道東の地で学んだこと Vol.3 

September 28 [Fri], 2007, 16:16
 もう15時を回っていましたが、知床観光船に乗れなかった悔しさからか、まりもで有名な阿寒湖へ。30KM以上の道のりをまたひた走る。結構走っているようですが、北海道の道はまっすぐな道ばっかりであまり疲れないんですね(事故の数は全国No1ですが)。16時過ぎ、阿寒湖到着。あきらめていた遊覧船が16:30に出るとのこと。急ぎこれに飛び乗る。阿寒湖といえばまりも、この遊覧船は阿寒湖のなかにあるチュウルイ島という、まりも観察センターへ立ち寄ります。ここではまりもを生態を観察していて、その様子を見ることができます。



 まりも好きな奥様は狂喜乱舞。しかし・・・このチュウルイ島への滞在時間はたったの15分。島内の移動時間を含むので鑑賞時間は10分もありませんでした。

 でも自然のまりもを見れたのは良かった。まりもは日本では阿寒湖にしか生息せず、いまだその全容が解明されていないようです。お土産屋ではやっぱりまりもを売っていて、店員は「1週間に1度水を換えれば大丈夫ですよ」というが、この湖にしか生息してないのに東京の水でやっていけるのでしょうか・・・。しかし、奥様は迷わずまりも(割と大きめ?)を購入してました。我が家の水でも元気に育ってほしいものです。

【最終日】
 川湯温泉(弟子屈町)で宿を取り、最終日まずは硫黄山に立ち寄り立ち込める噴煙を堪能したあと、大湿原が広がる釧路へ。あいにくの雨。でも大湿原を突っ切るように走るのはとても気持ちいい。ここは唯一のタンチョウの生息地としても有名です。ノロッコ号でも乗ってみようかと名物、塘路駅へ。残念、ノロッコ号は翌日からでした(無計画反省)。そしてこの塘路駅で同じようにノロッコ号に乗ろうとするサイクリング姿の男性に出会います。そう、この男性こそ、知床自然センターの喫茶店で偶然居合わせた方でした。話をすると徳島県阿南市からきてこの地で自転車を調達、サイクリングを楽しんでいるとか。広くて且つ人の少ない大地、でも狭いんですねぇ、などとしばし雑談。こういう旅人との触れ合いも旅の醍醐味のひとつなんでしょうね。

 

 一期一会の男性をあとに車は一路、釧路へ。雨はさらに強くなります。晴れた摩周湖を見れたことは良かったのですが、旅全体でみるとちょっと天候にはやられたな、と思いつつ、安全運転重視、釧路漁港で有名な和商市場へ向かいます。
 和商市場の名物はなんといっても勝手丼です。まずはご飯を買うことを求められます(今回は150円の少なめのご飯を購入)。次はお待ちかね、ネタ選びです。


 威勢のいいおばちゃんがあれもこれもと入れようとしてきます。結局1000円をゆうに超える値段になってしまった。でも一口食べて感動。ここは北の漁場の活気と人情を味わうにはとても良いところです。



 旅もそろそろ終わりに近づいてきました。食事が終わって約15時、このまま終わるには惜しいと考えていたところ、奥様が予てより行きたいと行っていた阿寒国際ツルセンターに決定。約30KM、飛行機の時間は20時なので何とかなります。新たな目標が定まり、再び阿寒の地へ。港町として栄えている釧路とは変わり、一気に湿原風景が始まりました。

 阿寒国際ツルセンターで保護観察中の2羽のタンチョウを観察。明治の乱獲と昭和初期の湿原伐採で一度は絶滅しかけたタンチョウを再び増やそうと努力する歴史を勉強。タンチョウの姿をして餌をやり、飛び方を教えようとする人達の姿は感動ものでした。野生のタンチョウがこの場所を訪れるのは冬の1月〜2月、さすがにこの時期の野外給餌場にはなにもいなかった。でも、2羽の保護中のタンチョウの元気な姿に心癒されました。

 いい時間になってきました。土砂降りのなか、釧路空港へ向かいます。久々の運転も無事にこなせてよかった。そう、北海道は道が単調なので迷わないと思いがちですが、建物が少ないことから夜は明かりがほとんどなく目印も見つけにくくカーナビなしでは順調な旅程は無理でした。とくに道東初心者の自分にとっては。今の時代、カーナビがあって車の旅はほんと便利になりましたね。

 最後、釧路空港の出発ゲートでこれまでの旅の思い出を上回る(?)ような出来事が。なんと並んでいた自分の後ろに見たことがある人物が並ぶ。なんと世界的数学者の秋山仁先生ではありませんか!バンダナこそしてませんでしたが、「あの髪型、あの風貌間違いないっ」。昔から破天荒な生き方と独特の教え方が好きだった自分は勇気を出して声をかける、「失礼ですが、秋山仁先生ですか?」 「はい、そうです(笑)」。 まさに感激。周りを騒ぎにしないでね、とのメッセージを視線から感じましたが、あつかましくも「握手して頂けますか?」「いいですよ」。世界的数学者の右手は比較的小さかった。

 かくして3泊4日の北海道旅行は終わった。長期休暇で会社の方々にも迷惑をかけたが、それを仕方ないと素直に思えるいい旅だった。旅は若いころにたくさんすべきだ。それは感受性が豊かな時期に、という単純な理由に留まらず、成長のステップだと思えるからだ。

道東の地で学んだこと Vol.2 

September 28 [Fri], 2007, 16:01
【2日日】
 初日は網走に宿泊、翌日は世界遺産・知床へ向けてさらに北へ進みます。あいにくの曇り。目標の知床五湖の美しさはTVや写真で見ていましたが、どれも晴れの日の映像だったのでショックでした。でもここまできたら妥協はできません。ただひたすらに北東へ向かって突き進むのみ。雨まで降り出し、持病のヘルニアの痛みを盛り上げましたが、それを上回る感動を求めひた走る。 

 雨の知床五湖は、晴れた日にはない味わいがありました。文字通り5つの湖があり、1湖地点で引き返す20分のコースがあったのですが、ここまできたら全5湖を回る、約90分の道へ。痛む腰を省みず、またぬかるむ道をズボンのすそが汚れるのを気にせず進む。大自然の散策はやっぱり良かった。一番の感動は野生のエゾシカに出会えたこと。人を全然怖がらないんですね。そう、ここはやっぱり人が”入らせていただいている”自然の原生林なんです。
 ※知床ルール:動物の生態系を壊すので決して餌をあげてはいけません。




 結局90分のコースを2時間かけて回りました。終わったときは達成感がありましたね。このあとは雨も強くなったこともあり、近くの知床自然センターに行き、大画面ハイビジョンシアターで知床の四季をしばし鑑賞。このとき、同センターの喫茶店で食事をするのですが、自分と奥様以外にコーヒーを飲む男性が一人。この男性がこのあとの旅に影響を与えます。

【3日目】
 その日はウトロ(知床近く)に宿をとり、翌日朝、知床観光船への乗船を試みる。しかし、強風と雨により全便周航中止。ああ、残念。ちなみにこれに乗ると知床の海岸沿いを周航し、長いコースだと知床岬までいきます。仕方ないので予定を変更し、霧で有名な摩周湖へ。知床横断道路を越え、羅臼町、標津町、弟子屈町を経由し、内陸へ向かいます。ここでまたひとつの感動が。なんと知床峠を下ったところで大きなエゾシカに遭遇。立派な角と顔立ち、まるでもののけ姫のシシ神のよう。悠々と道路を横断する姿に、「ここに道路があってすみません」。





 摩周湖到着、普段一面を霧で覆われている場所がこの日は晴れ、観光船に乗れなかった代わりの神様のご配慮でしょうか、青い空に輝く透明度ナンバー1の湖を堪能しました。摩周湖が美しいのはやっぱり切り立った岸壁が人を動物を寄せ付けないこと、水質が(火山性ガスによって)酸性に保たれるため、水生の生物も少ないこと、流れ込む川が無いことがあげられるようです。まさに神秘の湖ですね。
 

道東の地で学んだこと Vol.1 

September 28 [Fri], 2007, 15:36
 3泊4日の北海道道東の旅が終わりました。
 本命だった世界遺産の知床に加え、網走、摩周湖、阿寒湖、屈斜路湖、釧路湿原などと盛りだくさん、持病ヘルニアの痛みを抑えての旅でしたが、盛りだくさんでした。長文あしからず。

【初日】
 初日は9時過ぎの飛行機で女満別空港へ。道東へダイレクトに入るのにこの空港はいいと思います。空港へ着いたら早速、レンタカーへ。今はどのレンタカー会社も空港に店舗を出してて便利な世の中になりましたね。さて、三菱のCOLT(コルト)をゲットすると、さあ時間を無駄にすることなくまずは網走監獄へ行きます。ここは明治時代、北海道開拓(道の中央道路工事)に受刑者を使うことを目的に設置された場所で一度入ったら生きて帰れない(もし出れても熊に襲われて死ぬ)と恐れられていた最果ての監獄。当時の受刑者達の過酷な生活がとてもよくわかります。中央の見張から5方向へ伸びた五翼放射状平屋舎房は圧巻です。




 当時、開拓作業の激務と寒さで死者が出ても道端に捨てられるような扱いであったようです。民間なら3年係る工程を9ヶ月程度で達成したというから相当過酷だったのでしょう。当時は冤罪も多かったことを考えると頭が下がります。 ※監獄生活豆知識:入浴は脱衣、入浴、着衣まで含め15分で終了。3分刻みで行動です。

 次はオホーツク流氷館へ。網走監獄から直ぐのところです。ここではマイナス19度の流氷体験ができます。ぬれたタオルを振り回すと10秒ぐらいで凍りつきます。また、この流氷館から眺めるオホーツク海の眺めは最高です。でも年々流氷の数が減っているとか。やっぱり環境の変化はここにも現れています。

 16時を回り、いい時間になってきましたがまだ行ける、との勢いから20KM以上離れた小清水原生花園へ。夕暮れに染まる風景と小さな駅がまるで映画のワンショットのよう。時期的に植物はあまり咲いていませんでしたが、最盛期は一面が綺麗なのでしょう。砂浜とつながっていました。これぞオホーツク海、波高し。最北端の砂場で愛を叫ぶ…ではありませんが、折から波に乗ってやってきた大きい丸太がとても印象的でした(あとで知ったが特別波が高い日だったらしい)。


夏の贈り物 

August 11 [Sat], 2007, 13:55
 連日の蒸し暑さに身も心もひさぎ込んでいるこの頃ですが、今日は大阪に住む義母から夏の風物詩”ビール”の贈り物が。

 しかも・・・アサヒ「PRIME TIME」とサッポロ「YEBISU」。高級ビールがそれぞれ12本づつ。


 箱に整然と並んでいる姿を見るだけでも癒されますね(*´∀`)。



 日頃、麒麟グリーンラベル1本を帰宅後、ネットしながらちょびちょび飲む自分にとっては勿体無すぎるお酒ですが、これから少しづつ頂いていこうと思います。いざ、猛暑を乗り切らんっ、お義母さんに多謝!

Googleトランジットで路線検索 

May 13 [Sun], 2007, 11:50
 またまたGoogleがいいWEBサービスを出した。

 その名も「Google トランジット」。いわゆるWEBでの路線検索システムである。
 でも、ただのWeb路線検索ではない。google-mapと連携することで辿る経路を地図で表示してくれるのだ。


 路線と地理との関係もよくわかり、くねくねした経路(路線)の場合、別の交通手段(バスなど)を探そうとするきっかけにもなる。
 勿論、料金や時間もばっちり表示。

 路線検索というと、某社「●●スパート」が有名だが、それほどサービスに違いのない仕組が無料で出てきたことになる。勢力図に影響がでるか。

 ポイントは、更新頻度だろう。ダイヤ変更が生じた際にいかにタイムリーに反映されるか。願わくば、運行停止情報なども表示してほしいが、そこまでは路線各社も情報をくれないか。

 今後、ネットの常時接続環境をお持ちな方であれば、予定表等、日常の各種便利情報をWeb上に統合していくのもありかと思う。こんなときよく言われるのが、「個人情報だから外部に置くのはちょっと・・・」という意見だけど、Googleの主張はこうだ。

 「いや、サーバにある各種データを見ている(検索・分析している)のはロボットであり、人間ではない」

 なるほど、人間がみるんじゃなければ、個人情報もなにもない、ということらしい。ITの世界では、法律より実態が先行するようだ。

いとこ結婚式(in 宮崎) 

May 02 [Wed], 2007, 8:58
 いとこの結婚式の参加するため、GWの前半は、宮崎へ行ってきた。

 生まれ故郷のその地は、いついっても南国の雰囲気満載で、空港を出て直ぐやしの木のロードが出迎えてくれる。
 結婚式が、宮崎観光ホテルというので当日おそくまで寝ていられるよう、同ホテルに前泊することにしていた。ホテルのロビーに着いた瞬間、見覚えのある後ろ姿・・・・。「あれはもしかして知事?」、ホテルマンに聞いても「はい、知事(東国原知事)です。最近よく走っておられますよ♪」とのこと。ホテルの前の大淀川のほとりを結構はやいペースで走っていた。いまや宮崎の観光名物(?)とまでなった知事をみれるとは、この旅行は幸先いいなあ、と思ったものだ。
 その日の夜は、宮崎市内の田舎料理屋で一杯。やっぱり宮崎といえば地鶏である。早速注文したのは、「地鶏のもも焼き」。夫婦そろっての外食は久々なこともあって、やっぱり美味しかった。



 結婚式は、ロビー婚という形で、形式からいえば”人前式”というかわったものだった。要はホテルのロビーでやることで、当初の参列者のみならず、その場を行きかう人々が足を止めて祝福のまなざしをおくってくれるというもの。確かにその場は、大勢の方が足を止めてみてくれていた。しかし、結婚式というのは何度参加しても幸せな気分にしてくれるところがいい。



 式は無事終了し、翌日は我が生誕の地、南延岡(ばあちゃんが住む街)へ。宮崎から特急にちりんにのって1時間10分ぐらい。この南延岡駅周辺は昨年9月に竜巻が直撃した地域であり、当時はたいへんな被害を被ったところである。その被災状況をテレビでみたときは、かなりショックであったが、今はほとんど復旧しているようだった。
 ばあちゃんの家につく。親戚一同が迎えてくれて、久々にいい時間をすごすことができた。写真は延岡が誇る(?)愛宕山山頂から撮った眺め(延岡市内を360度見渡すことができる)。その日は宮崎に戻り宿泊した。



 せっかく宮崎まできたのだから、と次の日はフェニックスリゾート(所謂シーガイヤ)の動物園(入場料800円)へ行ったが、かっての大型公共事業の反面教師よろしく、正直あまり楽しめなかった。バスの案内はわかり難いし、ガイドにあるショーが勝手に中止になってるし、そもそも直ぐ隣に本物のビーチがあるのにオーシャンドームを作ったのはなぜ?、なにより毛引きのインコがたくさんいたことが悲しい。インコが毛引き(自分で自分の毛をむしりとる症状)になるのは相当ストレスがたまっている証拠であり、園の飼育に問題があるのだろう。人へのサービスが悪いのは許せても動物につらい思いをさせるのは心が痛む。もっとディズニーランドを見習ってほしいと思った。



 いろいろあったが3泊の宮崎旅行はそれなりに充実したものだった。体調不良で寝込む奥様をなんとか気分転換に、と連れ出したが、本人も楽しく過ごせたようで何より。写真は、帰りの羽田空港で買った「抹茶小町」。待ち行列ができてたのでひとつかってみたが、これが旨い。モンブランがお好きな方はお試しを(9個入り、1,000円)。




RedZinger 

April 22 [Sun], 2007, 22:37
 最近、ハーブティーの美味しさに目覚め、ローズピップやハイビスカスなど、有名どころをよく飲むようになったが、今日はRedZinger(レッドジンジャー)というルビーレッドのハーブディを手に入れた。以前、某所で飲んで以来ずっと手に入れたいと思っていたが、量販店には売ってないのだ。
 
 その名のとおり薔薇色で、それを際立たせるため、あえて透明なグラスに入れる。輝きが違いますね。ビタミンCが豊富に含まれている点もありがたい。



 これからも色んなハーブティを開拓してみたくなった。

6万円でWindowsVistaパソコンを作る 

March 10 [Sat], 2007, 18:48
 初めて、自作PC作りに挑戦した。

 秋葉原でベアボーンキッド(マザーボードと電源ユニットが付属しているケース)のShuttle31T[16,952円] 、CPU(Pentium 4 3.2GHz)[9,504円]、グラフィックボード(GeForce7300GS)[7,428円]、ハードディスク(HITACHI 320MB)[8,912円]を買い、メモリはすでに自宅にあったもの(512MB×2)を活用、OSは、OEM版(CPU等とセットで買うと安くなるバージョン)のVista Home Premium[14,553円]。



 実は、家にあったメモリやハードディスクを使いまわそうとしたのだが、規格が古くあえなく断念。メモリは、奥様のPCから1G分けてもらった形^^。

 雑誌に書かれているとおりに組み立ててみる。



 BIOSが表示されるまでは順調にいったけど、その後から苦戦。グラフィックボード付属のCDにVista用のドライバが含まれていないことを発見。奥様のアドバイス(これが大きい)でネットからダウンロード。

 やっとのことで動きました。

 高いスペックが求められるVistaだけに、不安もあったけど、なんとかエアロが動くところまでこぎつけた。
 


 いろいろ触ってみたが、やっぱり一番のウリは、エアロぐらいですか?・・・。その他、検索機能やエンターテイメント機能の強化(音楽・映像など)、セキュリティの向上など、いろいろあるみたいだが、一般ユーザはXPで十分な気もしないではない。

自信を持つこと 

February 25 [Sun], 2007, 22:56
 しばらく体調不良が続いている奥様。
 心が落ち込むことも多い。また、何もできないことを強く後悔することもある。

 でも、今日はいいことがあった。
 なんと、壊れた私のパソコンを直してしまった。

 わが奥様は、IT企業に勤めるエンジニア。今は休んでいても、第一線のときに身につけた技術は、今も健在。

 マザーボードが壊れた私のパソコンからハードディスクを取り出し、その情報を復活させてしまった。また、正常なマザーボードのパソコンにそのハードディスクを取り付け、1台のパソコンを組み立ててしまった。修理を終えて、したり顔「なにー、こんなこともできないの?^^」。

 

 「もっと、自信をもっていい。君の力を必要としている世界は絶対にある。」
 そのことを伝えたい。そして、きっとあのときのように元気になるから。

 暖冬で既にたんぽぽが咲いた地域があるらしいけど、今日のわが町は相変わらず寒い。いつになったら春がくる?まあ、あと1ヶ月ぐらいか。君が好きな桜が咲く季節になったら、またいろんな散策にでかけてみよう。

硫黄島からの手紙 

February 02 [Fri], 2007, 22:53
 「硫黄島からの手紙」を観た。

 太平洋戦争末期の激戦が繰り広げられた硫黄島を舞台に、名将栗林忠道を始めとする将校たちの死闘と彼らの家族へ宛てた手紙をテーマに描いた物語。

改めて、硫黄島の戦いの激しさを実感する映画だった。そして、手紙は涙なしには見れないものがある。

 日本軍は20,933名の守備兵力のうち20,129名が戦死、太平洋戦争後期の島嶼防衛戦において、アメリカ軍地上部隊の損害が日本軍の損害を上回った唯一の戦闘らしい。アメリカ艦隊の膨大な砲撃を食らった摺鉢山(すりばちやま)は、その山の形が変わるほどだったとか。

 栗林忠道を演じた渡辺謙は、ラストサムライ以来、俳優として独自のポジションを確立したように思える。

 この映画と対のアメリカ側から見た硫黄島の戦いを描いた、『父親たちの星条旗』も観てみたい、そして生涯に一度、その島に降り立って刻まれた歴史を肌で感じてみたいと思った。
P R
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