流れ流されてこんなところまで 

August 31 [Thu], 2017, 23:56
何やらバタバタうろうろしているうちに8月が終わりを迎えていた。

ミサイル発射の知らせが来た瞬間、まぁ自分のところには落ちないだろうなと根拠のない自信をもちながらも、頭の中では平凡な日常に想いを馳せていた。

朝起きて、ご飯を食べて、Twitterを見て、たまに誰かと遊びに行って、ゲームして、ライブ行って。
そんな日常はミサイル一発で簡単に吹き飛んでしまうのだと思ったら、一気にこの人生が良い意味でも悪い意味でも軽くなったように思えた。

さて、どうしよう。

何もない故郷に敬意を表して 

April 10 [Mon], 2017, 8:46
気持ちの余裕と部屋の整理はとても深い関係がある。

私は余裕がなくなれば無くなるほどに部屋が乱雑になっていく。
それは定期的なサイクルで、私だけが踏み入る趣味部屋に足の踏み場もなくなった頃に、「これはいかん」とため息をつく。

さあて整理整頓を始めようと意気込んで、まずは全てを丁寧に床もしくはリビングのテーブルにひとつひとつ並べていく。
部屋を乱雑に埋めるものの正体を明らかにするところから、私のお掃除は始まる。

こうした一連の行動にも精神学的な何かしらの理由があるのかもしれないが、さして興味がないので調べたりはしていない。

今、私の部屋は乱雑だ。大阪で雨に濡らした折り畳み傘、ここ数ヶ月のあいだに足を運んだイベントのチケットの半券、購入した本、自宅で部屋着の上に羽織っているカーディガン。
部屋の扉を開けるたびに呆れるが、子供のおもちゃ箱のようにも見えて、それはそれで好きだったりもする。

私は店長に頭を下げて(ひっそりとこれまでの“貸し”を思い出させながら)三連休を貰い、人に会うための大阪一泊、そして大阪から北海道に戻る翌日には飽きもせず声優のイベントの予定をねじ込んだ。
二年前には想像し得ないアクティブさである。

結果的に、親戚の不幸も重なって、私史上最も忙しい三日間になった。
仕事の連絡が一切入らなかったのが唯一の救いである。
7日に北海道を発ち、8日に大阪を発ち、9日にはイベントと通夜。休む暇などなかった。飛行機の遅延のおかげで浮いた時間が、わずかなリラックスタイムだったと思う。

めまぐるしく過ぎたこの三日間で、私は己の失敗に顔を覆いたくなる思いをたくさんした。
明後日の方向へ叫びたくなるほど、自分の醜態を晒し続けた三日間であった。
しかしそれは私の気持ちの問題に他ならず、他人は私の醜態など記憶の片隅にも残していないだろう。

だが私はそれだけ己の醜態に苦しんだ。
これは、それだけ私の中でたくさんのことが、この三日間に動いたから、ということだろう。

止まったままでは傷つくこともない。歩いたり走ったりもがいたりするから傷つくのだ。
自分の傷の不恰好さを恥じて穴があったら入りたいなどとばかり思うよりは、不恰好さを認めて前を向けるかっこいい大人になりたい。

そういった意味で、この三日間はとても貴重で充足した休日だった。
全身の筋肉痛も心地よい。

さて、今日からも仕事をがんばろう。

コメントだ!! 

March 29 [Wed], 2017, 16:51

珍しくこのブログにコメントがついた。
正直、マジメにこれを読んでる人はそうそういないだろうなぁと思っていたから、久しぶりにどきりとした。


「自分自身の中身がないから
そういった偶像とか有名人を通してでしか自分を表現出来ない人みたい」


目の覚めるようなコメントを頂いた。
いや、その通りだと思います!
「みたい」じゃなくて、今の自分はまさにそうだと思う!

日記を書くときなんて誰の意見も入らないから、私は今の自分を少しでも肯定的に、ポジティブに書くしかない。
誰の意見も入らないと、そのまま独りよがりの考えでしか私の世界は作られない。

だからこうした客観的意見はとても嬉しかった。

いや、本当にからっぽだと思う。本当に中身のない人間だと思う。
だから偶像に縋ってるんだって、自分に無いものを求めてるんだってはっきりわかる。

さらにポジティブに捉えるなら、からっぽの中身なら、これから詰め込んでいけるんじゃないか? なんて考えもあったりして。笑

そんなことを考えるきっかけをくれた名無しさんに感謝しつつ、大急ぎでブログを書いている。

これからは私も、中身のある人間になりたいな。
その頃には、偶像に縋らなくても大丈夫な私になっているかもしれない。

ちょっと元気が出た。そんな休日。

僕たちに涙は似合わない 

March 13 [Mon], 2017, 19:37
最後の日記からひと月半ほど経ってしまった。
私の日常は良い意味でも悪い意味でも多忙を極めていて、笑ったり泣いたり忙しい。

楽しい話をしよう。

アイドルマスターsideMという作品に出会ってからがらりと変わった私の日常は、今もその流れのまま続いている。
先月、2月の11日・12日の二日間、私はsideMの2ndライブを見るため、札幌の映画館へ向かった。
振り返れば、ライブビューイングという楽しみ方を教えてくれたのもsideM。
映画館でペンライトを振り、大声を出すことがなんと楽しいことか!
この2ndライブは私の期待を遥かに超えて楽しく、二日目である12日などは、喉が痛くなるほど叫んだものである。

その他には、舞台を見に行った。
1月から札幌演劇シーズンがスタートし、毎日どこかで舞台が上演されるというもの。
私はこれの、狼王ロボと、LaundryRoom No.5という作品を観劇した。
自分でお金を出して見る舞台としては、初めての経験である。
LaundryRoom No.5では、私にしては珍しく肩が震えるほど泣いた。

そして3月の初めには、人生初のエキストラを経験した。
これは都合上あまり語れないが、本当に素晴らしい経験をしたと思っている。

2017年がスタートして3ヶ月程度だが、その期間でこれだけのボリューム。
この先も予定がつまっていて、身体は嬉しい悲鳴をあげている。

休日は家に籠りがちで典型的な「インドア派」だった私だが、こうした予定のおかげで頻繁に札幌へ足を運ぶようになり、ようやく悟ったことがある。

人はやはり家の外に出ないと、その生活水準を下げる一方なのだ。

家の外に出なければ、出掛けるためのファッションやメイクに気を遣うことがないし、移り変わる街並みに気付かないし、外食や普段とは違う買い物で新しい味に出会うこともない。
何より、家にいると体力が失われる一方で、自分自身が駄目になっていくばかりだ。

外出が多くなって気が付いたのは、自分の身体が思ったより疲れていないことだ。
前は札幌に行くだけでひと仕事だったのに、あんなに遠かった札幌が、今ではこんなに近い。

札幌に慣れると、もっと遠くへ行きたくなる。

4月はついに、ひとりで海を越えて大阪へ行くことになった。
初めて格安航空会社で往復の航空券を買い、あれほど嫌がっていたカプセルホテルを予約した。
関西空港から難波までの行き方をサーチして、何度も何度も道順を確認した。

家の外に出ない私は、自分の限界をかなり低いところで設定してしまっていたのだ。

私を外に出してくれたのはまさに「偶像」だ。
けして手に入らない、けして自分はそれにはなれない、けして自分は同じラインに立てない。
そんな「偶像」への強い憧れと好意、「会いたい」という気持ちが、私を今の場所まで引っ張ってきた。

偶像を追いかけてたくさんの新しい景色と出会い、新しい自分を見つける。

この輝きに溢れた毎日をもっと的確に語れるように、これからも自分を高めていきたい。

僕の髪が肩までのびて 

January 22 [Sun], 2017, 21:37
雪かきをしながら、居酒屋に入っていく若い男女5,6人を見送った。
静かな夜の路地を大声ではしゃぎながらゆく彼らを見て、「羨ましいなぁ」という気持ちが確かにあった。

すっかり綺麗になった駐車場を眺めながら一息ついたとき、ああ、何やってんだろうなぁと心の中で呟いた。
その言葉は、とても自然に生まれたものだ。

「何やってんだろうなぁ」という言葉の真意は、自分でもわからない。
雪かきなんて、北海道に住んでいたら誰でもやることだ。自分だけに課せられたものではない。
でも、ふとそう思った。

ただ単に、友人で集まって飲みに行きたいだけなのかもしれない。
彼らのように、早い時間から酔い潰れたいのかもしれない。
大声で笑いあいたいのかもしれない。

それは自分でもやろうと思えばいつでもできることなのに、隣の芝生はいくつになっても青く見えるものだなぁと思った。

不可逆なんだよ。 

January 21 [Sat], 2017, 13:48
年始からスタートした「短い一言でも何でもいいからブログを毎日更新する」というチャレンジは、まあわかっていたことだけれど、あえなく失敗に終わった。
こうして何もない休日に、無気力な日に、覚書のようにつらつら綴るのが一番性に合っているようだ。

さいきん、理解しているはずの言葉でも、今一度その意味と用法を調べてから使うようになった。
なんとなく自分の脳みそが信用できなくなりつつあるのだ。

例えば「不可逆」。その状態が変化したらもとには戻れない、という意味をもつこの言葉。

新しく始まった「カルテット」というドラマで高橋一生演じるヴィオラ奏者の家森が、からあげに無断でレモンをかけられたことに納得が行かず「からあげのレモンは不可逆だ」と語るシーンは、視聴者の中でもよく話題にあがる。

日常であまり使いなれない「不可逆」という言葉を聞いて、私の頭はドラマのストーリーとは直接関係ない方向に動き始めた。
「もとには戻らない」ものは、からあげのレモンのように日常に溢れている。しかし、不可逆という言葉を使うことは滅多にない。

不可逆の言葉の意味を、私は理解しきれていなかったのではないだろうか。
そもそも私の認識の中にある不可逆、はたして本当にそれが正しいのか?

不可逆に限らず数々の言葉を、本や映画で知った数々の言葉を、あまり考えずになんとなく知った気になって使っていたのではないだろうか?
ふと、そう思った。

インターネットがすぐそばにあるのでついついネットで検索しがちだが、これはいけない。
広辞苑とか大辞林あたりを新たに購入して、辞書をたくさんめくったほうが今後のためにも良い気がする。
これは、「船を編む」の映画のラストをちらっと見て影響された、というわけではないことを、誰に指摘されたわけでもないが事前に述べておく。

次に、言葉の意味を調べて満足するのではなく、アウトプットが重要だ。
ホームランの打ち方を参考書で学んだところで、実際にバットを振ってみなければホームランは打てない。
実際に自分なりに使ってみなければ、意味を学んだ言葉は、自分のものにならないまま再び海馬から去ってしまう。

それを繰り返すようになって、私はますます無知を知る。

知ることは楽しい。
吐きだすことは楽しい。

たくさんの新しいことと、今まで気付かなかったことと、表現すること。
日常に転がっている題材を拾い上げて、無気力な時間を無駄にせずに済むような、そんな一年にしたい。

好きな映画は? 

January 11 [Wed], 2017, 23:56
今日も一日が終わった。
胃が痛い一日が終わった。

上を向いて歩こう。 

January 10 [Tue], 2017, 20:06
面倒なことが続くとき。

なぜ自分がこんな仕打ちを、なぜこんな思いをしなければならないのか、思うことは多々ある。

しかしそれはきっと長くは続かない。

これを戒めや警告と受け取りつつ、静かに過ぎ去るのを待つしかない。

ときめきビーム。 

January 10 [Tue], 2017, 8:33
自分のために、誰かのために、何かを切り捨てる。
それができるようになったら、自分の世界も変わって行く気がする。

育ってきた環境が違うから。 

January 09 [Mon], 2017, 0:01
すれ違い、意見の食い違い、認識違い。
埋めて行くのはコミュニケーションでしかない。
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