子の心、親知らず 

May 31 [Mon], 2010, 16:08
昨夜、少し哀しいことがあった。
父と電話で口論になったのだ。

ブログに書くかどうか悩んだけれど、
僕がブログに思ったことを書いたところで、別に世界に影響はないし、
独り言として思いっきり書こうと思った。


と、いうことで独り言をごちてみる。


僕が小学校3年生の時に両親が別居をした。
それは突然やってきて、理由も知らされず僕たち兄妹は戸惑った。
実はそれ以前からずっと何かがおかしいと思っていた。
両親は僕たちの前ではとっても仲が良くて、素晴らしい夫婦に見えたけど
何かがおかしいと思っていた。
でもそれは何かずっとわからないままだった。
「何かがおかしい」はどんどんと僕の中で大きく育って、
それはいつしか「きっと僕がいい子じゃないからだ」になった。
小学生で何度か自殺を図った。いなくなったほうがいいかもと思ったからだ。
それに失敗すると、今度は全力で両親に好かれたいと思った。
両親はとっても僕たちを大切にしているように見えたけど、
なんだかそれは空っぽだったように感じていたからだ。
学校の成績も良くしようと頑張って、父が好きだと行ったトランペットで一番をとり、
言うことを聞いて、いい子でいようと思っていた。

ある日、引っ越しをすることになって準備に追われながら終業式を迎えた。
終業式を終えて自宅に帰ると、そこに母はいなかった。
父からは「今日からはお母さんはいないから、みんなで頑張ろう」と
かなり中途半端な説明があった。
そこに理由はなく、「説明」からは程遠い説明だった。

母がいなくなってから、僕は父のものすごい暴力に怯えながら過ごした。
父は人が変わったように僕を殴って蹴るようになった。
あの優しかった父がこんな風になってしまったのは
それもきっと僕がいい子じゃないからだろうと思った。
好かれたいと思えば思うほど、辛かった。
殴られたり蹴られたりしている間、ずっと耐えるしかなかった。
きっとこれは夢かなんかで、いつか終わるだろうと思った。
僕がいい子じゃないから、殴られたり蹴られたりひどいことを言われたりするんだろう。
ずっとそう思っていた。

僕は変わらず父に好かれたいと思っていたけれど、
いくら思っても好かれないから、その方向を変えることにした。
父を理解したいと思ったのだ。
他の世界の辛い思いをしているような人達はどうやって耐えているのか
知りたいと思った。
がむしゃらにバイトをして、自転車で八重洲のブックセンターに通って、
あらゆる本を読み漁った。
黒人人種差別の本、宗教の本、心理学の本。
虐待にあっていた人の本。
そこから派生して僕はゴスペル音楽が好きになって、
さらにジャズを聴くようになっていった。
歌の内容を勉強して、曲から歌詞を聴きとって。

心理学の本を読んでいくうちに、「もしかしたら僕のせいじゃないのかもしれない」と
少しだけ思えるようになってきた。
僕が悪い子だからじゃないのかもしれない。
少しだけ自信を持ってもいいのかもしれない。
生きていてもいいのかもしれない。
少しだけそんな風に思えるようになってきた。

でも、小学生ではジャイアン的な子の標的として定期的にいじめにあい、
中学生では越境入学ということでいじめにあい、
高校では友達が好きな子から告白されて、それを友達に正直に話していじめにあい、
自宅では殴られて「お前なんていつだって殺してやる」と言われた僕は
もうすっかり人間不信でひねくれた子供になっていた。
そんなにすぐに「僕は僕でも大丈夫」なんて
思えるほど素直な心は残ってなかった。

夜、眠るときはいつも右を上にして、
どんな些細な物音でもすぐに目が覚めた。
いつ父が僕を殴りにやってくるかわからなかったから。

誰かが笑いながら話しをしていると、きっと僕を笑っているのかもしれないと思った。
僕はきっと全世界に嫌われていると思っていたから。
親でさえ僕を愛してくれていないから。

誰かが転んで痛い目にあっても、僕のせいかもしれないとさえ思った。
誰かが哀しい気持ちなら、僕の何かがそうさせたのかもしれないとさえ思った。

何度も何度も死にたいと思ったし、死ねたらどんなに楽だろうと思った。
でも死ねるだけの勇気が僕にはなかったし、自殺して父に迷惑がかかったら、
それこそ今度は僕の魂さえ嫌われるだろうと思ったら
そんなことは恐ろしくてできなかった。

そう、僕はそれでも父に好かれたいと思っていたからだ。

胃に穴があいて、吐血して病院にかかって、
安定剤や睡眠薬をもらっても眠れなかった。
薬なんて何の役にも立たなかった。
必要なのは薬じゃなかったからだ。

僕はある日突然、催眠療法を試してみようと思い立って、
ネットで調べて催眠療法士の元を訪ねた。
生まれて初めて催眠療法を受けた日の夜、
久しぶりにゆっくりと眠れた。
夢も見ないで、何にも怯えないで、ただベッドに横になって眠ることができた。
目が覚めた時、生まれ変わったような気分でさえあった。
だから僕は催眠療法士になろうと思ったのだ。

僕が生きてきた人生はとても短いけれど、
それでも人にはたくさんのいろいろなことがある。
誰もが誰にも言えないかもしれないバックグラウンドを抱えていて、
それによって「自分」を構築している。

みんなに嫌われている嫌な人は、もしかしたら幼いころ辛い目にあった人かもしれない。
嫌な人になることで自分を守っているのかもしれない。

僕がやっと学んだことは、
父は父じゃなくて一人の男性で一人の人間だったということだった。
僕が悪いのでも父が悪いのでもなく、
父は一人の人間だった。
だから間違いも犯すし、ストレスもたまる。
爆発して子供を殴ったり蹴ったり、暴言を吐いたりもする。

でも、
それでも親は子供にとって一番好かれたい存在で、
一番愛してもらいたい存在である。
だから気を引くために、愛されるために全力で努力する。
「もっとこっちを見て」「僕を愛して」と懇願する。
その気持ちがいつか折れるまで。
必死で親の愛を求める。

子は、
親の心などおかまいなしと思われているかもしれないけど、
親も
子の心などおかまいなしな時がある。

僕は人間不信になってとっても辛かった。
人を常に疑って、怒りを抱えていてとても辛かった。
だからそれを手放すことに決めて、
父のことも母のことも、全力で愛そうと決めた。

たまにちょっと辛い時もあるけれど、
それでも今はとても幸せだと思える。
いつか僕が僕のインナーチャイルドを癒して、
コンプリートになれる日が来るかもしれない。

でも今の僕があるのは、全て僕が育った環境のおかげだし、
その何か一つが欠けても今の僕はないかと思うと、
勉強するための要素だったんだと感謝さえできる。

子の心、親知らず
子供だってバカじゃない。
子供だって愛されたい。

「君のせいじゃないんだよ」と誰かに言われた時、
吐くほど泣いたことがある。

その気持ちを決して忘れずに僕は誰かを愛していたい。

他人を赦すための努力 

November 16 [Mon], 2009, 16:12
誰かに嘘をつかれたり騙されたりしたときに、
相手を赦そうと決心するには大変な努力が伴うと思います。

もう二度と誰も信じない
そう思うのは容易いのですが、それを実行するのはとっても疲れます。

人は一人で生きているのではありません。
毎日食べるご飯も野菜も、お味噌も水さえも
誰かが働いてくれたおかげで私たちが食べることができます。

生きるということは必ず、誰かの世話になっているということでもあるかもしれません。

誰も信じないで生きるというのは、
すべてのものを疑って生きるということです。

そうしているとだんだんと自分の心がすさんでいきます。
毎日を楽しむこともなく、笑うこともなくなっていきます。
誰かと分かち合うこともなく、愛することもないでしょう。

それは一見安全なようにも見えます。
誰も信じないから、誰にも裏切られません。
自分ひとりですべてをコントロールできます。

それは安全なように見えるかもしれませんが、
ものすごく孤独でしょう。

誰かに裏切られて、相手を赦そうと決心したら、
相手をもう一度信じようとする大変な努力が必要です。

その相手ももう一度信頼を回復しようと努力しているかもしれませんが、
赦そうと決めたほうもかなりの努力が必要です。

騙されたと見える時点までの過去が何度も心を去来するでしょうが
それを過去のことときちんと割り切って、相手の今を見る努力をしなくてはいけません。

お互いがその努力に疲れた時に、本当にその人間関係は終わってしまうのかもしれません。

でもその努力はきっと自身のためになるでしょう。

どんなに希望を持てないと思ったときでも
新しく未来に希望を持つすべを学ぶことができます。

自分で自分の人生を変えることができると学ぶことができます。

小さな努力の積み重ねが大きな結果をもたらすのですね。

親子の絆 

April 16 [Thu], 2009, 11:47
なんと久しぶりの記事アップです。

先日、友人からある女性の話しを聞きました。
その女性は母親との関係がうまくいかないようで、
小さい頃から「悪いのはお前だ」というように育てられてきたとのことです。
妹さんと比較されてばかりで、妹さんに比べると醜いとか性格が悪いとか
男性とお付き合いをしても「からかわれているだけに違いない」というようなことを
ずっと言われてきたとのことです。

その話しを聞いた時、彼女の心の傷を思うと思わず涙が出てしまいました。
今までとっても辛かっただろうと思うと、僕の心が苦しくて苦しくて
大きな声をあげて泣き出したいほどでした。

このようなとても深く傷ついている人に多くみられるように、
彼女もとても明るく振る舞っていました。
他人から見たら、彼女が心に深い傷を負っているなんて
まるで気付かないように。

小さい頃からそのように自分の存在価値を否定され続けて生きてくると、
自分自身が自分の存在価値を信じることができなくなって、
何か他のもの、他人や仕事などに依存してしまったり
自分の存在価値を確認するために、必要以上に他人の犠牲になることを選んでしまったりします。

悪いのは自分じゃないということに気付くためには
とても勇気がいると思います。
相手が母親なので、子供はどうしてもどこかで母親を愛しているからです。
母親を自分の中で完全に切り離して考えることが難しいのですね。
ただこの場合、母親も娘にある意味で依存していると考えることもできます。
母親自体が何かで自分の存在価値を見失っているため、
娘をけなすことで自分に自信を得ていたりする場合もあります。

母親を母親ではなく一人の女性であり、人間であると考えてみると少し楽かもしれませんね。

人間は間違いを犯します。
母親だって完ぺきではないのですね。

さて、こうしてみると母親もある形で被害者なのかもしれません。
母親もいつか誰かに自分の存在価値を否定されるようなことがあって、
その自分の存在価値を取り戻すために今度は娘の存在価値を否定しているのかもしれません。
人間は間違いを犯しますから、こうして間違いの鎖はつながっていくのですね。

この女性(娘)が今回気づいたことによって、
この悪い鎖は断ち切られる可能性が高くなりました。
彼女はとっても深い傷を負っているにも関わらず、
母親も被害者なのかもしれないということに自ら気づくことができたのです。
本当に素晴らしいことだと思います。
ここにたどり着くまでに、彼女はどれほど辛かったことでしょう。

今後、諦めずに進むことができたなら、
いつか母親ともいい関係を築くことができるかもしれません。
きっと彼女ならできると思います。

その日のために少しでも力にならせてもらえたらと思っています。

悲しい気持ち 

September 16 [Tue], 2008, 15:58
悲しい気持ちに気付いてしまうと、
それを解決しなくてはいけなくなるから
ずっとずっと目をそらしてきた。

解決するためにその疑問を投げかけて、
その答えを聞いて、
さらに悲しくなるのが怖かった。

さらに悲しくなって、相手の本来の姿に気付いて
嫌いになりたくなかった。

少しの間でもいいから、幸せでいたかった。

だけど本当は始めから歓迎されてなんかいなかった。
周りの人からは隠されていた。

僕はそんな哀しい自分に気付きたくなくて、
君と幸せな振りを続けていたんだね。

いやなことを延ばし延ばしにしていたら、
自分で自分の首を絞めていた。
そんなこと以前にもしてしまったことがあるのに
君は何度も繰り返す。

自分が傷付きたくないばっかりに。

トラウマとの闘い 

February 15 [Fri], 2008, 2:05
僕にはトラウマがある。
そりゃあみんなそれぞれトラウマなんて持ってるだろうけど・・・・。

僕のトラウマは、日常生活をしている中でたまに顔を出す。
きっかけがあると、それからしばらくはリラックスすることができなくなる。

トラウマは、
僕の子供の頃の問題なのに、なかなか僕を自由にしてくれない。
自由になるならないは、僕次第なんだろうけど、
努力をしてもそんなに簡単に僕は自由になることができない。

催眠療法をしたとき、
僕はトラウマを克服するために過去に戻ってみた。
僕の子供の頃に戻ってみようとした。
僕の過去は、真っ暗闇だった。
それこそ、催眠に入って過去世とかを視ることはできたのに、
現世の過去は視れなかった。

闇は、本当に終わりのないほど真っ暗で、
これ以上の闇は後にも先にも視ないだろうと思った。
闇の中に濃紺色の石の箱があって、それはどこからも開きそうになかった。
その箱は闇の中に浮いていて、少しずつ回転しているように視えた。
そしてその箱の周りの闇は、箱を中心としたブラックホールのような
更なる闇に吸い込まれてる様子だった。
僕の過去はこんな風にしか視れなかった。
どんなに頑張ってもだめだった。
他のセラピストでも、他の日でもだめだった。

僕はとっても不安だった。
過去世だって視ることができるのに、
どうして自分の過去は視れないんだろうと思った。
どれだけ辛い過去があって、どんな思いでそれを封印したんだろうと思った。
昔の日記を読み返してみても、他人事のようにしか思えなくて、
「こんな辛い思いをして生きてきたのなら、さぞかし大変だろうなぁ」なんて
本気で思ったこともある。
当然、自力で思い出そうとしても思い出すことはできない。

いつもいつも今までの人生で、
きっといつか僕が、心から安心できる場所ができるだろうと思っていた。
それを創り出すためにだけ、僕は今まで努力をしてきた。
僕が安心できる、僕が居てもいい居場所を、
僕自身で創り上げるためだけにたくさんの努力をしてきた。
そして今、僕はやっと自分がかろうじて安心できる居場所を創ることができたと思っていた。

僕にとって、人生が変わることは
ものすごいチャレンジであって、
そこに僕の安心できる居場所があるかどうか
本当に本当に不安でたまらない。

僕はまたトラウマと闘って、克服して、
安心できる居場所を取り戻すことができるだろうか。
新しい場所に、安心できる居場所を新しく創り出すことができるだろうか。

他人を踏み台にして 

July 04 [Wed], 2007, 2:42
他人を踏み台にして自分が優位に立とうとする人に逢いました。
彼女は文字通り仕事に「しがみついて」いて、
必死になって自身の地位を死守するために、人々を欺いたりしています。
それぞれにいい顔をしながら、それぞれを裏切って、欺いています。

とっても大変そうです。
とっても淋しそうです。

きっと彼女はとっても淋しい人なのでしょう。
人を欺きながら、自身をも欺いているようです。
そして一番可哀想なのは、自身を欺いていることに気づいていないことです。

彼女は、そんなことでしか自分の居場所を見つけることができないのかもしれません。
誰かを陥れてまで、自分の地位を守ることでしか、
自分の居場所を守れないと思っているのかもしれません。
誰もが彼女を信用できない状態になっていることに、
薄々気付いていながらも、みんなを無理矢理支配することでしか
自分の存在価値を見出せないのかもしれません。

彼女は相手の目を見て話しをすることができないのです。
彼女は何かを話すときに、とても瞬きが多く、目を逸らしてしか話しができません。
そこに多くの後ろめたいことや嘘が隠されているかのように。

でも時折、彼女自身の深い話しをするときは、
ちゃんと僕の目を見ることができていたのです。

それでも彼女は、僕に対して嘘を言います。

彼女の後ろには誰も見えなくて。
彼女は、
彼女は満たされているんだろうか。

毎日毎日、お酒を飲んで、タバコをばかばか吸って、
二日酔いでがんがんする頭で仕事に来て。
何から逃げているんだろう。

あなたが逃げているものは何ですか?

この問いかけを僕自身にも。
僕は何かから逃げようとしているだろうか。
僕はきちんと立ち向かっているだろうか。

ご先祖様 

February 19 [Mon], 2007, 14:57
みんな誰もが途方もない奇跡的な確率の中で生まれて、
現在「自分」として生きています。
そして僕たちにはご先祖様がいます。

たまに「後ろの方を視てほしい」というように言われると、
後ろの方の伝えたいことをその本人に伝えたりします。
まぁ、なんだかテレビとかに出ているような「霊視」とかって
立派なものではないのでしょうが、
それなりの方法で伝えたいことを受け取ることができると
本人にお話しします。

そこで、先日たまたま依頼されてみてみたのですが、
なんだか不思議な感覚でした。
「僕」が感じて、「こうじゃないかなぁ」と予測したことと、
実際に視た結果はまるで違ったのです。
僕は本人からいろいろなお話しを聞いて、
「お墓参りもちゃんと行ってるんだろうなぁ」と思っていたのに、
後ろの方には「ぜんぜん来てないから来てほしい」と言われてしまったり

でも僕は本当に本当に後ろの方が伝えたいことを伝えられたとき、
本当に嬉しくなります。
「やっと通じた」というような嬉しさが僕にもたくさん伝わってきて、
僕も胸が熱くなるほど嬉しくなるときがあります。

僕に関することではないので、内容は僕には理解できないのですが
伝えると本人には内容がわかっているみたいです。
家族同士でしか通じないお話だとか、好きだったものだとか
僕には話していても意味はわからないのですが・・・。

残念なことに僕は僕自身を視ることができません
僕の後ろにも誰かがいて、僕を守ってくれているのかなぁ。
逢いたいなぁ。
鏡を見ても何にも視えないよ。

でもいつもいつも大切に感謝をしています。
ご先祖様ありがとう

魂のグループ 

January 18 [Thu], 2007, 1:12
ヒプノセラピーをしていると、魂のグループというものがあります。
現世で強い繋がりがある人物、たとえば母親だとか父親。
また、現世での結婚相手や親友と、
前世でも一緒に過ごしていたというものです。
セラピーをしていて、前世退行をして出てきた人物が、
現世での息子ですとか、今の夫です。という感じですね。
繋がりが強い魂とは、生まれ変わってもまた巡り合うようになっていることが多いのです。

僕自身が前世退行をしたときも、やはりグループを見つけることができました。
また、まだ現世では出逢っていないけれども、とてもとても大切な人にセッションの中で
出逢うこともありました。

俗に言うカルマを持って僕たちは生まれてきているようです。
前世で自分の召使をばしばし殴りながら、心の中に罪悪感を持っていたお金持ちは、
現世でその召使が母親となり、なんとなくうまくいかない関係になっていて、
セラピーによってそれを知ることで、前世での召使と主人の関係を、
現世の母と娘という関係で修復し愛し合うことによってカルマを解消し、
後世に持ち越さないようにするというような感じでしょうか。

人が人とうまくいかないとき、
二人の人間がいて、どちらか一方が完全に100%悪いということはありません。
お互いがお互いに作用しあって、現在の関係を生んでいるのだと思います。
誰かとうまくいかないのは、もしかしたら以前に何かがあったのかもしれません。
それはとてもとても昔のことかもしれませんね。

多くのことを理論的に考えることは大変大切なことです。
科学的に論理的に思考することは大切です。
でも人間という動物としての直感もとてもとても大切です。
たくさんの悩みや症状が、セラピーを受けたら改善したというお話しは、
理論で解決できることではないけれど、本当のことです。
「病は気から」の「気」が改善したとでもいうのかもしれません。
劇的な変化を生み出すこともあれば、ゆっくりと噛み砕いていくように変化する場合もあります。
誰もが同じ歩幅で歩いているのではないように、
悩みが解決されるのも、改善されるのも、それぞれの時間がかかります。

僕は誰かの力になることができたらいいと思います。
たった一粒の水滴でも、水面に波を起こす力があるように、
僕の力はちっぽけかもしれないけれど、誰かの力になることができたらと思っています。

頑張ろうっ

きっときっと 

December 30 [Sat], 2006, 10:17
年末が来ると、なぜか心が引き締まる思いがする。
2006年が去っていって、2007年とバトンタッチするとき、
人類が決めた暦が変わるだけなのに、何か新しいことが始まる気がする。
きゅっと心の帯を締めて、粛々とした、パリッとした気持ちになる。

たくさんの人が一年間を精一杯生きて、
少しだけ自分を心の中で振り返る。

あなたはとっても頑張りましたね。
一生懸命頑張りましたね。
昨日より今日、今日より明日。
そして今年より新しくやってくる年のほうが
きっときっと、ずっとずっと何もかもがよくなっていくはずです。
たくさんのことを学んで、少しずつでも着実に進んでいるのだから。

きっと新年は素晴らしい年になりますね。

皆様、良い年越しをなさってください

All you need is LOVE 

October 22 [Sun], 2006, 23:33
ヒプノセラピーの先生の所でセラピーを受けてみた。
ヒプノセラピーは、受けたときはなんだかよくわからないけど、
自宅に帰って一人になってからとかにじわじわと意味がわかってくる。

僕は、もうすでに父や母を赦していて、
心から愛しているだけだとわかってしまって、
とってもとっても心が温かになった夜だった。
僕はただ、「愛されたい」と思う子供の頃の気持ちを抱えているだけで、
すでにみんなを愛していた。
そして今、充分に愛されていることが痛いほどわかって、
「愛されたい」だなんて思っていた自分を謝りたいくらいだった。

愛情の表現の仕方はいろいろあって、
僕にとってとても心が痛かった方法も、父や母にとっては愛情だったのだろう。
父や母も、その父や母から充分に理想どおりに愛されなかったのかもしれない。
だから自分も表現する術を知らないのだろう。
それでも父や母はそれなりに、僕を精一杯愛していたんだろう。

こうして歳を重ねるごとに、自分より弱くなっていく父や母を見ていて、
本当に心の底から、どんなことがあっても守りたいと思う。
僕が何かをすることで、みんなが幸せだと思えるのなら、
その何かを僕はやり遂げる。
きっと僕はなんでもできる。

「愛されたい」と思っていたけど、
愛されていることから目をそらしていたのかもしれない。

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