「ノルマンディー田舎暮らし - 1」        (試用期間スタート!) 

2016年11月18日(金) 3時10分
私の方は、隔週で週末だけ通っています。

Les Andelys (レザンドリー)という隣町の広場に毎週土曜日に立つマルシェに初めて行ってきました。

寒い季節になり衣類のスタンドの方が目立つほどでしたが、生鮮食品のお店の人たちがどこのお店(野菜、パン、チーズ、ローストチキン、カフェ)をとってもまず笑顔で接客が丁寧、それに親切で。。。
フランスに来てから20年近くになりますが、「ここはフランスか!?」「私達がこれまで受けてきた"仕打ち"は何だったのかー?」とまで(笑)
今住んでいる町から40キロ、パリから90キロほど離れたフランスの町では今もこんな風に暮らしが営まれているとは。
しっかりとコミュニケーションをとられている店の方とお客さんたちの姿にうれしくなりました。

初焼き芋。新聞紙を水で濡らしてからホイルで包むといいとのことでやってみるとほくほくになりました。マルシェでみつけたこのサツマイモ。中身がニンジンのようなオレンジ色でなく日本の薩摩芋のような黄色だったのも


フランスの小学校で「にほんごの授業」 

2014年06月20日(金) 6時04分
今日、息子小学2年生のクラスにおじゃまして、13時半から15時まで「にほんごの授業」をしました☆
とりあえず、準備はしました(笑)が、さすが先生。子供たちの様子を見ながら「トークショー」のように進めてくださって、おかげでこちらもほとんどアドリブで、でも伝えたかったこと、やろうと思っていたことは時間内にすべて収まり、子供たちもホント楽しそうでした。

まず、これはまったくのその場の成り行きで、私が最初に「今日はクラスにお招きいただいてありがとう」と礼をしたところ、先生の「見た?日本ではあいさつするときに頭をさげるのよ」という言葉から、れおが「日本では授業の前にせんせいに礼をする」と言うので、クラス全員で起立して「礼」っというのを何度かやって、先生が「これ、いいわねー」というのから授業開始(笑)。

すでに子供たちは「浦島太郎」のお話も授業で読み、宿題で"le Japon"という資料(日本語には「ひらがな、カタカナ、漢字」という3種類の文字があることや折り紙について等)を読んできていたので、ホントやりやすく「今日はその文字がどういうものかというのをまずお見せして、そのあとみんなに日本語で自分の名前を書いてもらいますっ」というようなことをやりました☆

すると子供たちの方から「"Kanji"は"idea"をあらわすものだと読んだけどよくわからなかった」「"Kanji"ってなに?」と質問があり、「山」と絵(象形文字?)から入って(小1の一番最初のかん字の授業の記憶が!笑)やふとその場で思い出した「木 (arbre)」と「森 (forêt)」と「林(bois)」の例で先生や子供たちも「ピン」と来た様子で、先生が子供たちに「みんな、ノートを出して書き写しなさい。そうしたら"kanji"習ったよって家で見せられるでしょ笑」と資料用のノートを出すように指示してくれ、後に説明のためにレオや私の名前等も板書するとそれまで丁寧にコピーしている子達までいて「マダム、これでどう?」と聞いてくる姿はホントかわいかったです☆
その後、ひらがなとカタカナの違いについて簡単に説明したところで、昨夜れおと千代紙の裏に一人一人の名前をカタカナで書いて準備したものを配り、それぞれが自分の名前をカタカナで一生懸命書いていました。

そして、まだ時間は残っていたので、持参した折り紙をれおが見せ(鶴、やっこさん、ピカチュー笑)、「日本の小学生は皆、小学校で鶴の折り方を習います。千羽鶴というのがあり、例えば広島の原爆資料館を訪れる際に平和の願いを込めて鶴を千羽折るんですよ」ということを話すと、先生が生徒たちに「広島と長崎で何があったかわかりますか」と質問してくれて、ちゃんと答えが帰ってきました。

後はお楽しみで、れおも前に出て来て一緒に「やっこさん」の折り方を説明し、クラス全員で折りました。ほとんど自分たちで折れてましたが、着物の袖等を出すところが難しかったようで、そのうちどんどん子供たちが前の方に出て来て私も先生もれおもあとは質問攻めに合いましたが、その後、めいめいが顔や帯を描いてそれなりの「やっこさん」になっていました。

先生が最後に「私の方から一つ質問があります。"Merci"はにほんごで何と言いますか?」
そして、みんなの「ありがとう」「ありがと〜」の声で休憩時間になりました(笑)。
とにかくクラスの子供達もれおも素直に喜んでくれ、放課後に出会ったときもすれ違うと自分から率先して「日本語のじゅぎょう、ありがとう」と言ってくれる子達もいて、なんだか清々しい(今日の快晴の空のような笑)気分になりました。

この「にほんごの授業」をやると話したところ、同じクラスのロシア人のお母さんもロシア語の授業をやることをOKしてくれたと先生が話しておられました。
浦島太郎のお話から入って、日本についての資料も読んで、「にほんごの授業」も受けて、そしてこれからはロシアのお話を読んで、ロシア語の授業も受けて。

「このホントにいろんなことを吸収できる時期にこんなにさまざまなことに触れる機会を与えてもらってありがたく思っています。」と先生に伝えると、「わたしは自分がやれることをやっているだけですが、そのように思ってもらえるならうれしい」とおっしゃっていました☆

先生にはこれまでにも私自身の小1〜2年の担任の先生の話(この時期に与えてもらった影響というのは実は大きく、今でも私の中で大切なものとして残っているということやこの夏にれおと一緒に会いに行く予定だということなど)はしていたので、「今日の事は先生(私の)へのいい土産話になります」と言うと、「一度、フランスの授業をよかったら見に来ませんか」(フランスには日本のように通常、授業参観はないのです)ということで、来週の月曜日の朝の授業に今度は「生徒」として参加することになりました。つづく☆









「一難去って...」の巻 

2014年06月16日(月) 6時55分
「さあ、今週もなんとか無事終了。週末だ〜」と一息ついていた金曜の夜。
翻訳会社からの一通のメールでまた「難題」が降りかかってきました。。。
すぐ折り返し担当者に電話しましたが、時すでに遅しで週末に出た様子。

おかげで金曜の夜は目が冴えて結局ほとんど一睡もできませんでした(仕事の事で眠れなくなるところは昔からありましたが、未だに器用でない)☆

土曜日は旧友とのひさびさの再会もあったので気持ちを切替えて朝からパリへ。
でもこの仕事(「難題」)のことについては一切考えず、触れずにできたこの楽しい時間のおかげで
夜はぐっすり眠れ、日曜の朝になり突破口も見えてきて、問題にも自分なりのいい対処ができたと思います。

すんなり解決するかは、明日蓋をあけてみないとわからないですが、
とにかく「問題から一旦離れてみる」という、いい経験?になりました☆




昨年の「教訓」☆ 

2014年01月02日(木) 19時36分
新年あけましておめでとうございます。

昨年の「教訓」と言う程でもありませんが。。少し行動してみてよかったな!と思えることが2つほどあります。

1つ目は自分の働き方について。
フランスで起業して3年半。おかげさまで去年の夏までのかなりオーバーワークな状況も改善され、こちらの翻訳会社との働き方のコツもつかめてきました。フリーで仕事をする立場で探さなくても毎日仕事が来るというのは一見恵まれているようにも思えますが、やってもやっても仕事と納期に追われ続けるというのはやっぱり何かがおかしかった。そんな中で役に立ったのが、忙しくても時間をつくって外に出ていったこと。とにかく同業者や先輩、自由業者組合の担当者や色んな人たちと話をしました。これは自分が「自覚する」という上でとってもよかった。そして9月に入った時点で、翻訳なので1ワード何セントの単位ですが、価格交渉しました。翻訳会社の方からは「OK。でも受注の頻度が少なくなるということですよ。考え直しませんか。」と言われましたが、「クオリティのために価格を見直しました。」というこちらの要望が通りました。結局のところ今も同じプロジェクトを担当し、もっと余裕を持って1つ1つの仕事に取り組めるようになりました。

自分で自分のスケジュールにコントロールがつく感があるいうのは本当に大事。コンスタントに長い目で仕事を続けていく上でも大切なことでした。これも一つの経験だったのでしょう。。。

続きはまた今後。



働きかた(翻訳会社との)☆ 

2013年08月14日(水) 0時41分
先週から仕事を再開しています。

また以前のペースで忙しくなったら...とちょっと心配していましたが、ここは8月のフランス。
翻訳会社もペースダウンのようで、7月に思い切ってお休みにして、8月に再開して正解でした。

また一ヶ月お休み(日本との仕事は継続)にしても、今まで担当してきたプロジェクトは戻ってきているので、翻訳会社との仕事というのは、こういうもの(普段コンスタントにやっていれば仕事は戻ってくる。一度引き受けた仕事はしっかりやるけれども、自分が断っても代わりの方はいる)だということがある意味今回確認できてよかったです。
時に深夜まで仕事することがあるのはこの職業には仕方のないことですが、これまでみたいに週末もないような、毎晩仕事というような無理な働きかたはやめる。子供との時間だって大切だし、9月からはホントうまく交通整理してやってかなきゃと肝に命じています(これが忙しくなったときにむずかしい...)。

こちらではなかなか周りに日仏翻訳者の知り合いがいませんが、6月に半日お休みを取って、私が所属している自由業者組合の他言語の同業者たちと話ができたのはホントによかった。同じ職業でも皆まったく違った状況でした☆

以前に日本の同業者の友人が紹介してくれ、フランスと日本で通翻業をしている方が今月パリに戻ってくるのでもうすぐ会う予定!奇遇なことに今年1月の京都のサロンドショコラで仕事をご一緒しました。同業者との交流はホントに大事。忙しくなってまた余裕がなくなったりする前にぜひ色々とお話ししたいです☆









こどもの日本語きょういく 

2013年04月18日(木) 4時56分
今日は水曜日で子供の国語教室の日でした。

午後の1時間45分の授業にパリへ連れていくだけなのに、この半日仕事をオフにするのがなかなかシビア。。今朝もぎりぎりまで仕事をして、帰ってからも案件に対応して、夕食後も息子をお風呂を入れている合間に明日の仕事の段取りして。。夜も仕事がない日はめずらしい(何もないとホントうれしー)。毎日深夜まで仕事してる友達から申し訳なさげに案件が入ってきて、彼も同じなんだなーと(今日も23時55分にメールが)。

でもここまでちょっと大変でも子供を教室へ連れて行く価値はあるなあと思ってます。

私はたとえ一方通行でも息子へはなるべく日本語で話すようにし、日本の番組を見せ、眠る前の時間は日本語の絵本を一緒によみ、日本の祖父母と週に一回はスカイプで話し、日本から毎月来るチャレンジをやってますが、それでもフランスに戻ってからのこの3年で日本語がもうすっかり出てこなくなっていて、やっぱり家でできることへの限界を日々痛感しています。。。

かといってこれは続けていかなきゃならないことだとは思っていますが(たとえ、こっちがどんなに日本語で話そうがお構いなしでフランス語がかえってきたとしても)!

3年前に日本からフランスへ戻る飛行機の中で子供はどうやって新しいことばを吸収していくんだろうとのんきに構えていた頃(まさか同時進行でこんなに忘れるのも早いとは)がなつかしい。。。

日本人の友達や日本からの知人にパリで会い、日本語の環境になると息子が急に日本語で話し始めるので、まだどうにかなるのかな、こういう環境も積極的につくっていってやった方がいいんだなあとは思ってます。

海外にいながらにして、日本語の環境を保てている日仏家庭、子供が成人した時に親のレベルくらいまでは日本語も「達者」になってる日仏の子供たちってどのくらいいるのかなあ。

何もしないと言語というのは、完全に忘れることはないにしても子供はスポンジのように吸収が早い分、忘れるのも早いので、コンスタントに息長くサポートしてやるしかないんだなあと思います。

この7月に日本に帰って、地元の小学校に2週間だけ体験入学をするので、友達と再会して遊ぶ中でまたそれが今後のフランスでの励みにもなってくれたらと思います。

保育園もれおが日本で乳幼児期を過ごした思い出がいっぱい詰まっているからか大好きでなので、小学校でもいい思い出ができるといいなあ。

保育園も小学校も私も通っていた場所なので、れおも日本で同じような体験ができることが何だか今から不思議でもあり。子供たちだけでの登下校とか、朝の朝礼、音楽の時間、体育の時間、休憩時間、給食、そうじの時間とかまだ本の中や話しでしか知らない日本のことをこの夏にいっぱい吸収してきてほしいです。





フランスの「新学期」 

2012年09月09日(日) 1時11分
9月4日から息子もフランスの小学一年生(CP)になりました。

幼稚園の友達何人かとも同じ組になり、少し心配していたクラス分けも良く(殴る子がいなくなった〜)ホッとしました。今までは「リュック持って〜」「おかあさん、足痛い〜」とすぐに言っていたけど、新しいキャリーオン式の通学カバンがうれしいのか、小学生になったからか、階段の上がり下りも、"moi, je suis costaud (ボク、力持ち)"とか言いながら、ほそ腕でかついでいる姿が「階段落ちんといてやっ」と気が気でもなく、、、またなんとなく微笑ましい今日この頃です^^

私の方も、今年の夏は「休むぞ」と休んだおかげで、休息は仕事(頭?)にとっても必要だったんだな〜というか、ホントにリフレッシュできました。

秋からは、あまり仕事にキーっとなることなく、レオとの時間にプライベートに翻訳にと適度なバランスが取れたら(それがなかなか難しい!)と思います。

余談ですが、夏休みから戻って一つ、面白い仕事をしました。
パリ7区の「Quai Branly(ケ•ブランリ)」美術館パンフレットの翻訳です(2年前にも一度担当しました)。
フランスに来てから、ニースの「マティス美術館」、パリの「ポンピドゥーセンター」、「ノートルダム寺院」のガイドなど、日本だったらきっとできなかったようなフランスならではの仕事をさせてもらってます。この点は、フランスで翻訳の仕事をするメリットだと思いますし、また普段、自宅のパソコンとにらめっこしながら黙々と仕事する中で、こうした形でも日本からの旅行者の方々の目に触れて、少しでも日本語で役に立てたり、ほっとしてもらえたりしたらなと思うとなんとなくうれしいです。

フランスの「新しい」カップル形態 

2012年05月15日(火) 5時27分
5月13日のFrance 2, 20時のニュースでおもしろい特集をみた。

「vie de couple: chacun chez soi(カップルライフ:それぞれの自宅で)」というタイトルで、結婚していても、パックス(結婚よりも制約が少ない制度)であっても、敢えて一緒に暮らさない選択をするカップルがこのところフランスで増えているらしい(このようなカップル形態は4百万件を超えているのだそうだ)。

日本でいう「別居」(というなんだか冷た〜い響きのもの)とは全く違って、好きだからこそ、ずっとカップルであり続けたいからこその選択なのだそう。

レポートで取り上げられていたカップルは、女性の方には前夫との間の子供が3人、男性の方にはすでに親元を離れた子供たちがいて、近所に暮らして頻繁に会うけれども、子供の世界は子供の世界として、男性の方も自分の世界をキープし、あえて同居しないのだそうだ。

こうしたカップルの形態は何も今に始まったわけではなく、60年代にはサルトルとボーヴォワール、ジャックデュトロンなどが「ノンコアビタシオン」の草分けだった。以前はもっぱら知識人やアーティストのみの選択だったものが、女性の自立、自己実現の欲求、また離婚率の増加、寿命の延びなどで今後もフランスでは増えるそうだ。

このカップルの形態にももちろんメリットとデメリットがあると思う。少し離れている分、会うと新鮮で必然的に顔を会わせているのではないので、会う時は100%、コミュニケーションもよく取る。でもお互いに自立していないといけないし、バランスを取るのはなかなかむずかしい(複合家族にはそれぞれにとっていいと思う)。

でも、なんともフランスらしいというか、男女がいい関係であり続けることを模索しての一つのカップルの形態として、これはこれでいいと思う。


フランスの「水曜日」 

2012年05月09日(水) 6時17分
フランスの水曜日は、「JOURNEE DES ENFANTS」いわゆる「子供の日」です。
学校がなくて、子供が家にいる(あるいは習いごとに通う)日なので、親たちはこう呼んでいます。

週の半ばに少しゆっくりできる日(早起きしなくてもいい日)があるのは私は結構好きですが、子供が習い事をしていたりするとその送り迎えで、意外と疲れる日でもあります。

「でも、楽しんで行ってるからなあ。」と、今日も息子をパリのこども日本語教室まで連れて行ってきました。幼稚園科なので、折り紙をしたり、お遊戯したり。今日の夜は早速「鬼のパンツのうた」まで振付けつきで歌ってくれました。。

去年の夏、渡仏1年半でほとんど日本語を忘れかけてしまっていた時期からすると、週一でも「水曜日はジャポネ」というような時間を設けるのはやっぱりよかったです。おかげで今ではこちらの日本語に毎回日本語で返さなかったとしても、好きなように日本語で話しているし、言葉が戻ってきたように思います。

フランスの幼稚園の先生もレオからパリまで日本語教室に通っていると聞いて「スゴくいい事」と声をかけてくれたり、周りも「言葉はやっぱり親が意識して続けていくのが大事」と応援してくれたり。フリーで仕事をしているので、翻訳の締切が重なったりするとやっぱりですが、秋からもガンバって連れていこうかと思います。














息子とお菓子を作りました。 

2012年03月09日(金) 7時24分
2月の休暇中に子供とお菓子を作りました。

砂糖の箱にのっていたレシピでだいぶ前から「これ作りたい」と。

苺のカトルカールにクレームアングレーズとホイップクリームをかけたシンプルなもので、はじめて作りましたが、子供達に受けがよく「また作って」とうれしいことを言ってくれました。

息子は息子で「ボク大きくなったらcuisinierかdentiste(歯医者)さんになる」と!

「Cuisinierはわかったけど、なんでまた歯医者さんなん?」

と聞くと、「parce que mon dentiste est gentil (だってボクの歯医者さんやさしいから)」。

なんて単純...というか、なんだか笑えました ^^






"Tronche de cake aux fraises" (Google Trad: 「イチゴケーキ頭野郎!」)