「らしく」ってのは…

2006年05月19日(金) 8時21分

ファッション雑誌『nuts』。


「自分がどう見られているかじゃなくて、自分はどういたいのか」。

わたしのようなセクシャリティでなくても、やたらに「これが本当の私だ!」って、なんでも突き付けるのは考えモンだけれど、「自由な場所で自由に居るはずなのに、他人の声なんてあまり気にするな」ってことなんだろう。

まだまだ、自由にいられる場所は限られている。別に、お国柄や風潮に目立ってタテツクつもりもない。
そんな世間体でも、こうありたいから、こういうふうにいる・・・ただそれだけ。

「キモい」「モーホー野郎」「つまりは変態」、なんでもいいや。どれも、わたしじゃないから。
支持、理解を示してくれる人だって、(人間的にかなり「?」が付く)こんなわたしにもちゃんといるし。

と、新宿二丁目のドキュメンタリー番組を見て、そう思っていた。

求美心

2005年11月07日(月) 8時39分

『S Cawaii・12月号』。


昨日の晩、倖田來未を『情熱大陸』の中でスポットを当てていた。

このブログの“ひととなり”を見ても分かるように、わたしは倖田來未を“カリスマ”として位置付けている。
昨日の番組でも『Sカワ』の撮影が紹介されていたが、倖田らしく…をめぐって、雑誌側との真剣なやりとりがあったりした。

自分をいかに美しく、キレイに、果てはエロく魅せるのか。
繰り返してばかりだが、そう書きたくなるほど、探求心、求美心はハンパでない。

「キモい」と言われても、わたしはその言葉をいかに聞こえなくするか。
それが、わたしの目標である。

タイトルが思い浮かばない話 4

2005年11月02日(水) 15時36分

雑誌『S Cawaii8月号』表紙。


またその大まかな括りの中で“セクシャル・マイノリティ(性の少数派)”という部類にも入っている。だから、わたしは「性同一性障害の一部」と自身を表現する。
さらには、女性に憧れていながら、恋愛は男性として…というのも、性のマイノリティの中の、さらにマイノリティとされている。
この恋愛の部分で、先に書いた「純粋を装って女性に、ヨコシマに近づこうとする欲」と誤解を受けるのである。

長く書いてきたが、ようするに、わたしは男性でいることに、時に精神的な苦痛に感じている。
こういう人間もいるということである。
ただ、それはあくまで、この自分のテリトリーの中でのみ、あるいは理解を示してくださる人のみにしか主張しない。
だから、興味本意でまかり間違ってすべて読んでしまい、不快、あるいは嫌悪感を感じた、筆者に失望した…、また、バッシングをしたいならば、差別用語などの危険な表現を控えた上で、どうか遠慮なく感想やご自身の考えをコメントをして頂きたい。
わたしの精神や考えの範囲で、なるべく偽りなく、胸の内を明かすつもりで、恥を忍んで応えさせて頂くつもりだ。

目を通して頂き、ありがとう。

タイトルが思い浮かばない話 3

2005年11月02日(水) 14時12分

レディスショップ『LOVE BORT』で購入の、ホルターネック。


わたしも、ふだん渋谷などのショップ、女の子友達と飲みに行ったりする時は、この記事の画のような、ホルターネックやレディスのタンクトップ、はたまたベアトップなどを着る。
もちろん、そのままでは警察のお世話になりかねないので、メンズモノの、わりとレディスに近い細身のを上から着ているが。
下は、スカートなどは履かない。レディスの、ローライズ・ブーツカットのパンツを履く。

こういった、男性がレディスを着ることで起きる、肌を出すことを、“露出狂”という表現で括られる。
わたしはこの“一般論”に反論するつもりはない。また、逃げたり立ち向かおうというつもりもない。
むしろ、そういう声を気にしている。だから、実行する場所も選ぶし、話す相手も選ぶ。

また、自身の肌のケアにも気をつかっている。
記事の『…1』にあった画の、ゲイレスラーこと男色ディーノや、話題のレイザーラモンHGが処理せずにいる、ムダ毛のケアというのもしている。
よく、男性の然るべきトコロに毛が無いこと自体が、不快を感じるという人もいるが、わたしにすれば、ムダ毛ほど汚いと思ったことはない。その理由を細かく探ればキリがないから避けるが、汗臭いとか加齢臭の要因となりうるからである。

エラそうなことついでに言えば、世の(おそらく日本人に限って言うことになるが)“女装家”には、もう少し自身のケアに探求心を持ってほしいと思っている。
そのスーツの下に、女性用インナーを付けるなら、隠れ家のような場所でビキニ等を付けて楽しむなら、少しでも見苦しい部分を排除したり、体を絞めて欲しい。たるんだお腹がパンツに乗っかってる姿なんて、綺麗でもなんでもない。
そういうのが『タモリ倶楽部』や、かつての『トゥナイト』のような、深夜帯の高視聴率番組でリポート、世間へ露出されるのは、いっそう“変態”の烙印を強く押されてしまう。

話を呼び方に戻すが、わたしのような“トランスヴェスタイト”は、いちおう“性同一性障害”のカテゴリーに入っている。


つづく。

タイトルが思い浮かばない話 2

2005年11月02日(水) 13時32分

雑誌『S Cawaii』。


わたしが求めたのは、言葉の表現が悪いが、体の仕組みが女性でありたかったのである。

これはよく「それは、ただそういうのを装って、女の体をもて遊びたいだけの、欲の塊」と誤解をされるが、そうではない。
確かに「性行為などによる女性としての感覚を得たい」と話せば、そのように捉えられてもやむをえなしである。しかし、それは理由の1つでしかない。

わたしは、明らかに男性よりも女性の方が、見た目の体が(仕組みに関わらず、ファッション等も)綺麗で美しいと思っている。
わたしは、最もそこに憧れている。

そう強く思う切っ掛けとなったのは、テレビの洋画でのシーン。
ボンテージに身を包んだ女スナイパーが、不摂生のかたまりのような太ったオヤジを、町の裏の袋小路に追込み、オヤジか失禁しながら簡単に射殺される…、そんなのだった。最近ので言えば『ハンドラ』(古いか?)、『レッドソニア』(マイナーか?)、『キャットウーマン』のような映画である。
射殺される際、カメラワークは、女スナイパーのやや開いた足元からオヤジを捉えていたのだが、その場面が、オンナの強さを象徴しているように見えたのだ。ちなみに、この撮影の手法は色んな映画やプロモビデオ、洋楽CDジャケットなどで使われている。
話を戻すが、女性のこういう強さにも憧れている。

わたしは先立つものさえあればいつでも、少しでも“女性”に近づきたいと思っている。
それでもし、ふつうの恋愛が出来なくなっても構わないとさえ。だって体を女性にしても、恋愛感覚が男性ならば、いわゆる一般的な恋愛や交際というのは、難しいというふうに理解しているからである。
好きになった相手に強要もしたくない。また、このまま男性として過ごしていくことにしても、同様である。

ここで一つ整理というか、言っておきたいのは、わたしのような精神状態の人間を「トランスヴェスタイト」と呼ぶ。
この「トランスヴェスタイト」は、男女に関わらず、異性の容姿に成り得ることで、気持ちを満たすことをいう。
よく“女装家”あるいは“女装趣味”というのもあるが、個人的にはそれとは線を引きたい。また、男性が女性の服を着ることで、肌の露出が高くなることから“露出狂”と表現されることもある。


つづく。

タイトルが思い浮かばない話 1

2005年11月02日(水) 11時03分

男色ディーノ選手(DDTプロレス)。


何人かの理解を示してくれた友人にカミングアウトしてから、もう5年くらい経っただろうか。そろそろ、少しずつではあるが話してみたいと思うようになった。

まず始めに確認しておきたいのは、これから話すことは、このブログを立ち上げる以前から、他の友人サイトなどで試みようと、何度も思っていた。
しかし他人のテリトリー、ましてやわたし自身の知り合いだけではない世界で、見たくもない話を見せられるのは、不快感や嫌悪感を与えるので、当たり前だが避けてきた。
しかしこうして立ち上げた、(とりあえず)自らのテリトリーを利用して、物心付いたときからの胸のウチを打ち明けたいと思う。
人によっては理解しがたく、また生理的に刺激する発言も(直接表現や差別表現ではない)あることだろう。そう感じた時点で何も言わず、どうか違う記事に行っていただきたい。


まずはっきりしたことから言えば、わたしは“女性として生まれ”て、人生を全うしたかった。だから、この感覚を知り、世の中の知識や理解を知る度に、男性の体を持って生まれてきたことに、恨みはないが、ひじょうに残念であると思っている。

このようなことを最初にカミングアウトしたのは、あらゆることに理解が広い、女性の友人だった。
男性には言いたくなかった。それは今でも躊躇する。なぜかというと、“ホモセクシャル(以下、ホモ)”と見られたくないからである。
例えば男性に話を打ち明けたとしよう。男性心理からすれば「おいまさかそれで、俺に変な手を出すなよな」となるのが大方のリアクションだからである。
世間の“ホモ”の見方は、すぐに性行為に走る、デリカシーの無いものというものらしい。正直わたしも、画のような見た目のケアの無い“見苦しい容姿”で愛し合うという、その程度の理解で、今でも“ホモ”の人を見ると、腰が引ける。

わたしは、同性愛者とは少し違う。わたしの心は、どちらかというと“男性”の精神状態である。だから、恋愛も今まで女性を好きになっているし、これからもきっとそうである。


つづく。

鶴本直

2005年08月22日(月) 16時06分
何年か前の『3年B組金八先生』の、再放送を見ている。
上戸 彩が、性同一性障害の役を熱演したシリーズだ。
リアルタイム放送から、数年経たずして、再放送が何度もされた、話題作となっている。わたしも、放送の度に“同感”し“苦悩”をおぼえていた。

この“性同一性障害”については、気持ちの整理が出来、状況が許されるようになったら、いずれわたしの考え(思い)を話したいと思っている。
「なるべく早く」とか「近々」とは予告しない。先が長くなるかもしれない。それは、わたしの整理と身近な環境が一致するかどうかに委ねられる。
たとえ、アンフェアであっても。
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