また 

2005年12月08日(木) 0時29分
Uさんちにいってやってしまった。
やっぱ、なんだかんだ言ってすきなんだろうねぇ。

何か、愚痴とか、これからの野望とか話してくれるとすごく幸せな気持ちになる。
多分「好き」とかじゃなくて・・・。
本当にSFなんだなぁ、そしてこの関係も落ち着いてきたなぁって思う。
家に行って、パチンコに行くって言っていて、あっ今日は会えないのかな、って思ったけど私が眠っている頃、帰ってきた。
負けたみたい。

その後はいつもの如く。

夏の終わりくらいに、「ホテル行こうか」いろいろあった末に
「いや、お前は俺のこと好きか?それならその気持ちに応えられない。」
「いや、私は好きだけど恋愛じゃない。」

結局、「年上のエッチなしで5000円の人と会ってくる」
「勝手にすれば。」

けど、会わなかったみたい。
私に嫌われようとしたんだろうな。
精神的に辛かったんだろうな。
金銭的にも。
追い詰められていたんだろうな。
だから、今は少し余裕ができたのかな。

いろいろ、そのときのことを考える。
そのときは、またこうやって関係が戻るなんて思わなかった。
私はきっとこれからも誰かが家にいない隙に、お邪魔をして、寝かせてもらうんだろうな。
けれど、稽古が終わったらどうなるんだろう。
わからないや。
会いに行くのかな、わたしが。
私が?

夏の終わり。
「じゃぁ、今までの関係ってことで。」
けれど、やっぱり何かが変わってしまうと思っていた。

今。
何も変わらない。
どころか、少し近くなれたかな。

「皆で会う人間」でなく「二人で会う人間」。
面白いなぁ。
この期間中、もうあまり行けないかな。
どうなるのかな。

けれど、私は、これからもこの関係を続けたい。
「好き」では、どうしてもないけれど、大切なひとであることは変わらなく、またそばにいたい人でもある。
この関係なら、きっとこれからも自然にそばにいられる。
話も聞ける。

・・・まともな恋愛しよう。
まともな恋愛してもきっと、会うんだろうけど(前科あり)

最近 

2005年12月02日(金) 23時39分
色々あった。

忘れないために書いておこう。

11月14日、ちゃあちゃんが倒れた。意識はあるけれど脳溢血でやばい、とのこと。
これからどんどん悪くなるかもしれない。
考えてみたこともなかった。
私の中でちゃあちゃんはいつだって元気でいつだって私を迎えてくれる人だった。
けれどそうではなかった。
何があるか分からない。
ショックだった。
けれど、私はそのとき小屋入り中だったのだ。本番は16日から。
休めるわけがない。多くの人間が関わってきたこの舞台。
けれど、親に内緒にしているこの舞台。
悔しかった。
どうしようもないほど悔しくて悔しくて、泣けてきた。
そして怖かった。
今後、親に内緒で芝居を続けていくことのリスクを初めて考えた。
けれど、私はそのとき何もできず、そのまま、小屋に行き、舞台を作り、きっかけをやり、本番を迎えた。

皮肉なことに、私は戦争に行った生死不明の弟の安否を常に心配する姉の役。
私は、マサミとの差異は強く感じていたが、初めてマサミの強い決意と強い焦燥を身体で感じた。
本当に皮肉だ。
そして本当にいやだ。
マナミでなくマサミの気持ちを考えるなんて。
それが無意識で考えてしまうなんて。
けれど、こうも考えた。
ここで、この気持ちを考え、感じることが私にできる精一杯のことだ。
どうせ私は、病院に行けない(飛んででもいきたいのに。)。
だったら、ステップにするしかない。
マサミに悩まされた2ヶ月間。
「こんなところにいられない」
その想いは、どれだけの人間に伝えられただろう。
私の鼓動も私の意味も私の全てを勝彦に捧げる。
そのためなら何でもする。
会えて、何ができる?
何もできない。
それでも会いたい。
この人といきてきたから。
この人に育てられたから。
ちゃあちゃん。今は退院して、だるそうだけどしっかり生活をしている。
心から安心した。
すぐいけなくてごめんね。

腕を前から上にあげて背伸びの運動 

2005年12月02日(金) 14時48分
11月16〜20日に私が参加した舞台。
私は本当に多くのことをここで学んだ。
それは、綺畸では理解していた当然のこと。
「お笑い」に走った私にとって、久々のこと。

・・・これだ。私がやりたかったのはこれなんだ。
そう感じた。
親に内緒にしてまで、いい就職先蹴ってまで、金をかけてまで、「好きだ!」と言えるもの。
久々に会えたような感覚を私はこの2ヶ月間抱いていた。
とても、楽しかった。
毎回の稽古で、何かを得られる。
私は、まだまだ成長できる。
私は、まだまだ楽しめる。

相手の言葉を聴く
自分の感情の流れを感じる
どうしてこの台詞をこの人物はいったのか
この台詞を言うにはこの人物はどう生活してきたのか

役者をやる上で当然のこと。
けれど、目からうろこのような、幸せな稽古。

私は幸せなことにたくさんの人にたくさんの意見をいただきました。
それは、私がまだイケル!と思っていただけてるという何よりの証拠。
この公演中、特に嬉しかった言葉。

「今のあなたはいくらでも代わりのいる役者。今が転換期。次、芝居があるときはその人物の人となりや、どう生きていくかを考えなさい。」
内山さんからの言葉。
本当に感動しました。
そう、私は「私」でなくてもよい程の実力。
けれど、「私」でなくてはいけないのが芝居なのだとしたら、失敗だ。
ならどうしたらよいのか。
舞台に立っていると、ともすると陥りがちな「役者」精神。
これほど邪魔なものはないと思う。
それを振りかざすのなら、自分が「役者」でなく「人」として生きる方法を考えるべきだ。
内山さんの言葉に、現実を突きつけられた。
それは、私にとって、心から有難い現実なのだ。

「お前とは5年後に共演したい。」
猪口さんからの言葉。
よく私に対して「可能性の役者」という言い方をしてくれる方だ。
「5年後といえば28だろ、おれが28の役者に求めていることよりも上のことを28のお前に求めている。」
すごく嬉しかった。
そして同時に28の自分は誇れる自分にならなくては、と思った。
これで、芝居をやめようと思っている、この言葉を「やめるな。」と真っ向から反対してくれた。
それを決めるのは私だけども、そういう言葉を言ってくれることが嬉しい。

もう一度、自分の可能性を信じられる気がした。

芝居 

2005年12月02日(金) 14時18分
に出ることにして、今日で3回目の稽古を終えた。
私の大好きな人達から、出ないほうがいいと言われた舞台。
どうして出ることにしたんだろう。
結局、舞台が好きなのかな。
というより、中途半端な気がしたからかな。

色んな人が私にあきれてる。
そんな声すら聞こえる。
実際、今日うるさんにも言われた。

簡単な女・・・いや、ノーと言えない女と思われたな。

そのとおり。
けど、イエスと言ってしまったからには、やりきるしかない。
眠くて、今日の乗務はふらふらだった。
弱いなぁ。

今月はめちゃくちゃハード。
けれど、塚本さんの誘いは断りたくない。
参加できて本気で幸せ。
3分だろうが構わない。
目いっぱい頑張る。

・・・それにしても、本気で辞めようとした途端、こんなにも続けられる状況になった・・・てどういうことだろう。ありがたいなぁ。

今日から、母が旅行。
私も羽伸ばそう(笑)

土曜の話 

2005年01月25日(火) 11時55分
土曜にぽさんの芝居を見に行って来ましたぁ

ぽさん、たっちゃんの好きな人です
きれいになってました、ぽさん。
私 負けていられません

てか、芝居のはなし。

ありえませんっ!
何であんなにつまらないんですか??
何であんなに観客をばかにしている芝居なんですか?

ありえませんっ!
何でぽさんが 皆を呼んだのかさえわかりません

メモリーでの経験があるため 余計にそう思いました。

芝居後 座長の家でカレー食べました
うまかったです。
あ〜あ
色々大変そ(爆)

私は 今後は 少しずつ関わらないようにしていきますので 関係ないですが、大塚さんは色々たまっていたみたいです(笑)

あはは

大塚さんの 浮気話、面白く聞かせていただきました。

きくちゃんと付き合いながら四年で30人以上と浮気ってさすがに凄まじいです。

楽しいです。

私は私で何とか 前に進みます。
あの経験は私にとって良いものになるとよいなぁ

と思います。

人生色々です。

昨日 

2005年01月25日(火) 11時45分
メロンがあった

皆さんやはり美しいです。
頑張らなくてはっ!

アラビアンナイトな店に行きました
すごかったです。
ランプこすると召使が現れるんです
ランプこすると扉が開くんです

うっはぁ!

Bさんでいったら楽しいかも(笑)

メロンでは いろんなこと話しました

この人たち 大好きです〜o(*≧□≦)o

これからもよろしくです

幸福 

2005年01月25日(火) 11時42分
乗れないと思った電車に乗れた

止められないと思ったところに自転車を止められた

いろんな人が私を覚えていてくれた

売れないと思ったら売れた

人に優しくしてもらった

人に優しくできる

うん

毎日が幸せ

幸せになるってこういうこと

ありがとう

乗務 

2005年01月07日(金) 9時48分
8日間、連続出勤です
すんごく、「ん?」って感じです。
私、何をしているのかしら

今日でようやく8日間、終了です。
一安心
疲れた。

昨日、最後の電車で、ちょっと不思議な感じのおじちゃん(おにいちゃん?)に、後で読んでくださいって

手紙

渡されました。

内容は
中国から帰ってきて初めて、あなたをお見かけして、一目ぼれしてしまいました。
メル友からでも構わないので連絡ください。

と、携帯番号とアドレス。


え〜〜〜

こんなことってあるんだぁ(笑)

とにかくびっくりしました。
8連勤中の7日目で、最後の電車とあって、絶対ぼろぼろだったのに。


だけど、その方には申し訳ないけど連絡はしませんが、
ちょっと嬉しかったのも事実です

あはは。

最近は辛いことばかりだったから、ね。

けど、別れてから、もてるなぁ、私(爆)。

 

2005年01月05日(水) 8時15分
ずっと 愛してくれると思っていた人が私を愛さなくなっても

毎日は続くわけで


隣にいると思っていた人がいなくなった日であっても

友達と笑い合えるわけで

もう泣きたくて 泣き疲れても

お腹はすくわけで

そう

何があっても太陽は昇って沈んで。

ものすごい大きさ。

私には何も出来ないと思うくらいの切なさ


私がやらなくても いなくても 何の影響もないと知らされる
辛い日は特に。

だから 私は頑張れる

歩かなくては 置いていかれる

そんな焦燥感。



たっちゃん 

2005年01月05日(水) 6時21分
と別れました


最近は ダメだなって思っていたし これ以上続けることはお互いマイナスだなってわかっていたし


次に進む為にいいことなんだろうとわかっているから 別れようときめた


たっちゃんは ぽさんを大切にしたいと考えていて、
私も 好きだけどぽさんとも うまくやっていて、
ありえないけど(爆)

三日に 電話で明日会おうと言ってくれて
(ぽさんの前に)

その場で 別れたいんでしょ と詰め寄り(爆)

明日は話し合おうと言うことになった。

結局 三日中に連絡はなく 会いたくないんじゃない と思ったけど 四日の今日は家まで来てくれた

ガスとに行って ご飯食べて ちょっとギクシャクしながら 話して ぽさんとどうなっているかも聞いて


辛い

悲しい


もう 会わない 連絡しないを何度も強調した。


たっちゃん
好きだよ


たっちゃん
大嫌いだよ


強調しないとまた
会いたい
って言ってしまいそう

ゆきえや皆に やめろと 別れて正解と言われてもなお しがみつきたかった

けど もう あの頃みたいなまっすぐな愛情を私に向けることが出来ないたっちゃんといるのは 辛い


旅行に行った時の笑顔の写真

今の笑顔とは違うから


ガストを出て 新小岩まで送ってくれた。

最後にキスして


ていう ばかみたいなお願いに 応じてくれたたっちゃん。

何で応じるの?

キスをする位の愛情はあるんだねって聞くとうなずくたっちゃん。
なら 何で 私を大事にしてくれないの?


キスは 相変わらず 優しくて 大好きだった

泣けてきた

たっちゃん 嫌い
もう会わない
もう連絡しない

って言ってきたのに


キスでぼろぼろ泣くなんて。

だけど
終わった

だけど
もう会えない

だけど
連絡出来ない


たっちゃん
辛いよ。

たっちゃん
さようなら。
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