粉末ジュースのようなユニークな和菓子 九重

October 28 [Fri], 2011, 15:57
九重(ここのえ)は、仙台の菓子屋、九重本舗玉澤が製造販売する和菓子の飲料である。1901年から20世紀中葉までは仙台土産として代表的なもので、現在も銘菓として知られている。

九重は細かなあられ球の粒々に柚子、ぶどう、緑茶の風味をつけた糖衣を絡めたものである。袋から粒々を取り出し器に入れた後にお湯または水を注ぐと、糖衣が溶けて水に美しい色をつけ、あられが浮かびあがってくる。粉末ジュースのようなユニークな和菓子である。

歴史
製造販売の玉沢(玉澤)は、江戸時代に国分町に店を構え、仙台藩の御用菓子司だったと称する古い菓子屋で、明石屋、玉屋ともにない現在では、仙台でもっとも由緒ある和菓子屋である。九重の製法を創案したのは福島県会津の栗村千代吉で、栗村から製造販売の許しを得た玉沢伝蔵が、売り出す前にまず1901年(明治34年)の陸軍大演習で仙台に来た明治天皇に献上した。そのときお供の東久世通禧に付けてもらった名が、九重である。

玉沢からは1913年(大正2年)に近江嘉尾留がのれん分けして名掛丁に駅前玉沢を開き、本家ともども九重を製造販売した。ところがその後、本家の玉沢老舗は借金で潰れてしまった。営業権を得た清野間太郎が興した玉沢総本店が九重の製造販売を続けたが、栗村に対する契約上の義務をめぐって駅前玉沢も交えた訴訟になり、玉沢総本店は敗訴した。

1941年(昭和16年)に両玉沢を含め仙台の既存の菓子店は企業統合の対象になって一度断絶した。その後も砂糖が入手できずに菓子業が不可能に近い時代が続いたが、1950年(昭和25年)に近江嘉尾留の子、近江逸郎が九重本舗玉澤を南町通りに開き、九重の販売を再開した。延宝3年(1675年)以来の老舗を名乗り、仙台とその周辺各地に店を置いて現在に至る。玉澤総本店も仙台の和菓子屋として栄えているが、九重など古い玉沢に関わる菓子は作っていない。

20世紀中葉まで、九重は仙台土産として第一に挙げられるような銘菓であったが、後には萩の月のほうが有名になった。萩の月のような半生菓子は、そのままでは品質が低下するので、包装・保存技術の進歩を待って初めて土産物・贈答品として登場した。九重を今ではほとんど途絶えた粉末ジュースの一種とみれば、首位の交代も時代変化の一部と言えそうである。

支倉常長から名付けられた 支倉焼

October 27 [Thu], 2011, 15:55
支倉焼(はせくらやき)は、ふじや千舟が製造・販売する仙台銘菓である。
仙台藩の慶長遣欧使節副使であった支倉常長から名付けられた。

概要
胡桃入りの白漉し餡をバター入りのクッキー風生地で包んだ洋風和菓子。柔らかな口当たりよい甘さがある。
萩の月などに隠れ、全国的な知名度は無いが、地元では銘菓の一つとして知られている。

パッケージ
包装紙(パラフィン紙)は緑色と朱色の2色があるが、中の味は同じ(注文に応じて、朱色だけで慶事用、緑色だけで弔事用にもできる)。バラ売りもしており、仙台駅の土産物店などで販売されている。通常の支倉焼6個分の特製中、12個分の特製大も販売されている

餡の種類は栗・大納言・胡麻・大福豆の4種類 白松がモナカ

October 26 [Wed], 2011, 15:53
白松がモナカ(しろまつがモナカ、しらまつがモナカ)とは、仙台市青葉区に所在する株式会社白松がモナカ本舗が製造販売している最中の商標である。「全国銘菓」の看板を掲げていることで有名だが、宮城県内では「宮城県銘菓」として広く浸透している。また、北海道でも知られており、道内では北海道銘菓として扱われることもある。

読みに関しては創業者一族の名字から「しろまつ」が正しいとも言われるが、ラジオCMでは「しらまつ」と言われており、どちらでも良いとされている。

白松がモナカ
円形ながら上から見て下部に当たる部分は平らにされており、皮種には「超特」「白松」の文字や、店舗の意匠などが刻み込められている。餡の種類は栗・大納言・胡麻・大福豆の4種類があり、最中の大きさもミニから大型までの4種類が揃えられている。

商標の由来
製造元の白松がモナカ本舗は、1932年(昭和7年)に白松菓子店として開店しており、創業者の「いずれは白松の菓子の名を広めたい」という思いから名付けられた。商標につけられている「が」は所有格で、最中のほかにも全ての商品に「白松の商品」という意味で『白松が-』と名付けられている。

カスタードクリームをカステラ生地で包んだ饅頭型のお菓子 萩の月

October 25 [Tue], 2011, 15:49
萩の月(はぎのつき)は、1979年(昭和54年)9月から菓匠三全が販売しているカスタードクリームをカステラ生地で包んだ饅頭型のお菓子のことである。正式名称は『仙台銘菓「萩の月」』。

宮城県柴田郡大河原町(仙台都市圏内)に本社・工場、同県仙台市青葉区大町(広瀬通)に小売の本店がある菓匠三全の商品である。明治初期誕生の笹かまぼこや昭和20年代誕生の仙台牛タンと並び、昭和50年代誕生と歴史が短いながら仙台土産の定番になっている。業界紙がアンケートを基に選んだ「20世紀を代表する土産品」では、北海道の白い恋人、福岡県の辛子明太子に次いで、宮城県の萩の月が全国3位になった。現在では宮城県外の店舗でも販売され、1日あたり10万個が製造・販売されている。

商品名は、「萩が咲き乱れる宮城野の空に浮かぶ満月」に由来している。松任谷由実の発言で全国的な知名度を得たと言われ、全国に模倣品が数百種はあると見られる。

業界では、食品の賞味期限延長に脱酸素剤を利用した先駆けの商品として知られる。また、現在よりも高価な移動手段であった旅客機の機内で供された歴史から、ビニール包装の上、さらに小箱に個包装されているのが特徴。

メーカーが推奨したわけではなく、自然発生的に消費者自ら多様な食べ方をしているのも特徴である。常温のまま食べる方法の他、冷蔵庫で冷やしてから食べる方法や、松任谷由実が絶賛する冷凍庫で凍らせてアイスクリームのようにして食べる方法も著名である。このため、模倣品の中にはあらかじめ凍らせた状態で売られているものもある。逆に、温かい状態では中のカスタードクリームが軟化し、常温のそれより舌触りが良くて美味しいとサンドウィッチマンや熊田曜子が絶賛している。

商品名の由来
仙台平野は、古くから宮城野と呼ばれる歌枕であった。また、宮城野は萩の名所として知られ、中秋の名月の頃に咲き誇る。これらから、月を連想させる黄色い丸形の商品を、萩が咲き乱れる宮城野の空に浮かぶ満月に見立てて命名している。

その他、仙台・宮城における「月」や「萩」の訴求力の強さには、以下のような背景がある。

日本三景・松島は、月見の名所として著名である。
歌舞伎および浄瑠璃の演目に、伊達騒動を題材にした「伽羅先代萩」がある。
「伽羅先代萩」に因んで名付けられたと言われる「センダイハギ」(センダイハギ属、日本原産、初夏に黄色の花が咲く)という品種がある。
「ムラサキセンダイハギ」(ムラサキセンダイハギ属、北米原産、初夏に紫色の花が咲く)という品種がある。
1955年(昭和30年)3月22日に選定された宮城県の県花は「ミヤギノハギ」(ハギ属、日本原産、秋に紫色の花が咲く)である。
1958年(昭和33年)より、仙台市野草園で「萩まつり」が毎年開催されている。
1965年(昭和40年)7月15日に制定された宮城県旗は「ミヤギノハギ」をモチーフにしている。
1971年(昭和46年)に選定された仙台市の市花は「ハギ」である。

岩手県大船渡市の郷土菓子 かもめの玉子

October 24 [Mon], 2011, 15:46
かもめの玉子(かもめのたまご)は、さいとう製菓株式会社が製造している岩手県大船渡市の郷土菓子。白餡を薄いカステラ生地で包んで焼き上げ、全体をホワイトチョコレートでコーティングした卵型の菓子である。販売はさいとう製菓の子会社・株式会社鴎の玉子が行っている。

大船渡市を代表する菓子として人気の高い三陸土産の定番で、県内限定の季節商品や一口サイズの「ミニかもめの玉子」など、様々なバリエーションが販売されている。

ヤマブドウの果汁を固めて作られたゼリー状の和菓子 さなづら

October 23 [Sun], 2011, 15:44
さなづらとは、ヤマブドウの果汁を固めて作られたゼリー状の和菓子で、秋田県の銘菓である。本来はヤマブドウの一品種を指す言葉であったが、菓子としての方が有名になっている。のし梅と似ている。

最近ではさなづらゼリー、さなづらソフトクリームなど様々なバリエーションがある。

キリスト創始伝承説もある 南部煎餅

October 22 [Sat], 2011, 17:17
南部煎餅(なんぶせんべい)は、小麦粉を原料にしたせんべいの一種。
八戸南部氏が藩主家だった旧八戸藩地域に伝承の焼成煎餅である。八戸の地元紙「デーリー東北」でも特集を組んでおり、八戸せんべい汁研究所もまとめている。
その由来には諸説あるものの、大方は「長慶天皇創始説」を取っている。

長慶天皇創始説
南北朝時代の頃、南朝の長慶天皇が名久井岳の麓(現・三戸郡南部町)、長谷寺を訪れ、食事に困った時に家臣の赤松助左衛門が近くの農家からそば粉とごまを手に入れ、自分の鉄兜を鍋の代わりにして焼き上げたものを天皇に食事として出した。この食べ物が後の南部せんべいの始まりであるとする説である。

さらに天皇はその風味を非常に好んで度々、赤松に作らせ、天皇は煎餅に赤松氏の家紋「三階松」と南朝の忠臣、楠木正成の家紋「菊水」の印を焼きいれることを許したという。現在の南部煎餅には確かに「菊水」と「三階松」の紋所が刻まれている。昭和20年代初頭に、八戸煎餅組合によって「南部せんべい」の創始起源の再整理が行われた際、この説を中心に整理された。

八戸南部氏創始説
応永十八年(1411)の「秋田戦争」で八戸軍(根城南部)の兵士たちが戦場でそば粉にごまと塩を混ぜ鉄兜で焼いて食べたところ、将兵の士気大いに上がり、戦勝することができた。その後多くの合戦に携行され、南部せんべいの始まりとなったとする、「八戸南部氏創始」説もある。

キリスト創始伝承
昭和十年頃に新郷村の盆踊り「ナニャドヤラ」から、突如誕生した新郷村の「イエス・キリスト日本渡来伝説」と共に沸いた話の一つ。ゴルゴタの丘での処刑を逃れたキリストは、シベリア経由で日本に渡来した。八戸の八太郎に上陸して新郷村の沢口や迷ヶ平で生活したという。この時キリストの郷里で食べていたパン(マッツァー)に似せて作り食べていた食べ物が、現在の南部せんべいの始まりであるという説である。

歴史
元々は八戸藩で作られた非常食である。現在は青森県と隣接する岩手県にまたがる地域、そして北海道にも存在する。

旧弘前藩側の地域では津軽煎餅・八戸煎餅とも呼ぶ。これは青森県西側に位置した弘前藩初代藩主・津軽為信は元々主南部家の家臣であり、南部家の領土の一部を後の弘前藩として独立した為、南部家中の風習がそのまま残った事に由来する。

なお南部煎餅という名前は巖手屋が商標登録しているため、他の煎餅屋が販売する際には別の名称を用いている。

なお(株)小松製菓が「南部せんべい物語」「南部せんべい茶屋」で商標登録しているが、「南部せんべい」で商標登録に至った例は、今のところ無い。

青森県の銘菓  桃の節句の時期などによく作られていた くぢらもち 

October 21 [Fri], 2011, 14:55
くぢらもちは、山形県新庄市・最上地方、及び青森県鰺ヶ沢町・青森市浅虫温泉付近で作られている菓子である。青森では久慈良餅と表記される。くじらもちという表記もある。もち米とうるち米の粉を水で練り、箱の中でのばし、ムキ胡桃・砂糖水を加えて、せいろで蒸したもので、味噌・醤油・餡など多彩な種類がある。

その名称から鯨肉が入っていると誤解を招くことが多い。もともと、桃の節句の時期などによく作られていた。由来は久しく持ちの良い食べ物ということで「久持良餅」であるとか、形が鯨肉に似ていることから「鯨餅」であるといわれているが真相は定かではない。

主に、両地方の商店やお土産屋で入手できる。それ以外でも、JR駅のキヨスクや、道の駅などの観光・休憩施設で販売されている。都内では山形県のアンテナショップや板橋区にあるハッピーロード大山商店街の共同アンテナショップ「とれたて村」で入手可能。 一般家庭でも自家製のものを作る家が多くあり、家庭の味として受け継がれている。

青森県の銘菓 八戸市の伝統的な土産菓子 鶴子まんじゅう

October 20 [Thu], 2011, 14:53
鶴子まんじゅう(つるこまんじゅう)は、青森県八戸市の黒砂糖やこしあんを使った饅頭。

八戸市の伝統的な土産菓子として知られ、こしあんに黒砂糖を使用した皮で包み焼き上げ、落雁粉のそぼろをまぶしたもの。 考案者が見た「櫛引八幡宮に舞い降りる大きな鶴」の夢がその名の由来とされている。
1998年に第23回全国菓子大博覧会内閣総理大臣賞を受賞している。

北海道の銘菓 「牡蠣エキス」が練り込まれた 牡蠣最中

October 19 [Wed], 2011, 14:50
牡蠣最中(かきもなか)は、株式会社あら川菓子司が製造・販売する北海道厚岸郡厚岸町の銘菓・土産菓子。牡蠣をモチーフにした和菓子、最中である。

概要
厚岸町特産品である牡蠣を使用し、その成分「牡蠣エキス」が練り込まれた最中である。

形状は、殻のままの姿で、牡蠣そのものの形状となっており、殻にあるひだの部分まで忠実に再現している。大きさは、大型サイズ(成人男性の手のひらサイズ)のものと小型サイズ(通常の最中サイズ)のものがある。2つのサイズはセット品であり、単品では入手が不可能である。

中身は、牡蠣エキス配合の白あん(茶色のあん)と黒あん(小豆あん)で、どちらも求肥の餅入りである。