オーラの泉を見た、須藤元気さんがゲストの回の。
とてもオモシロイ人だった。
27歳だというのに、と言うと語弊があるかな…
精神哲学にものすごーく傾倒、詳しいし、哲学歴も長い。
たくさんの本を読んで、四国88ヶ所巡りも経験しているとのこと。
(須藤さんの本「幸福論」はこちらをポチ →

)
須藤さんは放送の中で「シンクロニシティ」について触れていた。
これは、「共時性原理」ともいい、心理学者の観点からユングが提唱、
「意味のある『偶然の一致』」のこと。
「全ての出来事は起こるべくして起こっている」というか。
須藤さんは、このシンクロニシティがとても多く起こると言う。
例えば、自分の中に解決すべきことがある時、それを紙に書いて、
机の引き出しに入れ、答えを導き出せるよう願う。
するとその答えを、たまたま目にした電車の中吊り広告などから
もらえるのだと言う。
その文字が浮き出て見えたり、
その他にも、偶然耳にした歌の中にあったりするのだそう。
須藤さんの話の中で、初耳だったのだけど、興味深かったのが、
「対面同席五百生(たいめんどうせきごひゃくしょう)」というコトバ。
仏教の教えで、自分が対面したり同席したりするお相手は、
最低五百回の人生を ご一緒しているんだそう。
なるほどなるほど。
例え初対面の方でも、実は
「やぁ、お久しぶりです。501回目の再会、嬉しいです。」
…というわけですね、再会に感謝ですね^^
須藤さん、前世では、世捨て人のように家族をおいて
山の行に生涯を投じ、行で亡くなっているという。
どうやら、何度か同じような輪廻転生を繰り返してきているらしい。
孤独の修行を自ら選択し、行に徹する「魂の癖」のようなものが
須藤さんにあるのかもしれない。
江原さんから、今生での須藤さんへのメッセージとして
「家族を大切に…」「人とかかわることを大事に…」、
そんな意味のコトバがかけられていた。
今世では、そういう孤独な修行の「山の行」ではなく、
社会で暮らす中で修行の実践していく「里の行」をと、
須藤さんにアドバイスしていた。
この江原さんから須藤さんへのメッセージ、
「山の行より里の行を…」を耳にしたことは、
私にとってはまさにシンクロニティだった…
と言ったら思い込みだろうか。どうだろう。
というのは、ここからは私の「信じるもの」の話になるのだけど。
ただ、少し際どい、重たい内容になるかもしれないが、ご勘弁を。
でも、須藤さんや江原さんや美輪さんの話をきいて、
今の自分に照らして思ってしまったので、感じてしまったので、
素直に書き表してみたいと思うのです。
(繊細な、微妙な話題も含まれていて、何か信じるものをお持ちの方に
多少誤解をうむことがあったら申し訳ありません。
決して誰かを否定しようと思って書くのではないことをお断りします。
あくまで私の「思想の自由」に基いての、
私個人の一見解ですので、ご了承いただければと思います^^)
私の周りには信心深い友達が数人いて、
それぞれにいろんな信仰をもっている。
皆、不思議と仏教系で、私はその友達からいろいろなことを教わる。
例えばお釈迦様のこと、とか。
「因縁」というものについて、とか。
皆、それぞれに尊敬でき、大好きな友達だ。
友達から共に修行を積むこと…
いわゆる入信をすすめられることはほとんどないけれど、
私自身、仏様の教えについて深く学ぶことに興味がないわけではない。
人生80年と言われるこの時代の、折り返し地点に立つ年齢で、
無宗教のままでは、少し足元がおぼつかない感があるのは否めない。
ただ、今の私はそういう仏の道にすすんでいくことは、
ちょっと違う感じがある。
ここらへんは、
アタマで考えているというより、ココロで感じる部分だ。
とにかく、それは「今の自分」の選択ではないように思う。
もしかしたら「未来の自分」は選択するかもしれないが…。
こういうのって、同じ世代のみんなはどうなんだろうか。
…と、こんなふうに自分の「信じるもの」について、
ここ1年ほど気持ちが揺れていた私だった。
(そんな一方で「40目前だからって何をかしこまっているわけ?」とか、
「40がそんなに大きな折り返しポイントなの?」とか、
自分にツッコむ自分もいるのだけどね。)
そろそろその迷いに答えを出したいと思っていた矢先だった、
この「オーラの泉」の放送を見たのは。
見たことで、答えがすんなり出た。びっくり。
まさに「シンクロニシティ」だと思った。
それが、江原さんから須藤さんにかけていたコトバ、
「『山の行』ではなくて『里の行』を…」だった。
江原さんがおっしゃるところの「山の行」「里の行」とは、
恐らくこういうことではなかろうかと解釈する。
「山の行」とは、須藤さんの前世のように、人里を離れ、孤高の人となり、
修行の道をつきすすんでいく、いわば修験道のような修行を…、
「里の行」とは、実社会に身をおき、様々な人と関わる中で、
喜んだり、悲しんだり、耐え忍んだり、幸福を味わったりと、
様々な体験を積むことを…と。
そうだよ。そうなんだよ。
私は「自分に起きることは、全て自分自身が引き寄せていること」と、
そう理解して、このくらしの中で学びたい。
毎日の出来事、人生の出来事を真摯に受け止めて、
有り難い、在り難い、と感謝しながら、今はやっていきたい。
”何か確立されたもの”を通じての修行というよりは、
現実の生活で、自分に厳しく、自分を律し、でも自分を愛し、人を愛し、
そして全てを許しながら、自分を清めていけたらと思う。
そんな私の「里の行」は、かなりゆっくりになるかもしれないけど、
日々、有り難い、在り難い、と幸福を感じ、
家族や周りの方とそれを分かち合っていきたいと思う。
そう、そんな感じ。それなんです、今は。
江原さんのコトバのおかげ様で、
スラスラとそういう言葉を紡ぐ自分がいた。
よし、しばらくはこれでいってみよう。
そんなワケで、トシはくっててもまだまだアオい、未熟者の私です。
皆さん、どーーーーーぞ宜しくお導き下さいますように*v.v)
はじめまして、totoroさん。こんにちは
オーラの泉…totoroさんもお好きなんですね。
同じく、私も実践ではまだまだ
でも「オーラ…」での江原さんや美輪さんの美しい言葉を
毎回自分の耳に入れるだけでも、
自分が清められていくような…
そんな気がしているですが、どうでしょうね