所在地変更 

2013年12月18日(水) 22時35分
大阪です。

旅の終わりに(トルコ・イスタンブール)@ 

2006年03月13日(月) 9時11分


こんにちは。
イスタンブールの街を歩いてたら結構キレイ系のお姉さんに時間を聞かれて、その後もいろいろお話しながら歩いて、「これからお茶飲まない?」とか誘われたけど、睡眠薬が入ってるだろうことはわかりきっているので、ふふんと流したマナブです。
人を信じることができない街は哀しい。でもまぁキレイなお姉さんと並んで歩けたからいいか。

街を歩いてトルコ人の行列を発見。さてはケバブのうまい店かと思ってのぞいてみたら、セックスショップでした。「ぼんばーぼんばー」と笑顔でしきりに言われたけど、どういう意味?

バーの壁に貼り紙が。
"NO SCHOOL NO JOB NO PROBLEM"だとさ。
トルコはイスラム教徒99%の国。さらにイスタンブールは欧州サイド。
"NO RELIGION, TOO"とでもレノン調で書いてくれれば言うことはない。



************************



4年くらい前に、出会った旅人が言ってた。

「自分の器を大きくする旅ではなく、器の小ささを実感する旅」と。

そのときはわからなかったけど、今は少しわかる。「旅で世界観が広がる」ことは稀だと思う(可能性としての選択肢は増えるかもしれないが)。情報ノートとかを見れば、それはすぐに感じる。あまりにも狭い世界から、人や国を評価する声が多すぎる。
「ぶっ殺したい」
「ばかばかばか」
「すっごくよかったよー」
一般的な、日本人的な価値観からしか感想を言えない人が多かった。貧しい国なら少しでもお金を得ようとすることは当たり前だし、テロに怯える国ならば入国審査は厳しくて当然。少しでも対象の社会背景・歴史を知れば、そんなことは言えなくなるはずだ。



旅の終わりにA 

2006年03月13日(月) 8時59分




思うに、世界観の「大きさ」は変えがたいが、世界観を「変える」ことはできるかもしれない。異なった観点から世界を見ることはできるかもしれない。ただ、人間に芯が通ってない場合、多角的な視点は混乱を招き易い。


僕は、どうなんだろう?





20時間くらい移動してバスの窓からエジプトの砂漠を見ながら
なんとなく僕の全ての行動は無駄じゃなかったと思ったとき。

ダハブで紅い海を見ながらボーっとして
どんどん本来の自分を取り戻してきてるような気がしたとき。

ホテルのベランダからエルサレムの街を眺めて
なんとなく涙がぽろぽろ流れていったとき。

ヒッチ拾ってくれたトラクターのおじちゃんに
笑顔でタバコを一箱渡したとき。

病気の旅人を看病して「ありがとう」と言われたとき。

カッパドキアでバスに乗り遅れて自分が悪いのに
窓口に文句を言ってケンカしたとき。


なんか、そういういろんなものが、何の役にも立たなくても、心の底に積もっていって、僕の何気ない行動のときにささやかな「優しさ」として表れてくれれば、素敵だな。



ふむ。
まあ「本来の自分」っていってもどれも自分だとも思う。結局、自分にできることは家族や友人に向き合うことだけかもしれない。よくわからないけど、そんなところ。ずいぶん楽しい5年間だったなぁ。一応、今回で「旅」は終わり。

後はモスクワでのトランジット(70分)に失敗することを密かに期待するだけ。ノービザ闇ツアーで赤の広場見たいー。




出会いや国・場所に、ありがとう。
受け入れてくれたみんな、ありがとうー。
もうすぐ帰りますー。



おわり

旅の終わりの写真 

2006年03月13日(月) 8時30分




僕は旅行大好きですあなたに会えてよかった 幸せですあなたが僕の世界を変えてくれましたでもいつまで経っても僕は僕のまま ずっとバカですたぶんこれからも
いつかまた会いましょう では

トルコ 

2006年03月12日(日) 1時38分


こんにちは。
アラビック・トルコ人に負けじとヘビースモーカーやってるマナブです。
ぁぁ、絶対吸わないと思ってたんだけどなぁ。


はい、もうイスタンブールです。
トルコ入ってすぐにカッパドキアに移動して奇岩のあたりをフラフラしてきました。なかなか壮観です。てか特に言う事はないなぁ。んー、ここでもヒッチしたら結構親切に乗せてくれる人がいて、楽しくまわれました。言語なんてめちゃくちゃよね。なんか無理やり伝えてる。思うに、言語なんて伝えたいことがなきゃ習得する意味はないし、伝えたいと思えばなんとかなるものじゃないでしょうか。まぁ、思う。



寒いからお茶屋さん(チャイハネ)に勇気を出して入りました。イスラムだからかな、男の人しかいないんよ。んで、外人は一人もいなかったし。入ると全員一斉に見る。びびってるけど笑顔で「アッサラームアレイコム」と挨拶する。相席になったおっちゃんにちょっと話しかけたら、よくわかんないけど楽しかった。ドイツに住んでたらしく、ドイツ語で簡単な会話しました。もっとちゃんとやっときゃよかったといつも思う。4年もやったのにね。

宿には病人がいました。もう3日も寝込んでて、何も食べてないらしい。ちょうど僕もお腹へってたから、パスタ作ってあげたらすごい喜んでくれた。「ありがとう」って言われて自己満足。なんか調子にのっていろいろやってしまった。元気になってるといいなぁ。

イスタンブールは雨です。つまんない。
ケバブ食べて宿のリビングでまったりしてます。
もうすぐ帰国かぁ…







シリア@ 

2006年03月10日(金) 2時55分


こんばんは。
トルコはカッパドキアで、雪に降られて鼻水だらだらのマナブです。


はい、実はもうトルコです。イスラエルで予定外の日数を費やしてしまったため、残りの旅程はただ「通る」だけになってしまってます。今までのどの国もそうだけど、「知っている」とは言いがたい「行ったことある」か「通った」程度だなぁ。

さて、イスラエルの出国は滞りなく済みました。で、ヨルダン・アンマンに戻り、無理やりその日のうちに死海へ。なんだかわからないけど、ヒッチハイクしたらベンツが止まってくれた。元政府高官のおじいちゃん。金はあるとこにはあるんだなぁ。死海自体は汚かった…。イスラエル側はすっごくきれいだったらしいんだけど。とりあえず浮きました。「おお!」って。塩分濃度50%は口に入るとしょっぱいってかもう苦いです。

次の日ダッシュでシリア・ダマスカスへ。
ハンマーム(公共浴場)で垢すりしました!サウナ入った後、布一枚で同じく布一枚のひげもじゃむなげもじゃのふとっちょおじさんに、あれよあれよという間にすってんてん。すげー気持ちよかった。5ドル。



シリアA 

2006年03月10日(金) 2時50分


そして次の日、もうアレッポへ。
特に何もしてないなぁ。町をふらついてお菓子食べてた。お菓子もメシもうまいよーアラブは!太る。でも食べてるのはいつも最も安いサンドイッチ。もう今回30食くらいはサンドイッチだ。まぁうまいし、こんくらいの旅行じゃ飽きない。あとはミックスジュース。


さらに次の日、トルコ行き決行。
国境超えのバスが朝五時しかない。寝たいからローカルで無理やり自力で行くことに。まず町から出るバスを探すのに1時間くらい歩き回る。国境最寄の町に着いたら、何もない道をひたすら歩く。なんか知らないけど、トラクター乗ってたおっさんが乗せてくれた。すげー楽しい!その後もバイクのにいちゃんが乗せてくれた。タダ。別にやりたくてやってるわけじゃないけど、結局ヒッチになってた。なーんかイスラエル出て緊張感がないなぁ。


トルコについてはまた後ほど。



嘆きの壁(What Makes Walls/Israel)@ 

2006年03月05日(日) 1時04分


こんにちは。
最初に断っておくけど、今回の日記はいつにも増して重いし、しかも暗いです。ってな感じで、イスラエルはエルサレムでまったりしてるマナブです。


アンマン着いた直後、思いたって徹夜で情報収集した後、朝一でエルサレム行きのバスに乗りました。だからアンマン、実は9時間くらいしかいなかった。イスラエルの入国審査は厳しいことで有名だけど、僕はアラブ諸国のビザとかほとんどなかったから、質問二つでノースタンプエントリーでした。でもそこで会った日本人は2時間くらい尋問されてたけど。

エルサレム着いて、新市街にあるATM(既に借金)まで最初に行きました。訳がわからなかった。なんだここ?イタリア?まるっきり欧州。んで、なんかチャップリンみたいなかっこした人がたくさん歩いてる。



次に旧市街へ。ここも開いた口が塞がらなかった。フランスやスペインの巡礼町で見たような狭い路地のきれいな町並みから、突然イスラムのゴミゴミした市場へ変わったりする。歩いてる人もチャップリンだったりキャミソールサングラスの姉ちゃんだったり、全身黒ずくめで目しか露出してない人だったり。

エルサレムにはユダヤ人地区とアルメニア人地区、キリスト教地区、ムスリム地区がある。それを凝縮したのが旧市街のようだ。これほど文化が混ざり合わず同空間に存在している(アメリカを形容する「人種のルツボではなくサラダボールだ」というのと似てる)のを見たのは初めてだ。しかも個(?)をどこよりも強く主張している。



大混乱した。何もわからなくなった気がする。物価もわからないし、マネキンが本物の人間に見えたくらいだ。僕はこのときほどカルチャーショックを受けたことはない。びっくりだ。

戦争中(と言っていい)でテロに怯えたりしてる国だから、もっと暗いのかと思ったら、大したいざこざもないし、人には笑顔がある。意外と幸せそうだな。でもそう思ったのは完全に間違いだったとすぐに気づいた。



嘆きの壁A 

2006年03月05日(日) 0時50分


エルサレム近郊の街、ベツレヘムとジェリコに行きました。パレスチナ人自治区。着いてびっくりしたのは、街が高さ8Mの壁で囲まれていること。この壁、イスラエルの主張としては「パレスチナの近代化」らしい。なんのことやら。パレスチナ人がこの壁を越えるには青いIDカードが必要で、そうじゃないと街から出れない。そして取得はかなり難しい。(ちなみにイスラエル人も自治区には入れない) 壁に囲まれた生活というのはどういうものだろうか。

イスラエルのパレスチナ人に対する虐待は毎日行われている。人も毎日死んでる(そういうニュースは何度もネットで見た)。エルサレムに住むパレスチナ人に高額の税金をかけて追い出しているという話も聞いた。もっといろいろ暗い面をたくさん聞いたけど、書ききれない。



この国は、1894年(97だったかな?)のドレフュス事件後盛り上がるシオニズム運動によって60年位前に創られた。「ユダヤ人に対する差別をなくすため」だ。でもね、話聞いてると今行われていることがどんなにヒドイことか、大儀名文だったかとか、すごく哀しくなる。たぶん、国が行ってることは「悪」としか言いようがない。情報が偏ってるから日本にいたらわからないけど。

この国について知れば知るほど哀しくなる。やりきれなくなる。なんかいろいろ諦めたくなる。差別から逃れるために国を創ったのに、本人達は知ってか知らないでか他人を猛烈に差別してる。彼らは過去に起こったことを繰り返してるようにしか思えない。皮肉にもほどがある。




パレスチナ人のおじいちゃんと話した。
「僕がナイフを持ってて、君は丸腰。これは全然平和じゃない。でも二人ともナイフを持ってたら平和だ」それじゃまるで冷戦じゃないか。でもここで会った研究者も「僕が金持ちだったらパレスチナに武器とか戦闘機とかたくさん買ってあげる」と言ってた。Imagine Peaceって何なんだろう?





嘆きの壁B 

2006年03月05日(日) 0時45分


なんで壁なんか造るんだろう。ここに来てからあらゆる「壁」について考えてる。『リリンももうわかってるんだろ?ATフィールドは誰もが持ってる心の壁だって』何を言ってるのかわからないよ、マナブ君!とかマニアックな引用はおいといても、この国は世界中のありとあらゆる矛盾だとか大儀名文とか、嘘、差別、偏見がかなりストレートに感じ取れる。それを他人事と割り切る防護壁がまだ形成し切れてない僕は、またパニック障害を起こした。



打ちのめされてたけど、街を歩いてたらパレスチナ人の子たちといつの間にか遊んでた(いつもしらないうちにまぎれてるんだよね、僕は)。ホントにかわいかった。僕はキツイときには、いつも誰かの笑顔に救われてる気がする。

嘆きの壁に手をあててると、左からなんかよくわからない言葉でお祈りしてる声が聞こえてくる。右からはスペイン語でなんか言ってるのが聞こえてくる。金曜にはユダヤ教徒みんなで祈ったり歌ったり踊ったりしてた。笑顔だった。昨日、夜中に突然壁が見たくなってここに来た。ただぼーっと壁を眺めてると、なぜユダヤ教徒がこの地にこだわってるのかも、ほんの少しわかる気がした。



どんな状況にあっても笑顔が見れることは、僕を少しは明るい気持ちにさせた。かーなり大げさに言うと「絶望」みたいのを感じたこの聖地で、子供の笑い声や人々の笑顔があるのはなんとなく「最後の希望」、みたいに思えた。ちょっと大げさに過ぎるけど、まぁそんな気分です。



この日記はかなり偏った視点から書いてます。僕は何かを批判するにはあまりに他人の痛みに関して無知だし、情報も足りない。だから、単純に感じたことと捉えてください。

ちなみに、昨日卒業を確認しました。ほっ...

P R
2013年12月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
comentarios
アイコン画像mana
» ただいまヒッチ 9月30日 (2005年10月11日)
アイコン画像ぴぴ
» ただいまヒッチ 9月30日 (2005年10月10日)
アイコン画像mana
» ただいまヒッチ 9月30日 (2005年10月08日)
アイコン画像ぴぴ
» ただいまヒッチ 9月30日 (2005年10月08日)
アイコン画像mana
» いざしゅっぱーつ (2005年09月23日)
アイコン画像ぴろ
» いざしゅっぱーつ (2005年09月22日)
アイコン画像mip
» いざしゅっぱーつ (2005年09月21日)
アイコン画像mana
» 終電寝過ごしヒッチ (2005年09月17日)
アイコン画像おおしま@ぱーぷる
» 終電寝過ごしヒッチ (2005年09月16日)
アイコン画像マナブ
» 愛媛→高知 (2005年09月10日)
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:manabjujapan
読者になる
Yapme!一覧
読者になる