沼田市 

2016年11月29日(火) 22時56分
群馬県沼田市。
戦国時代は小大名真田氏が大大名上杉・北条からの攻撃に様々な策を使って死守し、最終的には徳川大名9万6千石として支配する。ただし本領は信濃松代(信濃上田から転封)になる。
今年の夏、初めて沼田を訪れて河岸段丘の上にある沼田城址から利根川を眺めたが、なぜ沼田が3氏+徳川がこだわるのがわかった。百聞は一見にしかず、まさに感動。
その後のNHK大河ドラマ「真田丸」も非常に面白くみられるようになった。旅はやみくもに郵便局を回るのではなく、しっかり観光を楽しむべき(一人旅はだから大好きなんだよね)。
ちなみに真田は徳川から非常に恨みを買うような描き方をされているが、実際のところ豆州(真田信之)は家康にかなり買われていたようで、父安房守の改易された上田をもらっている。さらには後には願い譜代(準普代)になったため、幕末には老中(真田幸貫)を出している。真田は徳川から信頼されていたようだ。

追伸、徳川大名の初代上田藩主真田伊豆守信之ですが、戦国最後の生き残り(大老・井伊掃部助信孝とともに)として94歳まで生き、天寿を全うします。が、晩年は長男の信吉(妾腹の子)を差し置いて信政(正妻の子)が専横します。二人は信之よりも先に亡くなるのですが、二人の死後ちょっとしたお家騒動が起こります。そのため、一時的に90歳過ぎた信之が藩政を取り仕切る事態となりました。

橋本市 

2016年01月18日(月) 20時48分
和歌山県橋本市。南海高野線が南北に縦貫し、JR和歌山線が横断する交点に市街地が形成されている。
和歌山線はローカル線の雰囲気が満載だが、南海高野線の大阪方面は通勤路線として宅地造成が激しい。河内長野、大阪狭山、堺と走ればあっという間に大阪。橋本を境に南はこれまたローカル線となる。
橋本から2駅先に学文路という駅がある。「かむろ」と読み難読駅で有名であるが、受験生には好評の入場券を発売している。また、菅公を祀った学文路天満宮もある。
さて、学文路という地名だが、これにまつわる話が残っている。以下wikipediaより転載。

加藤左衛門尉繁氏は、妻と妾の醜い嫉妬心(上辺は親し気に振る舞いながら髪の毛が蛇と化して絡み合う様子)を見て世の無常を感じ、領地と家族を捨てて出家し、寂昭坊等阿法師、苅萱道心(かるかやどうしん)と号して、源空上人(法然)のもとで修行し、高野山に登った。
その息子である石童丸は、母とともに父親探しの旅にでる。旅の途中に出会った僧侶から父親らしい僧が高野山に居ると聞く。高野山は女人禁制 母を麓の宿において一人で山に登り、偶然父親である等阿法師に出会うが、父親である等阿法師ははるばる尋ねてきた息子に、棄恩入無為の誓のために、自分があなたの父親ですと名乗ることはせずに、あなたが尋ねる人はすでに死んだのですと偽りを言い、実の父親に会いながらそれと知らずに戻った。石童丸が高野山から戻ると母親は長旅の疲れが原因ですでに他界していた。頼る身内を失った石童丸はふたたび高野山に登り、父親である等阿法師の弟子となり、互いに親子の名乗りをすることなく仏に仕えたという哀話。

全国にはいろんな言い伝えが残っているが、私にとって最も心に残っている話の1つである。次行くときにはこの話を意識して学文路天満宮にお参りしてみたい。

台東区 

2015年09月03日(木) 21時38分
東京都台東区。上野・浅草を擁する特別区。
戦前はそれぞれ上野区と浅草区と分離されていたが、戦後合併された。新区名をどうするかで大もめ、上野区民・浅草区民ともそれぞれの地名に愛着があって区名にしようと譲らず、結局は上野の台地の東にあるというところから台東区となった。
一昔、上野駅と言えば北への玄関口としてにぎわうターミナルであった。しかし新幹線が東京に乗り入れると様相が徐々に変わり、寝台列車の廃止、上野東京ラインの開通、そして北斗星の廃止でただの動物園の前の駅でくらいしかなくなってしまった。
井沢八郎の「あゝ上野駅」、上野駅13番線(寝台列車発着番線)の駅メロであるが、まだ使われているのが何とも哀愁を誘う。旅の風情は新幹線とともに吹き飛ぶのか...

大館市 

2015年02月28日(土) 23時19分
秋田県大館市。
大館市と言えば、なんといっても大館駅の駅弁「鳥めし」。
大館に行けば確実に食べている。しかしながら、今回は「黒石つゆ焼きそば」を優先させるため、泣く泣くあきらめ黒石市へ。ところが19時過ぎているのに店は早々と閉まっており、結局一食も食べられず....B-1グルメに出すぐらいなら21時ぐらいまでやってなさいよ....。当然次の日は腹いせに盛岡まで行って「盛岡冷麺」を食べたことは言うまでもない。
しかしこの「鳥めし」廃止間近のトワイライトエクスプレスが25時間も遅延した時に、乗客に無料でふるまわれたようです。おそらくマニアは廃止列車に25時間も滞在でき、特急料金は払い戻し、遅延証明書はもらえるし、そして「鳥めし」までいただくとは一生もんの想い出でしょうね...私はトワイライトエクスプレス、3回ほど乗車してさようならの時を迎えます。

西都市 

2015年01月31日(土) 23時27分
宮崎県西都市。宮崎県中部に存在する人口約3万人の都市。
 都萬神社(日向国二宮)があり、魏志倭人伝の「投馬国」に相当されると考えられている。かなり昔から人が住んでいた跡があり、その証左として「西都原(さいとばる)古墳群」がある。なので、市街地には写真のような埴輪があちこちにみられる。何とも歴史のロマンを感じる街でもある。
 宮崎県中央部にありながらJR線が走っていないという奇怪な街でもある。実は国鉄時代に佐土原(旧佐土原町、現宮崎市)から妻線が分岐されていたが、廃止されたのでJR駅がないという状態になっている。なので、西都市街には妻線の跡が顕著にみられる場所も多い。2枚目の写真は妻線終着駅杉安駅跡である。現在はただっ広い空き地に過ぎないが、見る人が見れば駅跡だとわかる。
 なお、宮崎県は読者諸氏もお分かりだと思うが野菜の促成栽培が盛んな県である。西都市はピーマンの生産日本一の街でもある。
 西都原古墳群は1度行ったことがあるが、夕暮れだったので今度は昼間にじっくり見てきたい(でもただの盛り上がった墳丘だけらしいので、すぐに飽きそうな気もしますが...)。

上九一色村(現・甲府市および富士河口湖町) 

2015年01月03日(土) 0時32分
 西八代郡上九一色村。現在の状況は後述する。上九一色村と言えば何と言っても「オウム真理教事件」だろう。当村にとっては不名誉な知られ方ではあるが、あれほどの事件なのでやむを得ない。
 教団施設が点在し、この美しい富士の裾野に凶悪犯罪集団がいたかと思うと驚きを隠せない。この写真を撮った朝霧高原は今は何もなかったかの如くのどかな風景を保っている。
 しかしながら上九一色村を襲った悲劇はこれからだった。いわゆる「平成の大合併」によって甲府市に編入しようと打診したが、中道町・芦川村と構成していた法定協議会が解散。独自に甲府市と飛び地合併しようとしたが甲府市から住民投票の末拒否される。南部地域は富士河口湖町と結びつきが強いということで躊躇したようだ。その結果、北部地域は東八代郡中道町とともに甲府市と合併、南部地域は富士河口湖町と合併という「分合併用」という方法を利用し、村は分割・それぞれに併合された。「平成の大合併」でとられた廃置分合方式で唯一の例となった。
 上九一色村。現在は跡形もなく消え去ってしまった。残ったのは「オウム真理教」のサティアンがあったという記憶のみという悲しい現実だった。

 しかし富士山はすべてを見届けている。それを知りながら大地を眺めている。

横須賀市 

2014年12月06日(土) 23時39分
神奈川県横須賀市。東京湾口に位置するので古くから軍港として栄える。鎌倉時代の三浦氏(南方で三浦市と接してますが)の領域であり、近代ではペリーが上陸し開国を迫った街である。現在は海上自衛隊・米海軍基地があり、引き続き要衝として重要なポジションにある街である。
横須賀へはたいてい京急で入り、帰りは京急久里浜からJR久里浜へ行き、総武・横須賀線直通で帰るというパターンである。
前回はJR東海道線で横浜に入り、そこで京急に乗り換え横須賀中央で下車した。目的は「海軍カレー」を食べるため。駅から歩いて数分の「横須賀海軍カレー本舗」に向かう。2階のレストランで「島風カレー」を注文。混んでいたので、誰か「横須賀海軍チキンカツビッグカレー砲 featuring 三笠」を注文しないかなと期待する。この「横須賀海軍チキンカツ〜」を頼むと面白いことが起こる。それはカレーを運ぶ際に、レストランの中央においてあるCDラジカセを操作して三笠(日本海海戦の旗艦)の主砲40口径から発する轟音から始まる「軍艦マーチ」に乗ってワゴンでお客まで届けるのだ。これには周りの客も大笑い。知らないで注文した客はただただ赤くなるだけ。非常に面白い。
初めて訪れたときは、次から次へと「軍艦マーチ」が鳴り響いたのであるが、今回は誰も挑戦する猛者もいなく、ちょっとがっかりして帰ってきた。
横須賀にはほかに日産・追浜工場、元首相・小泉純一郎氏の自宅がある。小泉氏の自宅は国道16号沿いにあった(確か)のだが、通過した時に警察官が警備していたことで分かった。
また、浦賀はペリー上陸の地。ここで当時の老中首座安芸福山藩主・阿部伊勢守正弘が日米和親条約を結んだかと思うと、日本の近代の夜明けの土地であることを改めてかみしめた。
久里浜には日本で唯一ギャンブル依存・ネット依存症を治療する精神科外来が存在する。
グルメから高度経済成長を支えた工場、過去の歴史から現代社会での諸問題を扱うという街、横須賀だった。おそらくまた数度行くこととなろう。
(横須賀海軍カレー本舗のWEBページはこちらです。ぜひ行って見てください。願わくばチキンカツビッグカレー頼んでみてくださいな)

facebook経由での公開 

2014年12月01日(月) 0時32分
facebook経由での公開を始めました。
この度初めてこの旅ログへお越しの方、ようこそ!
この旅ログは47都道府県すべて足を踏み入れた私が都道府県・市町村別に印象に残ったことを書きとめる勝手気ままなブログです。目標はある程度記事が集まったら出版できないかな、などととんでもない野望を抱きながら書いております。
なお、あまりにもわからない地名が多すぎだと思いますので、お手元に地図を用意するか、ネットの地図機能を使いながら読んでいただけるとわかりやすいかと思います。また、お住まいの街やお近くの街が記事になってましたら、コメントいただけると幸いです。
更新が滞るブログの1つなのですが、気長に、そして末永く見届けていただければありがたいです。

今後ともよろしくお願いいたします。

先ほど 

2014年11月30日(日) 0時33分
facebookなどへの公開用にするため、旧コメントをすべて削除させていただきました。
わざわざ書き込んでくださった方には大変申し訳なく思っております。これからも何でもいいですからコメントいただければありがたいです。
以上、よろしくお願いいたします。

事務連絡です 

2014年11月27日(木) 23時14分
事務連絡です。
この旅ログですが、比較的マニアックなコンセプトではなく、また誹謗中傷などの書き込みの可能性が低いと判断しましたので、facebook等で告知することとしました。12月1日を予定しております。
つきましては今までのコメントに関しては都合上11月29日をめどにしてすべて削除することとなりました。コメントいただいた皆様には大変申し訳ありません。
12月1日からまたコメントいただきますようお願い申し上げます。なお、1日以降、過去の記事に関してのコメントは改めて受け付けます。書き込みよろしくお願いします。
ただし、更新はなかなか滞ると思いますが...。
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