最近3

2001年05月31日(木) 0時14分
「何かない。。。」

そう思って、考えた。

そういえばここ数ヶ月CDを聞いてない。
ということでCDを買った。

「勉強のBGMにも使えそうなやつ」と思いながら探したが、結局買ってしまったのは、“スーパー戦隊シリーズ”である。

これはゴレンジャー〜ガオレンジャーまでの全25作の戦隊シリーズの『オープニング曲』と『エンディング曲』であるが、やはりこういった子ども向けの番組の曲というのは、歌手がとても上手い。

しかし、驚いたことが一つある。
ゴレンジャーが土曜のゴールデンタイムでやっていた事実だ。これは大変なことである。晩飯食いながらゴレンジャーなんて見たくない気がするのだが・・・。
主な理由は、一家の主が「いけえ!!」とか「そうだ、頑張れ!!」なんて言ってちゃぶ台をひっくり返すかもしれないからだ。

そうなれば土曜の晩飯は日本全国どこのご家庭も“実写版巨人の星”である。

もっと言えば、「キレンジャーが美味しそうにカレー食べるから我が家も毎週土曜はカレーにしよう」という運動が日本各地であったかもしれない。となればカレーもひっくり返されることになる。。。しかも日本中で。。。
よく障子が破れて、チューリップなどのかたちを白い紙で作って貼っている家をみかけるが、カレーが障子についたらどうやって隠すのだろう?まさか「お父さんのトイレが長いから我慢できずにそこでしてしまった。」なんてウソはつけないだろう。

よく「入れるつもりはなかったのに、窓が開いてる家にロケット花火が入ってしまった」なんて話があるが(って自分の体験談ですが。。。(笑))、それと同じように、父親が投げたカレーとちゃぶ台が見事にお隣さんとすりかわる可能性もあるだろう。そうなれば隣の家の晩御飯状態である。そこではじめて自宅以外のカレーを口にするのである。不幸にも窓を閉めていたらその家は自動的に断食となる。

しかしまあ志村けんのコントでお隣さんの夫婦と戦うやつがあるが、それと同じように、カレーが床に落ちるように投げる人もいるかもしれない。もうそこまでいったら、“カレー投げ検定”などが行われることは間違いないが。

最近2

2001年05月30日(水) 23時42分
今日は口論を避けるために5時にアラームをセットしておいた。
みごとに口論は避けられたが、「ああ、ケンカしてなくて良かった。(嬉)」と安心して寝てしまい、6時に起きて「またやってるよ」と嫌になって寝てしまった。
また10:30起きコースである。
そろそろたいがいこんな生活は嫌になってきた。

この時間に起きるということはとても中途半端なことである。午前の講義には出られないで、普通にしたくをして出ていくとちょうど昼休みに到着してしまい、少し送らせて出発すると、午後の講義も大遅刻なのだ。
自由の校風の代ゼニの落とし穴なのかもしれないが・・・。

廃人化防止策を6月から本格的に実行しなくてはいけないようだ。
自分の生活を本格的に冷静に科学的見解から見なくてはいけないようだ。

最近

2001年05月29日(火) 23時48分
最近、我が家では早朝に妹と母親が口論しているから全くもって気分が悪い。
朝起きても「またやってるよ。。。(涙)どうせ部屋から出たら『そう思わん?』って同意を求められるから嫌だよ。(大涙)」で2度寝してしまい、結局なんだかんだ言って起きるのは10時くらいになる。

もはや身の回りのすべての事象が僕を廃人化させようとしているのだとしか思えない。なんで朝から口論するのかも、僕にとってはわけがわからない。

メカニズムは驚くべきほどの妹の精神年齢の低さにある。「こいつ幼稚園児じゃないのか?」と思うことは日常茶飯事である。学校まで毎日車で送ってもらっている時点でわけがわかんない。僕のきつかった3年間はなんだったんだろう?

毎朝5:30に起きて、比較的ハードな学校生活があって、帰るのは18時を過ぎ、寝るのは絶対1時以降の生活を強いられたのに、僕の苦労は我が家においては評価の査定外だったのだろう。

(妹は7:20に起きれるのがやっとである。口論は寝ながらやっているのである。『起きたくない。起ききらんのはお母さんが悪い。学校に“体調がわるいけ遅刻する”って電話して。』などなど。本当はもっとひどいが。。。)

「朝送っているのはダメだ。他の生徒もみんなバスで行ってるんだから不公平は妹をだめにする。」みたいなことを親に言っても、「言っても聞かないから仕方ない。」とか「今まで(中学まで)してなかった宿題をしよるけ仕方ない」とか言ってくるありさまである。

何度もいうが、僕の方がきつかったはずなのに、めちゃくちゃである。僕は一度2日連続で徹夜し、強制ではない“保育所訪問”に行った記録を持っている。この記録は単に騙されただけなのだ。

バンドで、ライブまで日数がなくて、「こうなったら2日連続で徹夜しようぜ。」と誰かが言って、みんな「いいねえ」と言って、企画がスタートした。しかし、結局実行したのは僕だけだった。しかもそんな身体で保育所訪問などするのはきっと前代未聞だろう。若いパワーに圧倒されまくった辛い一日となり、帰りのバスで「終点ですよ」と起こされたのは言うまでもない。。。

マークには鉛筆?シャープペン?

2001年05月27日(日) 16時29分
いつも思うのが、「みんなマーク模試では鉛筆を使うのだろうか?」ということである。ちなみに僕はマークは鉛筆で行っている。シャープペンだと時間が間に合う気がしないからだ。しかし、いつも鉛筆を削るのを忘れてしまうのだ。いつも木の部分をやや擦りながらマークするため、マークシートに結構跡がついてしまうのである。マークシートに跡がつくのは、僕は筆圧が強いのにも原因がある。どれくらい筆圧が強いかというと、HBの芯を使おうもんなら芯の小さな破片で紙が汚れまくるのである。できるだけH以上の硬い芯を使わねばならないのだ。しかし、硬い芯を使うと今度は紙が破れるのである。そんな筆圧なのでマークミスをやりなおすのはとても大変な作業なのだ。

また、鉛筆削りであるが、電動は大きく2タイプある。適度な長さで削り終わるやつとそうでないやつである。そうでないやつは永遠に削り続けるので、友達と電話しながら削っているといつのまにか中に入りこむくらいの長さになっていることがよくあるのである。中に入りこんだら、取るのは困難で、なんと言っても新しい鉛筆を買わねばならない。ということは鉛筆製造業界、黒鉛業界からすれば、電動の、途中で止まらないタイプのほうが儲かるのである。あと、小学生のときに「鉛筆やないとダメ!!」と担任の先生がシャープペンシルを禁じていたのも、おそらく鉛筆業界を支援し、シャープペンシルの近代化を阻止するためだったと考えられる。

それにしてもシャープペンシルは進化しまくっている。いらない機能までかなり搭載している気がする。携帯電話でメールやインターネットができるようになったように、シャープペンシルにいろんな機能がつくかもしれない。温度計、湿度計、虫眼鏡・・・いろいろ考えられるが、結局、鉛筆とは違い、削らなくて良い。鉛筆は削らないとダメなのだ。一本の鉛筆の中で次々と進化させねばならないのだ。

僕はこのままだと髪の在庫がやばいが、一つのカツラで次々と進化させていったらどうなるのだろう?これこそカツラ業界は大儲けである。「風で飛んだ」と言って一瞬にして根こそぎなくした人は良い鴨である。ということはカツラ制作会社に勤めている人は天気予報で「強風」と報道されると「バンザーイ!!」であろう。その前に、風で飛ばされやすいように作られているかもしれないが。

学習的近況

2001年05月27日(日) 15時53分
最近はなんだか思うように勉強が上手くいってない。のに、時間は過ぎて行く。。。昨日も寝たのは3時半。起きたのは9時くらい。もう予備校は始まりまくっているのである。ということで自宅勉強にシフトチェンジ。最近このパターンが多い。。。落ちるビジョンしか見えてこない。。。

しかし、だからと言って睡眠を削ると良いことは全くない。むしろ逆効果である。睡眠時間が短くなれば、勉強中に眠気が誘発され、また、腹痛の発生が促される。特に著しいのは気体の生成である。気体の生成によって腸内の気圧は高まり、体外に気体を放出する動きが強まるのだ。(ここでは放出する場所のことを“気孔”とする。)放出を防ぐように努力する傾向の強いわれわれ日本人は、普段よりも一層の真面目な態度で気孔を閉じなければならない。特に教室などでイスに座っているときは一層の努力を要す。かと思えば、トイレのたどり着き、思いっきりしようと思っても気体は気孔近辺から遠のいているため、放出できないのである。

これも一種の“禁止”の心理である。人間は禁止されたことはしたくなるのだ。日本において、腸内で発生した気体の教室での放出は世間的に見とめられてないのである。万が一気孔が緩み、放出してしまった場合、「ヘコキの大将」と呼ばれることはほぼ間違いないのである。クラス換えがあっても「大将」という噂は語り継がれるのである。好きな子から「ヘンストラクター(インストラクター)、屁のこき方教えてください。」なんて言われたときは人生の破滅の瞬間であろう。

このように、日本において教室で腸内の気体を放出することはとても恥に相当することであり、非常識の烙印を押されてしまうのだ。だからみなさん、規則正しい性かつを送りましょう。

採点基準

2001年05月25日(金) 22時29分
論述テストなどでいつも思うのだが、「方言を使ったらどうなるのだろう?」

そもそも方言と認識してない言葉というものがあるはずである。方言と知ったときはカルチャーショックを受けるだろう。それと同時に、論述テストで「方言なので」と減点されていてはカルチャーどころのショックではない。恥ずかしさのあまり、のび太くんやカツオくんのように答案用紙を真っ先に隠すだろう。すなわち、和式のトイレで大をして狙いを外したかのごとく証拠隠滅を謀るのである。

しかし、点数の悪い答案というものは必ずバレるのが摂理である。それと同様に、方言もその場で隠しても、いつかは人と話したりすることによってバレるのである。だから気づいたときに直す必要があるのである。(もっとも、一生故郷で過ごす人は直さなくて良いが。。。)

ということは、トイレでのコントロールミスもバレるのが摂理である。その場の見た目で隠しても、次の人が異臭に気づくことによっていつかはバレるのである。だから、一回ミスったら次はストライクが入るように毎日練習すべきなのである。(もっとも、一生洋式で大をする人は直さなくて良いが。。。)

時がたつのが早く感じる

2001年05月25日(金) 22時10分
最近どうも時間がない。一日が123時間くらいあれば良いと思って止まないのである。

気づいたら24時を過ぎているのである。「やばい〜。早く寝らな。」と思って大急ぎで行動しても、寝るのは3時を過ぎるのである。そして起きるのは必然的に9時を超えてしまうのである。6時くらいに起きても良いのだが、それだと一日中睡魔と格闘しなければならないので非効率的なのだ。勉強も思うように進んでないので、追いこまれているのである。(涙)

今日は大雨、天パがうねる。

2001年05月24日(木) 11時02分
今日は朝晴れていたが、Jフォンの“ステーション”では「曇りの後雨」となっていたので傘をもっていった。たいていバスの中や、予備校の中で傘を持っているのが僕一人だったりしたとき、とても肩身が狭く感じられるが、今日はその劣等感を吹き飛ばすくらい大雨が降っていたので嬉しかった。傘を持って来てない人に対しては「ざまあみろ」って感じである。(笑)

そして、予備校も終わり自習もして、20時8分のバスに乗ろうと思って、予備校を20時5分くらいに出てダッシュした。水溜りをジャンプしまくるも靴やズボンが濡れてしまったが、バスに間に合うならそれでもいいと思っていた。次のバスまで雨の中を20分間も待たなければならないのは学習の妨げになるという思いからさらにその時間のバスへの思いが募った。しかし世間というのは甘いもんではない。信号待ちしていたら、反対車線であるそのバスは来た。バスが停車しているときもヤクルトの応援のごとく傘を振りまわしたが、運転手に気づいてもらえず、バスの出発を応援してしまったようである。余計に濡れたのに、バス停で待つ人が嘲笑う光景だけを残してバスは無情にも行ってしまったのだ。。。(涙)僕にはその信号が昔の箱根駅伝の踏切に見えたのは言うまでもない。

そんなこんなで家の最寄の駅に着いたが、田舎なので電灯が少なく、路面が見えず、水溜りが何処にあるかわからなかったのでたくさん失敗したのである。これはまさに強い小学生が弱い小学生に「目つぶれ!!」と言って無理矢理誘導して道端のウンコを踏ませるようなもんである。。。

うっかりミス

2001年05月23日(水) 7時11分
今日は普通に講義の準備をして普通にギリギリに代ゼミに行ったが、同じ時間に登校している人は「遅刻だ!」と言わんばかりに焦っている。しかし僕は「なんであせっとん?まだまだ間に合うやん。はは〜ん、さてはトイレがしたいんだな。」とか思っていたが、表に教室とクラスが書かれた比較的大きな紙が張り出されていた。「ん!?なんだこれは?」と思いつつ、エレベーターに乗った。エレベーターには女の子がたくさんいて、「俺みたいな奴が同じ空気を吸ったら痴漢とか言われるんやないか?」と思って、息をするのも苦しかったが、なんとか目的の階に到着し、わけもわからず教室に入り、どこに座ったらいいか分からなかったので、とりあえずめについた席に座ると、事務の女の人からマークシートをもってきた「国語」とか書いてある。「なんだこれは?」そしてなんか「国語?@選択の人?」とか聞いてきたのでとりあえず手を挙げ「国語?@問題冊子」というのが来て、「国語?A選択の人?」と聞いてきたので手を挙げ「国語?A問題冊子」というのが来て、「国語?B選択の人?」と聞いてきたので手を挙げ「国語?B問題冊子」というのが来て、「国語?C選択の人?」と聞いてきたので手を挙げ「国語?C問題冊子」というのが来てた。『もらえるもんはもらっとかな』という貧乏の精神である。そしてチャイムが鳴った。「それでははじめてください」という合図とともに周りの人は問題冊子というものを開いてマークしている。やっと思い出した。そういえば今日は代ゼミの「理解度確認テスト」であったのだ。学校の中間テストのようなもんである。座席はなぜかあっていた。僕はトイレが比較的近いので、テストが始まる前にトイレに行く権利がボッシュートされたのは痛いが、“何処でもドア・トイレ版”を所持しているわけではないので仕方なかった。それで僕は準備ができてないせいか、空回りしながら問題を解かねばならなかった。つづく英語、数学もさんざんである。特に数学なんてひどいありさまである。全てが“計算ミス”という方向に僕を誘っている(いざなっている)気がした。

採集

2001年05月22日(火) 7時07分
誰もがコレクションというものを一度はしたことがあると思う。切手集め、カード集め、単行本集め、牛乳の箱集め、ビックリマンシール集め、廃品回収(?)などである。しかし、どれも始まりはちょっとしたことにすぎない。「一つあるからもう一つ」の感覚である。だから必然的に集めたいと思わない人もいることになる。たとえば単行本の7巻だけが本棚にあるような人だ。

また、なぜかほとんどの人が共通に集めてしまう。それがギザギザが横の面に入った10円(以下ギザ10)である。たいてい自動販売機で10円を何回も入れては出している人は“ギザ10採集家”である。不思議なことに自動販売機のほとんどに少なくとも一つはギザ10が入っているのである。しかし、どんなにギザ10を集めても、上には上が存在する。そこで思ってしまう。「ああ、こいつには及ばない。。。」そういった人はもう最後である。集めたギザ10を片っ端から使いまくるのである。例えば自動販売機とか10円でできるジャンケンのゲームとか10円でできる野球のゲームである。だから、自動販売機のおつりでギザ10が出てきたら、「前の持ち主は挫折したんだな」と思わなくてはいけない。

ジャンケンのゲームといえば、僕は全勝してコインがそうとう出てきた思い出がある。そのコインを使うのにかなり時間がかかったものだ。「はやく無くなってよ。」と思うばかりであった。野球ゲームであるが、「ピッチャー第一球投げました。」ってやつである。僕はたいがい「アウト!!ゲームセット!!」でコインまたは10円を損していた。ヒットを打てたためしが無い。友達曰く「あれは40円入れな打てんよ。俺40円入れてホームラン打ったもん。」である。商売が上手いもんである。

しかしまあ採集の面白さというのは採集している人にしか分からないものである。同居しているばあちゃんは捨てられない性格なのでガラクタ(ゴミ同然)がかなりあり、わずかしかない庭をすべてゴミ置き場に使用しているのである。不法投棄のゴミが問題になっているが、我が家では合法投棄のゴミに苦しむ生活を強いられているのである。
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