原告団そのA 

2007年12月25日(火) 15時16分
先日、とある裁判の原告団が気に食わないという話を書いた。で、書いて数日して、総理の「全員救済」みたいな話が出てきた。もうね、どんだけ人気取りなんだと。どんだけあっけない信念だったのかと。昨日黒かったものが今日には白くなっているようなものである。


おそらく、前にも書いたように、国民はこの話題に飽きている。にも関わらず、まだこの話を続けて人気取りを画策しているのだとしたら、政府は空気読めない骨頂ではなかろうか。


で、このニュースを聞いて真っ先に頭に思い浮かんだのが、喜び勇んで小躍り踊る原告団の不細工。あのプロ市民が喜ぶ様子を想像するだけで虫酸が走るというものである。しかしながら、その淡い期待は違った意味で裏切られる。


いつものように、今後に続く講演会出演料アップの為の営業的な記者会見の席で、こともあろうに「私たちは政府の言う事なんて」的な発言をしはじめたのだ。


「ハァ?」


あいつらがどれだけプロ市民だったかかって言うことですね。正直、あの原告団に不信感を覚えます。言ってみれば今回の決定は、あいつらの主張をほぼ認めたっちゅう事じゃないのかと。司法判断を覆してまで、アヤツらの寝言を聞いてやったんじゃねぇのかと。何度も言うが、アヤツ等の境遇はそりゃ不幸だ。何か手を差し伸べてやらにゃあならんだろう。しかしだ、ここは納税者として言わせてもらおう。「調子乗るのもいい加減にしやがれ」。


責任が国にあるとしても、自分に何の責任がなくて病気になったとしても、まずはテメェ等の要求が認められたのだからまずは気の利いた言葉があって然るべき。国が補償するっつったって、もとを正せば、税金なんだから。「それなりの」と言うか、ある程度の態度を示さなかったら、本来は暖かい気持ちで出してあげるものも、出してやる気さえなくなる。

救済を提示しても、補償を出しても尚もゴネ続けるその姿はもはや、大陸の第三国のソレと大差はない。まぁ、円満解決なんてことになったら、今が旬のこの話題の講演会に出られなくなっちまうから、切実なんだろうけど。


さてさて、この話題の利権はいかがかと。

相手をよく見て「ブス」と言おう 

2007年12月20日(木) 22時57分
 携帯サイトのプロフに「ブス」ってカキコしたら、逆上したそのブスにリンチされちゃったって事件が、ネット上にありました。いやぁ、コワイコワイ。

 でもね、結構どうしようもないブスって存在するじゃない。どうにも見れないっていうか、心のそこから美容整形をお勧めしたくなるような奴。その手段をもってしか、現在、いや、過去もこれから先の未来も恐らく、世界中で相手にされなさそうな、トップ、オブ、ブス。いや、人をけなすことは決していいことじゃないのは分かってるけれど、そういう場合の「ブス」っていうのは、「けなす」というよりも、「ファイト」的な意図のほうが強いようにも思えます。中途半端なブスに対しては、それは確かに貶し言葉に過ぎません。ここを勘違いしてはいけません。

 ただ、今回の事件を鑑みるに、そんな加害者側(?)のブスを一度見てみたくなります。どれだけブスだったのかと。そして、そんなブスに対して、本当にブスだったとしても「ブス」と言っていい相手だったかということです。普通に考えて、町で目立ってるチンピラがいかに「不細工」だったとしても、誰も「不細工」っていえないのと一緒で、言ってはいけない相手に対して「ブス」という言葉を言ってしまったのかどうかってのも気になります。浦安鉄筋家族で言えば、花子に向かって「女ヒガンテ」と言ってしまうのと同じかと・・・。

 どうでもいいんだけど、相手をよく見てやりましょうっていう教訓だろうね。きっと。この手のことは絶対になくなる日は来ないんだからさ。

ああ、お涙頂戴 

2007年12月20日(木) 22時33分
 このブログを含めて、完全にHP自体を放置し続けて約1年経ったことを再認識。ああ、だめですね。しかし、このHPを更新しなくなってからというもの、フラストレーションがたまりまくりです。なので、下火で復活毒舌ブログ。そういえば、昔は毒舌ネタだけは評価されていたような気もします。


 さてさて、最近ニュース番組を見ていてやたらと茶の間に深いな顔を写すのは「原告団」。いや、何のとはいいません。原告団です。正直、もういいよ。お前ら出てくんなと心のそこから叫びたい。そりゃ、最初は気の毒な人って思ってましたよ。自分に何の罪もないのに、その時の国の制度が制度だったがために、病気になってしまったんだから。今までも、そしてこれから先も苦しまなければならないのはとても辛いことです。それぐらいはこっちだって理解してます。

 しかし、いい加減にしろって、きっとみんな思ってる。毎回毎回、政府が何かをするたびに、お涙頂戴の寸劇を見せられても、はっきり言って迷惑です。原告団の今風メガネが全然似合わないあの女の顔を見るたびに、イライラさせられます。も、いい加減黙ってろって。

 でも、こういう問題はいっつもそうなんですが、どうして患者を原告団として担ぎ上げるのかが不思議でなりません。いや、べつに不思議ではないのは分かってます。要は、「私たちは弱者なんです。弱者がこんなに頑張ってます。だから、世論を下さい!」と言いたいだけ。そんで、赤やカルト宗教で盛り上がってるだけな気がします。何だか、こんな図式はよく見ますね。プロパガンダとしての存在以外にどんな意味があるのでしょう。

 だって、絶対にこんなド素人が出てくるよりも、原告の弁護団が出てきたほうがいいもん。まだ、建設的な話ができるもん。でも、結局は建設的な話なんかよりも、お涙頂戴劇が完成すればいいわけで、司法判断以上の政治判断が出るはずないと分かってながら、その答えが出るたびにブスが汚い泣き顔曝しながら涙涙涙。もう、こっちは体調悪いんだから吐き気がしてくるっての。

 で、彼らのHPだかブログだかを読んでみたら、赤の集団とやってること変わりません。「署名がこんなに集まりました!」「○○さんが協力してくれました」「ゴミ拾いしました」って・・・。で、本人は本人でチャッカリ本出して、どこかの講演会にでも呼ばれて、講演料もらって有名人気取りですか!危ない時期にイラクに行って税金で救助された国賊とほぼ同じ。いや、未だにゴネてる三国人と同じか。

 一つ、そろそろ気づきなさい。大部分の国民は、お前らのやり方に飽き飽きしてます。

乗り遅れ!なまはげ 

2007年02月10日(土) 13時17分
ずいぶんと乗り遅れてしまいましたが、先日、秋田の伝統「なまはげ」がとんでもねぇことしでかしてくれました。旅館に押し入り、歓迎ムードをよいことに女風呂で触りまくり。さすが、鬼。一部分は確実に鬼。


「泣く子はいねがぁ?」って、あなたの目の前に、あなたが原因で大泣きしている生娘がいます。「悪い子はいねがぁ?」って、一番悪い子はあなたの下の息子さんです。


いやぁね、なんで世間はこの事件をもっといじってあげないんだろうって思うね。メチャクチャ突っ込むところ満載だと思うんだけど。


秋田以外で普通に生きていて、なまはげなんていう言葉自体が大体ネタだもんね。これから流行らせるのもいいかもね。風俗店で「なまはげコース」とか。ついでに、「きりたんぽコース」とか「米いぢりコース」とか。店名は「秋田小町」とか。ものすごい流行る気がするけどなぁ。


まぁ、たぶん、このニュース聞いた何人かは、「なまはげやってみてぇ」って思ったに違いない

ボールペン 

2006年04月16日(日) 11時11分
 奉行は、仕事がら、かなりの量のボールペンを消費する。まぁ、そんなことはどうでもよい話なのだが、奉行の仕事場では、高級ボールペンが一部で流行っている。正直、奉行には少し憧れる部分もあるが、絶対に高級ボールペンや万年筆の類は買えない。それはなぜか。無くすからである。思い返せば、ボールペンは大量に使うが、最初に使い始めて、最後にそのボールペンの天寿を全うさせるまで一緒にいるボールペンはわずかである。7割方、どこかに消えてしまう。そのうち、半分ぐらいは奉行の家の洗濯場にあるわけだが、そんな感じであるために、高いボールペンは御法度である。

 そんな感じで買えないものの一つに、ジッポーライター。こいつも必ずなくなる。100円ライターひとつ、満足に最後まで使えない奉行にとって、ジッポーライターも大して興味のわかないグッズだ。無論、ダンヒルやデュポンに憧れたりもするが、あんなもの持って車に乗ろうものなら、1時間経たずにシートの下やドアポケットのとりにくい部分に移動してしまうに違いない。

 そんな、どうでもいい話。

最近のケータイ事情 

2006年04月11日(火) 12時19分
ケータイのマナーがなってないという社会派の意見を耳にしてからだいぶ久しいが、最近それが、微妙に変わってきたと思う。というのも、今まではマナーが悪いというベクトルの矛先は常に若者に向いていた。これはもちろん、現在でも何が楽しいのか知らないが、心の底からどーでもいいと思う話を続ける若者もいるのだが、それにも増して、今まで「若者のマナーが悪い」とほざいていた世代が本当に常識なさすぎだと思う。

奉行が見た感じでは、一部を除いて若者はほとんど電車の中などでもマナーモードに設定し、せいぜいメールやゲームに興じるぐらいである。しかし、「簡単ケータイ」だか何だか知らないが、新たにケータイを持ち始めた世代の奴らは、どうせ扱える機能もないくせに、キータッチ音をピーピー鳴らし、かと思えば、バリエーションの少ない着信音を高らかに鳴らし、さも自慢気に会話に興じる始末である。

正直、ケータイという本来は持ち歩く筈でなかった電話というツールを持ち運び、移動するのだから、ある程度のマナーやルールといったものが通用しないのは仕方がないことである。しかし、若者に比べて、文明の利器を手にした時代遅れの枯れ木どもは、そこらへんの認識が甘すぎるのではないか。戦時中には強力しない者を非国民だと言っていたにも関わらず、戦後、平和一番みたいに言ってるやつらと大してかわらない。そもそも、奉行には何で用もないのにマナーモードを解除するのかがわからない。生きている中で、着信音が鳴った方が良い瞬間の方が少なくないだろうかと思う。ましてや、キータッチ音などは、別に付いていなくてもいい機能だと思う。ただ単に、変更の仕方が解らないだけだとしたら、もはや携帯を持つ資格など無い。そしてまた、コンサートや試験会場などで「ならすな」と言われているにも関わらず、かならず鳴らす奴がいるのも大変興味深い。しかも、鳴るのはだいたいどーしょーもない着信音だし。

とはいえ、奉行も一度だけ高校の頃に全体集会の時に高らかに鳴らしたことがある。しかし、ポケットの中でこもった音だった為に、まわりのやつらの「鳴らしてんの誰だよ」みたいなキョロキョロに紛れてそっとボタンを押し、事なきを得た。やはり、それぐらいの遠慮も欲しいものである。

便所のカラーボール 

2006年04月11日(火) 12時17分
女性にはなかなか解りづらい話かもしれないが、男性用小便器には青や黄色の薬品でできたボール状のものが入れてある。ただ、決して色がでるわけでもなく、瞬時に溶けてなくなってしまうというわけでもなく、気がつくといつの間にか小さくなっているという代物だ。昔は、だいたいどこの便所も、一回ごとに水が流れるタイプのものではなく、定期的に時間になると否が応でも水が流れるような仕組みであった。そういうタイプの便器であれば、使用後にすぐ水が流れるわけではないので、衛生面や匂い等の問題でそれを使う意味もわかる。

しかしながら、時代は変わり、現在大半の場所では使用後、センサーにて自動的に便器洗浄されるじだいとなった。にも関わらず、奴らは何も変わらず存在し続けているのである。毎回水が流れるから、別に衛生面ではとくに問題は感じられないし、匂いといってもたかだかあんなボールにできることなどたかが知れているし、以前から疑問で仕方がなかった。あれにわざわざ金をかける理由とは何なのだろうか。奉行も、最初は的として存在しているのかと思ったが、的であるならば別に溶けてなくなってしまう材質でなくてもいいはずだ。別に、溶かす達成感を味わうために存在しているわけでもないだろう。とすると、その存在意義自体が謎でしょうがない。まぁ、心の底からどーでもいい話ではあるが。

給食に関する考察A 

2006年04月06日(木) 17時57分
 以下のように挙げてみたが、これは奉行が実際に遙かなる給食時代を必死に生き抜く中で体得した技である。実際、小学校2年の頃などは、「行儀が悪い」と言われ全く給食に手を付けず、最終的には軽い気持ちでそんなことを言ってしまった教師側に「残してもいいから給食を食べてくれ」と言わしめるまでの勝利を勝ち取ったし、小学校を通して、残飯ランキングには奉行は絶対不参加・食べるまで帰るなと言われれば放課後、辺りが暗くなるまで不動状態で絶対にそのような嫌がらせには屈しないという態度を見せた。

 それが間違いであるのか、正解であるのかということは周りに決められることではない。どう頑張ったところで、やはりタマネギはダメなわけで、ナマモノは美味いとは思わない。昔は教師を始め、親などにも「好き嫌言ってんじゃない」と、それこそミニにタコができるほど言われたものだが、初めて食べ物を口に入れて二十数年間、ずっと嫌いだと言っているのだから、もうそろそろ、本当に嫌いなのだと言っていいころだろう。社会に出れば、それなりの礼儀や行儀などは自然に覚えるもので、そんなものをイチイチだれかに身をもって実践させられるのも、迷惑な話である。

 学校では好き嫌い言って食べないで家じゃそうでない場合もあるだろうし、家でも食べていないばあいもあるだろう。なんで、そんなものをわざわざ人生の通過点に過ぎない学校などというコミュニティーで命令されなければならないのか。今でも疑問でならない。なぜ、たかだか給食などというもののために、あの頃そこまで苦しめられたのか分からない。好き嫌いの問題は、なんの疑問も感じずに食べられる人には、絶対に分からないことである。分からないことであったとしても、本来、「人の嫌がることをしてはいけない」と教えるのが学校である筈なのに、教師の側が率先してそれを行ってどうするのだろう。給食を残さず食べるという下らない目標の為に、ソイツの時間を奪い、権利を奪い、自由を奪い、辱められ、それで尚、「良い行いができる人になりましょう」は矛盾を感じる。

給食に関する考察@ 

2006年04月05日(水) 12時10分
今更こんなところで過去の話を蒸し返すのもアレだが、奉行は給食が大嫌いだった。この歳になってなお、深層心理にトラウマとして焼き付いているのか、時折夢で苦しめられる。それぐらい、微妙な時間だった。

何故かといえば、理由は一つ、ネギが食べられないからだ。タマネギ・長ネギ・万能ネギに至るまで、存在が許せない。そんなわけだから、給食を完食するなどということは年に数回であった。保育園の時から数えて、長い給食という拷問なみごと耐えたものだと思う。一度たりともネギ類に屈したことはない。

もちろん、食べ物を残さず食べることが最善であるということぐらい解らないほどバカじゃない。しかし、本当に食えないものがあったとして人としておかしいことなど何もないのではないか。百歩譲って給食を完食することをヨシとする考え方を容認するとしても、もうチョット食べられない子を納得させうる理由付けは無いものかと思う。

そこで、全国の給食が苦痛でしかないチビっ子のために、よく言われる理論の正しい返し方をここに記す。奉行が給食という果てしなき拷問の日々を戦ってきた中で体得したものであるので、いざ使用する場合は途中で自らの信念を変えることなく、不条理だらけの社会に打ち勝って欲しいと思う

@「世界には食べられない子がたくさんいる」……これは一番大人が使いたがるオーソドックスな屁理屈である。しかしながら、1つ確かなのは君達は食べられない国に生まれた子ではない。飽食とまでいわれる経済大国日本の住人である。だったら、給食制度を廃止してそこの食料を全て寄付しろと。もっといえば、自分の今目の前にあるその給食を寄付してやれと。そこら辺の不条理さを全面に出し、ヘラヘラしない真面目な顔で、「あなたがこれをそのかわいそうな子供たちに届けてあげて下さい。」と言いましょう。3から4割の人はまさか返ってくるはずのなかいと思ったレスポンスに、支離滅裂な議論を展開してくれます。

A「一緒に食べちゃえば美味しいよ」……これは教師から言われるよりも、出された物を何も考えずに消費する言わば家畜の様な同級生からいわれる。美味しいの単語は気にならないなどに変わる事も。そんな時は、会話の流れの中で自然に「そんなに食べたきゃどうぞ」と言ってあげよう。すぐにいなくなってくれます。

西瓜と逝こか 

2006年04月03日(月) 23時30分
近年JRにおいて、「Suica」なるカードの発展がめざましい。正直、出始めた頃は奉行は絶対に持ってたまるかという感じで、磁気式イオカードを利用していた。東京メトロ(旧営団地下鉄)ユーザーの奉行にとって別にJR自体そんなに乗らないし、何より、カードの裏に印字され、どこに行ったのかすぐにわかる磁気式イオカードの方が便利だった。ちなみに、奉行は使用済みパスネットやイオカードなどを捨てずに大切に保管している。理由は無いが、一昔前前の上野で偽造テレカ売ってたイラン人かという勢いで、会社の机の中には目玉クリップで止められたカードが保管されている。

しかし、JRが磁気式イオカードの販売をやめてしまったことで、Suicaを持たざるを得なくなってしまった。以来、Suica生活が始まったわけであるが、毎回毎回、いらいらさせられっぱなしである。定期入れに入れたままでも大丈夫みたいなウタイ文句であるが、定期入れに入れたままで反応するのは10回に1回ぐらい。反応しないからわざわざ定期入れから出してカードをタッチ部に思いっきり打ちつけなくてはならず、うかつにしていると扉は閉まり、後続の人間に舌打ちされる結果を生む。このぶつけようのない怒りはどうすれば良いのか。

JRは本当にウマい手を考えたものだと感心してしまう。デポジットは返金できるといえど、カードを紛失する人間もいるだろうし、訳が分からずかってしまい、そのまましまわれるもの、又、生活に密着しているが故、死後も形見として大切に保管されてしまうものもあるだろう。結局は、JR側はそれまでのカードにかかる経費を乗客に負担させることにより、人件費と材料費を削っているわけである。挙げ句の果てには、携帯にSuicaつけました・クレジットカードにSuicaつけたんで、借金してどんどん使ってください……。と。

そんな裏があるにも関わらず、ペンギンお重箱やペンギン掛け時計欲しさにガンガン使ってるやつがいるわけだから、おめでたい。我ながらおめでたい。しかし、もちろん奉行に抜かりはない。一円でも多くJRにお金を使ってもらえるように、奉行は暇があれば履歴印字。チャージは常に千円、毎回「領収書あり」ボタン連打。Suica専用券売機だと感熱紙に印刷されたレシートみたいのがでてしまうので、従来型の券売機で必ず硬券タイプを印字するように常に心掛けている。小さな積み重ねが大切である。
ここはなに?

別に、砂町のよいところを書くわけじゃなない。
一応、色々考えていはいるけれど、結果的には何も考えてないような日記になっちゃった。

ちなみに、元ネタは
砂町奉行所V
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