1ヵ月後より 

November 07 [Wed], 2007, 1:23
あれから一ヶ月、今日で、マラソンブログは終了です。

過去に自分から走ったことの無かった俺が、マラソンを完走しました。

500メートル走れなかった俺が、42.195km完走(完歩?)できました。

来年のエントリーも、yoshiamigoさんからお誘いがありました。

来年は、オレは走りません。

今のオレには、世知辛い事情のほかに、

「泳げるようになりたい」(1000メートル目標。今は25メートルぎり?)

「海に行きたい」

「英会話を地道に勉強したい」

「ゴルフを練習してみたい」

という自分の目標と、

「妊娠中の奥さんを大事にしたい」(マラソンベイビーができました!)

「初ぞうと一緒に習い事」(今のところはプール)

という家族との目標、

「5年後に向けてお金やアイデア、体力を養える環境を作る」

という、先への漠然とした旅の目標がある。

そうメールをして、yoshiamigoさんに事情を説明しました。

もう一度お誘いがあったので、もう一度説明しました。

またあるかもしれません。お互い頑固なもので。そして、本当に思っていることなので。

でも、今回のマラソンブログは終了です。

yoshiamigoさん、エルモクさん、tamaさん、elさん、LEEくん、okさん、たっちさん、本当にありがとうございました。ブログ以外でも、いろんな方に応援いただいたり、賞賛いただいたり本当に嬉しい事が沢山ありました。

奥さんと初ぞうも、ずっと協力ありがとう。

みんな、ほんまにありがとう。少しさみしいです。

ブログも、今後の予定はありませんが、また何か、他の出来ない事を出来るようになる記録が始まるかもしれません。

それではまた、忘れた頃に・・・。

ほなまた

26日後より。 

November 02 [Fri], 2007, 23:59
10月7日 マラソン完走と帰国。

無事完走、メダルをもらい、一安心。

ホッとしたら、なんだか急にお腹がすいてきた。のども渇いた。ウェアが上も下も水浸しだ。みんなを探さないと。いろんなことをいっぺんに考えながら先に進む。

レース中、誰一人出会わなかったので俺が一番最後なはずだ。

時間制限に気をとられて、レース中はあまり気にしていなかったが、思い出せば途中の道で「救急車が通るから」としばらく走るのを中断されたり(30秒ほどだが)、イスに座りながら救急隊員に囲まれてガタガタ震えているリタイアランナーを見たり、バッタバッタと倒れている人を見たり、そう言えばサイレンが鳴り止んだことがなかったな。

まあ、まさかとは思うが、少し心配になる。

いろんな事を思い出し、待ち合わせの公園へ向かう。公園までの道で、果物、食べ物を配っていたり(なぜかここでも飲み物は無かった。たまたまかな。)、記念写真を撮ってくれるブースがあったが、とにかく、今はもうみんなの顔を見るのが先だと思って、リンゴを一個手に取ったら、すぐに公園に入った。

待ち合わせは「Q」だ。噴水の周りに、アルファベットのA〜Zの表示がある。ぐるりと半周して、「Q」の周辺についた。周りはメダルを首からかけて、子供の顔をしている大人で溢れかえっているが、yoshiamigoさんもtamaさんもelさんも誰もいない。もう一度周りを見渡し、「Q」の周辺をぐるっと歩いてみて、いないことを確信し、ひとまずホッとする。

不測の事態なら、ここに誰かいるはず。全員無事だから、帰ったんだろう。と、また勝手な想像をして、「もし会えなかったらアパートで」と言っていた時間に近づいていたので、公園を出ることにする。リンゴは芯だけになっていた。

公園を出ても、街はゼッケン付の人でいっぱい、バスは20ドル札しか持ってないので、乗れない。(いや、乗れるがおつりが出ないので嫌だ。)地下鉄は、今回は調べてなかったので論外。タクシーは全くといっていいほど捕まらない。こりゃ困ったな。

まあ、ゆっくり歩いて帰るかー、と思って、二つほど通りをまたいだところで、パッと目の前に止まったタクシーに誰も乗っていないことに気づき、サッと手を挙げると、アメリカ映画よろしく黒人のおにーちゃんが、親指を立てて後部座席を指す。乗れっつうことやね。アパートまで乗せてもらい、5ドル75セント(行きはもっと高かった気もするが、早朝か人数のせいかな?)と言われたが、なんだか良心的に感じて嬉しかったので、おつり10ドルだけ受け取って、ありがとうと車からおりた。シートも恐らくビショビショやったやろうしね。

アパートのインターホンを何度か押してみるが、反応が無い。うーん、おかしいな。時計は2時50分、待ち合わせは3時、10分前集合してるのに。と思っていると、後ろからelさんの声がした。

振り返るとelさん一人こっちに来る。???どういうことなんだろう?と思ったら、「さっき地下鉄乗って帰ってきたよー。みんなもうすぐ来る」って。ああ、ワンブロック先から、妙にガニ股で、ちっとも近づいてこない集団が見える。

「おう!」と手を振り、歩き寄った。お互いの完走を讃え、また記念撮影をした。日本に帰ってから、yoshiamigoさんが送ってくれた写真を見て、elさんと5人一緒に撮れば良かったと思った。elさんは本当に、最初から最後まで一緒に走ってくれていたようなもんだ。そして結果的には、俺が一番心配をかけていたようだ。

アパートに入れてもらい、順番にシャワーを浴びて、しばしの休息。あれだけ死ぬ思いをして走ったわりに、俺は何故かそこそこ元気だったので、持ってきていた鍼で少しだけみんなを治療した。目の前に、患者さんのような人がいると、逆に俺は元気になる。(ヘンタイやねー)

いろいろ思い出し話をしながら、マラソンの余韻にひたっていると、水分の摂りすぎや、わけの分からない栄養物を食べたせいか、あまりスッキリしなかったお腹が急にすいてきた。

今晩は、日本に居たときから、そしてマラソン後の最大の楽しみ、焼肉だー!さっそくみんなで乗り込み、okさんを迎えに行って、少しダウンタウンから離れたお店へ向かう。

ちなみに、俺はokさんと、初日のカーソンズとこの焼肉屋さんでしか会っていないので、不思議な感じだ。マラソンはスタートの待ち合わせでも会えなかったし、ゴールの後でも会えなかったので、面白いことにokさんとは、「2回飯を一緒に食いに行った」という仲である。もちろんシカゴマラソンを一緒に走ったことは忘れないが。

もう本当にウキウキしつつ、yoshiamigoさんとelさんがよく行く「シカゴ カルビ」というお店に連れて行ってもらった。日本人の店員さん、ドリンクはラムネ、味噌汁(辛ウマ)と、とても落ち着く、くつろぎまくり。店の入り口には、日本人メジャーリーガーは全員来てるんちゃうかっつうぐらい、写真と色紙がある。

味もめちゃくちゃうまい。elさんとokさんは赤身派、俺とtamaさんLEEくんはどちらかと言うとホルモン派、yoshiamigoさんは、どっちも食べる!店は本当に大忙しで大変そうだったが、とにかく食事は本当に美味しかった。いろんな事を考えるのをやめて、ボーっとしてきた。

食事も終わり、みんなで初のシカゴ観光。頑なに高所への拒否を示したokさんと名残を惜しみつつ別れ、ジョン・ハンコックセンターに連れていってもらった。アメリカで一番高いシアーズタワーよりも、夜景がむちゃくちゃいいらしい。

1階で、最後のお土産、奥さんと初ぞうに、ヒヨコとカエルのおもちゃを買い、お金を払って、タワーの展望台へ。超高速エレベーターで、数十秒。下手すりゃうちのマンションより早く、94階に到着。

俺はそこまでロマンチストでもないが、ここから見た夜景は、想像を超えていた。綺麗とかだけでなく、もうほんと芸術である。この街は、本当にすごい。大自然とはまた違った、写真には写らない本当の景色だ。

いろんな思いを抱え、その日はアパートに帰って寝た。不思議と、4日間で唯一、この日はここから先をあまり覚えていない。確か、次の挑戦や、旅の話をしていたような。

10月8日 帰国の朝

相変わらずのおもらしで起き出した。9時半頃だった。yoshiamigoさんにも、呆れ顔で「日の当たるところに干しといてくれ」と言われ、サッと干す。まあ、結局は寝汗だったわけだ。我ながら恐ろしいことだ。

帰国の12時50分の飛行機まで時間があるので、朝食は、昨日okさんからアパートの近所のカフェがおいしいと聞いていたので、モーニングがてら食べに行く。スモークドターキーのベーグルを食べて、初めてベーグルを美味しいと思った。次々と人が来る人気店だった。

そのあと、ソーホーに次ぐというシカゴのギャラリー街をぶらぶらして、スターバックスでまたちょこちょこ飲み食いし、なんだかほのぼのとした朝は過ぎていった。

帰国の時間、オヘア空港までyoshiamigoさんとelさんが送ってくれた。空港にもランナーらしき人は多い。昨日のネットニュースでもみていたが、そこで会ったランナーにも聞いて、昨日のマラソンで1人亡くなり、さらに5人絶対安静で入院、300人近くが救急車で運ばれたらしいと聞いた。壮絶な日だったんだ。

空港のキヨスクみたいな売店で、おれはなぜか持ってきたドルをキレイさっぱり使い切り、両替の心配が無くなった。

さあ、お別れだ。なんだろう、妙に寂しく感じる。5日間も兄弟のように一緒に過ごすなんて、前のアメリカ一周以来かな。恐らく、また次の旅までこんなに一緒にいることはないだろう。

また次の旅が楽しみだ。そして、散々俺らの面倒をみてくれたelさん、最後まで運転や案内、俺らが快適でいられるように考えてくれていたyoshiamigoさんに本当にありがとうと思った。

飛行機は、オヘア空港から成田へ、成田から大阪へ、tamaさんと写真をみたり、次の話をしたり。

伊丹の空港に着いた時は、合計15時間のフライトでさすがにヘトヘトだったが、さっそく551の蓬莱で肉まんを食べて元気になった。

自宅への電車の中、何度も眠ってしまい、その度にハッと起きての繰り返し。時間はもう夜の9時近い。

ゴロゴロと荷物をひっぱり、5日ぶりの自宅に着いた。

奥さんも初ぞうも起きていた。

帰って早速、さっさと荷物の片付けをした。そして、筋肉痛の話に奥さんは「私も一昨日、ヒール履いて筋肉痛やの」って。俺のマラソンは、ヒールと一緒かーい!と思いつつ、相変わらず笑わしてくれる奥さんに感謝する。

初ぞうにお土産のカエル、奥さんにヒヨコをあげた。奥さんは日本でも、シカゴマラソン今年は過酷な環境だと聞いて心配していたらしい。俺の完走メールを読んで、ホッとして泣いたと言っていた。

そして、メダルを出した瞬間、初ぞうの目が輝いた。多分なにかはわかっていないが、「なにか良さそうなもの」と判断したようだ。渡してあげるとニコニコしながら、首にかけたりはずしてみたり、嬉しそうだ。

そう、自分の為でもあるが、初ぞうの為にもそのメダルと、「お父さんがマラソンを走ったシカゴの街」をお土産に持って帰って来れたよ。

俺は、友人にも、家族にも、地球にも恵まれている。

物語は、また聞かせてあげよう。

ほなまた

(ブログは、次回で一旦締めくくり)

24日後より 

October 31 [Wed], 2007, 23:50
10月7日 シカゴマラソン

19mile〜22mile

「レースオーバー」 信じられないセリフを聞いた俺は、心臓の鼓動が自然と早くなる。しばらく知らないふりをしていたが、段々現実味を帯びるような、そんな雰囲気になってきた。マラソンスタッフや、警察官へ、事情を聞きに詰め寄る人、完全にあきらめて歩き出す人。何故か一気に周囲の人数が増えたように感じる。

先ほどまでは抜かされることが多かったが、今度は圧倒的に前から迫ってくる人が増える。そして、さらにショックなことが。30km地点にある、タイム計測記録用の電光掲示時計の表示が消えているのである。もう計る事もやめたのか。

「30km 記録無し」

そして、沿道にもスタッフと警察官以外、ほとんどおらず、ここだけだったと思うが、応援はウソのように消えていた。

この時点でも、まだ俺は、遅すぎたために警告を受けていると思っていた。(まあ間違いではないのかな?実際は、異常な暑さのためだったようだが)そして、マラソンのルートマップを、半分を過ぎたあたりから、全く覚えていないことに焦りを感じていた。

ペースは、先ほどまでの太ももに気を使ったものではなく、少しずつ上がりはじめ、ピクピクしていてもおかまいなし。そんなことより、頭に全神経が集中して、本当にグルグルという表現が当てはまる思考の繰り返し。

記録は無くても完走するか?俺は次回走ることがあるのか?帰って家族になんて言う?院に帰ってなんて言う?俺はこれを自分でどう納得する?グルグルグルグル。

いろんな事が思い浮かび、次にみんなに慰められるセリフを想像して、それに返答することを考えさらにグルグル。走馬灯のように、今までのマラソン参加決意から、練習、メールのやり取り、昨日までの調整、そして自分のこれまで人生の後悔なんぞが、猛烈な勢いで押し寄せてくる。

両手が急にしびれてきたことにハッと気付いた。酸素が不足したのか、首が急激に硬くなったからか、とにかくまずい。一旦ペースを緩め、首をグルリ、肩をグルリ、手をブンブンと振って感覚を取り戻す。

決めた。まだ直接、「走るな」と止められたわけではない。今は、情報を得た自分が「走るな」と「走れ」の選択をしているだけだ。

もちろん走る。俺は走る。早歩きに毛が生えた程度でも進む。いまだに自分の中では絶対間に合うはずなのだ。勝手に思う。

「俺は普段のタイミングや間は悪いが、窮地に強く、本番に強い。俺の運動能力は人並み以下だが、逆境の根性は誰にも負けない。」

まあ、ほんとに勝手なもんだが、とにかく自分を奮い立たせ、腹を決めると、今まで見ていた歩いている人より、数少ないが俺と同じように走っているランナーに目がいくようになり、まばらなその人たちと、ペースを合わせながら、とにかくこの「もう走りなさんなよー」と言われるこの地域から抜け出したい一心でペースを上げる。

途中、水道管が開放されていたり、消防車がランナーに向かって放水している。どちらも映画やテレビではみるものの(消防車は火事に向かってだが)、初めての経験。これで消えない火は怖いなーと思うぐらい、すごい勢いだった。非常事態な感じだ。

橋を上がると、また手がしびれてきた。今度は、運動による酸欠の感じ。高速の側道のようなガラーンとした道路から、川沿いの道を走る。(俺は何故か川だと思っていたが、実際は高速だった)

先ほどからのペースアップが効いたのか、足の筋肉がモモの前後、ふくらはぎ、スネと、全てこむら返りを起こす。それでも、「立ち止まる、歩くなら、もうレースを止めなさい」と、なんとなく英語でアナウンスが繰り返されている気がして、先ほどより更にヨッタヨッタしながら、出来る限りのスピードでチョコチョコ進んでいく。ふと気付くと、ペイサーが看板をおろして、一人で走っている。チームは居ないのかと思う。

もう痛いとかしんどいとかでは無いのだ。命をかけてはいけないと思うが、人生はかかっているのだ。ふと、後ろからやたらと「パーキンソン、パーキンソン」という言葉が聞こえた。俺のことか?まさかとは思ったが、確かに俺の今のフォームは、似ているかも知れない。振り返りはしなかったが、勘違いと思いたい。

まあ、そんなことはどうでもいい。嬉しい事があった。

35km地点で電光掲示の時計が復帰していたのである。そして、沿道の応援が少しずつ戻ってきていた。っつうか、応援どころでなく、食べ物、飲み物、水撒き、救護、明らかにスタッフではない市民達が、ありとあらゆる支援をしてくれるように変わっていた。なんだこの街。最高じゃねぇかー。

「35km 4:52:37」

また少し涙ぐみ、吹き出している水を飲み、顔をぬらす。気付けば少し顔がヒリッとする。日焼けしているようだ。名前を呼ばれなくなった理由に気付いた。確かに、人自体も少ないのだが、YOSUKEのOとかUとかが取れて、読めなくなっているのである。

この川と思っていた高速の側道が、自分の中では一番つらかった。そして長かった。足の調子が崩れてから、一旦の目標にしていた22mileの標識。それを見た時に、少しだけホッとした。

また左に曲がって橋を渡り(この道からそれたのは、すごく嬉しかった。)、次の23マイルまでの時間を計る。この時点であと4mile強、1mile最低でも15分ぐらいで走っていないと、これ以上何かあったら本当に時間制限に遅れる。普段なら、1マイルは1.6kmとして、10分ぐらいだが、この時は、ほんとにもうギリギリである。

22mileー23mile間 ・・・・・・ 15分。うーんぎりぎりだが、普通に考えるといける。本当にレースが6時間半までで、まだ最後まで本当に時間を計っていてくれれば。しかし、レースを止めるスタッフは、もう少なくなっていた。

途中からまったく方向感覚を失っていた俺も、この直線が公園までの最後の道だとわかった。

23mile〜26.2mile

沿道の人はまばらでも応援は続く、給水も相変わらず、立ち止まってしまったら警察やスタッフに止められないかちょいビビリ、バンドの演奏(まだやってくれていた)に思わず笑顔。

そして、言葉が。

「グッジョブ!」「ユーアーグレイト!」「ラブユーオール!(?)」と、まあはっきりわからないものもあるが、明らかに「頑張れ!」にまじって、敬意を表した言葉が投げかけられた。

「40km 5:39:01」

スタートの時とはまた違う、なにかをやり遂げる時の感動を、沿道の人達からもらう。

長い直線ではあったが、ここはそれ以上あまり覚えていない。心奮えていたのだけ覚えている。少し鼻歌を歌ったような気もする。

本当に長い道のりを越え、ゴールの公園へ入るカーブを曲がり、強烈な上り坂を見たとき、「プッ」と笑えてきた。もうなんでも来いだ。

坂を上る途中、少し歩いてしまう。というか、歩く(ヨッタヨッタ)以上はこの坂では無理だった。

途中で、「最後やでー、走らんかーい」と、大騒ぎしてる感じの応援の人に、またフッと笑えてきた。

最後の左カーブを曲がり、人生で忘れる事のないであろう最後の直線、正面にゴールが見える。

ポケットに手が伸びる。奥さんが出発前に、俺のランニングパンツの中に、奥さんと初ぞうの二人の写真をお守りに入れていてくれた。途中、何度も思い出し、ずっと心の支えにしていたが、ここに来て、もう守ってもらうよりも、一緒に走ろうと思い、ポケットからだして握り締めた。二人は最高の笑顔で写っている。

残り300メートルの表示を過ぎる。

そして、脇には応援の人だかりで大盛り上がり。まさに、ホームストレートっつう感じだ。

200メートルが、なかなか近づいて来ない。ふと時計を見る。

5時間57分台だったと思う。ここで、なんとか6時間以内にと欲がでる。いける。

200メートル。

嬉しくて嬉しくて体を大いに震わせて進むのだが、全然近づいてこない。同じところで足踏みをしているぐらい感覚である。

100メートル。

なんだか、今までに体験をしたことのないような感覚が体を突き抜ける。なかなか近づいてこないゴールに一歩一歩カウントダウンをするように、やっとこのマラソンを走りきった。

ゴーール!

「42.195km 5:59:33」

少し、ボーっとする。思わずガッツポーズをとる。何か言葉を口にしたが覚えていない。

一緒に走ったyoshiamigoさん、tamaさん、LEEくん、応援してくれたelさん、スタートでは会えなかったokさん、そして日本に残してきた家族のことを思う。

そしてゆっくりと、完走したランナーしか入れないエリアの中で、メダルを探す。

少し先で見つけ、ものすごい笑顔のスタッフにメダルをかけてもらった。

じっと見る。

泣きべそな俺のマラソンは終わった。

さー、みんなを探しに行かないとねー。大幅に遅れた言い訳を考えながら。


っつうわけで、この日の午後と、次の日の帰国の話はまた今度。

みんな大概、読むのはここまでやろうけどねー。

ほなまた

23日後より 

October 30 [Tue], 2007, 23:11
10月7日 シカゴマラソン

3mile〜5mile

「5km 0:31:19」

なんやかんやと感動しきりのスタートを切り、ふと気付くともう3mileの標識が見え、初めてのエイドステーションが遠くの方から近づいてきた。(あとから調べると、実際は2つ目なのだが、この時は初めてだと思っていた。)

レース前、混雑の為に行けなかったトイレへの欲求がいきなり襲ってきた。まあ、我慢すればもう少し先まで行けるが、ゴールまでっちゅうのはありえない。どうせ行くなら早い目のほうが、体の変な緊張がなくていいと思い、ゆっくりトイレの方に向かって斜め走りする。まだ序盤なので、行く人も少なく、一人待ったら入れた。

止まったことによって吹き出した汗を、頭に巻いたタオルで拭きつつ、また少しずつ走り出す。気温も上昇してきているが、オレはどちらかというと暑さには強い。

コースに戻ると「ヨスケー」と、沿道から声が聞こえる。

ハッとして思わず振り返ってしまった。出発前のおっちゃんはには言われたが、ちゃんと沿道の声援で自分の名前を呼ばれたのは初めて経験した。笑顔のおばちゃんだった。

それから、少し進むたびに、「ヨスケー」「ヨスケー」と声援が聞こえる。これは、yoshiamigoさんから聞いてはいたが、すごく嬉しい。それと同時に、よく読めるなーとも思った。どうやらオレは、圧倒的にペースが遅れていってるように見えるので、心配されているのかなー、とも思った。

まあ相変わらずのマイペースで進み、見覚えのあるリンカーンパークにたどり着いた。公園の中の道にも、応援の人がいっぱいだ。ニューバランスのペースチームの標識が、この時点ではまだ「4:00」だった。

シカゴは大阪ほど空気が悪くはないが、公園の中はやはり走りやすい。5mileの表示を通り過ぎる頃、急にお腹が空いてきた。5mileと言えば、8kmぐらい。本来は12〜15kmぐらいのところで食べるつもりにしていたので、ちょっと早い気はしたが、まあ空いてきたものはしょうがない。yoshiamigoさんからもらったり、自分で持ってきたりしていたものの中から、パワージェル(青リンゴ味)を一気にチュチュッと吸い食べる。

初めて食べるが、もしもこれを常日頃食べないといけないとしたら、宇宙飛行士にしてあげると言われてもお断りな味だ。まあわかりにくい例えになるぐらい、濃い。ジャムとジャムを混ぜたものに、少し醤油が入ったような練り飴を、一気に食わされる感じ。

yoshiamigoさんからのアドバイスで、「給水前にしておいた方がいい」という言葉を実感しつつ、走っていると、たまたま次のエイドステーションがすぐで助かった。ゲータレードよりも、水がむちゃ美味しかった。

6mile〜12mile

「10km 1:09:13」

公園を出ると、また街中のコースになる。この辺から、少し見覚えのない場所に入るが、前日・前々日に散々うろうろしたせいか、まだ頭の中のコースが描けていた。

住宅街にぽつぽつ商店があるような、いい感じの道を通っていると、女装のおにーちゃん集団が、チアリーディングしてくれていた。思わずフッと笑ってしまった。少し足がいつもと違う感じがしていたので、ペースを落とす。また沿道からの「ヨスケー」の応援が増える。

呼んでくれた人には「ありがとう」「頑張ります」という会釈を返し、お尻を叩かれるような気持ちで、体勢が少し前のめりになる。しかし、少しずつ足は進まなくなっている。テーピングもしっかりしているし、痛いわけではない、思ったよりも栄養を消費するのが早かったのか、水分は散々とっているのだが、なにか体に力が入らない感じがする。

公園以来も人が途絶えず、バンドの演奏や、沿道の応援の人達からの水撒きなど、とにかくシカゴの人たちの善意と言うか、熱意というものを感じ、少し自分を歯がゆく思う。

しかしあくまでも目標は完走だ。体調を取り戻せるように、出来る限りペースを頭の中で計算する。次の給水では、ゲータレードを多めに取ろう。そして、少し走り方を変えてみよう。

「15km 1:51:33」

不安がよぎる。ペース的に考えると、これ以上落ちると時間的に危ない。以前にケアンズで、yoshiamigoさんが「早く走るのも遅く走るのもどちらも疲労は疲労する」というようなことを言っていたのを思い出す。

やはり、自分に一番いいペースというのが大事なのだ。まだ、地名や通りも土地勘のあるあたりを走っている。(この時は、ほぼ早歩きに近いが。)今のうちにペースを取り戻そう。そして、半分をひとまずの目安に頑張ろう。目の前を、「4:30」の札をもったペイサーが走って行く。

もう少し、もう少し、ちょっと早いが自分の中でハーフへのカウントダウン。アパートの近所なのか、見覚えのある通りの名前に、少し励まされつつ、高架をくぐると久しぶりに橋が見えてきた。ちゃんとした上りも久々かな、と思いつつ、ゆっくり坂を上がる。

「20km 2:37:08」

12mile〜18mile

橋を下る時、自分の中で信じられない事が起こった。膝の内側上部、太ももの筋肉が両足ともつったのである。一歩ごとに、奇妙な痛みが足に走る。筋繊維に傷が入った感じはしなかったが、ひとまずヨッタヨッタと沿道の方に人を避け、正座のような格好で座り込み、深呼吸をしながらゆっくり伸ばす。

焦りが襲ってくる。今以上にペースが落ちるのはまずい。少し伸ばしたら、その部分に負担のかからないようにゆっくりまた走り出す。

ハーフが目の前に迫り、タイムを見て、ちょっぴりホッとする。なんとか行けそうだ。お腹の調子が心配になり、少し焦りながらもトイレに行く、ん?出ないな。おしっこは出るが、ウンチは出ない。一番心配だったトイレ問題なので、すっきり出て欲しいのだが。しかし、この後も2回トイレに立ち寄ったが、結局一度も出なかった。不思議なものである。

トイレで座りながら、自分でマッサージしていたので、少しは回復したかと思ったが、少しペースを上げると、すぐにモモの内側にピクピクくる。つってしまえば、タイミングで断裂するときもあるので、ここからは慎重に、つらないぐらいのギリギリ最高速度で走ることになる。

ペイサーにもどんどん抜かされ、今は「5:15」と「5:30」がウロウロしている。まあ逆に言えば、制限ギリギリまで、1時間しか余裕が無くなっている状態である。はっきり言って、不安だらけだ。

足を気にしながら、14mile15mileと、このマラソンで、初めて人の応援が途切れてきた。それもそのはず、シカゴの気温はとうとう30度に近づいてきたようだ。この時期のシカゴではありえない異常気象らしい。少しレース自体の雰囲気が変わってきた。街からずっと西の方に進むルートは、今日までウロウロしたシカゴと違う、少し寂れた雰囲気で、空き地も目立つ。

そして何よりも、いままではあまり意識するほどいなかったのだろうが、道端に座り込んだり、真っ赤な顔をしてフェンスにもたれかかっているランナーがいきなり増えてきた。

リタイアである。間違いなく休憩ではない。もう走らないだろう。でも、本当に頑張ったんだろう。やはり、応援が途切れたことで、集中というか、意識がとぎれたのかも知れないな。と思いつつ、自分はゆっくりでも前に進む。そして、この先の給水でもう一つ驚く事になる。

補給するはずのエイドステーションから、ゲータレードや水が無くなってきたのである。そして、給水所のある場所は、ビショビショのヌルヌルで、ムチャクチャ走りにくくなっている。補給はできず、地面は罰ゲームばりで、先に不安を感じた。

「25km 3:23:35」

ペースはどんどん落ちている。早歩きに毛が生えたような、完全に足をかばう進み方で、腕の振りを大きくし、少しでも前に進むように頑張る。我ながら、見れた格好ではないなと思う。

ここで、このマラソン一番の分岐点が現れる。

ちょっとラテン系の街並みや応援に気を取られ、また少し元気になったり、パワージェルを配っている場所があったので、もらったらチョコレート味で、水分補給してない俺には必殺だったり(でも食った)、いろいろなんやかやしていたとき、ショックな告知があった。

オレンジのベストを着たレーススタッフっぽい人が、道の真ん中に出てきて手を振り出した。大声と言うほどでもない、そこそこの声で「レースオーバー ノーモアランニング」ってなことを叫んでいる。(いや、叫んではいない)

!!!!!!!!!!!!!!!!

オーバー!!?? 終わった!?

背すじがゾッとする。  遅すぎたのか。ペースを落としすぎたのか。途中のゲート規制は無いと聞いていたが、しまった!

ひとまず走る。なにかの間違いかもしれない。オレの頭では間に合うはずだ。

ええっ?

次の交差点にも、手を振るオレンジがいる。

そして、段々とオレンジの人数も増えてくる。

そして、警察も積極的ではないが、「終わった」的なことを叫んでいる。(叫んではないな)

マジでか・・・・・・。

走っているからではなく、心臓の鼓動が大きくなる。後頭部が固まる。

色んな考えが頭に浮かぶ。

オレにとって、ここからが本当にマラソンだったと思う。

続きはまた。

ほなまた

20日後より 

October 27 [Sat], 2007, 22:52
10月7日 当日

朝5時ぐらいに起き、まず寝袋を片付ける。前日のおもらし疑惑もあり、少し緊張気味で一番下までめくってみると、ん?前日と同じように濡れている!しかも50センチの水溜りが、背中と腰の2つに増えている!どういうわけなんだろう?

ひとまず、おもらしとして日本の自宅に通報されないよう、みんなに合わせて起きてくれていたelさんに弁明をして、俺のマラソン当日は始まった。

yoshiamigoさんの作戦通り、前日の晩、当日の朝は、炭水化物満点メニューだ。elさんが作ってくれた、タマゴ焼きと冷やしうどんをいつもよりちょっぴりよく噛んで頂いた。うまい。昨日の朝食の時も思ったが、elさんの調理はすごくテンポがいい。そしてうまい。普通に日本で食う朝食よりも、2倍ちょいぐらいの量をペロリと頂き、また水を飲んだ。

自分とtamaさんのテーピング、ウェア、ウエスト仕様のポーター、お金と持ち物の用意も整い、もう何もかも準備万端になったはずなのだが、なにか忘れていそうな気がする。食事の前後から、微妙に漂ってきた緊張感というか、試合前の雰囲気を、yoshiamigoさんはYouTubeの「すべらない話」で和ませてくれた。リーダーの資質であり、機を見るに敏を感じる。

出発前の少しの時間、ランニング中によく聞いていたjamiroquaiを聞かせてもらい、シューズのひもを、ランニング用に締め、さあお出かけだ。

外に出ると、本当にちょうどよい気温。7時ぐらいなのだが20℃を越して、今の気温のままなら最高やのになーと思いつつ、タクシーを捜す。今日は、すでにシカゴの街が出来上がってる感じがした。なにか、この朝っぱらから興奮しているのだ。まあ自分なのかもしれないが、とにかくタクシーもやっとこ捕まり、ドライバーの黒人におちょくられながら(励まされていたのか?)、スタート地点の交差点に着いた。

まだ公園に入ってもいないのに、道という道にランナーがあふれかえっている。スタート地点の方へ進んでいくと、大量の簡易トイレと、その何十倍もいるトイレ待ちのランナーが見えてきた。常にお腹の調子が気になるオレは、空いている所はないかとチラチラ探していたが、どうやら隙はなさそうなのであきらめる。オレは元々途中でも行く予定だったし、スロースタートなのでペースを考えると、最初か2番目のトイレまでもつように、もしも順調ならそのまま行ってもいいな、と考えていた。

スタート地点がはるか遠くに見え、もう周りはランナーだらけ、何万人っちゅう単位のすごさを改めて思い知る。yoshiamigoさんは、トライアルで好タイムを出しているため、優先エリアからのスタートとなる。初めて4人で記念撮影をし、無事に完走して会うことを約束して、それぞれのスタート地点へ別れる。各地点でペース配分のプレートが立っているのだが、俺らは、それを無視してなるべく前の方がいいやろうと、3時間30分ペースのラインに並ぶ。これが後でとんでもない事になる。

オレとtamaさん、LEEくんは、同じ地点にいるものの、少し言葉少なで、飲み物の相談をしたり、あまり内容を覚えていないような話をしていた。各国語のアナウンスがあり、ますます盛り上がっている感じにはなってきたが、やはり固い。ふいにオレンジのタンクトップの禿げたおっちゃんから、「ヨスキー、なんたらかんたら」と声をかけられた。ちょっと戸惑ったが、名前を胸のところに貼ってるので呼ばれて不思議はない。笑顔で会釈をして、おっちゃんはどっかに行ってまた誰かに声をかけていた。みんなと走ることがすごく嬉しいんだろう。

そうやな、さっきから完走に対する不安や、補給・ペース配分などの復習ばかり反復していた。一度地面にストレッチのふりをしてはいつくばってみる。ぬくい。音が心地いい。オレはどこでもすぐゴロンしてきたが、シカゴでは初めてだった。なにか安心する。楽しむこと、そして頑張ること、そしてまちがいなく完走できること。考えていると笑えてきた。

ちょっといつもとはバージョンの違う国家が聞こえ、なぜかサッと立ってしまう。地面に這っているのは、なにか失礼な気がした。そろそろだ。国家の斉唱も終わり、いよいよスタートの合図があった。話によると、何万人規模のマラソンは、最初かなり歩いてゾロゾロ行かなければ行けないと言われていたが、思ったよりずんずんペースが速くなってきている。

スタートラインだ、ここから42.195km、人生初のマラソンが始まる。

1mile〜3mile

いつもの通りにスロースタートで行こうと走り出し、すぐに気付いた。完全にこの集団は自分とペースが違う。というか、むちゃくちゃ速い。

まあ考えれば当たり前なのだが、周りは3時間半ペース、オレは5時間半目標、下手すれば倍近いのスピード集団に紛れ込んでいるのだ。どんどん抜かされていく、もちろんオレと同じくスロースタートの人もいるのだろうが、スローのレベルが違う。

後ろからガンガン当たられたり、ちょっと気配を感じて避けたり、みんなスポーツマンシップにのっとっているのだが、もうお互い「ソーリーソーリー」「ソーリー」なのである。普段より汗をかくのが早かった気もするが、できるだけ自分のペースを保ち、冷静と興奮の間ぐらいで走る。

同じようなペースの人(当然抜かされまくっている)を見つけ、ちょっぴり安心して、顔をふと上げると、陸橋というか歩道橋のところに垂れ幕がある。そしてその上にも人の顔が、そして見回すと脇の道にも人の山が、こちらに向けて声を出して応援してくれていた。

見ているだけではないのだ。本当に応援してくれている。高校3年間、人を応援し続けたオレだが、自分がスポーツをして、身内でない人にここまで応援されたのは初めてだ。してた俺が言うのだから間違いない、みんな本当に応援してくれているのだ。正直言うと、ゾッとした。

本当に、いきなり背すじと後頭部がゾゾゾゾっと鳥肌が立ち、その場で泣き出しそうになった。少し涙が出そうになった。嬉しさがこみあげて、体で感じ、心を動したんだろう。感動というやつである。スタート地点すぐのここですでに、自分の今までが、すべて報われた気持ちになった。いや、早すぎるが。

その後も、ずっと応援の列が続くのだが、シカゴマラソンというのは、いつもこうなんだろうか?と、ふと思う。今日は、マラソン史上最高気温、ムチャクチャ暑くて過酷な大会だからのテンションだろうか、そんな事を考えて、少し落ち着きを取り戻し、2回目の橋を越えたあたりで、ドッと汗が出てきた。

先ほどまでの、緊張・興奮の汗と違い、持続運動で体内のエネルギーの使い方が変わった時(多分)に感じる感じだ。ようし、ここまでは気を使いながらも、なんとか自分のペースぐらいで来れているかなーと、やっとレースに意識が戻った。

ふと3回目の橋を越えてみると、御堂筋を1.5倍にしたような、真っ直ぐ広い道が目の前に広がる。当然、その道にも応援の人だかりがびっしりである。また涙が出そうになる。

オレの初マラソンは、そんなスタートを切った。

続きはまた。

ほなまた

17日後より。 

October 24 [Wed], 2007, 23:30
10月6日 後半

シカゴに来てから、連日暑い日が続いている。この日の午後も、まるでリゾート地の陽気さを髣髴とさせるような、真夏の日差しだった。

待ちに待ったフェリーに乗って、ミシガン湖とシカゴ川を回るアーキテクトツアーに出かける。昨日見かけた船には、もう少し余裕があったような気もするが、余程の人気なのか週末の今日は、KYKばりに斜めに重なって座らなければいけないぐらい混んでいる。

ゆっくりと進むフェリーと、少しだけそよぐ風を受けながら、ミシガン湖に出る。途中水門で止まった時には、また暑さが際立ち、ガイドさんも大変そうだった。湖に出ると少し波があり、船酔いが心配になったが、離れたところから見るシカゴの風景に感心しているうちに、そんなことも忘れてしまった。

船は、またゆっくり川に戻り、今度は数々の建築物を紹介されながらシカゴの街をめぐる。オレとLEEくんは、カメラを片手にいちいち現れてくる建物に、感想を述べながら、好みや建築方法の話でわいわい論議をしていた。途中、yoshiamigoさんの会社のビルを通ったり、全米1の高さを誇るシアーズタワーを通ったり、変な形のマリーナシティを通ったり、インディアンが怒ってる壁があったり、海外に行ったときも、あまり観光観光でツアーに参加したことのないオレが、すっかりウキウキしてしまった。降りしなに、LEEくんは、クルーと写真を撮っていた。

ちょうどお昼になる時間、船着場から降りて、ゴルフ帰りの二人と待ち合わせのため、アパートに戻る。アパートに戻って、フェリーのツアーを教えてくれたelさんにお礼と感想を伝えて、動物園の報告をしていると、ちょうど10分差ぐらいでyoshiamigoさんとtamaさんが帰って来た。

以前、yoshiamigoさんのブログにも登場し、曰く日本で言えば「吉牛のツユだく」という、Mr.beefというお店に歩いて連れて行ってもらう。イタリア系のお店で、ちょっと肉屋っぽい雰囲気。イタリアンビーフのサンドイッチを買うと、店のおっちゃんは払いたいおつりを持って、カウンターをカンカン叩いている。

奥のテーブル席に座って、正にツユだくを実感する。吉牛という響きから、少し甘さをイメージしていたが、ほとんど肉汁のツユだくで、ジューシーという表現以外なかなか当てはまるもののない風味だった。最初頼んだ時は、ちょっと小さいかなーと思ったが、2つ頼まなくて良かった。なんせ、明日はマラソンである。みんな少しずつ水を多めに取るようにしたり、調整も始まっているのである。

お昼からは、みんなで一緒にミシガン通りのティファニーに、tamaさんの大事な大事な指輪を買いに行く予定だったが、お土産やプレゼントの買い物が進んでいなかった俺とLEEくんは、またまたみんなと別行動をとることにした。

まずは、目星をつけていた、手作りクラフトデザインっぽいお店で、プレゼントの万華鏡と、皿にビー玉のいっぱい乗ったゲーム(やり方はさっぱり)を購入。そこからノードストームというデパートの手前にあるジュエリー屋さんで小物を買い、初日にチョコレートを買ったファニーメイというお店で、追加の購入をしつつ、待ち合わせをした。

意気揚々と3人が来て、ティファニーの話を聞きつつ、今度は川沿いにyoshiamigoさんの仕事場見学に向かう。以前、yoshiamigoさんが東京で働いていた時も、目黒のビルを案内してもらったが、その後の自分のいろんな考え方に影響を受けたのを思い出していた。今回tamaさんからの希望だったが、一緒に行けることとなり、フェリーからの眺めも思い出し、荘厳なビルが近づくにつれウキウキしてきた。

ビルの中に入ると、しっかりセキュリティを通り越し、順番に話し合う部屋やら、アイデアをひねる部屋やら、個々の仕事場などを案内してもらう。やはりおもしろい。実際に見ないとなかなか伝わらないと思うのだが、一番近いなと思ったのは、初ぞうである。とことんおもちゃを広げて、あっちこっちから自分の必要なものを集めて、ある時は組み合わせて、ある時は分解して、ある時は新しい使い方を発見して、無限の可能性を秘めている、そんな初ぞうの遊んでいる姿が思い浮かぶ感じだった。新しい事や、おもしろい事を発見したら、いつも初ぞうは、「あ!」とか「はー!」とか眼を丸くしている。ここではそんな風景が日常行われているんじゃねーかなーと、うらやましく思う。

yoshiamigoさんの仕事場は、みんなのブースを通り抜けた奥の個室だ。tamaさんいわく、偉いさん用になるみたいだ。そこに入ってまず思ったのは、狭い、そしてすごく空気が動いている、ということだ。労働しているっちゅう意味ではなく(まあそういう意味でもあるのかな)、空気というか、細胞や神経が出す、活性時に出る特有の電磁波(人間は電気で動いているので、動くと必ず電磁波が出る。パソコンとかと一緒。)っつうのが、ひょっとしたら出まくって室内のいろんなものに帯電しているのかも知れないね。まあ気配っちゅうやつも電磁波やからねー。仕事の成果や、かきたてるものが周りにあり、必要なものは手の届く場所にあり、・・・・・まあ、もういいや。

ひとまず、あくまでもオレのイメージが膨らんでいるだけであって、実際のところはよくわからないのでねー。とにかく、またいい刺激をうけた。という事だけは確実だ。そして、これは全くの余談だが、日本語で電話を切るときに短く「どぅも」英語の仕事話は「that's good!」が多いな(まあこれは内容によるだろうが)、と勝手に観察したりしていた。中庸と、肯定から話をする、大事な事だと思う。

ひとしきり写真を撮ったり、案内をしてもらって、アパートに戻ると、みんな少しずつ顔つきがマラソン向けになってきている。水を飲むのも進んでくる。

マラソンや、野球のプレーオフ(シカゴ カブスが頑張っていた)のおかげか、週末のダウンタウンは人でいっぱいだろうということで、郊外のパスタ屋さんを予約してくれた。明日は、エネルギー消費量が3倍にも4倍にもなる日。むちゃくちゃ炭水化物を蓄えておかなければならない。今晩はパスタ。明日朝は5時半起きで、うどんである。

色んな種類のパスタが出て、かなりお腹いっぱいになってきたが、はっきり言って気になる事があり、初めの方はあまり味を覚えていない。それはきちゃない話だが、オレは旅立ってからずっとまともな便通が無かったので(旅先でよくあるのだが)、マラソン当日にえらいことになったら困るなーと思っていた。しかし、この店で解消される。明らかに大量の炭水化物に脳が刺激をされたのか、急に腹痛が襲い、席を立ったら、しばらく戻って来れないぐらいすっきり出た。席に戻り、ご機嫌でもう少し食を進め(ここからの方が美味しかった気がする)、カブスのほぼ確実な敗退を見届けたら、店を出た。

帰りに、近所のスポーツオーソリティに寄ってもらい、綿のシャツしか持ってきてなかった俺は、マラソン用のドライシャツを購入、またここでもトイレでスッキリ。

明日早起きなのに、もうかなり遅くなってしまっていたので、今日のシャワーはLEEくんと一緒に入ることになった、まあ男とシャワーを浴びるのは、アメリカ一周の時以来だ。上手いこと配置交代しつつ、二人で短縮シャワーを浴び、上がったら、クツにタイム計測用のチップを付ける。

買ったばかりのシャツにゼッケンを付け(上の方に付けすぎて笑われた)、yoshiamigoさんのすすめで、胸のところにビニールテープで名前を貼り付けた。これは、すごく必要なんだという。まあ、明らかに一番遅いオレのことだから、あんまり目立っちゃっても困っちゃうのだが・・・、と思っていたが大間違い。話の通り、これは完走の命運を分けるポイントとなった。

yoshiamigo隊長から、コースについての説明と、補給・給水の最終確認、作戦会議が行われ、各自気を引き締める。オレは、負傷する事が多い自分の膝と足首、そしてtamaさんの予防用の太もものテーピングを、持ってきた治療用具の中から準備した。ますます、本格的にマラソンイメージが沸いてきた。

連日、シカゴに着いてから晩に眠る以外は大忙しだ。明日は5時半起き。

ウキウキする。10ヶ月近く心待ちにした、自分の成果が明日出る。そして、共に走り続けてきたみんなとの旅のゴールを明日迎える。

体はもう既に、炭水化物が消化スタートしてきたのかポカポカだ。

また今日も、すぐにtamaさんのいびきが聞こえる。

心地よい寝入りだ。

もうすぐだ。

次回とうとうマラソンですな。

ほなまた

14日後より。 

October 21 [Sun], 2007, 23:04
10月6日 前半

旅先の目覚めを迎える。

前日の晩にyoshiamigoさんから「日本からシカゴに来たら、必ず午前3時に起きる。」との言葉通り、みんな晩にごそごそと起きだしていたようだ。ちなみに俺は午前4時20分ぐらいだったが、他の人の動きには全く気がつかなかった。

そう言えば、tamaさんの寝入りの早さに驚いた。

朝6時15分ごろ、みんなゴソゴソと起きだした。空調による冷えが心配だったが、貸してもらったColemanの寝袋のお陰で、うっすら汗をかく程度のホカホカお目覚めである。

そう、自分ではうっすら汗をかく程度だったのである。しかし、いざ片付けようと、寝袋を片付けていると、一番下(2つ重ねて上の方に寝ていたので、合計3枚敷いていたことになる)の寝袋と、フローリングの間に、半径50センチほどの水溜まりがある。   ?????

そう、この日から始まる、オモラシ疑惑である。これは最終日までもつれ込むので、ひとまずのこの場は、フローリングの水分が、体温によって結露したものという仮説で事なきを得た。

まあそれもともかく、ゴルフに出かける二人は待ち合わせもあるので、小急ぎでelさんの作ってくれた(4人分!すごい手際)朝食を頂き、コーヒーと水とオレンジジュースを飲んで出かけることにした。

ゴルフに行くyoshiamigoさんとtamaさんに、ミシガン湖畔のリンカーンパークまで送ってもらい、俺とLEE君は、朝の湖畔(見た目は完全に海だが)から昇る朝日と、少し生ぬるい風を受けつつ、シカゴの風景を写真におさめた。アメフトの選手らしき人が、トレーナーとマンツーマンでトレーニングをしていたり、犬の散歩やランニング、朝の早くから多くの人がうろうろしている。それだけ気持ちの良い風情だった。

ごろんと横になって寝たいところだが、明日のマラソンに備えて、朝から体を動かすクセをつける為に起きた意味もなくなるので、とにかく広そうな湖畔から、公園を散歩する事にした。

そう言えば、昨晩カーソンズで一緒に食事をしたokさんが、リンカーンパークの動物園がやたらと楽しいと熱弁を振るっていたのを思い出し、地図を片手にトコトコと向かう。途中、リスに出会う。そう言えばアメリカは、やたらとリスがいる。公園整備のたまものだろうか、以前も各地で見た覚えがある。日本では一度も無い。

しばらくすると、大きな外円の柵が続く場所があり、回りこんでみると、動物園の入り口だ。今は7時半、開園は10時と書いてある。しかし門は開いている。まあ、開いているからには入ってみようと、公園づたいにトコトコ中に入っていった。

早速トイレを探していると、ちょっとした池のような場所に出て、初動物、鴨とフラミンゴに出会った。4割寝ている。まあ、開園前なのでこんなもんかー。と思いながら、次の道をテクテク歩いたその時!!

ライオンだ!すごい!何がすごいかというと、強化アクリルのような透けた壁のすぐ向こうに、まあ言えば俺との距離が20センチ程のところで、右に左にうろうろしながらこっちを見ている。顔がめちゃくちゃでかい!手(前足)もでかい!そして、本当に近い!もう一人じっとライオンを見ている外人さんのおねーちゃんもでかい!

もう、ほんとうに感動した!獅子座のオレは、なんとなくライオンが好きだったが、もっと好きになった。っちゅうても、その時のライオンの仕草は、「お腹すいたー、だれかなんかくれー」的な感じだったが。

しばらくライオンが引っ込むまで、そこにいた後、ふと後ろを見ると、!!!アザラシが!アザラシが手の届くところでフツーに泳いでいる。カメラを向けると、ちょっとフンフンしたり、ポーズをとってくれた。(気がする)

これは、俄然盛り上がってきた!たのしい!そこからは、サイやオオカミ、変なキツネやハゲタカ?、マレーグマ、そしてシロクマ(ちょうど朝ごはんに遭遇)をまたまた独占状態でLEEくんと二人でキャッキャ言いながら見て周り、体力的にも精神的にも程好い興奮のまま、動物園と公園を後にする。

後で聞いて、もう一つすごいと思ったのは、このシカゴ付近で2番目に大きいらしい動物園の入場料は、朝早くでなくても、タダっちゅうことだ。オレが子供なら、毎日来るぞコノヤロー!

興奮冷めやらぬまま、今度は昨日乗りそびれたフェリーに乗るために、シカゴ川?の方へ向かう。前日のウォーキングしまくりのおかげで、地図での距離感がだいぶ身に付いている。マラソン前日に歩く距離では無いなと判断し、タクシーの相談をする。しかしここで考えた。どちらかと言うと、オレもLEE君も、今回は節約旅行である。タクシーもそこまで高くは無いだろうが、ここはいっちょCTAという市バスに乗ってみよう!

yoshiamigoさんのアパートにあったelさんから借りていたガイドブックを何度か見直し、バス停の表示を何度か見つめているうちに、「22」と「36」のバスが目的地付近に行きそうだという結論に達し、1ドル75セントのバスに乗ることにした。ちなみに、バスはおつりが出ないので、小銭を持っていないオレ達は、結局2ドルずつ払った。マラソンに向けて、できるだけストリートの名前と場所を覚えながら乗った。

LEEくんは降車のひもを引っ張れなくて残念がっていたが、無事に目的地に着き、少し歩くと見慣れたフェリー乗り場へ。階段を始めてまともに降りて売り場に行ったら、10時30分の便があるという。チケットを購入し、売り場のおねーさんに「テンテン」と言われた。二人で考えた末、10時10分のことだろうということで、時間つぶしにスターバックスへ行き、俺はコーヒーとチョコチャンククッキーを頼んだ。

ひとしきり一服したあと、散々ふられたフェリーにとうとう乗れることになる。

とても暑かったクルージングの話は、また今度。

なかなかマラソンまで話が到達しませんが、シカゴは本当に楽しかったのよ。そして、そのシカゴを走るのが本題のシカゴマラソンです。

フェリーに乗りながらふと思った。「規模は全然違うけれど、ここは芦屋に少し似ている。」

人それぞれやとは思うけど。

ほなまた

12日後より。 

October 19 [Fri], 2007, 23:03
長い初日 10月5日の続き

「ただいまー」と、聞きなれたような、久々なような声が聞こえる。 yoshiamigoさんだ。

ケアンズ以来の再会、会うのが初めてになるLEE君を紹介し、それぞれ持参したお土産を順番に渡す。ちなみに俺は食べ物ばかりだ。みたらし小餅、ポールウインナー、うなぎのタレ(タレのみ)、シルベーヌ。なんとなしに好きそうだったものばかり、思いつけばついついカバンに入れて持って行った。

tamaさん(実家からのお土産と、うまかっちゃん!)、LEE君(ゴマ団子?)もそれぞれお土産を渡し、ひとしきりしたところで、ゼッケンのパッケージを取りに、エキスポの開催されている、マコーミックプレイスという場所へ向かう。

yoshiamigoさんの、渋いカラーのランドローバーに乗せてもらい(この時の座席配置が4日間ずっと一緒だったのが面白い)、いざ出発したが、週末の夕方ということもあり街中はどこも渋滞だらけ、いつもは15分だという距離に、1時間以上かかり、運転の負担が心配になる。長い運転は腰に悪い。まあ、かといって代わることはできないので、心の中でそっと腰の応援をする。せっかくここまでコンディションを整えてるんやからねー。

やっとついた場所は、とんでもない大きさのキレイな建物。(ホール?)シカゴには、アメリカ一周の時にでも、なかなか見なかったような建築物が非常に多いのをまた実感する。

「ありがとー!」と、車を降りて、センターの中に入り、エキスポの入り口でゼッケンやチップ(タイムのコンピューター計測用)の入った封筒をもらい、ナンバーやチップの動作確認をしてもらったあと、一番奥までパッケージをもらいに行く。そこに行くまでには広い会場の中を一面、スポーツブランドのブースがあり、ついついウキウキしてしまう。あまり、スポーツ用品に馴染みがない俺でも、なにか自分の好きなアイテムを探したくなってしまうぐらい。

まあひとまず、パッケージをもらわないと目的を達成できない。オフィシャルの長T(これが結構かわいい)と一緒に、パッケージをもらい、帰り道にうろうろ物色。シカゴトリビューンという伝統の新聞に、完走者のタイム・順位が掲載されるらしいので、yoshiamigoさんが預かってくれるということに甘えて記念用に送付の予約をする。完走しなければ、寂しい記念になるな、とフッと思った。

カウントダウンタイマーの前での記念撮影や、mizunoのショップでお土産のシャツ(当日着るつもりが、サイズ合わず)を購入し、存分にエキスポを堪能したころに、蛍のヒカリが聞こえてきそうな、消灯が始まり、いつの間にやら、エキスポの終了時刻だった。

晩の8時すぎぐらいだったと思う。それからアパートまで戻り、近所のカーソンズという、ステーキハウスに連れて行ってもらった。そのお店で日本を出る前から、メールとかでチラチラ名前を伺っていた、yoshiamigoさんの会社の同僚(?先輩?上司?)のokさんに初めて会った。鋭い眼と、柔らかい物腰、懐広いが、好き嫌いのはっきりしてそうな、奥深い印象を受けた。まあ、あまり知らないので勝手なことばかり書いているが、俺は好きな感じの人だ。

カニケーキ、ツナフライサラダ、サーモンサラダ、ステーキ、スペアリブと、シカゴ満喫アメリカンな食事を楽しみながら、いろんな話をみんなでわいわい、共通の目標を持っていることや、個別ながらトレーニングを共にしてきた感覚が、いろんな壁を取り去っている。特に、elさんが話すyoshiamigoさんとの話は、とても新鮮でおもしろかった。(旅の間中、いろんなとこで笑けていたが)ステキな絆というのは、見ても聞いても楽しい。ふと思い出しながら、自分が走るわけでもないのに、全力で俺たちのシカゴ生活をサポートしてくれたelさんへの感謝の気持ちがよぎる。

楽しい時間も終わり、明日の予定を確認しながらアパートに戻り、交代でシャワーを浴びる。明日の予定は、みんな朝6時15分起きで、yoshiamigoさんとtamaさんはゴルフ。オレとLEE君はリンカーンパークとミシガン湖畔散策である。

用意してもらった寝袋とマットを配分し(敷き方について y-e論議が勃発し、tamaさんが頭を下げるという、おもしろ事件がまた起こったのだが。日常なんだろう。)、出発前夜寝ていないため、日本を出て以来、48時間半ぶりに横になって寝る。最高に気持ちよかった。

長い長い1日目が終わった(日本との時差の関係で、10月5日は38時間あった)。

旅の終わりまで、毎朝おもらし事件が起こることなど、想像もせずにひたすら眠った。

疑惑の朝は、またの続きで。

ほなまた

10日後より。 

October 17 [Wed], 2007, 23:59
10日目。

ずーっと前のことのように感じるあのマラソンから、もう10日が経とうとしている。

最初の5日間で筋肉痛などはもうほとんど無くなり、どちらかと言うと腰の方が痛い。それ以上に、なにか疲労の蓄積が抜けないような感覚が少しずつ襲ってきた。

帰ってからも、すこし感覚を空けつつ、5kmを走っている。

軽くから、ゆっくり走る、ちょうど一番スピードに乗って、気持ちよく風を切り、汗がいい感じに散っていく走りをしばらく続けると終わる。5kmは、ほんとにちょうど良い。

10日前、10月7日には、オレはエライ距離を走っていた。気持ちの良さを感じる余裕も無くなる、ちょっぴり自分のこの先を賭けたフルマラソン。とても楽しかったシカゴでのこと。

帰国後、さらにめまぐるしい日々を過ごす中、少しずつ最後の記録を書き始めた。

10月5日

出発前夜は、午前1時までミーティングだった。そこから大雨が降り、家に帰る頃に2時近くなっていた。家に帰り、奥さんに軽く謝ると、出発は4時半起きだと知らされた。まあ時差もあることだし、このまま寝ないでおこう、と決め込み、最後のメールチェック、準備チェックをした。(結局忘れ物はしたのだが。)

午前5時前、寝てる娘に「初ぞうの為にも走ってくるからな」と一言、奥さんに「いつもニコニコ安全運転」と意味不明なコメントを残し、始発の出る駅へ向かう。

家から大阪空港までの1時間、なれない電車旅を終え、降りた途端に一緒に走りに行く同僚のLEEくんに会った。6時半頃、空港でチェックインを済ませ、tamaさんも到着し、日本を出発する準備完了。

各自の練習の成果を話したり、映画を観たり、シカゴでの予定を相談したり、成田経由で15時間近くかかった飛行機の旅も、ANAのおかげもあってか、映画を3本、テレビを2本観て、ちょっと寝たらほとんど苦ではなかった。

朝8時半、シカゴ オヘア空港に到着。yoshiamigoさんに聞いていた以上にムンムン蒸し暑い。少しマラソン当日に不安がよぎる。いくらなんでもこんなガッツリ夏の朝とは思わなかった。さっそく電話をかけ、ひとしきり到着の無事を喜び、家まで行く事を伝えた。タクシーに乗り込み、モンゴル人のドライバーに大相撲事情を教えられたり、町のマラソン看板を見てウキウキしたりしながらダウンタウンにあるyoshiamigoさんのアパートに着いた。

聞いていた通りドアのインターホンを操作して、何度かコール。elさんが出迎えてくれた。yoshiamigoさんは、仕事に出かけて行ったらしい。二人のアパートは、昔みんなでアメリカ一周旅行に出かけた時に見た覚えのあるような、少し懐かしい場所にあった。ひとしきり荷物をほどき、休憩したあとelさんにホットドッグ屋へ連れて行ってもらった。久々のアメリカご飯にウキウキする。ジャンボホットチリドッグをペロリとたいらげ、日本ではありえない大きさのドリンクを飲み、お昼から学校があるというelさんの通学ルートに向かった。

tamaさんは、そのままelさんの大学へ見学に行くということで、オレとLEEくんは一緒にファニーメイというチョコレート屋さんまで案内してもらい、そこからelさんたちと別行動。おすすめのフェリーツアーに乗りに行ったら、今出発してしまったところなので、ミシガン通りというメインストリートをウロウロする事にした。

シカゴの街は普通に建築物がすごい。スタイリッシュなのもあれば荘厳なものもあり、最新と歴史が入り混じって、独特の雰囲気をかもしだしている。トリビューンタワーや、ナイキタウン、アップルストア、デパートやスーパーをうろうろ、4時間近くうろつき、お土産の目星をつけ、街の散策を存分にした。その間も、またフェリーの時間に船着場に向かうというのを繰り返し、結局3回出向いたが、この日は機会が無かった。

そろそろyoshiamigoさんとの待ち合わせの時間が近づいてきたので、一度アパートに戻り、少し休憩している間に、大学が休講になったというelさんtamaさんも帰ってきて、うだうだしてるうちにソファでボーっと眠りについてしまった。

少し先の不安と、ひとまず目的地に着いた安心感の入り混じる、不思議な夢を見た気がする。

yoshiamigoさんの「・・・・ただいまー!」と言う声が聞こえるまで。

ケアンズ以来の再開と、それからの充実したシカゴ生活はまた続きで。

記録です。

体重81・7s 体脂肪18.0% 基礎代謝1921kcal 内臓脂肪 9

ほなまた

277日目は、出発前夜。 

October 04 [Thu], 2007, 23:38
さーあ、行ってきま!!

ごちゃごちゃは、もーえーのよ。

完走あるのみ。

記録です。

体重80・0s 体脂肪19.1% 基礎代謝1850kcal 内臓脂肪 9

無事に帰ります。

ほなまた
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