8月13日の話

2003年08月24日(日) 17時54分
8月13日は、関門海峡の花火大会があった。
(http://www.kis.or.jp/hanabi2001/)

福岡市であった花火大会とは違い、今回は彼女と見に行った。
彼女は浴衣姿だった。
花火大会にマッチした服装といえる。

打ち上げる場所の近くで見たため、終わったあとはかなり首が痛くなった。
彼女も痛がっていた。
というより、見た人はみんなクビを押さえながら帰っていた。
警備の人、駅員、夜店の店員、消防隊、警察、みんな首を押さえていた。

私は彼女に提案した。
「次に花火を見るときはバカンスのような、横になるタイプのイスを持ってきて見ようや。」
おそらく、彼女は次回水着で現れるに違いない。
バカンスにマッチした服装といえる。

8月12日の話

2003年08月23日(土) 0時03分
デイン氏が北九州(小倉)に来た。
火炎瓶事件(http://news.tbs.co.jp/20030818/headline/tbs_headline803435.html)
の前に来て良かったと思うが、火炎瓶のような派手な事件の他にも、銃撃戦のような細かい事件が毎日のようにあっているので、火炎瓶事件が起こっていなくても危険である。

8月12日はヤクザが夏休みなせいか、少なかった。
その代わりにルンペンが里帰りしていて、食料争い(地域紛争)に巻き込まれそうで怖かった。

飲み会を開いたわけだが、日本酒などの飲みすぎで「アルコールが入ると反射的に吐き気を発する」という体質になってしまった私は、一口目から酔ってしまった。
というよりは、口まで吐いては飲み込んでいた。
高い居酒屋の料理を反芻できて、何度も味わえたことはうれしく思った。

8月11日の話

2003年08月20日(水) 22時44分
私が一人暮らしをしているマンション(福岡市)の近くにはスーパーがあるのだが、そこはかなり客が多く、従業員はかなり忙しそうに働いている。
客の数が半端じゃないその店では、客が使ったカゴやカートを元々あった入り口のほうへしまう(直す)仕事をする人が、まるで出荷されそうな豚が逃げるかのようにかなり機敏に活動している。

カートをしまうおじさんは大変忙しいためか、体力を温存している。
女性客のカートは「私が持っていきますよ」ともって行ってあげるが、男性客のカートは見てみぬフリし、入り口付近まで持っていかせる。
ショッピングカート好きな私としては、毎日自分で持っていかねばならないので大変ムカつくが、おじさんの大変さを見ていたら文句は言えない。

この前だってそうだ。
スーパーの近くの駐車場でおじさんは寂しそうにカートをカラカラ押していた。
おそらく2ちゃんねらー並にバカな客が駐車場までカートを使ったのだろう。
おじさんの大変さが身にしみてわかった瞬間だった。

そして8月11日、私は衝撃的なものを見てしまった。
私が帰省で小倉駅に着くと、切符売り場でカラカラと音がした。
まさかと思って振り返ると、なんとおじさんがカートを押しているではないか!

私:「ショッピングカート耐久レースですか?」

おじさん:「いや、違うよ。お客さんがここまでこのカートで荷物を運んで着てね。スーパーの入り口まで運ばないといけないんだよ。」

そう言っておじさんはカートたちを連れて電車で福岡市へ帰っていった。
私にはおじさんの背中が広く見えた。
おそらく、ビンラディン並にバカな客が北九州までカートを使ったのだろう。
おじさんの大変さが身にしみてわかった瞬間だった。

思い出ショー

2003年08月19日(火) 22時49分
11日から19日まで、実家のほうに帰っていたので、明日からはそのときの思い出を書いていきたいと思います。

ターミネーター3

2003年08月08日(金) 19時23分
私は無類のターミネーター好きである。
1と2はビデオやDVDでかなり見まくった。
小学生のときは自分をターミネーターと勘違いしていたくらいだ。

私としては「私はターミネーターだ」と言う権利があるアーノルド・シュワルツェネッガーがうらやましい。
私が「私はターミネーターだ」と言っても、ポンコツであり、1930年代の機械にすら勝てないだろう。

昨日、ターミネーター3を見に行った。
やはりドラゴンボール世代にはたまらない作品である。
旧型が新型に挑むという点において、悟空がフリーザなどの強い敵に挑む点と一致している。

また、ファミコン世代でもあるのでこれまたたまらない。
T−800(1と2のシュワちゃん)をファミコンとすると、
T−850(3のシュワちゃん)はファミコンに連射機をつけた状態で、
T−1000(2の敵)はスーファミで、
T−X(3の敵)は64である。
ターミネーター4の敵はゲームキューブとなる。

2ではファミコンがスーファミに挑んでいたのである。
無謀としか言いようがない。
ましてや3ではファミコンが64に挑んでいたのである。
勝つことはかなり不可能である。
まさか4ではファミコンがゲームキューブに挑むのだろうか?

以上の理由から、最近シュワちゃんがファミコンに見えて仕方ない…。

さらに、もう少しで私は自分をファミコンと勘違いしそうだ…。

ゴミ屋敷

2003年08月04日(月) 23時13分
「継続は力なり」や「チリも積もれば山となる」といった言葉があるが、これらはゴミ屋敷生成のコツであり、ゴミ屋敷の誕生の予言である。
MMR風に論理を進めると、この予言の発生(発案?)場所に行ってみると電磁波が観測されるので、これはグレイの仕業であり、ゴミ屋敷は我々人類本来の住みかであり、ゴミ屋敷に住んでないから体内時計がズレる現代人が多いのだ!

というどうでもいい理論は放っておくとして、私の家はゴミ屋敷になりそうな勢いである。
これからの私の家について考えていきたい。

1年後:さっそく足の踏み場がなくなる。

2年後:ゴミが蓄積し始める。

4年後:大学は卒業できそうになるも、ゴミ貯め生活は卒業できそうにない。

5年後:就職するも、ゴミだらけの家で生活する。

6年後:風呂場がどこにあるかわからなくなる。

7年後:リビングがどこにあるかわからなくなる。

8年後:台所がどこにあるかわからなくなる。

9年後:頼みの綱のトイレがどこにあるかわからなくなる。

10年後:玄関がどこにあるかわからなくなり、レスキュー隊を待つ。

18年後:やっと発見される。反省はなし。

19年後:「ゴミとはいえ、新鮮度が大切」と思い、鮮度の良い、賞味期限がわずか一週間しか切れていないゴミを追加する。

20年後:結婚して仕方なくゴミをすべて捨てて新築へ。

21年後:ゴミのない生活にムズムズしてくる。

22年後:妻に内緒でゴミをへそくりとして貯める。

25年後:妻がへそくりに気づいたときにはもう家はゴミ屋敷に。

26年後:すべての掃除が終了。妻に怒られるも、物置小屋の中だけなら好きにして良いとの許可が下りる。

27年後:もちろん物置小屋の中はゴミで充満する。このころから物置小屋で生活する。

28年後:充満しすぎたのか、100人乗っても大丈夫なイナバ物置が無残にも大破。

29年後:やっぱり家の中で堂々とやることを決意。

30年後:と思いきや、妻が私に感化されたのか、すでに家の中もゴミ屋敷になっている。

31年後:妻の浮気が発覚。妻が私に感化されたのではなく、妻の浮気相手もゴミ集めがやめられなかったらしい。

続く→

花火大会

2003年08月01日(金) 23時15分
今日は家の近くで花火大会があった。
大会ということだったが、出場する気がなかったので気合が入ってなかった。
家で一人寂しくテレビを見ていた。
プレイベートで行動する友達がいないのである。
(とはいえ私の性格的に、友達を作ろうと思えば作れるのだが。)

しかし、テレビの音を花火の音がかき消す。
私には花火のある種の訴えのような気がしてならなかった。
花火の轟々とする音が、「友達と遊ぶことは大切だよ。」というメッセージに取れたのである。

私は自転車をこいだ。
こいでこいでこぎまくった。
人をひくこと5人。衝突すること3台。
それでも私はこぎ続けた。

花火の音が地響きを立て始めたくらいであったか、私は異変に気づいた。
客がいない。
明らかに客がいない。
しかも目の前には煙突のようなもの。
一生懸命火をつけている技術者。

こぎすぎた。
こぎすぎてしまった。

危ないので助けを求めようと、自転車のベルを何度も鳴らしてみる。
しかし、無情にも花火の轟々たる「友達と遊ぶことは大切だよ」の音にかき消される。

仕方がないので、技術者のフリをした。
技術者サイドには「友達と遊ぶことは大切だよ」しか聞こえない。
他の音は聞こえない。

そのせいだろうか、今年もまた「たまやー」という発言を聞くことはできなかった。
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