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啓蟄 (2007年03月13日)
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啓蟄 / 2007年03月08日(木)



啓蟄や騎手を落として出走す     鞠絵


国内最大級の草食恐竜の骨が 啓蟄の丹波篠山の河原から 続々出てきているそうだ もしかしたら一体まるごとこの地層に 埋まっているかも知れないとのこと 白亜紀の体長の20メートルはある スティノザウルスだそうだ 恐竜マニアでなくともゾクゾクする話だ

こんな巨大な生き物が 地球上をどさどさ歩き回っていた時代に思いを馳せてみる 人類の歴史など地球の歴史の ほんの一瞬にすぎない 地球上に生命が誕生したのは 38億年前 海が出来たのとほぼ同じ時期 古生代 中生代 新生代 三畳紀 ジュラ紀 白亜紀 このあたりでやっと この恐竜が登場する その恐竜も巨大な隕石が 地球にぶつかり舞い上がった 土埃で 天空が闇となり 氷河期の氷の下で絶滅してしまう

今1億4千年の眠りから覚めた ステノザウルス もう一度丹波高原を 思いのまま歩かせて見たい 啓蟄は虫ばかりではなく 恐竜も春の陽光を恋いこがれているようだ
 
   
Posted at 12:17/ この記事のURL
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獺祭 / 2007年03月03日(土)



踏み絵した猫の前足以下余白    鞠絵


「獺祭」とい席題がでた 俳句でしか出会わない言葉 広辞苑には春の季語として載っているが 現代俳句の歳時記からは抹消されている 川獺が捕らえた餌の魚を 岸に並べて置くことから 川獺が祭壇を作って 先祖の供養をしているのだとして 春の彼岸と併せて 季語に入れられたのだろうか 見たことがないので ラッコなどを想像しながら なんとか一句絞り出したが せめて歳時記には遺して欲しい言葉だ

「踏み絵」というのも春の季語だ 踏み絵は春に行われることが多かったからだとか 江戸時代の終わり頃まで キリシタンの寺預かりと言うのがあって かなり地方の寺々でも キリシタンの人を預かって 改宗を待ったという話を 祖母から聞いたことがある それでも墓石などの何処かに クロスがそれとなく解らないように刻まれている墓を時々見かけた その寺もまた明治の始め 廃仏棄釈で憂き目に会っている 権力によって人の信仰や 心を変えることの空しさを 改めて思い知らされたのも 歳時記で出会った季語故だ 
 
   
Posted at 20:16/ この記事のURL
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初鶯 / 2007年02月28日(水)



茶団子の串引き抜けば初音かな     鞠絵


二月二十八日朝初音を聞いた まだどこか危なっかしい鳴き方ではあったが 確かにホーが無くてホケキョとケキョとを 二三度繰り返していた まだ幼いながらも健気な鳴き声 鶯の声を聞いたというだけで 心浮き立つ一日だった

去年は三月五日と記録してある 今年は暖冬なのでもっと早いかと思ったが 鶯には鶯の命のサイクルがあるのだろう これから八月中頃まで半年間鳴き続けるのだろうか

北山通り鴨川の西に初音町という名の町がある 鶯は山から里に降りてくるので 昔は京都市内で最も早く 鶯の鳴き声を聞いた人里だったのかもしれない なんとも嬉しい町名だ

蕗の薹ももう出ている 近所の人が蛤の貝殻に蕗の薹味噌を入れて届けてくれた 桃の花も一枝添えてある 日本人は季節と共に生きている 豊かな四季のある国に生まれたことに しみじみ感謝したくなる
 
   
Posted at 13:43/ この記事のURL
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鴨鍋 / 2007年02月25日(日)



人偏の俳は哀しく鳥帰る     鞠絵


画家文人はもとより 名のある俳人は一度は訪れるという 近江今津の丁字屋 座敷に座って琵琶湖竹生島が一望できる鴨料理に店だ 「丁字屋」と染め抜いた暖簾をくぐると 半世紀いや一世紀ほどもタイムスリップしてしまう

趣があるといえばある もしかしたらただ古いだけかも知れない 部屋に入った瞬間思わず「ただいま」と云ってしまう 懐かしさなのだ 丸いちゃぶ台の真ん中に炭の七輪 古ぼけた欄間床の間 黄ばんだ色紙と掛け軸床の傾きから 破れ障子までが たまらなく郷愁さそう

ここの鴨鍋は 合鴨ではなく野生の鴨だそうだ 土鍋にたっぷりの葱を盛って その上に鴨肉を載せて 砂糖をしこたま入れ すき焼き風の味付けだ 鴨が葱を背負ってくると言うが なるほど鴨を食べると云うよりは 鴨のうま味を十分に吸った葱が たまらなく美味しい 鴨は半生で食べる この時期少し不安ではあったが やはりレアの方が柔らかくて美味しい

もはや幻の魚となりつつある寒諸子 白く透き通った身は 食べるにはあまりにも 儚げにみえる
ひとさし指ほどの諸子三尾 網であぶっていると 雪見障子の向こうに小白鳥の群れが 春の陽射しを跳ね返していた 句材は山ほどもあるに またしても不発の湖北の旅     
 
   
Posted at 17:14/ この記事のURL
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魂萌え / 2007年02月08日(木)




紅梅の下姦しき女系かな      鞠絵


御所の梅が咲き始めた まだ二分三分といったところだが 気の早い探梅客達が 木の下でカメラを構えたり 鼻をすり寄せたりしている 白梅より紅梅の方が人気がある 紅梅も見つめられて 開花を急いでいるようだ

二月というのに春本番の陽気 下草もそろそろ萌え始めている この陽気に誘われて 「魂萌え」という映画を見た 定年を迎えたばかりの夫の突然死 葬儀を終え お骨になってしまった夫の背広のポケットで 鳴り出す携帯電話 平凡で幸せな家庭の主婦に 次々出てくる夫の秘密の過去 桐野夏生の原作 昔からよくある話だが 実際そんなことが 自分の身に起きるなどと思っている妻は少ないだろう むしろ知らされずに終わってしまうのが大方なのだ

癌の告知と一緒で 知らずに人生を終える方が良いのか 知ってそれからの自分の人生を切り開いて行くのが幸せなのか 難しいところだ 出てくる男達が皆だらしなく 情けなく描かれていて それがなんともリアリテーがあるから 面白い 夫の本性を一番知らないのは 妻ということだろう 

この映画の主人公は 夫の裏切りをバネに 映写技師という道を掴み取る 自らの人生もまたドラマだったと 自分に思いこませているのかもしれない
 
   
Posted at 11:34/ この記事のURL
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懸想文 / 2007年02月05日(月)




琴三弦梅の小枝に懸想文     鞠絵


懸想文なるものを戴いた 節分に京都の須賀神社で売られるという 須賀神社は縁結びの神様だ 烏帽子に水干姿で覆面をした人が この懸想文を売っているのだそうだ 江戸時代に盛んに行われ 明治には廃れた 京の風俗行事の一つらしい

懸想文とは恋文のこと 昔はこの恋文を梅の枝に結びつけて 恋しい人にこっそり届けたという なんとも奥深くて優雅 日本人ならではの風習だ 今なら携帯メールで絵文字だろうか 恋文なんて言葉も もう古語になりつつある

この須賀神社の懸想文は 御守り札で箪笥や鏡台の抽斗に こっそり忍ばせておくと 顔かたちが美しくなり 良縁に恵まれるのだそうだ 今更良縁でもないが この御札があるだけで そこはかとなくうれしく 心の中にも春がきた心地がする 立春のなんと粋な贈り物だろう
 
   
Posted at 15:12/ この記事のURL
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狸うどん / 2007年02月01日(木)




かじかんで狸うどんに箸を挿す   鞠絵


日本人は麺類が好き 若い頃はラーメンを良く食べた 中年になって断然蕎麦 蕎麦といえば出石だ信州だと 走り歩いた この十年ほどで一番良く食べたのが 山かけ蕎麦 蕎麦の上に山芋のおろしたのが載っている 取り分け京都ロイヤルホテルの地下にあった 「つるや」の山かけ蕎麦が好きだった 月に二度は最低食べていた 十年で百杯以上は食べたことになる ここの蕎麦はそんなに黒くなく ゆで方 出汁のうまさ ほどよさ たっぷりの淡雪のような山芋に 鶉の卵と青のりが載っていた 浅めの白い陶器の器に見た目も美しく  品良く盛られた いかにも京風の蕎麦だった この店が一昨年 閉店になったときは 大ショックだった

最近は蕎麦よりうどん好きになった 讃岐の強腰はだめ 稲庭も氷見もいいが やはり京風のすこし柔らかめ 腰もないがべたつきもしない 微妙な柔らかさで 麺があまり主張しないのがいい うどんは狐より狸が好きだ 
良い店を見つけた そこの狸は出汁も薄味でいいが お揚げの味付けが絶品 甘すぎず辛すぎず とろりとした出汁の中に 巾二センチほどの長い目のお揚げが数本うまっている 上にたっぷりのさらし葱と生姜 寒い日はこれを食べるだけで 生きていて本当に良かったと 心底思えてくる
 
   
Posted at 12:57/ この記事のURL
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雪嶺 / 2007年01月29日(月)




寄り添いて小川が河に里神楽      鞠絵


暖かい日が続いている 寒に入ってこんな日があると なんだか得をしたような気になる 快晴の26日27日と二日の間に 山頂に薄化粧をした比良山 白銀の白山 剣立山 富士山と日本の名峰を四つも見ることが出来た 

富士山は本当に久しぶりだった 突如車窓に現れる雪の富士は 神が気まぐれに造ったのではと思うほど 明快な形をしている だから時々出したり引っ込めたりして 勿体を付けているのかもしれない 今日はちらり山頂だけ 今回は裾野だけですよとか 冨士山の全体像を見たのは 我が人生では今回が三度目

北アルプス立山は この時期にしては珍しく麓に雪がない 富山平野の枯れ田のぼやけた色が 山の表情まで緩ませている それにしても同じ晴天でも日本海の陽光と 太平洋の陽光は全く違う 光の陰影が違う 裏日本と表日本では 障子一枚隔てた程の光の差がある
 
   
Posted at 16:20/ この記事のURL
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 / 2007年01月22日(月)




そろりそろり滅ぶ地球や春隣り    鞠絵


丁度百年前1907年の今日 上昇し続けていた株価が一夜にして大暴落したと日だという 数字に弱く経済音痴の私が 生涯にたった一度の株主になった
 今から十数年前のことだ 知人が家を新築したと言うのでお祝いがてら訪ねた なんと西陣の町家の中に 門構えの立派な本格的純日本建築が建っていた 聞くとすべて株で建ったのだという 株は怖いという思いが この一日で逆転した

早速この知人に教えてもらって 生まれて初めて株をかった 知人曰く これからは中国の時代がくる 農産物はすべて中国から輸入する時代になるから だから某機械メーカーが有望だという 魔が差したか 欲につられたか こつこつ貯めたわずかの郵便貯金をはたいた

が しかしその機械メーカーは 私が買った翌日から ひたすら下がり続けた 5年目ぐらいから 新聞の株式欄も見なくなっていた それが一昨年株価が上昇し始めた 半年程で買った値段にまでなったので 早く売ってせいせいしようと思った が いざ売るとなると できの悪い息子への不思議な情のようなものが沸いてきた 一日延ばしにしてる内に また半値以下になってしまった 十数年ミイラの拳骨で 今度は本当のミイラになるまで付き合う これも又何かの縁かもしれない
 
   
Posted at 11:57/ この記事のURL
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光悦村 / 2007年01月18日(木)



一村の惚けていたる黄落期     鞠絵


鬼門の反対が神門  都の神門鷹峯光悦村はかって京の七口の一つ長坂口で 若狭丹波街道からの出入り口であった この山峡の地を本阿弥光悦が 徳川家康より拝領した 門番の役割もあったかもしれないが 秀吉方と見られていた光悦を 家康は洛外の地に敬遠したのかも知れない

しかし光悦はこの地に法華の浄土 楽園を造ろうと考えた 本阿弥家は代々熱心な日蓮宗の強信者であった 家業は刀の鑑定師研ぎ師であり 光悦自身寛永の三筆の一人であり 文人でもあった 
光悦一族に加え 紙屋 筆屋 塗師 絵師等 五十五軒の法華信者が 鷹峯の山麓の街道沿いに甍を並べ 芸術家村をつくった

信仰を同じくするものが 同じ工房での共同宇制作 解放された精神世界から生み出される 斬新な美意識と創造力は絵画 陶芸 漆芸 書からデザインにまで広がる 紙屋川で紙を漉き 鷹峯の土で茶碗と作り 茶の湯の数寄を楽しむ 一大文化サロンが鄙びた辺境の地に出現した

光悦の周りには 俵屋宗達 尾形光琳 乾山 長谷川等白  堺の貿易商茶屋四郎次郎や角倉了以などが集まり 日本のルネサンス 桃山文化を開花させる原動力の一端を担った その背景には現世浄土を唱える 日蓮宗があったことは確かだという 今もこの集落の人々は常照寺の法華太鼓で目が覚める
 
   
Posted at 16:57/ この記事のURL
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