今日見えた世界 

December 08 [Sat], 2007, 6:18
あえて今夜はカップラーメンを公園で食べてみた。


もっと違う世界が見える気がして。いつもと同じ世界、生活、自分… 立ち止まってゆっくり考えないと、毎日がただの垂れ流しの日々になるように漠然と思っていた。忘れたくない想いは誰にでもあると思う。そんな大切な心の動きがどんどん風化していくのが嫌だった。だから、コンビニでカップラーメンを買って、近くの公園へと向かった。


予想通り寒かった。何かに腰掛けないと食べられないから、ラクダの形の遊具に座ってみたけれど、その遊具の冷たさに驚いた。思わず飛び跳ねるくらいの冷たさだった。

こういうように、自分と向き合うときは、ipodは聞かないようにしている。自分の目に映るもの、そこから頭に浮かんだことを自由に飛躍させるために。


毎日こうして外でカップラーメンを食べている人はどんな気持ちでいるんだろう…その人はどうしてそういう生活を選んだんだろう…その生活を決定づけた彼らのその時々の過去の1ページはどんなものだったんだろう…



この世界には生まれ育った環境の違う人たちがたくさんいて、それぞれいろんな生き方をしている。そんな当たり前のことさえも忘れてしまう平和な世界におれは生かされている。改めて気づかされた。




空を見上げてみる。星が輝いていた。同じような場面をふと思い出した。大学1年の冬、同じような寒空の下でおれは途方に暮れていた。大学の単位、将来の夢、いままでの人間関係、ぜんぶ失ってしまうような喪失感でいっぱいだった。早稲田通りのガードレールに腰掛けて、見あげた空もこんな空だったような気がする。あれから何年か経って、いま置かれている環境も、未来に対する展望も、どれも驚くほど変わった。そして過去も。


人は過去は変えられない、という。でもおれは最近少し違うように解釈するようになった。たしかに積み上げられた時間の集まりはいまから手を加えてどうこうなんてできる代物ではない。だけど、その時間っていうのはただの固まりなんじゃなくて、もっと細かい単位ですごくいろんな意味を含んでいるものだと思う。そして、その意味っていうのは時間軸を超えていつでも変わることのできる性質を持っている。そういうふうに考えれば、過去は変わる。正確に言えば、過去の意味はイマの生き方によっていくらでも変わる。
あの日、おれはガードレールに座りながら人生で二度と味わうことのない悔しさを味わった。もう自分を信じることなんて一生できないんじゃないか、というくらいまで落ちぶれていた。あのときの屈辱感はもう経験できないかもしれない。


そしていま、冷え切ったラクダの上にいるおれはそんな屈辱感さえも、忘れたくないと思っている。自分を信じられなくなるくらいの状態を忘れたくないと思っている。それは、そんな過去があるからいまの自分があると思えているからだと思う。結局あのときおれはこれまたなかなか味わえないような真に血の通った優しさに触れることができた。友達や先輩、家族は特におれに何も言わなかった。何も言わず、ただおれのためにできることを最大限してくれた。こんな経験は教科書を通じて学びとれるものじゃないし、ショッピングセンターに陳列されてるものなんかでもない。ギリギリのところを這いつくばって、そしてそこからでしか経験できない1人称の物語にだけ与えられたものだ。


そんなことを考えながら、頭の中にはあの頃の情景がとても鮮明に描き出されていた。12月の夜だというのに、不思議と寒いとは思わなくなっていた。もちろんラーメンを食べたから温かくなったに決まってる。でもこの温かさはあのときのみんなの優しさのおかげなんだ!と心から信じている自分がそこにいた。

突き抜けた瞬間A 

December 07 [Fri], 2007, 2:53
“面白い話かぁ。何だろう…最近おもしろいことあったかな……”




沈黙のまま時間だけが過ぎていった。


いくら考えても、他人が聞いて「おもしろい!」と思うようなエピソードを思いつくことはできなかった。
別にいまの生活に不満なんてないし、自分自身で完結するような面白さは満ち溢れてる。
ただ、こういう文脈でいう面白い話がなかった。ドラマチックで、聞く側をワクワクさせるような話がいまのぼくにはなかった。


そのとき、ぼくの頭の片隅にあったひとつのメッセージが、ぱっと舞い降りてきた。


“なにもドラマが起きていないのなら、そこは自分の居場所ではない”



それは、あの踊る大捜査線を世に生み出した脚本家・君塚良一氏の言葉だった。
あまり知られていない話だが、実は君塚良一は若いころ、萩本欽一のもとで、作家生活を送っていた。そのとき師匠萩本欽一にこう言われていたそうだ。10年後には有名になる、だから10年後、今をふりかえって写真を撮られてもいいような人生を送りなさい、そしてそれくらい頑張りなさい、と。たとえそれが犯罪者として顔写真が載ることになっても、人生を語れるくらいの10年間を過ごしなさいと。獄中記が書けるくらいのね。


言い換えれば、何かを成す人っていうのは自然と、他人に語れる物語があるということ。逆に言えば何もない人生、楽な人生を送っちゃったら、10年後には有名にはなれない。
だから君塚良一はどんなに自分の書いた脚本がヒットしても自分に問いかけた、



“なにもドラマが起きていないのなら、そこは自分の居場所ではない” と。


ぼくも大学1、2年のころはたしかにドラマはあった。人に言えないような情けない話から、見ず知らずの人に救ってもらった話、コーンスープだけで1ヶ月生き抜いた話…
でもここ最近、なぜかまじめでいなきゃいけないって思っていた気がする。いまひとつ自分の殻を抜け出ていなかった気がする。 
社会的に成功すること、そのために成長戦略を練ること、そしてその戦略に基づいて自分に投資すること…そんなことばかり考えていたように思う。

振り返れば大学1、2年はとにかく青臭いことにいかに全力投球できるか、そればかりだった。そして大学3年、自分の周囲の人をどうやったら喜ばせることができるか、テニスサークルの仕事に重ねながら考えていた。

そして、いまの自分はどうだろう。 自分のことばかりで、他人に語れる話もないつまんない人間に成り下がってしまっている。



そうか、これだったんだ。


何かこう違和感というか、自分が自分じゃなくなってしまうような感覚がずーっとここ最近あった。
なにか大人になるにつれてダメになっていくような感覚があった。


でも、あの日、後輩の一言でなにか突き抜けたような気がした。
自分の生活のバロメーターを思い出すことができた。


そしてまた明日も問いかける、




“いまの自分に、何か面白い話はあるだろうか?”と

(「突き抜けた瞬間」 完)

瞳の輝き、心の輝き 

December 05 [Wed], 2007, 20:17
六本木ヒルズけやき坂通りのイルミネーションを見ました。

この坂道はすこし曲がりくねっていて、イルミネーションツリーが遠くのほうまで連なって見えました。女性はロマンチストだから、イルミネーションを見ているとき、その瞳はイルミネーション以上に輝いています。しかしながら、男性でもイルミネーションにはなにか心惹かれるものがあります。
なんというか、心が洗われるような気分になれます。


寒さをしのぐため、スターバックスに入りました。
店内には一本のクリスマスツリーが飾ってあり、よく見るとメッセージカードがいくつもくくり付けられていました。


幼稚園くらいの子たちが書いたのでしょう。クレヨンで書かれた、いびつな文字は、そのカードを見たぼくにメッセージを書いた子たちの気持ちを素直に伝えてくれました。

“けぃきやさんになれますように あいざわえり”


“サッカーのたいかいでまけちゃった。からくやしかった。”

“まま、ぱぱ ありがとう よさのくりこ”




大人になることは心が汚れることだとは決して思いません。ただ、この子たちのように、もっとみずみずしい気持ちでまわりを見つめられたなら、もっと違う世界が見えると思います。


小さいときの純粋な心、触れた人を温かく包み込むような心…そんな心の大切さを今日はちっちゃな子たちに教えてもらいました。




突き抜けた瞬間@ 

November 27 [Tue], 2007, 16:39
今年一番の冷え込みの夜、ぼくはバイトをしていた。
一コ下の後輩とぼくは少し仕事に余裕ができたので、いろんな話をしていた。近況報告から恋愛、将来のこと、最近のニュース…けれど後輩はいわゆる典型的な理系人間。東大で物理を勉強しているだけに話は物理学の方向に進んでいった。というかぼくはむしろ彼にとって一番関心のある物理にわざと話をもっていった。ちょっといじわるをするために。

「相対性理論ってさ〜、単純に言うとアレなんなの?」

「え〜とですね…」

彼は慎重に言葉を選びながら、説明をはじめた。

「まず、重力はわかりますよね?それで、、、あ!『双子のパラドックス』は知ってますか?ちがうちがう、まず相対性理論には…」

説明にてこずっているようだったので、ぼくはさえぎった。

「じゃあ、こうしよう。相対性理論を一言で言うとなんなの?」


ぼくはまるで就職活動のときの面接官のように言い放った。ぼくは普段から、時間のかかる作業とか、難しい説明、定義などちょっと複雑なものに遭遇するといつも問いかけるようにしている、“じゃあ、それって一言で言うと何?”と。 複雑なものから余計な情報をそぎ落として一言で表現するっていうのはけっこう頭を使う作業だけれど、わからないことを単純明快に一言でスパっと説明してもらうと、とっかかりやすい。
だから、後輩にも無理難題を押しつけてみた。相対性理論なんていうノーベル賞ものの知識を一言で表現するなんてそう簡単なものじゃない。いじわるな先輩だと思われただろう。



こんないじわるをしたのにも、普段からぼくが感じていることが影響しているのかもしれない。それは、文系理系問わず、自分のやっていることを相手に説明できない人がなんだか多いなっていうこと。相手の持ちあわせている知識の水準を探りながら、予備知識がなくてもわかる例示・比喩を使いながら、ときにはおもしろおかしく自分の打ち込んでいることを説明できる人ってすごくかっこいい。逆にそういうコミュニケーション能力がないと、現代の細分化された学問体系のなかで、自分の領域での成果をまったくほかのものに生かせないということにもなる。それは面白みのないニッチな人間になってしまうということ。



さて、相対性理論の話に戻そう。
後輩は頭を抱えながら、1分くらい悩んだあと口を開いた。この1分くらいというのが彼のレスポンスの速さ、優秀な証だ。優秀な人ほど、難しいいじわるな課題に遭遇したとき、“よし、倒してやる!”というような輝いた顔つきをする。まさに強敵に出会ったサイヤ人のようだ。

「相対性理論は二つの柱があります。宇宙空間での理論の特殊相対性理論、重力などの加速度を持つ世界での一般相対性理論です。それで、誤解をおそれずに一言で言うなら、まぁ時間と空間とはわけられないっていうことですかね。」


ぼくはこれを聞いて、よくぞ説明してくれたと思った。たしかに相対性理論の詳しい話はこれじゃわからないけど、全体像はつかめた気がした。しかも、相対性理論を知らないぼくという人間が少なからず相対性理論について興味を持ったし、「時間と空間がわけられないって、なんだ?具体的に言うとそれはどういうことなんだろう?」と関心を持ったんだからそれで十分とも言える。その後も、相対性理論について話を深めていった。そして話は量子力学にも及んだ。

「世界は一般相対性理論と量子力学の二つで表現することができます。量子はう〜んとつまり、実際ここに机があるとかそういうのは見てみないとわからない、っていうことですね」


ちょっとわかりづらいw

まぁ、そんなこともある。でもおれみたいな文学部で浮き世離れしたような人間が、物理学に触れて、知的好奇心がグツグツと吹き上がったひとときだった。


さて、世の中与えてもらうだけじゃ成り立たない世界。有意義な話を聞いた後、おれに順番がまわってきた。

「岡部さん、何か面白い話ないですか?」


………

“岡部さん、何か面白い話ないですか?って、かなりおおざっぱな言い方だな…いわゆるむちゃぶりだろ、それ”



…面白い話…


…面白い話…


…面白い話…


この一言が、ぼくのターニングポイントになるとはこのときは全く想像できなかった。大学生から社会人となる過渡期のぼくにとって、すごいインパクトのあるパラダイムシフトを起こすなんて…




〜あなたには面白い話、ありますか〜






(つづく)


ありふれた一日の記録 

November 08 [Thu], 2007, 4:26
今日は駒場東大前駅から徒歩2、3分の駒場野公園でサークルの後輩とテニス。


約1ヶ月ぶりのテニスで、体力の衰えを痛感。でもスポーツのほどよい疲れはなぜか心地よいものです。


また走ったりして、この体をいじめてやりたくなりました。


テニスの後は広尾のセガフレで軽く勉強。この街の異国な雰囲気が大好きなので、この空間に身を置きながら作業をするととてもはかどります。でも有栖川公園の前を会社の一年目の人が彼女と手をつないで歩いているのを発見してしまい、軽く恥ずかしくなりました。


平凡だけど、幸せな一日でした。

恐怖体験 

November 07 [Wed], 2007, 8:01
昨日ぼくも池袋パルコにいました。




今朝のニュースを見てビックリ!パルコの屋上から飛び降り自殺があり、通行中の男性の頭上に落下し男性も重体。


少し後にmoussyの前を通って西武とパルコとを行ったり来たりしていたのを思うとホントビックリというか怖いです。


実際現場を目にすることはありませんでしたが、ちょっとしたタイミングで今頃ぼくも重体で病院へ搬送されているかもしれないんですよね。



人生一寸先は闇とはまさにこのことです

早稲田祭。さて手元に残ったものは 

November 06 [Tue], 2007, 3:51
ブログを少しずつmixiからこちらのブログにうつしていこうと思っています。


さて、11月3、4日で早稲田祭が行われました。ぼくはドーナツ屋さんを出店していたのでもちろん参加していたんですが、当日はもちろんのこと、準備の段階で相当な労力を費やしました。途中、負担が大きすぎて、

“好きで始めたことなのに、なんでこんな辛い思いをしなければいけないのか…”


と思ったこともありました。
しかし、ドーナツづくりに友人の家族、それも親戚のおじさんにまで協力してもらったり、後輩の家を使わせてもらったりと周囲の人に支えられるなかで、そんな気持ちも吹っ飛びました。こんなふうに思っていた自分をとても恥ずかしく思いました。

無償でぼくたちの企画を手伝っていただいた方に、本当に感謝しています。それと同時に、ぼくも逆の立場になったときに同じように誰かに協力できるような人間でありたいと思いました。

ドーナツの収益も手元に残り、そしてまた、人が人としてどうあるべきか、その端緒を知れたという意味でもっと価値のある果実を手にすることができたこの早稲田祭は本当に良い思い出になったと思います。

まもる

ロンTできあがりました。 

October 12 [Fri], 2007, 2:20

まじめに早稲田祭会議 

October 08 [Mon], 2007, 0:34

こんなドーナツあったら… 

September 29 [Sat], 2007, 15:54
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愛する人をまもるために生まれてきた、まもるです。 大学を留年し、いま大学5年生になりました。ただのモラトリアムではないです、本当に自分のやりたいことを突き詰めていった結果、もう一度就職活動をして、挑戦してみようと思ったんです。 いまは無事就職活動を終え、希望が叶ったように思います。残りの学生生活は一度しかない人生、何をしたいか、何を大切にしたいか、どうありたいか、考えていきます。
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