいので、添えもものパンを先に仕込んでます。国産の地粉を使って、あんまり練らずにサックり混ぜて放っておくと発酵が進みます。

最初に、手でしっかり粉起こしをして、酵母も始めにお湯で起こしておくのがコツです。そのうち、またレーズン自家製酵母でパンを焼くのが目標です。

天然酵母って、すごく体調が反映されるので、整っていないと失敗してしまうんですよー。

最近、この整えるってことに興味があって、二胡もこれなんだよなあ、そっか、そうなんだと気付きがあったのでそろそろ再開しようと思っています。


すべては繋がっていて、すべては呼吸、整う、なんじゃないかと、そう思っています。



初心 

2017年01月21日(土) 13時43分


ここんとこ最近、というか、かれこれ二年ほどかなあ…いや、ずっと前から

自分は、結局「何がしたいの?」が分からなくて迷走していたんです。

で、アジアの籠好きなもんで、ラオスの籠を紹介されているあるサイトに行き着き、ずーっと憧れていたんですが、タイミングが合わずに購入には至らず(買おうと決心したらsold とか、非売品とか)

旅行で訪れた八ヶ岳、迷いこんで行くはずではなかった偶然寄った清里(それまでバブリーなイメージで…)に魅せられて、検索で行き着いたブログが、ラオスの籠の方と同じだと知った時には、それはビックリしました。


ここまで好きなものが近くて、しかも先を行っている方って初めてでした。


だって、同時期に古い海外の紡ぎ車を買って、しかもおんなじメーカーの、しかもちょっとマニアックなメーカーの織り機を使っていて、しかもヤクの毛、ヘンプを紡いでいるとゆーシンクロっぷり。

しかも、なんとなんと、その方の織った布をiichiさんで買う機会に恵まれて…実際に手に取ってみて


ああ、思い出した。


私は、なぜアジアの布に惹かれたのか。

なぜ、織物を始めたのか。


家族のために、丹精込めて作る、それがやりたかった。そういうものの風合いが好きなんだ、だから、それをやる。

誰かと比べて上手くなる

いつもここでつまづいていたけど、やっと気持ちに気がつけました。

すごい人になりたい訳じゃないんだよねー。ただ、好きなことだけをやりたいんだよねー。

それでいいのだ。

今日は、ホームスパンの大御所で、とーーっても素敵な清野先生の

「好きにやれば良いんだよ」

で締めたいと思います。
2017年03月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:文鳥 meimeistore
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:11月14日
読者になる
二十代は中華圏で過ごしていました。帰国後中国茶のカフェを開業→北京の古民家でカフェを開業していました。 今は四人の野生児育てと、動物から毛をいただいて、こつこつ何か作っています。
Yapme!一覧
読者になる