デパート

2003年09月30日(火) 16時52分
私の家の近くにはデパートがあるので、毎日のように行っている。
今日も行ったのであるが、帰ろうと下りのエスカレーターに乗ったとき、体格の良い女性が上の階からものすごい勢いで降りてきた。
エスカレーターがかなりの振動を発していた。
私はエスカレーターが壊れないかと心配になった。
その女性が一段降りるごとに、振動と共にすべての段が強制的に動かされ、エスカレーターは異例のスピードが出た。

おそらく、彼女の実力からすると、ジャンプして着地するだけで床を突き破れるので、手間がかからないが、それをするとすごい振動になり、出光が爆発する恐れがあるからやめたのであろう。

彼女が急いでいた理由は、おそらくお母さんから「今日の晩御飯はあんたの好きな焼肉よ。」とか言われたことと思われる。
ひょっとしたら“にこにこぷん”の収録に間に合わないからかもしれないが。

※にこにこぷん
オフィシャル→ https://www.nhk-sw.co.jp/chara/nikopun/
ツッコミ→   http://www005.upp.so-net.ne.jp/shinta-kyo/omoutokoro-diary/nikopun.html

苦き思い出

2003年09月30日(火) 0時10分
もうかれこれ4年前の話であるが、私はバンドをやっていた。
バンド活動というものは大変難しい。
まず、楽器が高い。
そして、家で弾いたら苦情が来る。
喧嘩したらバンド解散。(ほとんどのバンドの解散はこれ。)

たいていのバンドは、演奏ができるようになると、ライブを開きたくなる。
若き日の私たちも当然ライブを開こうとした。
ライブを開くにはまず、ライブハウスを探して予約しなければならない。
私達は、タウンページでライブハウスを調べ、電話した。

しかし、「はい、ワイルド○ッズです。ただいま電話に出れません。御用の方はメッセージを…」だった。
なぜか、機械的ではなく、人間っぽい声だった。

もう一度電話すると、「はい、ワイル○キッズです。ただ、ただ、ただ、、ただいま電話に出れません。御用の方はメッセージを…」だった。
噛んでる…?

バンドのリーダーは「これは留守電」と言い張り、携帯の番号を教えてしまった。

どんなとこかと見に行くことにした。
住所をたどること3時間、やっとタウンページの住所と同じところに着いた。
しかし、どうみても民家。
しかも昭和の作りの民家。
匠が改良すべきレベルの昭和的民家。

「私が行動すれば絶対オチがつく」というジンクスがあるが、これほど面白いことがあるなんて思ってもみなかった。

ついでに、タウンページに載っているライブハウスをもう一つ尋ねてみた。
今度は新築中の民家。
昭和の作りじゃなくても民家は民家。
人の生きる家(live house)。

さらにキレイにオチてしまった。

そして今日、しんじ氏と模型店を巡った。
某ホームページで住所の情報を入手し、向かった。
タウンページでもないし、ホームページ上では写真もあるし、安心して向かった。
チャリで走行すること2時間、かなりへとへとになりながらも、なんとか入手した住所にたどり着いた。

民家…(;_;)

はかなき夏

2003年09月24日(水) 11時27分
もうすぐ夏休みが終わる。
10月からは後期が始まる。
そんなこんなで私の大学生活はあっという間に過ぎ去っていくに違いない。
大空に瞬く星たちからすると、私の一生なんて線香花火くらいの長さなのかもしれない。
しかし、線香花火くらいのちっぽけな存在であるとしても、私は生涯を一生懸命全うしたい。
私の未来を大いなるものにしたい。
そういうわけで、今回は私の今後を予想してみた。

1年後:ボーリングで、友達の番になるも、私の頭がボーリングの球と間違われ、投げられる。しかもガーター。

2年後:今年こそはと、ボーリング場で投げられないように注意して友達から離れるも、今度は隣のレーンの人から投げられる。これまたガーター。

3年後:もうボーリングには行かないようにする。

4年後:駅で電車を待っていると、若者たちが「ボーリング楽しかったねー。また行こう!」という会話で大盛り上がり。さらに話が弾み、「あっ、ここにも球があるやん!」。ボーリング場で投げまくった余韻なのか、無残にも私は投げられる。ピンがないのでガーター。

5年後:夏のオリンピックを見に行くも、室伏がハンマーと私を勘違いし、80メートルくらい投げられる。

6年後:生命の危険を感じ、兜をかぶりながら行動するようになるも、折り紙で作った兜ということにきづかず、再び大惨事。

10年後:仕事もうまくいきはじめ、すっかりボーリング事件のことを忘れるも、今度はアンパンマンと勘違いされ、頭をかじられる。

11年後:頭が治りかけるも、今度はマリオと勘違いされ、亀やキノコがぶつかってきまくり、1機減る。

12年後:彼女に食材と勘違いされ、冷蔵庫に入れられる。

13年後:ボーリングの球と勘違いされて投げられる人を見て笑う。

20年後:ドンキホーテで店員と勘違いされ、客から話しかけられる。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
パソコンからしか見られませんが、ホームページを改訂しました。
詐欺メールが届いたことも書いてみました。

チャリ旅

2003年09月24日(水) 0時48分
今日は久々にチャリで旅をしてみた。
チャリで走っていると絶対レースっぽい雰囲気になる。
私は小心者なので、人の後ろにつくのが好きである。
前の人を見ながら自分のペースを調整すればいいだけだからである。

今日はメッセンジャーらしき人が私の前を走っていたので、例によってついていった。
おそらく彼らは私のようにレースをしかけるバカになれているだろう。
「またか」程度であろう。
プロとしてはバカの相手をしないのが風格というものである。
やはりそのメッセンジャーも相手にしてなかった。
むしろ座りこぎでマイペース(普通の人のハイペース)でこいでいた。

メッセンジャーを煽っているとき、私には中学時代の思い出がよみがえった。
友達とチャリで旅をしていたら、これまた自転車部のような人が群れをなして走行していた。
やはり一番前の人はリーダーなのか、かなりの風格である。
私は猛スピードで通りすぎたその群れを見て、追いかけたい感情がこみ上げてきた。
そして、全力でペダルをこいで、群れをごぼう抜きした。
途中、車にマジで轢かれそうになるも、なんとか抜かしたという感じであった。
すると、前から2番目を走るナンバー2と思しき人がかなり怒って、喧嘩腰で全速力を出そうとしたが、ナンバー1が「やめろ!」と言ってなんとか治まった。
おそらくは「俺の自転車部はバカを相手にするような格じゃない!」という気持ちの表れだろう。
今となってはいろいろな側面からこの事象を考えることができるが、当時の私には、「ナンバー1はかっこいいなあ。ヤクザとかでも若い奴は無茶するし、やっぱ落ち着きがあるほうがかっこいいなあ」くらいにしかうつらなかった。
(ちなみに、友達は私からかなり遅れてチリンチリンと鳴らしながら現れた。)

ちなみに、もし私が自転車部のナンバー1になったら、補助輪つきの自転車をこぐ少年少女を全力で追い抜かし、優越感を感じると同時に、その少年少女に「おせえよバカ!」と言って猛スピードで去るだろう。

図書館

2003年09月18日(木) 1時38分
今日は図書館に行ってきた。
図書館というのは、いろんな人が集まる場所である。
たいてい、赤ちゃんは泣き叫び、周囲に多大な迷惑をかける。
たいてい、ルンペンが新聞を読んでいる。
たいてい、老人が大学教授に見える。
たいてい、男は勉強するフリして女を見ている。
たいてい、向かいにはバカップルが座り、いちゃつく。

図書館では私語厳禁なのは常識である。
この常識を疑う人は死んだほうがいいくらいだ。
図書館では私語はダメであり、言語の種類は選ばない。
日本語はもちろんのこと、英語やフランス語もダメである。

その考え方でいくと、手話もダメである。
手話も私語である。
障害者だけを差別してはいけない。(障害者という言葉は私的には嫌いだが。)
手話も図書館内ではダメだ。

以上の見解から、今日は「手話と間違えられてはヤバイ」と、私はできるだけ手を動かさないようにした。
以前、手を挙げて人に挨拶をしたらタクシーが止まったことがあったのだが、それを反省してのことである。

なかなか手を動かさないように行動するのは難しく、どうしても手が動いてしまったので、手を縄で縛った。
しかし、帰ろうと思ったときに、縄が外れなかったので、仕方なく、手に布をあてて隠した。
さらに、恥ずかしかったので、顔も隠した。

おそらく、私のような人は多いだろう。
そして語られる、「(図書館には)たいてい犯人スタイルの人がいる」と。

監督2

2003年09月15日(月) 19時57分
引き続き監督物語であるが、前から見ていて、受験生のしぐさというものは面白い。

最初の英語で、5分で解くのを諦めて寝る人が印象的であった。
私はかなり試験ができると思い、彼の答案を見るのがちょっと楽しみであった。
しかし、現実は厳しいのか、彼の答案は文字の残骸であった。
訳以前に、日本語になってない。
「ドイツに行くのではなく、ドイツに行くのである。」
おそらくは裏を読みすぎたのだろうと思い、さらに答案を見る。
「ウ」
訳の問題であるが、記号で答えている。
どうやらわからなくて寝たらしい。
おそらく彼は2浪目で挽回するに違いない。

そしてなんと言っても、カンニングをする受験生というのは大変面白い。
顔の方向は普通なのに、目の黒い部分のみが明らかに他の人の答案に向かっているのだ。
たまに私と目が合うのだが、普通の顔をするのがまた面白い。
「何でお前、もっともらしい表情なんかちゃ!?」とツッコミたかった。
そういう人に限って、答案の字がもっともらしいのである。
もっともらしい字でも、内容は「ドイツに行くのではなく、ドイツに行くのである。」続いて「ウ」である。
もっともらしい顔しておいて、カンニングする人を間違えているのでなお面白かった。

カンニング男は全テストで受験番号もカンニングしていたので、私が受験番号を書き直さねばならず、労力がかかった。
カンニング男に限らず、選択型とか受験番号とか氏名とかの記入漏れが多すぎた。
私としては「わからなかったから白紙じゃないのか」と思ったが、上から「チェックして受験生に書かせなさい」との命令が下っていたので仕方なく1つ1つチェックした。

チェックして答案を持っていくと、他の監督の集めた答案をチェックしなければならない。
大変ムカつく作業であった。
そのムカつきは試験中に受験生の周りを巡回しまくることで発散した。

暇だったので、数学の問題を盗んで頭の中で解いた。
非常に簡単だったので面白かった。
私は文系の担当だったので、数学の監督をすることはなかったが、もし今後理系をする機会があれば、数学の答案を一枚一枚見て、受験生のできなさを楽しもうと思う(死)

監督

2003年09月14日(日) 22時13分
監督にも種類があるが、今日私は模試の試験監督をやった。
2人でするものだと思っていたので、誰かを頼る傾向のある私には予想外に重労働となった。

まず、試験監督の仕事は試験場作りから。
全席に試験番号のシールを貼り付け、全席に解答冊子と大学コード表を置く。
この時点では全く労働感がない。
しかし、試験時間等を板書するときになって、困り始めた。
「何書いたら良いんかわからん…。」
もし私が重要なことを書いていなかったら、この教室の生徒はかなり不幸なことになるかもしれないという不安に襲われた。
もちろん、ヤマをはって適当に書いた。

一科目めは英語。
初試験監督ということもあって、マニュアル棒読みで、まるでセンター試験の試験監督のようになってしまったので、次の時間からはセンターという一度限りの蹴落としあいの最低な本番の雰囲気に似せないようにしようと決意した。
もちろん、このときも「もうはじめて良いんか?」という不安に駆られた。
受験生から「すみません、時間違うんですけど…。」と言われてしまおうものならばかなりの恥なので、自分の板書した時間帯を慎重に何度も見直した。
しかし、次の休み時間に首フリ人形という声が小さく聞こえた。

時計は教室の時計を使おうとしたが、大型テレビが邪魔して時計が見えない受験生が出てくるので、時計の位置移動に困った。
フックは一箇所しかない。
黒板の上のフチの部分に引っ掛けようとするも、すぐ落ちそうで、不安になる。
時計は丸型、ずっと手で持っているわけにはいかない。

そこで私は椅子を教卓に乗せ、座る部分と背もたれにかけようとした。
しかし、椅子を教卓に乗せる作業を受験生に笑われ、失敗。
次に、黒板の真上に、換気扇のパイプを隠すためのようなコンクリートの出っ張りがあることに気づいた。
そして、時計にセロテープをつけ、そのセロテープをコンクリートにつけることで、時計をセロテープでぶら下げようとした。

しかし、もちろんそんな作業は笑われることになる。
次の休み時間、首フリ人形とか「オモレー」とか囁かれることになる。
試験監督失格。

夏のソナタ

2003年09月11日(木) 1時33分
先日、私は彼女と共に私の卒業した高校に行った。
彼女に私の卒業した高校の登校の過酷さが少しでも伝わればと思って発案した企画である。

そもそも、私の卒業した高校はおかしい。
面白いということではなく、狂っているという意味だ。
まず、学校が山奥にある。
毎日登山している気分に浸れ、山好きにはたまらないが、一般人には苦痛の朝。
もちろん、教師達は車でビュンビュン飛ばして何の苦労もなしに登校(出勤)する。
そして、生徒は歩きである。
自転車は厳禁である。
家から最寄のバス停まで自転車に乗っても、見つかり次第、ボコボコにされる。
ましてや、学校の近くまで乗ろうものなら、身体だけでなく、自転車もボコボコにされるだろう。

だからと言って、タクシーや親に送ってもらうと、さらにきつい罰が待っている。
ボコボコ+教師全員による精神的仕打ちである。
何かと文句言われ、成績は下がりまくりである。
(通知表というものは、教師の感情が入りまくりなので、全くあてにならない…。)

男子は着帽、女子は靴下の三つ折。
通学路は指定、好きな道を通って帰れない。
体育は軍隊、体育教官は上官。
教師の命令に従えないものは容赦なく半殺し。
運動会はまるで北朝鮮のパレード。

教師は「お前らの人間性はできてない」といい、生徒をむやみやたらとボコボコにする。
教師は気に入らない生徒に目をつけ、呼び出してボコボコにする。
教師はほうきが折れるまで生徒の頭をほうきで殴る。
教師は上級生に「下級生をしごけ!」とほのめかす。

教師は言う、「予備校なんかより、俺たちの授業のほうがわかりやすい」と。
でも実際教えてることは「本文を左に写して、訳を右に書け!それをやればできるようになる!」。
そんなんじゃいつまでたってもできるようにならない。

教師ってそんな勉強しかやらなくてもなれるんだね。
教師って教育の名の下に生徒をボコボコにすることが許されているんだね。

そんな学校を彼女に見せてやりたかった。
あの学校は軍隊の訓練場色が高い。
一時的なものなのだろうか、それとも昔からああなのだろうか。
私としては一時的なものであることを祈りたい。
そうであれば、後輩が不幸にならずに済むから。

蒼い空は蒼いままで こどもらに伝えたい

車社会

2003年09月05日(金) 16時57分
私はまだ車の免許を持っていないが、そのうち取ることになるだろう。
しかし、軽自動車には乗りたくない。
ピョンピョンはねるからだ。
段差があると、軽自動車はすぐはねてしまい、車内のジュースがこぼれまくる。
確かに、一瞬だけ宇宙飛行士の気分が味わえるが、その後の処理がオ○ニー並にめんどくさい。
デザインも、転がりそうなデザインであり、ヘボい。
ましてや軽トラに至っては、説明の必要はないだろう。

そんなこんなで、私がこれから乗るであろう車について予想してみた。

21歳:初めて車を買うも、車屋だけに店員の口車に乗せられ、軽を買う。

22歳:案の定、ピョンピョンはね、車内がゴミ屋敷になる。

23歳:ふかわりょうが来て、モザイクまでかけられ、ふかわからは「お父さん」と呼ばれ、番組では「家主」とナレーションされる。

24歳:軽がピョンピョンはねすぎて、田んぼに突っ込むも、小石が水面ではねるように、軽も田んぼの水面上ではね、助かる。

25歳:ブレーキをかけると軽が前に転がる現象が始まる。宇宙飛行士の訓練の気分が味わえるが、彼女の首が毎ブレーキごとに折れるのでバンパーを特大にする。

28歳:ついに横に転がり始める。仕方がないので補助輪をつける。

29歳:軽を買い換えることになり、車屋に行くも、またまた口車にのせられ、今度は軽トラを買う。

30歳:意外にも、荷台が使えて便利なことが判明。

31歳:夜寝ているとピンポンがなり、出てみるとなんとあの軽が…。行方不明の犬が家に帰ってくるように、軽も帰ってきたようだ。

32歳:爪を切り終わったときに物足りない(もっと爪を切りたくなる気持になる)ように、軽トラの荷台を使うことに物足りなくなり、荷台に不法入国者達を乗せ、警察の前を何度も往復し、見つかっては逃げ、見つかっては逃げる。

33歳:逮捕。これを機に、軽トラの生産が減らされる。

56歳:時代が変わり、フェラーリが大量生産され、軽トラがあまり生産されなくなったので、軽トラが高級車に…。社長クラスの金持ち連中はみんな軽トラに乗ることに…。

57歳:「私も昔は軽トラに乗っていた」といっても誰も信じてくれない。

58歳:授業参観で、「ぼくは、おおきくなったら、おかねもちになって、軽トラにのりたいです。」という男子生徒の将来の夢に私だけ爆笑する。

ホームページの移行

2003年09月03日(水) 1時51分
私はホームページの路線を変えていこうと思う。
案としては2つ。

1つ目は、ミニ四駆サイトにするという案。
私は無類のミニ四駆好きであり、ミニ四駆が心の支えなくらいの少年であった。
中2のころから、勉強(それまで全くしてなかった)をし始め、いろいろとはまってしまったため、大学1年になる約7年間全くミニ四駆をしてなかった。
しかし、今は昔とは違い、ミニ四駆を取り巻く環境はガラッと変わってしまった。
私が最後にミニ四駆をしていたのは、ちょうどミニ四駆の第二次全盛期であった。
レッツアンドゴーというアニメ(マンガ)の影響もあり、まさにミニ四駆が空前の大ヒットとなった時代であった。
今という時期にミニ四駆を再開しようとしても、対戦相手もいないし、ミニ四駆自体が売られておらず、かなり苦しいこととなる。
しかし、私にはミニ四駆がない生活はしまりがない。
なんとかほそぼそとやっていけば、きっと仲間にめぐり合えるはずである。
私のようにミニ四駆に魅せられ、時代の流れによって苦境に押し込められた同士がいるはずである。

もう一つの案は、軽トラサイト。
私はまた、軽トラの大ファンである。
軽トラのバックの音に魅せられたのである。
あの独特の面白い音がたまらない。
よって、私が軽トラサイトを開くとすれば、軽トラランキングを作成する。
どこの会社の、どの車種の、時速何キロのときのバックの音が面白いかに順位をつけるのである。
もちろん、科学的な検証もする。
なぜそのときが面白いのかを、音波を分析して解明する。
ただ一つ注意すべきは、私は免許をとっても、意地でも軽トラには乗らないということである。
軽トラは好きだが、乗るのは嫌だ。

ヘボいから…。
2003年09月
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
最新コメント
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:maniac2006
読者になる
Yapme!一覧
読者になる